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2015年01月26日 (11:03)

思考実験:陰陽振動と物質振動の差異:何故、原子力は生命自然に危険なのか:付天皇制論

画像等は以下を見られたい。
http://ameblo.jp/neomanichaeism/entry-11981750702.html

思考実験:陰陽振動と物質振動の差異:何故、原子力は生命自然に危険なのか:付天皇制論

テーマ:PS陰陽論:ガウス平面と陰陽論の統合

最近は、『日本書紀』読解に関っていて、理論的考察をしていない。久しぶりに行ないたい。
 
            凸i陽
             |
             |
             |
             |
             |
-1地______MP______+1天
(重力)         |          (光)
             |
             |
             |
             |
            凹i陰


         陰陽ガウス平面

(尚、MPはMedia Pointであり、原点・交点・次元転換点等である)

虚軸に陰陽極を置いている。陰と陽が共振し、そこから、生命が生まれる。氣的生命である。
 そして、それは、実軸において、現象するのである。
+1が天の方向であり、それは、植物の芽や枝葉が伸びる方向であり、-1が地の方向であり、植物の根が伸びる方向と考える。
 つまり、生命現象(この場合植物)は、陰陽振動=氣をもって、発現しているということになるのである。
 陰陽方程式では、凹i*凸i⇒±1となる。
 しかしながら、物質科学は、実軸の物質現象だけに限定して、虚軸の陰陽氣は無視しているのである。
 そして、ミクロ的に物質現象の原子をとり出すわけであるが、それは、電子が+1で、原子核が-1であろう。
とまれ、物質現象において、+1と-1の相互作用があると考えられる。それを対極性と呼んでいいのか、問題である。
 両者に反発力はあると考えられる。あるいは、相互否定力である。
 しかし、牽引力はあるのだろうか。原子における原子核と電子の電荷を見れば、それは考えられる。
 そうすると、±1は、物質的対極性があるということになろう。
これは、陰陽対極性とは区別されなくてならない。
 さて、生命は陰陽振動、陰陽エネルギーをベースにしているのであるが、単なる物質は物質振動(±1の振動)をベースにしているのである。両者に明確な質的差異(絶対的差異)があるのである。
 陰陽振動があれば、生命に通じる。しかしながら、物質振動は、即、生命に通じているわけではない。
 勿論、陰陽振動は氣的物質振動をもつが、それ自体、純粋な物質振動ではない。
 物質振動とは、物質自体のもつ振動であり、必ずしも生命に通じるとは言えないのである。
 そして、原子力の場合、物質振動を利用して、本来、自然現象には存在しない原子を作り出すのであるが、その原子振動は、生命の物質振動を破壊するものと考えられるのである。
 何故なら、生命の物質振動は、自然的物質振動であり、反自然的物質振動である原子振動をポジティブに受容できないと考えられるからである。
 つまり、原子力とは自然の鬼っ子なのである。鬼っ子とはまだ美称である。
 自然の悪魔っ子である。
 以上が思考実験ながらも、私の原子力科学批判である。

 次に、天皇制について考察する。
陰陽ガウス平面を変形する。

            凸i陽
             |
           Ⅰ _
           Ⅱ _
           Ⅲ _
             |
             |
-1地______SS______+1天
(重力)         |          (光)
             |
             1_
             2_
             3_
             |
             |
            凹i陰


         陰陽ガウス平面

(尚、SSはSpritual Sun霊的太陽であり、Ⅰ、Ⅱ、Ⅲが地球より外側の太陽系の惑星、つまり、火星、木星、土星である。(尚、シュタイナーに倣って、天王星、海王星は外している。冥王星は今は、太陽系外の惑星である)
 そして、1、2、3は地球より内側の惑星である。即ち、月、金星、水星である。
 そして、太陽は+1であり、地球は-1である。
 因みに、虚軸の陽軸に三つのバー、陰軸に三つのバーがあるが、これは、易の陽における三種類の爻、陰における三種類の爻に倣ってもいる。


http://www.keisho.server-shared.com/qa.html )

さて、天皇制であるが、これは、太陽神を受容する天皇が統治する政体である。
 では、太陽神ないし太陽霊とは何かと言うと、上図のSS(スピリチュアル・サン、霊的太陽)である。
 そして、シュタイナーの霊的科学では、太陽霊とはキリストのことである。
 そうすると、天皇制とは、キリスト的政体であるということになるのである。
 コスモスの基である太陽霊=キリストに基づく政体ということになるのである。宇宙的政体なのである。
 私は天皇陛下のオーラは太陽霊ではないかと思うのである。

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りょうへいかおおてふり

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天皇陛下81歳の誕生日 会見全文
http://www3.nhk.or.jp/news/html/20141223/k10014209511000.html

http://migigimi.blog.fc2.com/blog-entry-657.html

かけだし鬼女の 今が日本の一大事! ~よければ一緒に凸しよう!~

追記:『日本書紀』読解は以下を見られたい。
http://ameblo.jp/neomanichaeism/theme-10056900602.html
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2015年01月13日 (00:58)

大反動的父権文明(悪の跳梁跋扈)と創造的新陰陽調和文明

大反動的父権文明(悪の跳梁跋扈)と創造的新陰陽調和文明

テーマ:脱欧入亜:ポスト欧米文明:新東洋文明回帰

今日の文明転換的力学であるが、当然、簡単、単純には事は進まない。
 父権西洋文明の大反動(悪魔的暴力)が為されるはずである。それに対して、新しい陰陽調和による精神・物質世界が構築されていくはずである。
 悪魔人と神人の闘いとも言える。
 物質主義的世界観に慣れている人は、悪魔人と神人と云うと引いてしまうだろう。しかし、次元を上げると、それは、すぐわかるのである。
 大反動とは、陽自我の極大化と考えられる。そこでは、精神・霊・こころは否定され、物質や同一性(資本・貨幣)がもっとも重要なものになり、他者は否定されるのである。倒錯の世界であるが、事実である。
 そして、神人の世界とは、抑圧されてきた陰陽バランスの精神が新生する世界である。
 新しい宗教の時代とも言えるが、もはや、信仰としての宗教ではなく、感性・精神・生命としての宗教である。
 思うに、神道は氣の宗教として復活するだろう。

追記:以下のロレンスの『アポカリプス』における「弱者」とは何だろう。それは、精神的弱者であり、経済的弱者ではない。「抑圧が生んだ、歪んだ自尊と復讐の書といわれる。自らを不当に迫害されていると考える弱者の、歪曲された優越意思と劣等感とを示す」とあるが、ユダヤ民族はそのように感じるのではないだろうか。確かに、抑圧されてきたのである。シェイクスピアの『ヴェニスの商人』を参照されたい。
 「歪んだ自尊と復讐」とあるが、確かに抑圧されれば、誰もそのような要素を大なり小なりもつだろう。
 問題はこのネガティブな情動を、積極的な精神によって乗り越えることであろう。
 私見では、陰陽調和の自然・宇宙的大生命の氣の流入によって、創造・構築的になるべきなのである。それは、浄化である。
 陰陽調和の精神=こころが開けない場合、「歪んだ自尊と復讐」が現実化されよう。それは、悪事、犯罪、戦争等になろう。
 陰陽均衡の中点(つまり、こころ=精神=心臓的精神)が開けていない場合、陽自我は、反動で悪魔化するだろう。
 

参考:

黙示録論 (ちくま学芸文庫)/筑摩書房
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内容(「BOOK」データベースより)
ロレンス畢生の論考にして20世紀の名著。「黙示録」は抑圧が生んだ、歪んだ自尊と復讐の書といわれる。自らを不当に迫害されていると考える弱者の、歪曲された優越意思と劣等感とを示すこの書は、西欧世界で長く人々の支配慾と権力慾を支えてきた。人には純粋な愛を求める個人的側面のほかに、つねに支配し支配される慾望を秘めた集団的側面があり、黙示録は、愛を説く新約聖書に密かに忍びこんでそれにこたえた、と著者は言う。この隠喩に満ちた晦渋な書を読み解き、現代人が他者を愛することの困難とその克服を切実に問う。巻頭に福田恒存「ロレンスの黙示録について」を収録。

著者略歴 (「BOOK著者紹介情報」より)
ロレンス,D.H.
1885‐1930年。イギリスの小説家、詩人。炭坑夫の息子に生まれ、苦学して大学を卒業、教師となる。11年、処女小説「白孔雀」を出版。大学時代の師の妻と恋に落ち大陸に駆け落ちしたが、のち帰国して結婚。第一次世界大戦後再び祖国を去り、晩年を放浪に送る。南仏ヴァンスで歿。「チャタレイ夫人の恋人」「息子と恋人」など多くの小説を残した

福田/恒存
1912‐94年。東大英文科卒業後、雑誌編集者、大学講師などを経て文筆活動に入る。戯曲、評論など著書・訳書多数(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)

2015年01月02日 (00:06)

祝新年!:アマテラス父権民族(天族)とスサノヲ母権民族(地族):アポロとディオニュソス:宇宙と地球(大地)


リンク等は以下を見られたい。
http://ameblo.jp/neomanichaeism/entry-11971838303.html

アマテラス父権民族(天族)とスサノヲ母権民族(地族):アポロとディオニュソス:宇宙と地球(大地)

テーマ:二つの日本民族:母権と父権:日本古代史

『日本書紀』はスリリング、エキサイティング、刺激的に面白い。
 アマテラス民族は天族(父権民族)であり、スサノヲ(又はオホアナノムチノミコト)民族は地族(母権民族)である。
天族は、いかにも超越的である。地族は、大地的である。
 しかし、『日本書紀』では、前者が当然、優位で、後者が劣位なのである。二項対立が成立しているのである。
 しかし、ジョーゼフ・キャンベル的神話学(以下、J.C神話学)の視点から見ると、実質においては、後者が劣位ということはないのである。『日本書紀』は征服民族のイデオロギー書であるから、地族を貶めて書いてあると考えられるのである。
 思うに、この天地二項対立イデオロギーが今日でも続いていると思うのである。
 ポスト構造主義は二項対立批判を行なったが、完全ではなかった。
 思うに、シュタイナー精神科学的に見ると、天族は逆に、物質に作用する力で、地族は、精神に作用する力を意味するのではないだろうか。
 シュタイナーは植物と人間は垂直性において真逆であると述べている。
 植物における天への志向は、人間では地への志向となるのである。また、その逆でもある。
 だから、天族は、逆に物質的作用の力で、地族は精神的作用の力だと思う。
 結局、今は、予備考察的に予見するが、日本文化において、天族が支配したため、物質的作用力が強化され、精神的作用力が弱化したと思われるのである。
 日本人にとり、大地の力とは、真の天の力、精神の力なのである。日本人が原発地獄に陥ったのは、この点を認識していないからであろう。天族の物質主義に傾斜して、地族の精神主義を排除しているのである。
 とまれ、『日本書紀』を逆に読むことを奨めたい。

追記:以上は作業仮説である。

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日本書紀 - Wikipedia
ja.wikipedia.org/wiki/日本書紀


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付属 ...


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シュタイナー「精神科学と医学」
https://r5.quicca.com/~steiner/novalisnova/steiner/.../Medizin.html


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この「精神科学と医学」は、シュタイナーの医学に関する基本的な考え方を深く知るため
に不可欠なテキストです。医学を専門とする方だけでなく、人間の身体というものを自然
との関わりで神秘学的に本当に深く認識したい方にとっても多くの実りを与えてくれると
思 ...





スサノヲと出雲神話:倭母権神話と朝鮮

テーマ:二つの日本民族:母権と父権:日本古代史

『日本書紀』を読み続け、神代上まで読了。
 先に、イザナミ/スサノヲ路線は母権神話ではないかと提起した。
 そして、スサノヲと出雲神話が深い関係にあることがわかり、出雲神話は母権神話ではないかと思った。
 イザナギ/アマテラス路線が父権神話であり、それは、大和朝廷に通じるのであり、それに対抗するものに出雲神話=母権神話があると思うのである。
 また、スサノヲは、オオアナムチノミコト、オオクニヌシノミコト等に関係するのであり、それはいかにも母権神話的ニュアンスが感じられるのである。私は『古事記』を読んだとき、大国主命のもつ父性に強く共感をもったが、それは、父権的父性ではなく、母権的父性と言えよう。
 また、スサノヲは、朝鮮とも関係するのである。やはり、なにか、扶余との関係を想起するのである。
 どうも、扶余・百済と出雲は関係するのではないだろうか。両者、母権文化である。
 また、推測で言えば、国譲りとは、実際は、支配ではなかっただろうか。父権民族が母権民族を支配したのではないだろうか。
 母権国を簒奪したのではないだろうか。そう、端的に、父権民族が母権民族を侵略したと思うのである。
 とまれ、これまで見えなかった母権神話領域が見えてきた。
 最後に一つ、八岐大蛇退治であるが、それは、西洋神話では、龍退治である。
 しかし、スサノヲを母権神話の英雄とすると、龍は殺さないはずである。龍退治をするのは、父権神話においてである。
 つまり、スサノヲは父権神話(アマテラス神話)に利用されているのではないだろうか。

追記:『日本書紀』では、スサノヲは新羅に降ったことになっている。新羅はどうも、父権民族に関係すると思うのである。
 そうすると、作者は、母権神話のスサノヲを、強引に父権神話に結びつけたかったのではないだろうか。

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出雲神話
www.geocities.co.jp/SilkRoad-Desert/8918/izumosinwa.html


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出雲神話. 天照大神が復帰したことにより高天原にその秩序が回復しますが、神々は天
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国引き神話 出雲国風土記
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新羅の国の余りを、国来!国来!と引き寄せ流されないように引綱を佐比賣山につなぎ
留め、さらに3回国の余りを引き寄せて新しい出雲の国ができました.





『日本書記』:やはり、父権民族が母権民族を支配するイデオロギー神話ではないだろうか

テーマ:二つの日本民族:母権と父権:日本古代史

今、『日本書紀』の神代の巻を読んでいるが、イザナミ、スサノヲ(面倒なので、神名はカタカナで表記する)がとても悪く書かれているのである。なにか生々しいというか毒々しいのである。
 スサノヲは本当に邪悪という感じであり、少し、これは、邪神ではないかと思ってしまった。
 また、イザナミの黄泉の國に行き、それを夫のイザナギが探しに行き、そこで見たイザナミがきわめて、悪しく、穢く描かれている。非常におぞましい様子である。
 しかるに、イザナギやアマテラスはきれいに描かれている。ツクヨミもそうである。
 神話を批判的に読むことに慣れていない人なら、以上を真に受けてしまうだろう。
 しかし、私は神話学者ジョーゼフ・キャンベルの主著全4巻を読んでいるし、翻訳も多数読んでいるので、それなりに神話の読み方を学んでいるのである。

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 古代神話は、母権神話と父権神話の争闘と見るのが、いいのである。
 このテーゼを『日本書紀』に当てはめると、以上の視点は逆になるのである。
 母権神話がイザナミ/スサノヲ路線であり、父権神話がイザナギ/アマテラス路線だと推察できるのである。
 母権民族の倭国に侵入した父権民族が、正反対に書いたのが、『日本書記』ではないかと思うのである。前者を貶めて、後者を賛美するのである。どうもそう思えてきたのである。
 問題は、「侵略」した父権民族である。これは、何か。騎馬民族か?
 私の直観では意外に、失われたユダヤの十支族を含んだ遊牧的民族である。
 飯山一郎「大博士」は、ツングース民族を見ているが、ツングース民族は私見では、遊牧民族であるが、母権民族だと思う。
 そう、意外に弥生民族を従えたユダヤ民族ではないかというイメージが浮ぶのである。そうすると、『日本書紀』の稲作文化性と好戦性が説明できると考えられるのである。 
 とまれ、面白くなった。読み続けよう。

追記:弥生民族を従えたユダヤ民族と言ったが、もう少し丁寧に言うと、弥生民族を従えた中国系父権遊牧民族且つユダヤ民族ではないだろうか。
 では、ツングース族はどうなるだろうか。これが微妙である。
私見では、彼らは、太陽信仰をもっていて、それが母権天皇文化になるのである。
 それに対して、中国系父権遊牧民族/ユダヤ民族の父権的太陽信仰があり、両者が『日本書紀』で混淆するのであるが、主体は、後者であり、前者は利用されていると見るのである。

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J人父権自我は超一神教自我だろう:自我は自己の正当な拠り所をどこにもつのか

テーマ:二つの日本民族:母権と父権:日本古代史

現代J人の異常さ・狂気であるが、それは、自我主義であることから来ていると考えられる。
 自我とは、陽であり、同一性であり、二項対立主義であり、他者の陰を否定するものである。
 つまり、自我VS自我となり、戦争状態なのである。ホッブズの万人の万人に対する戦争ということである。
 自我は自我を自我の正当さの拠り所にすると考えられる。つまり、独善なのである。自己は正しいという僭越さ、先入観、独断、妄想、傲慢等々があるのである。
 某国の腫症は超典型である。
 ここには、他者との対話関係が生じないのである。二項対立原理で、自己は正しく、他者は誤りであるという優劣二元論が作用するのである。 
 思うに、一神教の場合は、自我を超えた、超越神・唯一神が存するのであるから、それが、正当さの根拠になるから、まったくの自我独善とはならないだろう。 
 しかるには、J人の場合は、一神教ではないので、超越神・唯一神に当たるものが、自我に内在すると思うのである。
すると、これは、超一神教・超唯一神となるのではないだろうか。
 J人の一人一人が、超超越神、超唯一神になっているのである。これでは、超異常・超狂気にならない方がおかしいだろう。
 今は簡単な指摘に留める。





こころ=精神=氣=霊(スピリット:der Geist)

テーマ:唯物科学から物質包摂の氣サイエンスへ

多忙なので、後で検討したい。
 ところで、だんだん、私の内的世界における結構が見えてきた。こころ(心ではない)は精神であり、それは、氣であり、また、霊・スピリットである。
 霊・スピリットというと、普通、引いてしまうが、何て言うことはない、自分の内面に端的にあるものなのである。
 こころ(ココロ)は、胸というか、心臓にあると思う。英語のheartは的確である。フランス語のcoeurもそうだ。古い言い方では、心の臓である。
 こころ=精神=氣=霊・スピリットである。どうして、こんな簡単なことがわからなかったのだろうか。
 それは、近代の主知主義、近代合理主義、唯物論、利己主義に囚われていたからである。
 そう、ベースに肚があり、トップに頭があり、中間に均衡部として、こころがあるのである。こころで、バランスを取るのである。
 もちろん、健康のためには、これに身体理性をもつ必要があるのであるが。
 今は簡単な説明に留める。

追記:ロマン主義は、heartの中心的意義を、reasonに対して、唱えた。しかし、これは、二項対立である。
 そうではないのである。こころを中間点として、頭と肚の均衡を取ることが重要なのである。こころと理性は対立させてはいけないのである。
 だから、ロマン主義は、肯定的な面と反動的な両面をもっていたと言えよう。
 そう、肚のベースに気付かないと、heartとreasonは対立するのである。
 肚とは、陰であり、頭は陽であり、こころは、太極的均衡点なのである。

追記2:魂であるが、それは、こころに近いがこころのより情的な側面、つまり、こころの陰的側面を指すと言っていいだろう。

2014年12月19日 (11:18)

初めに、陰陽有ありき:陰陽有は太極とともにありき:陰陽存在、陰陽存体、陰陽在、陰陽存有、等

画像は以下を見られたい。
http://ameblo.jp/neomanichaeism/theme-10035786636.html


初めに、陰陽有ありき:陰陽有は太極とともにありき:陰陽存在、陰陽存体、陰陽在、陰陽存有、等

テーマ:陰陽哲理学

シュタイナーの『精神科学と医学』を読み続けている。
 シュタイナー医学に関するもっとも統一的テキストであると思う。
 とまれ、先に指摘したように、シュタイナーは対極性ないし両極性の観念をもっているが、陰陽については知らないようなのだ。(ハイデッガーもそうだった。)
 植物存在において、根が地球の方向、つまり、重力と関係し、芽や葉や花が天の方向、光と関係し、重力と光は闘争関係にあると述べている。
 PS陰陽哲理学から見ると、天への志向は⇒+1であり、地への志向は⇒-1である。
 そして、前者は陰が主導となって陽と共鳴した状態から生まれると見るのである。陰陽調和である。
 しかるに、後者は陽が主導となって、陰をいわば同一性化=物質化することに関係すると思われるのである。
 しかし、問題は、物質化が植物存在全体に関係することである。思うに、物質と光は対極的作用をすると考えられる。ただし、これは、陰陽極性ではないと思う。しかし、比喩的には、物質を陰、光を陽とは言えよう。
 以上は一つの作業仮説である。
 しかるに、⇒+1が、螺旋的に発現して、植物的有機体を形成するということもありえるのではないだろうか。
 それは、根の植物的有機体とは異質になるのである。
 このように考えると、⇒-1が全体を覆うというような説明が難しい考えをとらないで済む。
 とまれ、シュタイナー医学はPS陰陽哲理学と通じるものがある。⇒+1は天、⇒-1は地である。
 しかし、シュタイナーの視点では、人間の場合、天に当たるのは、内臓、下部人間であり、地に当たるのは、頭脳、上部人間である。植物存在とは逆さまである。
 シュタイナー医学は実に意義深いが、エーテル=氣を陰陽としての対極性と見ていない。
 陰の氣と陽の氣と極性化することで、天地的極性の発生力学が見えてくると考えられるのである。
 シュタイナーの人体の三分節化論であるが、神経ー感覚系、循環系、新陳代謝系に分れるが、第一の系は、⇒-1、第三の系は、⇒+1、第二の系は、両者の均衡の系であり、MP(Media Point)、原点・交点と考えられる。
 そう、第三の系には、一元としての太極も作用しよう。
 D. H. ロレンスの王冠論から言えば、「獅子」・「父」・「闇」は、⇒-1、「一角獣」・「子」・「光」は⇒+1で、「王冠」・「聖霊」・「薄明」はMPないし太極であろう。
 今は余裕がないので、さらに詳述できない。

追記:陰陽(氣)ないしハイデッガーの存在とは、端的に言えば、何かと言えば、それは、超存在であろう。先に原存在としたが、超存在の方がわかりやすい。


        陽凸i
         |
         |
         |
         |
地-1___________MP_______________天+1
         |
         |
         |
         |
        陰凹i

     陰陽ガウス平面  
        

1.
シュタイナー「精神科学と医学」
https://r5.quicca.com/~steiner/novalisnova/steiner/.../Medizin.html


* キャッシュ
この「精神科学と医学」は、シュタイナーの医学に関する基本的な考え方を深く知るため
に不可欠なテキストです。医学を専門とする方だけでなく、人間の身体というものを自然
との関わりで神秘学的に本当に深く認識したい方にとっても多くの実りを与えてくれると
思 ...
2. [PDF]
精神科学と医学
https://r5.quicca.com/~steiner/novalisnova/steiner/pdf/medizin.pdf
ルドルフ・シュタイナー. (GA312) yucca 訳. 神秘学遊戯団発行. 精神科学と医学 ....
ついては皆さんにもご同意いただけると思いますが、医学の分野における、真の、将来
確実な活動は、医学的研究そ. のものの改革に関わっていると言えるからです。一度の
講座 ...





知性(悟性)と理性の違いについて

テーマ:陰陽哲理学

思うに、知性と理性の違いを明快に説明できる人は少ないのではないだろうか。
 本件を再度説明してみたい。
今は余裕がないので、一言いうに留める。
 知性とは、端的に、自我、陽自我のもつ機能である。これは、男性が得意な領域であるが、自我と結びつくので、利己主義的なのである。
 では、理性とは、これは、ratio(比率、比例)であるが、それは間違いだと思う。ドイツ語のVernunftの方が適切だと思う。
 端的に、私見を言うと、理性とは、知性と感性の両面を併せ持った精神性である。これは、こころの機能である。ただし、こころが陶冶されているとは限らない。
 そう、先に、古代ギリシアの文化について述べたが、父権的知性とは、古代ギリシアの場合は、理性と見るべきである。母権的こころを内包した知性であり、それは、単なる知性ではないのである。





今年発見したハイデッガー存在哲学とシュタイナーの『精神科学と医学』

テーマ:陰陽哲理学

繰り返すことになるが、今年の発見はタイトルにある通りである。
 ハイデッガー哲学は、いわゆる主著の『存在と時間』

存在と時間〈1〉 (中公クラシックス)/中央公論新社
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より、後期のもの(1930年代後半以降)がいい。
それで、「存在」が感得されるようになろう。
 ハイデッガーの「存在」は、いわゆる、普通の存在ではない。通常の存在は、ハイデッガーの言葉では、「存在するもの」である。
 思うに、わかりやすくするため、ハイデッガーの存在を原存在と呼ぶといい。そして、原存在とは、私見では、陰陽(氣)なのである。
 思うに、前ソクラテス期の哲学者は、氣ないしエーテル体を捉えていたと思う。しかし、それが、その後、知性主導の精神によって失われていったと思われる。
 私は古代ギリシアとは、東洋と西洋の結合によって形成されたと考えている。つまり、東洋的母権文化を土台にして、西洋的父権文化が上部構造として構築されたと考えている。これは、私の独断ではなく、神話学者ジョウゼフ・キャンベルの視点である。

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 土台・基底にあった東洋的母権文化、有り体に言えば、氣の文化が、父権的視点によって、見えにくくされていき、ついには、同一性的視点が優位になっていったと思う。(補足:わかりやすく言えば、基底の東洋的母権文化の氣を父権的知性によって捉えようとする哲理学がギリシア哲学、とりわけ、前ソクラテス期の哲学であると考えられるのである。ヘラクレイトスの対極的闘争の哲学は、陰陽論的である。)
 そして、ハイデッガー哲学は、この東洋母権文化、氣の文化を、存在として剔抉したと考えられるのである。
 とまれ、ハイデッガー哲学はまるで、古代ギリシア人が現代において語っているようである。
 さて、次に、本件の後者であるが、これは今、読み続けているが、たいへんな傑作である。語り口が、シュタイナー節で、晦渋ではあるが、とても内容が整理されていると思う。
 第4章の植物的なものから、思考力を形成するという視点は実にスリリングである。
 今は詳述できないが、PS陰陽学、というか、陰陽哲理学にハイデッガーとシュタイナーの視点を組み込むことで、より十全な視野が開けよう。
 また、先に言ったように、D. H. ロレンスの文学ー哲学も、組み込むと、文学芸術のヴィジョンを帯びることができる。
 

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追記:デリダのハイデッガー論も興味深い。少し、かじってみた。

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シュタイナー「精神科学と医学」
https://r5.quicca.com/~steiner/novalisnova/steiner/.../Medizin.html


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この「精神科学と医学」は、シュタイナーの医学に関する基本的な考え方を深く知るため
に不可欠なテキストです。医学を専門とする方だけでなく、人間の身体というものを自然
との関わりで神秘学的に本当に深く認識したい方にとっても多くの実りを与えてくれると
思 ...
精神科学と医学 - Bekkoame
www.bekkoame.ne.jp/~topos/steiner/medizin/medizin-yoko.pdf
ルドルフ・シュタイナー. (GA312) yucca 訳. 神秘学遊戯団発行. 精神科学と医学 ....
ついては皆さんにもご同意いただけると思いますが、医学の分野における、真の、将来
確実な活動は、医学的研究そ. のものの改革に関わっていると言えるからです。一度の
講座 ...
174シュタイナー医学に関する参照文献等概観 - Bekkoame
www.bekkoame.ne.jp/~topos/steiner/note/S...-/S-note174.html


* キャッシュ

シュタイナーの医学に関するイタ・ヴェークマンとの共著『アントロポゾフィー医学の本質』
(GA27)が、翻訳刊行された。原題は「霊学(精神科学)的認識による医術拡充の基礎」
。ようやくという感じである。これをきっかけに、シュタイナー関係でも、日本ではまだ ..

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ハイデッガーの『技術への問い』は必読である:存在と氣:氣存在哲理学へ

テーマ:陰陽哲理学

私は、心臓手術した年、術後の余裕の時間で、ハイデッガーの主著の『存在と時間』を邦訳で読んだ。
 この時の記録は、2007年の7月以降のブログ記事に書いてある。
 そのときは、当時のPS理論に似ている部分とそうでない部分があると感じた。そう、PS理論に通じる箇所は、「存在」に関する裂け目・亀裂の説明である。これは、MP(Media Point)つまり、陰陽ガウス平面の原点・交点に通じると感じたのであり、驚き、戸惑いがあった。
 とまれ、『存在と時間』は主著ではあれ、私見では、凡庸な部分が多いと思う。確かに、存在に関する解明は優れているが、後の『形而上学入門』ほどではないと思う。
 今、貪るように、ハイデッガーの著書を読んでいる。今は、『技術への問い』を読んでいるが、後、少しである。
 とまれ、ハイデッガーは天才である。どうして、彼を天才と呼ばないのだろうか。彼の議論の鋭さ、斬れ、つまり、洞察力は、尋常ではない。
 先に述べたように、ハイデッガー存在哲学は、東洋哲学、氣の哲学と連結すべきである。
 とまれ、ハイデッガー哲学は、主著は後から読むべきである。最初は、『形而上学入門』、『芸術作品の根源』、『技術への問い』等を読むべきである。
 そう、『形而上学入門』がいちばんいいと思う。

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2014年11月30日 (14:17)

PS陰陽学から人間の攻撃性メカニズムの解明を試みる:精神陰陽心三極構造と「こころ」の光智(神)

図は以下を見られたい。
http://ameblo.jp/neomanichaeism/entry-11958766345.html

PS陰陽学から人間の攻撃性メカニズムの解明を試みる:精神陰陽心三極構造と「こころ」の光智(神)

テーマ:PS陰陽論:ガウス平面と陰陽論の統合

最近の、少なくとも私の周囲の日本人は、どういうわけか、攻撃的になった。以前は、それほど気にならなかった、なにか急に、発作的な感じで、攻撃的になっている。有り体に言えば、批判・批評ではなく、非難・揶揄等々である。
 今、イメージしているのは、二人の人間である(もっとも、多くの人にもある程度あてはまるが)が、自分自身の欠点・欠陥には、盲目であり、他者の言葉尻等を捉えて、不躾に攻撃するのである。
 私が思いついたのは、かれらは、自分自身の精神、言動等の欠陥という精神の闇(ブラックホール的かもしれない)を抱えている、内包・内含しているのであり、それを見ないように隠蔽する精神力学をもっているのではないだろうか。
 ここで、PS陰陽学(以後、陰陽学)の視点を適用したいのである。
 すなわち、精神(「心」の総体・全体を、適切な言葉が浮ばないので、精神としておく)は、陰陽対極性(両極性・双極性:以後、簡単に、陰陽極性、極性と呼ぶ)からなると見るのである。
 ある意味で、二重人格性である。とまれ、陰陽二重構造と見るのである。
 議論上簡潔にするため、陽を知性(自我)、陰を感性とする。
 しかしながら、MP(Media Point)・原点・交点がある。
 これは、実は、私が「こころ」と呼ぶものである。だから、精神は、単に陰陽二重構造だけではなく、陰陽心(芯とも言えよう)三重構造である。
 さて、(時間がないので、やや端折って述べるが、)通常、意識は陽の自我においてもつのである。陰の感性ないし魂は、無意識である。もっとも、その表面は意識されるのであるが。つまり、感情や欲望等として、意識されるのである。せいぜい、胸部内において、意識されるのであり、肚・腹の陰までは達していないだろう。
 この陰陽二重性、陰陽極性のバランスをとるのは、「こころ」である。MPである。
 しかし、近代主義は、陽の自我に主導性があり、それが支配的である。それは、同一性、物質主義・唯物論を特徴とするのである。
 だから、陰陽バランスをとるべき、第三のものである「こころ」の領域を否定・抑圧・排除・隠蔽するのである。
 そう、「こころ」は言うならば、智性、賢慮性、思慮性をもつのである。これは、陽の自我と陰の感性の両面を注視しているのである。
 だから、陽の自我の欠陥を、「こころ」=MP・原点・交点(ハイデッガー的に言えば、空開処、亀裂であろう)を感知しているのである。
 自我の欠陥を智性である「こころ」は知っていると考えられるのである。
 そこで、欠陥のある陽の自我や陰の感性は、「こころ」の智性を「鬱陶しく」、邪魔者と感じるのである。
 そこで、「こころ」を隠蔽するため、抑圧力学が強く作用するのである。「こころ」の智の精神力学を抑え込むのである。
 つまり、通常の抑圧以上のより強固な抑圧をかけるのである。何故なら、自分の欠陥・欠点、端的に、悪性が浮かび出るからである。
 当然、ここには、「闘争」があるのである。浮上しようとする「こころ」と、抑え込もうとする陽自我と陰感性(両者は同一化している、あるいは、癒着していると言えよう)の「闘争」があるのである。
 ここで、自我は、攻撃性を帯びると考えられる。基本は、内的攻撃性であるが、それが、外的他者へと向けられるのである。
 自分自身の非、欠点・欠陥、悪性の隠蔽力学が、他者の非、欠点・欠陥、悪性への攻撃へと転化すると考えられるのである。
 これで、ざっとであるが、本件の問題の基礎的メカニズムがいくぶん解明されたとしよう。
 有り体に言えば、陽の自我=陰の感性は、一般的には粗野・粗暴・野蛮であるため、内在する「光」である「こころ」に恐怖するのである。「こころ」の光智に怯えるのである。
 そう、この「こころ」の光智(光智心、光智芯とでも言えよう)は、「神」へ通じていると言えよう。シュタイナーの説くキリストは、これと一致すると考えられる。
 因みに、光智心(光智芯)を涵養・陶冶するには、以下の書物が役立つ。(シュタイナーは仏教の八正道を「こころ」の形成のための「インフラ」としているのである。)

いかにして超感覚的世界の認識を獲得するか (ちくま学芸文庫)/筑摩書房
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シュタイナーは、人間の血を植物化しようとしているのである。精神のグリーン化である。そう、グリーナイゼーションgreenization、グリーナリズムgreenalismと呼ぼう。
 以下、簡単に図式化する。


      陽自我⇒⇒⇒他者への攻撃性
_____↓↓↓_______

___「こころ」・MP・光智芯___

_____↑↑↑_______
       陰感性
 
《精神の攻撃メカニズム・チャート》


参考:

             虚軸 陽凸i
               |
               |
               |
第二象限(物質界)   | 第一象限(霊;哲学、哲学科学)
               |
               |
-1 _________MP________+1 実軸
               |
               |
               |
第三象限(感情・欲望) | 第四象限(魂;芸術・宗教・倫理)
               |
               |
              陰 凹i

           陰陽認識図 

2014年11月26日 (22:18)

PS陰陽論における陽主導と陰主導の違いについて:陰陽調和をもたらす力学

画像は以下を見られたい。
http://ameblo.jp/neomanichaeism/entry-11957304838.html

PS陰陽論における陽主導と陰主導の違いについて:陰陽調和をもたらす力学

テーマ:PS陰陽論:ガウス平面と陰陽論の統合

PS陰陽論から、何故、父権自我(陽自我)が、悪魔的になるのか説明したい
http://ameblo.jp/neomanichaeism/entry-11956926277.html

 (「先に以上のように述べたが、少し補足したい。)
本件については、かつて何度も検討したことがあるが、未だ、直観的には、不確定であるので、ここで新たに検討したい。
 問題は、陽主導の場合、同一性、物質化が生じ、陰主導の場合、陰陽調和が生起するということである。
 これまで、陰陽調和は、陰陽ガウス平面のMP(Media Point)つまり原点において、なされると見ているのあり、そこにおいては、太極の一(いつ)が作用していると考えているのである。
 しかし、MPと陰自体は異なるのであり、陰主導がどうして、陰陽調和をもたらすのか、明示する必要がある。
 この問題は微妙である。
 陽主導の場合、陽は陰を同一性化してしまい。陰自体が否定されるのである。しかし、陰主導の場合、陽自体は、同一性化されない。つまり、陰は陰としてあり、陽は陽としてある。
 また、本来、男性は陽主導であり、女性は陰主導であると述べたが、現代女性は、男性化して、陽主導であり、陰がそれに付随しているようなことを既述した。
 つまり、男性にしろ、現代女性にしろ、陽主導なので、陰自体が否定されていて、陰の主導性が欠落していると考えられるのである。
 言い換えると、陽主導による陰陽の癒着があると考えられるのであり、陰陽分極が否定されていると考えられるのである。
 そのように考えれば、陰主導によって陰陽調和がもたらされると考えるのは、妥当であると言えよう。
 以下、海舌氏の人間認識図を参考にして、新たに陰陽認識図を説明したい。

人間認識図

         人間認識図(海舌氏による)

陰陽認識図としては、上図をひとまず、左右反転する必要がある。
 そして、陰陽認識図においては、第一象限を霊の世界、あるいは、哲学、哲学的科学の領域とする。
 第四象限は、魂の世界、あるいは、芸術・宗教・倫理の領域となる。
 第二象限は自我界、物質界、現象界、また、物質科学(唯物科学・技術=近現代)の世界である。
また、第三象限は、自我的な感情・欲望界である。
 つまり、自我の世界は、左半面の領域であり、陰陽調和は、右半面の領域となる。
 では、氣の世界はどこに存するのであろうか。
 氣は虚軸に存するのであり、それが、陽主導において、左半面領域へと、陰主導において右半面領域へと展開すると考えられる。

追記:シュタイナーに拠ると、人間と植物(樹木)とは上下反対になるのである。
 だから、以下の陰陽認識図は植物的構図と言えよう。
 人間の場合は、以下を左右反転する必要があるということになろう。つまり、人間においては、虚軸はそのままでいいが、実軸において、右が−1となるのであり、左が+1となるのである。
 植物においての天が人間では実軸の左の線分となり、植物の地が人間では、実軸の右の線分となるのである。

             虚軸 陽凸i
               |
               |
               |
第二象限(物質界)   | 第一象限(霊;哲学、哲学科学)
               |
               |
-1 ________MP________+1 実軸
               |
               |
               |
第三象限(感情・欲望) | 第三象限(魂;芸術・宗教・倫理)
               |
               |
              陰 凹i

           陰陽認識図





PS陰陽論から、何故、父権自我(陽自我)が、悪魔的になるのか説明したい

テーマ:PS陰陽論:ガウス平面と陰陽論の統合

PS陰陽論は簡潔な哲学・科学仮説であることが一つの取り柄である。
 寝る前に(もう、だいぶ眠いが)、ポイントを述べたい。
 即ち、陰陽力学において、陰が主導的になるときと、陽が主導的になるときがあると考えられる。前者を私は母権的、後者を父権的というのである。実に簡単であろう。
 陰が主導的な場合は、陰と陽は共振・共鳴・和合するのであり、それが、根本的な生命エネルギーである。
 しかし、陽が主導的な場合は、陰と陽は共振せず、陽が陰を支配するのである。これは、哲学的には二項対立である。
 そして、陽とは自我、父権自我である。同一性である。これは、他者を排除するのである。端的に、これは人間的というより、物的、物質的なのである。他者を物、物質、量的なものと捉えるのである。(追記:また、単に、意識的に物質主義的であるばかりでなく、生命的に物質体を形成するものと今の段階では考えている。つまり、陽主導性は、物質体を形成するということである。陰陽方程式凹i*凸i⇒±1で言えば、⇒-1が物質体を形成するということになる。)
 故に、平気で、他者を否定、排除、殺戮するのである。
 一般的に言えば、こころがないのである。たましいがないのである。
 いわゆる、文明とは、実は、父権文明、陽自我文明であり、それ以前の母権文明を否定・排除・抹殺して生まれたものと考えられるのである。
 故に、文明とは殺戮文明、戦争文明なのである。その帰結が、現代の軍産複合体資本主義文明である。そして、その断末魔が今、日本に押し寄せているのであるが、国民は超能天気である。
 とまれ、ここで主張したいのは、自我、父権自我とは、結局、物質主義であるということである。唯物論的なのである。
 同一性主義である父権自我は、当然、物質科学・技術を発展させたと言えよう。
 ここには、共生・共存という視点は欠落しているのであり、平和はありえないのである。
 そう、父権自我文明は、物質主義文明であり、人間主義文明ではないのである。
 しかるに、母権自我には、こころがある。正確には埋れているのである。これを活性化・覚醒化しないといけない。
 父権自我文明とは悪魔文明に帰結したのであり、新母権自我文明を誕生させるべきなのである。
 もっとも、ロシアがその中心になることが今や明らかになっている。
 日本は、滅亡するだろう。そして、少数者によって復活するだろう。
 最後に、やや唐突であるが、うつ病等の心因病について言いたい。 
 これは、父権自我病と言えるのではないだろうか。
 父権自我は、氣や魂や霊を抑圧排除するので、生命である陰陽共振が生起せずに、エネルギーが枯渇するのである。
 そう、それらは反動となり、否定的に自我に作用し、自我を混乱させるとも考えられるのである。
 やや、雑駁であるが、ここで留める。もう23時前であるが、もう寝る。

追記:母権文明ないし新母権文明とは、生命主義文明である。何故なら、陰陽共振調和とは、生命生成の謂であるからである。

2014年11月16日 (22:54)

思うに、自我は悪魔化し、世界破壊を欲望するのではないのか?

思うに、自我は悪魔化し、世界破壊を欲望するのではないのか?

テーマ:総て出鱈目日本の元凶ヤハウェ父権自我悪魔

戦争爺にしろ、ア蔑にしろ、自分のために、他者を破滅させたいのである。
 先に、フロイトの死の欲動について言及したが、どうも、死の欲動は自我と関係していると思う。
 そう、自我は、いわば、唯一神なのである。だから、自我の願望が満たされないと、怨恨をもつのであり、他者を破壊したくなると言えよう。
 ヤハウェは「わたしは嫉妬する神である」といみじくも述べている。
 結局、自我=陽への傾斜、父権自我がもたらすのである。
 母権自我は、内在的にこころ=陰陽調和=愛をもっている。しかし、父権自我の世間にあって、自身の愛を抑圧しているのである。
 父権自我は、もう死者なので、かまう必要はない。母権自我の人間が生存を考えるべきである。


Sun, November 16, 2014
解散・総選挙は極めて謎:隠れ多極派路線か戦争爺路線か:これまでの枠組みが通用しなくなっている?

テーマ:賤民資本主義と共同体的資本主義

私の乏しい知識では、よくわからないのである。
 多元連立方程式を解く必要があるのであるが、必要な知識が足りないのである。
 でも、いちばん簡単な理由は、アベノミクスは、日本経済を破壊し、ひいては、世界経済を破壊することがわかったからではないだろうか。「流石の」戦争爺も、これはまずいと思ったのではないだろうか。
 そう、財務省の自己中路線が戦争爺の路線とずれだしたということかもしれない。
 戦争爺はもちろん、戦争を起こしたいが、実は、軍需産業であり、武器を買ってくれればいいのである。しかし、阿部ノミ屑が延長すると、武器を買う金がなくなることがわかったということではないだろうか。
 結局、商売である。ビジネスである。
 資本主義である。ビジネスから見て、アベノミ屑は、世界経済を破壊することが分かったので、流石の戦争爺もこれはアカンということで、解散・総選挙へとふったのではないのか。
 

年内の唐突な衆議院解散・総選挙サプライズは来年に起こる円株同...

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G20首脳会議で微妙に孤立気味の安倍首相!何故か水を手酌!話し相手がおらず、周りをキョロキョロ・・・ new!!
20141116121936sidu.jpg
今月に入ってから中国やオーストラリアで相次いで首脳会談が開かれていますが、食事会の席では安倍首相が孤立気味になっているようです。北京の会談ではプーチン大統領や習近平国家主席、オバマ大統領らが最前列の席で談笑をしているのに、日本の安倍首相は後方でキョロキョロしていました。そして、先日から開催されているオーストラリアのG20でも昼食会で孤立状態になっている安倍首相が激写されています。
プーチン大統領はお付の人に水を入れてもらっているのに、安倍首相は何故か「手酌」で水を注いでいるのです。単に喉が渇いていたのかもしれませんが、他の首脳らと比較すると、安倍首相の周りにはあまり人が居ないと言えます。

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Sun, November 16, 2014
日本とフランスで、名高いアルタイ産のハチミツが販売される。アルタイ産のハチミツは、珍味
テーマ:有機的自然回帰的ライフ・スタイル
アルタイ産のハチミツ 日本へ
アルタイ産のハチミツ 日本へ
日本とフランスで、名高いアルタイ産のハチミツが販売される。アルタイ産のハチミツは、珍味として、容量100グラムで梱包されて出荷される。




Sun, November 16, 2014
風朕かく語りき:プーチン大統領:制裁は全ての国の妨げになっている

テーマ:ニュー・イースタンの時代:新東洋の時代

政治
プーチン大統領:制裁は全ての国の妨げになっている
プーチン大統領:制裁は全ての国の妨げになっている
ロシアのプーチン大統領は、オーストラリアG20サミットの場で行われた一連の2者会談について、会談では制裁について触れられたと指摘し、制裁は全ての国の妨げになっており、この状況から抜け出さなくてはならないという共通の理解があると述べた。





Sun, November 16, 2014
異性愛の問題:何故、異性に魅かれるのか?

テーマ:セクシュアリティ:植物的花弁対一力と性極

記紀の、凹凸の性交、植物の雄蕊・雌蕊では、異性愛の問題は解決しない。
 おそらく、哲学上、これが一番の問題かもしれない。
キルケゴールは恋愛、倫理、そして、宗教へとステップ・アップした。恋愛は一番低いレベルである。
 空海でも、愛欲は最下位のレベルである。
 私が驚嘆するD. H. ロレンスは、セックス自体を肯定した稀有の作家である。
 でも、私はセックスより、異性愛に興味がある。同性愛はその変形である。
 大哲学者プラトンは、セックスを否定はしなかったが、天上への愛、エロースを説いた。
 これは、わかりやすいのである。
 問題は、霊ではなく、身体である。あるいは、氣である。氣は、霊と身体に通じるのである。
 どうして、このようないわば平凡なことが解明されていないのだろうか。フェロモン云々では説明がつかないのである。
 PS陰陽論から解明を試みよう。
 オスは、当然、陽であり、メスは陰である。これは常道である。
 正反対なものは牽引するのであり、同時に反発するのである。これが、雌雄の性的力学である。つまり、陰陽哲学である。
 ここで、霊的科学者のシュタイナーの理論を借りよう。欲望・感情はアストラル体が担うのである。そして、自我は、知性・悟性であろう。前者は陰であり、後者は陽である。そして、両者は正反対であり、引き合うと同時に反発すると考えられる。
 そう、女性の身体は、欲望・感情体=アストラル体と言えるのではないだろうか。欲望・感情が体現したのが女性身体ではないだろうか。
 だから、陽・自我の男性はそれを見ると、「発情」するのである。
 陽・自我に抑制された欲望・感情が喚起されるということではないだろうか。
 そして、逆に、女性は、男性を見たとき、その陽・自我の知性・悟性に魅かれるはずである。女性の欲望・感情体にはないものがそこには発現しているのであるから。
 両者、自身に欠落しているものを異性身体に見るということではないだろうか。
 だから、異性愛とは、陰陽調和への力学と言えよう。丁寧に言えば、陰陽は牽引と反発であり、そのままでは、調和にはならないのである。闘争となるのである。
 調和にするには、第三のものが必要である。それはこころである。愛である。
 それは、超越的なものなのである。結局、唯物論が支配すると、陰陽調和がありえないのである。
 超越的なもの、それが、陰陽調和をもたらすのである。
今はここで留める。

MODELS.com

http://models.com/mdx/study-of-pose-with-coco-rocha/

2014年11月13日 (05:58)

対話の原理と二項対立の暴力の争闘

対話の原理と二項対立の暴力の争闘

テーマ:哲学philosophy:ソフィアへの愛

ロシア・プーチンは対話の原理をもっている。これは、古代ギリシア、プラトンの精神である。そう、ロシア正教は、ギリシア正教を受容した国である。ギリシア正教とは、私見では、古代ギリシア精神を基盤とするキリスト教である。西方キリスト教とは異なるのである。
 そう、いわゆる、西洋とは、二項対立に支配された父権主義である。これは、当然、日本父権主義と共通である。
 二項対立とは、利己主義であり、「死ぬは奴らだ」という主義である。

追記:対話の原理とは他者尊重の原理であり、真の位階原理であるのに対して、二項対立とは、傲りの視点であり、他者を侮る、侮蔑する、傲慢な、利己主義である。
 現代日本人は、前者をまったくもっていないのである。これは、気の毒であるが、滅びると言えよう。

追記2:文学批評で一時代を画し、また、今日でも頻繁に引用される、ミハイル・バフチンの評論であるが、彼は、対話の原理を文学批評に持ち込んだのである。
 彼は、ロシア人であり、ロシア正教徒であった。

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ミハイル・バフチン - Wikipedia
ja.wikipedia.org/wiki/ミハイル・バフチン


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ミハイル・ミハイロビッチ・バフチン(Михаил Михайлович Бахти́н , Mikhail
Mikhailovich Bakhtin,1895年11月17日 - 1975年3月7日)は、ロシアの哲学者、
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ミハイル・バフチン全著作〈第5巻〉小説における時間と時空間の諸形式 他―一九三〇
年代以降の小説ジャンル論. 2001/4 ... ミハイル・バフチン全著作 第1巻 芸術と責任,
行為の哲学によせて,美的活動における作者と主人公 他. 1999/2. ミハイル・バフチン、 ...


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Thu, November 13, 2014
生命精神身体とは陰陽調和主義である:但し、陽自我をお忘れなく

テーマ:生命力/氣自衛医智学:唯物機械論医学批判

PS陰陽方程式、即ち、陰凹i*陽凸i⇔±1であるが、簡便にするため、陰凹i*陽凸i⇒±1として考えると、端的に、これは生命現象方程式である。そして、植物生命の上部は、⇒+1である。これは、天へと向う志向性である。樹木にせよ、蔓にせよ、天へと向う。これが、⇒+1である。
 これは、陰陽調和的力学なのである。
 しかし、⇒-1であるが、これは、重力的志向性であり、物質的志向性である。
 思うに、⇒+1の方が⇒-1より、強力なのである。そうでないと、物質的死に生命は支配されて、生命現象が生起しないと考えられるからである。
 もう少し説明すると、⇒-1とは、陽凸iが陰凹iより優位なのであり、同一性化=物質化なのである。それはエントロピー化である。それは死滅へと向うのである。
 それに対して、⇒+1は、陰凹iが優位で、陽凸iを受容して、陰陽調和が生起するのである。そして、それこそ、本来の生命現象と考えられるのである。
 これは、植物では、上部であり、人間では、内臓、胃腸等である。だから、陰陽調和精神をもたないと、人間は、内臓が病気となるのである。当然、それは、精神、頭脳に関係する。
 今日、父権主義自我は支配的であり、それは、単に、外的に破壊的であるだけでなく、内的に破壊的であり、心身的に病気になると言えよう。
 病気になりたくない人は、陰陽調和=愛の氣磁場的身体を実践形成すべきである。
 今は、ここで留める。

追記:陰陽調和主義を述べたが、実際は、⇒-1の自我性、物質性が必須である。それがないと、非現実になり、実のあることを行なえないだろう。
 キリストの言葉、「汝自身のごとく、隣人を愛せよ」は、自我を肯定しているのである。
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Thu, November 13, 2014
直観:ハイデッガーの存在とキリストの愛と陰陽調和は一致する

テーマ:PS陰陽論:ガウス平面と陰陽論の統合

現代日本人が忘失したのは、この心身性である。霊魂身体である。
 明治維新以降、とりわけ、敗戦後、そして、70年代後半以降、父権的自我唯物主義が日本人の精神を支配しているのである。
 これは、未来の破壊である。亡国や民族滅亡へと至る。
 少なくとも、氣磁場身体を取り戻さないといけない。
 因みに、身体とは、精神を内包した存在者である。

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Thu, November 13, 2014
新君主制へ向けて:国家共同体政治とグローバル賤民資本主義

テーマ:賤民資本主義と共同体的資本主義

* プーチン大統領 中ロ貿易でドル依存脱却を(11/10 NHK)
* 飯山一郎構造主義的政治哲学である:上位力学から下位現象を判断する視点である


以上の記事から想起することであるが、今は余裕がないので詳述できないが、国家の様態を決定するのは、やはり、トップの資質ではないかということである。
 賤民資本主義(いわゆる、戦争屋、戦争資本主義、軍産複合体資本主義)は国家を嫌って、グローバリゼーションを説いてきて、今日に至っているのである。
 しかし、今や、プーチンという特異・異質な、あえて言えば、天才的な政治家が出現して、世界は今や激変したのである。
 そう、近現代とは、実は、賤民資本主義が、国家資本主義を支配してきた時代ではないだろうか。
 マルクス主義やアナキズムを始め、国家は悪者にされた。しかし、それは、賤民資本主義に支配された国家であり、近代以前の王国的国家ではないのである。
 そう、王国とは精神・物質的貴族主義の所産である。
 それは、端的に、霊的な共同体である。
 それが、近代主義によって破壊され、唯物的グローバリゼーションになっていると言えよう。
 ロシアは、管見ながら、霊的な国である。ロシア正教という共同体的キリスト教が復活した国である。トルストイやドストエフスキー等の国である。神秘的精神の国である。
 そのような文化をもつ、また、練達の政治家がプーチンなのである。
 結局、古代中国の理想のような国が形成される可能性がある。そう、新君主制である。
 今はここで留める。

追記:新君主制とは、個主義、個権主義、個本主義である。あえて、民主主義とは言わない。民主主義は、今日、肯定的に言及するのが危険である。

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2014年11月11日 (00:30)

氣磁場という新しい科学智を作業仮説してみたい:森のある氣磁場環境圏と大都市の無氣磁場電磁波圏

画像は以下で見られたい。
http://ameblo.jp/neomanichaeism/entry-11950825273.html

氣磁場という新しい科学智を作業仮説してみたい:森のある氣磁場環境圏と大都市の無氣磁場電磁波圏

テーマ:氣神論:氣は万物に通ずる:氣的身体理性

昨日は、仕事で、新宿から接続で、丸ノ内線を利用した。
 今は、豆乳ヨーグルトに、あらびき茶、オリゴ糖、純粋蜂蜜を入れて食し、オリゴ糖を入れたココアを飲み、また、同様の九州産の青汁を飲み、ようやく、ほっとしてきたところである。たましいが戻ってきたとでも言おうか。
 私は東京の職場は狭いオフィスなので、それで落ち着かないと思ってきた。確かに、横幅が狭く、圧迫感がある。
 しかし、今、都区内における落ち着かなさ、なにか所を得ない感じ、所在感のなさ、浮遊している感じ等は、東京に氣的環境圏がないからではないかと感じたのである。
 とまれ、氣磁場という科学的作業仮説が浮んだのである。
 氣というと、なにか非現実のようなイメージであるが、氣磁場というと、感覚的、直観・直感的にぴんと来やすいだろう。
 (今は、氣電磁場とは言いたくない。氣磁場がピンと来るのである。)
 ここ森が近くにある自宅の場は氣磁場があると思う。森へ行けば、さらに感じる。
 しかし、都区内には、氣磁場が感じられない。無氣場的電磁波環境圏という感じがするのである。
 大気を、空気を、環境を、氣磁場が満たしていない一種、空虚があり、その中にいる私の心身は、それと共振・共鳴・共感しないのであり、そのため、私は、所在なさを感じるのではないだろうか。
 そうならば、よくもそのような環境に30年も住んでいたものだ!
 私は都区内に住んでいて、身体が痛くなるのを感じた。苦痛なのである。
 田舎から出てきたときは、上野公園に行って、緑への飢えを充たそうとしたものである。
 思うに、70年代初期までには、東京には、氣磁場が存在していたと思う。しかし、その後、東京は無氣磁場的電磁波環境になったのではないだろうか。
 それは、いわば、悪魔・狂気的環境ではないだろうか。
 さて、PS陰陽論から、氣磁場はどう説明できるだろうか。
 陰凹i*陽凸⇔±1の陰陽方程式において、⇔がガウス平面の原点(MP:Media Pointと呼んでいる)に当たり、虚軸と実軸の交点であり、この点において、氣磁場が発生するのではないだろうか。
 勿論、これは、単なる磁場ではない。磁場ならば、N極、S極があり、前者から後者へと磁気が流れる。
 しかし、氣磁場はそうではない。いわば、天の氣磁気と地の氣磁気があるのである。これは、不思議な複雑な作用だと思う。
 つまり、虚軸の陰陽対極性と実軸の天地相反性(光⇔重力)があり、この両者が相互浸透しているような力学が、氣磁場作用ではないだろうか。
 問題は、新しい視点である天地相反性である。これは、単なる+と-の極性ではない。天へのベクトルと地へのベクトルがあるのであり、前者がいわば、天氣磁気であり、後者が地氣磁気であり、両者で、氣磁場環境圏を形成しているということになる。
 だから、それは、天地相反的氣磁場環境圏とでも言えよう。
 そして、展開すると、天氣磁気が植物の芽の伸長力であり、地氣磁気が植物の根の伸長力である。
 主に、道教等で、天の氣、地の氣と呼ばれたものは、それを指しているのではないだろうか。
 しかしそれは、根源の陽の氣、陰の氣とは異なるのである。
 これは、混同しやすいし、実に、理氣論なのでは、混同されたと思う。理がイデア的で、氣が物質的と考えられたのであるから。
 後でもう少し、考えてみたい。

参考図(お断り:マックで描くので、ウィンドウズではズレます)

        陽凸i
         |
         |
         |
         |
地-1___________MP_______________天+1
         |
         |
         |
         |
        陰凹i

     陰陽ガウス平面  

ただし、四元数的四次元は、MPに他の二つの虚軸が存し、太一軸=i軸、太極軸=j極、陰陽軸=k軸、そして、天地軸=実軸となる。
 だから、陰陽ガウス平面の陰陽虚軸のiは、四元数的コスモロジーでは、k軸になる。 

2014年11月05日 (00:18)

海舌氏の三元論:四元数の三つの虚軸は太極軸と陰陽軸と天地軸であり、実軸は単に光速度一定の単位?

画像は以下を見られたい。
http://ameblo.jp/neomanichaeism/entry-11948240944.html

海舌氏の三元論:四元数の三つの虚軸は太極軸と陰陽軸と天地軸であり、実軸は単に光速度一定の単位?

テーマ:PS陰陽論:ガウス平面と陰陽論の統合

海舌氏の三元論:三つの虚軸i, j, kは、三等分割均衡における正三角形の三つの軸に対応する?
http://ameblo.jp/neomanichaeism/entry-11947882841.html

先に以上のように述べたが、三元論についてもう少し考えてみた。
 二等分割を陰陽極性と見たが、そうではなく、ガウス平面の成立とみたらどうだろうか。つまり、虚軸と実軸の二つの軸の成立と見るのである。そして、三等分割であるが、それは、三次元空間の成立と見るのである。つまり、ガウス平面以外に三つの空間軸ができると見るのである。
 この三つの軸が四元数の三つの虚軸に当たるのではないだろうか。
 思うに、四元数の虚軸は、実は、準虚軸ではないだろうか。
 とまれ、問題は、実軸とこの準虚軸である。
 私はこれまで、実軸を天地軸としているが、それと三つの準虚軸はどう関係するのかが問題である。
 
追記:どうも、四元数は、適用するのに問題がありそうである。
 以下の「エーテル空間」の考え方は、端的に、三次元空間と関係すると言えよう。
 だから、思うに、PS陰陽論で言えば、陰陽からの発現としての三次元空間を考えればいいように思うのである。
 それは、以前考えたように、底面の平面と天地軸による三次元空間である。時間は、虚軸にあるとするのである。
 思うに、四元数の考え方、三つの虚数、虚軸であるが、それは、陰陽氣を超えた霊的空間に適用できるのではないだろうか。
 即ち、太一軸としての例えば、k軸、そして、太極軸としてのj軸、そして、陰陽氣軸としてのi軸である。
 つまり、四元数空間を超ガウス平面空間と見るのである。
 そうならば、海舌氏の三元論は、次元を間違えているとなるのではないだろうか。四元数空間は霊的空間であるが、海舌氏の三元論は、通常の三次元空間を志向していると思われるのである。

追記2:以下の「エーテル空間」を読み直すと、四元数の三つの虚軸は、以下の三つの直線、つまり、空間三次元の三つの軸に相当するように思えてくる。
 ならば、問題は、四元数の実軸の意味である。
 思うに、それは、単位数を意味するのではないだろうか。あるいは、光速度一定である。
 しかし、そのようにした場合、やはり、四元数の三つの虚軸、虚数は、準虚軸ないし準虚数となり、本来の虚軸、虚数ではないのではないだろうか。

追記3:いろいろ想起される。四元数の三つの虚軸、虚数であるが、それは、エーテル空間を意味するのかもしれない。
i軸とj軸とk軸が三つの直交軸であり、それが、エーテル三次元空間を作るのかもしれない。
 そして、実軸、実数は、やはり、光速度かもしれないが、要は単位数である。
 そうすると、i軸を太極軸とし、j軸を陰陽軸とし、k軸を天地軸とすることができるのではないだろうか。実軸は、空間軸とはならないのである。
 このように考えれば、四元数空間はガウス平面を包摂することができるだろう。
 そうした場合、最根源である太一は、どうなるのか。それは、MP(Media Point:原点・交点)にあるのではないだろうか。ゼロ点である。

追記4:追記3のように考えた場合、空間三次元はどう説明できるのだろうか。
 i軸=太極軸、j軸=陰陽軸は、空間軸にはならないはずである。k軸が天地軸でそれは、空間軸の一つとなる。
 足りないのは、水平面、あるいは、地上面である。
 それは、太極軸と陰陽軸による「超越平面」が現象化したものだろうか。その「超越平面」は以前述べていた陰陽円である。
 それが、現象化することによって、水平面が形成されるのではないだろうか。
 とまれ、天地軸とは、実際、現象空間軸なのだろうか。
 それは、シュタイナー的に言えば、光⇔重力軸である。
 ならば、現象空間軸である。
 ならば、k軸=天地軸は、虚軸であっても、空間軸である。
 そして、それに直交する水平面=地上面が現象すると考えられる。これは、球面になるのではないだろうか。
 とまれ、別に二つの空間軸が必要になるのではないだろうか。
 それとも、太極軸と陰陽軸で水平空間軸を考えていいのだろうか。
 思いつきであるが、天地軸が発出するとき、太極軸と陰陽軸による陰陽円=渦動円は、螺旋的に現象化するのではないだろうか。ならば、太極軸と陰陽軸を空間軸と見てもいいのではないだろうか。

追記5:ハイデガーの存在とは、追記3,4の三つの虚数・虚軸の作るエーテル三次元空間ではないだろうか。それとも、太極軸i軸と陰陽軸j軸の作る超越円=陰陽円なのであろうか。


「エーテル空間」ノート23

note23:
・球は中心点に直角三角形をつくり出すだけではなく、
 天球周縁にも直角三角形をつくり出す
・プロセスとしての球形形成運動
・球形形成原理は、虚数に関わり、数エーテル(化学エーテル)として現象界に現れる

<ジョージ・アダムス 『エーテル空間』からの引用>

 空間の無限遠点は球面との関係において、球の中心点を通る平面をもたらします。この平面は、無限遠点がどの方向にあろうとも、無限遠点へ向かう半径に対してつねに直角を成します。そしてこれは球の場合にのみ生じます。このことを最後まで考えていけば、球の中心点で互いの直角を成す“三つ組”の半径が得られます。すなわち三つの直線の各々が、他の二つの直線を含む平面に対して直角を成す、三つ組が見られることになりま
す。これは、この三つ組の直線を球の中心点からあらゆる方向へ向かわせることのできる、いわゆるデカルト座標系です。デカルトの座標系はこのように、球のなかに一種の形態原理を持っていますが、たとえば人間の頭蓋骨の形態はこの原像の現れのひとつです。

 さて
しかし、球はその中心点だけではなく、無限遠平面にもこのような三つ組をつくり出します。球は天球周縁に直角三角形をつくり出すのです。この三角形は、デカルトの座標系が三つの直線と三つの平面から成っているように。三つの直線と三つの点から成っています。
球はこのように、地上にも天上にも三つ組をつくり出しますが、地上では諸半径を構成要素とする中心点をつくり出し、天球では天球諸直線を構成要素とする“周縁中心”をつくり出します。
(P.47-48)
 近代幾何学の原空間において私たちがまず第一に理解しなければならないのは、直角がつくり出す硬い形態ではなくその根底にある数の動力学、完成された円形ではなくプロセスとしての循環運動、完成された球形ではなく丸みをつくり出していくプロセスとしての球形形成運動です。それというのも私たちは、中心点と宇宙の拡がりとの対極性のような、地上的なものと天上的なものとのあいだに永遠に作用している呼吸する対極性とかかわっているばかりでなく、このような二極間に自らの存在を主張している球形形成原理にも、つまり静かに自足している有限の球形に見られるような球形形成原理にもかかわっているからです。
(P.48)
 この原理を数学的に述べるなら、それはその具体的ー霊的な背景をアストラルと呼ばれるものの内に持つ、謎に満ちた虚数(√-1)にかかわる原理です。この原理はもはや空間的なものではありません。しかしそれは、特に循環するものの内に現れる数のリズムの響きをとおして、空間のなかへ形成的に作用しています。この原理は、エーテル的なものの内に作用していることから、数エーテル(化学エーテル)として現象界に現れます。
(P.48)


◎直角三角形が円に内接するように、円や球の形態は密接に「直角」と結びついている。
◎note19で説明したように、空間の無限遠点は、球の中心点を通る平面をもたらすが、
この平面は、無限遠点へ向かう半径に対してつねに直角を形成する。
球の場合、中心点を通る平面と中心点から球面に延びる半径とが直角になっているイメージ。
◎そうすると、球の中心点で互いの直角を成す「三つ組」の半径が得られる。
つまり、この球の中心点を中心とした(x,y,z)座標(デカルトの座標系)のイメージ。
◎球は、この「三つ組」を無限遠平面にも形成する。
つまり、球は天球周縁に、三つの直線と三つの点から成る直角三角形をつくり出す。
◎近代幾何学の原空間においては、そうした直角がつくり出す硬い形態ではなく、
その根底にあるプロセスとしての球形形成運動を理解しなければならない。
これは、完成されたスタティックなものとしてではなく、それが形成されるプロセスが重要になる。
◎私たちは、地上的なものと天上的なものとのあいだの対極性だけではなく、そうした球形形成原理にも関わっている。
◎この原理は、ー霊的な背景をアストラル的なものに持っている「虚数(√-1)」に関わっているが、
呼吸するように循環するものの内に「数のリズムの響き」を通して、空間のなかへ形成的に作用し、
数エーテル(化学エーテル)として現れる。
◎「反空間」である「エーテル空間」は、物質空間に対して、もはや空間的なものではない「虚」の空間として表現されるが、その「虚」つまり、「虚数(√-1)」の原理はアストラル的なものを霊的背景としてもっている
ということはチェックしておく必要があると思われる。
というのも、シュタイナーは、物質界、エーテル界、アストラル界・・・というように、世界を多次元構造としてとらえているからである。
そして、「反空間」である「エーテル空間」は、この物質空間に対する「虚」の空間として位置づけられてる。
◎ちなみに、シュタイナーはエーテル的な力を、
生命エーテル、化学エーテル、光エーテル、熱エーテルの四つに分けてとらえている。
ここで「数のリズムの響き」である「数エーテル」としているのは、そのうち「化学エーテル」である。
◎参考までにいえば(この『エーテル空間』とは直接関係しないが)、電気、磁気、原子力の深部に潜んでいるエネルギーのことを、シュタイナーは《堕落したエーテル》と呼んでいるそうである。
https://r5.quicca.com/~steiner/novalisnova/steiner/aetherischenRaum/ar23.html

参考:
四元数 - Wikipedia

四元数数の単位の積を四次元空間の 90°-回転として視覚的に表現したもの。ij = k, ji = -k, ij = -ji


超越軸における回転による超越円の形成と超越円をマトリクスとする現象螺旋形成

テーマ:映画ThriveのトーラスとPS哲科学

先に、ガウス平面において、凸i(+i)と凹i(-i)との揺動によって、回転が生じることを述べた。
 問題は時間現象である。私は先に、凸iが空間形式で、凹iが時間形式ではないかと言った。カント哲学的には、前者は、外的感覚(外官)であり、後者は内的感覚(内官)である。
 差異共振現象という自然現象は、当然、時空間の発現を意味するから、凸i*凹i⇒凸(+1)の右辺の凸(+1)が時空間現象を意味するかもしれない。
 しかし、螺旋運動こそが、自然現象であるから、凸(+1)は自然現象自体ではない。
 それは、これまでの考えでは、超光エネルギーである。あるいは、超氣である。
 思うに、⇒凸(+1)の活動において、螺旋運動が形成されるのであるから、螺旋を空間とすれば、運動が時間と関係すると言えよう。ここで作業仮説であるが、⇒凸(+1)の超光のベクトルが時間ベクトルと一致するとしよう。つまり、凸(+1)は時間を意味することになる。
 そう、時間は内的なものであり、不可視であるから、それは、考えられることである。
 これで、現象螺旋運動の説明は済んだとしよう。
 次に、超越軸における回転・螺旋運動である。
 凸j*凹jも揺動しているとすると、超越円において、回転すると考えられる。(ここで説明しておかないといけないのは、凸i*凹iが形成する螺旋運動であるが、その三次元は現象空間三次元であり、超越軸をもつ三次元ではない。つまり、ここで、現象三次元空間と超越軸を区別する必要があることである。
 結局、ガウス平面に直交する二つの軸があることになる。一つは超越軸であり、一つは、現象空間の第三次元の軸である。)
 しかしながら、果たして、超越円の回転は、螺旋運動を形成するだろうか。
 運動となるには、時間が必要であるが、超越円は時間を形成するだろう。そう、凸j*凹j⇒凸(+1)と形式化したのであり、右辺は時間を意味するのであるから、超越円も螺旋運動を形成することになろう。
 ここで整理したい。
 順序から言うと、超越軸における凸jと凹jの共振的揺動があり、それが回転をもたらし、超越円を形成する。
 この超越円の意味するものは、虚軸y軸の形成ではないだろうか。
 つまり、超越軸z軸と直交する虚軸y軸の形成である。これで、超越界からの凸i(光)と凹i(闇)の形成が説明できると言えよう。
 そして、凸i(光)と凹i(闇)の共振からの現象創造の説明もできる。
 そうすると、上述した超越軸と現象空間第三軸は異なるということはどうなるだろうか。
 つまり、超越軸と虚軸における超越平面と超越円が現象螺旋運動(時空四次元)を形成する基盤、マトリクスであり、それは、現象時空間とは一致しないと考えられる。
 そう、超越円はイデア界と言ってもいいだろう。それは、現象界からは不可視の存在であるが、現象創造の超越的根源ということになる。
 超越円(言わば、イデア・サークル)から可視の螺旋的現象界が形成されるということになる。
 そう、一見、超越軸と現象第三軸は重なるように見えるが、やはり、根本的には別物である。
 つまり、こう言ってもいいだろう。超越軸z軸と現象第三軸は表面的には重なるが、それは、見掛け上のことに過ぎないのであり、両者はまったく別個のものとして存在するのである。(追記:そのように区別したものの、凸j*凹j⇒凸(+1)であるから、media pointにおいて、両者は重なることになるだろう。思うに、media pointは、この重なりにおいて、超越軸の情報を受け取り、それを物質化するのである。そう、いわば、超越情報[イデア情報]を受け取り、それを物質・現象的に具現化すると考えられる。)
 さて、そういうことで、超越円(イデア・サークル)から螺旋形状が形成されるが、それは、黄金比を基本的にもっていると言えよう。だから、五芒星形がなんらかの超越円において、形成された可能性が考えられる。(ピュタゴラス派)
 そうすると、超越軸には何らかの超越的意志が考えられないだろうか。超越的意志によって、現象形成が決められているのではないだろうか。
 しかし、そのように考えると、超越軸を超越した超-超越界を想定する必要があるのではないだろうか。
 この問題は難しいので保留しておき、一応、超越軸における超越円の創造に留めておきたい。
 最後に凸jと凹jについて簡単に考察してみたい。凸iが光、凹iが闇ならば、凸jは原光、凹jは原闇ということになるのではないだろうか。
 原闇と原光が共振して、闇と光の宇宙世界が生まれる。
 原闇が原母であり、原光が原父ということになろう。
 問題は、原父が主導的な場合である。最初期は、原母が主導性をもっていたと考えられるが、あるとき、原父が主導的になったと思われる。
 もし、原父が決定的に自身を原母に押し付けるならば、凸j*凹凹j⇒凹(-1)となり、それは、質料となるのではないだろうか。
 一神教がこのような性格をもっていると考えられる。そう、原母を質料化して、卑賎化するのである。「父」が上位であり、「母」が下位である。そして、それの極端化したものがユダヤ教、ないしは、旧約聖書であり、「母」はほぼ不在となっているのである。
 ここで簡単に日本神話について触れると、それは、原母による原父との共振による現象創造を語っていると思われる。
 天之御中主神とは、原母と原父との共振を意味するのではないだろうか。そう、超越的media pointである。
 そして、高産霊神と神産霊神は凸iと凹iを意味するのではないだろうか。
 では天照御大神とは何であろうか。それは、超光であろう。単に光ではなく、原母と原父との共振、光と闇との共振による超光を意味しよう。
 マニ教の光はそれであろうし、アフラ・マズダ、キリストもそれであろう。
 今はここで留める。後で、再考したい。



凸(+1)を転換点とする脱物質体化・差異共振純粋超光過程

テーマ:映画ThriveのトーラスとPS哲科学

映画THRIVEのトーラスとPS理論:その2:上部から下部への動き
http://ameblo.jp/neomanichaeism/entry-11242890795.html

以上において、次のように述べた。

「少なくとも、凸(+1)は転換点、折り返し点、回帰点と考えられる。
 超光エネルギーは宇宙を形成し、凸(+1)に到達するのであるが、その後の問題である。
 今、直観で言うと、凸(+1)までの動きは春から夏への成長の動きである、しかるに、凸(+1)から凹(-1)への外皮上の動きは秋から冬の動きである。言い換えると、生から死への動きである。つまり、成長から衰退への動きである。しかし、この衰退は内的成熟への動きである。そう、外的成長から内的成熟への動きである。
 思うに、簡単に言えば、超光エネルギーの衰退があり、それが、外皮的動きとなっているのではないだろうか。物質体の衰退であるが、内的「精神」の成長である。」

映画Thriveのトーラスにおける、上部極から下部極へ移動し、言わば、外殻、外皮、外面形成する力動について、それは、超光エネルギーの衰退を意味すると述べたが、それはある意味では正しく、ある意味では間違いである。
 というのは、螺旋的、乃至は、黄金比(白銀比もおそらく入れられよう)的物質体(身体)形成は確かに、そこ(凸[+1])からは衰退するから、それは、それまでの超光エネルギーから見ると、超光エネルギーの衰退を見ることは可能である。
 しかしながら、視点を変えてみると、凸(+1)に到達した、超光エネルギー、乃至は、差異共振エネルギーは実は、螺旋的物質体(身体)形成過程(Aプロセス)から脱螺旋的物質体(身体)過程(Bプロセス)へと転換するのではないだろうか。
 つまり、Aプロセスは同一性物質化を伴っていた、Bプロセスにおいては、同一性的物質化が消滅して、純粋な差異共振化、超光化が発生するのではないだろうか。これを聖霊プロセスと呼んでもいいだろう。
 つまり、超光エネルギーは衰退するのではなく、ただ、変態したと考えられるのである。喩えれば、蛹から蝶へと変態するようなものである。そう、それをヒントにして言えば、プシュケー・プロセスとも言えよう。
 思うに、それは、超越軸、超越界、神霊界、霊界における差異共振による超光形成と重なるように思えるのである。だから、聖霊プロセスなのでもあるが。
 結局、Bプロセスは物質体・身体形成としては衰退過程であるが、精神形成としては成熟過程である。
 さて、問題は、Bプロセスがどうして、凸(+1)からリンゴや梨のような外殻、外皮、外面である湾曲した球面を辿り、凹(-1)へと進行するのかである。その力学はどういうものか。
 これは単純に、磁界を考えればいいのではないだろうか。即ち、凸(+1)をN極とし、凹(-1)をS極とするのである。磁力がN極からS極へと作用するのであり、それとほぼ同様なことが、Bプロセスに起きている考えればいいのではないだろうか。
 つまり、下部極から上部極の螺旋的物質体化過程(Aプロセス)の方向、即ち、凹(-1)から凸(+1)への実軸x軸の左方から右方への方向を、純粋超光は取ることがもはやできないのであり、つまり、言わば、内的な方向を取ることはできないのであり、そのため、外的な方向を取ることになると考えられるのである。
 しかしながら、内的方向とは実は、外的物質体化の過程であり、外的方向とは内的精神化の過程であるというパラドクシカルな意味合いをもっているのである。
 しかし、外的方向=内的精神化の過程=Bプロセスは、凹(-1)という物質が終点であり、それは、死を意味すると言えよう。だから、その意味では、衰退消滅の過程なのである。純粋超光、純粋差異共振はそこで終了するのである。
 とは言え、それは、新生の過程に入ることである。新たな螺旋的物質体(身体)の過程に入ることになるからである。輪廻転生である。即ち、 凹(-1)の物質において、純粋超光、純粋差異共振、純粋精神を宿していた物質体・身体は消滅すると考えられるが、そのとき、純粋超光、純粋差異共振、純粋精神は完全に脱物質化するのであり、それは、超越軸=超越界=神霊界=霊界に帰還すると考えられるのである。
 そう、凸(+1)において、脱物質化すると言ったが、それは完全な脱物質化ではなく、脱物質化のプロセスの開始を意味するのであり、完全な脱物質化は、凹(-1)の物質において、為されると考えられるのである。説明すると、凹(-1)の物質とは無機的な物質、いわば、鉱物のようなものであり、生命的有機体はそこには存しないと考えられるのである。
 今はここで留める。


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