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2013年10月08日 (05:29)

PS理論批判:物質世界を数学観念的に記述する理論で、物質を越えた氣の世界を無視している

今、太陰氣学の世界が明瞭になってきて、長い間携わってきたPS理論の誤りがはっきりとした。
 それは、物質的世界を数学的観念を用いて、説明するものであり、物質を越えた氣の世界を否定したものであり、基本的には、唯物論的理論ということができるのである。
 確かに、初期PS理論は超簡潔ですごい切れ味ではあった。即ち、自己認識方程式があったが、

凸i*凹i⇒+1

というものである。ガウス平面を使って、これで、森羅万象を説明しようとしたのである。
 これは、近似値的には、陰陽論の数式化である。
 しかし、根源の太極を説明しようとすると、混乱するのである。そこで、私は混迷したのである。
 その結果、PS理論から脱出して、独り歩きを初めて、太陰氣学に到達したのであった。
 別の角度から見ると、PS理論は不連続的差異論の発展として考えられたものであり、対の共振性という考えは、意味深いものである。
 しかしながら、不連続的差異のもつ根源性が凹iではまったく説明できないのであった。そう、不連続的差異が凹iなのかMP(メディア・ポイント:つまり、ガウス平面の原点に相当する)なのか、不明確であったのである。
 不連続的差異を十分に発展できなかったのが、PS理論の大きな欠点の一つである。


追記:「海舌」氏がPS理論の主導的な開発者であるが、結局、私と「海舌」氏では根本的なイメージが異なっていたと言えよう。「海舌」氏は物理学のイメージで不連続的差異やPS理論を把握しようとしていたが、私にとっては、心身現象が母体であり、不連続的差異とは肚であり、また、PS理論の対とは、自我と肚の対であったのであり、このイメージの根本的違いが、私のPS理論からの離脱・脱出をもたらしたと言えよう。
 そう、根源を探すと、PS理論は答えを出せないのである。つまり、太極を求めようとすると、混乱したのであった。
 私は今や、太陰氣学の立場で、根源が太陰(肚)ないし太陰玄氣にあるとして、明快である。

追記2:もう少し丁寧に説明すると、自己認識方程式


凸i*凹i⇒+1

において、私は凸iを陽、凹iを陰、そして、*を陰陽共振と見ていたのである。+1の解釈が問題であった。
 それを物質と取るのか、光と取るのか、それとも氣と取るのか、難航した。
 思うに、本来は自己認識方程式であるから、+1は自己であり、自己認識である。自我凸iと不連続的差異凹iが共振(即非共振)する存在として、自己+1が存するという考えである。それは、表面的には整合性のあるものである。(しかし、不連続的差異を凹iとするのは、問題があるように、思う。この点は再度検討したい。)
 しかし、自己認識から現象一般に展開させると問題が生じたのである。
 私は左辺は陰陽次元であるから、いわば、超越性の世界、超越界である。
 しかし、「海舌」氏の場合は、認識と取ったのである。それも、凸iの陽が主要となる認識である。私も一旦は、そのように考えていたのであり、不連続的差異凹iを従属的に考えていた。しかし、不連続的差異自体に凸iとは異なる認識があるのであり、その特殊な認識をPS理論は見なかったのである。対称的に凸iと凹iを見ていたのである。両者の非対称性を見ていなかったのである。
 とまれ、自己認識方程式に関して、私は陰陽次元、超越的に見ていたが、「海舌」氏は、物質世界の認識として、捉えていたと思う。そこには乖離があるのである。私は氣の次元で考えていたが、「海舌」氏は、物質に対する認識(数学的形式観念)の次元で考えていたと考えられるのである。
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