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2011年09月07日 (08:31)

風光美

篠竹が刈り上げたようにさっぱりとした帯になっている
手前は潟であり、風でさざ波を打っている
通奏低音のような潮騒から、車の音が聞こえる
風は晩夏で心地よい
時折、魚が潟の水面から飛び跳ねる
背後には松の木の植樹帯

松、松、雄松
茶髪のように枯れた松
海岸の松林は伐採された

海岸は潮のにおい
放射能に汚染された海
海に注ぐ川で釣りをする人

海幸、山幸
海水と淡水

塩と潮

濃い緑の糸杉のような樹木
闇を直観する
ダーク・マターが
物質の背後にある
光の世界の中の闇

そう、日本の美は京都や奈良にあると思っていたが
地味な田舎の風光にあるのである
「何もない」風光は地上楽園
ニライカナイはここにある

人間獣の世界

風光美の世界から
電車、駅
白いシーツのようなシャツを着た
男性たち
これこそ、同一性である

日本の男達は気骨がない
自我、自我、自我

i/-i

闇の光がすべてである

ふさふさとした大きなコリー犬を
連れる婦人
いざ帰りなん

闇の光が美しい
そう、都会には物質の光しかない
だから、腐敗する
金も物質の光である

闇の光から作り直さないといけない

PS理論によって
すべてはクリアになる

これから世界は生まれ変わる

英語という言語はぶっきらぼうだが
実は奥の深い言語だ
多重の意味世界が広がる
それは直観的言語である
概念の元の直観だ

今や新古代だ
見えない世界が到来した

光は闇であり
闇は光である

雪のような白の塊が河岸の竹やぶについている
シラサギがとまっている
シラサギは雪の鳥
S字型に首を折り曲げて
佇む
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2007年10月14日 (13:10)

空蝉橋にて

空蝉橋に立つ

昔を思う
この無機質の都会
享楽的な都会
瀆神的な都会
脱出せよ
神の国は汝のうちにあり
高次元の知的魂
コンクリートと車と群衆
心、心、心
亡国、亡国、亡国、亡国、亡国、・・・
問題は何か
脱近代、脱近代、脱近代、トランス・モダン・・・
亡魂の首都
首なしの首都
幽霊の首都
幽霊の現実

かつて、孤絶した心もて空蝉橋に立てり
閉塞、閉塞、閉塞
外界は閉塞している
内界から突破せよ
「旅は歩みをおわった所から始めねばならぬ。・・・
・・・あゝ、名を呼べぬ者達よ、此の放浪をお前に捧げよう。」『終りし道の標べに』

Media Pointが点火する
太陽と共振する
月と共振する
木星と共振する
・・・
Media Cosmos

差異共振価値を現実化する

砂嵐がやってきた
貧民、貧民、貧民
落ちる、落ちる、堕ちる

London Bridge Is Falling Down

空蝉橋の下を電車が流れ行く

灰色の空、灰色の雲、雲の「精霊」

イカルス、イカルス、イカルス
孤絶のミノタウロス
アリアドネの糸

脱出口は何処にあった
神の国は汝のうちにあり

虚次元

どこで壊れたか
オズの魔法使い、
ぼくには心臓がないんだ
ぼくには頭脳がないんだ
ぼくには勇気がないんだ

『存在と時間』は壁にぶつかっている
自我の壁にぶつかっている
なぜ、ハイデガーには共振性がないのだろう
そう、近代主義の極北だから

憂鬱な首都のSaturday

昔、孤絶した心、空蝉橋に立てり

2007年05月31日 (00:46)

政局詩:日本の指導層並び奴隷層に捧げる

お金とは何ぞ哉
お金は、正に、同一性欲望のメディアである。
お金があると、物質的にうれしい。
でも、本当か、そうではないだろう。
お金があっても、それだけでは、ご飯にはならない。
お金の物質的メディアとしての価値が嬉しさを生むのだろう。
おいしい食べ物を買うことができるし、広い家に住むことができるし、
快楽を満足できる。
快楽とは何ぞ哉。
快楽とは、同一性欲望の快感である。
差異の歓喜ではない。
歓喜と快楽は異なるだろう。
そう、だから、政治家や官僚ややくざは、快楽を求めている。
同一性の奴隷である。
同一性の奴隷の奴隷が国民である。ダブル奴隷である。
問題は、歓喜を生活に取り戻すことである。
快楽は、酔いどれだ。
歓喜は、高潔だ。
安倍首相殿、あなたは、快楽人間なのですね。
集団的自衛権の行使という快楽
愛国心という快楽
戦後レジームからの脱却という快楽
等々
そこには、歓喜はなく、快楽があるのです。
酔い痴れた、酔いどれの快楽の日本
ここには、歓喜の高潔さはない。
いったい何を考えているのか、指導者やその奴隷たちは。
快楽は、同一性欲望であり、物質身体に関係する。
物質身体は滅びる。
しかし、歓喜は、差異であり、それは、滅びない。
'Beauty is truth, truth beauty,'-that is all
Ye know on earth, and all ye need to know.
「美は真であり、真は美である」―これは
  地上にて汝らの知る一切であり、知るべきすべてである。
http://www.kitashirakawa.jp/taro/eigo40.html
A thing of beauty is a joy for ever: (美しいものは、永遠の歓喜である。)
Its loveliness increases; it will never
Pass into nothingness; but still will keep
A bower quiet for us, and a sleep
Full of sweet dreams, and health, and quiet breathing.
http://www.readprint.com/work-889/John-Keats
とイギリス・ロマン派詩人ジョン・キーツが言った。
この国の指導者は、はかない快楽lustを求め、また、この国の奴隷は、快楽を快楽する。快楽二重奴隷である。
安倍首相の求めているのは、醜悪な国である。
醜悪な国造りである。
恐ろしいペテン師である。
どうか、美という言葉を汚さないでほしい。日本語を汚さないでほしい。
安倍首相においては、すべてが転倒しているのだ。
倒錯である。
私は小泉前首相を忌み嫌ったが、
安倍首相に対しては、大嫌悪感を抱く。
あなたはいったい、日本をどうするおつもりか。
日本を反吐の出る国に変えたいようだ。
また、日本の指導層ならびに奴隷層、滅びの快楽に酔い痴れる馬鹿どもよ、
高潔なる歓喜・真理に目覚めるがいい。
差異は、路傍の花である。路傍の草である。
そこに、美があるのである。
小さな差異の世界、そこに真があり、美があるのである。
快楽は、獣的である。
そう、近代とは、獣人化である。
トランス・モダンの差異の歓喜・真善美に生きよ。

2006年10月01日 (11:43)

俳句&川柳

目を瞑り

海鳴を聞く

砂の浜


川土手の

風心地よき

鎮守の杜


玉の音に

蛙の混じる

窓辺なり


人間の

イデアは一つか

個のイデア


田舎なり

大きな蜘蛛の

壁を這い


プレハブの

海の家なく

サーファーの影


少女あり

カラスや千鳥

海景色


海釣りの

孤影の堤防

波砕く


白き鳥

ゆうゆうと翔ぶ

川面かな


土手道を

犬引きつれぬ

女たち


横這いの


蟹どもあらわる


川の道



蟹どもの

横這い隠る

川辺道


直売店

冬瓜まるまる

百五十円


運動に

疲れしからだ

俳句詠む


愚かなり

勝ち誇る我の

虚栄心


ゴミ浜に

兵どもが

棄て散らし

http://www.ese.yamanashi.ac.jp/~itoyo/basho/okunohosomichi/okuno20.htm#ku


モダン去り

兵どもの

荒地かな


コスモスや

曼珠沙華咲く

路傍かな


飛び魚の

銀に耀く

水の音


囚人や

我は忍耐

介護する


浅ましき

コトバ溢れぬ

巷なり


近代の

理想・理性は

闇なりぬ


金儲け

人をだまして

死人かな


美味し蕎麦

日々精進に

自炊せり


末世なり

ノアの方舟

世は忘れ


末世かな

タマシイ抜けし

ことばかり


哀れなり

愚人悪人

世に溢れ
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sophio・scorpio

  • Author:sophio・scorpio
  • 以下が、宇宙母船です。
    http://ameblo.jp/neomanichaeism
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