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2011年10月27日 (14:15)

三島由紀夫の『禁色』の表層と深層:仮相的表現と哲学的認識

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カテゴリ : 文学&哲学記事のURL

2011年09月26日 (23:54)

D. H. ロレンスの初期哲学とPS理論は陰陽極性論が共通:『王冠』、『トマス・ハーディ研究』他

評論『トマス・ハーディ研究』において、ロレンスは独自の哲学を展開している(正確に言うと、『王冠』と類似の理論を展開している。『王冠』より早いか、ほぼ同時である)。とりわけ、キリスト教の三位一体論を活用した極性論は東洋の陰陽論に似るが、世界文学(西洋文学)から例をあげて、具体的に論じている。
 簡単に言うと、

「父」(旧約)=「法」=身体(肉体)=闇

VS

「子」(新約)=「愛」=精神=光

という根源的な絶対的対立・矛盾があり、それを調和させるものは「聖霊」である。これは、『王冠』と同じであるが、『王冠』よりは具体的に論じられている。
  これをPS理論的に解読すれば、「父」は凹(-1)と凸(+1)ではないだろうか。そして、「子」は凹i(-i)と凸i(+i)のように思える。言い換えると、実軸と虚軸の対立である。そして、「聖霊」はmedia pointということになるだろう。
また、興味深いのはFleshである。これは、身体、肉体、感覚となるが、物質的身体というよりは、根源的身体のように思える。つまり、dark matterに基づく身体のように思えるのである。
 今はここで留める。

追記:リーダーシップ探求期(所謂、リーダーシップ小説期)において、初期の哲学がおそらく破綻したのである。つまり、極性の均衡が否定されて、つまり、「子」を否定して、「父」のみを肯定するようになるのである。内在していた二項対立が支配的になり、極性を否定することになった。もっとも、正確に言うと、極性は残っているのであるが、二項対立が強化され、優越的なのである。

追記2:『トマス・ハーディ研究』(ケンブリッジ版)のp. 95に、「法」は女性原理であると述べている。だから、「父」とすると、混乱を招く恐れがある。
 とまれ、ロレンスは独創的な初期哲学から中期において、逸脱するようになると考えられる。つまり、父権主義化したのである。それは、ロレンスの心の弱さの証明ではないだろうか。「父」=「法」のもつ女性原理(私なら母権原理)を中期ロレンスは恐れた節がある。それを抑圧しようとしたのである。反動である。ここで、ロレンスの前エディプス的病理がはたらいているのかもしれない。しかし、それを呼び戻した起因があるはずである。
 今の作業仮説では、第一世界大戦やその他の窮境によって、ロレンスは欧州社会・文化に絶望して、破壊的に、否定的になったのである。欧州へのそれまでの希望が消失したのである。具体的に言えば、世界大戦は機械文明がもたらしたものであり、その機械文明はロレンスに拠れば、キリスト教的なものであり、絶望をもたらした世界大戦を生んだ欧州文化、即ち、キリスト教文化は否定されなくてはならいとロレンスはドラスティックに極論したのではないだろうか。
 この否定は弁証法的であり、反動的であり、初期哲学の極性論とは不連続なものである。ロレンスの精神の危機と言えよう。自己否定となったのである。

Study of Thomas Hardy - Modernism Lab Essays
http://modernism.research.yale.edu/wiki/index.php/Study_of_Thomas_Hardy

Amazon.com: Study of Thomas Hardy and Other Essays (The ...
http://www.amazon.com/Study-Thomas-Essays-Cambridge-Lawrence/dp/0521272483

2010年06月06日 (22:38)

エドマンド・バーク 崇高と美の観念の起原 Edmund Burke : A Philosophi

エドマンド・バーク 崇高と美の観念の起原 Edmund Burke : A Philosophi

私はカントの『判断力判断』で崇高と美に関する議論を知ったが、バークの論考はそれの原点であるが、類似したものと思っていたが、実は異なるのである。
 カントの区別だと、両者の差異がやや曖昧になるが、バークは明確に、両者を区別しているのである。
 分かりやすく言えば、崇高とは悲劇的なものであり、美とは喜劇的なものである。あるいは、恐怖と愛らしさの違いである。
 ある文学理論では、悲劇は喜劇的構造に入るということが言われるが、バークの観念では、両者は独立したものである。つまり、絶対的差異である。
 哲学的には、これは、スピノザ哲学の歓喜主義を批判していることになる。恐怖や苦が肯定されるからである。
 まだ、よく理解していないが、バークの区別は、現代でも有効である。例えば、以前指摘したが、日本の似非ジャーナリズムは、悲劇的認識が欠落していると述べた。言い換えると、バークの用語から言えば、崇高性が欠けているのである。
 私がよく転載する英国のテレグラフ紙は、崇高的認識があるのである。
 邦訳であるが、生硬で、読みにくいのは確かである。もっとも原文の叙述にも問題があるだろう。

追記:言うのを忘れていたが、崇高とは、同一性を破壊するエネルギーではないだろうか。ニーチェで言えば、美はアポロであり、崇高はディオニュソスである。
 PS理論では、美は⇒+1でないだろうか。しかるに、崇高は、⇐+1ではないだろうか。つまり、美の崩壊であり、Media Pointがいわば剥き出しになるのではないだろうか。
 言い換えると、⇒+1が生ならば、⇐+1は死であろう。もっとも、+1は物質であり、それは、死であるが、実際のところ、崇高ではない。崇高は、超越性がいわば顕在化すると言えよう。日の出や日没は崇高性があるだろう。
 とまれ、後で検討したい。


エドマンド・バーク
崇高と美の観念の起原
Edmund Burke : A Philosophical Inquiry into the Origin of
Our Ideas of the Sublime and Beautiful 1757 中野好之訳
みすず書房 1973・1999


Amazon で購入する



 いまはなぜだかすっかり看過されてしまっているようだが、哲学芸術思想のなかには、「美学」という領域がある。エステテイックス(英 aesthetics、仏 esthe´tique)だ。そう言っては実も蓋もないけれど、つまりはエステだ。エステではあるけれど、メルロ=ポンティ(123夜) も、ロラン・バルト(714夜) も、九鬼周造(689夜) も中井正一(1068夜) も、それからウンベルト・エーコ(241夜) も、みんな本格的な美学者だった。こういうエステにこそ通院したほうがいい。
 美学は、1735年にドイツのアレクサンダー・バウムガルデンがその必要に気づいたときは、まだ「感性学」という意味だった。認識の能力には上位に“悟性の学”としての論理の学があるとしたら、下位には“感性の学”としての美についての認識の学があるはずだという判断から生まれた。バウムガルデンはライプニッツ(994夜) とヴォルフの思索の系統を引いていた。
 その後、美学はカントによってその最初の体系の確立を見たというのが通り相場になっている。1790年の『判断力批判』がその結晶的成果である。それでまちがってはいないのだが、そのカントに多大な影響を与えた一人の青年の大論文があったことを忘れてはいけない。それがエドマンド・バークなのである。ぼくは「遊」の第1期をつくっているころに出会って、うーん、と唸った。


http://www.isis.ne.jp/mnn/senya/senya1250.html

* A PHILOSOPHICAL INQUIRY INTO THE ORIGIN OF OUR IDEAS OF THE SUBLIME AND BEAUTIFUL; WITH AN INTRODUCTORY DISCOURSE CONCERNING TASTE 67
*
o PREFACE
o CONTENTS
o INTRODUCTION
o PART I
o PART II
o PART III
o PART IV
o PART V
o APPENDIX

http://www.gutenberg.org/files/15043/15043-h/15043-h.htm

2009年10月12日 (14:54)

対話原理式と対話一般式:多次元差異共立と「残像」の和(差):漱石の文学論の変換:F+f⇒A*B

Kaisetsu氏の以下の発展的論考は実に意義深い(尚、赤色や赤色の箇所の下線の強調はRenshi)。
 「和(差)が異次元の差異共立を表す記号である」という指摘は、重要である。そうすると、多次元差異共立が発生しているということになる。
 また、『時間的視点からは、「残像」の和(差)が対話の本質であろう』という点であるが、「残像」ということで、漱石の文学論のF+f説を想起した。Fとは「焦点的印象または観念」であり、fとは「これに付着する情緒」である。
 ここで、F+fをA*Bと書き換えてみよう。主体Aが他者Bと差異共振対話すると、他者Bが人間であれ、動物・植物であれ、あるいは、無生物であれ、あるいは、観念・概念であれ、そこには、エネルギーが生じる。このエネルギーに、fを入れることができるだろう。
 そうすると、漱石の文学論は、F+f⇒A*Bと変換される。そして、結局、PS理論的文学論とは、正に、対話原理式、対話一般式で表されると言えよう。
 
************************

新しい文学論のスタート⇒対話と差異共振 by Renshi氏

Trans-Modern New Platonic Trans-Creation

Sun, October 11, 2009 16:46:21
対話と差異共振:A*B⇒A1*B1⇒A2*B2⇒・・・


AとBの対話は、A+b、B+aで終わるものではない。A*B⇒A1*B1⇒A2*B2⇒・・・
となるのである。*は共振ないしは即非共振である。そして、
AK*BK
が差異共振の成果である。これは、AK=BKであり、また、AK≠BKという即非共振である。
 少し説明すると、共振によって、AはBと一(いつ)となり、Bを理解するのであり、Bを取り込むのである。しかしながら、同時に、AはAであるのである。だから、即非一性という成果があるとも言える。



...................................................................

(海舌の解説)

対話は差異価値衝突であり、積である。
Renshi氏の「A*B」という数的表現は正しい。

 参照: 2007.10.13 Saturday
貨幣交換は象徴交換である。貨幣交換は「衝突」である。

 対話は、価値衝突と書いたが、価値交換とも言えるのであり、まさに、Renshi氏の次の認識は正しいのである。

⇒共振によって、AはBと一(いつ)となり、Bを理解するのであり、Bを取り込むのである。しかしながら、同時に、AはAであるのである。だから、即非一性という成果があるとも言える。

 和(差)とは、異次元の差異共立を表す記号である。差異が、互いに没価値的に接触しない状況を表す記号が(和、差)である。和、差の区別は別に説明する。

 ボールAとボールBが、互いに衝突すると、ボールAのエネルギーはボールBに移り、ボールBのエネルギーはボールAに移る。その瞬間、両者は反発して互いに反対方向に離れる。

 ボールAとボールBの衝突前と衝突後のエネルギー状態、つまり、価値状態は異なる。

 つまり、Renshi氏の記号を使うと、

A1
B1

 と表現できる。

 何等かの事情で、A1とB1が、再度、衝突すると、その現象は、

A1*B1と数的に表記できる。

 この「A*B」と「A1*B1」は、異次元の価値である。「A*B」と「A1*B1」は質的に同一ではない。偶然、エネルギー・レベルが数量的に同値であっても、存在する時刻が異なる。時刻は絶対的な異次元ファクターである。

 時刻を表す記号として、「1」「2」・・・を見ても良いだろう。

 Renshi氏の表現を用いると、

 A*B⇒A1*B1⇒A2*B2⇒・・・(Renshi氏の対話原理式 Original expression for dialog)

 は、連続衝突後のエネルギー状態、つまり、価値衝突(交換)後の状態を逐一に表現していると考えられる。

 この価値の連続衝突(交換)の「一つ一つの状態」、時間的視点からは、「残像」の和(差)が、対話の本質であろう。

 つまり、

 二者間対話は、

∑k=1,2,3・・・n (Ak*Bk)(海舌(明日野)の対話一般式 General expression for dialog)

 と表現できるだろう。
http://blog.kaisetsu.org/?eid=810088
『海舌』 the Sea Tongue by Kaisetsu 
************************
「文学論」

「英文学形式論」は講義の第二部たる「文学論」の序章でもあった。前者は文学の形式について論じ、後者は内容について論じている。「文学論」はまた、今や中止せざるを得なくなった、漱石の「十年計画」の記念碑たるものだったが、漱石はのちにこれを『奇形児の残骸』(「私の個人主義」)と呼んでいる。この講義録を読むと、漱石の特質がよくわかる。つまり、客観性を重んじる分析的態度、持論の解説に必要な材料の完璧なまでの処理、あらゆる時代の権威者たちからの適切なる数多くの引用とそれに対する遠慮のない反論、文学的・非文学的見地からの鋭い観察に基づく、独創性あふれる洞察、西洋と東洋の文学の興味深い比較などがそれだが、中でもとくに注目されるのは、英文学に限らず、すべての文学そのものを支配する基本原理を突き止めようとする熱意だ。英文学は漱石にとって、文学の一つの側面にすぎなかった。今あげたような漱石の持つ特質が、「文学論」を、日本の文学者によって書かれた論文中最も重要な意味を持つものにしている。
 いかなる文学であれ、その内容はF+fという基本的な公式に帰する。Fは『焦点的印象または観念』を表し、fは『これに付着する情緒』を意味する。つまり、すべての文学の内容は観念的要素たるFと情緒的要素たるfの結合の結果である。Fは継続する意識の焦点、すなわち頂点を示し、したがって、個人の意識の中に瞬間的に現れる印象・観念だけでなく、その人の人生のある一時期、さらには、社会の進化の過程のある一時期に現れる印象観念をも含む。つまり、Fは心理学的基礎から出発し、社会的要因にまで発展する。このような論理の展開に沿って、漱石の講義は五つの大きな部分に分けられている。つまり、文学的内容の分類、文学的内容の数量的変化、文学的内容の特質、文学的内容の相互関係、集合的Fの五編だ。
 第一編で漱石は文学的内容を分類し、それによって文学の領域を明らかにしようとした。その領域は一般的に文学の領域と考えられている範囲、つまり、文学を純粋に知的な喜びと考える人間、その反対に道徳的観点から文学そのものの存在を否定する人間、どちらの種類の人間が考えている文学の範囲をも越える、非常に広範なものだ。人間が経験するすべての印象および観念は、三つに大別することができる。『(一)Fありてfなき場合すなわち知的要素を存し情的要素を欠くもの、たとえば吾人が有する三角形の観念のごとく、それに伴ふ情緒さらにあることなきもの。(二)Fに伴なうてfを生ずる場合、たとえば、花、星等の観念におけるがごときもの。(三)fのみ存在して、それに相応すべきFを認めえざる場合、・・・すなわちなんらの理由なくして感ずる恐怖など、みなこれに属すべきものなり。・・・以上三種のうち、文学的内容たりうべきは(二)にして、すなわち(F+f)の形式を具ふるものとす。』文学に表現される人間の基本的感覚要素は、触覚、温度、味覚、嗅覚、聴覚、視覚の六つだ。漱石はリボットの分類に従って、文学の内容となりうる心理的・感情的要素を二つに分けている。一つは恐怖、怒り、同情、自己観念、性的感情、愛情などの比較的単純な感情、もう一つは嫉妬、忠誠心、超自然的感覚、一般化された真実などの複雑な感情だ。そのあとに入念な例証が続くが、これは漱石が、感情こそが文学の試金石であると考えているためだ。言い替えるなら、文学は感情に始まり感情に終わる。人間のいかなる経験でも、それがfを引き起こすものでありさえすれば、文学になりうる。漱石はそう論じた後、文学の内容となりうるものすべて、つまりF+fという基本公式にあてはまるもののすべてが四つに分類されると言っている。つまり、『(一)感覚F、(二)人事F、(三)超自然F、(四)知識F』の四つだ。(一)はおもに自然界に関するもの、(二)は善悪喜怒哀楽を写した人間のドラマ、(三)は超自然あるいは宗教的な世界、(四)は人間のかかえる問題についての哲学的・精神的観念に関するものだ。この四つのFのうち文学の内容として最も効果的でないものは(四)の知識Fだ。なぜなら、文学においては、内容がより具体的であればあるほど、読者の感情を揺さぶることは少ないからだ。
http://soseki.intlcafe.info/kenkyuu/index12.html
『漱石研究』

2009年08月09日 (00:18)

予備考察:カントの直観と物自体について:純粋理性の二元論:同一性と差異

今は予見だけを一言述べる。カント哲学は知られているように、二元論である。経験に即した純粋理性と超経験的な純粋理性の二元論である。それは、同一性と差異の二元論と言えると思う。
 カント哲学の制約は、前者・同一性にあると思う。カントは経験を同一性に限定しているのである。そして、それを基準にするために、物自体は不可知となるのである。そう、物自体とは差異ないしは超越性と考えられるのであるから、カントは、同一性の制約の下に、差異と同一性の関係(二律背反、アンチノミー)の明確にしようとして、批判哲学を立てたと考えられる。
 そう見ると、ポスト・モダンとは、既にカント哲学において、生起していたことになる。構造主義も同様である。カント的構造主義/ポスト・モダンを正規に打破したのは、やはり、フッサールであり、乗り越えたのは、鈴木大拙であろう。あるいは、ウスペンスキーである。
 思うに、ドゥルーズ&ガタリの「離接」という概念は、「接」ということで、連続性を保っていると考えられる。差異同士は「接」しないからである。即非とは、「即」(一体・一如)且つ「非」(不同)ということで、連続性はないのである。
 

2008年08月31日 (13:01)

無知(愚)の知と「汝自身を知れ」:何故、己を知るのが難しいのか:自我優越の「天」と身体の「地」の結婚

「汝自身を知れ」、これは、古代ギリシアの有名な、デルフォイのアポロ神殿での、神託である。
 以下の参考資料がとても役に立つ。今は簡単に言うが、私の理解は、「汝自身」とは、自分の諸々の「欲望」ではないかと思う。知の欲望があり、富の欲望があり、精神的欲望があり、身体的欲望があり、社会・社交的欲望があり、等々である。
 思うに、個の諸欲望を妨げているのは、見栄や虚栄心である。というか、ある方向に傾斜した欲望が、他の欲望を阻害するようになると思う。ある方向に傾斜した欲望とは端的に執着、我執であり、妄念的になりうるのである。
 仏教は、これからの脱却(解脱)を、説いているが、これが、実際は実に困難である。ある方向に傾斜した欲望、執念は、他の欲望を圧倒するのである。執念の一番は自我優越傾斜ではないだろうか。他者よりも優越であらんとする欲望、自我優越欲望が、最大のものではないだろうか。
 例えば、出世し高い地位に就きたいとか、人に称賛されたいとか、人にはできないことをしたいとか、その他様々な自我優越欲望があるだろう。
 もっとも、これはこれで意味があることである。ただ、それが、他の欲望を圧倒すると、バランスが崩れて、自己欲望に囚われて、自己に対して無知(愚・無明)となるのである。つまり、自己無知とは、囚われの状態を意味しよう。これは、ある欲望が自己を支配しているのであり、自己はその被束縛状態が認識できないのである。
 ある一つの自我優越志向欲望が他の諸欲望を支配しているので、自己盲目・自己無知となっているのである。資本主義ならば、交換価値という利益への欲望が至上である。これは、また、同一性主義そのものである。
 では、この自我優越欲望=自己無知に対して、どう対処し、自己知を獲得できるのだろうか。確かに、無知の知(愚闇の知)は一つのポイントではあるが、積極的ではないと思う。
 思うに、今は、暫定的に言うが、一つの方法は、他者の気持ち・思い・心を汲むことではないだろうか。いわば、ボーモン夫人の「美女と野獣」の教訓のようなものではないか。外見に囚われて、心を尊重しないときが、自己無知ではないのか。
 また、端的な自己認識に関してであるが、自我が否定するものは、実は、自我が望んでいるものの可能性があることである。諸欲望のぶつかり合いがあるのであり、そこから、ヒエラルキーが生じて、ある欲望を他の欲望が否定するのである。つまり、二項対立的価値観が存しているという問題である。結局、多元多様な欲望を認めるべきだと思う。そう、自我優越欲望とは端的に、二項対立的価値観である。自己同一性を、他者よりも優越化しようとする発想である。
 ここにおいて、知と身体との「結婚」が可能になるだろう。「天」と「地」の「結婚」である。差異共鳴である。西洋文明は「天」を中心化して、「地」を貶めてきたのである。封建主義、近代主義がそうである。
 後でプラトンの「コーラ」について検討したいが、思うに、「コーラ」は、「地」ではないかと直感するのである。PS理論では、-iである。「天」が+iであるから、「地」は-iとなるのである。父権制が+iで母権制が-iではないのか。
 もっとも、この点は微妙なのである。今の私の考えでは、負父権制とは、「天」へ傾斜しているのであるが、母権制とは、「天」と「地」との共鳴性ではないかと思っている。【これは、またジェンダー論、女性の脳論に関係する。例えば、男性の脳は左脳傾斜していて、同一性主義であるが、女性の脳は、両脳の共鳴性が主導的ではないのかということである。しかし、現代の女性は男性教育つまり左脳教育を受けているので、本来的な両脳の共振文化=母権文化を喪失しているのではないか。】
 この視点から見ると、「コーラ」は、「天」と「地」との共鳴性ということになる。どちらが本当なのか。「地」なのか、「天」と「地」との共鳴なのか。しかしながら、これは、ある意味で愚問ではないか。「地」は「天」という同一性傾斜性にとっては、差異である。そして、本源的には、「天」と「地」とは共鳴相にあるのである。だから、「地」という差異は、「地」との共鳴相を本来意味するのである。
 この点から見ると、「コーラ」とは、「地」であるし、「天」と「地」との共鳴相であると言えるように思うのである。差異は差異共鳴性なのである。【これは、大女神と大地母神との関係にもあてはまるだろう。大女神は、言わば、「天」と「地」との共鳴神であり、大地母神は当然、「地」の神である。しかしながら、両者は一体であると見るのが正しいだろう。大地の女神とは、「天」と「地」の共鳴原神である。端的に、コスモスの女神である。】
 今はここで留める。


参考:

「汝自身を知れ・・・汝自身を知れ・・・」そう、心の中で何度も反芻(はんすう)した・・・。

3ヶ月ほど考え続けた挙げ句、ソクラテスは、このように考えるようになった。
「余りにも近くにあるものに対して、意識を留めることがなかった。そこから自分の感覚は無感覚と無意識に支配されていたのである」

さてこの自分の意識の状態を知った時、自分が自分の主(あるじ)になっていない現実をつくづくと思い知らされるソクラテスであった。それからソクラテスは、無感覚と無意識を排除し、自分の心の状態を目覚めた状態にしておくことを強く意識するようになった。

http://www.st.rim.or.jp/~success/sokuratesu_ye.html


「汝自身を知れ」という言葉に殉教した男

ソクラテス異聞

2007年08月13日 (22:29)

三島由紀夫の『鏡子の家』:三島の毒を通した《光》:Media Pointの太極性

今日、三島由紀夫の『鏡子の家』
http://www.mishimayukio.jp/sakuhin36_2.html#kyoko
を買った。税込みで780円。買う前に、店内で冒頭から立ち読みしたが、引き込まれていた。決して、三島由紀夫の文体はうまくはない。文体なら、太宰治の方が、優れた日本語を創造していると思う。では、何故、三島由紀夫を読みたくなったのか。それは、彼の文章にある毒に惹かれるからだと思う。それは、悪意であり、そして、結局はルサンチマンだと思う。簡潔に言えば、生存へのルサンチマンである。生への恨みが三島にはあると思う。これは、彼の文章を読む人ならば、すぐわかるだろう。そう、アンチ・ヒューマニズムである。政治的には、戦後民主主義への心底の憎悪がある。思想的には、当然、ニヒリズムである。
 ニーチェは積極的ニヒリズムを説いたが、三島には積極性はない。無に対する異様な郷愁をもっていたと思う。ある意味で、究極の仏教徒ではなかったろうか。仏陀、釈迦牟尼シャカムニは、輪廻する世界から解脱を説いたのである。それは、一種、肯定的ニヒリズムである。こういうと、ニーチェとの違いがわからなくなるが、ニーチェは地上の生を求めていたのであるが、仏陀や三島は、言うならば、死の生を求めていたのである。
 ここで、よく言われるが、西洋と東洋の根本的相違が現れているだろう。生の西洋であり、死の東洋である。前者は生死であり、後者は死生である。(思うに、アルベール・カミュは、珍しく、東洋的ではないだろうか。)ここで、僭越ながら、私に関して言うと、やはり、東洋側である。確かに、死は恐く、生への執着はないことはないが、通奏低音として、死への憧憬があるのではないだろうか。
 結局は、死と生との「絶対矛盾的自己同一」が基本ではないのだろうか。そして、これが本稿のポイントにつながるのである。私が今日、思いついたのは、三島由紀夫の生への否定・死の肯定から、根源的には、PS理論で言えば、Media Pointにおいて、生のエネルギーと死のエネルギー、言い換えると、正のエネルギーと負のエネルギーが拮抗して、最初は正のエネルギーが現象化するが、それが消滅すると、死のエネルギー、負のエネルギーが発動・発現するのではないのかということである。これは、考えれば、以前述べたことではあるが、三島由紀夫に関連しては、考えなかったことであるし、また、Media Pointについては、以前は、明確に提起されていなかったので、今日、ここで提起するのは、有意義であると考えられる。
 死のエネルギー、乃至は、負のエネルギーと言うと、すぐに、フロイトの死の本能(死の欲動)を想起するのである。それは、破壊的な本能である。フロイトは、これで、それまでのエロス中心の自説の変更を余儀なくされたのである。つまり、人間の本能の中心はエロス(フロイトの場合は、正しくは、近親相姦欲望である)であるとした自説を翻して、タナトス(死の本能)が人間の本能の基盤にあるとしたのである。これは、いわば、フロイトからアンチ・フロイトへの転向と言っていいくらいである。ポスト・フロイトになったのである。これは、第1次世界大戦の恐ろしい経験をした患者が決して生(エロス)を求めず、破壊的な死を求めたことから、理論化したことである。また、死の本能は、フロイトの孫による糸巻き遊びにも見られるとフロイトは説いたのである。言語形成に、死の本能=破壊本能が主導的であると見たのである。
 では、生のエネルギーと死のエネルギーの一種の対極性という考えとフロイトの死の本能説は共通しているのだろうか。この問いはここまま置いておき、PS理論から展開したい。(あるいは、読者自身に考えていただこうか。)
 PS理論では、イデア界の差異即非共振性があり、これが連続化して、Media Pointに変換する。もっとも、ここでは、差異の不連続性は保持されている。この差異即非の不連続性が最初に存することに注意しなくてはならない。不連続性が自身を保持しつつも、連続化するのである。不連続性と連続性の即非様態と言えるだろう。そして、この連続性が展開して同一性を形成して、現象世界を生起するのである。(思うに、イデア界からのなんらかの回転で、Media Poitが形成され、さらになんらかの回転で、現象界が出現するのではないだろうか。以前、二回の1/4回転が必要だと述べたことがある。この点は新たに考えたい。)
 つまり、PS理論の視点では、不連続性(イデア界)⇒不連続性/連続性(Media Point)⇒連続的同一性(現象界)へと変換すると見るのである。これは、言い換えれば、死⇒死/生⇒生ということになるだろう。
 この視点から見ると、生のエネルギーとは、Media Pointから現象を形成する力である。そして、対極になる死のエネルギーは、逆方向のエネルギーであると言えよう。ここで、図式を変えると、死←死/生←生となる。
 時間の不可逆性があるが、それは、生・生成から死・消滅へと不可逆に流れるということである。ここに、形成するエネルギー、そして、破壊するエネルギーを見たい。生を形成する力を構造エネルギーとすれば、死をもたらす破壊する力は、脱構造エネルギーとなるのではないだろうか。
 思うに、《自然》の力は、生の構造エネルギーから死の脱構造エネルギーへと展開するようになっているのではないのか。私は今のところは、Media Pointの対極性として考えているのであるが。思うに、Media Pointから同一性が形成されるエネルギーが発動し、構造化が済むと、Media Pointの力は、今度は、同一性を破壊する脱構造エネルギーへと転換する志向をもっているのではないのか。思うに、以前、Kaisetsu氏が、エネルギー保存則から、プラス・エネルギーとマイナス・エネルギーで±ゼロとなることを述べていたのを想起する。
 ここで、直感から話すと、Media Pointにおいて、同一性志向性があるので、差異は連続的同一性化されるのである。そして、これが、現象化である。これは言語の発生ともつながることである。(だから、道具の発見ともつながるだろう。)しかし、差異が発動するときがあると思うのである。(このことは以前、繰り返し検討したことがあるが、うまくまとまらなかった。)思うに、連続的同一性形成へのエネルギー、あるいは、構造エネルギーがあり、それが消費されるときがくる。例えば、人間の成長を考えればいいだろう。若いときまでは、成長が盛んであり、心身の形成、とりわけ、身体の成長のためのエネルギーが主導的である。しかし、その後、成長エネルギー(ホルモンと関係するだろう)が無くなり、衰退するエネルギー(負のエネルギー)が作用するのではないだろうか。老化のエネルギーと言ってもいいだろう。
 このように具体性から、私の言いたい、生・正のエネルギーと死・負のエネルギーの対極性は考えられるのではないだろうか。もっとも、対極性というのは、少し言い足りない考え方ではある。そう、陰陽・太極性と呼んだ方がいいようだ。つまり、陽のエネルギーがあり、そして、陽が極まれば、陰に転ずということで、陰のエネルギーへと展開するということになる。だから、生・死/正・負エネルギーの太極性と呼ぼう。(やはり、回転と関係していると思う。後で、この点について考えたい。以前言及したことがあると思う。)
 構造エネルギーから脱構造エネルギーへの必然的な変換となる。差異論で言えば、同一性エネルギーから差異エネルギーへの変換である。前者は同一性形成エネルギー(近代合理主義がここに入る。近代科学や唯物論が入る)であるが、ここでは、差異が否定されるのである。つまり、差異への破壊エネルギーである。具体的には、環境破壊や戦争や諸々の犯罪を生むのである。そして、それがそれが衰退・消滅して、差異エネルギーが発動する。これは、差異を肯定するエネルギーで、差異共振エネルギーである。これは、同一性形成エネルギーによって否定・破壊されたものを修復するだろう。これは、実は創造エネルギーでもある。平和のエネルギーでもある。(これは、本来的な女性のエネルギーである。「喜劇」的なエネルギーでもある。喜劇とはこの場合、真正の意味の喜劇である。つまり、旧秩序→破壊・混沌→新秩序という図式をもつ文学が喜劇である。)
 では、このマイナス・エネルギー(脱構造エネルギー、死のエネルギー、差異のエネルギー)はどういう仕組みをもつのだろうか。つまり、Media Pointにおいて、どういう仕組みをもつのか。
 Media Pointは、死/生ないしは不連続性/連続性ないしは差異/同一性の空間である。つまり、死→生、不連続性→連続性、差異→同一性、脱構造→構造のエネルギーがプラス・エネルギーであるのに対して、死←生、不連続性←連続性、差異←同一性、脱構造←構造のエネルギーがマイナス・エネルギーであるということになるのではないだろうか。
 そうならば、マイナス・エネルギーはイデア界・虚界の性質をなんらか帯びていると言えるのではないだろうか。つまり、言い換えると、イデア界・虚界という根源界への回帰エネルギーではないだろうか。永遠回帰エネルギーではないだろうか。そうだろう。死のエネルギーなのだから、死=イデア界・虚界へと帰還しようとするエネルギーなのだと考えられる。
 ということで、冒頭の三島由紀夫に戻るのである。三島由紀夫のアンチ・ヒューマニズム、毒・悪意・生へのルサンチマンとは、死のエネルギーに拠るのであり、それが、極端・過激な形で、後年発現したということではないだろうか。確かに、極端である。
 おそらく、どこか間違っているのだろう。死のエネルギーを私は創造エネルギーであると言った。なぜなら、これは、差異共振エネルギーであるからである。だから、三島の場合は、差異エネルギーが、同一性への反動としての面が強かったと思うのである。自死した1970年昭和45年は、まだまだ、戦後の近代合理主義の主導的な時代、高度成長がまだ続いていた時代であったのだから。そう、戦後的近代主義への反動が三島の毒を造っているのだ。
 しかしながら、三島の毒には、真正の死のエネルギーがあって、それが、今日、必要なエネルギーなのである。永遠回帰のエネルギーである。仏陀・釈迦牟尼のエネルギーである。三島の毒を透過して見える死のエネルギー=創造エネルギーを評価すべきなのである。
 時代は、世界は、戦争や環境破壊や犯罪に満ち溢れている。それは、同一性エネルギー、構造エネルギーによるのである。ジェンダー的に言えば、父権的エネルギーである。しかし、他方、それを乗り越える差異エネルギー、脱構造エネルギー、平和エネルギー、母権的エネルギーである死のエネルギー・永遠回帰エネルギー・仏陀エネルギーが発動しているのであり、さらに前者を凌駕するように強化されると考えられるのである。占星術的コスモス史では、魚座から水瓶座への転換を説いているのである。水瓶座は調和・友情・平和を意味するのである。
 では、暇を見ては、『鏡子の家』を読もう。 


参考:

三島は昭和34年(34歳の時)に満を持して「鏡子の家」を発表した。「金閣寺」の成功の後に、渾身の力を込めて発表した自信作だった。しかし、この作品は批評家から全く評価されず、冷たい黙殺をもって迎えられた。

「鏡子の家」には、三島の分身とされる4人の青年が登場する。
ボクサーの俊吉は、全日本チャンピオンになるが、ちんぴらに襲われて拳をつぶされ、右翼団体に加入する。

美貌の新劇俳優の収は、醜貌の女高利貸しに金で買われ、最後にこの女と心中してしまう。

日本画家の夏雄は、自分を天使だと信じている。
商社マンの清一郎は、世界の崩壊を信じている。

この小説について、例えばヘンリー・スコット=ストークスは次のように解説している。

三島のこういう四つの顔を配した『鏡子の家』は、一九五〇年代の三島文学の中では最も雄弁に著者自身を語るものといえるだろう。四人が代表する三島の四側面は、いずれもこのころまでは目立たなかったが、やがて六〇年代に入ってはっきり現われてくる。

峻吉に代表される右翼的偏向は、一九六五年以降はとくに顕著になるし、人間は肉体が美しいうちに自殺しなければならないという信念も、六〇年代後半には明確になる。同じことは、流血によって存在の保証をつかもうとする収の欲望や「完全な芝居」への夢についてもいえる。

だが『鏡子の家』の最大の特徴は、四人の登場人物のうち三人までが世界の,崩壊を必至と考えていることだろう。この意味で、三島のニヒリズムは浪曼派のそれと非常に近い。

江藤淳は、三島を指して、挫折した日本浪曼派の最後のスポークスマンだと言い、戦後の三島作品に繰り返し現われる世界崩壊への期待は、浪曼派最大の特色の一つだったと書いている。

「鏡子の家」が評価されなかった理由はいろいろあるけれど、一言でいえばこの4人の登場人物のどれにもリアリティーがなかったことだろう。三島は4人の人物に自分を分け与えるに当たって、彼の持つ二つの側面のうち、市民的幸福を唾棄するニヒルな面だけを投入した。

「僕は俗気があります」と自分から認めていながら、彼は自分の世俗性とその背後に潜む不全感を作品の中に書き込むことを避けた。これでは登場人物が一面的な作り物に堕してしまうのも当然といえる。

ここまで順風満帆、やることなすことすべてが思う壺にはまってきた三島にとって、「鏡子の家」の失敗は大変な打撃だったらしい。彼は大島渚との対談で、「鏡子の家」発表後の文壇の反応について「その時の文壇の冷たさってなかったですよ」と語り、「それから狂っちゃったんでしょうね、きっと」とうち明けている。事実、この頃から三島由紀夫狂乱がはじまるのである。

http://www.ne.jp/asahi/kaze/kaze/misima.html
畑に家を建てるまで  

2007年04月16日 (02:56)

新訳 ハムレット (角川文庫):超越界と現象界:ミメーシスとプラトン主義

久しぶりに、『ハムレット』を読んだ。本屋でちらと見て、直観で、いい翻訳に思えたので、買ったのであったが、正解であった。

実に、ヴィヴィッドな、歯切れのいい、訳である。

とまれ、この新訳の『ハムレット』を読んで、スピード、速度のエネルギーを強く感じた。

とにかく、スピードである。エネルギッシュなスピードである。疾風怒濤である。

これについては、後で考察しよう。

また、明確に感じられたのは、ハムレットの意識のもつ、「永遠の相」、あるいは、形而上学、超越性の次元である。

確かに、これまで、なにか神秘的な次元の示唆を感じたが、なにか、作品世界における、単なる枝葉の部分だと思ったが、今、その次元が明確に作品世界を構成していることが感じられた。

さる故人から、シェイクスピアとダンテの比較を、ずいぶん昔に示唆されたことがあるが、そのときは、まったくピンと来なかった。両者異質なものと考えていたからであった。

しかし、今や、はっきりと、シェイクスピアの作品世界を構成する層として、宗教的次元、超越的次元、形而上学的次元があることが了解された。

やはり、ルネサンスの作品である。そして、また、プロテスタンティズムの倫理がエネルギーになっているのを感じるのである。

後で、さらに考察を行いたい。

p.s. やはり、文学作品の翻訳は、訳者の日本語能力がものを言う。河合祥一郎氏は、福田恆存氏、小田島雄志氏というこれまでのシェイクスピアの名訳者を超えたと言えよう。

シェイクスピアは、もう現代には合わず、古くさくなってしまったと思っていたが、このような名訳によって、シェイクスピアは、蘇ったと言えよう。

ところで、作品世界であるが、『夏の夜の夢』は、妖精の次元と人間界との二重構造であり、前者が後者を支配している構造になっているが、この超自然的次元と、『ハムレット』における宗教・超越的次元とパラレルであると考えられるだろう。

p.p.s. ハムレットの有名な「リアリズム」論(芝居は時代の鏡である)であるが、この超越的次元と「リアリズム」(ミメーシス)の関係を見なくてはならない。いわゆる、写実主義ではない。超越的次元を基盤として、現象界を、シェイクスピアは観察しているのである。内省的観察なのである。そう、シェイクスピアは、プラトニストだと思う。イデア論的発想が見られるのである。ルネサンスの新プラトン主義の影響を当然考えられるが、それよりは、シェイクスピアの特異な視点として、イデア論的意識があると思われるのである。プラトニストとしてのシェイクスピアである。この視点によって、おそらく、シェイクスピアの作品が解明されるのではないだろうか。ケルト文化とプラトン主義、ここにイギリスの秘密があるのではないだろうか。イギリス経験論は、ロックやヒュームだけではなく、超越性が入っていると思うのである。超越的経験論ないし超越的現象学である。イギリス文学の美術性は、どうも、ここに関係するのではないだろうか。


新訳 ハムレット (文庫)
ウィリアム シェイクスピア (著), William Shakespeare (原著), 河合 祥一郎 (翻訳)
http://www.amazon.co.jp/%E6%96%B0%E8%A8%B3-%E3%83%8F%E3%83%A0%E3%83%AC%E3%83%83%E3%83%88-%E3%82%A6%E3%82%A3%E3%83%AA%E3%82%A2%E3%83%A0-%E3%82%B7%E3%82%A7%E3%82%A4%E3%82%AF%E3%82%B9%E3%83%94%E3%82%A2/dp/4042106145/ref=sr_1_1/503-9545992-4786306?ie=UTF8&s=books&qid=1176653530&sr=8-1

2007年03月17日 (15:54)

ロレンスの「愛」と「力」の極性論について:王冠の思想又は聖霊の思想について:獅子と一角獣の対極性

先に、全体主義に関連して、ロレンスの「愛」と「力」の極性論に言及したが、ここでは整理したい。

ロレンスの思想は、対極性の思想である。それは、英国王室の紋章にある獅子と一角獣を対極性に見立てたものである。

即ち、獅子が「力」であり、一角獣が「愛」である。

これは、さらに、「父」と「子」の対極性とされるのである。

ロレンス自身の混乱は、自身の思想を否定するように、「力」の思想を説いた点にあると言えよう。

元々は、対極のバランスを説いているのであり、それが、「聖霊」の様相なのである。

これは、PS理論で言うと、例えば、iが獅子であり、-iが一角獣になるだろう。この調和が⇒+1であり、そして、「聖霊」ということになると思うのである。

即ち、i=獅子=自己であり、-i=一角獣=他者である。この自己と他者との共振が、⇒+1=「聖霊」というように考えることができるだろう。

ロレンスの考えを敷延するなら、キリスト教は、他者-iに傾斜しているのであり(隣人愛)、異教ないし旧約聖書は、主体iに傾斜しているということである。この両者が拮抗し、バランスをとる様相が「聖霊」である。

そして、PS理論的には、「聖霊」とは、メディア・ポイントに於ける差異共振的同一性ということになるだろう。

問題は、先にも述べたが、メディア・ポイントにおいて、連続性=自我があると、反動化すると考えられるのである。

「力」の志向性は、i*-(-i)⇒-1である。しかし、これでは、近代主義と同じである。

先の説明と齟齬となる。先において、全体主義は、近代主義の反動であり、-i*(-i)⇒-1であると述べたのである。

どうも、整理し直さないといけないようだ。

ロレンスの思想は、複雑である。ロレンスは、獅子を肉体、一角獣を精神と見ている。

だから、iが一角獣であり、-iが獅子と見ないといけない。すると、ロレンスにとり、キリスト教とは、i*-(-i)⇒-1であったのであり、「力」の肯定とは、-i*(-i)⇒-1であり、これで、先に言った全体主義の図式となるのである。

ハイデガーは、この図式の哲学を説いたと考えられるが、ロレンスは、この全体主義的図式から脱却できたと考えられるが、どうして脱却できたのであろうか。

それは、一つは、同時代の全体主義の動きを知り、反感をもったことがあるだろう。しかしながら、内在的要因があるはずである。

それは、紀行文『エトルリアの場所』Etruscan Placesにあるように、古代エトルリア人の文化のもつ特異性と対極性の文化に触れて、彼自身が本来もつ対極性の思想が蘇ったからだと思われるのである。

他者を「力」で克服するのではなく(古代ローマ帝国のやり方)、他者と共振する様相が復活したのだと思われるのである。

PS理論から見ると、ロレンスは、メディア・ポイントにおいて、+1と-1の間で揺れ動いていたと考えられるのである。

即ち、共振性と連続性との間で揺れ動いていたのである。そう、自己と自我の間の揺らぎである。

これは、虚数軸と実数軸との混淆的揺らぎである。

正確に言うと、差異共振的同一性と連続的同一性との間の揺らぎである。

思うに、この原因は、ロマン主義にあるのではないだろうか。ロマン主義は、実は、全体主義的なのだと思うのである。即ち、-i*(-i)⇒-1だと思うのである。

そして、晩年において、ロレンスの知性iと身体-iとのバランスが創造されるときが来たのである。そして、全体主義から脱却したと考えられるのである。

すると、「聖霊」とは差異共振シナジー・エネルギーのことであるが、それは、やはり、超越的共振エネルギーであろう。i*(-i)である。そして、コスモスと「わたし」は一体であるというのは、端的に、i*(-i)⇒+1ということではないだろうか。即ち、コスモスとは、イデア界である。

ロレンスの言うコスモスとしての太陽は、プラトンの善のイデアの「太陽」と等価であろう。

そう、悟り・仏陀としてのコスモスの太陽であったのだろう。

参考:

エトルリア
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エトルリアの領域 紀元前750年(濃いくさいろ)、紀元前750年から同500年にかけての拡張(薄いくさいろ)。12の都市国家は二重丸で示した
エトルリアの領域 紀元前750年(濃いくさいろ)、紀元前750年から同500年にかけての拡張(薄いくさいろ)。12の都市国家は二重丸で示した

エトルリア(Etruria)は、紀元前8世紀 ~紀元前4世紀 ごろにイタリア半島 中部にあった都市国家集団。12の都市国家の連合体であった。古代ギリシア や古代ローマ とは異なる独自の文化を持ち、独自のエトルリア語 を使った。エトルリア語はアルファベット で記述されているので、文字を読むことはできるが、意味はすべては解読されていない。当時としては高い建築技術を持ち、その技術はローマに吸収された。

紀元前4世紀、ローマ の勢力が強くなると、端の都市から順に少しずつローマに併合され、最終的には完全にローマ文化圏になり消滅した。 しかし、その名前は近世イタリア のエトルリア王国 や現代イタリアのトスカーナ州 (エトルリア人の土地の意)として残った。

[編集 ] 関連項目

* エトルリア人
* エトルリア語
* エトルリア美術

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カテゴリ : 先史ヨーロッパ | エトルリア


エトルリア美術
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カリュクスクラテル フランソワの壷同様神話描写が見られる黒陶
カリュクスクラテル フランソワの壷同様神話描写が見られる黒陶

エトルリア美術(エトルリアびじゅつ)は、イタリア 中部のエトルリア (現在のトスカナ 地方にほぼ相当する)を中心とした、古代民族エトルリア人 の美術活動およびその作品を指す。起源は紀元前10世紀 に始まるビラノーバ文化 にある。青銅器時代 から鉄器時代 への転換期に出現したこの文化は、イタリア中部を中心に栄え、円錐形を上下に組み合わせた黒陶骨壺を伴出する土壙墓に特徴を有し、紀元前700年 以降のエトルリア文化 と共通する本質的要素を有していることから原エトルリア文化 と見なされている。

紀元前7世紀 末までのエトルリア美術は、東方化様式時代であり、アナトリア 、北シリア 、フェニキア の美術の影響が認められる。特に装身具などの青銅器や貴金属器が特徴的であり、陶器としてはカノポス型骨壺(人頭形蓋付き骨壺)、薄手式ブッケロ などを有していた。スフィンクス 、グリフォン などの動物文、ロータス文、ロゼット文などの植物文にこの時代の東方的要素を見ることができる。この時代は、鉱物資源の開発やギリシア および東方との貿易によって経済基盤の確立した時代でもあり、ベイオ (ウェイイ)、タルクイニア 、チェルベテリ 、ブルチ などの都市が発展し、豊かな副葬品を伴う墓(カンパーナの墓、レゴリーニ・ガラッシの墓など)が数多く造られた。またローマ を中継地とする塩の道 によって南イタリアのギリシア美術 とも直接的な接触をもち、紀元前7世紀 後半から、コリント式陶器を模した陶器も製作されるようになった。ギリシア美術との接触は、タルクイニア で墓室壁画を生み、チェルベテリ やウェトゥロニア で等身大彫刻を誕生させた。紀元前6世紀 に入るとギリシア美術の影響はさらに強くなり、紀元前5世紀 中頃までのアルカイク時代 に、エトルリア美術はほぼ30年ほど遅れてギリシア美術の様式変遷を繰り返した。特に紀元前6世紀 後半からはイオニア地方 の美術要素が濃厚に見られ、将来品としてのギリシア陶器が副葬品として数多く出土している。フランソアの壺 をはじめとして、ヨーロッパの美術館に収蔵されているほとんどのギリシア陶器の優品は、エトルリア出土のものである。エトルリア出身の美術家で唯一名前の伝わるウルカ は、紀元前6世紀 末に活躍した彫刻家で、ベイオ 出土のアポロン像 は彼の作風を伝えていると考えられている。この時代のエトルリア美術は彩色塑像や青銅製の燭台をはじめとする装飾具に優れた水準を示し、金属製工芸品にはギリシアのそれを凌駕する作品も数多く認められる。ただしギリシアのごとく、社会制度、倫理、宗教観などが一致した、人間像中心の美術ではなく、貴族たちによって支えられた美術であるため、洗練性と地方性を有し、内在的様式展開の活力に欠ける美術であった。

紀元前6世紀 初頭に確立するエトルリア式神殿は高い石造基壇と豪華な彩色テラコッタ装飾を有する木造建築で、その発達した段階のタイプは、ローマの神殿建築にも影響を与えた。土木事業においても、石材を巧みに利用して城壁、城門、排水路などを建設し、前 5 世紀からはアーチも使用している。都市計画ではマルツァボット のごとく、ヒッポダモス式 と言われる碁盤目状の街区を造り、社会制度の発展を反映している。またタルクイニア を中心とする墓は、壁画によって装飾され、宴会、競技、踊り、鳥占い、釣りなどを主題とする現世肯定の明るくおおらかな絵画であった(牝牛の墓、鳥占い師の墓など)。これらの墓はヒュポゲウム式 であり、生前の住宅室内の空間を模したものもある。紀元前6世紀 末か紀元前5世紀 初頭はギリシアのアッティカ地方 の美術が大きな影響力を有していた。それは壁画(豹の墓 など)や塑像(ヘルメス像 )などに明確に見ることができる。

紀元前5世紀 前半、エトルリアは南イタリアに有していた領土を放棄し、ローマ以北の故地に撤退する。このため、マグナ・グラエキア との直接の交流を失い、ギリシア美術の影響は弱まり間欠的となった。これによりギリシア古典期の美術の要素は少なくなり、経済的停滞とあいまって、エトルリアの各都市を中心にした地方化が進んだ。この時代は古典時代 と呼ばれているが、統一的な様式としてエトルリア美術をとらえることは困難である。紀元前4世紀 に入ると、徐々にローマの勢力がエトルリアを圧迫し、その社会状況は美術のうえにも認められる。タルクイニア の船の墓 や戦士の墓 などのごとく、冥界のデーモン的存在が描出されるようになり、彫刻においても以前の活力は見られなくなった。しかし、アレッツォ から出土したキマイラ像 などのような青銅像、テラコッタ製肖像、石棺浮彫などには優れたものが多く、ヘレニズム時代 の紀元前4世紀 末からは写実性に優れた作品が認められるようになった。紀元前3世紀 以降エトルリアはローマの政治的支配を受けたが、なお文化的には独自性を有し、特に彫刻、建築に優れたものがあった。それゆえに、ローマ美術 の形成に大きな役割を果たしたわけであるが、紀元前2世紀 末からは、ローマ美術の中に吸収されていった。

エトルリア美術は地中海 地域で開花した多くの古代美術と同じく、約5世紀間にわたってギリシア美術の影響下に栄えた美術であった。しかし、イタリア中部という一定の閉鎖性をもつ地理的条件のゆえに、この地方と民族固有の要素を持ち続けた美術でもあった。すなわち、東方化時代の優れた装飾文、アルカイク時代の精妙な工芸品、それに神殿建築やアーチを用いた土木技術、紀元前4世紀 以後の写実主義 、これらはローマ美術の形成に大きな影響を与え、その意味でギリシア美術とローマ美術の仲介の役割を果たした。

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カテゴリ : エトルリア | 美術史 | イタリアの歴史

2007年02月18日 (03:22)

女性と男性について:『嵐が丘』における悲劇から喜劇への転換について:PS理論の視点から

どうも、左回転、右回転という考えを持ち込んだら、混乱してしまったので、それは、置いておきたい。

 混乱の原因は、⇒+1と⇒-1の考え方にある。私は、虚数軸が実数軸へ転換することを考えていたが、それが誤りだと思う。そうではなくて、虚数軸のiと -iとは、差異共振様相のときは、+1へと転化し、連続的同一性様相のときは、-1へ転化すると、単純に見ればいいと思うのである。つまり、軸の変換ではなくて、実数軸上の転換と見るべきなのである。

 では、それに基づいて考え直してみよう。すると、男性は、知性による連続的同一性、即ち、i*-(-i)⇒-1の傾斜があるとなるだろう。そして、女性は身体による連続的同一性化、即ち、-i*(-i)⇒-1の傾斜があるとしよう。

 -1は、差異的同一性の否定であるから、差異共振シナジー・エネルギーが抑圧されていると言えよう。とまれ、以上の作業仮説によれば、男性は身体を否定し、女性は知性を否定することになるだろう。少し異論もあるが、この線で考えよう。

 そう、問題は意識と無意識である。男性はiに傾斜して、女性は-iに傾斜しているとしよう。つまり、男性の意識はiに傾斜し、女性の意識は-iに傾斜していると考えるのである。

 そうすると、男性は-i=身体に無意識であり、女性はi=知性に無意識であるということになろう。

 そういうこととして、先の考察、すなわち、『嵐が丘』のキャサリンの考察をやり直そう。

 ヒースクリフとキャサリンは、男性と女性の典型かもしれない。ヒースクリフは、キャサリンを自我的に独占化する。キャサリンは、身体的に、ヒースクリフを同一性化する(「私はヒースクリフ」)。しかし、キャサリンは、やはり、身体的に、金持ちのエドガーと同一性化するのではないのか。否、違うだろう。エドガーに対しては、無意識的な知性が反応しているのではないだろうか。貧乏人のヒースクリフと結婚したら、一生貧乏のままであると、キャサリンの無意識の知性が考えているのではないのか。キャサリンの自我は、無意識的であり、同一性が欠落していると言えるのではないのか。無意識的な自我である。というか、非同一性的自我である。多元的非自我である。しかし、自我というよりは、半自我ではないだろうか。だから、非同一性的半自我ないし多元的半自我ではないのか。

 つまり、キャサリンの「自我」は未発達であり、いわば、多元分裂的である。ここには、差異はあるが、同一性はないのである。⇒+1がないのである。

 キャサリンの半自我について、明晰に理論化する必要があるだろう。それは、何か。男性の場合は、連続的同一性自我が形成される。女性の場合は、連続的同一性身体が形成される。では、女性の「自我」はどうなるのか。

 思うに、それは、とりあえず、半自我でいいのかもしれない。男性のような連続的同一性自我にはならない。やはり、多元分裂的自我ではないだろうか。連続的同一性身体が女性においては主導的であり、「自我」は、従的なのである。身体が主で、知性が従である。

 では、この従的知性ないし従的自我は何なのか。同一性ではないだろう。同一性は身体であるから。ならば、差異なのか。おそらく、差異の可能性はあるだろう。女性の知性は差異である可能性はあるのである。ただ、身体的同一性によって曇らされると言えよう。

 女性の勘が鋭いとはこのことではないだろうか。女性の知性は差異であり、自我観念同一性によっては曇らされてはいないということになるだろう。

 ここで、キャサリンを考えると確かに、キャサリンの思考には、鋭敏さを認めざるを得ないだろう。ヒースクリフと結婚したら、一生貧乏のままである。そして、エドガーと結婚することで、二人とも貧乏から脱することができる。倫理的ではない(他者がない)が、ここには、ある明晰さがある。

 しかしながら、キャサリンの知性は差異的同一性(+1)ではなく、差異的多元性ないし差異的分裂性である。これは、⇒∞であろうか。否、やはり、⇒-1 であろう。これは、連続的同一性身体を意味するのだから。そして、連続的同一性とは、半面で、多元的分裂性を帯びるのではないだろうか。キャサリンの場合は、知性的多元分裂であった。男性の場合は、身体的多元分裂ではないだろうか。

 身体的多元分裂とは何だろうか。感覚分裂ではないのか。感覚細部への偏執ではないのか。この細部感覚が多元分裂するということではないのか。パラノイアである。パラノイア的多元分裂である。

 ジェンダーについては、ここで留めるが、最後に、『嵐が丘』の結末を考えたい。ヒースクリフは、キャサリンの亡霊を見ることで、精神的に和解することになるのであるが、これは何を意味するのか。

 ヒースクリフの憎悪(ルサンチマン)が消えて、赦しの精神が現われるのである。これは、一見、ヒースクリフの連一性自我の肯定のように思われるかもしれないが、これは、亡霊との関係であるから、差異共振性ではないだろうか。差異的同一性ではないのか。生者ヒースクリフと亡霊キャサリンとの間には距離があるから、連続的同一性にはなり得ないのであるから、差異的同一性であると考えられるのである。

 そうすると、『嵐が丘』という凄絶なジェンダー的連一性悲劇が解体して、差異的同一性というある種の喜劇がここに発生したと言えるだろう。(ここで、喜劇は、ジャンル的に捉えないといけない。『神曲』が原題では、『神聖喜劇』であるが、この意味においてである。)

 結局、ヒースクリフが他者を確認したことになるだろう。キャサリンの亡霊が他者である。いわば、亡霊ということで、超越性がここにあり、その距離をもって、同一性を確認しているのである。だから、差異的同一性なのである。

 だから、『嵐が丘』は、喜劇に入るのである。近代的自我喜劇である。では、この悲劇から喜劇への転換のポイントは何か。

 そう、一種恩寵のような意味をもつ亡霊の出現であろう。やはり、超越性の出現である。i*(-i)の出現である。これが、⇒+1となったと思われるのである。超越界・叡知界・イデア界の出現である。これは、トランス・モダンの小説ということになるのかもしれない。
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