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2011年03月27日 (00:31)

悲劇と歴史

テーマ:三千世界の立替え立直し:艮うしとらの金神

私はもう二十年前くらいになるか、歴史を動かすのは、悲劇であると感じたものである。また、常々、現代日本人は物質主義に染まり、醜態を呈していて、これには、荒療治が必要だと感じていた。
 悲劇とは実に男性的思考である。女性は本能的に悲劇を避ける。ここが女性の難点であろうが。
 私はこの度の大地震を大『神』災と呼んだ。人工地震という視点もあるが、私は天災説である。
 シュタイナーのカルマ論に拠れば、不幸は自ら招くものである。日本は戦後、唯物論に染まり、伝統的日本に背を向けて生きてきたのであるが、そのカルマが今回、大震災となったと解釈できる。
 また、馬鹿菅民主盗や大悪魔東電による人災が大破壊、大悲劇的である。
 しかし、人災を含めて、私は近代日本のカルマがここで爆発したと考える。
 人間は愚鈍な生き物で、身にしみないと、悟らないのである。私もそうである。極度の苦痛を感じないと悟らない愚鈍な、能天気な生き物なのである。
 とまれ、正に、大『神』災であり、「最後の審判」が下されたのである。これは、新たな日本の創世への「ビッグ・バン」である。
 「天罰」は日本人全体に下ったのである。これは謙虚に受け止める必要があるし、今や、民衆にとって、誰が悪人であるか明瞭になったと言えよう。民はお馬鹿で、実例がないと理解できないのである。
 因みに、何度も言うが、小泉元首相は、私は、すぐペテン師であると直観したし、菅首相も、昔の四国巡礼の編み笠の下の醜悪な顔をみて、これは、食わせ者だと思った。
 そのような直観的認識力を失った日本人に今回、鉄槌が下ったとも見るべきである。
 私はこの大災厄は大天恵であると先に述べたが、その考えを今も変えていない。

・ 不明の仲間きっと見つける 高田分団、懸命の捜索

不明の仲間きっと見つける 高田分団、懸命の捜索
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 津波で大きな被害を受けた陸前高田市で、市中心部を管轄する市消防団高田分団(大坂淳分団長)は団員126人中27人が波にのまれた。最後まで住民の避難誘導を続け、12人はいまだ見つかっていない。残った団員は家族や家を失いながら、震災から2週間たった今も捜索に打ち込む。生存は絶望的でも「せめて冷たい場所から救ってあげたい」。その一念で命を投げ出し、住民を守ろうとした仲間を捜し続ける。

 25日午後。白い防護服の団員が身をかがめ、がれきの下をのぞく。重機の作業が中断し、遺体収容係が呼ばれた。消防団の捜索活動は連日続く。

 市中心部を管轄する高田分団は、入団したばかりの団員や結婚を控えた若手、分団の中心的存在だった幹部ら20~50代の精鋭が波にさらわれた。

 高田分団は地震発生と同時に、避難場所の市民体育館に本部を設置。1~6部が各持ち場で避難誘導や交通整理などに当たった。高齢者の一人暮らしが多い地区に向かった団員、高齢者の手を引いたまま不明になった団員もいた。

 避難場所だった市民体育館近くの交差点で交通整理や避難誘導を担当する1部はほぼ半数の11人が消えた。市民体育館は壁がすっぽり抜け破壊された。

 菅野達也さん(48)は「津波のばか野郎だ。全員持っていかれた」と不意の災害を恨む。及川満伸副本部長(47)は「若い団員もおり、親に申し訳ない。とにかく全員見つけ出したい」と唇をかんだ。

 本部の市民体育館にいた大坂分団長(53)は3メートルの津波情報を聞き、団員を避難させるために現場を回った。自身にも危険が迫り、陸前高田駅をのみ込もうとする黒い波が背後に。胸まで水に漬かったが、奇跡的に助かった。

 しかし、市民体育館に詰めていた分団本部の上部仁先任副分団長、平野正浩本部長はいまだ行方が分かっていない。

 大坂さんと上部さんは同級生。「嫌な仕事も率先してくれる最高の仲間。平野は何一つ文句を言わない男だった」と振り返る。波にのまれた仲間の思いを胸に大坂さんは家族を亡くしながらも消防団の指揮を執っている。

 「家族も家もなくした連中ばかり。自立するためのすべを考え、前を向くんだ」と語気を強めた。

【写真=がれきをかき分け、捜索活動に取り組む陸前高田市消防団員ら=25日午後、陸前高田市高田町】
(2011/03/26)
http://www.iwate-np.co.jp/cgi-bin/topnews.cgi?20110326_14
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2011年03月20日 (14:53)

菅という日本のカルマ:物質主義のアーリマンと唯我論のルシファーの支配:精神の全き欠落のカルマ

テーマ:奸夜魔民死党米国帝国植民地主義売亡国政権
(本考察に追記を二つ加えた。)

菅という日本のカルマ。私は日本の父権主義を批判してきたが、それが、彼に出現していると言えよう。
 まったく、即自的自己であり、対自性、他者性が欠落しているのである。哲学の欠落を指摘することができる。
 物事をすべて表面的、皮相にしか見てこなかった人間である。教養ゼロと言っていい。無知蒙昧な人間が首相になれるという日本の民主主義は大欠陥をもっていると言える。
 近代合理主義というか、唯物論の思考の欠陥が菅政権に出ていると思う。SFではマッド・サイエンティストが出てくるが、それに何か近い。そう、狂信性である。独善性である。
 以前述べたように、私は近代合理主義ないし唯物論的科学には、精神がないことに驚愕したものである。正に、悪魔の知なのである。
 思うに、凹iが空虚になることで、どうも、そこに悪魔的なものが侵入しているのではないだろうか。私は菅に悪霊憑依のようなものを感じるが、どうも、悪がそこに入っていると思う。
 シュタイナー的には、ルシファーであろう。物質主義のアーリマンと唯我論のルシファーの二重悪魔が菅に巣くっているように思われる。
 端的に、精神のまったき欠落、これが、菅に現われている日本のカルマと考えられる。
 日本文化において、精神がまったく欠落した原因は何なのか。やはり、これまで、述べたように、脱亜入欧と戦後による近代化である。
 また、そこに私は何というか、一種の言語中心主義をあげたい。言語に囚われていて、直観、直感を喪失しているのである。
 とまれ、物質主義と言語主義は相即的である。言語は、勿論、精神面も指示するが、一般的には同一性主義である。
 そうすると、元に戻るがやはり、父権主義が元凶として存するのである。
 先に述べたが、二つの日本を想定したくなるのである。母権主義の日本と父権主義の日本である。後者が悪である。
 母権的民族の日本と父権的民族の日本。思うに、明治維新前までは、両者のある種のバランスがあったが、明治近代化以降、後者が主導化して、日本文化、日本社会を阻害してきたのではないだろうか。
 私はこれまで、国学を目の敵にしてきたが、やはり、儒教的封建主義の硬直したものにも原因があるように思われる。端的に言えば、男性中心主義である。この男性的同一性主義が精神の喪失の元凶として存するのではないだろうか。
 では、どうして、民族本来的な母権的精神性が喪失するようになったのか。これも以前述べたが、母権的精神性のデカダンスがどこかで生じたのだと思う。何度も述べるが、折口信夫は、鎌倉時代以降、日本人の宗教心が衰退したと述べていた。
 だから、これまでの考察と同じ結論になるが、母権的精神の衰退と比例するような父権主義の台頭が精神の喪失をもたらしたということになる。

追記:母権的精神のデカダンスと終わりの方で述べたが、思うに、江戸時代において、鎖国となり、他国からの知的刺激がなくなり、内向きになり、自己満足していったことが、その原因ではないか。
 国学も、その鎖国によって、自民族中心主義に染まって生まれたものではないか。
 思うに、母権的精神を創造的に保持するには、危機が必要である。それによって、研ぎ澄ますことができるのであるが、逆に、鎖国的平穏無事になると、刺激がなくなり、母権的精神が自我的に閉ざされて、眠り込んでしまったのではなかったか。
 そう、自我的閉鎖・閉塞とは、父権化である。つまり、鎖国的自己満足、慢心によって、精神の超越性を喪失されて、母権的精神が衰退し、かつ、自我・父権化したというのが、日本近世文化史の実体ではないのか。

追記2:追記の自我・父権化という視点から、どうも、母権的精神が自我・父権化した様態になり、たとえば、尊王攘夷的発想が生まれたのではなかったのか。これが、明治脱亜入欧へと繋がったのではないのか。
 しかしながら、以前述べたように、坂本龍馬らの開国主義は、自我・父権主義ではなく、母権的精神、東洋的母権主義に基づくのである。だから、江戸時代において、母権的精神の父権化の方向性と母権的精神の賦活化の方向性の二つの志向性があったのではないだろうか。
 しかしながら、明治維新を後者が成立させると、前者が権力を「奪取」して、母権的精神の自我・父権化路線を進めて、狂信的戦争に突き進み、破滅し、また、戦後、その路線が支配して、今日の大惨状・大破壊を生み出したのではないのか。

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http://gendai.net/shimens/view/T.gif

http://gendai.net/shimens/view/L.gif

無能な指揮官と玉砕する英雄たち

2011年03月19日15時17分
提供:フリーライター宮島理のプチ論壇 since1997

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 無能な政権 を即時退陣させなかったツケが、最悪の形で新たな人災を誘発している。尖閣事件以来、菅政権退陣を訴え続けてきた私も、さすがに今回の大震災では菅政権が目を覚ますと思って応援してきた。しかし、彼らの本質である「無能なのに学習能力は皆無で、失敗は常に他人のせいにする」という性質は、まるで改まっていない。「必要なのは首相の演説でなく実務」 でも書いたように、菅首相は自分の政治的アピールに必死で、現場の邪魔ばかりしている。

記事全文

なぜ本当のこと言わないのか…米政府「菅隠蔽体質」に怒!!

2011.03.19


大震災への全面協力を申し出たオバマ大統領(左)だが、菅首相率いる官邸中枢は原発情報を共有しなかったという(写真はコラージュ、AP、ロイターなど)【拡大】

 米政府が、菅直人政権の「隠蔽体質」に激怒している。東京電力福島第1原発事故のデータを明かさず、放射性物質漏れの重要情報を共有しようとしない、というのが理由だ。空母や在日米軍を出動させ、東日本大震災の救援活動に全面協力している同盟国を軽視するような姿勢にいらだつ一方、米軍無人偵察機が検出した数値から、放射能専門家部隊の派遣準備も始めた。外交専門家の中には「日米関係が悪化しかねない」との声も噴出している。

 「なぜ、菅政権は本当のことを言わないのか。こちらは全面協力する姿勢なのに。正確な情報を出さないのは間違いだ」

 ホワイトハウス関係者は、こういらだちを隠さない。米政府は原発事故直後の13日深夜、米原子力行政を統括するエネルギー省や原子力規制委員会(NRC)の専門家らを来日させて、緊急支援に乗り出した。

 ところが、米専門家らが、経産省や原子力安全・保安院、東電に出向いても、新聞に出ているような情報しか出さない。情報共有を求めても、担当者に「待っていてくれ」と言われて、放置される始末。米専門家らは本国に「菅政権は情報を隠蔽している」「まったく狂っている」と通報した。

 米政府は、菅政権に対し、「一体どうなっているのか」「こちらは空母まで派遣して協力している」「同盟国ではないのか?」と抗議したが、菅政権は事務方を通じて、「心配はいらない」「きちんと対応している」などと突き放したような態度だったという。

 これで米政府の不信感は決定的になった。軍事衛星の情報に加え、北朝鮮が核実験をしたときなどに運用する無人偵察機を飛ばして、詳細なデータを収集。菅政権が発表している数字とは異なる数値を入手した。これは藤崎一郎駐米大使を通じて、菅首相に伝えられているという。前出のホワイトハウス関係者はいう。

 「われわれは駐米大使館などを通じて、『こういうデータがある』『事実を話してくれ』『事態収拾に協力する』と何度も伝えたが、やはり菅政権はまともな対応をしなかった。どうも、官邸中枢の数人がおかしいようだ。わが国は単独で決断を下した」

 米政府は16日(日本時間17日未明)、在日大使館を通じ、第1原発の半径80キロ以内の米国民に避難勧告し、大使館職員の家族らの自主的な国外退避を認めた。在日米軍の家族らも退避に動き出している。日本政府は、第1原発から半径20キロ以内には避難を、20キロから30キロは屋内退避を指示している。NRCのヤツコ委員長は16日、米CNNテレビでこの違いについて聞かれ、「米国の基準ならそうする」と答えた。

 菅首相は18日、IAEA(国際原子力機関)の天野之弥事務局長と官邸で会談した際、「これまでもそうしてきたが、情報は最大限、透明性を持って伝える」と語ったが、米国をはじめ、世界各国はそうは見ていない。

 現に、ヒラリー米国務長官は「日本の情報は混乱していて信用できない」とテレビのインタビューで答え、ドイツのメルケル首相も「日本からの(原発)情報は矛盾している」と記者会見で語っている。

 国際政治学者の藤井厳喜氏は「米国は『ともだち作戦』と称して、大震災の救援活動に全面協力してくれている。そんな同盟国を軽視していたとすれば、両国の関係悪化が心配される。背景には、民主党の一部にある反米的性格と、東京電力と役所の官僚主義、秘密主義があるのでは。危機管理の基本は『事実を明らかにして、最悪のケースに備える』ことだが、菅政権には期待できそうにない」と語る。

 大震災と原発危機に加え、日本は同盟危機まで背負い込むのか。

http://www.zakzak.co.jp/society/politics/news/20110319/plt1103191509001-n1.htm

2009年04月29日 (00:01)

太陽活動の低下(黒点の異常な減少)と新型インフルエンザ:新黙示録

私は先に、結核が流行していることを怪訝に感じた。そこで、おそらく太陽活動の低下について言及したのではないだろうか。言い換えると、「気」エネルギーが低下しているということである。
 どうも、今回の「恐怖」の豚インフルエンザの世界的拡大も、そのようなことが背景にあるのではないだろうか。
 ここで語源からinfluenzaを見てみよう。小学館ランダムハウス大辞典からである。

**************************

influenza

[1743.<イタリア語<中世ラテン語 influentia; イタリア語で16世紀始めから天体の影響とみなされる大流行の伝染病を指したが,1743年のイタリアかぜ[流感]から各国語に借用された; INFLUENCE]

influence

[中期英語<中世ラテン語 influentia 星の感化力;中世には星の光が体内に流れ込み心身に影響を与えると考えられ,のちに一般的な「影響」という意味になった; INFLUENT, INFLUENZA]

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つまり、インフルエンザとは天体がもつ信じられていた影響力によって生じた大流行の伝染病のことである。これは、占星術に拠る考え方である。
 占星術はそのままではあまりに不合理であるが、PS理論の視点を介すると、Media Pointにおけるエネルギーの放出が考えられるのであり、黒点が異常に減少しているというのは、太陽というMedia Pointからのエネルギーが不足しているということになり、免疫系がそれによって、弱化するということが考えられないことはない。
 道教的に言えば、「気」エネルギーが不足しているのである。そのために、免疫系が弱体化して、それまで、抑えられていたウィルス等が活性化するというのは、考えられるのである。
 そうならば、これから、さらに多くの新型インフルエンザが大流行することになるだろう。経済だけでなく、病気においても、「大恐慌」の事態となる可能性がある。私は西洋文明の終焉を唱えてきたが、それは、父権文明の終焉でもある。新黙示録的な時代になってきたと言えよう。新大洪水の時代である。

参照:次のように結核と宇宙環境の関係を示唆していた。
『結核と環境:「気」の浸透する田舎の環境
テーマ:医学・病気

結核が流行っているというのは何年も前から聞いてはいるが、感染の増加はなにか気にかかる。なにかが壊れているという直感がある。そう、日本人の身体の免疫系が壊れかけているのではないのか。それは、なんらかの自然・宇宙環境の突然変異的変化と関係しているのではないだろうか。
 中には謀略を言う人もいるが。思うに、食生活と都市環境に問題があるのではないだろうか。私はたまには、田畑や杉林に囲まれた田舎の実家に戻るが、はっきりと、「気」に浸透されているのが直覚される。東京に戻ると、「気」はほとんど感じられないのである。』
http://ameblo.jp/renshi/entry-10238732013.html

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新型インフルQ&A:症状や感染経路、治療方法は?
豚インフルエンザ感染拡大を知らせる電光掲示板=東京・有楽町で2009年4月28日午前9時32分、尾籠章裕撮影
豚インフルエンザ感染拡大を知らせる電光掲示板=東京・有楽町で2009年4月28日午前9時32分、尾籠章裕撮影

 豚インフルエンザの世界各地への流行の広がりで注目される「新型インフルエンザ」。症状や予防法など基礎知識をまとめた。
 ◇ Q 新型インフルエンザとは何ですか?

 A 動物のインフルエンザウイルスが人に感染し、人の体内で増殖できるように変化した後、人から人へと効率よく感染できるようになった未知のウイルスによって発症するインフルエンザです。現在、流行しているインフルエンザとは異なり、人類のほとんどが新しいウイルスに対する免疫を持たないため、簡単に感染しやすく、世界的大流行(パンデミック)につながる恐れがあると警戒されています。今回は豚インフルエンザウイルスの感染が広がり、世界保健機関(WHO)が警戒レベルを引き上げました。想定されていた鳥インフルエンザから変異した新型インフルエンザとは異なりますが、日本政府は新型インフルエンザと認定しました。現代社会は、都市への人口集中、大量輸送交通機関の発達などによって、短期間で世界中にまん延する可能性が高く、WHOや各国政府は、新型インフルエンザの発生に備えた対策を進めてきました。
 ◇ Q 警戒レベル引き上げを受け、どのように行動すべきですか?

 A 現段階では、日本国内での感染者は確認されておらず、パニックになる必要はありません。厚生労働省のホームページ(http://www‐bm.mhlw.go.jp/index.html)などから正確な情報を入手して、落ち着いて行動してください。
 ◇ Q 新型インフルエンザは、どんな症状が出るのですか?

 A 高熱、頭痛、関節痛などの全身症状のほか、のどの痛みや鼻水など風邪のような症状が出ます。気管支炎、肺炎などが併せて起こり重症化することもあります。重症患者の発生割合は、ウイルスの毒性によって異なります。
 ◇ Q 新型インフルエンザは、どのように感染するのですか?

 A 主な感染経路は飛沫(ひまつ)感染と接触感染です。くしゃみやせきによって、唾液(だえき)や鼻水の細かい粒を吸い込むことと、汚染された手で鼻や目を触ることで感染すると考えられています。
 ◇ Q 新型インフルエンザの感染予防策を教えてください。

 A 厚労省が通常のインフルエンザに有効として挙げている予防策は以下の点です。

 ▽外出後には手洗い、うがいをする▽手洗いはせっけんを用いて15秒以上。水を十分にふき取る▽流行地への渡航、人ごみや繁華街への不要不急な外出をしない▽十分に休養をとり、体力や抵抗力を高め、バランスよく栄養をとる。

 新型が出現した場合も、同様の予防策に努めることが重要です。

 また他人に感染させないためにも、せきやくしゃみの症状がある人は、必ずマスクをつける「せきエチケット」の徹底を呼びかけています。
 ◇ Q 発熱など、発症が疑われる場合はどうすればいいですか?

 A 厚労省は、メキシコや米国から帰国した人などの問い合わせに応じる電話相談窓口(03・3501・9031)を設置しています。各地の保健所なども問い合わせに応じますので、指示に従って指定された医療機関で受診してください。
 ◇ Q 豚肉を食べても大丈夫ですか?

 A 豚肉や豚肉加工品を食べても、感染しません。インフルエンザウイルスは熱に弱く、通常の調理をすれば死滅するからです。WHOのホームページには、豚インフルエンザウイルスは70度で調理すれば死滅すると書かれています。また、万が一ウイルスが付着していても、インフルエンザウイルスは酸に弱いため、胃酸によって活動できなくなるためです。
 ◇ Q 今回の豚インフルエンザに感染した場合の治療法は?

 A WHOなどによると、インフルエンザ治療薬のタミフル(一般名リン酸オセルタミビル)とリレンザ(同ザナミビル)は効果があるとされます。シンメトレル(同アマンタジン)は耐性が確認され、効果が期待できません。
 ◇ Q 新型インフルエンザの発生は以前もあったのでしょうか?

 A 過去に発生した新型インフルエンザには、世界で約4000万人、日本で約39万人が死亡したスペイン風邪(1918年)や、アジア風邪(57年)、香港風邪(68年)があります。10~40年周期で発生するとされ、警戒を求める声が高まっていました。【江口一、永山悦子】

http://mainichi.jp/select/science/news/20090428k0000e040074000c.html

新型インフルエンザ対策関連情報
国民の生命と健康を守るため
万全の対策を講じていきます。

「日本時間の4月27日23時、WHOにおいて専門家による緊急委員会が開催され、その結果を踏まえて公表されたWHO事務局のステートメントの中で、継続的に人から人への感染がみられる状態になったとして、フェーズ4宣言が正式になされました。

こうした事態を受け、厚生労働省としては、メキシコ、アメリカ、カナダにおいて、「感染症の予防及び感染症の患者に対する法律」に規定する新型インフルエンザ等感染症が発生したことを、ここに宣言します。

今後は。同法や検疫法に基づき、新型インフルエンザのまん延防止のため必要な措置を講じていくとともに、「新型インフルエンザ対策行動計画」等に則って、関係省庁と密接に連携しながら、国民の生命と健康を守るため、万全の対策を講じていくこととしております。」

厚生労働大臣 舛添要一


新型インフルエンザについてもっと知りたい! 新型インフルエンザQ&A


* 国・自治体としての対策
* 個人でできる対策
* 事業者・職場でできる対策

* 新型インフルエンザ対策行動計画
* 新型インフルエンザ対策ガイドライン

http://www.mhlw.go.jp/bunya/kenkou/kekkaku-kansenshou04/index.html
厚生労働省

2008年05月14日 (23:36)

自然VS人間:パエトーンとイカルス:ポスト・ヤハウェ教文明とMP太光新地球文明

自然VS人間:パエトーンとイカルス:ポスト・ヤハウェ教文明とMP太光新地球文明
テーマ:トランス・モダン・コスモス
東京はここ数日、寒い日が続き、冬のブルゾンを着たが、こんなのは初めてである。これは妙である。なにかある。
 人間の傲りを矯めるのは、やはり、自然の力なのか。知は無力なのか。ギリシア神話に限らず、多くの神話、民話、その他の伝承は、人間の傲りを戒めてきた。しかし、それが、破られたのである。
 思うに、人類は、新たな神話時代(「大洪水神話」時代)に突入したのだろう。一番の問題はやはり、ユダヤ・キリスト教のヤハウェである。ヤハウェ教(狂)である。
 これは、⇒-1の悪霊のようなものである。悪霊を崇拝する宗教(邪宗)が人類を狂わせたことは確かである。そう、自我・物質神なのである。確かに、物質科学・技術は発達したが、精神が退化してしまった。ポスト・ヤハウェ教文明の、「黙示録」的時代になったのだろう。
 Media Pointから発する太光の叡知に基づく新地球文明を創造するときになったのだろう。

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検討問題:同一性=物質化とは何か
テーマ:検討問題
考えると、同一性=物質化とはとても不思議なものに思えるのである。先に地震の予兆になる動物の反応のことを述べたが、動物は地震に関係する電磁波=超越エネルギーを「感覚」していると考えられる。超光が動物には「視える」のだろう。
 しかしながら、そのエネルギーは確かに、物質を形成しているのである。これをどう考えたらいいのだろうか。つまり、自然のもっている同一性現象とはどういう力学から発生するのか、である。アインシュタインのエネルギー公式のPS理論版を見るとわかりやすいだろう。

E=m(+ic)(-ic)⇒mc^2

である。両辺をmで割ると、

(+ic)(-ic)⇒c^2

となる。さらにcで割ると自己認識方程式となる。
 とまれ、思うに、右辺が物質形式でもあると見るべきではないだろうか。つまり、同一性である。すると、-1=同一性と齟齬を来たすことになる。これをどう考えたらいいのか。ここには、現象の実に不思議さ、霊妙さ、玄妙さがあるのではないだろうか。
 思うに、右辺は物質形式ではなくて、エネルギー形式と見るのが適切であろう。そして、物質形式はそのマイナスではないのか。つまり、-mc^2が、物質形式ではないだろうか。
 そうならば、マイナスに大きな意味があるのである。思うに、マイナスとはネガの世界であり、プラスがポジの世界である。ネガの世界は、影の世界である。もっとも、影は現象界では光である。
 ここは実に不思議である。ここでの思考実験から考えると、物質現象とエネルギー現象の二つがあるのであり、両者はマイナスとプラスの関係である。一種鏡像関係と言えるのではないだろうか。
 とまれ、物質とは何か、である。そう、エネルギーが共振から生まれたとすると、物質は共振を否定して生まれているのではないだろうか。どういうことかと言えば、自然は、二重様相であり、一方では、エネルギー現象であり、他方では、物質現象ではないのか、ということである。
 そして、近代科学・技術は、物質現象のみを扱い、本来のエネルギー現象を捉えていなかったことになる。しかし、20世紀になり、相対性理論や量子論によって、物質現象からエネルギー現象へと対象が変換したと考えられるのである。つまり、物理学は、光科学=「精神」科学になったのである。
 思うに、19世紀末から20世紀初期ないしは前半において、哲学であれ、科学であり、芸術であれ、この変換が起こったと思われるのである。
 しかし、物質主義=唯物論に縛られているために、この変換の意味を十分に把捉していないと考えられるのである。哲学で言えば、フッサール現象学のブレークスルーを、ハイデガーは取り逃がしてしまったと思えるのである。先の考察からすれば、ハイデガーの言う本来的存在はエネルギー現象に、頽落した現存在は物質現象に相当すると考えられるのである。
 ここで、ハイデガーの本来的存在について考察すると、それは、まことに不思議である。ここの視点からは、エネルギー現象であるが、本来的存在は暗いのである。なぜなら、差異共振性がないからである。つまり、正に、右辺(mc^2)のみということになると思われるのである。
 これは、比喩的に言えば、暗い光、暗い超光ではないだろうか。(参照:D. H. ロレンスのdark sun) 本来、エネルギーは超光現象であり、「光」のはずである。しかしながら、本来的存在は暗いのである。
 この説明であるが、超光とは、思えば、差異共振の結果であり、自己と他者との一体となり、差異共振性がもはやないということを意味しているのではないだろうか。つまり、エンテレケイアである。
 だから、闇としての超光が考えられるのである。(参照:ダークエネルギー)ハイデガーの本来的存在=「光」現象とはそのような意味になると思う。すると、闇としての超光(エネルギー現象)と影としての光(物質現象)があるということになる。思うに、阿弥陀如来の無量光とは、イデア界の差異共振光=原超光を意味するだろう。
 そう、たとえば、天照大神であるが、それは、Media Pointが開いて、イデア界の原超光を得たものであろう。だから、天の岩戸とは、Media Pointではないだろうか。(また、プラトンの善のイデアは、当然、イデア界の原超光である。)だから、エネルギー現象はイデア界の原超光を反映・反照するとき、発光するということになるだろう。闇の超光と光の超光である。というか、暗い超光と明るい超光である。
 以上のように見ると、ハイデガーの本来的存在は、神秘主義の闇と通じるように思われる。黒い太陽ではないだろうか。
 しかし、これでは、まだ、奥の院には、当然、達していないのである。Media Pointが開いていないのである。(後期ハイデガーは、なんとか、Media Pointに達しようとしたのかもしれない。しかしながら、そのときは、水平性を喪失して、垂直性だけになっているように思える。)
 《光》をもたらさなくてはならないのである。物理学で言えば、相対性理論に量子論的背景を与えることを意味するのではないだろうか。つまり、量子論的相対性理論となるときに、真に《光》の理論になると思われる。
 神話で言えば、イシス・オシリス神話で言うと、オシリスだけでは、暗い太陽であろう。つまり、+1である。しかし、イシスとオシリスの極性があるときに、原超光、即ち、イデア界の《光》、《太光》になるのではないだろうか。ならば、イシスなくして、オシリスの光はないということになるのである。イエスの光は、イシスなくしてないということになるのである。ここにプロテスタンティズムの問題があるだろう。
 さらに展開すると、なぜ、太母は、月をシンボルとするのだろうか。かぐや姫は月の女神、いわば、アルテミスに当たるといえよう。これは何だろうか。
 おそらく、これは、やはり、+1ではないだろうか。ここは、処女神を意味するのではないだろうか。いわば、単性生殖(処女生殖)である。すると、+1は太陽ではなくて、月である。そして、イデア界が太陽であろう。そして、Media Pointは、穴(ブラックホール?)である。では、-1は何だろうか。物質現象とはどういうシンボルをもつのだろうか。意外に天、天空ではないだろうか。つまり、+1が月や海や大地であり、-1が天空ではないだろうか。ギリシア神話で言えば、オリュンポスの神々ではないだろうか。
 そうならば、二つの天があるだろう。イデア界の天と現象物質界の天である。(創世記の冒頭は現象物質界の天の創造を述べているのだろう。)
 途中。

***********************************

地震前兆現象と電磁波:超越エネルギーと神々
テーマ:自然災害・人災:台風・地震・津波・温暖化
以前触れたことがあるが、地震は、震源となるところが、前もって電磁波を出すので、予知は可能であると思われるのであり、それの調査研究を十分行っていないのは、問題があると思われることである。
 これは、実に科学的であり、どうして行わないのか、不思議である。また、動物の前兆行動であるが、やはり、電磁波に反応して、動物が超常的な行動をとるということは十分考えられることである。この点でも、研究が足りないと思われるのである。
 プラトニック・シナジー理論から見ると、電磁波は超越エネルギーなので、それは、Media Pointの開いていると考えられる動物はキャッチすると考えられるのである。人間は同一性-1に傾斜しているので、超越エネルギーを把握できないと思われるのである。中には、Media Pointが開いていて、敏感・過敏に感じる人がいるだろう。
 ついでに言えば、超常現象や霊的現象とは、超越エネルギー現象の視点から検証されるべきだと思われるのである。これは、当然、イデア・エネルギー、魂のエネルギーの問題でもある。私は、どうも、ある種の運命というものがあるように感じている。そう、古代人ならば、神々と表現したが、確かに、神々は存していると思うのである。
 では、神々を科学的に説明するとどうなるのだろうか。私は魂があるとほぼ確信している。それは、虚数の対極性である。陰陽が魂である。いわば、陰陽魂、陰陽イデア、陰陽イデア魂である。この陰陽イデア魂(略して、イデア魂)は、振動していると考えられる。思うに、出生するとき、陰陽イデア魂は、陰陽に分裂して、陰イデア魂と陽イデア魂に分離して、それぞれ、人格になるのではないだろうか。前者は女性魂であり、後者は男性魂である。しかしながら、これは、生物的性とは必ずしも一致しない。つまり、精神的性と肉体的性は必ずしも一致しないということである。
 とまれ、いかにも、プラトンの『饗宴』の発想であるが、陰イデア魂と陽イデア魂がイデア界ないしは、Media Pointにおいて、ひきつけあうのではないだろうか。これが、本来のエロースではないだろうか。正に、イデア界的共振性としての引力である。
 しかしながら、このイデア魂の強度が強いと、現象界よりは、直接、イデア界にひきつけられるのではないだろうか。詩人のヘルダーリンは、正に、そのような精神の持ち主であったのではないだろうか。ロマン主義や神秘主義等もそのような傾斜があると思うのである。
 ここで、暫定的に仮説すると、イデア・コスモス(イデア・コスモロジー)があり、それは、ポリフォニックな音楽宇宙であろう。そこに、現象の原型ないしはプログラムがあるのではないだろうか。イデア・プログラムである。オカルト主義が言うアカシャ年代記はそこにあるのではないだろうか。わたしは今は運命論的である。

p.s. 後半、神々から魂の話になってしまった。確かに、神々と魂は関係している。極言すれば、魂とは神々である。ならば、神々は数はどれくらいなのだろうか。問題は、イデアとMedia Pointとの関係にあると思う。イデアのMedia Point変換があるだろう。これは、個化と言っていいだろう。魂というのも、この産物かもしれない。おそらく、イデア界はシンプルだと思う。Media Point界(略して、MP界)があると思うのである。今は、思いつくまま書くだけだが、プラトンが『国家』で述べている死者の国(p.s. 彼岸であったか)のことであるが、それは、どうやら、MP界のことではないだろうか。それが、カトリックで言う煉獄ではないだろうか。地獄もそこになるのではないだろうか。ちょうど、天上界と地上界の中間界として、MP界があるのではないだろうか。シンボル的には、山頂がそれに当たるのではないだろうか。須弥山、オリュンポス山、高天原、とうとう。
 とまれ、究極的に言うと、森羅万象は、神々の仮面であろう。神々の多様体であろう。Media Pointに、個別の情報があるように思われる。つまり、イデア情報アーカイブである。イデア図書館である。遺伝子の情報もここにあるのではないだろうか。後で、精緻に検討したい。

大地震をカエルが予知?=数十万匹が大移動-中国四川省
 【香港13日時事】香港紙・リンゴ日報などは13日、中国四川省で12日起きた大地震の前に、同省の綿竹市で数十万匹のヒキガエルが一斉に移動するという異常現象があったと報じた。地元住民は「何かの凶兆ではないか」と不安を感じていたという。(時事通信)

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西洋文明と-1:同一性傾斜をもつ西洋一神教文明とMedia Pointを内包する東洋文明
テーマ:検討問題
後で検討したいが、西洋文明ないしは文化の-1=同一性の傾斜であるが、これが、現代文明・文化を行き詰まらせていると考えられる。資本主義も内的には、差異共振性をもつが、同一性価値の支配によって、非合理主義的に(悪魔的に)破壊的になっているのである。思うに、私見では、西洋言語の人称性にも問題がありそうである。
 とまれ、-1=同一性の傾斜のために、西洋文明は東洋文明・文化が本来的にもっているMedia Pointを抑圧しているのである。だから、トランス西洋文明としての新東洋文明が考えられなくてはならない。西洋文明を包摂した高次の新東洋文明である。

p.s. -1=同一性への傾斜(ユダヤ・キリスト教一神教性=ルサンチマン)があるために、たとえば、イタリア・ルネサンスで生起した差異ないしは Media Pointの活性化が、同一性主義(近代合理主義・近代的自我)に抑圧されてしまったと考えられる。既述したように、この差異と同一性の矛盾的二重性が、西欧近代文化・文明の実体であると考えられる。言い換えると、二重人格(ジキルとハイド)としての近代西欧文化・文明なのである。悪魔の様相と天使の様相をもっているのであるが、前者が後者の影に隠れて、主導的なのである。天使の仮面をつけた悪魔としての近代西洋文化・文明である。
 私見では、一人称は自我人称、即ち、同一性人称ではないだろうか。これが主導的になって、差異を否定すると思われるのである。そう、「わたし」の問題である。結局、自我・同一性の「わたし」と自己・共一性の「わたし」がある。これが、西洋言語では、連続化していると思うのである。日本語は本来、自己・共一性言語であり、「わたし」は、他者と共振しているのであり、そのために、とりわけ、「わたし」という語を使用しないと考えられるのである。
 結局、この同一性主導性が今日、非合理主義性をもたらしているのであり、差異主導性が必要とされているのである。差異主導により、同一性傾斜は制御されて、差異共振性における、ないしは、基づく、同一性となると考えられるのである。言い換えると、差異主導によって、差異と同一性とのバランスを取れるのである。しかしながら、差異と同一性の発展的な対立と言ってもいいだろう。この対立が必要である。自由主義は、この中において肯定されるべきであろう。そして、民主主義は、差異共振性となるだろう。資本主義も差異共振資本主義になるだろう。差異共振資本自由主義となるだろう。

p.p.s. 近代西洋文化の偽善性であるが、それは理論的にどう説明できるだろうか。同一性=自我はどうして、偽善的になるのか。そう、同一性=自我の優越性の発生の力学は何か。同一性価値を優位に、差異価値を劣位にする力学であるが、それは、いわば、鏡像的価値に拠ると考えられる。
 鏡像を優位とする価値観の発生が問題とされなくてはならない。ここで、作業仮説ないしは思考実験であるが、幼児の身体的脆弱性・虚弱性があり、そのため、差異における苦・悲に対して、身体的に積極的に対応することができない。つまり、身体的に劣位にあるのである。それに対して、差異共振エネルギーは過剰である。
 思うに、この過剰な差異共振エネルギーを同一性へと転換させるのが仕組みがあるのではないだろうか。精神の過剰と身体の劣弱さがあり、そこにで、後者を乗り越えるために、前者は、後者を否定して、同一性価値を仮構(虚構)するのではないだろうか。フィクションである。一種、幻想、妄想である。ファンタジーである。
 身体=差異の劣位を乗り越えるために、同一性価値の優位というフィクションを人間は形成するのではないだろうか。それが、-(-i)=i^2=-1ではないだろうか。差異=他者である-iを否定して、同一性化するのである。他者=差異の否定行為が、他者=差異の場所に鏡像を映現させて、それを代償として、自己同一性化するのではないだろうか。ここでは、共振ではなくて、否定的同一化があるのである。鏡像と同一性との融合があるのである。これは、当然、ショートである。つまり、自己同一性=自我とは、同一性のショートなのである。「自己中心主義」的な盲目である。自我狂気である。
 とまれ、この否定が自我意志となっているのである。では、この否定はどこから生まれるのだろうか。それは、差異共振性のアンバランスからではないだろうか。つまり、+iと-iがあるが、両者がアンバランスで、-iが+iより劣弱なのである。この傾斜がデュナミスではないだろうか。この本源的不均衡が、現象において、否定の力学を発生させるのではないだろうか。整理すると、確かに、差異共振性があるとは言え、不均衡性があるために、成長において、否定性が発生して、同一性に傾斜するということではないだろうか。
 そして、この否定性=暴力に対しては、根源の差異共振性を取り戻す必要があると言えよう。ここで、知恵・叡智が問題となるのである。イデア界の叡智が必要なのである。そう、思うに、本来、女性の方が、男性よりも、こちらに近づいていたと考えられる。ソフィア(叡智)は、本来、女性的である。
 だから、正確に言えば、否定性=暴力性は父権文化、父権一神教文化のものである。本来、母権文化、母権多神教文化は、この否定性=暴力性を差異共振叡智によって制御していたと考えられるのである。
 後で、もう少し丁寧に整理したい。

3p.s. まだ、同一性=自我の優越主義が十分に説明されていないので、後で再考したい。

4p.s. 同一性=自我の優越志向性は既に説明されている。精神の過剰性と身体の劣弱性との非対称性・不均衡性があり、身体の劣位を「意識」上、乗り越えて、「意識」を優位化する力学で説明できるのである。

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ゼロとは何か:+1と-1と±0:ポスト・モダンとハイデガーとトランス・モダン
テーマ:プラトニック・シナジー理論
既述であるが、ポスト・モダン哲学は、+1(共一性)という差異を追求したが、結局、-1(同一性)との連続性を立ち切ることができずに、両者の連続性ないしは混淆に留まったと考えられる。そして、+1と-1との関係を和として考えて、+1+(-1)⇒±0が帰結されて、この±0とは、構造主義を意味し、結局、構造主義から真に脱却できなかったと考えたのである。
 問題点は、果たして、実軸の計算は和でいいのか、ということと、ハイデガー哲学はポスト・モダン哲学の先駆と考えて、-1と±0との存在論的差異を説いていると見たがそれでいいのか、ということである。
 後者を再検討すると、先に述べたように、ハイデガーの本来的存在を±0(実際は単に、0として見たが、±0とした方がより的確であると思われる)と見て、頽落した現存在を-1と考えて、±0と-1が存在論的差異を形成すると見たのである。実際、ハイデガーの本来的存在はわかりにくいのである。個のようであるが、差異共振性がまったく欠落しているのである。これを±0で捉えていいのだろうか。
 0は本来、構造主義の位置である。だから、ぴったりとはあてはまらないのである。今思いついたのは、+1⇒-1ではないだろうか。これならば、差異共振性のない+1があり、それから、同一性志向性によって、-1になることを意味できるのである。
 どうもその方がよさそうである。だから、ハイデガーの本来的存在は+1であり、頽落した現存在は-1であるということになる。
 そうすると、これは、+1を共一性と言ってきたことを訂正しないといけない。+1ではなく、共一性とは、端的に、自己認識方程式である。そして、⇒+1はフッサール現象学を意味するだろう。
 とまれ、そう訂正することから、ハイデガーの存在論的差異は、+1と-1との差異であることになった。そうすると、ポスト・モダン哲学はどうなるかと言えば、端的に、ハイデガー哲学を踏襲していることになるのではないだろうか。初期デリダの場合、ほとんどそうなると思われる。ただ、ポスト・モダンの場合、構造主義の側面がかなり強いと考えられる点が異なると言えよう。
 そう、ここで第一の問題点と重なるのであるが、ハイデガー哲学の場合、+1と- 1との亀裂を説いている。つまり、ハイデガー哲学には、それなりに、不連続性があるのである。しかし、ポスト・モダンになると、+1と-1との連続性ないしは混淆性が存すると考えられるのである。+1と-1とのポスト・モダン的様態は、やはり、和でいいのではないだろうか。即ち、(+1)+(-1)⇒±0 である。重要な点は⇒にあると考えられる。±0は端的に、構造主義を意味するだろう。何故なら、±0は、ゼロ記号であるからである。そして、左辺の(+ 1)+(-1)はポスト・モダン哲学を意味するのではないだろうか。+1と-1との連続的な揺らぎがポスト・モダン哲学ではないだろうか。初期デリダの差延とは正に、そのようなものと考えられる。また、ドゥルーズの差異であるが、思うに、ゼロ記号を使って、差異を連続化しているのである。つまり、やはり、和である。即ち、(+1)+(-1)=±0(ゼロ記号)が生起して、ここで、差異と同一性が一致することになると考えられる。即ち、差異=同一性である。そして、これこそ、連続的差異=微分ではないだろうか。初期デリダの場合は、差異と同一性との混淆的揺らぎがあったが、ドゥルーズの場合は、両者が一体化されてしまい、構造主義ないしはヘーゲル哲学に退行していると思われるのである。
 結局、和とは、連続性ないしは混淆性を意味すると言えるのではないだろうか。ならば、ハイデガーの場合は、和以前の様相にある。とりあえず、それを、+1/-1と表記する。つまり、/は亀裂ないしは境界を意味することになる。とまれ、後で再考したい。

2007年12月13日 (22:47)

心の闇:現代日本人に感じられる心の暗黒:死せる魂と不気味な闇

現代日本は、暗い。心の闇が広がっている。あるいは、せいぜい灰色の心があるだけである。
 不気味な闇、灰色の心、これは、心の「神」を否定した結果である。戦後の近代合理主義/民主主義が、心を魂を凍らせているのである。そう、凍って闇になっているのである。心が冷たい石のようになっているのである。
 これは、アメリカ的近代合理主義から来ている闇である。金の亡者の心の闇から来ているのである。自らの心の動きを信ぜず、ただ数量化された数字から判断する冷たい闇の心から発しているのである。
 これが、戦後日本を襲ったのである。冷たい体である。超越光=御神火がないのである。
 火の復活が必要である。超越光の新生が必要である。そう、光とは火である。火かりである。

火かりを亡くした日本人の心の闇
深い不気味な心の闇
冷たい灰色の心
冷たい身体
ご神火・超越光をともす必要がある。

おそらく、現代世界は滅びる必要があるのだろう。
新大洪水の時代である。

誰がこんな日本にしたのか
こんな闇の日本にしたのか
それは日本人に勇気がないからである
怯懦であるからである
死せる魂の日本人
心の神を否定した日本人
神無国

心の神の音楽を聴くのを忘れた日本人
心の神の光を見つめるのを忘れた日本人
そう、心の神は、計量・自我化できない。それは、ただ、あるのである。
心の神はただそれを認めるしかない存在である。
心の神を迎えること、心の神がマレビトである。

そう、心の神を排除しているから、日本人は、
権力を恐れているのである。怯懦なのである。
心の神の否定と奴隷・家畜とは一体である。
心の神を恐れているので、権力を恐れているのである。
心の神の影が権力なのである。

心の神が復興力である

端的に、何が、心を冷たくしているのか、闇にしているのか

心の冷暗は何が生んでいるのか

そう、三島の言った断絃の時、

心の音楽の喪失があるのである。

心の音楽とは何か

それは、神仏の音楽である。

心の御音が聞こえないのである。

「木にだにも 御形移すありがたや 法の御音は 谷のひびきか」

円空 円 空

http://www.vill.tenkawa.nara.jp/sightsee/tenkikawa/yukari.html

「木にだにも 御形(みかた)を移す ありがたや 法(のり)の御音(みおと)は 谷のひびきか」
http://www.econavi.org/weblogue/special/30.html

2007年04月18日 (00:44)

グリーン・パワーとは何ぞ哉

経済成長とグリーン・パワーは、矛盾する。

私は、温暖化防止の問題は、違う問題によって取って代わられるのではないかと感じる。

熱は、身体や精神を変容させるのではないだろうか。

どのようにかは、わからないが。

第二の大洪水の時代にはなったとは言えよう。

第二のノアの方舟である。

地球の人口が激減する。

トランス・ヒューマンの時代?

どうも、現在の人類は、賢くないので(ホモ・サピエンスは冗談だろう)、このまま、水没するのではないだろうか。

人類の安楽死である。

人類の終焉である。

では、「霊魂」は何処へ行くのだろうか。

他の宇宙へ移動するというのは、考えられるかもしれない。

地球人類からポスト地球人類へ。

SF的である。
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sophio・scorpio

  • Author:sophio・scorpio
  • 以下が、宇宙母船です。
    http://ameblo.jp/neomanichaeism
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