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2013年11月08日 (17:00)

日本の権力層の冷血無惨な精神構造:陰陽未分化非合理衝動+利己主義的父権主義:国学神学イデオロギー

強調等を含めたものは以下を見られたい。
http://ameblo.jp/neomanichaeism/entry-11677621181.html


日本の権力層の冷血無惨な精神構造:陰陽未分化非合理衝動+利己主義的父権主義:国学神学イデオロギー

テーマ:総て出鱈目日本の元凶ヤハウェ父権自我悪魔

以下の記事で、転載したような、アベコベ(安倍媚米)氏の欺瞞性が暴露されている。これは、特に目新しいことではない。日本の権力層の典型的な欺瞞・ペテン師のパターンであり、ただ、状況やアベコベ氏個人の「父権主義」(いちおう、カギ括弧をつけておく)とタカ派性によって、極端になっているのである。
 簡単に言えば、口と腹のまったく違うこの欺瞞の精神力学が問題であり、その分析は既述であるが、再度究明したい。
 簡単に言えば、倫理性、道徳心がないということに尽きるのであるが、その力学構造を明らかにする必要はある。
 これまで、私は父権主義的精神でそれを説明してきたのである。これは、端的に利己主義なのである。
 しかし、問題は利己主義でも、自覚した利己主義、意識した利己主義ではなく、無意識の利己主義であるのが、問題と言える。本人は、至って、自分は正当であると考えているに違いないのである。
 私は父権自我は、これまで、優越、妄想・狂信、独善、等々と形容してきた。これは、PS陰陽論から言えば、極大化した陽の性質と考えられるのである。
 以下の参考の記事は去年のものであるが、そこでは、日本父権主義のベースに母権極の非合理性があると述べている。それが無意識に働いているということである。
 この考え方を自分で書いておきながら、忘失していたが、今思うに、それなりに妥当するように思う。
 しかし、今の時点で新たに考えてみると、どうも、原点の未分化様態が無意識のうちに作用しているのではないだろうか。陰陽未分化と父権自我が結びついているのである。陰陽未分化は神的衝動をもっていて、利己主義の父権自我を狂信・独善・妄想化させるだろう。
 だから、日本権力層は、自分は正義でありと感じ、他者の声に耳をかさず、平気で売国行為に励むのである。
 簡単に整理すると、陰陽未分化の宗教的衝動と利己主義的父権主義の融合が日本支配権力層の精神構造にあり、そのために、まったく不合理・非合理・不条理な売国亡国行為を行ってしまうのである。
 これは、私見では、明治維新の国学神学イデオロギーが基礎としてある精神構造である。
 以上、素描である。

追記:では、解決策は何であろうか。思うに、日本国民にも類似した精神構造があると考えられるのである。
 だから、国民の精神革命が必要である。
 結局、自己の陰陽未分化の非合理衝動を生むものを「合理」的に捉え直す必要があるのである。
 結局、植物体の精神、氣の精神に回帰する必要があると考えられる。
 氣の精神を明確にもつことで、根源の陰陽未分化精神は、「合理化」されるのである。
 やはり、日本父権主義はヤハウェと通じるように思う。日ユ同祖論である。
 

2013/11/08 : 政治・権力・陰謀 : 今、日本は開国以来、最大のクライシス(危機)を迎えている。 安倍晋三や竹中平蔵たちが率いる現政権は、日本史上最悪の亡国政権になりかかっている。 最悪というのは、小泉政権をはるかに超える“亡国度合”を持つという意味である。

だが・・、安倍晋三には日本を守る気持ちはなく、国民資産をただ同然に多国籍企業に売り渡すことしか念頭にない。

だから・・、
TPPに舵を切っていて、愛国者は絶対にありえない。
国家戦略特区を推進していて、愛国者は絶対にありえない。
http://iiyama16.blog.fc2.com/blog-entry-6995.html

『文殊菩薩』



参考:(尚、以下、強調は本稿のために行った。)

2012年06月09日(Sat)
再考:日本民族における母権と父権の極性:父権的傾斜と母権的均衡
私は既述のように、日本民族は、ベースは母権的民族で、それに父権的民族が進入して、両者が混淆して、形成されたと考えている。母権的民族は、沖縄・アイヌに残ると考えられる縄文的民族と、中国から移動した弥生的民族と、ツングース系民族、他である。父権的民族は、いまだよくわからないが、中国からやってきた民族ないしは失われたイスラエルの十支族やその他である。
 母権的民族と父権的民族の混淆で著しい例は、古代ギリシアである。それは、ギリシア神話に見事に表現されている。
 そして、日本民族の混淆はやや性質は違うものの、ある意味で類似していると考えている。
 問題点は、混淆の性質である。思うに、三種類のパターンが考えられる。即ち、

1)母権的傾斜型
2)父権的傾斜型
3)母権・父権的均衡型

の三つの型である。
 日本民族文化を考えたとき、この三つの様態があるように思われる。
 とまれ、確認すべきは、母権極と父権極があり、この極性の陰陽的様態において、日本民族文化を見る視点である。
 言い換えると、初めは、母権的民族が存在し、その後、父権的民族が到来して、後者が支配的になったが、時代が経つにつれて、両者が混じり合い、母権/父権的極性的民族・文化が形成されたと考えられる(仮説)。
 私がアニミズムと機械・物質文明の連続性について述べたが、そのとき、自我は弱いと述べた。その意味はこの極性的様態から考えるべきである。つまり、ストレートな父権主義ではなく、母権的極性をもっている父権主義なので、自我が、純粋父権主義の自我から見ると、「弱い」ものとなるのである。しかしながら、「弱い」とは言え、父権極的自我は存在するのである。
 とまれ、アニミズムと機械・物質文明の連続化は、ベースにある母権極にアニミズムがあり、それが、「弱い」父権的自我を介して、機械・物質文明と繋がったと考えられるのである。
 ここで、明治維新以降の「近代化」を考えると、そのような精神様態をもつ日本人であるから、近代合理主義は、欧米のものとは当然、異なるものとならざるをえない。
 つまり、西洋における近代合理主義は近代的自我(デカルトのコギト)と結びついたものであるが、日本の場合、近代的自我は、独立したものではなく、ベースの母権極のために、半近代的自我にならざるを得なかったと考えられる。
 そう、母権極の非合理性(アニミズム等)があるために、近代合理主義は、形式的なものとなり、非合理性によって歪曲されたものとなったと考えられるのである。
 明治維新以降の日本支配層は、私説では、父権主義であるが、今述べたように、非合理性をもつので、欧米の合理主義文明が非合理性によって染められたものとなったと見ても、間違いではないだろう。
 導入された「近代合理主義」、機械・物質文明は非合理性によってねじ曲げられて、無分別に、盲目・狂信的に戦争の道へ進み、「太平洋戦争」の大惨禍を引き起こしたと考えられる。
 また、戦後であるが、この非合理性をもつ父権主義は当然、清算されずに存続したのであり、それは、米国をいわば宗主国とする植民地・属国的日本をもたらしたと考えられる。
 また、敷延すれば、原発の林立も結局は、この非合理性をもつ父権主義のしからしめるものと言えよう。
 これも持論であるが、明治維新は母権的勢力を父権的勢力が制圧して生まれたものである。坂本龍馬、西郷隆盛らの母権的勢力が弾圧され、力を失ったのである。
 近世・近代の母権的勢力であるが、上述から見ると、非合理性をもつのではないかと言われるであろう。確かに、非合理性をもつが、実は、その非合理性に徹しているので、非合理性の「理性」をもつ文化をもっているのである。それが、東洋・日本的身体文化、肚の文化である。つまり、近世・近代の母権的勢力は、伝統的な東洋・日本文化を体現していた勢力であり、新たな西洋の知見をもった文明的勢力であったと考えられるのである。
 だから、母権的勢力とは実は、母権極/父権極の均衡性をもった勢力でもあったと言えるのである。そして、そこにこそ、正統な日本の未来があったと言えるのであるが、残念ながら、父権的勢力が支配して、非合理衝動である過信・盲信・狂信、慢心・傲慢、狂気・妄想、攻撃衝動のために、自暴自棄の自滅の道を辿ったのである。
 その今日的帰結が、福島第一原発の爆発による放射能汚染地獄であり、日本の経済を破滅させようとする民死倒の政権である。
 日本父権主義は、自己の基底の非合理性を確認できないために、不合理極まりない、悪魔的に利己主義的な方策・行動・態度をとってしまうのである。
 この日本父権主義の型は国民にも蔓延しているのであり、日本民族国家のいまや衰亡の瀬戸際にあると言えるのである。
 とまれ、以上から私が新母権主義を提唱する理由がいくらかはお分かりになれたのではないだろうか。
 最後に何故、母権主義に個があり、父権主義は没個であるのかを説明したい。
 つまり、母権主義は肚=魂を基底にするために、自我との意識的極性が形成されるために、他者と自我の均衡という個が形成されることになるのであるが、父権主義は肚=魂が無意識であり、賦活されないので、その無意識の衝動に支配されてしまい、自我は独立せずに、なんらかの力に支配されるのである。故に、没個なのである。

追記:上記の三種類の型であるが、結局、1の母権的傾斜型と3の母権・父権的均衡型は極性論理のために、一致することになるのである。

追記2:日本父権主義の非合理性が元凶のように述べたが、それは不正確である。非合理性と同時に、父権主義のもつ同一性・自我主義(利己主義)も極度の不合理性を引き起こす重要なファクターである。もっとも、同一性・自我主義は、本来、純粋悟性に関わり、合理主義精神に関係するのであるが、日本父権主義の場合は、その封建的権威意識が強力なために、同一性・自我主義に関係する合理主義精神の形成がはななだ未成熟であると言えよう。
 それに対して、西洋の場合、イタリア・ルネサンスや宗教改革(プロテスタンティズム)等によって個の覚醒があるために、父権主義の同一性・自我主義は、封建的権威主義を脱した為に、合理主義精神に繋がったと考えられるのである。

追記3:非合理性として、アニミズムをあげたが、当然、シャーマニズムも入れていいのである、そう、というより、入れるべきである。

**********************

魂と自我の結婚:魂の闇と自我の光:闇と光の螺旋結合
テーマ:二つの日本:父権的日本と母権的日本

以下の先に書いた叙述と参照の叙述は齟齬を来しているので、整合性のある説明が必要である。後で、考察を行いたい。

**********************

母権主義と父権主義:魂の意識と自我の意識
テーマ:二つの日本:父権的日本と母権的日本

私が説く母権主義と父権主義は女性主義と男性主義ではない。母権主義は、男性においてもあるし、父権主義は女性においてもあるのである。
 母権主義と父権主義は人間の根本的な質的差異を意味する。前者は魂を基底にしているし、後者は自我を基底にしているのである。
 日本人は母権主義と父権主義の混淆であると考えているが、明治維新以降、後者が支配的になり、前者が抑圧されたと考えられるのである。
 とりわけ、戦後の米国による一種の植民地的支配によって、日本の母権主義は否定されて、日本民族は衰滅の危機にあるのである。
 そう、母権主義とは、個に基づくのである。もっとも、正確に言えば、自我の基礎にある魂に基づく個である。
 父権的集団主義に染まって、母権的個を埋没させているのが、現代日本人である。

参照:

アニミズムと機械・物質文明
テーマ:PS理論:プラトニック・シナジー理論
resurrection
neomanichaeist resurrection

アニミズムと機械・物質文明4:両者が日本人の精神において結合しているとすると、問題は厄介であるが、PS理論によってこの問題を解明している。即ち内面の魂と近代科学・技術の切断。両者が不連続であることを日本人は認識する必要がある。 両者の無意識の連続体が日本人を束縛している。擱筆
9分前 お気に入り 返信 削除
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resurrection
neomanichaeist resurrection

アニミズムと機械・物質文明3:無意識の受動的魂と近代科学・技術が、日本人の精神において、結びついたというのは確かに考えられることである。故に、「浜岡原発反対氏」(仮称)が指摘したことは正鵠を射ていると言える。
15分前 お気に入り 返信 削除
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resurrection
neomanichaeist resurrection

アニミズムと機械・物質文明2:日本人の場合、デカルト的自我は希薄である。端的に言えば、自我は弱い。おそらく、内面の魂の側面が作用しているのであるが、無意識である。おそらく、この魂の受動性が、近代科学(物質科学・技術)と結んだのではないのか。続く。
18分前 お気に入り 返信 削除
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resurrection
neomanichaeist resurrection

アニミズムと機械・物質文明1:先に、両者通じるというコメントを戴いたので、答えたい。 アニミズムは魂の感覚に拠る。機械・物質文明は、当然、近代合理主義を前提にする。本来、デカルトの自我=存在があるが、日本の場合、それが欠落する。続く。


»
resurrection
neomanichaeist resurrection

狂気の複合権力。日本民族は母権民族と父権民族の混合。古代は前者がベースで後者と結合したが、江戸時代で衰退し、新父権と新母権が生成した。明治維新は後者に拠るが前者が権力を簒奪し、父権封建的中央集権国家を確立するが、優越妄想独善狂信のために戦争で破滅、そして、今日、福島原発事故で、

http://ameblo.jp/neomanichaeism/entry-10875456067.html

http://ameblo.jp/neomanichaeism/entry-11271794452.html

http://protophilosophy.noblog.net/blog/m/11349285.html
protophilosophy(タイトルタグ)
INNOVATION OF PHILOSOPHY



参照:toxandoria氏は、アベコベ(安倍媚米)政権の精神力学的問題点をごてごてしているが、捉えているように思える。
天皇の政治利用と国民主権・政教分離軽視で正統保守(文化遺産的自律国)の情報保全体制と国際コミットメント信用を失う安倍政権CommentsAdd Star

「靖国英霊・原発(ウラニウム・放射能)アニミズム国策融合&異端審問」の体制確立で、<NHKが「偽装極右一派」支配下の安倍・日本放送協会AHK/言い換えれば「NHK(ことAHK)から戦争が始まる」体制の確立を狙った狡猾な布石!>と化すカウントダウン開始!新任4人は安倍首相と近く露骨な政権色が濃い人事!2013年11月2日http://urx.nu/5zXG

⇒ NHK経営委員 限度超えた安倍カラー、 毎日・社説 2013.11.2

・・・今回の人事案に挙がっている新任の4人は安倍カラーが濃い。哲学者の長谷川三千子さんは保守派(ならず擬装極右派←只野親父、補足)の論客で、昨年9月の自民党総裁選で安倍首相を応援した。作家の百田尚樹(戦中ゼロ戦特攻隊式(浪漫派イロニー愛国)政治派)さんもやはり総裁選で安倍首相を応援し、首相就任後に雑誌で対談して意気投合している。日本たばこ産業顧問の本田勝彦さんは首相が少年時代に家庭教師を務め、首相を囲む経済人の集まり「四季の会」のメンバーだ。中島尚正さんは海陽中等教育学校長だが、同校は首相のブレーン、JR東海会長の葛西敬之(リニアのための原発推進派←只野親父、補足)さんが設立に尽力した。

・・・菅義偉官房長官(Jap.ゲッペルス官房長官と改名すべきだ!←只野親父、補足)は「信頼し、評価している方にお願いするのはある意味では当然だ」と人事案が首相主導で練られたことを隠さなかった。

f:id:toxandoria:20131105045241j:image:w450

■【NSC(国家安全保障会議)大本営発表方式/「靖国英霊&国策原発アニミズム融合」合祀化なるアベ偽装極右一派式「狂想政治暴走」の証拠】例えば、汚染水問題も警備と絡めれば容易に「特定秘密」化し得る ⇒ 原発の警備「特定秘密指定あり得る」森雅子担当相11.1朝日http://urx.nu/5AcD <注記>画像は、http://urx.nu/5AcP より転載。

f:id:toxandoria:20131105045242j:image:w450

■【これもNSC(国家安全保障会議)大本営発表方式/「靖国英霊&国策原発アニミズム融合」合祀化なるアベ偽装極右一派式「狂想政治暴走」の証拠】誰が開戦決定したかの特定秘密化で国民があずかり知らぬ内に日中戦争の最中!という恐るべき場面があり得る! ⇒ 特定秘密 約40万件指定で調整11.2NHKhttp://urx.nu/5AcF <注記>画像は、http://urx.nu/5AcF より転載。

■日本版NSC(国家安全保障会議)は、議事録をとらないと政府答弁。例えば、イラク戦争のように証拠のない戦争参加を決定する場合を考えてみよう。会議に立ち会った公務員らは秘密保護法で口を閉ざし、誰が戦争参加を決めても責任を問われない。無責任国家だから一層危険。http://urx.nu/5AcF 金子勝 @masaru_kanekovia web2013.11.02 07:50只のオッサン(脱原発への急転向者)さん他、338人がリツイート

1 安部式・忠君愛国(神話・天皇重視)教育を先取りする「宮城県議会の恐るべき天皇の政治利用(“つくる会教科書”関連請願の採択)」

1−1 安部式・忠君愛国(神話・天皇重視)教育に共鳴する「宮城県議会の“教室から戦争が始まる体制を?つくる会教科書”関連請願の採択」は、恐るべき戦前型「天皇の“密教”政治利用」の取り戻し

f:id:toxandoria:20131105045243j:image:w600

■日中戦争(願望的ホンネでは日米戦争)も辞さぬ<NSC(国家安全保障会議)と秘密保護法の合体による戦前ソックリの「極右軍事政権型大本営」出現の危険性/アベのこれこそが「天皇の“密教”政治利用!」>を米リベラル派は直視!その先駆けは既に宮城県議会で観察される!(↓*)2013年11月1日

⇒ NYタイムズ 社説で「日本版NSC」「秘密保護法」断罪の波紋2013.11.1日刊ゲンダイhttp://urx.nu/5zmn <注記>「一般国民を広く柔らかく洗脳するための分かり易い“顕教”システム」としての天皇、同時にその天皇を政治の道具として狡猾に活用する戦前型「天皇の“密教”政治利用!」については、下記(参考)を参照のこと

*アベ式愛国教育(神話・天皇)を先取りする、「宮城県議会の恐るべき“密教”利用を視野に入れた、先ずは“顕教”型での天皇の政治利用ということ!/追憶のカルトなる近世日本の伝統テロリズム」(“つくる会教科書”関連請願の採択)?忠君愛国・教育勅語式のおしつけは理不尽!正統保守・愛国を自負するなら政教分離・脱原発・歴史経験重視・授権規範であるべき!/つくる会教科書側からの圧力行使は余りにも奇っ怪千万!<靖国英霊&原発カルト融合国策合祀>の先取り! ⇒ 「神話や天皇」、「日の丸や君が代」など(戦前教育型)の項目を点数評価し反映させるよう県教委に指導を求めた「新しい歴史教科書をつくる会」県支部の請願(これぞ、性懲りもなく悪質なアベ自民党による天皇の政治利用/追憶のカルトなる近世日本の伝統テロリズム)を賛成(圧倒的!)多数で10.30に採択http://urx.nu/5zmN 

・・・問題は、これが国政選挙で安倍・自民党が誕生した時と似たようなパターンの選挙民一般(宮城県民)の特異な行動(orアベノミクスと同じことで、原発利用型経済への過剰期待?)の中で起こった出来事であること。つまり、この「つくる会」からの請願なるモノが、約7割の選挙民(有権県民)の棄権(国政選挙では、約5〜6割の選挙民(5千〜6千万人)の棄権が常在化している!)という異常環境のなかで、しかも「50万票VS9万票の大差」で現職・村井知事が反原発派に圧勝した直後に、突然、引き起こされたように見えることだ。

・・・比較的意識の高い宮城県民が経済復興に、より期待する気持ちは理解できるが、一般選挙民の無関心を奇貨として、安倍&維新に繋がる偽装極右勢力が一気に反動の総攻撃をかけてきたような感がある。

・・・しかも、宮城県は福島県内の遠隔地よりフクシマ原発事故現場から近距離であること(せいぜいで70〜100km程度)、またプルサーマルの女川原発から地方中核都市・仙台の中心地までは40km程度の距離しか離れていないにもかかわらず、殆どの県民・仙台市民には原発事故に対する危機感が感じられない。

・・・おそらく、この空気では<靖国英霊の国策化と国策原発を同時に受け入れることが県民(国民)の責務である>とする大方針が示(下賜)されれば真っ先に、それに従ってしまうのは宮城県では?と懸念される。

・・・尤も、圧倒的多数派である約7割の県民は傍観者の立場を取っている訳だ。しかし、安倍政権による筋違い(本来のスパイ防止法とは異なる国民監視目的)の“秘密保護法+日本版NSC”の悪用(その本来あるべき姿は、正統保守に基づく自律国としての情報保全体制の確保ということであり、国民統制・監視・支配のツール化ではない!)による<国策靖国英霊&原発(ウラニウム・放射能)アニミズム合祀の大方針が示(下賜)され>た暁となってから“コリャ大変だ!”と騒ぎだしても後の祭りとなる訳だ。

http://d.hatena.ne.jp/toxandoria/20131105/p1

toxandoria

toxandoria
『toxandoria の日記、アートと社会』
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2012年09月22日 (14:16)

既に第三次世界大戦(ハルマゲドン)は始まっていると見るべきだろう

Thu, September 06, 2012
既に第三次世界大戦(ハルマゲドン)は始まっていると見るべきだろう
テーマ:超国家的グローバル戦争資本帝国主義
イラク侵略戦争から、第三次世界戦争は始まっているのだろう。シリアにおける「内戦」は、イラン戦争への布石であろう。
また、東アジアにおける戦争への画策がある。
 悪霊戦争金融資本主義に支配された世界。ユダヤ・キリスト教西洋文明はもう賞味期限切れであり、世界を破壊することに向かっている。
 
追記:精神史的に言えば、唯物的利己主義の終焉であり、霊的共同主義の誕生である。

追記2:現在の地球資本主義であるが、やはり、優れた国際政治経済の解説者が見るように、二つに分かれていると見るべきであろう。
 一つは、戦争を媒体とする金融資本勢力である。所謂、戦争屋である。
 一つは、田中宇氏が説くような多極化路線の資本主義である。
 当然ながら、後者が健全であり、今日、発展していると考えられ、前者は病理、ガン細胞である。
 現代日本の窮境は、前者に支配されていることであり、後者が見えなくなっていることである。もっとも、まともなビジネスをしている人間にはわかっていることであろうが。
 そう、この二つの世界経済路線をわかりやすく呼ぶなら、戦争資本主義と平和資本主義である。
 もっとも、私は、後者は、霊的共同主義的経済へと向かうとは思っているが。
 
参考:
日本のマスコミも政界も、日本人でない...
2012/9/6(木) 午後 0:46
新ベンチャー革命 2012 年 9 月 6 日  No.638 タイトル: 日本のマスコミも政界も、日本人でない勢力に乗っ取られていると認識すべき:さもないと日本国民の貧乏化は避けられないと知れ! 1.米経済再生に、われら日本国民の預貯金が使われる   2012 年 11 月に米大統領選を控えて、米国戦争屋政権 ... すべて表示

 そして、今後1年以内に日本から米国へ、100兆円規模で、国富移転が行われる可能性が高くなります。

 その資金調達の利払いに消費増税分が充当されるのも間違いないでしょう。

 短期的には、われらの預貯金を使って日本の国債(日本政府の米国債購入財源)を買う日本の金融機関に、消費増税分が国債利払いの名目にて移転されるでしょう。

 日本では故意に超低金利政策が続けられており、われらのもらう預貯金利子はほとんどありませんから、財務省天下り先である日本の金融機関のみが国債利払い収入で潤うわけです。簡単に言うと、消費増税分は日本の金融機関(国債を買う金融機関)を潤すということです

参考:
ロスチャイルド勢力のNWO世界支配の進み具合は?
今日は、久しぶりにイギリス人の情報提供者、テリブル・ティム氏が、ジェフ・レンズの番組に登場しインタビューに答えています。以前、このブログでもテリブル・ティム氏のインタビューをご紹介したことがありますが、彼は、
イルミナティの連中(ロスチャイルドら)の魂を乗っ取った悪の宇宙生命体をやっつけるには、コバルト60が有効であると説いていた人物です。彼以外に誰もそのことを唱えた人物はいなかったので非常に印象深い人物です。
ティ ム氏によると、やはり、私などの一般庶民も感じているように。。。ロスチャイルドやイスラエル、欧米勢力は計画通りに物事が進んでおらず、かなり焦ってい るのが今の状況のようです。何しろ、シリア政府の抵抗が激しく、また、ロシアが睨みをきかし、中々イラン攻撃の準備ができません。イランやロシアを攻撃 し、国を破壊しないとロスチャイルド悪魔帝国の世界支配体制はできないとのことです。もし11月にイランを攻撃できなければ、ロスチャイルド・・・つま り、ひょっとして、イルミナティ勢力の力が衰えるかもしれないと期待してしまいます。もちろん、ロスチャイルドの力が衰えても、別の勢力が世界制覇をする ならば、世界の自由と平和は夢となってしまいますが。。。
日本や世界や宇宙の動向

• アルカイダ指導者:5000名の戦士のシリア派遣で米・サウジと取引
• 米元国連大使からイスラエルへ:イランを攻撃せよ、貴国の権利だ

イランのブシェール原発

◆9月3日

  ジョン・ボルトンというアメリカの元国連大使が、アメリカはやりそうにないから、自衛のための正当な権利としてイスラエルはイラン攻撃をせよ、とイスラエ ルに激を飛ばした。お馬鹿な戦争屋の典型例として挙げた。こういう無責任な者たちがアメリカの外交部門でうろうろしているから、まだまだアメリカは危険で ある。

 イランが核兵器を開発しそうだから、それを「阻止」するために先制攻撃せよ、という論法はまったくの暴論でやくざの論理である。それを言うのであれば、イスラエルは核兵器を保持しているから、使用する前に先制攻撃をせよ、とイランに言うべきだろう。
donのブログ





Thu, September 06, 2012
資本主義の中の二つの「資本主義」:同一性資本主義と差異共振資本主義
テーマ:新母権的社会:個的共同体
今は余裕がないので、詳述できないが、日本の支配層がほとんど、某国の奴隷集団になっている事態の力学について、述べたいと思っている。
 結局、生命体を考えるといいと思う。健全な生命体は、陰陽差異共振身体である。それに対して、ガン細胞は、それを破壊する同一性主義体である。つまり、 健全な生命エネルギーをもたらす陰陽差異共振がなく、自己同一性が主体となり、他者を搾取する状態である。これは、生命体に必要な差異=他者がなくなり、 自己同一性というガン細胞が増殖する状態と考えられるのである。
 自己同一性というガン細胞、政治経済のガン細胞を消失させる必要があるのである。
 国民が、庶民が、社会政治経済生命体に必要なものは、陰陽差異共振であること、差異共振的資本経済であることをしかと認識すべきである。

追記:もう一つは被洗脳のことである。これは、観念を頭に植え込まれた状態である。自己の感性や直感を通さずに、植え込まれた観念だけで「判断」するようになっているのが、日本の支配層である。言わば、ロボット、ゾンビ・ロボットである。
 そう、頭というものは、感性、直感・直観の基礎がないと、単に、受け売りだけの機能しかないのである。
 某大学を出ても、自分の魂で思考しない人間が日本の支配層になっているのである。






Wed, September 05, 2012
福島の子供の36%に、放射線被曝による甲状腺異常 「Business Insider」の報告 
テーマ:放射能汚染と脱原発利権
山下俊一、政治行政、官僚、マスゴミの悪霊群であるが、 これは、平たく言えば、利己主義者群である。結局、倫理・道徳が欠落しているのである。自己はあるが、個がないのである。自己同一性主義という利己主義が 支配して、個において存する他者意識が全く欠落しているのである。
 もっとも、他者意識を志向するものは、根源的な太極魂である。これが、他者への無視に対して、心痛を引き起こすと考えられるのである。
 日本近代化は父権主導であったので、自己同一性主義=利己主義が支配的になり、個的倫理・道徳が未形成なのである。個的倫理・道徳の形成は新母権的意識の形成と一如である。
 日本の支配層は、父権的集団であるために、庶民に多い母権的意識を無視しているということでもある。
 脱近代主義が必要である。そう、日本人は灯台もと暗しであり、東洋・日本の伝統的叡知を否定して、悪魔的国家を形成したのである。
• 暗黒医療:医師たちは福島の子供たちを見捨てるのか (08/23)
• 福島の子供たちに甲状腺結節-日本のマスコミは報じない (08/22)
福島の子供たちが本当に危ない。

SPEEDI情報は届いていたのに、それを知らせず子供たちを被曝させたたけでなく、安定ヨウ素剤の服用指示さえ出さなかった真の犯罪者たち。

佐藤雄平と福島県庁、山下俊一ら、官僚、野田佳彦、マスコミ…。自分たちがその当事者であり加害者であるのに、責任を取ろうとせず、まだ嘘をつき続けている。

福島の子供の36%に、放射線被曝による甲状腺異常
「Business Insider」の報告 全文翻訳

36 Percent Of Fukushima Children Have Abnormal Growths From Radiation Exposure
(Business Insider by Michael Kelley 2012年7月16日)

ENENewsが報じているように 、福島原発事故から1年後、福島県から検査を受けさせられた38000人を超える子供たちのうち、36%の子供の甲状腺に、異常増殖、嚢胞(のうほう)もしくは結節(シコリ)があることが分かった。

カレイドスコープ







Tue, September 04, 2012
検討課題:霊的宇宙をどう説明するのか:新コスモス論(ポスト占星術的宇宙)へ向けて
テーマ:cosmos
本問題は、実に長い間の懸案であるが、未だ決定打となる仮説が出てこないのである。私は、西洋占星術の基本的な概念を肯定しているが、その日の占い・運勢のようなものは信じない。
 つまり、星座(正しくは、宮)と性格との相関性をみとめているのであるが、その「科学」的原理が説明できないのである。
 単に迷信と切り捨てるのは、容易であるが、占星術が経験知に合致する側面を捨て去ることになる。
 シュタイナーの体論から言えば、アストラル体(感情、欲望体)と占星術は関係すると考えられる。
 それは、思うに、MP(原点)に存する様態のように思える。
 ここで作業仮説として、凸iを火、凹iを水、-1を地、+1を風とする。つまり、四大(地水火風)をそう設置してみる。
 そうすると、第一象限には、風象星座(双子座、天秤座、水瓶座)、第二象限には、火象星座(牡羊座、獅子座、射手座)、第三象限には、地象星座(牡牛座、乙女座、山羊座)、第四象限には、水象星座(蟹座、蠍座、魚座)を配置できるのかもしれない。
 もっとも、基軸は、風象星座の場合は、+1であり、火象星座の場合は、凸iであり、地象星座の場合は、-1であり、水象星座の場合は、凹iである。
 そして、各象限を三等分(30度で区分)して、基軸から数えることにすると、第一象限の第一区分は水瓶座、第二区分は、天秤座?、第三区分は双子座?、 そして、第二象限の第一区分は、獅子座?、第二区分は、牡羊座?、第三区分は射手座?、そして、第三象限の第一区分は、牡牛座、第二区分は、山羊座?、第 三区分は、乙女座?、そして、第四象限の第一区分は、蠍座?、第二は蟹座?、第三は魚座?だろうか。
 とまれ、そう作業仮説すると、誕生のとき、各個人の魂(個魂)は、ある陰陽双極子の様態をもっていて、それが、どの象限に属するかで、誕生日が異なると いうことではないだろうか。今日は、9月4日で、乙女座になる。乙女座の人は、陰陽双極子が誕生に際して、第三象限の第三区分に存していたということにな る。
 しかしながら、これは、性格(だけではないが)に関わることであり、個の本性ではない。個の本性は、霊的なものであり、先に述べたように、個霊性である。
 それは、超越界、超越円に属するものと考えられる。
 


<無双PS原理三次元世界:Ver4.1>
                

               虚軸y軸:陽・凸i・時間形式・自己
                                /
         超越軸z軸:太極・霊界       /
               |           /
               |         /
               |       /
Ⅱ:物質認識       |     /    Ⅰ:頭
               |   /
               | /
-1__←重力波_MP・胸_電磁波⇒_+1実軸x軸
地・自我       /  |            天・個
           /     |
Ⅲ:肚     /      |    Ⅳ:精神認識(魂認識)
      /         |
    /           |
陰・凹i・空間形式     |
・他者           | 
 
 


直交座標系による平面上の点の座標と四つの象限





http://chaos2ch.com/archives/3095318.html
12の星座の性格・星占い
www.geocities.jp/urakazu6/sub5.html - キャッシュ 類似ページ
www.geocities.jp の結果をすべてブロック
西洋占星術(星占い)では、星座と星をもとに、主として性格や才能、資質を明らかにします。相手をどう理解し、どのように接したらよいのかといった、人間関係の問題、自分の欠点をどう受けとめたらよいのかといった、自分に関する問題、職業選択、人生の進路、 ...

参照:
陰陽双極子の方程式と計算
テーマ:無双PS原理
今日も簡単に述べるに留める。
 先に次のように述べた。
「Ⅰ*Ⅱ=f(θ)*f(θ+π)=〔icosθ+jsinθ〕*〔icos(θ+π)+jsin(θ+π)〕(ただし、θ=nπである。)
これを、霊/気転換方程式と作業仮説的に呼んでおこう。」
これは、超越軸と虚軸の形成する平面における方程式である。
 便宜上に簡単にするために、これを虚軸と実軸によるガウス平面に降ろして考える。そうすると、
Ⅰ*Ⅱ=f(θ)*f(θ+π)=〔cosθ+isinθ〕*〔cos(θ+π)+isin(θ+π)〕(ただし、θ=nπである。)
しかし、これは、より簡潔になる。
Ⅰ*Ⅱ=f(θ)*f(θ+π)=〔cosθ+isinθ〕*〔cos(θ+π)+isin(θ+π)〕=cos(2θ+π)*isin(2θ+π)(ただし、θ=nπである。)
これは言い換えると、ガウス平面上の単位円の周囲における、言わば、双極子である。
 具体的に見ると、θ=π/6=30°のとき、
Ⅰ・Ⅱ=cos(4π/3)*isin(4π/3)=-1/2-i√3/2
となる。
 これは、第三象限に属するが、これが何を意味するのかは、おいておく。
追記:以下にあるようオイラーの公式を使えば、より簡潔になるだろう。

追記2:解答値の-1/2-i√3/2であるが、これを第三象限に属すると述べたが、実軸-1/2、虚軸-√3/2に位置する単位円上の点である。
参考:
オイラーの公式の使い方

オイラーの公式の使い方
大学に入ると次のような式を学びます。


(e:自然対数)

この式はオイラーの公式と呼ばれています。この式を知っていると計算の見通しが良くなるので高校生でも知っておくと良いと思います。そこで、オイラーの公式を複素数に使いオイラーの公式の使い方について考えてみます。

複素数は、
Z=|Z|(cosθ+i sinθ)
と極座標(距離と角度)の形式で表すことができます。

このとき、Z1とZ2の積を考えると、
Z1×Z2=|Z1|(cos(θ1)+i sin(θ1))|Z2|(cos(θ2)+isin(θ2))
=|Z1||Z2|(cos(θ1+θ2)+i sin(θ1+θ2))
となります。
この式の図形的意味を考えると、
(Z1にZ2を掛ける)=(Z1を|Z2|倍に拡大)+(Z1をθ2回転)
というように解釈できます(これは複素数を図形的に考えるときに重要です)。

さて、ここからオイラーの公式を使うと役に立つ理由 を説明します。
上で積を考えたときに,計算で気になるのは、
(cos(θ1)+i sin(θ1))×(cos(θ2)+isin(θ2)) =cos(θ1+θ2)+i sin(θ1+θ2)
の部分です。 この式は、本来なら加法定理を利用して整理すべきものですよね。
しかし,オイラーの公式を使えば、
(cos(θ1)+i sin(θ1))×(cos(θ2)+i sin(θ2)) =(eiθ1)×(eiθ2)
=ei(θ1+θ2) (ea×eb=ea+bを使った)
=cos(θ1+θ2)+i sin(θ1+θ2) (オイラーの公式を使った)
このように指数関数の性質を使い簡単に計算することができます (加法定理の計算を指数関数の積にすることができた)。

また,オイラーの公式を使えばド・モアブルの式は、 (eiθ)n = ei nθ という,指数関数の性質である(ea)b=eabのことを言っているだけだということがわかります。

最後にポイントをまとめます。
<Point> オイラーの公式のメリット

Z=|Z|(cosθ+i sinθ)をオイラーの公式を使いZ=|Z|e iθと表すと、めんどくさい三角関数の計算が指数関数の計算に変わるので計算が楽になる。

(指数関数の計算がめんどくさいから対数を取るのと、感覚的には同じ考え方)


<研究>三角関数を指数関数であらわす

オイラーの公式より、
-(1)
オイラーの公式の複素共役を取ると、
-(2)

{(1) + (2)}/2 よりcosが、 {(1) - (2)}/2i よりsinが次のように求まる。

よって、三角関数は指数関数で表された。

http://ameblo.jp/neomanichaeism/entry-11344606343.html




Tue, September 04, 2012
悪霊化した父権文明の終焉と陰陽極性的新母権文明の誕生:旧父権と新母権の「世界最終戦争」
テーマ:二つの日本民族:母権民族と父権民族
父権的意識、自己同一性意識は、母権的意識、即ち、陰陽極性・差異共振的意識(言わば、MP意識)を嫌悪する。
 そう、物質主義的意識が差異共振的意識(精神的意識)を嫌うと言えよう。
 後で詳述したい。
一言言うと、男性原理が女性原理を恐れる理由は、ここに存すると言えよう。

追記:言い換えると、利己主義と共同主義との違いとも言えよう。





Sun, September 02, 2012
陰陽双極子の方程式と計算
テーマ:無双PS原理
今日も簡単に述べるに留める。
 先に次のように述べた。
「Ⅰ*Ⅱ=f(θ)*f(θ+π)=〔icosθ+jsinθ〕*〔icos(θ+π)+jsin(θ+π)〕(ただし、θ=nπである。)
これを、霊/気転換方程式と作業仮説的に呼んでおこう。」
これは、超越軸と虚軸の形成する平面における方程式である。
 便宜上に簡単にするために、これを虚軸と実軸によるガウス平面に降ろして考える。そうすると、
Ⅰ*Ⅱ=f(θ)*f(θ+π)=〔cosθ+isinθ〕*〔cos(θ+π)+isin(θ+π)〕(ただし、θ=nπである。)
しかし、これは、より簡潔になる。
Ⅰ*Ⅱ=f(θ)*f(θ+π)=〔cosθ+isinθ〕*〔cos(θ+π)+isin(θ+π)〕=cos(2θ+π)*isin(2θ+π)(ただし、θ=nπである。)
これは言い換えると、ガウス平面上の単位円の周囲における、言わば、双極子である。
 具体的に見ると、θ=π/6=30°のとき、
Ⅰ・Ⅱ=cos(4π/3)*isin(4π/3)=-1/2-i√3/2
となる。
 これは、第三象限に属するが、これが何を意味するのかは、おいておく。
追記:以下にあるようオイラーの公式を使えば、より簡潔になるだろう。

追記2:解答値の-1/2-i√3/2であるが、これを第三象限に属すると述べたが、実軸-1/2、虚軸-√3/2に位置する単位円上の点である。
参考:
オイラーの公式の使い方

オイラーの公式の使い方
大学に入ると次のような式を学びます。


(e:自然対数)

この式はオイラーの公式と呼ばれています。この式を知っていると計算の見通しが良くなるので高校生でも知っておくと良いと思います。そこで、オイラーの公式を複素数に使いオイラーの公式の使い方について考えてみます。

複素数は、
Z=|Z|(cosθ+i sinθ)
と極座標(距離と角度)の形式で表すことができます。

このとき、Z1とZ2の積を考えると、
Z1×Z2=|Z1|(cos(θ1)+i sin(θ1))|Z2|(cos(θ2)+isin(θ2))
=|Z1||Z2|(cos(θ1+θ2)+i sin(θ1+θ2))
となります。
この式の図形的意味を考えると、
(Z1にZ2を掛ける)=(Z1を|Z2|倍に拡大)+(Z1をθ2回転)
というように解釈できます(これは複素数を図形的に考えるときに重要です)。

さて、ここからオイラーの公式を使うと役に立つ理由 を説明します。
上で積を考えたときに,計算で気になるのは、
(cos(θ1)+i sin(θ1))×(cos(θ2)+isin(θ2)) =cos(θ1+θ2)+i sin(θ1+θ2)
の部分です。 この式は、本来なら加法定理を利用して整理すべきものですよね。
しかし,オイラーの公式を使えば、
(cos(θ1)+i sin(θ1))×(cos(θ2)+i sin(θ2)) =(eiθ1)×(eiθ2)
=ei(θ1+θ2) (ea×eb=ea+bを使った)
=cos(θ1+θ2)+i sin(θ1+θ2) (オイラーの公式を使った)
このように指数関数の性質を使い簡単に計算することができます (加法定理の計算を指数関数の積にすることができた)。

また,オイラーの公式を使えばド・モアブルの式は、 (eiθ)n = ei nθ という,指数関数の性質である(ea)b=eabのことを言っているだけだということがわかります。

最後にポイントをまとめます。
<Point> オイラーの公式のメリット

Z=|Z|(cosθ+i sinθ)をオイラーの公式を使いZ=|Z|e iθと表すと、めんどくさい三角関数の計算が指数関数の計算に変わるので計算が楽になる。

(指数関数の計算がめんどくさいから対数を取るのと、感覚的には同じ考え方)

<研究>三角関数を指数関数であらわす

オイラーの公式より、
-(1)
オイラーの公式の複素共役を取ると、
-(2)

{(1) + (2)}/2 よりcosが、 {(1) - (2)}/2i よりsinが次のように求まる。

よって、三角関数は指数関数で表された。





Sun, September 02, 2012
霊的情報⇒気的情報⇒生命体⇒純粋物質:太陽系には気的情報だけでなく、霊的情報があるだろう。
テーマ:cosmos
霊的情報⇒気的情報⇒生命体⇒純粋物質:太陽系には気的情報だけでなく、霊的情報があるだろう。

今日も一言述べるに留める。
 先に、生命体と非生命体的物質を区別した。それは、気的情報があるか否かの違いに拠るのである。
 これを敷衍すると、生命体に霊的情報があるか否かの違いがありえるだろう。そして、人間と他との生物の違いはこれに拠ると考えられよう。
 思考能力は明らかに、人間だけがもつものであり、ここに霊的能力を見ることができる。
 これは、無双PS原理で言えば、超越界の霊的情報が気の世界(気界)に達しているのであり、生命体に霊的能力が刻印されているということである。
 端的に、人間は、生物(気的物質)でありながら、同時に、霊的能力をもっているのである。(しかし、シュタイナー的に言えば、悪魔的能力も体現しているのである。)
 とまれ、今は、その点ではなく、太陽系を考えたい。
 太陽系は単に気的情報をもつ「生命体」なのか。
 直観では、なんらかの霊的情報をもっていると思われるのである。
 思うに、なんらかの霊的情報が、太陽系を創造形成したと思われる。つまり、霊的太陽系である。
 このことが、古代宇宙論(占星術の基盤)を生み出したのだろう。
今日は、短いが、ここで留める。

2012年01月09日 (21:29)

仮説:古代世界海洋の道:ケルト、タミール、東南アジア、琉球・沖縄

仮説:古代世界海洋の道:ケルト、タミール、東南アジア、琉球・沖縄
テーマ:history
Kaisetsu氏の、管見では、定説を覆す、日本古代史、沖縄論が継続されているが、とりわけ、以下は私見からは興味深い。
 即ち、古代の倭国連合の貿易範囲が東南アジアの海洋に及ぶことであり、また、タミール文化とのそれとの関係である。
 私が折口信夫の『古代研究』において、琉球の宗教がケルト神話に酷似したことに驚愕したことは既述した。
 ではどうして、二つは繋がったのか不明であったが、作業仮説的に、ケルト文化がインドまで伝わったことから、そこから何らかの接点があると考えていたのである。
 つまり、アナAna(ダナ)という女神がケルト神話にあるが、これは、ヒマラヤのアンナ・プルナのアンナに通じているのである。
 しかしながら、Kaisetsu氏のタミール文化との海洋貿易における融合を考えると、ケルトと琉球・沖縄が結びつくのは、現実的になるのである。
 また、思いつきであるが、Mimanaであるが、これは、
Mim+Ana、ないし、Min+Anaである。
 Mim、又は、Minを明とすると、明アナである。明はマニ教に通じる。日と月で、陰陽である。
 そうすると、任那はマニ教の女神に関係するかもしれない。マニ教の女神はどうやら、大女神、根元の女神である。そう、母権神である。
 以下、マニ教絵画(参照3)の女神がダエーナー女神ではないかという報告があるが、ダエーナーとダヌ(アヌ)は、音声的に近いだろう。(追記:ダヌはダナ、ダーナでもあるから、これで説得力が増すだろう。)
 興味は尽きないが、今はここで留める。


資料:

古代、倭国連合の最盛期の貿易範囲は、The Manila Galleonによって推測するべきだ。

古代の倭国連合には、フィリピン諸島やインドネシア諸島なども含まれていたと思われる。魏志倭人伝の記述も、このような前提で解釈するべきだ。

 次は、The Manila Galleon(1565年から19世紀初頭まで存在した)の貿易ルートであるが、

800px-16th_century_Portuguese_Spanish_trade_routes posted by (C)天花一海

 このManila Galleonは、古代から存在する、安全に航海できる海の道なのである。暗天時の帰航、水と食料の補給などを適時行えるノウハウが有れば、古代においても十分に交易ルートとして活用できたのである。

 倭国連合の主たる活動範囲は、日本列島、朝鮮半島、中国大陸沿岸部、東シナ海だけではなく、南シナ海も主たる貿易活動範囲と考えるべきであろう。

http://blog.kaisetsu.org/?eid=813387



任那を「Ni-Ma-Ra」「Ni-Ma-La」(Tamil:Nimalam)と読むべきこと及びマニ教との関連についての補強資料と大野晋先生の倭語クレオールタミル語説への支持

一般に日本語、ここでは白村江の敗戦前までの倭国連合の言語という意味で、倭語という名称を用いるが、この倭語とタミール語との関係は顕著な同質性を持つのである。

 さらに、弥生時代以降の文化的特徴も5世紀までの倭国連合時代とタミール文化は顕著な同質性を持つのである。

 さらに、この同質性が相互貿易共生システムによって成立していたことは次から容易に推測できる。
http://blog.kaisetsu.org/?eid=813391
海舌 SeaTongue@Kaisetsu

参照:
ダヌ
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
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ダヌまたはダナ (Danu/Dana)(またはアヌ またはアナ、(Anu/Ana ))は、アイルランド神話(ケルト神話 )に登場するトゥアハ・デ・ダナーン (ダーナ神族)の母であり、また生命の母神 ともされる。しかし、神話上には僅かにしかみられない。
ダヌのウェールズ語 (Welsh) の同意義語はドーン (Dôn)。 ブリギッド やアヌ とも同一視される。
ダグダ 、ディアン・ケヒト 、リル 、ゴブニュ 、ヌアダ の母でもある。
ダヌの認知の古さ [編集 ]
ドナウ川 (Danube) (ラテン語 :Danuvius)、ドニエストル川 (Doniester) 、ドニエプル川 (Dniepr) 、ドン川 (Don) のような地名の形跡を根拠として、ダヌは恐らくケルト全域で崇拝されていた。実際のところ、インド神話 に登場するダヌ (Danu )という名前を持つ女神が、水およびダナヴァス (Danavas ) という名の阿修羅 (アシュラ)の一族の母に関係していることが、この女神が非常に古い時代のインド・ヨーロッパ系神話 の起源をもつことを示しているとされている。
また、「dhanu」の名は「swift(迅速さ)」という意味を元来持つと見られる。

Danu (Irish goddess)
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In Irish mythology , Danu ([ˈdanu] ; modern Irish Dana [ˈd̪ˠanˠə] ) is the mother goddess of the Tuatha Dé Danann (Old Irish: "The peoples of the goddess Danu"). Though primarily seen as an ancestral figure, some Victorian sources also associate her with the land.[1]
Name
The theonym is of Proto-Indo-European age, and seems to have denoted a water goddess in origin. A goddess Dānu is attested in the Rigveda , and also the river names Danube (Latin : Danuvius), Dniestr , Dniepr and Don derive from the name.
The Rigvedic Danu was the mother of a race of Asuras called the Danavas . A shortened form of the name appears to have been Dā. This form survives in Greek Damater (Demeter, "mother Da"), in origin also a water goddess.[citation needed ] The Proto-Indo-European *dānu probably meant "fluvial water, running water",
The genitive form of Old Irish Danu is Danann, and the dative Danainn. Irish Danu is not identical with Vedic Dānu but rather descends from a Proto-Celtic *Danona, which may contain the suffix -on- also found in other theonyms such as Matrona, Maqonos/Maponos and Catona.[2] [3]
[edit ] In mythology
As the mother of the gods, Danu has strong parallels with the Welsh literary figure (or goddess) Dôn , who is the mother figure of the medieval tales in the Mabinogion .
Danu was considered as the mythic mother goddess of the Tuatha Dé Danann, the Celtic tribes that first invaded Ireland. The Celts , also on the continent, had several goddesses, also of war. "Apart from these goddesses of war, there were other Amazonian figures who led armies into battle. Often they were also endowed with legendary sexual prowess..."[4] "The Celts included the cult of the mother goddess in their rites, as archeological evidence testifies. Indeed, the Tuatha Dé were the descendants of the goddess Danu, and in some local instances, the ruler of the otherworld was a goddess, rather than a god, just as some folktales represented the otherworld as 'the Land of Women'. Danu may be connected with Bridget [clarification needed ], daughter of Kildare and of learning, culture and skills. She was known as Brigantia in northern England, and survived as St Bride in Christianity"[5]
[edit ] References
Constructs such as ibid. , loc. cit. and idem are discouraged by Wikipedia's style guide for footnotes, as they are easily broken. Please improve this article by replacing them with named references (quick guide ), or an abbreviated title. (October 2010)
1. ^ Squire, Charles Celtic Myth and Legend , p. 34: "Danu herself probably represented the earth and its fruitfulness, and one might compare her with the Greek Demeter. All the other gods are, at least by title, her children."
2. ^ Köbler, Gerhard, (2000). Indogermanisches Wörterbuch, (3rd Edition): p.181. Available at: [1]
3. ^ Julius Pokorny ’s Indogermanisches etymologisches Wörterbuch . Entry 313. Available at: [2]
4. ^ Veronica Ions 1974, 2005: The World's mythology in Colour, Bounty Books, London ISBN 978075371130 p. 150
5. ^ Ibid.

Danu (Asura)
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This article needs additional citations for verification . Please help improve this article by adding citations to reliable sources . Unsourced material may be challenged and removed . (December 2009)
Dānu, a Hindu primordial goddess, is mentioned in the Rigveda , mother of the Danavas . The word Danu described the primeval waters which this deity perhaps embodied. In the Rigveda (I.32.9), she is identified as the mother of Vrtra , the demonic serpent slain by Indra [1] . In later Hinduism, she becomes the daughter of Daksha and the consort of Kasyapa .
As a word for "rain" or "liquid", dānu is compared to Avestan dānu "river", and further to river names like Don , Danube , Dneiper , Dniestr , etc. There is also a Danu river in Nepal. The "liquid" word is mostly neuter, but appears as feminine in RV 1 .54.
As a Hindu goddess, Dānu has 2 temples in Bali , Indonesia : Pura Ulun Danu Temple on Lake Bratan, Bali and Ulun Danu Batur, near Penelokan.
[edit ] See also
o Danu (Irish goddess) , an Irish water goddess with many similar characteristics
o Rigvedic rivers
o Old European hydronymy
o Kamadhenu
[edit ] References
1. ^ Kinsley, David (1987, reprint 2005). Hindu Goddesses: Visions of the Divine Feminine in the Hindu Religious Tradition, Delhi: Motilal Banarsidass, ISBN 81-208-0394-9 , p.16

参照2:
中国におけるマニ教

続々と「発見」されるマニ教徒の村々
ところで、21世紀に入り中国の学者たちが本格的に調査に乗り出すと、福建省の各地でマニ教の神々を祀った廟や、摩尼光仏を信仰する村 が次々と発見されている。
例えば草庵に近い蘇内村にある境主宮という廟では、摩尼光仏に加えて明使(ミフルヤズド?)と霊相(イエス?)というマニ教の神が、観 音菩薩や福徳正神など仏教や道教の神々と並んで祀られ、村の人々が日常的にお線香を上げにやって来る。また村には木彫りの摩尼光仏像があり、「清浄光明  大力智慧 無上至真 摩尼光仏」という16文字を唱えながら手で印を結ぶ魔 除けの真言も伝わっていて(※)、2005年にやって来たイギリスやオーストラ リアの調査団が、「21世紀に現存するマニ教信仰」だとお墨 付きを与えることになった。

http://www.geocities.co.jp/SilkRoad/9613/yomimono/mani.html
どっこい生きてた中国のマニ教

文:吉田一郎(ヤジ研)

参照3:注:赤文字、下線強調はResurrectionによる。
2010年度 第2回 国内シンポジウム「中央アジアにおける仏教と異宗教の交流」

 吉田豊氏は,「マニ教絵画の世界」と題して,昨年初めて発表されたマニ教「宇宙図」を含む,日本に所蔵されるマニ教絵画とその重要性について報告した。 これまで「六道図」の1種と考えられていた大和文華館所蔵の絹絵が,実はマニ教の個人の終末論を描いた画であることが,報告者によって明らかにされたこと を契機に,栖雲寺蔵マニ教のイエス像に加え,日本で個人蔵を含め7点のマニ教画が新たに見つかった。その全てが元朝期ないし,その前後する時期に寧波を中 心とする中国江南地方で制作されたものと考えられる。この地域にマニ教徒が存在していたことは,マルコ・ポーロの『東方見聞録』や中国の編纂史料から知ら れている。吉田氏は,これらの絵画資料を現存するマニ教経典に記述される世界と比較して,絵画に描かれた内容を読み解こうとする。例えば,大和文華館所蔵 の絹絵では,死後の裁きの場面に雲に乗る女性像が認められる。吉田氏はこれをダエーナー女神とみる。マニ教では,信者が生前に行った善行が,女神の姿を 取って迎えに来ると考えられていた。またマニ教の世界観を示す「宇宙図」は,天界,十天,八地,太陽と月,光の流れ(船),大地にそびえたつ須弥山,黄道 十二宮,空中に据えられた裁判官,闇の国の表現により構成されており,これらの図像的特徴は,現存するマニ教文献が伝えるマニの宇宙生成論の記述に見事に 一致する。またマニ教の世界観には仏教の世界観との交流をうかがわせる点もあって貴重である。今後この作例と比較して,これまでトルファンで発見されてい たマニ教画,その他の断片についても再解釈する必要がでてきた。

吉田氏は,仏教とマニ教の関わりについて補足した。敦煌で発見される引路菩薩という尊格の図像は,雲に乗る点など上述のダエーナー像との類似点が注目され る。さらに魂を引導するという役割も含めて両者間に影響関係が考えられる。引路菩薩は仏教文献では確認されず,早くから外来文化の影響が問題となってい た。今回マニ教画に引路菩薩に酷似する図像が発見され,ダエーナーがゾロアスター教に起源をもつことを考慮すれば,影響はマニ教から仏教に及んだと考えて よいだろうと指摘した。これまでマニ教が中国で仏教に影響されたと想定される傾向にあったが,マニ教が仏教に与えた可能性も視野にいれる必要があると提言 をなした。
http://barc.ryukoku.ac.jp/activity/2011/03/2-1.html

龍谷大学アジア仏教文化研究センター

参照4:

天空の民ラピタ (01/07)

縄文人どころか、旧石器時代人も海を渡る能力を持っていたのは間違いないんだが、

建築とかあれこれ 呪いもあれこれ 




マネー狂気:Money-madness:第二象限から第三象限への深化:自然・精神通貨と光の経済
テーマ:貨幣・通貨論
民主党を狂わせているのは、唯物論であるが、結局、それは、マネー狂気に帰結するだろう。また、当然、世界を狂わせている大元凶である。
 マネー狂気はPS理論でどう数学・哲学化できるだろうか。そう、マネーを位置付ける必要がある。
 マネーは象徴的である。一つの中心である。それは、明らかに、第四象限に直結しているシンボル、メディアである。
 かつて何度も検討したが、差異を同一性に変換するメディアである。だから、一つの精神的フィルターである。言語もそうであるが、言語よりはるかに第四象限と直結する精神的フィルターである。
 結局、凸i⇒凹i、ないしは、凹i/凸iの志向性、同一性=父権的志向性の象徴、精神的フィルターのメディアである。それは、物質であったり、メンタルであったりする。
 そして、唯一神のような超一般性をもつ。
 そうすると、マネーは第二象限にも属しているだろう。
だから、第一象限の物質的経済のメディアであるが、それは、第二象限的作用と第四象限的衝動をもっているだろう。だから、善と悪の両面をもっていることになる。
 そう、また、一種の超越性をもっているのである。外在的超越性である。超越神性である。
 だから、簡単には、やはり、凸i⇒凹i、ないし、凹i/凸iである。父権主義=同一性的志向性のmedia pointである。
 結局、父権主義=同一性のmedia pointのシンボル、メディアであることになる。西洋文明、ユダヤ・キリスト教文明が続く限り、マネー病は治らない。
 結局、第三象限にマネー狂気の治療・治癒が存するのである。差異共振、純粋差異共振の「シンボル」、「メディア」がマネーを克服する。
 それは何か。
 個的経済である。個的共振経済である。個に「権威」があるのである。そして、マネーではなく、個的通貨であろう。個が発行する通貨である。
 それは減価通貨を活用するだろう。そして、その他になにかあるだろう。
 そう、自然や精神へと回帰する通貨、自然・精神通貨である。だから、自然・精神経済へと導くものである。マニ教的に言えば、光の経済である。
 今はここで留める。後で、詳しく検討したい。

追記:イスラム教は一神教であるが、第四象限を禁止しているのである。


参照1:
ガウス平面で表した人間認識の図

original concept picture of kaisetsu

(海舌が考えた人間認識世界の概念図)
http://photozou.jp/photo/show/240326/40644208


参照1:
Money-madness
テーマ:貨幣・通貨論
Money-madness

Money is our madness, our vast collective madness.

・・・

But it is not money we are so terrified of,
it is the collective money-madness of mankind.
For mankind says with one voice: How much is he worth?
Has he no money? The let him eat dirt, and go cold.--

・・・

We must have some money
to save us from eating dirt.

And this is all wrong.

Bread should be free,
shelter should be free,
fire should be free
to all and anybody, all and anybody, all over the world.

We must regain our sanity about money
before we start killing one another about it.
It's one thing or the other.

pp.486~487 D. H. Lawrence Complete Poems, Penguin Books

D. H. ロレンスは詩人でもあった。私見では、前ソクラテス期の哲学者のような哲学的詩、ないしスケッチ的詩を書く詩人である。私の詩の好みとはずれるが。
 とまれ、その直言は鋭敏で実に今日を予見している。D. H.ロレンス文学・哲学が一般に知られていないのは実に残念である。
 思うに、20世紀初期ないし前期において、超越性の世界が出現したのであるが、それを物質的概念で閉じこめてしまうという誤りを犯したのだ。
 それは、芸術だけでなく、哲学も、自然科学もそうである。
 経済学はどうなのだろうか。ゲゼルの貨幣論は超越性につながるところがあるのではないだろうか。
http://ameblo.jp/neomanichaeism/entry-11073086551.html

RESURRECTION: Japonesian
Trans-Apocalypse

参考:
マンモン

マンモン、マモン(Mammon)はキリスト教 における「七つの大罪 」の一つ、「強欲 」を司る悪魔 である(1589年、悪魔学者ペーター・ビンスフェルトの論による)。そもそもMammonとは、「富・財」を意味する古代 シリア語 であった。『マタイによる福音書 』に「汝ら神と富とに兼ね事ふること能はず」(6:24)とあり、神との対比から聖書注釈者、並びに教父がこれを悪魔の一つとするに至った、というのが最も有力な説である。
アマイモン (Amaimon)などとの名前の相似から、アモン と混同されやすい。
悪魔像 [編集 ]

マンモン コラン・ド・プランシー 『地獄の辞典 』より
姿形は一般的に、人の胴体に鳥の双頭(普通はカラス)を持った、黒い悪魔として表現される。金銀財宝に対して非常に貪欲で、人間を誘惑して自らと同じように強欲にするという。
召喚術などで彼を呼び出すと主人の金銭欲を満たし、その代償に命を奪うという。そもそも彼から受け取った金銀の類はしばらくすると馬糞や灰に化すというから、さらさら人間の言う事を聞く気は無いのかもしれない。
堕天使 [編集 ]
J・ミルトン の『失楽園 』 では、マンモンは「堕天使のうち、これほどさもしい根性の持ち主も無かった」とされ、「天にあったときでさえ、彼は常に眼と心を下に……つまり、都大路に 敷き詰められた財宝、足下に踏みつけられた黄金を神に見える際に懇々と沸き出でるいかなる聖なる祝福よりも遥かに賛美」していたという。さらには、地獄に 落ちてなお、そこに金鉱を発見し、万魔殿を飾るためにと他の堕天使を指揮している。金銀を母なる大地から抉り出す術を人間に教えたのも彼だという(ただ し、失楽園 は聖書を始めとする当時の文献・伝説に忠実に準拠しているものの、それを踏襲した上でのミルトンの個人的想像による創作色が強いため、こういったオカルトの資料としては参考程度にしかならない)。
作られた悪魔 [編集 ]
中世ヨーロッパのカトリック教会は、免罪符 問題などに代表されるが、とかく教会の建築費(あるいは腐敗した聖職者の着服)等の金銭を必要としており、そこから御布施を出さない者を守銭奴として非難し、また、七つの大罪で貪欲を特に嫌っていた事実がある(実際の教義上、最も重いのは傲慢 とされていた)。つまり、マンモンとは皮肉ながら教父らが作り上げた悪魔なのである(ルシファー [そもそもは『金星 』の意]≒サタン の図式も教父ら、あるいは聖書の翻訳にあたった者たちが作り上げたものであるという説がある)。
アモンとの混同 [編集 ]
名が似通っているアモン (Aamon)との関係は、全く無いというわけではないらしく、アモンが他の神々を吸収することに関して強欲であったこと、人の胴体にふくろうの頭を持つ、という姿の相似など、二つの関連を指摘する説もある。
ちなみに、永井豪 のデビルマン で主人公に取り憑いたのは、悪魔の英雄アモンの方である。
また、ATLUS が1994年に発表したゲーム「真・女神転生if... 」の、悪魔アモンの肉体を奪いマンモンが力を増強するというストーリーも、この混同説を元にしている。
その他 [編集 ]
• ウェブブラウザ である、Mozilla Firefox やNetscape Navigator などで、URL としてabout:mozillaを入力するとThe Book of Mozillaが読める。ここではマイクロソフト のInternet Explorer をマンモンとしてなぞらえている。
• 拝金主義 は英語 で「マモニズム」(mammonism)と言うが、これはマンモンに由来する。
• ハリウッド映画「コンスタンティン 」では ルシファー (サタン ) の息子である。
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カテゴリ :
• 悪魔
• 聖書の語句

Mammon - Wikipedia, the free encyclopedia
Mammon is a term, derived from the Christian Bible , used to describe material wealth or greed , most often personified as a deity , and sometimes included in the seven princes of Hell .
Etymology
Mammon is the name of an ancient Deity worshiped by the Sumerians. He is the God of wealth and his name translates as "property". The Christians began to use the Holy Name of Mammon as a pejorative, a term that was used to describe greed, avarice, and unjust worldly gain in Biblical literature. It was personified as a false god in the New Testament.{Mt.6.24; Lk.16.13} The term is often used to refer to excessive materialism or greed as a negative influence.
Etymologically, the word is assumed to derive from Late Latin 'mammon', from Greek 'μαμμωνάς', Syriac 'mámóna' (riches),[1] and was an Aramaic loan word in Hebrew meaning wealth[2] although it may also have meant 'that in which one trusts'.[3]
The Greek word for "Mammon", μαμμωνάς, occurs in the Sermon on the Mount (during the discourse on ostentation ) and in the parable of the Unjust Steward (Luke 16:9-13). The Authorised Version keeps the Syriac word. John Wycliffe uses "richessis".
[edit ] Personifications

Mammon from Collin de Plancy 's Dictionnaire Infernal
Lay not up for yourselves treasures upon earth, where moth and rust doth corrupt, and where thieves break through and steal: But lay up for yourselves treasures in heaven, where neither moth nor rust doth corrupt, and where thieves do not break through nor steal: For where your treasure is, there will your heart be also. No one can serve two masters, for either he will hate the one and love the other; or else he will be devoted to one and despise the other. You can not serve both God and Mammon.
―Matthew 6:19-21,24
In the Bible, Mammon is personified in Luke 16:13, and Matthew 6:24, the latter verse repeating Luke 16:13. In some translations, Luke 16:9 and Luke 16:11 also personify mammon; but in others, it is translated as 'dishonest wealth' or equivalent. In some Spanish versions, it is said as "Mamón", but in others, as "Dinero" (Spanish for "money").
Early mentions of Mammon appear to stem from the personification in the Gospels , e.g. Didascalia , "Do solo Mammona cogitant, quorum Deus est sacculus"; and Saint Augustine , "Lucrum Punice Mammon dicitur" (Serm. on Mt., ii). Gregory of Nyssa also asserted that Mammon was another name for Beelzebub .
During the Middle Ages , Mammon was commonly personified as the demon of avarice , richness and injustice . Thus Peter Lombard (II, dist. 6) says, "Riches are called by the name of a devil, namely Mammon, for Mammon is the name of a devil, by which name riches are called according to the Syrian tongue." Piers Plowman also regards Mammon as a deity. Nicholas de Lyra (commenting on the passage in Luke) says: "Mammon est nomen daemonis" (Mammon is the name of a demon).
No trace, however, of any Syriac god of such a name exists, and the common literary identification of the name with a god of covetousness or avarice likely stems from Spenser 's The Faerie Queene , where Mammon oversees a cave of worldly wealth. Milton 's Paradise Lost describes a fallen angel who values earthly treasure over all other things.[4] [5] Later occultist writings such as De Plancy 's Dictionnaire Infernal describe Mammon as Hell's ambassador to England. For Thomas Carlyle in Past and Present, the 'Gospel of Mammonism' became simply a metaphoric personification for the materialist spirit of the nineteenth century.
Mammon is somewhat similar to the Greek god Plutus , and the Roman Dis Pater , in his description, and it is likely that he was at some point based on them; especially since Plutus appears in The Divine Comedy as a wolf-like demon of wealth, wolves being associated with greed in the Middle Ages. Thomas Aquinas metaphorically described the sin of Avarice as "Mammon being carried up from Hell by a wolf, coming to inflame the human heart with Greed".

2011年09月25日 (00:06)

D. H. ロレンスの『欧州史における動き』のエピローグは現代日本人への奇蹟的な指針

テーマ:history

以下、Google BooksからD. H. ロレンスの学校テキスト用の欧州の歴史の一部を読むことができる。実に洞察力に満ちた、今日の日本人への未来創造のための指針をもたらすと考えられるエピローグの一部(260~263ページ)を読むことができる。
 「力」powerと「強制力」forceを区別しているがすばらしい。
 A man invested with power has a profound responsibility. Force is irresponsible, unless controlled by the higher power. (p. 263)

また、以下、内在する天賦の精神的貴族原理を説いている。一言注意すると、ロレンスは男性中心に考えていることである。女性にも天賦の精神的貴族原理はあるというか、女性こそ、本来豊饒なる精神的貴族原理を具備している。それが、母権原理である。

Now we begin to understand the old motto, nobless oblige. Noblesse means, having the gift of power, the natural or sacred power. (p. 265)

・・・

 The hereditary aristocratic class has fallen into disuse. And democracy means the electing of tools to serve the fears and the material desires of the masses. Noblesse n'oblige plus! ・・・ But a spark of nobility redeems everything. (p. 266)

・・・

This is our job, then , our uncommonsense: to recognise the spark of noblesse inside us, and let it make us. To recognise the spark of noblesse in one another, and add our sparks together, to a flame. And to recognise the men who have stars, not mere sparks of nobility in their souls, and to choose these for leaders. (p. 266)

商品の詳細
D.H.ロレンスのヨーロッパ史のうねり D.H. ロレンス、D.H. Lawrence、 増口 充 (単行本 - 2000/3)
新品 : ¥ 5,040


Movements in European History - Google Books
- [ このページを訳す ]
books.google.com › History › Europe › General
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Movements in European History was written by D. H. Lawrence during 1918 and 1919 in response to Oxford University Press's invitation to prepare a textbook for schools. It is a vivid sketch of European history from ancient Rome to the early ...

2011年05月25日 (08:49)

封建・国学的父権的自我権力と新母権主義・新東洋主義・新個的共同体主義

封建・国学的父権的自我権力と新母権主義・新東洋主義・新個的共同体主義

テーマ:二つの日本:父権的日本と母権的日本

『近代日本における封建・国学的父権的自我的権力支配と新母権主義・新東洋主義・新個的共同体主義:国家統制資本主義から個的自由資本主義(新自由共同体主義)への転換』



戦後、米属国であることを選択した日本の与党。その精神力学の基盤は封建主義にあるだろう。主従ヒエラルキーがあり、それに属せば、身分が保障されるし、自分より下位のものを支配することができる。主が米国であり、自分より下位が日本国民である。この封建的力学が原発推進となった。民主主義は偽装に過ぎない。

この考えとこれまで述べてきた国学的一神教を背景とする「尊王攘夷」的父権的自我を合わせると、明治近代以降の日本の支配者層の精神力学が明快になるだろう。即ち、封建・国学的父権的自我の優越妄想主義である。優越妄想主義は封建制と排他的な民族主義的一神教(国学)が結合した父権的自我の様態である。

だから、これまで、近代日本は半封建・半近代主義であるというはここからも検証できる。

問題は明治維新の背景には新母権主義、新東洋主義、新個的共同体主義(これらは、坂本龍馬らの東洋的開国主義に存した)があったのであり、これも明治維新後も通奏低音のように存在したが、封建・国学的父権的自我の支配権力によって抑圧されてきたと考えられる。もっとも、それらをベースとする文化も生まれた。例えば、鈴木大拙の禅仏教の発展はそのようなものであるし、宮沢賢治もそのような側面をもつだろう。

しかしながら、国民は脱亜入欧・富国強兵路線の政府に洗脳的に支配されて、愚かな戦争へと没入して、滅亡した。そして、戦後は上記した通りである。

今日、日本支配層の封建・国学的父権的自我の優越妄想主義の打破が必須である。新母権主義、新東洋主義、新個的共同体主義への転換が要せられる。これは、超維新である。

経済的に言えば、国家統制資本主義(社会主義)から個的自由資本主義への転換である。

参照:
「フクシマ」のあと

日本の人は、今回の事故で詭弁の才能を遺憾なく発揮した、とPが怒っている。
これほど長期にわたる大量の放射線物質の流出は前例がないから、データがない。
データがないことを利用して、日本人科学者たちは物理学者から医学者に至るまで
「危険とは言えない」という。
そう言っても科学の世界では非難しようがないからです。

http://gamayauber1001.wordpress.com/2011/05/18/%E3%80%8C%E3%83%95%E3%82%AF%E3%82%B7%E3%83%9E%E3%80%8D%E3%81%AE%E3%81%82%E3%81%A8/
ガメ・オベールの日本語練習帳v_大庭亀夫の休日

2011年02月14日 (23:39)

今や日本は二流、三流国である:知的衰退の日本

日本の衰退は、知的レベルの衰退に拠ると考えられる。ゆとり教育という亡国教育があった。しかし、それに対して、どれだけ、自衛手段をとった個民がいただろうか。
 政府に依存しているのが誤りである。自分で生きる道を切り開く必要がある。だからと言って、社会保障を削減すればいいということでもない。民主主義ならば、国民の生活を守る義務がある。
 思うに、いったい、どこで、日本人はスポイルされてしまったのか。直観では、伝統文化が伝承されていないのである。ここに問題がある。
 三島由紀夫が問題にしたように、戦後文化の問題があるのである。
 これまで何度も述べたように、連合国は、日本文化を否定して、近代合理主義を植え付けたのである。この洗脳が利いている。
 そう、近代合理主義、言い換えると、近代的自我が日本人の精神を狂わせたと考えられる。唯物論、自我中心主義になったのである。
 とまれ、日本文化は基本的には母権文化であるが、それが、江戸・東京を中心とする父権文化に支配されてきたと考えられる。
 言い換えると、東京的自我・悪魔主義が日本文化を歪めているのである。それに対して、日本母権文化は、非力である。沖縄の問題もここにあると言えよう。
 いったい、どこで日本は狂ってしまったのか。私は、現代日本人の自我中心主義が狂っていると思っているが、その発端は何なのか。
 日本母権主義にその狂気をもたらすものがなかったのか。
 問題は超越性であると思う。本来、日本文化には、超越性があった。それが、根絶やしになったと言えよう。思うに、日本的超越性を喪失した根因は、教育者、知識人が近代的合理主義に染まったことにあると思う。それが、素朴な民衆を洗脳したのである。
 しかし、近代合理主義に染まる人間は基本的に個の貧弱な人間である。劣弱な人格である。
 私は、高貴な差異と劣弱な差異を指摘したが、前者は母権タイプであり、後者が父権タイプである。しかるに、後者が前者を排除して、近代日本を狂わせたと思う。悪魔が勝利したのである。そして、今や、日本は、悪魔の政治となったのである。

追記:やはり、国学に問題があると思う。私は本居宣長に対して強い疑念をもっている。
 先に述べたように、古代日本において、アジア的母権多元複合文化が形成されたが、同時に、ユダヤ的父権一神教的文化がもたらされたのではないだろうか。
 両者が交差するのが日本史ではないのか。そして、近世以降、ユダヤ的父権的一神教が伸張したのではないのか。それが、尊王攘夷主義を生んだと思われるのである。そして、それが、明治近代を形成して、日本を破滅させたのではなかったか。
 因みに、先に述べたように、坂本龍馬らに拠る明治維新は日本的母権主義に拠るものと考えられるのである。この日本本来の伝統文化が明治以降、否定されてきたと考えられるのである。
 そう、日本には二つの文化があるのであり、日本父権主義は最低・最悪のものである。自己中心的であり、売国・亡国的なのである。

追記2:日本伝統文化と戦後文化の違いを明晰にする指標は、思考のベースに肚があるか否かである。

追記3:上述の随想の主旨を、今の考えを入れて、整理すると、日本文化は、二重性、二面性の文化である。即ち、アジア的母権複合文化と父権文化(これは、一神教であるかどうかは不明であるとする)である。しかしながら、本来、前者が主であり、後者は従であり、それが、混淆して日本伝統文化を形成した。
 思うに、問題は、やはり、江戸時代である。ここで、国学において、キリスト教が入ってきて、一神教的文化がもたらされたと思われる。平田篤胤の神道は、キリスト教化されたものである。そして、本居宣長に拠る大和心と漢心の区別・差別が生まれた。これは、近世的自我主義である。
 そして、これらの国学から、尊王攘夷主義の狂信的な排外的なナショナリズムが生まれる。
 だから、本来、母権主父権従のヒエラルキーが、江戸時代において、崩壊して、父権が一神教化して伸張して、少なくとも、母権と父権が相並ぶようになったか、あるいは、父権が母権を凌駕する事態にまでなった。とにかく、日本伝統文化のヒエラルキーが崩壊して、父権が母権に対して、支配力を行使するようになったという個と仮説する。
 その後、江戸幕府が腐敗して行き、開国主義が広がる。その時、伝統文化の母権主義の覚醒と一神教的父権主義の尊王攘夷主義の二重構造が生じたのであるが、前者が主導して、明治維新を果たすのである。しかしながら、明治政府は、後者、狂信的な排外的ナショナリズムの一神教的父権主義が支配し、前者の覚醒した母権文化を排除していき、アジア、太平洋における侵略戦争をもたらして、自滅したのである。
 そして、連合国に拠る支配の下に、近代合理主義が金科玉条となり、それ以前の日本伝統文化が排除されたのである。しかし、父権的形式は残存したのであり、それが、戦後の政治等の枠組みを作ったと考えられる。即ち、戦後日本は、日本伝統文化、アジア複合母権文化が徹底的に排除された時代となったと考えられる。
 そうすると、日本伝統文化の衰退は、二重の原因があるということになる。
 一つは、江戸時代から明治時代における父権主義の勃興。
 一つは、戦後における日本母権伝統文化の排除。
 これら二つの根因によって、日本伝統文化は根こそぎにされて、日本人は近代合理主義、唯物論的自我主義に染まってしまい、自己を喪失して、今や、亡国となったのである。
 有り体に言えば、優れた人間、民衆や指導者を含めて、きわめて、少なくなったのである。優れた人物が、残念ながら、日本に生まれなくなったのである。

追記4:果たして、二つの日本文化、即ち、母権文化と父権文化があると言っていいのだろうか。追記3に拠るならば、父権文化は導入されたキリスト教の影響が考えられるので、日本本来のものではないということになろう。
 そう、儒教文化もあるが、それが、母権文化と共存していたと思うので、儒教的一面主義はなかったと思う。
 また、考えるべき問題は、日ユ同祖論である。確かに、古代日本において、ユダヤ人が渡来した可能性はある。そこで、ユダヤ教的一神教をもたらした可能性は考えられるのである。
 しかし、そうではあっても、根源的アジア母権文化とユダヤ教的父権文化が、古代日本においては、「同居」、共存していたのではないだろうか。つまり、天皇が媒介になって両者を共存させていたのではなかったか。つまり、母権ベースに、天皇を中核とした、父権文化の取り込みである。
 これは、考えられうることである。この場合、父権文化は実に、母権的色合いをもつのである。そう、ギリシア神話を考えるといい。ゼウスには、母権的要素が濃厚なのである。やはり、古代日本は、古代ギリシアの母権ベースの父権的習合を対比させた視点で見るといいのではないだろうか。新しい母権文化がそこで生まれたということになる。
 しかしながら、上記で指摘した日本父権文化、キリスト教が導入された国学的父権文化は、その古代的母権ベースの父権的複合とは明らかに異なると考えられる。
 それは、明らかに、アジア的母権複合文化を排除しているからである。だから、やはり、日本父権主義の根因は、そこに見るのが的確だと思う。だから、二つの文化が日本にあるのではなく、江戸時代において、異質な文化が日本に導入されたと見るべきである。本来、日本文化はアジア母権複合文化であり、一つの文化であるが、それが、江戸時代におけるキリスト教の導入によって、異質な父権主義が混ざり、日本文化の霊統・血統が蝕まれたと考えるべきである。
 

2011年01月08日 (11:48)

日ユ同祖論問題と古代日本:日本人の起源が今や最大のミステリー:付録:両部曼荼羅とPS理論

安直な日ユ同祖論・期待論には納得がいかない
http://ameblo.jp/hex-6/entry-10759557988.html
HEXのブログ


# 古代、日本は朝鮮の植民地!?
http://ameblo.jp/adco/entry-10761032138.html
スロー人ロハス-自由と資本主義と礼節


日本と倭は異なる。古代日本(7c以降)にとって百済人は居候
http://blog.kaisetsu.org/?eid=812377

任那日本府は任那加羅(任那加良)、安羅日本府、金官加羅、在安羅諸倭臣等任那諸國旱岐
http://blog.kaisetsu.org/?eid=812381
『海舌』 the Sea Tongue @ Kaisetsu with Archaic smile

私見では、先に述べたように母権文化がベースとなって、その上に父権文化が形成されたのが、日本であり、いわば、母父権文化が日本である。
 天皇制もこれがベースだと思う。しかし、日本史において、父権的要素が権力化して、ベースの母権文化を否定するような事態になったのではないだろうか。それが、たとえば、尊王攘夷的二元論である。
 思うに、本来の日本文化とは、感性(母権)をベースにした知性(父権)の文化ではないだろうか。
 しかし、父権性が独立的になるにつれて、この均衡文化は崩壊して、短絡的な文化、日本父権文化が生まれたのではないだろうか。
 そして、これが、日本社会主義、日本唯物論の起因ではないだろうか。

追記:父権的権力が母権文化を否定するような傾向はあったろうが、それより根源的に母権的心性が衰退、劣化する事態が史的に生じたのではないだろうか。折口信夫が日本人の宗教は鎌倉時代以降衰退し続けてきたと述べていたことは、この点と関係しそうである。
 神道的感性的精神と仏教の他者精神の融合が根源的日本文化だとすると、その母権的感性・心性・精神が、だんだん衰退していったと考えられる。
 宗教・神秘的に言えば、秘儀・密儀の精神、芸術的に言えば、象徴的視点が失われていったのではないだろうか。
 もっとも、秘教は陰陽道等に受け継がれたと言えようが、それが、迷信的なものと結びついていったのではないだろうか。
 日本において、秘教を発展させたのは、当然、空海である。その密教知性はすばらしい。
 思うに、空海から秘教的知性が停滞したのではないだろうか。というか、空海の偉業を発展的に継承する宗教「科学者」がいなかったのではないだろうか。
 最後に曼荼羅、両界曼荼羅について言及すると、この内的宇宙論は、PS理論で言えば、根源的Media Pointに関係すると言えよう。名づけるならば、Media Point Cosmosである。
 では、金剛界曼荼羅と胎蔵界曼荼羅はどう説明できるだろうか。PS理論から見て、金剛界曼荼羅の幾何学的模様がより興味深いだろう。どうも、ガウス平面や単位円や人間認識図/メディスン・ホイールを想起する。
 そうならば、金剛界曼荼羅は、内界を直観で捉えた美術ではないだろうか。
 では、胎蔵界曼荼羅とは何か。これは、内界から外界へと展開するときの多様性を描いたものではないだろうか(以下の下線部赤文字の説明が裏付けになるだろう)。思いつきであるが。
後で検討したい。


528px-Kongokai.jpg


九会から成る金剛界曼荼羅



533px-Taizokai.jpg


胎蔵曼荼羅

両界曼荼羅
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密教
仏教
金剛乗仏教
時代・地域
初期 中期 後期
インド チベット 中国 日本
主な宗派(日本)
東密
※は、「真言宗各山会」 加入
- 古義真言宗系 -
※高野山真言宗
※東寺真言宗
※真言宗善通寺派
※真言宗醍醐派
※真言宗御室派
※真言宗大覚寺派
※真言宗泉涌寺派
※真言宗山階派
※信貴山真言宗
※真言宗中山寺派
※真言三宝宗
※真言宗須磨寺派
真言宗東寺派
- 新義真言宗系 -
※真言宗智山派
※真言宗豊山派
※新義真言宗
真言宗室生寺派
- 真言律 -
※真言律宗
台密
(〈日本〉天台宗 )
信仰対象
如来 菩薩 明王 天
経典
大日経 金剛頂経
蘇悉地経 理趣経
思想 基本教義
即身成仏 三密 入我我入
曼荼羅 護摩
東密
古義 (広沢流 小野流 ) 新義
関連人物
東密
金剛薩埵 龍樹
龍智 金剛智 不空 恵果
空海
真言律
叡尊 忍性 信空
台密
最澄 順暁 円仁 円珍
ウィキポータル 仏教

両界曼荼羅(りょうかいまんだら)は、密教 の中心となる仏である大日如来 の説く真理や悟りの境地を、視覚的に表現した曼荼羅 である。大日如来を中心とした数々の「仏」を一定の秩序にしたがって配置したものであり、「胎蔵曼荼羅」(胎蔵界曼荼羅とも)、「金剛界曼荼羅」の2つの曼荼羅を合わせて「両界曼荼羅」または「両部曼荼羅」と称する。個々の「仏」の像を絵画で表したもののほか、1つの仏を1文字の梵字(サンスクリット を表記するための文字のひとつ)で象徴的に表したものもある。
両界曼荼羅の起源と日本伝来 [編集 ]

胎蔵曼荼羅(大悲胎蔵生曼荼羅)は「大日経 」、金剛界曼荼羅は「金剛頂経 」という密教経典をもとに描かれている。大日経は7世紀 の中頃、インド で成立したものと言われ、インド出身の僧・善無畏 (ぜんむい、637年 - 735年)が弟子の一行(いちぎょう、683年 - 727年)とともに8世紀 前半の725年 (開元13年)前後に漢訳(当時の中国語に翻訳)したものである。一方の金剛頂経は7世紀末から8世紀始めにかけてインドで成立したもので、大日経が訳されたのと同じ頃に、インド出身の僧・金剛智 (671 年 - 741年)と弟子の不空(705年 -774年)によって漢訳されている。なお、金剛頂経は、十八会(じゅうはちえ)、つまり、大日如来が18のさまざまな機会に説いた説法を集大成した膨大なものであるが、金剛智と不空が訳したのは、そのうちの初会(しょえ)のみである。この初会のことを「真実摂経」(しんじつしょうぎょう)とも言う。

いずれにしても、「大日経」と「金剛頂経」は同じ大日如来を主尊としながらも系統の違う経典であり、違う時期にインドの別々の地方で別個に成立し、中国へも別々に伝わった。これら2つの経の教えを統合し、両界曼荼羅という形にまとめたのは、空海 の師である唐僧・恵果 (746年 - 805年)であると推定されている。恵果は、密教の奥義は言葉では伝えることがかなわぬとして、宮廷絵師李真に命じて両界曼荼羅を描かせ、空海に与えた。空海は唐での留学を終えて806年 (大同 元年)帰国した際、それらの曼荼羅を持ち帰っている。

空海が持ち帰った彩色両界曼荼羅(根本曼荼羅)の原本 および弘仁12年(821年)に製作された第一転写本 は教王護国寺 に所蔵されていたが失われており、京都・神護寺 所蔵の国宝・両界曼荼羅(通称:高雄曼荼羅)は彩色ではなく紫綾金銀泥であるが、根本曼荼羅あるいは第一転写本を忠実に再現したものと考えられている。
胎蔵曼荼羅の構成 [編集 ]

胎蔵曼荼羅は、詳しくは大悲胎蔵生(だいひたいぞうしょう)曼荼羅といい、原語には「世界」に当たる言葉が入っていないが、金剛界曼荼羅に合わせて、古くから「胎蔵界曼荼羅」という言い方もされている。 曼荼羅は全部で12の「院」(区画)に分かれている。その中心に位置するのが「中台八葉院」であり、8枚の花弁をもつ蓮の花の中央に胎蔵界大日如来(腹前で両手を組む「法界定印」を結ぶ)が位置する。大日如来の周囲には4体の如来(宝幢-ほうどう、開敷華王-かいふけおう、無量寿 -むりょうじゅ、天鼓雷音-てんくらいおん)と4体の菩薩(普賢菩薩 、文殊師利菩薩 、観自在菩薩 、慈氏菩薩 )、計8体が表される。

なお、通常日本に取り入れられた曼荼羅の呼称について胎蔵界曼荼羅・胎蔵曼荼羅の2つが併用されているが、密教学者・頼富本宏は『曼荼羅の美術 東寺の曼荼羅を中心として』において「曼荼羅の典拠となった大日経と金剛頂経のいわゆる両部の大経を意識したものであり、空海もこの用語(注:両部曼荼羅)のみを用いている」「即ち金剛頂経には、明確に金剛界曼荼羅を説くのに対して、大日経では大悲胎蔵曼荼羅もしくは胎蔵生曼荼羅を説くのにかかわらず、胎蔵界曼荼羅と言う表現は見られないからである」と書いている。また頼富本宏は、円仁・円珍・安然など天台密教(台密)が興隆すると修法のテキストにあたる次第類の中に「胎蔵界」と言う表現が用いられるようになり、両界曼荼羅・胎蔵界曼荼羅の語が使われるようになったとする。
胎蔵曼荼羅
外金剛部院
文殊院



釈迦院







院 遍知院 金




中台
八葉院
持明院
虚空蔵院
蘇悉地院

中台八葉院の周囲には、遍知院、持明院、釈迦院、虚空蔵院、文殊院、蘇悉地(そしつじ)院、蓮華部院、地蔵院、金剛手院、除蓋障(じょがいしょう)院が、それぞれ同心円状にめぐり、これらすべてを囲む外周に外金剛部(げこんごうぶ)院、またの名は最外(さいげ)院が位置する。これは、内側から外側へ向かう動きを暗示し、大日如来の抽象的な智慧が、現実世界において実践されるさまを表現するという。

さらに、胎蔵曼荼羅は、中央・右・左の3つのブロックに分けて考えることが必要である。 図の中央部は大日如来の悟りの世界を表し、向かって左(方位では南)には聖観自在菩薩(観音菩薩)を主尊とする蓮華部院(観音院)、向かって右(方位では北)には金剛薩埵(こんごうさった)を主尊とする金剛手院(金剛部院。薩埵院)がある。蓮華部院は如来の「慈悲」を、金剛手院は如来の「智慧」を表すものとされている。
金剛界曼荼羅の構成 [編集 ]

日本で一般的に用いられる金剛界曼荼羅は、成身会(じょうじんえ)、三昧耶会(さまやえ)、微細会(みさいえ)、供養会、四印会、一印会、理趣会、降三世会(ごうざんぜえ)、降三世三昧耶会の九会(くえ)から成る。これはひとつの曼荼羅の9つのブロックと考えるよりも、9つの曼荼羅の集合体と考えるべきものである。
九会から成る金剛界曼荼羅
チベット仏教 の金剛界曼荼羅
成身会一会のみから構成されている。


四印会

一印会

理趣会


供養会

成身会

降三世会


微細会

三昧耶会
降三世
三昧耶会

中心になる成身会の中尊は金剛界大日如来(左手の人差し指を右手の拳で包み込む「智拳印」をむすぶ)である。大日如来の東・南・西・北には阿閦 (あしゅく)・宝生如来 ・阿弥陀如来 ・不空成就如来 の4如来が位置する(大日・阿閦・宝生・阿弥陀・不空成就を合わせて金剛界五仏あるいは五智如来 という)。各如来の東・南・西・北には四親近菩薩(ししんごんぼさつ)という、それぞれの如来と関係の深い菩薩が配されている。

三昧耶会、微細会、供養会は中央の成身会とほぼ同様の構成をもっており、四印会はそれをやや簡略化したもの、一印会は他の諸仏を省いて大日如来一尊で表したものと考えて大過ない。

曼荼羅画面向かって右に位置する三会の曼荼羅はこれとはやや構成が異なる。理趣会は金剛薩埵を中尊として、欲望を擬人化した菩薩がこれを取り囲む。これは、欲望を単に煩悩として否定するのではなく悟りを求める心に昇華 すべきだという理趣経 の理念を図示したものである。 降三世会は仏菩薩が憤怒の姿を現したものとされ、代表して金剛薩埵が恐ろしい形相をした降三世明王の姿で描かれている。降三世三昧耶会は降三世会を三昧耶形 で描いたものである。これらの諸尊もすべては大日如来の悟りが形を変えて現われたものであり、すべては大日如来一尊に由来するということを表現したものと思われる。
金剛界八十一尊曼荼羅

なお、金剛界曼荼羅でも九会ではなく一会のみからなるものもある。金剛界八十一尊曼荼羅とよばれるもので、主に天台宗 で用いられる。

その構成は九会金剛界曼荼羅の成身会にほぼ同じであるが、三昧耶会、微細会、供養会にあらわれる「賢劫十六尊」という菩薩を追加し、四隅に降三世会、 降三世三昧耶会にあらわれる明王を描いている。いわば一会をもって九会を代表する構成といえる。

胎蔵曼荼羅が真理を実践的な側面、現象世界のものとして捉えるのに対し、金剛界曼荼羅では真理を論理的な側面、精神世界のものとして捉えていると考えられる。
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カテゴリ : 真言系仏教 | 曼荼羅

2009年04月25日 (18:17)

日本文化の源流:一神教的父権文化と多神教的母権文化の日本二重文化:平成女神・母権文化復活へ

先に述べことの整理である。
http://ameblo.jp/renshi/entry-10248545782.html

今はまったく勘働きで、思いつきを述べていく。先にも述べたが、東明聖王の建国伝説(神話:思うに、神話という言葉よりは伝説ないしは伝承と言う方が適切である)は、神話学者のジョセフ・キャンベルや『母権制』のバッハオーフェンの視点から言うと、明らかに、女神・母権文化を意味している。
 端的に、東明は母権的英雄であり、その点では、ケルト神話に似ていると言えよう。母権的英雄とは、大女神、大母神が背景に存している英雄であり、ギリシア神話のような父権的英雄は異なると考えられる。もっとも、ギリシア神話の英雄にも女神がついてはいるが、より父権的志向を意味していると考えられる。
 つまり、東明は、ケルト民族と同様に、女神・母権文化を体現しているということになる。それが、日本へ入ったとき、日本の土着的母権文化(卑弥呼の母権文化)と融合するのは、見やすいことである。卑弥呼の母権文化がシャーマニズム文化ならば、東明の女神・母権文化は、いわば、古代オリエント的文化である。あるいは、古代エジプト的文化である。即ち、イシスとオシリス神話的である。死んで蘇る神の神話である。死と復活の神話である。
 当然、シャーマニズムと死と復活神話は結びつきやすい。結局、女神が支配する霊魂の神話である。
 もし、そうならば、記紀にある父権神話をどう見るのかである。
 つまり、天孫降臨神話をどうみるのか、ということになる。明らかに、男尊女卑がある。それは、聖書に近いと言えよう。そうすると、女神・母権神話以外に、父権神話がやはり入っていたということになる。
 ここで考えられるのは、先にも触れたが、異質な文化、つまり、二種類の民族・文化の侵入である。一つは、東明的母権民族であり、一つは、ユダヤ的父権民族である。後者の父権意識が、記紀の男尊女卑をもたらしたのではないだろうか。しかるに、実質においては、土着的文化(卑弥呼的シャーマニズム文化)と東明的母権文化の融合に拠る母権文化がかなり濃厚にあったはずである。つまり、古代日本において、母権文化と父権文化の強烈な衝突があったのであり、その痕跡が記紀ではないだろうか。先に述べたように、ギリシア神話と似ているのである。ただし、ユダヤ的なものが入っていると、それは、ギリシア神話よりも、超越性が強化されよう。
 先に触れたが、日本書紀の日神と素戔嗚尊の争いは二つの文化の衝突を意味していて、表面的には、男尊女卑なのである。
 そうすると、古代日本においては、一神教的父権文化と多神教(以下、多神教という用語にシャーマニズム、アニミズムを含めて使用している)的母権文化が強烈に混淆したということが考えられよう。
 この考えは、先の日本二重文化論よりも展開している。先は単に、母権文化と父権文化の二重文化性を述べたに過ぎなかったが、今や、多神教的母権文化と一神教的父権文化の二重性となったからである。
 そう見ると、明治維新の社会変革が何であったかよくわかるだろう。つまり、日本二重文化の一神教的父権文化が中心となり、多神教的母権文化をともないながら、新生した史的大変革である。しかし、前者が国家神道となり、後者を否定していった歴史が近代日本ではなかったか。そして、狂気の戦争へと突入して、破滅したのである。
 そして、戦後は神道が否定されて、日本文化は魂を喪失した。しかしながら、日本二重文化の多神教的母権文化の活性化が今日考えられるのである。
 今日、日本二重文化の一神教的父権文化が支配的となり、平成ファシズム的になっているのである。今日の日本の危機を乗り越えるには、日本二重文化のいわば、基盤である女神・母権文化に回帰する必要があるのではないだろうか。今はここで留める。

参考:
東明聖王
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
東明聖王
ファイル:Goguryeo-monarchs(1-6).PNG
各種表記
ハングル : 동명성왕
漢字 : 東明聖王
片仮名 :
(現地語読み仮名) トンミョンソンワン
英語 : Dongmyeong-seongwang
表 ・話 ・編 ・歴

東明聖王(とうめいせいおう、(紀元前58年 - 紀元前19年 )は、高句麗 の初代国王(在位:紀元前37年 - 紀元前19年 )であり、東明王とも呼ばれる。姓は高、諱 は朱蒙(しゅもう、주몽、チュモン)または鄒牟(すうむ、추모、チュム)、衆解(しゅうかい、중해、シュンヘ)とされる。天帝の子を自称する解慕漱 (かいぼそう、해모수、へモス)の子、または扶余 の金蛙王 (きんあおう、금와왕、クムワワン)の庶子とされる。扶余の7人の王子と対立し、卒本(遼寧省 本渓市 桓仁 )に亡命して高句麗を建国し、初代の王となった。
建国神話 [編集 ]

「東明」を始祖にする建国神話・始祖伝説は、扶余・高句麗・百済 に共通して見られるが、歴史的にみれば扶余建国神話の東明と高句麗始祖の朱蒙とは別の人物だと見当がつく。しかしながら東明伝説も朱蒙伝説も筋書が構造的に共通するところが多く、その特徴は檀君 神話と同じく、王の政治的権威の源泉を天に帰属させながら、農業生産を左右する水の神霊の権威を同時に主張することである。ここでは高句麗の建国神話を『三国史記 』に基づいて記述する。扶余の建国神話については後述。百済の始祖神話については、「温祚王#建国神話 」を参照。

天の神の子 [編集 ]

朱蒙は河伯 (ハベク、水神)の娘である柳花(りゅうか、ユファ)を、天帝の子を自称する解慕漱(ヘモス)が孕ませて出来た子と言う。扶余 の金蛙王が柳花を屋敷の中に閉じ込めていると、日の光が柳花を照らし、柳花が身を引いて逃げても日の光がこれを追って照らし、このようにして柳花は身ごもり、やがて大きな卵を産んだ(古代朝鮮では卵は神聖なものとされており、この話は朱蒙を神格化するためのものであると考えられる)。金蛙王はそれを気味が悪いとし、豚小屋などに捨てさせるが、豚がおびえて近かづかなかった。金蛙王はあらゆるところに捨てようとしたが、鳥が卵を抱いて守った。終いには自らで壊そうとしたが硬くて壊せなかった。数日後卵が割れ、男の子が生まれた。それが朱蒙である。

金蛙王の7人の王子たちとの対立 [編集 ]

朱蒙の名の由来は東扶余の言葉で弓 の達人と言う意味である。朱蒙は名のとおり、弓の達人であった為に7人の王子に睨まれた。

朱蒙が20歳になったとき烏伊・摩利・陝父(オイ・マリ・ヒョッポ)の家臣ができた。ある日その3人と一緒に狩に出かけた朱蒙は金蛙王(クムワ)の7人の王子と出会ってしまった。王子たちは1匹の鹿 しか捕まえられなかったが、朱蒙は6匹の鹿を捕まえた。王子たちは落ち込んだが、もう一度狩りをすることになった。王子たちは朱蒙たちの獲物を奪い、朱蒙たちを木に縛って王宮に帰ってしまった。朱蒙は木を引っこ抜き、縄を切って3人の家来たちを助け、王宮に帰った。これを知った、7人の王子たちは父である金蛙王に讒言し、朱蒙を馬小屋の番人にしてしまった。

母親である柳花は朱蒙を脱出させようと考え、良い馬を選ばせる事を決心した。そして朱蒙はある馬屋に行って幾多の馬に鞭を振り回し、その中で一番高く飛び上がった馬の舌に針をさしておいた。その馬はまともに食べることができなくなり、痩せて格好悪くなってしまった。金蛙王がその馬を朱蒙に与えた後、朱蒙は馬の舌からやっと針を抜き出し、三日間にわたってその馬に餌を食べさせた。

亡命と建国 [編集 ]

朱蒙は烏伊・摩離・陝父らとともに旅に出た。淹水(鴨緑江の東北)まで来たときに橋がなく、追っ手に追いつかれるのを恐れて、川に向かって「私は天帝の子で河伯(水神)の外孫である。今日、逃走してきたが追っ手が迫ろうとしている。どうすればいいだろうか」と言った。そうすると、魚や鼈(スッポン)が浮かんできて橋を作り、朱蒙たちは渡ることができた。朱蒙たちが渡り終わると魚たちの橋は解かれ、追っ手は河を渡れなかった。さらに進んで卒本に至って都邑を決め、漢 の孝元帝 の建昭 2年(西暦紀元前37年 )、新羅 祖の赫居世 21年の甲申歳(紀元前37年)に国を建て高句麗 とした。即位直後より辺方を侵略した靺鞨族を討伐して高句麗の民とし、沸流国松譲王の降参を受け、太白山(白頭山 )東南の荇人国を征伐し、紀元前28年には北沃沮を滅亡させた。

王位の継承 [編集 ]

紀元前19年5月、王子の類利(るいり、ユリ、後の瑠璃明王 )がその母(礼氏)とともに扶余から逃れてきた。朱蒙はこのことを喜び、類利を太子として後に王位を受け継がせた。同年9月に朱蒙は40歳で亡くなり、龍山に葬られて諡 号を東明聖王とされた。

建国の年 [編集 ]

『三国史記 』高句麗本紀に広開土王 は東明聖王の12世孫とするが、好太王碑(広開土王碑 )では好太王は鄒牟王の17世孫とする。このことから高句麗の建国となった甲申歳を紀元前277年にする説もある。また、『三国史記』は新羅 王室に連なる慶州金氏 の金富軾 が編纂したものであり、新羅中心主義的な記述とするために高句麗の建国年を新羅の建国よりも後にした、との見方もされている。

扶余の建国伝説との比較 [編集 ]

『後漢書 』夫余伝に見られる建国神話は、以下の通り。

昔、北方に索離国という国があり、王の婢が言われなく身籠ったため、王はこの婢を殺そうとした。婢は「天空に神聖なる気が立ちこめ、私に降り注いだために身籠ったのです」と答えた。王はこの婢を軟禁し、後に男子が生まれた。王はこの子を豚に食べさせようとして豚小屋の前に置いたが、案に相違して豚は息を吹きかけてその子を守ろうとし、死ぬことがなかった。王は今度は馬小屋に持っていったが、馬も同じようにその子を守ろうとした。王はこれは神意を表すものと思い、その母を許してその男子を東明と名づけた。東明は成長して弓術に優れたので、王は東明の勇猛振りを恐れて、これを殺そうと考えた。そこで東明は南方へ逃走し、掩水に至った。川に向かって東明が弓を射ると、魚や鼈が浮かんできて橋を作り、東明はこれに乗って渡り逃れることができた。そして夫余の地に至って王となった。

「扶余の始祖としての東明」の伝説は、古くは『論衡 』吉験篇に見られる。また、『三国志 』夫余伝が『魏略 』からの孫引きとして伝えており、これらの史書の中の高句麗伝では、始祖伝説は見られない。『魏書 』に至って扶余伝はなくなり、代わりに高句麗伝のなかで高句麗の始祖伝説が伝えられるようになった。その伝説の骨子は、元来の東明伝説(扶余の建国神話)に、河伯(水神)の外孫であること、卵生であること、という要素が加わって、高句麗が扶余から出たこと、名を朱蒙とするというものである。また、東明伝説において東明が弓術に優れていたとするのと呼応するように、「朱蒙」という語は「善射」を意味する、とも書かれる。後に高麗 の時代になって、『三国史記 』(1145年 撰上)では、高句麗の始祖を「諱 が朱蒙、諡 が東明聖王」とするようになり、高麗の詩人である李奎報 (1168年-1241年)の叙事詩「東明王篇」(1194年 )においても、高句麗の始祖を東明王と同一視するようになった。さらには『三国遺事 』の時代になって民族的統合の象徴として檀君 に系譜化され、「東明王である朱蒙は檀君の子である」とされるようになったと考えられている。

従来より、扶余の東明伝説と高句麗の朱蒙伝説との共通構造から、両者の民族的同一性が唱えられてきた。しかしこれらの始祖伝説は単純に同一とはみなせず、高句麗の始祖伝説には南方系の卵生型説話の要素を含んでいることや、広開土王碑 文や『魏書』高句麗伝には「東明」の表現が見られないことなどから、東明伝説の構成を元に高句麗独自の概念を踏まえた始祖伝説が形成され、後には『三国史記 』には東明聖王と朱蒙とが同一視されたもの、と考えられている。

陵墓 [編集 ]

東明聖王の陵墓は平壌市 の東方25Kmの地点に推定陵墓が存在し、東明王陵と称されている。元来は集安 にあったものを、平壌遷都とともに遷されている。1993年 5月14日 に金日成 の指示により整備が行われ、敷地面積約220ha、王陵区域、定陵寺区域、陪墳区域が整備された。陵墓は1辺32m、高さ11.5mであり、周囲には中門、祭祀堂、石像などが設けられている。玄室内部には29種の壁画が描かれている。

東明聖王が登場する作品 [編集 ]

* 朱蒙 (テレビドラマ) (2006年、演:ソン・イルグク )

参考文献 [編集 ]

* 『三国史記 』第2巻 金富軾 撰 井上秀雄 訳注、平凡社〈東洋文庫425〉、1983 ISBN 4-582-80425-X
* 『朝鮮史』 武田幸男 編、山川出版社<新版世界各国史2>、2000 ISBN 4-634-41320-5


先代:
-



高句麗王
初代:前37年 -前19年



次代:
瑠璃明王

"http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9D%B1%E6%98%8E%E8%81%96%E7%8E%8B " より作成
カテゴリ : 高句麗王

金蛙王
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

金蛙王(きんあおう、금와왕、クムワワン)は高句麗建国神話に現れる伝説上の人物であり、扶余 王解夫婁(かいふる、ヘ・プル)の子、東明王(東明聖王、朱蒙 )の父とされる。東明王の誕生については東明聖王 を参照のこと。
誕生 [編集 ]

解夫婁王は老いて子が無く嗣子を求めていた。ある日鯤淵(こんえん、地名)の池で、王の乗っていた馬が岩を見て立ち止まり涙を流した。王は不思議に思い、その岩を動かしてみると金色の蛙の姿をした子供がいた。王は天が私に嗣子を与えてくれたと思い、名を金蛙と名付け太子とした。

その後、宰相の阿蘭弗が「天の神が私に降臨して、『吾が子孫がいずれ国を作るだろう。この地から離れなさい。東海に迦葉原(かはばる、かしょうげん)という地がある。そこは五穀が良く実る。ここに都を遷すと良いだろう。』と言いました。」と解夫婁に進言し、王は都を迦葉原の地に遷都し国名を東扶余 とした。

このようにして扶余の都から元の王である解夫婁がなくなった後、天帝の子を自称する解慕漱(かいぼそう、へ・モス)がどこからか現れて、都を開いて扶余王となった。解慕漱がなくなった後、金蛙は扶余王となった。

名前 [編集 ]

金色のカエル の姿をした子供とは人間にとって不気味に思えるかもしれない。だが、古代中国ではカエルを神聖なものとして扱うことが多く、その文化の影響を受けた朝鮮半島でも神聖なものとして扱ったと思われる。

演じた俳優 [編集 ]

* チョン・グァンリョル (テレビドラマ『朱蒙 ~チュモン~ 』で金蛙を演じた)

参考文献及び外部リンク [編集 ]

* 三國史記 高句麗本紀
* 『三国史記 』第2巻 金富軾 撰 井上秀雄 訳注、平凡社〈東洋文庫425〉、1983 ISBN 4-582-80425-X

"http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%87%91%E8%9B%99%E7%8E%8B " より作成
カテゴリ : 朝鮮史の人物

卑弥呼
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
卑弥呼(ひみこ、175年 頃? - 248年 頃)は、日本の弥生時代 後期における倭国 の女王 (倭王)とされる人物。邪馬台国 を治めた。封号 は親魏倭王 。後継には親族 の台与 が女王に即位したとされる。本来の表記は「卑(上部の「ノ」が無い)彌呼」である。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8D%91%E5%BC%A5%E5%91%BC

倭迹迹日百襲媛命
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倭迹迹日百襲媛命(やまとととひももそひめのみこと、生没年不詳)は、孝霊天皇 の皇女。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%80%AD%E8%BF%B9%E8%BF%B9%E6%97%A5%E7%99%BE%E8%A5%B2%E5%AA%9B%E5%91%BD

2009年03月10日 (18:59)

古代日本における原日本母権文化と大陸父権文化の衝突と習合:トランス・モダン倭国母権原理

以下、「東海」氏の独自日本古代史が述べられているが、朝鮮系の支配者とそれ以外の縄文・弥生時代の原日本人の被支配者の二元論史(「階級闘争」を示唆する)が述べられている。これは、二項対立思想で短絡的である。二項対立は、父権原理の発想なのであるから、「東海」氏は、自己矛盾を犯していると言える。だから、結論が人情主義・農業共同体主義になり、知性文化が消失してしまうのである。
 管見では、原日本の母権文化と大陸系の父権文化の衝突が古代日本に起ったのであり、そこに日本の原型が生まれたと考えられる。
 これは、古代ギリシアの場合と似ていると私は考えている。基底の母権社会に、父権的な遊牧民族が到来して、激しく衝突して、混淆したと考えられる。その痕跡がギリシア神話に残っていると私は考えている。日本では、記紀神話にその痕跡があると言えよう。
 問題は、二元論ではなく、母権文化だけでは、科学・技術は発達しなかったと考えられるのであり、父権文化は、発展のためには、必須であったと言えよう。
 ただし、両文化の二重性が近代以前までは日本にあったが、明治近代化、そして、戦後の米国主導的近代化によって、日本は根無し草になり、父権文化が中心に社会・文化が形成されてきたと思える。
 そう、父権文化の同一性自己主義と母権文化の差異共振主義の両面が本来、日本文化にはあるが、後者が喪失され、忘却されてきたのである。
 そして、今や、トランス・モダンとして、蘇りつつあると言えよう。そう、原日本母権文化という基層への回帰ではあるが、しかしながら、父権文化の同一性自己を経由したものである。
 単に、基底に回帰するというのは、反動である。

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★ 2009年03月10日火曜日 11時半更新

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● 筆者は、袴と呼ばれるズボンが、1500年ほど前に百済王国が国ぐるみで日本列島に移住してきたときに乗馬文化とともに持ち込まれたものだと指摘してきた。
 僧・雲水の常用着は作務衣で、これもズボンだ。この原型が武人埴輪などでズボンとして表現されていることもある。これらの起源は、すべて乗馬の必要から生じたもので、長時間乗馬するときに、馬腹のこすれから内股を守るためのものであった。同時に鐙や沓が成立したことも見ておく必要がある。ミズラ結いでさえ、乗馬による髪乱れ対策として成立したものだろう。
 こうして、ズボン・鐙・沓、そして乗馬戦闘のスタイルから槍や直剣が用いられたわけだが、これらは、すべて朝鮮半島経由で日本列島に馬が持ち込まれた3世紀以降のものであることを知っておかねばならない。それ以前では、ズボン・ブーツなどの文化など日本列島には存在しなかった。

 2500年前に有明海に上陸した呉国人たち、すなわち弥生人は、持ち込んだ稲作農作生活文化にあって、湿地帯・水田における農作業に適した裾紮げのできる呉服(和服→着物)を着用したのであって、古代人を一元化して、弥生遺跡にズボンをはいてミズラを結った古代人が農耕しているような描写は、とんでもない間違いだと指摘してきた。馬に跨るのでなければ、どうして複雑な縫製技術を必要とするズボンなど必要があろうか。

 それほどまでに、百済王国が日本列島に持ち込んだものは、この国の文化、生活様式を根底から変えるものだった。それ以前の弥生人たちは基本的に被搾取、奴隷的立場の農耕民となり、呉服以外を着ることはなかった。しかし、百済の民は乗馬し、強力な武器を用い、弥生人たちを武力で圧倒し日本列島を制圧したのだ。
 だから百済人たちの末裔は、すべて袴というズボンをはく武家階級になった。そして、天皇を作った秦氏は、若狭に上陸し、継体とともに近畿にやってきた扶余・百済の民である。作務衣を着る僧たちもまた百済人の末裔であり、武士・僧・天皇の特権階級は、すべて百済王国から持ち込まれたものであり、まだ穢多・非人の被差別階層までも百済由来である。日本という地名でさえ、朝鮮任那の日本府からとられて日本列島に対してつけられたものだ。秦氏たちが日本と名付けるまで、この地は倭であった。

 若狭に上陸した秦氏たち渡来人(百済王国人)は、琵琶湖東岸に住み着き、次に大津から京都の湿地帯を埋めて京都の街を成立させた。
 そうして大和地方に足を伸ばし、天皇支配を構築したのだ。だから、天皇家は日本生まれではなく、朝鮮、百済王朝の末裔である。いわば、彼等の正体は朝鮮人と断じてもよい。
 その証拠は、若狭~大津~京都の人たちの民族的特徴が、女真族・扶余族・朝鮮族と完全に一致することであり、ツングース顔貌、細長い切れ長の目、乾燥した耳垢、強力な蒙古斑、スラリとした体躯、長頭型頭蓋、A型優位血液型など、ちょうど浅田真央とキムヨナをイメージすればよいし、平成天皇もまた完全な百済顔貌と言えよう。
 日本の優れた芸能人・スポーツ選手の多くが朝鮮人末裔であることは、彼等の能力がいかに高いかを物語っている。

 彼等は、聖徳太子以来、日本の支配階級を独占し続けているといってよいだろう。彼等は着物の民族ではない。神道を奉じる(古代神道は仏教と習合していた)ズボンと沓の民族なのだ。水田農耕の人ではなく、畑作と乗馬の人なのだ。そして強力な軍事戦闘能力を持ち、あらゆる反対者を駆逐し、日本列島の支配者として君臨し続けてきたのだ。
 秦氏は、大和朝廷を独占制圧し、源平藤橘に代表される武家階級となり、政権の対立者たちは関東に向かい板東武者となった。関東周辺は秦氏の開拓した土地である。すなわち、関東は百済王朝の末裔の土地である。天皇が京都から東京に転じた理由も、そこにあった。百済の地は滋賀県・京都府以外では関東周辺なのだ。

 以来、1500年にわたって、百済の末裔が日本列島の支配者となった。中国、呉の人たち(弥生人)や先住民、縄文人たちは政権から遠ざけられ、被搾取農民としての地位以外与えられていない。その事情は、たった今、現代にあっても同じことで、長州(百済植民地)官僚の子孫が自民党中枢にいて政権を独占し続けてきた。明治天皇にすり替わった大室寅之祐の出身地、田布施町から伊藤博文以来、岸・佐藤・橋本・安倍などが出ている事情を推察すればよい。
 弥生人や縄文人の末裔が政権を得ることなどありえないのだ。この意味で、小沢が首相になることはできない。日本のエスタブリッシュメントは、すべて百済由来でなければならず、他の人々が特権階級に躍り出ることがあっても、ただちに陰謀に陥れられ、抹殺する仕組みになっているのだ。そうしたシステムは、トーマス・グラバーが持ち込んだフリーメーソンによって作り出された。

 この日本は、朝鮮人の支配する王国であり続けている。戦前、朝鮮侵略併合を意図した陸軍統制派でさえ、朝鮮人を三国民と蔑視しながら、自分たち自身が実は朝鮮人の末裔に他ならなかった。大東亜共栄圏を標榜し、五族共和を掲げた中心の北斗、天皇家そのものが、実は朝鮮王朝の末裔に他ならなかった。それは、まさしく日本列島を朝鮮民族支配下に置くものであったのだ。
 そうした傲慢な侵略を意図した彼等が、自らの出自を知らずに朝鮮人を蔑視しようとしたのは、実に滑稽な喜劇であった。そして、今また、同じ喜劇を飽きもせずに演じようとする人たちが出現している。

 カルデロン一家を不法滞在と決めつけ、人情を無視して日本から実力で追いだせと主張する人々、外国の貧しい労働力を禿鷹のように利用し、都合が悪くなるとゴミのようにポイ捨てする企業、役人たち。日本の特権階級は、貧しい外国移民を骨髄まで利用して金儲けに邁進してきた。そうしておいて、少し都合の悪い事情が生じると、叩き出そうというのか? 貧しい家族の不幸な嘆きに同情することもできないで、「不法移民だから叩き出せ」と主張するクズどもが、当掲示板にすら出没するようになった。 朝鮮だろうが、ブラジルだろうが、みんな我々と同じ人間であって、同じ人情で生きているということが理解もできないクズどもだ。筆者は、こんな馬鹿野郎どもを許すことができない。

 朝鮮人を蔑視するならば、まずは天皇家と日本支配階級を追放しなければならないことが理解できないほど無知な連中なのだ。日本という国も民族も、実はわずか千年・二千年前に朝鮮・中国などから移住してきた人たちによって成立したものであり、これからも、どんどん入れ替わり、ただ、この地に住む人々を日本というだけの本質だと理解できない愚か者たちなのだ。

 人間に人種の差などない。そこにあるのは大地と人間の営みだけだ。 この社会に必要なものは愛国心などという屁理屈や妄想ではない、大地と人を愛する人情だけだ! 人情なき者は失せろ!
http://www1.odn.ne.jp/~cam22440/yoti01.htm

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