2007年11月25日 (12:44)

小沢一郎の政治的知性の基盤はMedia Pointにあり、差異と同一性の両極性があるだろう

小沢一郎の政治的知性の基盤はMedia Pointにあり、差異と同一性の両極性があるだろう

テーマ:小沢一郎/民主党と日本の政治

小沢一郎は、その言動が読みにくい政治家と考えられているが、私はこれまで、二面性を説いてきたし、また最近、差異共振的自由主義(Kaisetsu氏の「市場化された場における共同体主義」)を志向している政治家ではないかと考えている。
 つまり、差異と同一性の関係だが、ポスト・モダンのように、差異が連続的差異ではなくて、差異共振性だと思われるのである。だから、小沢一郎の政治的知性は、基盤としてMedia Pointにあり、一方では、同一性に振れるし、他方では、差異に振れると思われるのである。前者は、二大政党制であるし、後者は大連立である。ただし、前者の場合は、近代合理主義が関与している。つまり、小沢一郎の内部で、明確に、Media Pointが意識されていないと思われるのである。同一性を差異共振性が包摂するというのではなく、連続化した同一性になっていると思われるのである。つまり、差異共振性と連続的同一性の矛盾が露呈することになると思われるのである。
 思うに、差異共振的政治理念が明確にならなくてはならない。差異共振制である。略して、差共主義である。


民主・小沢代表が謝罪行脚へ、辞任騒動の余波残る地方に

 自民党との連立政権構想を巡る辞任騒動で全国行脚を中断していた民主党の小沢代表が、25日から地方訪問を再開する。 (11月23日 22:01)[全文へ]

自民党との連立政権構想を巡る辞任騒動で全国行脚を中断していた民主党の小沢代表が、25日から地方訪問を再開する。

 早期の衆院解散・総選挙に備え、選挙態勢を整えるのが狙いだ。ただ、地方には辞任騒動の余波が残っており、当面は県連や連合など関係者への「謝罪行脚」を余儀なくされそうだ。

 小沢氏は25日に滋賀県、26日に長崎県を訪れ、それぞれの民主党県連のパーティーに出席する。滋賀では子育て中の女性のグループとの車座集会にも参加し、ひざ詰めで意見交換する予定だ。月末には新たな衆院選候補擁立のめどが立った愛媛県に入るほか、鹿児島、熊本、宮崎の各県など、民主党の支持基盤が弱いと言われ、候補者擁立が滞っていた地域に出向くことも検討している。

 12月15日の会期末をにらみ、国会の再延長をめぐる与野党の駆け引きが緊迫している中、小沢氏があえて地方行脚を再開する背景には、大連立構想に対する連合の動揺がある。小沢氏は19日夜、自動車総連の幹部と都内で会談し、辞任騒動を陳謝し、次期衆院選での協力を改めて要請したが、地方訪問でも同様に、労組関係者と直接会い、小沢氏への不信感を払しょくしたい考えがあるようだ。

 実際、小沢氏が大連立を模索したことに対し、連合の組織内からは「大連立のための2大政党を作ろうとして民主党の選挙を支えてきたわけではない」(幹部)と強い反発の声が上がった。20日の連合の三役会でも、高木剛会長が「大連立の話を聞き、反射的に『それはない』と思った。大連立には反対だ」と改めて強調、余波の大きさを印象づけた。

 小沢氏としても、連合は衆院選を戦う上で「欠くべからざる最大の戦力」(周辺)と位置づけており、早急に関係を修復する必要があると考えたと見られる。
(2007年11月23日22時1分 読売新聞)
http://www.yomiuri.co.jp/feature/fe8400/news/20071123ia21.htm

2007年11月22日 (22:07)

大連立は、アメリカの力が入るが、それ以上に、売国・亡国徒党の力を弱化できると思えるのである

最近の森田氏の考えとは、正反対の考えを私はもっている。森田氏の考えは、表面的に、いわば、字義的に物事を見ている。
 確かに、大連立は、アメリカの力が入るが、それ以上に、売国・亡国徒党の力を弱化できると思えるのである。自民党、民主党に、売国/亡国徒党はいるのである。

2007.11.21
森田実の言わねばならぬ[744]
平和・自立・調和の日本をつくるために【532】
小沢民主党代表インタビュー(朝日新聞2007年11月16日付朝刊)へのコメント[その5]
福田首相と小沢代表の密室談合による「解釈改憲」(憲法解釈の180度転換)を許してはならない
「無手の者よく打つ」(日本の諺)
[技巧に走らない者のほうが、かえって物事はうまくいく]

2007.11.20(その2)
森田実の言わねばならぬ[743]
平和・自立・調和の日本をつくるために【531】
小沢民主党代表インタビュー(朝日新聞2007年11月16日付朝刊)へのコメント[その4]
「僕は権力をとれば簡単にできることを知っている」発言に見る小沢氏の錯覚と自信過剰
「高慢は常に破滅の一歩手前であらわれる。高慢になる人はもう勝負に負けている」(ヒルティ)

2007.11.20(その1)
森田実の言わねばならぬ[742]
平和・自立・調和の日本をつくるために【530】
民主党内に広がる「大連立」批判の正論――民主党は小沢代表を超えるべき時がきた
「水は舟を載せ、亦、舟を覆す」(荀子)
[水は国民大衆。舟は為政者。民主党は小沢代表の体制を覆すべき時がやってきた]

2007年11月18日 (01:28)

防衛疑惑事件とはスケープゴートであり、見せしめであろう。宗主国に逆らうものへの見せしめであろう。

防衛疑惑事件とはスケープゴートであり、見せしめであろう。宗主国に逆らうものへの見せしめであろう。

テーマ:福田政権とポスト福田

大連立に関して、小沢一郎が得をしたというのは、同意見であるが、問題は防衛疑惑のことである。これは、売国・亡国徒党が本当の中心であると考えられる。当然、政治演出であり、トカゲのしっぽきりである。この政治偽装の真意は何なのか。一種の国策操作である。これは、小野寺光一氏も指摘している。
 これは、スケープゴートであり、見せしめであろう。宗主国に逆らうものへの見せしめであろう。ここで、マスリコミ(魔刷り込み)が共謀者である。黒い、黒い、黒すぎる闇。暗黒世界である。
 ここにあるのは、近代的自我/近代合理主義の暗黒である。心の弱者の闇である。狂気である。憎悪である。暴力である。光を葬ろうとする闇の魔王たちがいるのである。
 この世は、ゾロアスター教が説くように、光と闇の闘争である。


参考1:

明日 10月29日にモリヤ事務次官が証人喚問される。


とても、筋の悪い展開である。


こういう「どこかねつぞうされている」証人喚問はとても


良くない結果をもたらすだろう。


<マスコミねつぞう>」


第一、彼の何が悪いのかは、はっきりしておらず


次から次へとマスコミが記事をねつぞうしているところが目につく。





<山岡氏も指摘>


これは私だけの見解ではない。


この「一般大衆へモリヤ事務次官を悪者として差し出すキャンペーン」


は意図的なものであることを指摘しているサイトがある。


情報誌アクセスジャーナル(山岡氏ブログ)である。


http://accessjournal.jp/modules/weblog/




<防衛関連>


http://accessjournal.jp/modules/weblog/index.php?user_id=0&cat_id=180




詳しくは有料サイトなので


各自料金を支払って記事を閲覧する必要があるが、


無料部分を転載すると以下のとおり。(抜粋)


2007/06/17<山岡氏ブログより>


自衛隊次期輸送機エンジン納入に関し、フジテレビがミスリード報道?





http://blog.mag2.com/m/log/0000154606/109100576.html





国際評論家小野寺光一の「政治経済の真実」







参考2:
この議論を待っていた⇒防衛省疑獄を生んだのは「小泉政治」ではないか 保坂展人のどこどこ日記
2007.11.17 Saturday
福田政権は、敢然とアンチ小泉に舵を明確に定めるべきである。内閣改造が必要である。 kaisetsuも、「おそれず、ひるまず、たじろがず」、小泉政権成立当初から徹底的に小泉批判をしてきた。官僚腐敗を温存する似非改革であると。福田康夫氏も、小泉政権から決別した政治家である。福田氏は、徹底的に干されてきた。古賀氏も同じである。平沼氏も同じである。亀井静香氏も同じである。小沢一郎氏も同じである。by kaisetsu
http://blog.kaisetsu.org/?eid=607518
『海舌』 the Sea Tongue by Kaisetsu


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守屋逮捕と衆院解散が近い?

永田町あたりでは、解散風が吹いているらしい。テロ特措法 と問責決議案のぶつかり合いで、ハプニング解散という筋書きらしいが、これは、小沢民主 党党首の辞任騒動で、福田 自民党 が息を吹き返し、強気 になっている証拠だろう。が、はたしてそんなにうまくいくものかどうか。先日の世論調査 でも、自民党 はジリ貧 、民主党 は現状維持と、意外に民主党 の支持率 は落ちていない。むしろ福田 自民 の落ち込みの方が大きい。小沢 や民主党 幹部連は、準備不足を理由に解散総選挙 を恐れているようだが、恐れる必要はない。解散総選挙 を一番、恐れているのは自民党 のはずである。早期解散こそ歓迎すべきであり、堂々と受けて立つべきだ。「小沢 神話 崩壊」とか「民主党 危うし」とかいうような自民党 からの情報操作 や謀略情報、ブラフに惑わされてはならない。今回の政変 劇で得をしたのは自民党 ではなく、小沢 であり、小沢民主 党だ。
http://d.hatena.ne.jp/dokuhebiniki/20071114

文藝評論家=山崎行太郎の政治ブログ『毒蛇山荘日記』

2007年11月14日 (23:17)

小沢一郎が考えている大連立とは、差異共振的自由主義を基礎としている可能性があるだろう

以下の考察は、小沢一郎の共同体主義(アソシエーショニズム)という発想が新鮮であった。しかし、小沢の政治理念が新自由主義に近いというのは違うのではないだろうか。小沢一郎の二面性は、差異主義(これが共同体主義になるだろう。つまり、差異共振主義である。)と大資本自由主義である。つまり、共同体主義と新自由主義が矛盾同一化しているのである。思うに、これは、私が言う差異共振的自由主義に近いと言えないだろうか。
 そう考えると、小沢一郎が考えている大連立とは、差異共振的自由主義(Kaisetsu氏の市場化された場における共同体主義)を基礎としている可能性もあるだろう。
 アメリカ経済は、単純な金融資本の同一性中心主義でバブル崩壊状態である。日本を建て直すには、差異共振的自由経済しかないだろう。小沢一郎は明確に理念をもつべきであろう。自由共同党を作るべきである。
 

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米国にとって危険に映るアソシエーショニズム

しかし、「普通の国」になるといい、日米同盟至上主義に対しては、公然と国連中心主義を唱える小沢一郎は、米国にとっては極めて危険な存在と映るだろう。小泉純一郎のように靖国神社を参拝して、中国や韓国などと摩擦を起こしてくれた方が、米国としてはよほど安心して見ていられたはずだ。日中や日韓でナショナリズムがぶつかり合う覇権主義的な状況は、米国が前提としている世界観の内側に存在することであり、その内側で多少の摩擦が生じようと米国の覇権構造そのものは変わることがない。むしろ彼らが嫌うのは、世界がアソシエーショニズム(共同体主義)を志向することだ。

小沢一郎という政治家の政治行動は振幅が大きく、何をやるかわからない人物だといわれる。しかし、小沢の政治家としての本質は、単純で、一言でいえば、リベラリストであり国家主義者ではないということと考えている。

「普通の国」のもうひとつのメッセージ

小沢のいう「ふつうの国」とは、他の先進諸国と同様に安全保障も含め自立した国家になることを意味すると受け止められているが、この言葉には、実は「覇権国家にはならない」という、もうひとつのメッセージが含まれている。その帰結として、安全保障の問題を、国連という「共同体」に委ねるという考え方も生まれてくるのだが、それは、国家の主権を何よりも重視する「真正保守主義者」や米国にとっては受け容れがたいものだろう。小沢本人は一度も資本と国家の関係について述べたことはないが、資本が国家を凌駕する、あるいは、グローバル化によって覇権的国家主義が溶解する時代が意識されている。別の言い方をすれば、米国による覇権が終わったあとの多極化した世界の中で、この国のありかたをどう考えるかという問題意識が前提にある。国家に対して資本、覇権主義に対して共同体主義(アソシエーショニズム)を対峙させる小沢一郎の政治理念と問題意識は、新自由主義に最も近いといえるだろう。
かつて小沢一郎が属した経世会は、田中角栄の薫陶をうけた「金権政治屋」集団と見られているが、そこから昇華された理念があるとすれば、金(経済・資本)の力は、必ず国家という枠組みを凌駕することになるという新自由主義的な現実認識かもしれない。

http://katoler.cocolog-nifty.com/marketing/2007/11/post_2a63.html
カトラー:katolerのマーケティング言論

2007年07月12日 (14:50)

この国のパラサイトな権力層の悪人の「知」の分析

先に、パラサイトな権力層の心理分析したが、なぜ、彼らは、一種読心術・透視術をもっているのか、あるいは、どうして、人を騙せるのか、考えたい。
 思うに、彼らは、一種二重人格なのである。表面的には、善人ぶっているジキルであり、また、本人も、そうだと思い込み、自惚れているだろう。
 しかし、そのジキルと、言わば、一如(いちにょ)となったハイドが存しているのである。これは、本来、ジキルの同一性から否定された差異であるべきものであるが、否定態となっているために、影・シャドウになっているのである。
 そう、これこそが、本来の善が生まれる基盤であるが、それが、否定態となり、悪となっているのである。
 つまり、パラサイトな悪人どもは、単に、同一性に優れているだけでなく、本来、差異をもっていたが、それが、育ちや環境等を通して、歪み、否定態となってしまっているのである。
 一種、トラウマによって、差異が差異として、発展させずに、否定態として、彼らには、存しているのである。ここに、彼らの、悪の根源があると言えよう。
 この否定態の差異は、否定態ではあっても、もともと、差異であるから、自己と他者を切り離して、他者を観察するのである。これが、彼らの読心術・透視術の根拠ではないだろうか。やはり、堕天使・悪魔ルシファーである。差異が、歪み、捩れて、悪用されるのである。
 だから、彼らは、平々凡々の国民よりは、一種、優れているのである。とても、危険な存在である。普通の国民は知的には、かなわないだろう。
 だから、国民には、知的守護神が必要である。本来、知識人がその役割をすべきなのであるが、知識人自身が、悪魔の手先になっているのである。
 とまれ、以上から、パラサイトな悪人の「知」をこれで分析したこととしよう。先の心理分析よりも、よくなっているのだろう。

2006年12月29日 (03:14)

法人だけを一方的に減税しても、庶民の所得税を減税にしなければ、購買力が増加しないから、デフレにな

以下の日刊ゲンダイの記事であるが、確かに、一面の真理はあると思うが、安倍政権の問題は、小野寺光一氏の主張であったか忘れたが、法人税の減税と所得税の減税の両面が必要であるということである。つまり、法人だけを一方的に減税しても、庶民の所得税を減税にしなければ、購買力が増加しないから、デフレになると思うのである。
 今のやり方では、大企業中心の較差社会の拡大となる。税の問題以外には、職業問題がある。いったい、世界は、どこに向っているのか。明らかに、多極化路線である。つまり、差異共振シナジー路線なのである。その方向に国をかじ取りする必要があるだろう。東アジアにおける差異共振シナジー関係を構築すべきあるし、また、日本社会を差異共振シナジー社会への転換する必要があるのである。そのためには、教育を差異共振シナジー教育に転換する必要があるのである。トランス・モダンへとパラダイム(範型)・シフトする必要があるのである。
 だから、差異共振シナジー産業が必要である。差異共振シナジー価値を評価する社会・経済が必要である。他者との相互創造保存が必要である。例えば、北朝鮮問題は、差異共振シナジー路線によって、北朝鮮をソフト・ランディングさせる施策を検討すべきであろう。
 そう、後、アジア通貨体制を急ぐべきだろう。差異共振シナジー通貨体制である。
____________________

日刊ゲンダイ Dailymail Digest 2006年12月29日納刊号(平日発
行)
─ Dailymail Businessより ───────
──
■ 来年の景気の本当の見通し
■ 安倍無知首相が三文学者に吹き込まれた
■ 成長戦略とかいう経済政策は実現不可能な夢想
■ 景気は悪くなると見る専門筋のこれだけの理由
───────────────────
──

-------------------------------------------------
企業が儲ければその利益が社員に配分され個人消費に回るなどと
幻想をふりまいているが企業は社員に配分などしないし大増税で
国民生活は今年よりもっと苦しくなる
------------------------------------------------------------

 過去最大幅の7.6兆円という想定外の税収増に、安倍晋三首相は大喜びだ。
 政府は「成長政策と歳出削減を両立させれば、プライマリーバランスを11年
度に
黒字化するという目標も前倒しできる」なんて大風呂敷も広げ始めた。
 経済成長による税収の自然増と歳出削減で、増税なき財政再建を目指す「上げ
潮路
線」の安倍政権。空前の税収増の勢いに乗って企業減税を実行すれば、企業はも
っと
儲かり、ジャンジャン税金を納めるようになる。そんなバラ色の成長戦略を描い
て、
来年度予算では企業向けに減価償却制度を見直して4000億円規模(平年ベー
スで
6000億円)の手厚い大減税の実施を決めている。

▼ 三文学者に吹き込まれた成長路線 ▼

 企業が儲かれば、その利益が社員に配分され、個人消費も伸びる。企業もどん
どん
生産を増やし、日本経済は発展の一途……そんな能天気な経済政策を、豪華官舎
で愛
人と同棲していた本間正明前税調会長などの三文学者に吹き込まれた安倍首相は
、次
々と実行に移しているのだ。
 政治評論家の浅川博忠氏が言う。
「安倍首相は社労族で、財政・経済分野は門外漢。議員になって以降、マトモに
経済
政策を勉強していません。官房長官になった昨年秋から経財諮問会議のメンバー
にな
りましたが、会議では、ほとんど発言してこなかった。学者や財界人、経済大臣
が集
まって議論しているのを黙って眺めていただけ。だから、首相になると諮問会議
の民
間議員だった本間氏を重用し、中川秀幹事長が唱える『上げ潮路線』のお膳立て
に乗
っかっているのです」
 本間エロ会長の後任人事に香西泰氏(73)を持ってきたのも、法人税率引き
下げ
論者で「上げ潮路線」と一致したからだ。しかし、安倍政権がシャカリキに進め
る上
げ潮路線には二重のウソがある。

▼ 「企業収益は社員に配分」という悪質なデマ ▼

 第1のウソは企業がどんなに利益を上げても、経営者は社員の給料を上げよう
なん
てことは考えていないことだ。そのことは大企業がバブル期を超える空前の好決
算な
のに、一向に給料が上がらない現実がよく示している。明大教授の高木勝氏(経
済学)
が言う。
「政府は『いざなぎ景気を超える景気拡大局面』と宣伝していますが、国民のほ
とん
どは実感がない。これまでなら業績が伸びて2年後ぐらいには社員の賃金が上が
って
消費が増えるパターンでしたが、今はその構造がないからです。企業は国際競争
力を
つけるという名目で、労働分配率をどんどん下げている。しかも、いつでもクビ
が切
れる非正規雇用者を増やして、賃金を徹底的に削減しているのです。業績アップ
=賃
金アップというのは昔の話なのです」
 90年代までは70%台だった労働分配率は63.6%(今年7―9月期)に
まで
下がっているから、いかに儲けがサラリーマンに還元されていないかが分かる。
実際、
01年から05年の間にサラリーマン1人あたりの賃金は23万円減り、8年連
続で
賃金ダウンだ。その一方で、資本金10億円以上の企業では役員報酬は2倍、株
主配
当は3倍に拡大している。
 経営者がこの構造を転換させるとは思えない。それどころか、来年から労働環
境は
さらに悪化する。日本版ホワイトカラーエグゼンプションの導入により残業代ゼ
ロで
タダ働きさせる制度の導入に動いている。「サラリーマンからは搾り取れるだけ
搾れ」
というのが経営トップのホンネである。

▼ 来年の景気は確実に悪くなる ▼

 しかも、政府が言う賃金アップの大前提である好景気は来年には鈍化する。こ
れが
第2のウソの根拠だ。

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景気先行きに数字で「黄信号」 消費と中小企業がさえない

総務省 が2006 年12月26日に発表した06年11月の完全失業率は、前月比0.1ポイント改善して3.99%となり、98年3月以来8年8カ月ぶりに4%を割り込んだ。しかし、一方で消費の伸び悩み、中小企業の景況感下落などを示す指標も出てきており、先行きの不安感は拭えない。
消費支出は11カ月連続の減少

総務省の発表によると、男女共に完全失業者数は06年10月から0.1ポイント改善。前年同月比で33万人減り、259万人になった。企業の求人が活発化し、製造業や医療、福祉関連を中心に雇用者数が80万人増加した。景気の回復もあるが、団塊世代の退職を見据えた正社員採用も影響している。中日新聞 は失業率改善について06年12月26日の夕刊で、「専門家の間では『来年半ばには3%台後半で定着する可能性が高い』(大手生保系アナリスト)との見方が大勢だ」と書いている。

しかし不安材料も多く、楽観はできないようだ。

総務省が06年12月26日に発表した06年11月の家計調査 では、全国全世帯(農林漁家世帯を含む)の消費支出は、前年比実質0.7%減で、06年10月の同マイナス2.4%よりは改善しているものの11カ月連続の減少。実額は28万2,860円。名目では前年比0.3%減だった。雇用は拡大しているものの消費が伸びない原因には、給与格差拡大などの問題があり、特に中小企業の収益がなかなか上がらない、といった点が響いているようだ。

しかも、中小企業の景況感が下がっている。商工組合中央金庫 が06年12月26日に発表した06年12月の中小企業の景況調査では、景況判断指数は前月に比べて1.7ポイント低下し、景気が良くなる目安の50を2カ月ぶりに下回る49.1になった。07年1月の景況の見通しは48で、多くの企業が下げが続くと予測している。
北海道・東北、中国・四国、九州は苦しい

読売新聞社 が06 年12月26日に発表した同新聞社の全国世論調査では、政府が公表してきた「景気の回復」への疑問すら現れている。景気回復の実感が「ない」と答えた人が「あまり」と「全く」を合わせると78%に。「ない」と答えた人は、2006年1月調査よりも4ポイント増加。「ない」と答えた人の地域別では、関東、近畿、中部で70%台だったが、北海道・東北、中国・四国、九州では80%台と地方ほど苦しいことが浮き彫りに。

また、所得などの格差が「大きくなっている」と思う人は、「どちらかといえば」を合わせて74%だった。また、買い物などの支出は、1年前に比べて「抑えている」人が、「非常に」と「ある程度」を合わせて63%。現在の生活水準は、「中の中」が46%で、05年12月調査より6ポイント減少。「中の下」は33%で同6ポイント増え、「下」は7%で同2ポイント増加している。

こうした状況を反映してか、日銀 の福井総裁は、06年12月25日に日本経団連 の評議員会で講演し、「景気拡大の基本的メカニズムは崩れていない」としながらも、個人消費や消費者物価などの面で弱めの指標が出ていることなどで、「景気拡大や物価の上昇が足踏みするリスクには目配りする必要がある」などとした。06年7月のゼロ金利解除に続く追加利上げについては、慎重に検討する考えを示している。

http://news.livedoor.com/webapp/journal/cid__2916859/detail

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■差異共振シナジー

2006.12.29 Friday
差異共振シナジー
http://blog.kaisetsu.org/?eid=497147

renshi氏の到達点

◆差異共振シナジー教育
◆差異共振シナジー産業
◆差異共振シナジー通貨体制
kaisetsu (2006-12-29 01:11:11) [コメント記入欄を表示]

2006年03月15日 (13:54)

軍国主義志向は、悪魔のささやき、共立平和というイデアこそ、未来の光:不連続的個となれ!!!

軍国主義志向は、悪魔のささやき、共立平和というイデアこそ、未来の光:不連続的個となれ!!!


以下のサイトは、博学の橋本裕氏の慧眼の言葉である。
橋本裕の文学 ・人生日記帳

http://home.owari.ne.jp/%7Efukuzawa/diary.htm

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%9F%B3%E6%A9%8B%E6%B9%9B%E5%B1%B1
http://www.ishibashi-mf.org/
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4000070053/qid=1142390155/br=1-1/ref=br_lf_b_0/249-3508088-6643522
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4122035554/qid=1142390265/sr=1-1/ref=sr_1_2_1/249-3508088-6643522



p.s. 現代日本の反動化の危機について、後で、考察したいが、今、簡単に言えば、正に、今、国民一人一人の、個・差異の不連続化が必須であるということである。ここが、絶対的ポイントである。そうでないと、同一性構造に引き摺られて、全体主義化して、売国・亡国政府の言いなりになってしまうだろう。なにとぞ、不連続化、絶対的差異化せよ!!!

p.p.s. そう、石橋湛山とは、稀有の不連続的差異、絶対的差異であったと言えよう。不連続・絶対的単独・特異性であったのだ。


20060315135819.jpg

2006年03月05日 (01:57)

貨幣と欲望と差異:他者の構造とポストモダン

「アダムの呪い」 を読んで
http://sapporo.cool.ne.jp/sakk/koram/adamu.htm
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貨幣は人間の欲望とリンクしている。つまり、経済の媒体である貨幣は、人間の心身と結びついている。私は、貨幣は魂と結びついていると思う。不連続的差異論から言えば、イデアと貨幣は結びついているのである。
 ドゥルーズ哲学/不連続的差異論から見ると、《諸元素》の解放された世界=イデア界が究極であるから、それを志向するポストモダン経済が考えられる。そして、貨幣であるが、それは、ドゥルーズいう他者の構造に結びつくだろう。だから、貨幣は、構造と捉えるのが正しい。そして、この構造と欲望が結びついているのである。つまり、他者の構造の結びついた諸欲望と貨幣と資本主義が結びついているのである。そして、これが、地球・自然・環境破壊の根因である。反動というのも、ここが原因ではないだろうか。権力が腐敗するのもこれによるだろう。
 この他者の構造とは、メディア界の1/4回転である。メディア/現象境界、即ち、相補性/同一性の境界から1/4回転して、メディア・相補性を捩じるようにして、背後に(超越論的領域に)排除し隠蔽するのであろう。この1/4回転のヒネリ・捩じりによって、他者の構造による世界=現象界が生まれるのである。ここでは、主客二元論が支配している。いわゆる《心》は排除される。なぜなら、《心》とはメディア界のことだからである。
 そして、この他者の構造の世界・現象界とは諸欲望に満ちみちた、権力の世界である。修羅場である。悪意の世界である。嫉妬・怨恨の世界である。利己主義の世界である。この利己主義が自由主義として受け取られている面がある。そして、これは、二項対立の世界である。生存競争の世界である。ホッブズの世界である。近代的自我の世界である。近代的合理主義の世界である。
 先に、ルサンチマンの問題として、不連続的差異の悲哀的暗黒化について述べたが、ここでの検討から見ると、そうではなくて、メディア/現象境界の1/4回転で済みそうである。つまり、第2の1/4回転で、メディア界が排出され隠蔽されるのである。これは、自己中心主義、利己主義、近代的自我主義である。問題は、これが、物質主義、唯物論になることである。何故か。これは、愚問に近いだろう。何故なら、相補性であるメディア界を排除しているので、《精神》に関係するイデア界への接点が失われているからである。また、近世における数学的法則化によって、自然が、数量化されたからである。この現象界の没精神的数量化によって、物質主義、唯物論が生まれたのである。(そして、現代日本を拘束しているものもこれであろう。俗に魂というのは、イデア/メディア境界である。)
 ということで、貨幣と欲望は、「他者の構造」(ドゥルーズ)によって、現象界と結びつけられているのである。これが、金融資本主義を生むのである。ホリエモンを生むのである。また、闇の世界を生むのである。これは、ポストモダンの反動化である。IT革命とは何か。それは、一言で言えば、ボーダレスな、多種多様な知識が、公共的に高速に安価に提供されることである。簡単に言えば、知の多元主義である。これは、確かに、近代の二元論を超える知的革命である。そして、物事の相対性が認識されるのである。即ち、メディア界が賦活されると言えよう。問題は、このメディア界の展開である。この領域は換言すれば、イマジネーションの領域である。アートの領域である。これをどう発展させるかが問題なのである。メディア界は、相補性の世界であり、両義的である。ここで、粗雑・粗野であると、反動化するのである、ホリエモンのように。あるいは、軽薄であると、現象界的であり、平凡である。そう、メディア界には、イデア面・特異性の面があるのであり、これを進展させないといけないのである。ここにおいて、勇気がいるのである。単独性を選択する必要があるのである。これによって、メディア界からイデア界へと進展するのである。不連続的差異への進展である。これを選択することで、ポストモダンは、能動化するのである。特異性、単独性、不連続的差異であることで、共的直立である未来が開けるのである。

2006年02月03日 (17:42)

ライブドア問題:これは、スピノザ哲学/不連続的差異論で説明できる。

先に述べたように、ホリエモンは、本来、不連続的差異・特異性であったと思う。しかし、彼には、スピノザ哲学が説くような能動・肯定的な視点がなく、不連続的差異が否定・ルサンチマン・反動的に展開したと考えられる。思うに、これは、大澤真幸/ODA ウォッチャーズ両氏の説く「三幅対」論と関係する。即ち、換言して言うと、前近代/近代/ポスト近代の三幅対であり、前近代とポスト近代が相互依存する(アイロニカルな没入)という理論である。つまり、この理論は、不連続的差異の反動化理論と考えることができるのである。換言すると、ポストモダンの反動化理論である。イデア界的である不連続的差異=特異性が、本来の共立性(他者との能動的共立性)をもって展開せずに、否定性という反作用で、展開するときに、この三幅対理論として顕在するということである。スピノザ哲学で言えば、悲哀という感情による反動化である。ニーチェ哲学で言えば、ルサンチマンである。経験論的に言えば、守旧的な、社会主義的な日本に対する怨恨である。若者の未来を奪っている老害日本社会への怨恨である。(シェイクスピアの『リア王』で言えば、私生児であるエドマンドの社会への怨恨に相当するだろう。)
 この怨恨によって、ホリエモンの不連続的差異が、反動化して、「アイロニカルな没入」である前近代へと転化したと考えられる。もし、ホリエモンが、スピノザ哲学や不連続的差異論を知っていたならば、前近代の闇社会化することはなかっただろう。不連続的差異の共立社会の構築にITを活用したであろう。
 ということで、ライブドア「事件」は、ポストモダンの反動化を意味しているのであり、結論として、ポストモダンの能動化の必要が判明したのである。これこそ、ポストモダンの真のあり方である。スピノザ哲学/不連続的差異論によって、ポストモダンを反動から解放することができるのである。不連続的差異共立としてのポストモダンである。
 
___________________________________
田原総一朗無念「堀江の犯罪見抜くのは難しかった」
「期待していたのに…」
田原総一朗
 ライブドア事件の堀江貴文容疑者はテレビ番組に頻繁に出演し、刺激的な自説を繰り返すことで世間の支持を集めてきた。「サンデープロジェクト」(朝日系)の進行役の田原総一朗氏(71)=写真=は3日までに産経新聞のインタビューに応じ、「(番組での取り上げ方には)大いに反省はあるが、当時、堀江容疑者のやっていることが犯罪だと見抜くのは難しかった」と語った。

 田原氏は「堀江容疑者が日本の古い体質を変えようとしたこと自体は間違いではない」とした上で、「ぼく自身も堀江容疑者に大いに期待していただけに、(今回の事件は)残念」と話す。

 そして、「かつて堀江容疑者を支持した人たちが道徳家みたいに彼を批判している。今は彼がどこで間違えたのかを冷静に議論することが大事だ」と強調した。

 田原氏をめぐっては、警視庁の私服警官が身辺警護をしていることを2日、夕刊フジが伝えた。「ライブドア事件に絡む番組中の発言が原因では」との見方もある。

ZAKZAK 2006/02/03
http://www.zakzak.co.jp/top/2006_02/t2006020302.html

2005年11月30日 (04:31)

[ 田中宇:アメリカの戦略を誤解している日本人 ]

アメリカの戦略を誤解している日本人

2005年11月29日  田中 宇
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 前回の記事では「米軍は日本から撤退している」「米軍の撤退に対応するため、小泉政権は、憲法を改定し、自衛隊を強化しようとしている」「日本国内に憲法を改定できる雰囲気を作るため、小泉首相は靖国神社に参拝している」といった分析を展開した。私は、ふだんは日本の政界の動きをウォッチしていないのだが、前回の記事を書いたので、政界での憲法改定の動きを少し調べてみた。すると、興味深いことに気づいた。小泉政権は、憲法改定のプロセスを進めることに対し、ものすごく急いでいる、ということである。

 象徴的なことの一つは、自民党で憲法改定の作業を進めている憲法起草委員会が、中曽根康弘元首相がとりまとめた憲法前文の草案を、全く採用しなかったことである。中曽根氏は、憲法起草委員会のメンバーで、前文について議論する小委員会の委員長をしていた。中曽根前文は「日本国民はアジアの東、太平洋と日本海の波洗う美しい島々に、天皇を国民統合の象徴としていただき、和を尊び・・・」といった、日本人の愛国心や郷土愛を喚起するもので、自民党内の保守派が好む言い回しを集約した文章になっている。

 自民党内からは、この前文に対する異論もあり、中曽根案をたたき台として、ある程度の時間をかけた議論が行われるものと予測されていた。ところが小泉首相の意を受けて動いていた憲法起草委員会の中心メンバー(事務局次長)である舛添要一参議院議員らは、中曽根前文をほとんど採用しない憲法草案を作り、10月28日に起草委員会として決定・発表してしまった。(関連記事)

 舛添氏は「中曽根前文は復古的な内容で、公明党や民主党が憲法改定に賛成できなくなってしまうから削除した」という主旨の説明をしている。公明党と民主党が賛成すれば、憲法改定を発議するのに必要だと憲法96条で定められた国会の「各議院の総議員の3分の2以上の賛成」が得られる。一方、中曽根氏は、議論が全く行われなかったと怒っている。小泉氏は、自民党内である程度の議論を行ってから公明・民主を抱き込む、というプロセスを経るだけの余裕がなかったことになる。(関連記事)

▼性急な在日米軍撤退に待ったなしの憲法改定

 憲法草案は、前文以外の部分でも、公明・民主を抱き込めるようになっている。草案は9条について「戦争放棄」を定めた9条1項を現行憲法どおりに残す一方、「戦力の不保持」と「交戦権の不認」を定めた9条2項のみを改定し「陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない」を「内閣総理大臣を最高指揮権者とする自衛軍を保持する」と改定することにしている。

「戦争放棄」を削除すると、多くの国民の支持が得られなくなり、公明・民主も同意しにくいが、2項の変更だけの場合、交渉の余地が大幅に広がる。この点についても舛添氏らは、自民党内に9条1項の削除や改定を求める声があったのを無視して草案を決めている。

 また自衛隊が昇格させて作る正規軍の名称も、党内には「国防軍」にしたいという主張があったが、公明・民主を抱き込めるよう「自衛軍」とした。

 舛添氏は、党の会合で「今回の憲法改定は、9条2項を変えることに尽きると言っても良い」と説明している。つまり、自衛隊の存在を正規軍として憲法に明記することが今回の憲法改定の目的であり、それを実現するためには、自民党内のいろいろな主張につき合うことより、公明・民主を抱き込んで国会の3分の2の賛成を得ることの方がはるかに重要だ、というわけである。

 憲法とは、国のかたちを言葉にしたものである。本来なら、新しい憲法を作る際には、前文をどうするかとか、戦争に対する考え方をどうするか、といった「精神論」や「あるべきだ論」の議論が重要になる。その意味で「精神論が抜け落ちている」という中曽根氏の小泉批判は正しい。

 なぜ小泉政権は、与党内の反対を独裁的に抑圧し、急いで自衛隊を正規軍に格上げせねばならないのか。私なりの答えは、先週すでに書いた。「米軍が日本から撤退するから」である。

 イラクが泥沼化するまで、日本からの米軍の撤退は、もう少し時間をかけて行われる予定だったのかもしれないが、今の米軍は、予算面でも人員面でも、全く余裕がない。アメリカ国防総省は議会から予算削減を求められているし、全米で行っている新兵募集も、必要数に満たない応募しか得られない状態が続いている。そのため世界的な米軍の再編(効率化)は待ったなしの状態だ。

 10月には、性急な軍事再編に協力できない日本政府の姿勢に苛立つラムズフェルド国防長官が、東アジア歴訪の際、日本政府を牽制する意味を込め、予定を変更して、日本だけ立ち寄らなかった。米軍が一方的に在日米軍の空洞化を進め出している中で、小泉政権としては、早く自衛隊を正規軍に昇格させる憲法改定を実現せねばならない状態に追い込まれている。中曽根氏らの悠長な精神論議につき合っている暇はないというわけだ。(関連記事)

▼対米従属ではなく裁量増大を目指したアーミテージ・レポート

 米軍が日本から出ていくという表明はすでに、日本の官僚や専門家らの間で、ブッシュ政権の対日政策の要諦とみなされている2000年の論文「アーミテージ・レポート」に書かれている。この論文には「アメリカは、戦力を低下させない範囲で、日本における米軍の駐留を削減していくことを目指すべきである」と書かれている。(レポートはこちら)

 この論文は、ブッシュ政権が誕生した2000年の大統領選挙を前に、共和党のリチャード・アーミテージ(前国防次官)と、民主党のジョセフ・ナイ(元国防次官補、ハーバード大教授)らが中心となり、次の政権の対日政策の草案として超党派でまとめたもので、アメリカでは「アーミテージ・ナイ・レポート」(Armitage-Nye Report)と呼ばれている。

 この報告書は、アメリカを転換させた911やイラク戦争の前に書かれたものだ。911後、米政権内では「タカ派」が強くなり「国際協調派」であるアーミテージやナイの影響力は低下した観がある。それを考えると、911前に作られたアーミテージ・レポートは、もはや過去の文書とも思える。

 ところが日米の間で実際に起きていることを見ると、軍事問題に限るなら、このレポートで提案されている「沖縄の在日米軍を縮小すべき」「日米は、軍事施設の共用化や、訓練の合同化を進めるべき」「日米は、ミサイル防衛の分野で協力を深めるべき」といった事項は、今も貫かれ、実現されている。

(この論文の提案の中でも「日米共同でロシアの極東開発を支援すべきだ」といった外交面の提案などは、実現していない)

 日本人の多くは、このレポートに込められた戦略は「アメリカが日本を、従来の経済面だけでなく、軍事面でも、アメリカの好きなように使える下請け的存在に変え、アメリカのために日本が派兵する状態を作ろうとしている」というもので、日本に対米従属の永続を強いるものだと考えている。ところが私が読み解くところでは、この理解は間違いである。この論文には「日本はアメリカに従属するのではなく、対等な同盟関係に近づくべきだ」と書かれている。

 国際社会から「危険な国」とみなされていた敗戦後の日本は、軍事・外交の権限を持たせてもらえず、代わりにアメリカが日本に軍事駐留し、安全を保障してやっていた。しかし、この状態はアメリカの負担が大きい。もう日本を信頼しても良い時期に来ているので、アメリカは日本に軍事的・外交的な自由裁量を与え、防衛技能を日本に教えるための施設共用のプロセスを経たうえで、米軍は出ていくべきだ、というのがアーミテージ・レポートの精神であると読みとれる。

▼アメリカの外交負担軽減のための多極化

「しかし、それはあくまでも、日本が対米従属の態度を崩さない限り、という制限がついているのではないか」と考える人もいるかもしれない。ところがアーミテージの論文では、日本政府が1997年のアジア通貨危機の際、アメリカを含まない「アジア版IMF」を作る構想を打ち出したことを例に挙げつつ「アメリカは、日本が(日米2国間ではなく)多国間協調的な外交を展開することを、自国のアイデンティティとして重視していることを、理解し認めてやるべきだ」と書いている。

 論文執筆の中心人物の一人であるジョセフ・ナイは最近、アメリカ抜きの東アジア共同体を作ることを目指した、今年12月に開かれる「東アジア・サミット」について「アメリカの外交負担を軽減するために役立つので、アメリカは自国抜きのアジア共同体の出現を容認すべきだ」と書いている。(関連記事)

 アーミテージ・レポートの精神は「日本に対する対米従属の強化」「アメリカによる世界支配の強化」とは逆方向で、むしろ「アメリカだけが背負ってきた外交負担を分散できるバーデンシェアリングの利点があるので、ある程度、世界が多極化した方が良い」「アメリカの意向を気にせず、日本も自由に国際影響力を拡大してかまわない」という姿勢だと感じられる。

 冷戦後、アメリカは日本だけでなく、西欧諸国に対しても、大幅な自由裁量の拡大を認め、東西ドイツが統一してドイツが強国になることを容認し、西欧諸国が市場統合や通貨統合を進め、EUがアメリカに対抗できる勢力になることを黙認した。これらはいずれも、アメリカにとって自国の覇権の負担を軽減する意味があったと感じられる。EUはアメリカの容認を受けて覇権を拡大したが、対米従属の方が心地よい日本は、ほとんど姿勢を変えなかった。

▼日本の反中国は黙認しつつ米は親中国

「アジア版IMF」は日本の提唱である一方、「東アジア共同体」は中国が主導である。「アメリカは日本のことは信頼しているが、中国のことは信頼していないはずだ」と考える人が多いかもしれない。

 ここで、私が日本人の2つ目の誤解だと思っていることが表れてくる。日本人の多くは「アメリカは中国の台頭を許さないはずだ」と考えているが、私から見ると、それは間違いである。アメリカは、中国の台頭を黙認している。米政界に、反中国派が存在しているのは確かだが、レーガン、パパブッシュ、クリントン、息子ブッシュと、歴代の米政権は、中国の大国化を容認する方向に動き続けている。

 それなら、アメリカは小泉首相の靖国神社参拝に反対なのか、というと、そうでもない。アメリカは、自国は親中国の傾向を強める一方で、日本が反中国の姿勢をとることは容認している。アーミテージ・レポートでは、この件に関してただ一点「日本が尖閣諸島を含む自国領土を防衛することに、アメリカは協力することを再宣言すべきだ」と書いている。

 私はこの部分に「日本が尖閣諸島を自国領だと主張して中国との対立を激化させることを、アメリカは容認する」という意図があるのではないかと感じた。日本がアメリカに頼らない防衛力を持つために国内のナショナリズムを扇動する必要があるなら、尖閣でも靖国でも、何でも使って良いとアメリカは認めますよ、ということではないかと思う。

 日本では、今年2月の日米の「2+2協議」で、台湾海峡の問題を平和的に解決することが日米の共通目標であると初めて両国が表明したことをもって、日米が共同で中国を封じ込める姿勢を強めたと解釈されている。しかし2+2協議後、ライス国務長官が、台中対立の問題に対してアメリカは立場を変えていないと強調し、中国を刺激せぬよう配慮する姿勢を見せるなど、米側は「日本と組んで中国を封じ込める」という動きを採りたがっていないというメッセージを発した。(関連記事)

「日米が協力して中国を封じ込める」という構図作りは、憲法改定など米軍撤退に応じた新しい措置を行う必要がある日本政府が、日本国民を好戦的な方向に引っ張っていくために発したイメージ戦略(プロパガンダ)であろう。日本人の大多数は、これに乗せられている。台湾でも「独立派」の人々は、この新構図の登場に歓喜したが、その後、台湾上層部の人々は、この構図は幻影であって本物ではないと分かったらしく、陳水扁政権は、独立派からも統一派からも距離を置く中間路線を維持している。

「日米で中国と敵対する」というのと同様に「アメリカは日本に従属を求め続けている」というプロパガンダを発しているのも日本政府、特に外務省である。外務省は戦後、一貫して対米従属の外交だけをやってきたので、対米従属以外の国是に対応できない。「鎖国」だけをやってきたので、黒船が来ても「外交」ができなかった江戸幕府の家臣たちと同じである。

▼911で方針の大転換

 アーミテージ・レポートは日本に対米従属を要求していないが、日本が親米を貫く続く前提で書かれていることは確かである。レポートは「日米関係を米英関係のようにすることが目標だ」と書かれている。

 冷戦後のアメリカは、日本や西欧が親米国であり続けることを前提に、親米の先進国がG7などの場に集まり、集団的に世界を統治し、外交や軍事の負担も分散するという「国際協調戦略」を採っていた。アメリカは「人権」「民主」「環境」など、人類にとって普遍的な権利とされるキーワードを使い、それを守るといううたい文句で、日欧など先進諸国を束ねようとした。

 だがこの方針は、2001年の911事件から03年のイラク侵攻にかけて、ブッシュ政権が掲げた「単独覇権主義」に取って代わられた。「アメリカは世界最強なのだから、単独で世界を動かせる。どこの国とも同盟関係を結ぶ必要はない。反逆する国は、アメリカ単独で先制攻撃して潰す」というのが新方針となった。

 この新方針は世界を驚かせ、独仏などは反米傾向を強めたが、外務省など日本政府は「対米従属でない国は潰される時代が来たのだ」「われわれの方針に間違いはなかった」と考えたようだ。ところがその後アメリカは、短期間に快勝できるはずのイラク侵攻が泥沼化し、軍事力と財政力を浪費したうえ、開戦事由としたイラクの大量破壊兵器について米高官たちがウソをついていたことが明らかになり、国際的な信用も失ってしまった。

 さらに奇怪なことに、ブッシュ政権は、イラク戦争の失敗が露呈した後も単独覇権主義的な態度を変えず、イランやシリア、キューバなどを攻撃する姿勢をとり続けた。その結果、欧州諸国との関係は回復せず、国際協調体制は失われたままとなっている。

 その一方でアメリカは、中国やロシアといった、アメリカが親しみを感じないはずの国々が台頭することを容認した。北朝鮮問題を中国に任せた結果、朝鮮半島はアメリカの覇権下から中国の覇権下に移った。アメリカは、中央アジアで人権問題を振りかざしすぎた結果、ウズベキスタンなどが親ロシアに寝返り、米軍基地を追い出した。アメリカは、ロシアでエリツィン時代に強かった親米のオリガルヒ(新興大資本家)が、プーチンの時代になって潰されるのを黙認した。(関連記事)

 中国やロシアは、イランやベネズエラといった反米の国々とも親交を深め、アメリカ抜きの緩やかな世界同盟体(非米同盟)ができ、アメリカから覇権を奪っている。

▼先進国に失望し反米諸国に覇権を分散する

 ブッシュ政権は、非米同盟の勃興を黙認しており、政権中枢のネオコンの人々らは、泥沼化すると分かっていてイラクに侵攻し、侵攻後もわざとイラク人を怒らせる戦略が採られていた。このことから私は、米中枢には、イラクをわざと失敗させ、従来はアメリカだけが持っていた覇権を世界に分散させるという秘密の作戦を行った人々(多極主義者)がいるのではないか、と考えるようになった。アメリカは「単独覇権主義」を掲げたことによって、多極主義を実現したのである。

 911以前の国際協調主義と、イラク泥沼化後の隠然的な多極主義とは、実は似ているところがある。国際協調主義は、冷戦終結直後にアメリカが単独で持っていた世界覇権を、西欧などの親米の先進諸国に分散させるものだった。一方、多極主義は、覇権を反米(非米)の諸大国に分散させるものである。

 国際協調主義の限界は、日本の存在に象徴的に表れている。アメリカから「覇権をあげよう」と誘われても「要りません」という国が多いのである。これでは、覇権分散の見返りとして負担の分散を実現しようとしていたアメリカは、困ってしまう。このことは、以前の記事「行き詰まる覇権のババ抜き」と「アジアでも米中の覇権のババ抜き」に書いた。

 日欧やカナダ、オーストラリアなどの先進国は、いずれも親米なのでアメリカに頼る傾向が強いのに対し、ロシア、中国、ブラジル、イラン、ベネズエラといった、反米の立場に置かれている国々は、各時代の政権によって差はあるものの「アメリカには頼れない」「頼りたくない」と考える傾向が強い。これらの国々は、アメリカと対峙してきただけに、アメリカが退却したらその分、前に出ることが必要だと考えている。

 国際協調主義によって、先進国の間で覇権を分散しようとした米中枢の人々は、これがうまくいかないと判断した結果、911からイラク戦争にかけての一連の出来事を活用し、反米諸国の間に覇権を分散させることにしたのではないか、もしくは独仏やサウジアラビアなどの親米国を怒らせて反米に転じさせ、それらの国々が覇権を求めるように仕掛けたのではないか、というのが私の推論である。

 そして、アメリカが覇権を分散したかった理由は、1980年代以来の世界的な経済民営化の結果、覇権が経済利益に結びつかなくなったからであると考える。(関連記事)

▼黒幕は誰か

 この考えに基づくと、アメリカ中枢の国際協調主義者と多極主義者、単独覇権主義者は、対立し合っているのではなく、同じ勢力が方針を転換したり、作戦の一部として演技をしていたのではないかと思われてくる。国際協調主義者だった人々は、戦略がうまく行かないと判断し、多極主義に移行し、その際の戦術として「単独覇権主義」を振りかざしたのではないか、と思われる。

 この勢力は、アメリカを中枢で動かしている人々であるが、ブッシュ大統領が自覚的にこの戦略転換に参加していたとは考えにくい。彼は、使われて踊らされているだけだろう。ネオコン諸氏の中にも、意識的な参加者と、「イスラエルのために」などと信じて参加して騙された人の両方がいそうだ。チェイニー副大統領やラムズフェルド国防長官は、軍事産業などの利益代理人の色彩が強く、これまた業界のために動いたつもりが、多極主義者の自滅作戦に使われる結果になったのではないか。

 真の黒幕が誰か、というのはまだ確定しにくいが、一つの推測としては、キッシンジャー元国務長官らの一派、ロックフェラー財閥、そしてイギリスのロスチャイルド財閥などという、ひとかたまりの勢力が、欧米の大資本家たちの利益を代弁するかたちで、この転換を思いついたのではないか、と考えることができる。

 あまり推論を広げると「貴殿こそアメリカの戦略を誤解している」というメールが意地悪な読者から届きそうなのでこのへんで止めるが、ほぼ間違いなく言えることは、今のアメリカは、日本に従属を求めていないし、中国包囲網を強化する方向にもないということだ。これらは、多くの日本人が思い込んでいる誤解である。

田中宇の国際ニュース解説
http://tanakanews.com/f1129japan.htm
プロフィール

sophio・scorpio

  • Author:sophio・scorpio
  • 2004年(平成16年)9月23日、ブログ上で、ODAウォッチャーズ氏(ブログ『海舌』)と遭遇して、新しい理論、不連続的差異論が誕生しました。まったく思いもよらぬ出来事でしたが、この結果、独創的な理論が生まれたと自負しています。とても簡潔な理論ですが、文系、理系の分化を乗り越えた統一的理論で、多くの分野・領域に適用可能だと考えられます。
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