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2010年01月04日 (20:41)

謹賀新年:諸考察

‘10/1/2
検討問題&思考実験

1) 遺伝子とPS理論
2) アストラル体とエーテル体:マイナス1と空とコーラ

1について、先ず検討しよう。
問題は情報である。電磁気・電磁波は波動・即非・粒子である。これが、情報の単位になるのではないだろうか。何故なら、波動には、情報があると考えられるからである。それは、+iと-iのペアの情報であろう。
とまれ、DNAは、Media Pointの物質化したものであろう。だから、+1がDNAであり、遺伝子情報は-1に、現実的には存しているのではないだろうか。そして、二重らせんは、+iと-iのペアの捩れで説明できるのではないだろうか。
ここで易経を考えると、+iには三元、-iにも三元あり、情報は2^6=64通りである。
ところで、記憶やプラトンの想起説の問題であるが、例えば、他者(-i)を否定するときは、(+i)*{-(-i)}⇒-1となり、その記憶は-1となるのではないだろうか。そして、その否定の記憶は一端は隠れるが、波動エネルギーとして潜在して、同一性(+1)を歪曲化するのではないだろうか。つまり、光が闇化するのではないだろうか。この闇がいわば、重力のようになって、光(+1)を引き寄せて、正常な認識を妨げるようになるのではないのか。例えば、うつ病はそのようなものではないのか。
とまれ、そう考えると、Media Pointがやはり記憶の貯蔵庫であろう。遺伝子情報の本体であろう。そして、プラトンが説く魂とは、Media Pointのことではないだろうか。
思うに、Media Pointがデュナミスの時が死であり、エネルゲイアの時が、生ではないだろうか。エネルゲイアは死滅し、魂はデュナミスとなり、また、ある時、賦活されて、エネルゲイアとなり、再生するのではないだろうか。
そうすると、あの世とは、虚軸のMedia Pointに存することになるのではないだろうか。とまれ、あの世とこの世は言わば隣接していよう。

次に、2について考察しよう。
先に、気は-1ではないかと言った。そうすると、気(エーテル体)と情感(アストラル体)が一致してしまうのである。
もっとも、日本語の気は情感に近い。しかしながら、私見では、気=エーテル体は、より身体に関係するのである。
Media Pointの即非的エネルギー(差異共振エネルギー)を⇒+1 and ⇒-1とすると、エーテル体は前者の⇒、アストラル体は後者の⇒のエネルギー体のことではないだろうか。そうならば、確かに、エーテル体(気)は物質的身体を形成し、アストラル体(情感)は精神的身体を形成するだろう。
ここで、思いがけずに、二つの身体が提起された。情感とは、身体内にあるので、精神的身体という概念は的確であろう。思うに、物質的身体を外的身体、精神的身体を内的身体と呼んでもいいだろう。光の身体と不可視の身体である。とまれ、このように見ると、やはり、電磁気・電磁波はいわば、両界的身体を形成していると見るべきではないだろうか。現象的身体と不可視的身体である。
それを展開すると、電磁気・電磁波は、同時に、エーテル体(気)とアストラル体(情感)を形成することになる。(この視点から無機物を見ると、それは、エネルギーの消滅の結果としての同一性=物質ということであろう。)だから、気と言った場合、一般には、両者が混合されて考えられているのではないだろうか。
ここで幹細胞を考えると、それは、エーテル体(気)を体現する根源的細胞ということではないだろうか。まだ、機能的には未分化である。つまり、⇒+1の⇒を体現する言わば、原細胞である。
ここで、知と感性を考えると、原知は+iであり、原感性は-iとすると、知性は+1であり、感性は-1ではないだろうか。言い換えると、左脳は+1であり、右脳は-1である。
真の認識とは、単に、+1を知ることだけではなく、-1をも知ることであろう。つまり、つまり、知と感性の即非的一体性である。だから、哲学・科学と芸術・宗教(神話)は即非的に一致すると言えよう。
ここで、近代合理主義(近代的自我)の問題に触れると、それは、プラス1への絶対的傾斜である。そのため、マイナス1が抑圧されているのである。つまり、感性が抑圧されているのである。
しかしながら、マイナス1を抑圧しているために、プラス1の近代的合理性が、破壊的になるのである。つまり、+i=+1となり、他者(-i)を排除しているのである。これは、一面的知であり、暴力・攻撃的知である。これは、言わば、プラス1とマイナス1を分離している(二元論)ので、即非的エネルギーが形成されない状態となり、心身エネルギーが枯渇し、また、精神が狂気化すると考えられるのである。
以上のように考えると、現象化とは、-i回転ではないのか。(+i)*(-i)⇒+1、これが現象化であり、(-i)*(-i)⇒-1、これが反現象化ということではないのか。
-1については、適切な用語を創造すべきである。闇やダークは、現象界における光に対する言葉で、-1には相応しくない。
今思いついたのは、虚界であるが、これは、虚軸と混同されやすいので、使用しない方がいいが、マイナス1は、虚界という感じではある。そこで、空界(くうかい)はどうだろうか。
そう、空(くう)としてのマイナス1である。ここで想起するのは、プラトンの『ティマイオス』の有名な「コーラ」の概念である。どうも、空としてのマイナス1は、「コーラ」に通じるのではないだろうか。
そして、大乗仏教の空(くう)であるが、それも、マイナス1として見るべきではないだろうか。何故なら、色(しき)は+1であり、色に対する空は、いわば、ネガのマイナス1に適切であるからである。
では、イデアとはどうなるだろうか。形相(エイドス)は⇒+1の⇒の先端の原同一性でいいだろう。それに対して、イデアはどうなるのか。それは、超越的であるから、⇒に存すると言えよう。それは、超越的原型であるので、⇒+1における⇒であろう。思うに、かつて、いわば、秘教地帯で見た山にイデアを感じたが、それは、山の超越的原型を直観したということではないだろうか。



‘10/1/2
検討問題:プラス1とマイナス1の非対称性について

プラス1は光の世界、現象界、顕在界であり、マイナス1は反光の世界、不現象界、隠在界である。(ダーク・マターやダーク・エネルギーの「ダーク」は後者に関係すると思われる。)
一般に、人間は前者を感覚・知覚・認識するが、後者についてはきわめて不十分な知識しかもたないか、又は、まったく無知の状態にあると考えられる。
いわゆる、心、魂、精神とは、本来、後者の領域に関係するが、人間の知識は前者に傾斜しているので、それらについては未熟な知識しかもたないのである。(しかしながら、東洋文化社会では、本来、後者についての知識を培ってきたが、近代西洋文明によって、後者は一般には無視されて、前者の知識が重視されてきた。)
以上は既述の確認であるが、ここで新たに提起したいことは、電気のプラスとマイナス、磁石のN極とS極は、プラス1とマイナス1に関わるのではなく、+iと-iのプラスとマイナスで表記されるのではないのかという作業仮説である。
磁石を考えた場合、例えば、N極が+iで、S極が-iと見るべきではないだろうか。電気では、プラス極が+iで、マイナス極が-iではないだろうか。
そうすると、ガウス平面上では、虚軸が境界線となり、プラス1の領域が現象界となる。
では、電磁波はどうなるだろうか。二つの作業仮説がある。一つは、これまで述べたように、プラス1とマイナス1の即非的様態を電磁波と見るものであり、もう一つは、プラス1が電磁波であり、マイナス1は非電磁波的エネルギーであるというものである。
しかしながら、整合性があるのは、既述の前者であろう。思うに、プラス1が粒子であり、マイナス1が波動である。しかし、それらを截然と分けるのは誤りである。この点に量子力学の問題点があると考えられる。そのような二元論ではなく、即非的様態にある、いわば、即非的量子と見るのが的確であると考えられるのである。
ここで、非局所的長距離相関を考えると、粒子を+1とすると、それを賦活すると、超越的対に分離するのではないだろうか。つまり、+1⇒(+i)*(-i)である。右辺が二つの粒子であるが、実は、虚軸にあるので、実軸の世界から見ると、ゼロ時間で、両者は相関しているように見えると考えられる。これが、非局所的長距離相関の意味する事態・事象ではないのか。
そうすると、(+i)*(-i)⇔+1となるのではないだろうか。ただし、⇔は同時ではありえない。⇒か、あるいは、←である。
これは、検討問題としたい。

さらに思考実験を続けると、地霊や気についてであるが、土地土地の地質が異なるので、つまり、土地の差異があるので、そのために、発生する気も土地土地によって異なると考えられる。また、気象条件によっても異なると考えられるし、宇宙(天)の様態によっても異なるだろう。例えば、惑星の位置とか、太陽系全体の配置とかによって異なるだろう。
とまれ、天と地との地霊ポリフォニーがあると言えよう。思うに、天地霊と言うべきかもしれない。
とまれ、差異的な地霊が、人間の身心に影響するだろう。そう、人間のMedia Pointを介して、共振・共鳴するだろう。地霊のMedia Pointは地表であろう。そこと人間のMedia Pointが共鳴することで、地霊が人間に影響を与えるということだろう。
だから、土地土地によって、人間の身心が変容するのである。また、他の生命体も変化するのである。
思うに、動物の行動であるが、例えば、渡り鳥は、天地の気をMedia Pointで感知して行動するのではないだろうか。もっとも、天地の気とは、天地の電磁気であるが。
人間は、先に述べたように、一般には、プラス1に傾斜しているので、マイナス1のエネルギーを感知できなくなっていると言えよう。そう、プラス1とは、光現象の世界であり、粒子、物質の世界である。それに対して、マイナス1とは、言わば、波動、気の世界である。
ここで厳密に言うと、プラス1とマイナス1の即非的エネルギーが電磁気・電磁波であり、これまで、それを気と同一視した。しかしながら、気という場合は、マイナス1の側面に限定した方がいいだろう。何故なら、それは粒子、物質的ではなく、波動的であるからである。言い換えると、電磁気・電磁波の波動面が気ということになる。



検討問題

「アストラル体」と「エーテル体」:情感と気

情感は-1であり、気とは、電磁気総体ではないだろうか。つまり、情感とは、気に包摂されるのではないだろうか。
また、身体であるが、それは、表層的には、+1でいいだろう。しかし、情感のある身体は-1をもつ。というか、心身総体が-1⇐Media Point⇒+1であり、これが、情感のある身体と考えられる。
そして、精神であるが、それは、±1を包摂した+iではないだろうか。+1は物質であり、-1は情感である。両者を包摂した「知」として、+iが存するのではないだろうか。そして、-iは他者である。だから、当然、-iも包摂しているのである。つまり、精神、真正な精神とは、±1と-iを包摂した+iと言えるのではないだろうか。
思うに、より正確に言えば、±1と±iを包摂したMedia Point/精神的フィルターが真正なる精神であろう。つまり、五元的精神である。
さて、ここで、気と身体の問題を考えると、身体(+1)はMedia Pointという「気」に浸透されたものであると言えよう。当然、それは、情感(-1)と極性を為している。つまり、物質としての身体は、情感にも浸透されているのであり、また、気総体の一部である。つまり、気が本体であり、物質的身体はその一部ということになる。
そのように考えると、霊学者シュタイナーのいうアストラル体(情感)とエーテル体(気)の関係は、シュタイナーの考えとは異なることになる。即ち、エーテル体がアストラル体を包摂することになるのである。この問題は提起だけで留める。
ここでスピノザ哲学の所謂、心身平行論に触れると、身体は+1であり、心は-1である。しかし、スピノザは単に平行論に留めているのであるが、上述から、身体と心(情感)は、極性を為し、一如の気(電磁気)であることがわかるのである。つまり、心身極性論が正しいということになるのである。これで、スピノザ哲学が超克されたことになる。
また、ここから、医学の問題が解明されることになる。例えば、うつ病であるが、それは、単に、神経伝達物質(+1)の有無の問題ではなく、心・情感(-1)の「エネルギー」の問題である。つまり、物質の問題であると同時に、心・情感の問題であるということである。しかし、精神が主であることを考えると、物質の問題は従であり、心・情感が主であると見るべきである。
そして、心・情感は、当然ながら、±iの認識・知性の問題に関わるである。つまり、うつ病は、心・情感の問題であり、また、認識・知性の問題であるのである。
既述したように、うつ病は、近代合理主義が根因と考えられるのである。それは、他者(-i)を排除するので、心・情感(-1)をも排除することになり、そのため、同一性・物質主義(+1)が過多となり、精神エネルギーが枯渇すると考えられるのである。



検討問題:10/1/1

1) 連続性という「死に至る病」:連続性の力学について
2) うつ病問題:『医者にウツは治せない』織田淳太郎著 光文社新書
3) 近代資本主義とトランス・モダン資本共同体経済
4) 極性力学:即非的力学:牽引と反発
5) 身体と大地:東洋的身体論:近代西欧の心身二元論の誤謬:東洋的身体的精神
6) 5と関係して、気の力学:気と身体と物質
7) 精神と身体:-1が隠れた精神ならば、+1は顕在化した感覚や知覚や身体ではないだろうか。
8) 地霊と気:気の強度について


1について考察しよう。
これまでの考察から連続性ないしは+1は父権文化がもたらしたものと言える。原初的な母権文化においては、Media Pointが開かれていて、-1と+1の極性をもつ現象、即非的共振現象があったと考えられる。プロト極性文化、proto media point cultureと言えよう。
ここにおいては、純粋な、独立した+1(物質)はなかった。父権文化が+1をもたらしたとき、ゾロアスター教が起こり、+1をアンラ・マンユと考え、-1をスプンタ・マンユ、そして、Media Pointの大光をアフラ・マズダーと認識したと考えられる。
そして、仏教(大乗仏教を含めて)は、ゾロアスター教とは異なる視点で、+1の脱構築の哲学を説いたと考えられる。「空」の哲学とは、「色」、自我としての+1を解体するもの(解脱)で、-1の心性(悟り)を説いたと考えられる。
故に、ゾロアスター教と仏教の根源は母権文化、プロト極性文化であると考えられる。ゾロアスター教の父権的なもの(「父」)は、+1が脱構築された後の「知」を指しているのではないだろうか。つまり、不連続的知性ではないだろうか。これはここで留める。(ならば、PS理論、トランス・モダンは新母権だけではなく、新父権を意味する。新母権・新父権文化である。)
本題の連続性の力学であるが、それは、自己意識が対象に固着・粘着・癒着する状態の力学である。
そう、「我」はどこから生まれるのか。原我は+iであり、原他は-iである。そ原我・原他の極性が抑圧されて我と他の二元論において、我が生起すると言えよう。言い換えると、極性の否定・抑圧から二元論・我が生まれるのである。
これは、先に述べたように、+i=+1の錯誤状態であると考えられる。原我という認識主体(+i)が同一性(+1)と一致してしまっている錯誤態である。これが、連続性と言えよう。
なお、連続性が形成されるためには、言語、とりわけ、文字言語が必要となろう。ここで言語の形成について考察しよう。
ある現象を知覚・認識するとき、原初的には、つまり、即非的現象知覚においては、原我は原他を感覚する。この原他を知覚・認識するためには、光現象が必要となる。即ち、原他を同一性(+1)へと投影すると考えられる。この同一性への投影の一つの主要なものが発話ではないだろうか。原他「山」を例えば、yamaと呼ぶとき、それは、原他「山」を同一性のyamaとして投影していると考えられる。
もっとも、注意すべきは、原初的には、あくまで、認識主体(+i)にとり、認識対象は原他(-i)であることである。つまり、同一性(+1)のyamaを介して、原他(-i)を知覚・認識しているということである。
 とまれ、同一性(+1)を介する、つまり、メディアとすることで、原初的認識が可能になるのである。そして、同一性(+1)、この場合はyamaという発話は、原我にとって、感覚なのだと考えられる。つまり、身体(感覚身体)である。この感覚ないしは身体を介して、原我は弁別的に知覚・認識すると言える。
そして、発話ないしは言語は原他(-i)の指標・符号ということになる。しかし、父権文化が強化されるとこれが忘却されて、同一性(+1)自体が存在するように錯誤されるのである。つまり、物質の出現である。これは、同一性に因る錯誤から生まれるものである。言語とフォルムの結合によって、同一性は仮構・仮象から実在・存在へと錯誤的に変換されるのである。客観的対象・物体が錯覚的に形成されるのである。
この言語とフォルムの結合による同一性の錯誤的実体化であるが、それは、構造形成を意味しよう。つまり、同一性構造が原我において、形成されるのである。それは、精神的フィルターとなるのである。つまり、Media Pointにおいて、同一性構造(構造)というフィルター、フレームがいわば付着するのである。そして、これは、カントの超越論的形式に当たるのである。
西洋哲学において、これを合理論的に解体する哲学がフッサール現象学であると言えよう。確かに、シェリング、キルケゴール、ニーチェ、他は、近代合理主義(近代的理性)の解体を的確に志向したが、天才的に、つまり、直感的に行なったと言えよう。
 それに対して、フッサールは透徹して理知的に行なったのである。それは、近代的合理性(近代的理性)をエポケー(判断停止)することで相対化し、根源的な主観の志向性を取り出したのである(現象学的還元)。
それは、ノエシス/ノエマの超越論的主観性である。それは、PS理論から言えば、⇒である。ただし、フッサールは原我(+i)をノエシス、そして、それによる認識されたものをノエマとしたが、原他(-i)に当たるものを発見しなかったと考えられる。だから、間主観性(相互主観性)の概念が必要になったと考えられる。
言い換えると、フッサールは差異と同一性を明確に区別していなかったと言えよう。もし、差異(絶対的差異)を認識していたならば、認識対象は差異(他者)となり、そこには、即非的差異極性があることが認識されたはずだからである。
 しかしながら、以前述べたように、フッサールは直感的にはそれに達していたと思われるのである。直感においては、PS理論的ではあったが、認識においては、同一性の発想に囚われていたと考えられるのである。


検討問題:’09/12/31

1)プラス1への傾斜の力学
2)プラス1とは同一性であり、言語、物質、自我、量、等の基本単位ではないのか。
3)Media Point ないしは精神的フィルターにおける即非的現象の記述方法について
4)古代宇宙論のコスモスとPS理論
5)地霊spirit of place, genius lociあるいは「気」について:場所によって明らかに、「気」が異なるが、これは絶対的差異と言えよう。つまり、絶対的差異としての地霊、地的「気」である。私の「自宅」周辺の地の「気」は、不思議なほど、私の身体と共振・共鳴して、癒しの心地をもたらしている。

以上はすべて重要な問題であるが、最初に3について検討したい。
確かに、即非、即非的共振ないしは即非的極性と記述することが的確である。即非的極性と記述するのがもっとも的確だと思われる。
つまり、即非的極性として現象が発現するということになる。そして、プラス1の極とマイナス1の極をもつのである。そして、前者は陽極であり、後者は陰極である。
喩えて言えば、電池や磁石を想定するとわかりやすいだろう。より的確に言えば、電磁気ないしは電磁波である。そして、電磁気・電磁波的現象のプラス極(正極)とマイナス極(負極)において、前者は外的現象(外光)、後者は内的現象(内光)を形成し、両極で「身体」を形成するのではないだろうか。
そして、心ないし魂(以下、心魂)は、後者に因るだろうが、前者の同一性によって、自我、同一性自己を形成すると思われる。
つまり、マイナス極(負極・陰極)/マイナス1とは、差異である。そして、プラス極(正極・陽極)/プラス1とは同一性である。だから、即非的極性とはこの差異と同一性の極性ということになるだろう(作業仮説)。
そして、この極性は非対称的である。シンメトリカルではないのである。いわば、左右非対称的である。思うに、これが、自然の最高の不思議ではないだろうか。ただし、当然ながら、人類は、プラス1に傾斜している。とりわけ、父権的人類はそうである。
一般的に生命体は、極性のバランスが取れていて、自然環境のもつ電磁気・電磁波力に即して、行動していると考えられる。つまり、マイナス1の差異の力学に即していると考えられる。
それに対して、人間は、とりわけ、父権的人類や近代的人類はマイナス1の差異を喪失していて、妄りに、プラス1を主軸にして行動して、自然・社会・世界を混乱させ、破壊しているのである。
思うに、人類は、大きく分けると、母権的人類(民族)と父権的人類(民族)に区別されるのではないだろうか。(これは、女性と男性という区別に重なる場合があるが、それとは根本的に異なる。)
先に述べたように、母権制の場合、即非的極性のバランスはとれていたと考えられ、父権制の発動により、プラス1へと強く傾斜したと考えられる。そして、それが、いわゆる、文明を形成したのである。しかしながら、正確に言うと、それは、父権的文明である。文字の発明が正に父権的文明の産物と考えられる。(思うに、デリダの勘違いはパロル《音声言語》を同一性、エクリチュール《書記言語》を差延と考えたことである。パロルはまだ差異に近い面がある。エクリチュールは同一性的である。前父権的文明はイメージやヴィジョンが支配的であったと考えられる。それは、正に、即非的現象のそれであると考えられる。)
そして、プラス1へ傾斜した父権的文明(とりわけ、ユダヤ・キリスト教西洋文明:もっとも、イスラム教文明、儒教文明も強い父権的傾斜をもつ)が「科学・技術」を生んだと言えるのである。(もっとも、その恩恵を拝すると同時に、破壊的な打撃を受けているのであるが。)
問題は、精神文化ないしは民主主義文化である。それは、基本的には母権的なものと考えられる。言い換えると、差異の文化であり、それは、父権的文明の支配下にあって、地下水のように、連綿と受け継がれてきたのである。それは、また、精神的遺伝子として、継続してきたとも言えよう。(プラトンの想起説やユングの普遍的無意識、ジョセフ・キャンベルの普遍的比較神話学、他を参照。)
思うに、欧米的民主主義は古代ギリシアの貴族的直接民主制とイエスの教え(イエスの愛や罪の許しの教えであるが、哲学的にはこれらは他者の思想と考えられる)の結合から生まれたと推察される。結局、既述のように、西洋文明・文化とは、父権制と母権制の結合であるが、それらは連続的であったり、あるいは、前者が主導・支配的で、後者を従属させたりしているのである。
しかし、端的に、的確に言えば、父権制が支配的であると言わなくてはならないのである。つまり、同一性が支配的なのである。ここが西洋文明・文化の大問題点なのである。
よく知られたように、近代主義批判は19世紀から諸学の様々な領域で起こり、近代主義の超克が志向されてきた。ポスト・モダンやポスト構造主義はそのようなものであったが、理論の不十分さの為に、実現できなかったのであり、また、逆に哲学・理論総体の大混乱という知的大惨事を引き起こしたと言えよう。(ここにおいて、当然ながら、不連続的差異論やプラトニック・シナジー理論のブレーク・スルー的意義があるが、既述済みなので、ここでは触れない。)
とまれ、近代主義とは近代合理主義であり、それは、ハードな同一性主義なのである。それは、結果として、唯物論(物質主義)をもたらしたのである。そのため、母権的文化である精神文化や民主主義文化の差異の文化は否定されたり、抑圧されたりしたのである。(ここで、文化とは、社会とほぼ同義と理解されたい。)
そして、資本主義であるが、それは、正に、近代合理主義を原理として発達した経済システムである。ここでは、同一性主義(同一性価値=交換価値)が貫徹されるである。
しかしながら、既述のように、資本主義の基盤は差異的価値、社会的ないしは共同体的差異的価値なのである。しかしながら、その差異的本体の評価を全く同一性価値によって為すという倒錯・転倒が起こっているのである。
言い換えると、母権的価値を父権的価値で評価するという錯誤があるのである。これは、当然ながら、プラス1へのハードな傾斜に拠るのである。そして、その帰結がリーマン・ショックである。
近代主義としての資本主義は終焉したと言えよう。これからは、トランス・モダンの「資本主義」が生まれることになる。それは、即非的極性をもった「資本主義」である。思うに、プラス1が投資ならば、マイナス1は贈与ではないだろうか。
マイナス1は差異的価値であり、精神的価値、民主主義的価値であり、それは、投資主義的発想では、充当できないと考えられる。
とまれ、即非的極性の視点から言うと、プラス1は中心化されないのであり、端的に言えば、即非的極性価値が主導化すると考えられる。つまり、即非的極性経済がトランス・モダン経済であると考えられる。換言すると、資本主義は即非的極性化されるのである。だから、即非的極性資本主義と言えるだろう。
そして、この実現のためには、政治の即非的極性化も必要である。つまり、同一性化している民主主義(近代民主主義)から差異的民主主義へと転換する必要があるのである。個々差異々々を見る民主主義である。それは、差異的共同体主義と呼ぶことができよう。

次に4について考察しよう。今は寸言に留める。
先に、マイナス1がD. H. ロレンスの説くコスモスであると指摘した。そうすると、ここが、古代宇宙論のコスモス(ロレンスのコスモスはほぼ古代宇宙論のコスモスへの回帰だと考えられるが、正確に言えば、トランス・モダン的コスモスであることを認識すべきである)について、PS理論からの解明の突破口になると考えられる。
PS理論から言うと、根源に+iと-iがある。これは、陰陽である。+iを陽、-iを陰、あるいは、それらを逆に見ることができる。とまれ、言わば、大陰(太陰)と大陽(太陽)が根源にあるのである。それらは、また、おそらく、デュナミスの次元である。
ここで、易経を参考にするといいだろう。太陽と太陰がそれぞれ、三元であり、それぞれ、陽爻陰爻があるので、結局、2^6=64通りの順列(八卦)がある。
思うに、デュナミス次元は六元ではないだろうか。そして、エネルゲイア次元(Media Point ・精神的フィルター次元)は64元ではないだろうか。
とまれ、大陰の三元と大陽の三元があることになる。そして、Media Pointにおいて、この三元と三元が組み合わされて、コスモスを形成するのではないだろうか。例えば、易経の太陽では、純粋なプラス1となるのではないだろうか。そして、太陰では、純粋なマイナス1となるのではないだろうか。
思うに、例えば、{(+ia)*(-ia)}*{(+ib)*(-ib)}*{(+ic)*(-ic)}又は、
{(+i1)*(-i1)}*{(+i2)*(-i2)}*{(+i3)*(-i3)}、あるいは、
{(+i)*(-i)}*{(+j)*(-j)}*{(+k)*(-k)}と
記述できないだろうか。三重のガウス平面である。
とまれ、簡略化して、ガウス平面で考えると、プラス1とマイナス1が両端となり、両者の中間的様態が発現するのではないだろうか。例えば、cosθ+isinθを即非子(電磁気・量子)とすると、θがπのとき-1となり、2πのとき、+1となる。しかし、即非子は対ともつと考えられるので、±(cosθ+isinθ)が的確である。
だから、θがπのとき、プラスの即非子は-1となり、マイナスの即非子は+1となる。
そして、θが3分の1π(60度)のとき、プラス即非子は、1/2(1+i√3)となり、マイナス即非子は、-1/2(1+i√3)となる。つまり、±1/2(1+i√3)である。そして、実軸部分が±1/2である。そすると、θが3分の1πのときは、プラス成分とマイナス成分それぞれ、1/2をもつことになるだろう。
言い換えると、同一性が1/2で、差異も1/2となるのではないだろうか。しかしながら、±2分の√3掛けるiが、いわば、潜在している。即非子=複素数としてのコスモスであり、人間である。とまれ、この作業仮説はここで留める。


09/12/29の諸記

折口信夫の『言語情調論』を少し見たが、興味深い。感情と(言語)情調を区別している。思うに、知的な情感を折口は問題にしているようだ。あるいは、普遍的な情感である。残念ながら、今は余裕がないので読むことができない。
 さて、マイナス1の問題をさらに検討したい。プラス1が光子であり、物質とするなら、マイナス1は、言わば、闇子であり、反物質であろう。「ダーク・マター」である。
 問題は、両者は極性であり、本体は「大光」である。つまり、先に述べたように、「大光」のプラス1が光の極(陽極)であり、「大光」のマイナス1が闇の極(陰極)である。そして、通常、人間は「大光」の陽極の様態を視覚しているのである。
 さて、ここで思考実験であるが、夢で見る映像ないしは文学作品によって喚起される映像であるが、それは、直感では、マイナス1の陰極に関係するのではないかと感じられるのである。何故なら、それらは、言わば、闇の光であるからである。
 言葉にすると矛盾になるが、昼間の光、陽極の光は、光の光であり、夜間の夢の光は、陰極の光、闇の光ではないのか。先に区別したが、前者を「陽光」、後者を「陰光」と呼ぶ方が明快である。しかしながら、前者は日常語なので、問題である。そこで、プラス光とマイナス光と呼ぶ方が、明晰であるので、これをとりたい。
 マイナス光という視点は重要だと思う。何故なら、単に闇と呼ぶと、その一種の可視性が喪失されるからである。というのは、私はマイナス1の「闇」を一種可視的なものではないかと感じているからである。言い換えると、「闇」の視覚があるのではないかと感じているからである。何故なら、私の経験では、ほとんど明らかに「闇」の視覚をもって、現象を知覚していると思われるからである。とまれ、これを作業仮説としよう。
 そうすると、プラス光視覚とマイナス光視覚の二つの視覚があることになる。そして、心眼と言った時、それは、後者に関係する。つまり、プラス光視覚を介しつつ、マイナス光視覚で知覚することが、心眼のように思われる。
 しかしながら、両者を絶対的に分離するのは誤りであろう。何故なら、当然であるが、両者は極性的であるからである。だから、マイナス光視覚(以下、マイナス視覚)とは、プラス光視覚(以下、プラス視覚)と即非・共鳴している様態にあると見るべきである。簡単に言えば、極性的視覚である。言わば通俗的に言えば、陰陽的視覚である。
 そして、さらに作業仮説であるが、マイナス視覚は折口的に言えば、情調と関係している。換言すると、情感に関係している。何故なら、対象とマイナス視覚は共鳴して、一側面では、即、一体の様態になるからである。例えば、「わたし」は「冬枯れの木立」であるという状態である。しかしながら、プラス視覚はすぐに、「わたし」は「冬枯れの木立」ではないと知覚し、即非状態が喚起されるのであるが。この即非的視覚がここにはあるのである。
 ここで、少し飛躍して、D. H. ロレンスが述べたdark God、dark sun、「コスモス」等のことを考えると、それは、マイナス視覚の世界のことではないだろうか。プラス視覚の世界、通常の現象界に対して、マイナス視覚の世界を対蹠的に表現していると考えられる。そう、特化的に表現している。何故なら、ロレンスは、近代合理主義、近代的自我のプラス視覚中心主義(ロゴス中心主義、同一性主義)を絶対的に批判しているからである。
 だから、その文脈で見れば、その的確さは肯定される。しかしながら、今日的には、極性的視覚、プラス視覚とマイナス視覚の極性的視覚と見るのが的確である。(だから、この点から見ると、ロレンスには、反動的な面があるのである。)
 さて、さらに思考実験を続けると、マイナス視覚とは、内的身体的視覚のように思える。内的視覚とも呼べよう。
 これは、他者、対象との共鳴・共振状態(情感・情調)を見る視覚でもある。言い換えると、情感・情調的視覚である。緻密に言えば、他者情感・他者情調的視覚である。簡単に言えば、情的視覚である。
 現代日本、近代主義末期のポスト・モダン状況にある現代日本において、プラス視覚中心主義となり、マイナス視覚的主観性・精神性・心性がおそろしく喪失されていると直感されるのである。
 そう、私が視覚中心主義を批判したのは、この意味において、即ち、プラス視覚中心主義において見なくてはならない。
 また、魂や心眼の喪失も、ここにおいて、捉えられるべきである。つまり、マイナス視覚の喪失が魂や心眼の喪失を意味すると考えられる。そして、これは、東洋的身体の喪失でもあるのである。
 そこから考えると、東洋的身体とは、マイナス視覚を形成するものであると考えられる。例えば、禅はそのようなものと見るべきであり、禅文化が浸透している伝統的日本文化はマイナス視覚文化と言えよう。
 また、禅仏教だけでなく、当然、道教もヨガもそのようなものである。しかしながら、正確に言えば、マイナス視覚とプラス視覚の極性バランスの形成を志向していたと見るべきだろう。
 さらに展開させて、ゾロアスター教をこの視点から見るとどうなるだろうか。一見すると、アフラ・マズダーの「光」・「火」はプラス視覚のそれと考えられるだろう。
 しかしながら、ゾロアスター教は多神教であり、また、女神文化を包摂しているのである。もし、プラス視覚ないしはプラス光のみを志向するならば、一神教になるだろう。
 もっとも、確かに、プラス視覚ないしはプラス光はゾロアスター教にはある。しかしながら、多神教性、女神文化性を考えると、それは、マイナス視覚、マイナス光の側面ももつと考えられる。
 理論的に見ると、悪神アンラ・マンユとは、プラス1と考えられるから、善神スプンタ・マンユとは、マイナス1となるのではないだろうか(これは、以前、示唆したが)。ということは、ゾロアスター教の「光」・「火」とは、本来的には、マイナス光ではないのかと考えられる。
 より正確に言えば、大光をプラス1の「光」、プラス光に限定するものが悪神アンラ・マンユであり、ゾロアスター教の「光」・「火」とは、大光自体と見るべきではないかと思われる。そう、大光がアフラ・マズダーであり、マイナス光が善神のスプンタ・マンユとなるだろう。
 今はここで留める。

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2009年04月21日 (00:28)

直感とはMedia Pointの即非感性であり、言語概念(悟性)と一如であり、差異理性が生起する

私の認識方法はほとんど直感ないしは直観が源泉であり、それを論理的に展開しているものである。だから、いわゆる、客観的資料の論理的展開による実証方法とはまったく異なるのである。
 私は直感/直観には認識があると思う。それは、イメージ、ヴィジョンであり、それを論理的に言語化していく作業が哲学ないしは知的行為である。
 カント哲学で言えば、直感は感性であり、言語は概念であり、悟性である。
 ここでPS理論から解明すれば、直感=感性とは、Media Pointのもつ即非感覚ではないだろうか。例えば、ある対象を視覚したとき、それを直感=感性で知覚する。たとえば、ある人物の態度や表情を見ると、その人の性格が直覚される。たとえば、かつて小泉元首相をテレビで見たとき、これはペテン師だと私は直覚したのである。
 これは、Media Point の即非感覚が対象を知覚するとき、対象が即非感覚からズレるものがあるのであり、それが、怪しいと判断されるのである。
 つまり、即非感覚が対象によって変形されるのであり、その変形が怪しさ、ペテン師というものなのである。そう、やはり、Media Pointはプラトンの言うコーラに相当するだろう。対象を受容して、対象に即して変形するのである。
 そして、この変形された即非感覚を言語化するのが、知的認識行為=哲学行為である。
 では、即非感覚と言語はどういう関係があるだろうか。それは、正に自己認識方程式で説明されよう。⇒が即非感覚であり、⇒+1が言語であろう。先に、即非現象ということを言い、そこでは、イメージと言語と一如であると言ったが、イメージは言語を志向するのである。言い換えると、イメージをノエシス、言語をノエマと言ってもいいだろう。
 ということで、認識の根源は感性・直感・イメージであると言っていいだろう。それから言語化が為されるのである。思うに、カントは感性と悟性の二元論であるが、PS理論からは感性が先にある、ないしは、両者一如であると言える。Media Pointの即非感性が根源なのである。
 つまり、即非感性が言語概念(悟性)と一如であり、その一如において、差異理性が生起すると言えよう。カントは、即非の論理を知らなかったので、理性のアンチノミー(二律背反)を説いたが、しかし、即非論理を認めると、そこには差異理性、つまり、即非理性が発生するのであり、アンチノミーは消えるのである。PS理論は、トランス・カント哲学である。

@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@

D カント

・・・・・

【感性 Sinnlichkeit / 悟性 Verstand】
 人間の認識能力は、基本的に、〈感性〉と、〈悟性〉に分けられる。
 〈感性〉とは、対象に触発されて、表象を受取る〈受容性 Rezeptivita゙t〉の能力であり、〈悟性〉とは、表象を自ら産み出し、概念によって思惟する〈自発性 Spontaneita゙t〉の能力である。
 〈感性〉がなければ対象は与えられず、〈悟性〉がなければ対象は思惟されない。〈直観〉なき〈概念〉は空虚であり、〈概念〉なき〈直観〉は盲目である。したがって、〈感性〉も〈悟性〉も共に認識には必要不可欠の能力である。また、〈直観〉はあくまで〈感性〉によるべきであり、〈悟性〉だけによる〈知性的直観〉などない。
 しかし、おそらく、この2つの認識の根幹は、我々には知られていないが、共通的の根元から発生したものであろう。
http://www.edp.eng.tamagawa.ac.jp/~sumioka/history/philosophy/kinsei/kinsei03d.html

西洋哲学詳説
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2008年12月06日 (16:08)

知の問題:直感知と言語自我的認識:直感知の精神性と言語的同一性の物質性の不連続性

先に触れたプルタルコスの『エジプト神話・・・』の中で、オシリスは知性であると述べられていたのが、気になったので、新たに知とは何か検討したい。
 私の思考はほとんど直感的論理的思考である。単に直感だけなら、占いと同じである。直感による想念を論理的に秩序整合化するのである。
 では、直感とは何か、である。これは、以前に触れたことがあるが、今、新たに考察してみたい。
 プルタルコスは、オシリスは光であり、一元的知であるというようなことを述べていた。閃き(ひらめき)というものだろうし、正に、直感や直観である。イデアもこれに関係していると思う。
 例えば、私が小泉元首相が発言している場面を観たとき、胡散臭く、誤魔化している、即ち、ペテン師、詐欺師であると直感できたのであるが、その直感知はどういうものなのか。
 PS理論に拠ると、超越的極性差異の共鳴によって、光が生まれる。この光が知であり、意識であろう。心眼の光でもある。
 その心眼の内的な光(内光、心光、魂光)に対して、外界から、対象の「光」がやってきて、内光の感覚知性(知覚)の「フィルム」に映される。逆に言うと、内光が外界に投影されるのだろう。
 このとき、内光の調和共鳴様態に対して、外界の「光」(外光)が、不調和な、ないしは、不快な振動・波動を与えるときがあるのである。それが、小泉元首相の外光である。もっとも、このときは、単に、光だけでなく、言葉の調子も大事である。
 結局、外的な視聴覚が、内的な視聴覚の調和に対して、不調和性を喚起したのである。それで、私は、直感的に、胡散臭いと感じたのである。
 すると、根本的に、内的な調和的知覚が存するのである。そして、これが、プルタルコスの言うオシリスの知ではないだろうか。
 そうすると、PS理論の自己認識方程式(+i)*(-i)⇒+1は、先に述べたように、イシス⇒オシリスであり、+1=オシリスとは直感知ないしは直観知であるということになる。
 この考え方は、近代合理主義知性とはまったく異質なものである。では、補足的に、近代合理主義的知性とは何かを考えたい。つまり、PS理論ではどう表記できるのか、である。
 外界からの光は情報をもっている。例えば、外界に、桜の木があるとしよう。それを知覚認識するとき、やはり、基本は、内光に即して、外光を知覚すると言えよう。基本は、内光と外光の共鳴調和であろう。そして、桜の木が認識されるのである。問題は、言語認識である。視覚において、桜の木はそれとして認識されるが、まだ、言語認識されていない。外界の対象に名がないのである。
 名の欠乏は、心的欲望となるだろう。つまり、名ないしは言語への心的欲望があるのである。これは、一体、何か。あるいは、言語への意志、乃至は、言語への志向性がある。これは、何か。
 ここでは、思考実験の段階であるが、思うに、内光の諸振動数があるのであり、その多様な光に対する分節作用として言語が生じるのではないだろうか。
 しかしながら、言語は、内光よりも、外光に即していると考えられる。
 今、直感では言えば、他者と言語が関係しているのではないだろうかと思う。思うに、直感知の先端に言語が生じるのではないだろうか。直感知は当然、外界に対応して、多様である。その多様性の分節化として、言語が発生するのではないのか。
 とまれ、別の思考実験をしよう。内光と外光の共鳴様態があり、それが、直感知に反映されるだろう。そのとき、言語化、つまり、音声言語化とは、身体化ではないだろうか。直感知は、精神的ないしは、イデア的である。正確に言えば、Media Point的である。これを、明確に物質化ないしは身体化するのが、音声言語ではないだろうか。音声身体化によって、直感知がいわば、現実化するのではないだろうか。言い換えると、直感知身体としての言語ではないだろうか。音声によって、身体的分節化が形成されるということではないだろうか。
 いわば、物質的同一性としての音声言語があるのではないだろうか。一般に文字言語に物質性を見る傾向があると思うが、音声言語自体に元来そのような意味があるのではないだろうか。
 そう考えて、近代合理主義知性の問題に返ると、それは、音声言語を含めた言語の物質的同一性を中心化した知性ではないのかということである。問題は、それが、物質主義によって規定されていることである。
 そうならば、内光と外光との調和共振という直感知と物質的同一性主義=近代合理主義知性との関係はどういうものだろうか。
 以上の検討では、直感知の身体化=物質的同一性化としての言語分節化があり、それが、近代合理主義知性になったと敷延されよう。
 言い換えると、直感知は、同一性を志向するが、それが、言語化によって明確になるが、それは、同時に、物質的同一性化であるということである。つまり、直感知から言語知への転換には、不連続性があるということになる。
 直感知においては、あくまで、精神性が基本であるが、言語知においては、物質的形式化がなされるということと考えられる。
 この精神性と言語性との不連続性が、近代主義においては、無視されて、結局、連続化されてしまったのである。つまり、精神と言語とが連続的に同一性化されてしまい、結局、精神を喪失することになったと考えられる。簡単に言えば、世俗主義化である。
 今はここで留める。
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2008年11月23日 (16:22)

ハトの智慧:子育てはハトに学べ:ハトの叡智と人間の愚かさ

私の部屋に接するベランダにハトが巣を作り、今年は、もう三回産卵孵化している。
 今、雛鳥から成鳥になろうとしてる二羽のハトがいる。ベランダの上にたたずんでいる。
 まだ、親鳥の嘴から餌をもらっているが、もう飛ぶことができて、巣立ちは近い。
 鳩の智慧であるが、まず、餌をあたえるときに、決して単純に贈与はしないことである。ヒナが餌を取るため、すり寄れば、避けるようにするが、ヒナが嘴を寄せるので、それに対して与えるのである。つまり、ヒナの能動的行為に即して餌を与えるのである。これで、ヒナに能動性、積極性が育つと言えよう。
 また、最初はベランダの床で餌を与えることを行っていたが、次に、エアコンの本体の上に移動して、そこで与えるのである。つまり、高いところにヒナを飛ばせて、飛翔力とつけさせるのである。またさらに、建物の屋根に親鳥は移り、雛鳥にそこまで飛ばせるのである。つまり、積極的に飛翔の訓練を兼ねて、餌を与えるのである。
 啐啄(そったく)同時 という言葉があるが、それは、孵化するときの子のつつく行為と親のつつく行為の同時性を説くものであるが、餌を与える行為にもそれが言えるのである。自発性に基づく子育てなのである。すばらしい。自然の叡知(野性の叡知)である。
 人間は、この点、オバカである。

追記:親鳥は雛鳥が餌を取りにきても与えなくなった。いよいよ巣立ち近しである。自分で餌を取るように仕向けているのかもしれない。あるいは、空を舞うように示唆しているのかもしれない。
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2007年09月03日 (12:56)

実存性について:本質存在と事実存在(実存):超越的差異⇔超越論的差異⇔超越論的同一性構造⇔同一性

『コンサイス20世紀思想事典』から実存主義の項を見て、木田元氏の説明によって、そのポイントがわかったというか、思い出した。
 極言すると、普遍論争に近いと言えよう。実念論と唯名論の問題と平行するのである。観念とこれ性との関係であり、実存主義とは、後者の様態を主導的にしたのである。
 では、構造主義/ポスト・モダンとの関係はどうだろうか。実存主義を特異性と関係させることができるならば、実存主義の問題は、やはり、ポスト・モダンに吸収されて引き継がれたと言うべきように思う。
 ただ、実存主義は、超越論的構造が強く、自我情態性の反動と特異性が結びついていたのではないだろうか(p.s.  これでは、構造主義との区別ができない。というのは、構造主義は超越論的構造と結びついているからだ。正しく説明するなら、実存主義は超越論的構造に無意識的に支配されているが、構造主義はそれを客観化したので、それを意識化して、脱却しているということになる。この点が実存主義と構造主義を峻別する決定的な契機である。)。言い換えると、超越論的構造によって、差異を否定し、同一性を形成するが、同時に、差異がそれに反発している。差異と同一性とのパラドクシカルな様態が実存性であったと言えるのではないだろうか。先に、パラドクシカルな同一性構造と言ったものの様態である。図式化する。

実存性:差異⇔超越論的同一性構造⇔同一性(自我)

問題は、超越論的差異と差異との関係である。端的に、実存主義の差異とは、超越論的差異だと思う。だから、図式は次のようになる。

実存性:超越論的差異⇔超越論的同一性構造⇔同一性(自我)

である。これは、ハイデガーの現存在と同じである。ただ、サルトルの場合は、同一性の情態性が主導的であった点が違うと思う。先に言った自我情態現象性である。
 では、実存主義と構造主義とポスト・モダンはどう関係するのか。構造主義は、超越論的同一性構造を客観形式化したものであり、この点で、自我情態現象性からは脱却できたが、倫理・道徳性が消えてしまった。では、ポスト・モダンは、デリダは差延/脱構築主義で、超越論的差異から脱却を図ったが、戦略的に留まった。ドゥルーズは、ガタリとのコラボレーションによって、超越論的差異からの脱却を図り、一部成功したと思う。リゾームはそのようなものだし、存立平面の発想は、差異共振性を含んでいるからである。
 しかし、ドゥルーズ&ガタリは、真に超越的差異すなわちMedia Pointには達していない。一部、超越的差異はあったが、超越論的同一性構造が中心となり、同一性と混同化され、連続的差異=微分を中心にしてしまった。
 では、実存主義とポスト・モダンはどう関係するのか。ここで、もう一度、実存性を訂正しよう。それは、キルケゴールの単独性の実存性を考慮してのことである。

実存性:1.超越的差異⇔2.超越論的差異⇔3.超越論的同一性構造⇔4.同一性(自我)

ハイデガー哲学は、2~4である。フッサール現象学は、1~2である。(フッサールの意味の現象学は、ハイデガー哲学には当てはまらない。ハイデガー現象学ではなく、ハイデガー存在論と言うべきだ。)ポスト・モダン哲学は、1~3である。つまり、広義の実存主義は、現象学や構造主義やポスト・モダンとの関連性をもっていると言えよう。ただし、3の構造主義による切断がないため、きわめて、混淆的な思想であったと言えよう。鋭いがあいまいな思想であった。実存性は、諸契機が混淆したあいまいな概念である。
 ついでに、ポスト・モダンについて言うと、それは、1と2を切断できなかった不明瞭な「ポスト構造主義」であった。不連続的差異論がこれを切断したのである。
 これで、整合的な解明ができたことしたい。

補足:
実存性の図式を補足説明すると、1の超越的差異は、Media Pointの位置にある。おおまかには、超越的差異とMedia Pointは同じと考えていいが、実際は異なる。超越的差異は虚存在であり、Media Pointは虚存在と実存在の交叉点である。だから、1と2との境界にあるのだが、即非的な境界である。ドゥルーズ&ガタリは、領域的には、1と2との中間態にあるが、Media Pointの即非的境界の概念に達していないことに注意しないといけない。また、メルロ=ポンティは、「肉」(私は「身」と呼びたい)の現象学で Media Pointの概念に近づいたと思われる。
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2007年05月08日 (23:04)

志向性の終点と現象的メディア・ポイント:他者存在に対する連続的混濁意識としての現存在

以下、bloghiro-dive氏のハイデガー哲学の梗概である。私は、ハイデガーについては、詳しくないので参考になる。
 そう、私が考えていたハイデガー哲学のイメージとほとんど同じである。ただ、私がハイデガー哲学に疑問を感じるのは、現存在や存在の概念がそれほど斬新なものなのかということである。不安や死に臨む態度(?)等は、既に、宗教や文学で語られてきたものではないだろうか。
 私は、ハイデガーの存在とは、PS理論のメディア・ポイントMEDIA POINT、それも、現象的MEPOであると思っている。そして、これは、連続的同一性的自我においは、明確に意識されていないので、不安や恐怖を引き起こすと思われるのである。
 つまり、現象的MEPOは、超越的MEPOと即非的共振しているので、超越性、宗教性、形而上学性へと通じるのである。これが不明確なので、自我は不安を感じると思うのである。死に臨む態度とは、正に、超越性等への関係に通じるのである。
 先にも述べたが、ハイデガーは、フッサールの志向性(超越的志向性)の終点の構造とその主観的様態において哲学していると思えるのである。確かに、この構造的主観様態は、存在様態を取るだろう。でも、この新しさが私にはわからないのである。
 そう、確かに、フッサールは、ノエシス/ノエマの彼岸の他者・差異を明確にしなかった。志向性の終点では、他者があるはずである。その他者の存在をハイデガーは捉えようとしたが、その他者の存在に対する主観的様態を現存在として叙述したのではないだろうか。つまり、現存在とは、個・差異・自己が他者の存在に対する主観様態なのである、ということではないのか。
 そうすると、問題は、ほとんど、ポスト・モダン様態である。他者の存在が差異であり、個・差異・自己という主体であるが、それが連続的同一性自我である。つまり、主体をハイデガーは、個・差異・自己と捉えていずに、連続的同一性自我として捉えていたと思う。
 だから、やはり、まったく、ドゥルーズと同じ様態にあったのである。即ち、差異と同一性との連続的様態である。つまり、現象軸におけるメディア・ポイントMEPOの連続的矛盾様態なのである。
 結局、志向性の終点の他者存在をどうするかが、ハイデガーの問題であったと言えよう。しかしながら、これは、カントの物自体の問題と共通だと思われるのである。カントは、超越的形式で連続性を切断して、その形式に限定した。そして、超越的形式の彼岸に物自体が生起したのである。これは、ほとんど、フッサール現象学と似ている発想であろう。
 ただ、フッサールは、超越的形式の彼岸に志向性を求めた点がカントを超えていた点であろう。
 結局、私には、ハイデガーは、連続性の混濁した認識で哲学したように思えるのである。端的に、言えば、物自体を存在に言い換えているだけのように思えるのである。単なるレトリックではないのか。私には、ハイデガーは、20世紀のソフィストに思えるのである。
 もっとも、評価しうるならば、フッサールがあいまいにした、志向性の終点に存する他者を把握しようとした点ではないだろうか。

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言語についての差異と反復第十七章・総論第十三節
さて、「存在と時間」を鳥瞰した。ここで、ハイデガーの残した功罪を語らねばならない。まず、昨日示唆しておいたが、ハイデガーは「存在と時間」以後、現存在の考察を積極的にすることはない。この大著以後、ハイデガーは「存在と非存在」についてのみ思索を継続する。これは、「存在と時間」の帰結としては当然のことで、当初からハイデガーは「存在と時間」で、現存在の様態を規定する「存在そのもの」を明白にすることが終点だとしていたからだ。しかし、「存在と時間」では現存在の様態の考察及び、現存在を実存させる時間性(死へ向かうあり方)」を開示するに終わった。これでは「存在そのもの」が定位されたといえず、そのためハイデガーは終世、「存在そのもの」というものへの思索を続けることになる。ここで、昨日私は「存在と時間」は、実は存在を語るために、死を語ろうとする試みに相違ないといったことを思い返してもらいたい。この原理論の序論から述べているが、存在者を証明するということは、当該存在者のみで充当するような論理の構成は矛盾をはらみ、不可能である。それゆえ、ハイデガーが現存在を実存たらしめる「存在そのもの」を語ろうとした当初の目的は、存在と真逆の「非存在」を語るほかない。そのためには、非存在を定義する必要があるが、「無いものを語る」行為とは論理矛盾以外なにものでもない。それゆえ、ハイデガーの「存在と時間」は、新しい主体=現存在として人間を定位し、実存という視座を古典的主観論と取り替えたことは、間違いなく有意義であるが、存在論としては未完の域を脱していない。否、「存在そのものを定義するために非存在を定義しなければならない」という、さらに困難な問題を残したといえる。このようなコンテクストを念頭に考えると、「存在と時間」とは「生と死」や「存在と非存在」、「現存在と非存在」というタイトルに置き換えて読むこともできよう。このように、残された問題のひとつは、「存在そのもの」が定義されなかったこと。そして、もうひとつは「現存在と存在」の関係において、存在そのもの側が現存在の実存(あり方)を規定するのか、現存在の実存が存在を規定するのかという問題である。簡単にいうと、現存在が実存するがゆえに存在を語ることが可能なのか、存在そのものという概念が先行してあるがゆえに現存在の実存を語ることが可能なのかということである。俗言的にいえば、「鶏が先か卵が先か」というようなこと。これについて、ハイデガーがどのように考えていたかは見解の分かれる部分だが、「存在と時間」の立場でいえば、現存在の実存が先行するという捉え方が普通であろう。しかし、後世、「存在と非存在」を思索するハイデガーは、この問題を「性起=Ereiknis」という用語で呼び、同時的、双方向的と捉えようとする。そのため、この部分は曖昧であり、どちらとも読める。専門的には、「性起=Ereiknis」という概念を使用した時点を分岐点と考え、「存在と時間」のときは現存在の実存が存在を規定できる(語ることができる)と考えていて、「性起=Ereiknis」をもって、逆に存在そのものが現存在の実存より先行、規定するのだという思索の転回(ケーレ)をいう場合もある。しかし、存在が先であろうが、後であろうが、存在を語ろうとすると非存在を語ることが必要となるのであるから、この思索は遭難者のごとく現存在の実存から離れ、詩的な世界観を漂うことになる。そのため、後期ハイデガーの思索は詩的かつ、非常に読み解くことが困難で、その読みに現在でも意見が分かれている。長々と問題点を語ったが、整理すると、ハイデガーの残した問題は、「存在そのもの=非存在」を定義できなかったこと。また、現存在と存在そのもののどちらがアプリオリな概念なのかを定位できなかったこと。これは、現存在が存在=非存在を語ることができるのか、無理なのかと言い換えて考えていい。そして、最後にこれが大きな後の哲学の課題となるのだが、ハイデガー以前の実存性のない(人間味のない)認識論的主体から、人間を新たに現存在と定位したことで実存という地平=視座(考え方)を開いたが、これは実はデカルトやカントの嵌った罠と同じものであった。その罠の意味とは「万人妥当」という概念のことである。後世、レヴィナスはハイデガーの哲学には「他者がいない」と批判したが、まさしく現存在=人間一般とすることで、個としての実存が捨象されてしまう。逆説的だが、ハイデガーは「今」、「ここにいる」、「誰でもない私」を現存在という概念で表現したのだが、結果的には「個=ケース=誰でもない私」という他者性を消去してしまった。実存がそれぞれの個のものであるにもかかわらずである。それゆえ、ハイデガーの後に続く哲学者たちは、この「他者性」を哲学から取り戻すことを中心的課題としてポスト=モダンと呼ばれる思索を展開させてゆく。また、他方ではハイデガーの「現存在と存在そのもの」という思考方法を引き延ばして、世界の現象を構造的に表層と深層で把握しようという構造主義というムーブメントも起こる。このように、ハイデガーの「存在と時間」に端を発し、現代哲学、学問全般があり方を問われることになった。次週は、ハイデガーの後に残った課題をどのように現代哲学、社会科学が乗り越えようとするのかを考察したい。
★回顧★
いささか乱暴にハイデガーの「存在と時間」とそれ以後の思索を鳥瞰したにすぎないが、内容的には全覧できたのではないかと思う。ハイデガーは、哲学史を遡行し「解体」することを目標に「存在と時間」を書き、そして実際にニーチェやアリストテレス、フォアゾソクラティーカ(ソクラテス以前の哲学者)でその「解体」を実演してみせる。ハイデガーは、ソクラテス、プラトンに始まる西洋形而上学の歴史とは「存在忘却」の歴史だとして哲学史を再構築するのである。そして、本質存在(~である)ではない、事実存在(ある)という存在そのものを問い続ける。が、本文でも指摘したとおり、自己を語るのに他者が必要なように、存在そのものを語るには非存在を語る必要があり、「性起=Ereiknis」論などをもちだすこととなる。いわば混乱状態といっていい。また一方で、パルメニデスのいうように「あらぬものについては語れぬ」ということがハイデガーを悩ます。同時に、現存在そのものに存在がそもそも開示されるのかどうかというものも問題となる。開示されるとなると、現存在が存在を規定できる立場になり、存在そのものよりも先行してしまうからである。そのため、「存在と時間」以後は、現存在というものを語ろうとしない。また、ハイデガーの構築した「存在論」としての哲学史は、レヴィナスなどは暴力だという。このコンテクストは簡単に受けとめるわけにはいかない。確かにハイデガーは、それまで支配的だった哲学史観を一変させてみせ、「存在論」という地平を開いたが、それは他方で別の解釈を疎外しかねないことにもなる。また、人間を現存在一般で呼ぶことにより、個の存在を消滅させてしまったことは事実である。それゆえ、後世デリダはハイデガーの後を追い、哲学史の再再構築を右往左往しながら進めることになる。「存在と時間」は、確かにハイデガーの目論見を破って失敗には終わったが、哲学を一変させたことは事実であり、ハイデガーの「存在論」によって後世の実存主義やポストモダンに大きな影響を与えたことは否定できない。ただし、一方で忘れてならないのは、ハイデガーは「存在そのもの」を語り得たとはいえないということである。これは逆説的に、存在を語る行為そのものがいかに困難なものかということを反証しているだろう。
http://ameblo.jp/bloghiro-dive/entry-10033019627.html
差異と反復それでも差異と反復
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2007年05月06日 (21:35)

ハイデガーの存在論とPS理論:ハイデガーの存在と志向性とメディア・ポイント

ハイデガーの存在論とPS理論:ハイデガーの存在とは、メディア・ポイントMedia Point、とりわけ、実数軸(現象軸)的メディア・ポイントであると思われる

フッサールの志向性は、超越的な志向性であるが、それが、本来、他者・差異への志向性であることまで、フッサールは把握できずに、相互主観性・間主観性に留まったと考えられる。言い換えると、ノエシスを、同一性に留めてしまっていると思えるのである。だから、ノエマは、同一性の観念である。そして、ノエシス/ノエマの外部に差異・他者が存するのであるが、それを、フッサールは、相互主観性において把捉しようとしたのである。
 私見では、相互主観性とは、差異共振性に近づいているのであるが、フッサールは同一性から差異へと飛躍できなかったので、相互主観性に留まったと考えられる。おそらく、なんらかの差異共振性をフッサールの相互主観性には、潜在していたとは思えるのである。
 これを、PS理論から見るとどう解明できるだろうか。自己認識方程式i*(-i)⇒+1の視点から見ると、フッサールの志向性は、⇒である。そして、⇒ の終点ないし先端を相互主観性としたのである。このとき、この終点・先端は、連続=現象的メディア・ポイントである。ここは、否定・連続的同一性へと志向するのである。この先端の志向性を否定・連続的同一性志向性、簡略化して、連一的志向性と呼ぼう。本来の⇒の志向性とは、差異的同一性(差一性)の志向性であると言えよう。つまり、志向性は、本来、差一性志向性であり、連続・現象的メディア・ポイントにおいて、連一性志向性に転化するのである。
 しかしながら、実際は、複雑である。連続・現象的メディア・ポイントにおいて、志向性は、差異共振性と連一性へと自己分裂するのである。簡単に言えば、差異と同一性に分裂するのである。西洋史を見ると、ルネサンスとは、連続的ながらも、差異共振性に基づく同一性の展開であったと考えられるのである。ネオ・プラトニズムとは、差異共振性と同一性との連続的結合に基づくであろう。
 そして、初期近代は、デカルトに見られるように、差異という個に基づいた同一性哲学が生まれたのである。コギト・エルゴ・スムとは、差異は同一性であるということである。つまり、差異的同一性を説いていると考えられるのである。しかしながら、デカルトは、心・精神において、差異的同一性を説いたが、身体・物質を分離させたままで、統一することはできなかったのである。そして、スピノザやライプニッツの登場となる。デカルトの差異的同一性であるが、それが、近代的合理主義の理性、言い換えると、連続的同一性理性へと還元されたことに問題があったと言えよう。つまり、デカルトは、差異にある連続的同一性しか見なかったと言えよう。そして、差異を進展させたのが、スピノザであり、ライプニッツであったと言えよう。
 とまれ、デカルトは、初期近代の差異を連続的同一性化させたと言えよう。差異から同一性である。まとめると、初期近代における志向性による差異と同一性の分裂において、デカルトは、差異から同一性へと方向付けたと言えよう。
 そして、同一性は、周知のように、近代的合理主義、近代的自我を生んだのである。そして、同一性が進展するが、差異は取り残されたままであったのである。ここで、反近代主義や非合理主義が生まれることになったのである。しかしながら、根源は共通である。志向性の終点のメディア・ポイントの二重性である。だからこそ、イギリス・ロマン主義は、啓蒙思想とは、切り離せないという事態が生起したのである。
 さて、近代において、結局、志向性は、メディア・ポイントにおいて、差異と同一性に分裂し、それが、近代の多様な分裂・混乱を生んだと言えるのである。そして、カントが差異と同一性を切断して、同一性を批判・規定する。そして、ヘーゲルが、同一性から統一論を立てたのである。そして、その後は、西洋哲学史の教科書にあるような展開をしたのである。シェリング、キルケゴール、ニーチェ、初期マルクス等の反抗は、差異の奪回・復帰であったのである。それも、特異性や超越性に基づくものであり、不十分とは言え、超越的差異に達していたと考えられるのである。(これまで、マルクスの精神性については述べてこなかったが、マルクス【初期であれ、中・後期であれ】の共産主義には、差異共振的精神が存していると考えられるのである。単に、唯物論ではないのである。)
 とまれ、彼らは、同一性近代に対して、鋭敏な、あるいは、鋭敏過ぎる批判を提起したのである。なぜなら、近代の超越の視点を与えたからである。
 さて、その後、フッサール現象学が出現して、意識の根本様態を定義したのであり、また、その後、ハイデガーの存在論/実存論が出現した。ハイデガーの存在論/実存論とは、結局、志向性の先端における差異と同一性の分裂性をもつ、連続・現象的メディア・ポイントにおける差異と同一性の混交・混合・混濁様態において、差異が連続的同一性にもたらす主観的様態を説くものであると思われるのである。即ち、連続・現象的メディア・ポイントにおける差異と同一性との混合様態における、差異が同一性にもたらす主観的様態の哲学である。これが、存在論的様態と呼ばれうるものであろう。つまり、ハイデガーの存在とは、実は、差異、しかも、連続・現象的メディア・ポイントにおける差異であったのである。換言すると、連続的差異であったのである。この点で、ベルクソン/ドゥルーズの差異=微分哲学と共通なのである。違いは、ハイデガーが、差異の同一性への主観的様態を説いたのに対して、ベルクソン/ドゥルーズは、連続的差異の構造性を説いた点にあるだろう。言い換えると、両者、志向性の先端=連続・現象的メディア・ポイントを説いているのであるが、ハイデガーは、その主観的様態を説き、ベルクソン/ドゥルーズは、客観的形式を説いたと考えられるのである。換言すると、両者、フッサールの志向性の先端の形式と内容を問題にしていたと言えよう。だから、実存主義と構造主義の関係であるが、共通の連続・現象的メディア・ポイントの内容と形式との関係にあると言えよう。
 とまれ、以上で、本稿の問題は終えたこととしよう。ここで、広義のポスト・モダンの問題について言及すると、結局、19世紀の脱近代の巨人とフッサール現象学との関係の整合性にあったと言えよう。
 一方は、超越的差異(共振性)であり、他方は、超越的志向性である。ポスト・モダンは、差異の理論によって、近代的同一性を乗り越えようとしたのであるが、結局、ドゥルーズ&ガタリはフッサールの超越的志向性を理解できずに、構造主義に留まったのである。そして、デリダの脱構築理論であるが、それは、現前批判、ロゴス中心主義批判、二項対立批判を行い、志向性の先端である連続・現象的メディア・ポイントの様態をもつ理論を批判して、現代的な脱構造性を示唆しえたのである。言い換えると、フッサールの志向性⇒の始点を示唆しえたのである。それは、いわば、直観であったろう。直観として、デリダには、超越的差異を感得したのであろう。しかし、ロゴス中心主義を批判するデリダは、差異と同一性の共立する矛盾態を論理・ロゴス化することは、当然、禁じられていて、袋小路に陥ったのである。デリダは、プラトンのパルマコンやコーラを提起して、なんとか、差異と同一性の共立矛盾態を捉えようとするが、論理・ロゴス化をタブーにしたので、反合理主義に留まったのである。デリダが日本哲学や神秘主義者のウスペンスキーの思想に接していれば、差異と同一性の共立矛盾態が、即非の論理、絶対矛盾的自己同一性、偶然性の論理、又は、「第三の論理」として、結論が出ていたことを発見したであろう。
 では、どうして、デリダは、それらに触れなかったのであろうか。それは、デリダ自身の西洋ロゴス中心主義の限界ではないだろうか。東洋・日本哲学、ロシア神秘思想に接すれば、結論が出ていたことを発見したはずである。ここに、デリダの西洋自民族中心主義があると言えよう。あるいは、西洋哲学のアカデミズムの限界があると言えよう。あるいは、フランスの中華思想が原因であろう。(後で、脱構築理論について、PS理論から整理する予定である。)
 結局、デリダは、連続・現象的メディア・ポイントを超えて、志向性の始点・起点を示唆したのであり、また、そこに留まったのである。
 後は、不連続的差異論、そして、それを質的に進展させたプラトニック・シナジー理論の創造の説明になるのである。以上の論点から見ると、前者は、志向性の始点・起点を脱構築理論以上に明確化したことにあるだろう。即ち、不連続的差異という志向性の始点・起点を提起したのである。そして、PS理論であるが、これは、不連続的差異論を、超越的差異共振イデアを数学的に提起することで、はるかに凌駕したのである。
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2007年04月23日 (00:48)

ドゥルーズとデリダ:差異と差延;脱構築主義と不連続性:現前批判と超越性の暗示

ここでは、簡単に述べたい。

ドゥルーズについて述べたので、デリダについて述べたい。

以下の引用のブルーの文字の部分に注意されたい。

結局、デリダの脱構築主義の基礎・原点は、存在の現前批判に存するのである。

現前という用語はわかりにくい。これを、PS理論から見ると、超越界ないし超越性の現象化ないし観念である。

端的に言えば、超越性の連続的観念ないし概念である。

例えば、神と言ったとき、神という言葉・観念は、それを想念する主体と連続化されているということである。

これは、また、イデアでも同じである。イデアを想念する主体において、イデアとの連続化が主体観念において生起しているのである。

ということで(今は、概略を言うに過ぎない)、デリダの脱構築主義とは、連続論の批判であり、不連続論であると言えよう。

だから、その点で、不連続的差異論に近いものであるし、PS理論にも関係するものをもっているだろう。

そう、簡単に言えば、デリダは、哲学に不連続性の切断を脱構築理論でもたらした言えるのではないだろうか。

即ち、おそらく、不連続な差異をもたらしたと言っていいように思える。

しかしである。デリダの理論の問題点は、脱構築という不連続化によって生起するものは、ロゴス中心主義を解体するから、それを言語=ロゴスでは記述できないとしたことである。

私は、ここにはデリダの勘違いがあると考えている。

端的に、脱構築=不連続化によって、連続的な現前が解体されて、超越性が解放される。

そして、超越性は超越的論理(超越的ロゴス)をもつのである。即非論理、即非ロゴスである。

デリダはロゴスはすべて現前=連続的なものとして捉えてしまい、袋小路に陥ったと考えられる。

とまれ、ドゥルーズとデリダとを比較すると、前者は連続性に留まり、後者は不連続性を志向したと言えるだろう。

デリダの勘違いの一つは、フッサールの超越性が不連続性とつながることを無視したことである。フッサールを現前論で批判しただけであるように思える。

フッサールの超越論とデリダの脱構築=不連続論が結合すれば、PS理論に近づいたはずである。

しかしながら、デリダは、単に脱構築=不連続性のみを説いて、超越性、超越的論理、即非論理を暗示したに留まったと考えられる。


Jacques Derrida
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Work

[edit ] Introduction

Derrida began speaking and writing publicly at a time when the French intellectual scene was experiencing an increasing rift between what could broadly speaking be called "phenomenological" and "structural" approaches to understanding individual and collective life. For those with a more phenomenological bent, the goal was to understand experience by comprehending and describing its genesis, the process of its emergence from an origin or event. For the structuralists, this was precisely the false problem, and the "depth" of experience could in fact only be an effect of structures which are not themselves experiential. It is in this context that in 1959 Derrida asks the question: must not structure have a genesis, and must not the origin, the point of genesis, be already structured, in order to be the genesis of something?[1]

In other words, every structural or "synchronic" phenomenon has a history, and the structure cannot be understood without understanding its genesis.[2] At the same time, in order that there be movement, or potential, the origin cannot be some pure unity or simplicity, but must already be articulated―complex―such that from it a "diachronic" process can emerge. This originary complexity must not be understood as an original positing, but more like a default of origin, which Derrida refers to as iterability, inscription, or textuality.[3] It is this thought of originary complexity, rather than original purity, which destabilises the thought of both genesis and structure, that sets Derrida's work in motion, and from which derive all of its terms, including deconstruction.[4]

Derrida's method consisted in demonstrating all the forms and varieties of this originary complexity, and their multiple consequences in many fields. His way of achieving this was by conducting an exceedingly thorough, careful, sensitive, and yet transformational reading of philosophical and literary texts, with an ear to what in those texts runs counter to their apparent systematicity (structural unity) or intended sense (authorial genesis). By demonstrating the aporias and ellipses of thought, Derrida hoped to show the infinitely subtle ways that this originary complexity, which by definition cannot ever be completely known, works its structuring and destructuring effects.[5]

[edit ] Early works

Derrida's earliest work was a critique of the limits of phenomenology . His earliest academic manuscript for a degree was a work on Edmund Husserl , submitted in 1954, and published much later as The Problem of Genesis in Husserl's Phenomenology. In 1962 he published Edmund Husserl's Origin of Geometry: An Introduction, which contained his own translation of Husserl's essay.

Derrida first received major attention outside France with his lecture, "Structure, Sign, and Play in the Discourse of the Human Sciences," delivered at Johns Hopkins University in 1966 (and subsequently included in Writing and Difference). The conference at which this paper was delivered was concerned with structuralism , then at the peak of its influence in France, but only beginning to gain attention in the United States . Derrida differed from other participants by his lack of explicit commitment to structuralism, having already been critical of the movement. He praised the accomplishments of structuralism but also maintained reservations about its internal limitations, thus leading to the notion that his thought was a form of post-structuralism . Near the beginning of the essay, Derrida argued:

(...) the entire history of the concept of structure, before the rupture of which we are speaking, must be thought of as a series of substitutions of centre for centre, as a linked chain of determinations of the centre. Successively, and in a regulated fashion, the centre receives different forms or names. The history of metaphysics, like the history of the West, is the history of these metaphors and metonymies. Its matrix (...) is the determination of Being as presence in all senses of this word. It could be shown that all the names related to fundamentals, to principles, or to the centre have always designated an invariable presence – eidos, archē, telos, energeia, ousia (essence, existence, substance, subject) alētheia, transcendentality, consciousness, God, man, and so forth.

– "Structure, Sign and Play" in Writing and Difference, p. 353

The effect of Derrida's paper was such that by the time the conference proceedings were published in 1970, the title of the collection had become The Structuralist Controversy. The conference was also where he met Paul de Man , who would be a close friend and source of great controversy, as well as where he first met the French psychoanalyst Jacques Lacan , with whose work Derrida enjoyed a mixed relationship.

[edit ] 1967-1972

Derrida's work demonstrated an interest in all the disciplines under discussion at the Baltimore conference, as was evinced by the subject of the three collections of work published in 1967: Of Grammatology , Writing and Difference , and Speech and Phenomena . These three books contained readings of the work of many philosophers and authors, including Husserl , linguist de Saussure , Heidegger , Rousseau , Levinas , Hegel , Foucault , Bataille , Descartes , anthropologist Lévi-Strauss , paleontologist Leroi-Gourhan , psychoanalyst Freud , and writers such as Edmond Jabès and Antonin Artaud . It was in this trinity of works that the "principles" of deconstruction were set out, not through theoretical explication but, rather, by demonstration, where he showed that the arguments promulgated by their subject-matter exceeded and contradicted the oppositional parameters in which they were situated. The next five years of lectures and essay-length work were gathered into two 1972 collections, Dissemination and Margins of Philosophy, at which time a collection of interviews (published as Positions in 1981) was also released.

During this period, Derrida was often interpreted as a "post-structuralist", and the basis of his intellectual influence was broadly seen as Husserlian, Saussurean, Heideggerian, and Nietzschean. This "basis" would later shift somewhat.

[edit ] 1972-1980

Starting in 1972, Derrida produced on average more than a book per year. He was said to have released more work in 2003 than in any other year. He was so prolific that there is no bibliography of his work that is complete. A good start is the bibliography included in Jack Reynolds' and Jonathan Roffe's (eds.) Understanding Derrida (London and New York: Continuum, 2004).

During the 1970s, his work was arguably at its most playful and most radical: his crucial works Glas, and The Post-Card: from Socrates to Freud and Beyond set the tone for his deconstructive project, particularly by emphasizing his form of close reading, his playful treatment of words, and his effort to demonstrate the potential of deconstruction.

A further crucial set of texts from this period is collected in Limited, Inc. Derrida had written Signature, Event, Context, an essay on J. L. Austin in the early 1970s; following an aggressive critique of this text by John Searle , Derrida wrote a long (and no less aggressive) defense of his earlier argument, which remains crucial to any understanding of deconstruction's involvement with language and its commonly perceived limitations.

[edit ] Of Spirit

On March 14 , 1987 , Derrida presented at the CIPH conference titled "Heidegger: Open Questions" a lecture which was published in October 1987 as Of Spirit: Heidegger and the Question. It follows the shifting role of Geist (spirit) through Heidegger's work, noting that in 1927, Spirit was one of the philosophical terms that Heidegger set his sights on dismantling. But with his Nazi political engagement in 1933, Heidegger came out as a champion of the "German Spirit," and only withdrew from an exalting interpretation of the term in 1952. Derrida's book reconnects in a number of respects with his long engagement of Heidegger (such as "The Ends of Man" in Margins of Philosophy and the essays marked under the heading Geschlecht). Derrida reconsiders three other fundamental and recurring elements of Heideggerian philosophy: the distinction between human and animal, technology, and the privilege of questioning as the essence of philosophy.

Of Spirit is a crucial contribution to the long debate on Heidegger 's Nazism and appeared at the same time as the French publication of a book by an unknown Chilean writer, Victor Farias , who charged that Heidegger's philosophy amounted to a wholehearted endorsement of the Nazi Sturmabteilung (SA) faction. Derrida responded to Farias in an interview, "Heidegger, the Philosopher's Hell" and a subsequent article, "Comment donner raison? How to Concede, with Reasons?" He noted that Farias was a weak reader of Heidegger's thought, adding that much of the evidence Farias and his supporters touted as new had long been known within the philosophical community.

But Of Spirit was also one of Derrida's first publications on the relationship between philosophy and nationalism, on which he had been teaching in the mid-1980s. This strand of questions would become increasingly important in his later work.

[edit ] Political and ethical "turns"

Two further points deserve mention: Derrida's "political turn," heralded by Specters of Marx and Politics of Friendship in 1994, saw him divert his attention to politics. Derrida and many of his supporters have argued that much of the philosophical work done in his "political turn" can be dated to earlier essays, though the change of tone and the effort granted to political issues rose.

His "ethical turn," in works such as The Gift of Death, saw Derrida applying deconstruction to the relationship between ethics and religion. In this work, Derrida reads Søren Kierkegaard 's Fear and Trembling and claims a leap of faith is required in many aspects of life, not just religion. But much more massive in importance and influence were Derrida's contemporary readings of Emmanuel Levinas , Walter Benjamin , Carl Schmitt , Jan Patočka , which came to provide a broad corpus on questions of law, responsibility, friendship, etc.

This is not to say that Derrida moved altogether away from his readings of literature; indeed, he continued to write extensively on Maurice Blanchot , Paul Celan , and others.

[edit ] Deconstruction

Main article: Deconstruction

The 1966 paper, in addition to establishing Derrida's international reputation, marked the start of Derrida's use of the concept of deconstruction. Although Derrida did not completely object to the characterization of his entire project with this one term, it was a development about which he remained ambivalent.

At its core, if it can be said to have one, deconstruction is an attempt to open a text (literary, philosophical, or otherwise) to several meanings and interpretations. Its method is usually based on binary oppositions within a text ― for example inside and outside or subject and object, or male and female. 'Deconstruction' then argues that such oppositions are culturally and historically defined, even reliant upon one another, and seeks to demonstrate that they are not as clear-cut or as stable as it would at first seem. On the basis that the two opposed concepts are fluid, this ambiguity is used to show that the text's meaning is fluid as well.

This fluidity stands against a legacy of traditional metaphysics (that is, Platonist thought) founded on oppositions, that seeks to establish a stability of meaning through conceptual absolutes where one term, for example "good," is elevated to a status that designates its opposite, in this case "evil," as its perversion, lack or inferior. These "violent hierarchies," as Derrida termed them, are taken as structurally unstable within the texts themselves, where the meaning strictly depends on this contradiction or antinomy.

Derrida insisted that deconstruction was never performed or executed but "took place" through "memory work": in this way, the task of the "deconstructor" was to show where this oppositional or dialectical stability was ultimately subverted by the text's internal logic. Meticulous readings find philosophy anew. The result of this renewal is often to find striking interpretations of texts. No "meaning" is stable: Derrida called the "metaphysics of presence " the thing that keeps the sense of unity within a text; where presence was granted the privilege of truth.

To understand this argument, one may need to explore Derrida's deconstruction of the speech/writing opposition, of which Of Grammatology is perhaps the clearest study. Derrida's critique of oppositions may be partly inspired by Nietzsche's genealogical reconsideration of "good" and "evil" (see, in particular, Beyond Good and Evil and On the Genealogy of Morals).

Derrida's practice of reading raises the question of the relationship between deconstruction and literary theory. Within literary studies, deconstruction is often treated as a particular method of reading ― in contrast to Derrida's claims that deconstruction is an "event" within a text, not a method of reading it. Despite this apparent contradiction, the literary sensibilities of Derrida cannot be ignored, as many of his deconstructions were of poems and literary texts.

Further, deconstruction's sensitivities to philosophical efforts at defining limits have been taken by some to imply a deconstructive agenda for the ultimate reversal of order. This agenda would cover: philosophy's claim to be the first of all academic disciplines; holding out hopes of uniting all; delineating what is proper to each as they remain apart; and expelling from itself non-philosophy (via judgements which irreducibly take part in violence and hinge on matters of interpretation made through language). This has been seen as the privilege of the non-serious and the literary over a humbled philosophy.

Although its influence on literary studies is probably the most well-known and well-reported effect of deconstruction, its roots are more philosophical than literary, although it is also tied to distinct but abutting academic disciplines such as linguistics , women's studies, and anthropology (called the "human sciences" in France). Derrida's examination of the latter's philosophical foundations, both conceptual and historical, and their continued reliance on philosophical argument (whether consciously or not), was an important aspect of his thought. Among his foremost influences are Edmund Husserl , Sigmund Freud , and Martin Heidegger . Heidegger in particular was a major influence on Derrida ― he claims in his "Letter to a Japanese Friend" (Derrida and différance , eds. Robert Bernasconi and David Wood ) that the word "déconstruction" was his attempt both to translate and re-appropriate for his own ends the Heideggerian terms Destruktion and Abbau via a word from the French language, the varied senses of which seemed consistent with his requirements.

This relationship with the Heideggerean term was chosen over the Nietzschean term "demolition", as Derrida shared with Heidegger an interest in renovating philosophy to allow it to treat increasingly fundamental matters. In this regard, he moves beyond Heidegger in a significant way. While Heidegger passes through Nietzsche , Kierkegaard , Hegel , Kant , Descartes , Aquinas , Aristotle , Plato , and Parmenides , and finds their work wanting where the question of Being is concerned, Derrida prefers to mine the heterogeneous nature of their works ― indeed, his reading of Plato in Dissemination is among his best-known and most important readings, in which Plato's khôra is treated.

[edit ] Aporia

Derrida received the 2001 Adorno Prize, named after Theodor Adorno . In accepting this award, Derrida noted both differences and affinities with Adorno. Their treatment of aporia was noted as an affinity. Aporia comes from the Greek απορια (from α-πορος) meaning "the impassable"( see 'Sea of Suf' ). The aporetic was a recurring structure for Derrida: Derrida strived to render as determinate as possible an interpretation, finding a series of "undecidable" decisions between a series of determinate constructions of interpretations. These passages through impossible decisions are unavoidable, according to Derrida, and potentially lead to a model of responsibility. Derrida views this as the point to which philosophy should aspire. In Derrida's view, philosophy would like to deliver its complete system, here and now: its absolute work made manifest to its reader, the end of philosophy being the end of philosophy. Derrida also shares with Adorno criticism of doctrines of immediate (unmediated) (self-)presence grounding Western philosophies: both wrote theses on Husserl critical of his philosophy for this reason.

The idea of aporia is carried over in other deconstructive readings ― particularly those of Paul de Man, whose readings of poems were known for concluding that the poems ended in an aporia.
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2007年04月22日 (16:27)

ドゥルーズ&ガタリの「ポスト構造主義」と構造主義について:実数軸のメディア・ポイントの動的構造性

先に、本件について触れたが、ここで、簡単に説明しておきたい。

彼らの思想は、構造主義の静態性を超えることを目指していた。即ち、構造のさらに深層の動態性を提示して、構造主義の乗り越えを提起したのである。例えば、化学で言えば、「モル」に対して、「分子状」という深層を提起したのである。あるいは、「量子状」という深層である。

問題は、この構造のさらに奥にある、これらの動態的深層である。

それは、構造を形成すると考えられた根源的層である。

この根源的層については、以前に説明したが、ここでもう一度述べよう。

構造は、PS理論から見ると、実数軸のメディア・ポイントmepoにあると言える。ここでは、虚数軸のメディア・ポイントmepoは、いわば、知られていない。

とまれ、エネルギーは、超越界から現象界へと伝わるのであり、メディア・ポイントmepoが正に、メディアとして機能している。

だから、エネルギー(エネルゲイア)は、メディア・ポイントに顕現していると言える。

ここで、ドゥルーズ&ガタリ(以下、DG)の思想を考えると、構造主義を超えようと意図されたその深層理論は、明らかに、メディア・ポイントのエネルギー態から発している。

メディア・ポイントは実数軸においては、構造でありつつ、同時に、エネルギー態なのである。

ここで整理すると、実数軸のメディア・ポイント(以下、実メディア点)の様相を明快にすると、それは、連続性における構造と構造を発生させるエネルギー態(動態)の両面をもっていることがわかる。

だから、まとめると、実メディア点は、構造エネルギー態であるということになるだろう。ソシュールの構造主義とは、言語における二項対立の構造の静態性を説くものであるが、その二項対立構造を発生させる動態性については、説明していない。

例えば、pとbとの音声対立があるとしよう。それは、互いに排除する。bigとpigである。

しかし、ソシュールは、pとbの対立構造・差異構造が発生する深層については述べない。

当然ながら、対立・差異構造を発生させる動態根源があるのであり、それを、DGは動的な構造として説いたのである。だから、彼らの思想は、動的構造主義と呼ぶのが適切であり、ポスト構造主義という用語は、誤りである。

そして、この動的構造が、実メディア点に過ぎないのである。

ここは、連続的構造であるから、差異は、連続的差異=微分にしかならないのである。

結局、DGは何を見出したのか。それは、数学では、数百年も前に発見されていた微分の思想を、時代遅れに哲学に取り入れたのであり、発見は何もない、陳腐・凡庸な思想というしかない。

ただし、ドゥルーズの場合、キルケゴールやニーチェの特異性singularityの思想を差異の思想に取り入れたことは、評価できるだろう。

しかし、そのドゥルーズの特異性は、実メディア点に留まったのであり、真の特異性を理解できなかったのである。

ということで、本稿をまとめると、構造主義とDGの動的構造主義とは、実メディア点が基盤であり、実メディア点における原因が動的構造主義であり、結果が構造主義であり、両者は、実メディア点の因果関係にあるということである。

ここで想起するのは、カント批判哲学である。

純粋理性批判とは、正に、メディア・ポイントの即非性を、従来の論理学から理論化しようとしたものであろう。

アンチノミーがそこでは出現するのである。カントは、大乗仏教の矛盾的論理(即非論理)を知らなかったから、従来の論理学から飛翔できなかったのである。

換言すると、現象的理性・知性の規定(先験論)に囚われていたので、メディア・ポイントないし超越界のもつ超越的論理を理論構築できずに、実践理性に留まったと言えよう。

ここでフッサールについて言及すると、フッサールは、カントの限界を超えて、超越的意識を捉えたが、しかしながら、それが、他者を志向して、即非の論理をもつ事態までは進めなかったと言えよう。

i*?に留まったのがフッサールであると言えよう。そして、間主観性・相互主観性であるが、それは、思うに、i*i⇒-1ではないだろうか。

超越的自己が、連続的自我に陥っているのではないか。

思うに、他者の欠落が、ハイデガーの現存在における志向性(企投)等の考えを生み出す隙を作ったと言えるのかもしれない。

そして、他者問題は、ナチズムを経て、レヴィナスの他者倫理哲学において扱われることになったと言えよう。

最後に、他者倫理であるが、これは、今問題の「従軍慰安婦」という国家的暴力的売春に直結しているのである。

結局、日本人が、他者を認めるか否かである。

言い換えると、日本人が、自己認識を確立できるかの問題でもある。

この問題は、「民主主義」の問題と関係して、きわめて重要である。

この問題は別稿で検討したい。
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2007年04月08日 (00:59)

ヘーゲル、ハイデガー、構造主義/ポスト構造主義:現象MePoの連続的志向性

以前から感じていたが、構造主義は、ヘーゲル弁証法に由来するのではないかとうことをここで、簡単に検討したい。

PS理論のメディア・ポイントMePo(以下、mepo)の視点から考えたい。

結局、現象mepoが基点となる。ここでは、差異は、連続的志向性をもち、同一性化へと向かう。

この連続化が、差異の裏返しにするようにして、同一性を形成するのである。

ドゥルーズが襞のことを言っていたが、確かに、この連続化は、差異を襞にするように折り込むと言えるだろう。しかし、これは、あくまで、現象mepoに事象に関してである。

現象mepoにおける連続的志向性であるが、これは、本来は、超越エネルギーのよると言えよう。ここが造化の不思議なところで、超越エネルギーは、連続化されて、現象・連続的エネルギーになると言えよう。

しかし、否定された差異は、超越エネルギーを保存していると言えよう。

とまれ、この現象mepoであるが、まとめると、連続的志向性=顕在化と否定された差異の潜在性の非対称的二重性がある。

そして、前者が構造性と言っていいだろう。ここから、同一性が発現するのであるから。そして、構造性は、差異を否定するので、ここで、同一性と差異との二項対立を形成するのである。これが、構造主義でお馴染の二元論である。

連続性が+なら、差異は-である。あるいは、符号が逆になるだろう。

ここで、構造主義の構造をまとめると、現象mepoにおける連続性と差異との対立構造であると言えるだろう。

ここで、ヘーゲル弁証法を考えると、正反合であるが、正は、連続性であり、反が差異であり、合が現象mepoであろう。

結局、現象mepo⇒連続性(正)⇒差異(反)⇒現象mepo(合)である。

だから、構造主義とは、ヘーゲル弁証法の対立構造を取りだしたものと言えるだろうし、構造主義の対立を弁証法的対立と呼ばれるのも適切であると言えよう。

ただ、両者の相違は、ヘーゲル弁証法は、ジンテーゼへの志向性を強くもっていることである。

この相違を説明すると、ヘーゲル弁証法において、反(アンチテーゼ)が、連続化された超越性をもっていることによる全体的志向をもっているからではないだろうか。ある意味で、宇宙的志向と言ってもいいだろう。

ただし、裏返しにである。

とまれ、連続化された現象mepoにおける対立と全体的統一性、これが、ヘーゲル弁証法の核心であろう。

だから、形式的には、ヘーゲル弁証法は、構造主義と同じである。

両者、同形であるが、ただ、ヘーゲル弁証法は、対立と統一の両面が明確であるのに対して、構造主義は、対立の方にウェイトがあると言えるだろう。

では、ヘーゲル弁証法とポスト構造主義(ドゥルーズ哲学)の関係であるが、先に、ドゥルーズ哲学は構造主義であると言ったが、それから言うならば、やはり、それもヘーゲル哲学と同形になることになる。

しかし、同形ではあるが、強調点が異なると考えられる。即ち、ドゥルーズの場合は差異を共通するのである。連続化された現象mepoにおける差異の強調である。これは、連続的同一性(テーゼ)を否定するのである。この点で、ヘーゲル弁証法とは異なる。

すると、連続的現象mepoにおける、1.ヘーゲル弁証法⇒2.構造主義⇒3.ポスト構造主義(ドゥルーズ哲学)の発生が見えてくる。

即ち、1において、連続的現象mepoのポテンシャル・エネルギーが強いので、それへと回帰する。2においては、連続的志向性が強く、差異と対立する構造形式をもつ。3においては、連続的同一性への反動否定性が強く、連続的差異の思想となっている。

ここで、ハイデガー哲学を考えると、それは、この三つの中では、構造主義に近いだろう。即ち、存在が連続的現象mepoであり、存在者が連続的同一性である。

さて、最後にデカルト、ライプニッツ、カント、ニーチェ、フッサールに簡単に触れたい。

デカルトのコギトは、連続的志向性を否定した上で成立する思考である。おそらく、現象mepoにコギトがあるのではないだろうか。それは、超越mepoとも通じるだろう。とまれ、コギトは、明確には、超越mepoにはないが、少なくとも、現象mepoに存すると思う。超越性と現象性との境界である。

ライプニッツのモナドであるが、それは、コギトをより超越mepoに近づけたものだろう。正確に言えば、現象mepoを否定した超越mepoと言えるかもしれない。(後で検討。)

カント哲学であるが、それは、超越論的形式を導入して、同一性の構造を発見したものである。これは、対立の構造ではないが、構造である。そして、mepoを物自体や実践的理性にしたのである。純粋理性とは、現象mepoのことであろう。

ニーチェであるが、彼は、連続的志向性を全否定した。それは、超越mepoと言えるかもしれない。それは、ほとんど、純粋差異の思想である。ただし、⇒+1までは達していない。i*(-i)⇒の思想である。(ライプニッツのモナドに近いように思われるかもしれない。しかし、ニーチェには、ポスト構造主義的な反反動性が少し入っていたと思う。)

フッサール現象学は、現象mepoを志向性ということで発見したものだろう。間主観性とは、差異的同一性と言えるのではないだろうか。おそらく、超越mepoを捉えていたが、明確に、即非性とは把握していなかったと思う。

さて、つけ加えると、シェリングは、明晰に即非性を捉えてはいなかったものの、実質的には、即非性を捉えていた。それは、超越/現象mepoの思想である。そして、同一性への展開。最後に、差異的同一性を把捉していたと思う。

ウスペンスキーは、即非の思想を「ターシャム・オルガヌム」として、ほぼ捉えていた。

以上のようにざっと見ると、西洋近代・現代哲学は、メディア・ポイントの根源的事象(特異性)と連続的様態(同一性)とを探求していたと言えよう。

しかしながら、両者が根本的に異質なもの、不連続なものであることを、西洋哲学は認識できなかったと言えよう。不連続的差異論を包摂したプラトニック・シナジー理論がこれを解明したのである。

後、検討問題として、数学と哲学の関係がある。これは、論理学の問題とも言えよう。数学、論理学、哲学との関係は何か。

数学とは、超越/現象の知の論理を構成化するものではないだろうか。数学、論理学、哲学は、超越/現象におけるイデア・知的事象の論理を表わすものではないのか。

p.s. メルロ=ポンティの現象学について触れたいが、これは、私の想像である。身体論の問題である。主客共振性があるので、これは、メディア・ポイントの共振性である。Kaisetsu氏のメディア共鳴である。しかしながら、それが純粋化されていない。即ち、連続化が混淆されていると思うのである。おそらく、表記すれば、i*(-i)⇒+1とi*-(-i)⇒-1との混淆である。なぜ、混淆なのかと言えば、それは、後者を切断して、身体を不連続化して、意識化していないからだと思う。身体意識に留まっているからだと思われる。
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