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2007年07月22日 (21:32)

ウスペンスキーの「四次元」『新しい宇宙像(上)』所収

ウスペンスキーの『新しい宇宙像』の最重要な論は、第2章「四次元」と第10章「新しい宇宙像」であろう。どちらも、高次元の問題を扱っている。「四次元」は、『ターシャム・オルガヌム』に通じる内容である。「新しい宇宙像」は、先にも述べたが、六次元の考え方を述べている。
 より明確なのは、四次元の考え方である。例えば、立体は、四次元体の投影ではないかという考え方をしているのである。六次元の考え方は、それを、発展したものとしてあるようだが、論証が不足している。単に、提起としてある。
 四次元の考え方でわかりにくいのは、ミクロの世界を四次元と捉えている点である。もっとも、これを量子の世界と見れば、PS理論に近い発想になるだろう。
 PS理論はメディア・ポイントMPをイデアと物質との交叉点と見ていて、また、ここに量子像を見ていると言えよう。(もっとも、イデアと量子は区別しないといけない。)だから、量子的ミクロの世界を、確かに、四次元とすることは考えられないことではない。
 しかし、やはり、量子的世界はMPと見るべきであり、イデア界を四次元と見るべきであろう。ウスペンスキーは、三次元に対する垂線を四次元としているが、PS理論ならば、虚軸がそれに当たると言えよう。
 単純素朴に、何故、現象世界において、四次元空間が不可能なのか。第四の直交する軸を作れないのか。
 これは、時間の問題に関係するのだろう。相対性理論では、時間が第四の軸になっている。しかし、ウスペンスキーが『ターシャム・オルガヌム』で述べたように、時間空間軸と考えた方がいい。あるいは、時間エネルギー軸と考えた方がいいだろう。つまり、時間とは、未知の四次元の空間の、三次元空間におけるエネルギー的投影のようなものとして見た方がいいだろう。
 だから、三次元空間においては、時間や運動において、四次元の影があると言えよう。内的時間は、過去、未来、現在が同時的である。これが、四次元空間と関係するだろう。そして、内的時間は超越性と関係するのである。
 思うに、メディア・ポイントMPにおける物質現象世界という結果(三次元空間)から、四次元を見ようとするので、困難にぶつかると思える。
 つまり、差異共振的イデアの現象化(三次元化)においては、差異イデアが喪失されて、時間ないし量子的ミクロ世界ないしエネルギーに変換されているのである。だから、四次元空間が物質・物理的に不可能なのでる。
 しかしながら、現象化以前の世界、あるいは、メディア・ポイントMPの虚軸の世界、即ち、イデア界が存在すると考えられるので、これを四次元空間とすることができると考えられる。
 では、問題は、イデア界⇒MP⇒物質現象世界の変換・変容において、要と言えるMPの変換様相はどういうものであるのかである。
 当然、虚数から実数への変換である。しかし、空間的にはどうなのかである。1/4回転であろう。つまり、空間の捩れが生じると思うのである。つまり、現象世界とは捩れ後の世界、三次元空間ということになるのではないだろうか。
 ここで、喩えだが、朝顔の蕾をイデア界、開花した朝顔を現象世界とすると、捩れた蕾が四次元となるだろう。虚軸である。そう、三次元空間が捩れた蕾に内包されている様相である。折り畳まれた三次元空間である。あるいは、原三次元空間である。
 換言すると、原三次元を内包したイデア界・虚軸ということである。即ち、イデア界は、原時空四次元であるということである。
 それが、MPを介して、三次元空間+一次元時間に変換すると考えられる。
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2006年08月25日 (14:58)

「第14章 石の声」(『ターシャム・オルガヌム』)は至高の章である

毎夏、おそらく、十年以上は、至福・至上の歓喜とともに、新たな視野・地平・視点・思考・認識・知をもたらしてくれた書物に出会っている。今夏は、ウスペンスキーの『ターシャム・オルガヌム』にとどめを刺す。まだ、半分弱しか読んでいないが、今読んだ「第14章 石の声」は、至高の思想をもっている。不連続的差異論的内容も含んでいる。少し引用しよう。

《船乗り、死刑執行人、聖者を、異なった「働き」という観点から調べてみれば、影だけ見れば同じに見えるにしても、実際には彼らはまったく違った人間であり、お互いに何の共通点もないことが分かる。彼らは異なった存在であり、異なったカテゴリーに属し、お互いに何のつながりもない世界に生きている。・・・》 
p.185

《詩人は船のマスト、絞首台、十字架が「違った木」でできていることを知っている。彼は教会の壁の石と刑務所の壁の石との違いを理解している。彼は「石の声」を聞き、古い壁の言葉や、葬式の塑像、廃墟、森、川、平原の言葉を聞く。彼は「沈黙の声」を聞き、沈黙の心理的な違いを聞き分けることができ、異なった沈黙があることをしっている。》 p.188

《虚偽であることが明らかにされねばならない概念の一つは、人間の「同一性」と「平等性」という概念である。実際には、「死刑執行人」と「船乗り」と「聖者」の間の違いは、・・・、橋渡し不可能な深淵によって隔てられているのである。それは、「殺人」、「労働」、「祈り」のような行為がまったく異なった世界に属するのと同じである。
 ・・・
 実際に、すべての芸術の役割は、このつかみどころのない違いを理解し、表現することにある。画家にとっての色、音楽家にとっての音のように、芸術家にとって物質世界は単なる素材でしかない。それは本質世界を理解し、それを表現するための手段に過ぎないのである。・・・生命の神秘は、「ヌーメノン(本質)」、すなわち物の隠れた意味と働きが「フェノメノン(現象)」の中に反映されているという事実にある。「現象」は我々の領域における「本質」の反映なのである。一言で言えば、「フェノメノン(現象)はヌーメノン(本質)のイメージである。」 ・・・ 「現象」の中に反映した「本質」は「芸術家の魂」と呼ばれる精妙な器官によってのみ感じられ、理解されうるからである。》 
p.189~p.190


参照:
http://ameblo.jp/renshi/entry-10016163589.html
『ターシャム・オルガヌム』(P.D.ウスペンスキー著)を、強く推薦する
テーマ:P.D.ウスペンスキー 400ページ以上もある本書を、100ページ足らずしか読んでいないが、これは、天才的著書である。是非、読書されることを、お奨めしたい。
 内容は高度な高次元理論であるが、叙述は、平易明快なものなので、一般の方でも十分読解することができるものであると確信する。
 引用したい箇所が多くあるが、余裕がないので、割愛する。


リンク:『ターシャム・オルガヌム』
http://homepage1.nifty.com/pdo/TERTIUMORGANUM.htm
http://www7.ocn.ne.jp/~aeon-ms/booksalon/bs_17.htm
http://www.amazon.co.jp/gp/product/4795223793/250-8960880-5103431?v=glance&n=465392
http://search.yahoo.co.jp/bin/search?p=%A5%BF%A1%BC%A5%B7%A5%E3%A5%E0%A1%A6%A5%AA%A5%EB%A5%AC%A5%CC%A5%E0&fr=moz2&rls=org.mozilla:ja-JP:official
http://www.google.co.jp/search?q=%E3%82%BF%E3%83%BC%E3%82%B7%E3%83%A3%E3%83%A0%E3%83%BB%E3%82%AA%E3%83%AB%E3%82%AC%E3%83%8C%E3%83%A0&start=0&hl=ja&lr=lang_ja&ie=utf-8&oe=utf-8&client=firefox&rls=org.mozilla:ja-JP-mac:official

『P.D.ウスペンスキーの世界』
http://homepage1.nifty.com/pdo/

その他
http://www.amazon.co.jp/gp/richpub/listmania/fullview/R38YX9LQP61Q67
http://en.wikipedia.org/wiki/P._D._Ouspensky
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sophio・scorpio

  • Author:sophio・scorpio
  • 以下が、宇宙母船です。
    http://ameblo.jp/neomanichaeism
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