--年--月--日 (--:--)

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

2011年12月23日 (21:28)

個霊と遺伝子:精神と身体:高振動の精神と低振動の物質:精神振動とチャクラ

個霊と遺伝子:精神と身体:高振動の精神と低振動の物質:精神振動とチャクラ

テーマ:シュタイナー精神学

シュタイナーは霊が母胎の胎児に到来すると述べている。つまり、霊と身体は絶対的に区別されるということである。
 PS理論ではこの問題をどう捉えるだろうか。自己は凸i*凹iの屈折した形に存すると先に述べた。結局、虚軸と実軸は不連続であり、絶対的に区別されるという考えた方がここでは役に立つ。
 端的に言えば、精神が身体を形成するのである。しかしながら、遺伝の問題をどう捉えたらいいだろうか。才能は遺伝しないのである。
 純粋差異共振によって身体が形成されると考えられる。ならば、遺伝子とはそれの物質的表現である。つまり、MP1の物質的表現である。二重らせんである。
 では、それと個、自己はどう関係するだろうか。先に述べた自己式をとりあげて考えよう。

 (凹i/凸i)*(凸i/凹i)⇒凸(+1)

簡単にするため、凹i/凸iをA、凸i/凹iをBとしよう。すると、

A*B⇒凸

である。思うに、AとBは個々において、差異があると考えられる。つまり、ある1という人は、

A1*B1⇒凸

となる。だから、

Ak*Bk⇒凸

で任意の人を記述できる。
 では、この差異はいったいどういう力学をもつのか。
 ここで強度という概念を導入しよう。すると、個々において、AとBの強度が異なると考えられる。
 例えば、父権的タイプAがBよりも強いと考えられるし、母権的タイプはBがAより強いと考えられる。
 問題はこの強度の式である。どう記述されるのか。
 強度はエネルギーと言い換えてもいいだろう。だから、精神エネルギーの問題である。
 E = hν
を利用すれば、個の差異は振動数の問題となるだろう。
 簡単に言えば、陰陽の振動数の差異が個の根拠である。
 高い振動数が精神的差異を意味するだろうし、低い振動数が物質形成を意味するのではないだろうか。
 ここで本題に返ると、個の精神は高振動数をもち、遺伝子は低振動数をもつということになる。
 思うに、氣の考え方もこれで説明できる。一般の電磁波よりも高振動なのが氣として説明できるだろう。
 では、振動数の差異は何から生じるのだろうか。それは、精神形成の違いによると考えられる。
 つまり、精神的活動をする人は、精神の振動数が高くなるのであり、それが、時代を超えて伝わると思う。
 唯物論的発想は精神の振動数を低くし、獣的、悪魔的にすると言えよう。
 今はここで留める。

追記:精神の振動から、ヨガのチャクラを想起した。チャクラは振動をもっている。また、7つのチャクラがある。これは虹の七色と共通である。あるいは、オクターブと。
 つまり、差異共振、陰陽は7分節を形成すると考えられる。どうして、7なのか。今の段階では不明であるが、ここでは、精神振動とチャクラの関係と7分節形成を提起するに留める。
 ちなみに、シュタイナーは7分節が進化、発展等の段階であると述べている。

参照:

チャクラ(cakra, chakra, cakkra, चक्र)は、サンスクリット で「車輪・円」を意味する語。漢訳は「輪」(りん)、チベット語では「コルロ」(khorlo)という。インド起源の神秘的身体論における、物質的な身体(粗大身)と精微な身体(微細身)にある複数の中枢を指す[1] 。

各チャクラの位置

チャクラが描かれたヨーガ行者の図
19C初頭の彩色写本、大英図書館所蔵


ヨーガでの用法 [編集 ]

ヒンドゥー教 のヨーガ では、人体の頭部、胸部、腹部で、輪または回転する車輪のように光っているように感じられる箇所を言う。数は6または7箇所と言われるが、それとは別に8箇所あるという説もあるなど、一定ではない。画像 では光る蓮華 で表現される。猿であったときの尻尾の名残の尾てい骨から発生する蛇を、チャクラを通じて頭から出すのが目的といった見解がある。

第1のチャクラ
ムーラーダーラ・チャクラ (mūlādhāra-cakra) と呼ばれ、脊柱の基底にあたる会陰(肛門と性器の間)にある。「ムーラ・アーダーラ」とは「根を支えるもの」の意である。ヒンドゥー・ヨーガの伝統的なチャクラの図では、赤の四花弁をもち、地の元素を表象する黄色い四角形とヨーニ(女性器)を象徴する逆三角形が描かれている。三角形の中には蛇の姿をした女神クンダリニー が眠っている[2] 。
第2のチャクラ
スワーディシュターナ・チャクラ (svādhişţhāna-cakra) と呼ばれ、陰部にある。「スヴァ・アディシュターナ」は「自らの住処」を意味する。朱の六花弁を有し、水の元素のシンボルである三日月が描かれている[2] 。
第3のチャクラ
マニプーラ・チャクラ (maņipūra-cakra) と呼ばれ、腹部の臍のあたりにある。「マニプーラ」とは「宝珠の都市」という意味である。青い10葉の花弁をもち、火の元素を表す赤い三角形がある[2] 。
第4のチャクラ
アナーハタ・チャクラ (anāhata-cakra) と呼ばれ、胸にある。12葉の金色の花弁をもつ赤い蓮華として描かれ、中に六芒星がある。風の元素に関係する。「アナーハタ」とは「二物が触れ合うことなくして発せられる神秘的な音」を指す[2] 。
第5のチャクラ
ヴィシュッダ・チャクラ (viśhuddha-cakra) と呼ばれ、喉にある。くすんだ紫色をした16の花弁をもつ。虚空(アーカーシャ )の元素と関係がある。「ヴィシュッダ・チャクラ」は「清浄なる輪」を意味する[2] 。
第6のチャクラ
アージュナー・チャクラ (ājñā-cakra) と呼ばれ、眉間にある。インド人はこの部位にビンディ をつける。2枚の花弁の白い蓮華の形に描かれる。「アージュニャー」は「教令、教勅」を意味する。「意」(マナス)と関係がある[2] 。
第7のチャクラ
サハスラーラ (sahasrāra) と呼ばれ、頭頂にある。sahasra は「千」、ara は「輻」〔や〕で、1000葉の花弁を有する蓮華で表象される。一説に千手観音 の千手千眼はこのチャクラのことという。他の6チャクラとは異なり身体次元を超越しているとも考えられ[1] 、チャクラの内に数え入れられないこともある。その場合、サハスラーラはチャクラに含まれず、チャクラは6輪あることになる。

簡易的には背骨の基底部から数えて第1チャクラ、第2チャクラ……という呼び方もする。

チベット仏教の指導者であるダライ・ラマ14世 は、その場所に心を集中すると何かしらがあるという反応が得られると述べている[3] 。
仏教タントラにおけるチャクラ [編集 ]

インド仏教の後期密教 のタントラ 経典でもチャクラへの言及がある。チャクラの数や位置についてはいくつか異説があるが、一般に臍、心臓、喉、脳の4輪があるとされる。最上位はヒンドゥー・ヨーガのサハスラーラに相当する「ウシュニーシャ・カマラ」(頂蓮華)または「マハースッカ・カマラ」(大楽蓮華)である。他の3つは臍にある「変化身」(ニルマーナ・カーヤ)のチャクラ、心臓にある「法身」(ダルマ・カーヤ)のチャクラ、喉にある「受用身」(サンボガ・カーヤ)のチャクラであり、仏身の三身 に対応している[1] 。

インド密教を継承したチベット仏教 の無上瑜伽タントラでは以下のチャクラがあるとされる[4] 。

* 大楽輪(頭頂)
* 受用輪(喉)
* 法輪(胸)
* 変化輪(臍)
* 守楽輪(秘密処=下丹田にあたる)

一説には、インド密教ヨガのタントラ 経典やチベット密教 カギュ派 のタントラ経典などでは、身体には主要な7つのチャクラ(または6つのチャクラと1つの門)と、身体のあちこちにあるその他の小さなチャクラとがあるとされている。主要な7つのうち、会陰 と頭頂を除く5つのチャクラは、脊髄 に沿った5つのチャクラと、身体前面に沿った5つのチャクラとはそれぞれが対 になって繋がっているとされている(「タントラ密教経典」参照。なお、密教経典は門外不出とされている[要出典 ])。

* 下位幽体のチャクラ(会陰)
* 上位幽体のチャクラ(臍下約3cm)
* 応身(変化身)のチャクラ(臍上約3cm)
* 法身のチャクラ(胸)
* 報身のチャクラ(喉)
* 本性身のチャクラ(額)
* 金剛身のチャクラ(頭頂)

チベット仏教ニンマ派 のナムカイ・ノルブの説明によれば、タントラ経典によってチャクラの数が異なるのは一貫性に欠けているわけではなく、基本的なプラーナのシステムの概念は共通しており、さまざまなタントラの修行においてそれぞれに異なったチャクラを使うため、それぞれのテキストでは必要なチャクラだけが書かれているのだという[5] 。
中国 [編集 ]

中国の道家 や内丹術 の伝統的な身体論には、インドのチャクラに比すべき丹田 という概念があるが、近代の内丹術の中でも清 代の閔小艮の一派はヨーガの七輪の概念を取り入れている[6] 。
西洋への伝播 [編集 ]

ヨーガ の伝播と共にチャクラの概念も伝播した。数は7箇所で内臓 の各部に充てられるようになった。また、その振動の周波数などを解明したとする研究者もいる。他の行法である近代西洋儀式魔術 などにも概念が取り入れられた。
神経叢のチャクラと脊髄のチャクラ [編集 ]

チャクラは脊椎に関連するエーテル体 にあるエネルギー・センター(渦)で、肉体の7つの内分泌腺及びメンタル体 、アストラル体 、肉体の調整と活性化を司り、意識の中枢と各身体の中継点としての役割をはたしている。

現在のヒーリングなどの分野では、各チャクラに対応する体表のツボのことを指して「チャクラ」と呼んでいる。体表のツボは単にチャクラからのプラーナ (気 )の出入口としての役割を果たしているにすぎず、チャクラではないが、ここでは便宜上体表のチャクラと呼ぶことにする。一方、伝統的なヨーガが伝えている「チャクラ」は、体表のチャクラではなく、人間のエーテル体に存在するほぼ脊柱に沿った7つのチャクラで、ここではこれを脊髄のチャクラと呼ぶことにする。しかし時代が下るにつれ、この脊髄のチャクラとは異なるチャクラの記述が現われるようになる。ここではこれを神経叢のチャクラと呼ぶことにする。実のところ主要な7つのチャクラのいずれのチャクラも、これら神経叢のチャクラと脊髄のチャクラが対をなして存在している。しかし現在に至るまで、この2つのチャクラの系統は明確な区別がなされていない。

古代のヒンドゥー教のヨーガでは、脊髄のチャクラが「チャクラ」とされてきた。不滅の身体をもち今も老いることなくヒマラヤで生き続けていると言われているマハー・アヴァター・ババジ が、弟子たちに伝授したクリア・ヨガの伝統では、脊髄のチャクラに関する知識が伝わっている。20世紀前半、クリア・ヨガを初めて西洋に伝えたパラマハンサ・ヨガナンダ は、著書『あるヨギの自叙伝』(森北出版)の中で、アナーハタ・チャクラの位置を『心臓の後にある胸椎中枢』としている。ヨガナンダの言うチャクラが脊髄のチャクラであることが分かる。またババジのクリヤー・ヨーガ(ヨガナンダのクリア・ヨガと本質的に同じものと思われる)の普及活動をしているマーシャル・ゴーヴィンダンは、著書『ババジと18人のシッダ』(ネオデルフィ)の中で、アナーハタ・チャクラの位置を「心臓の高さに当たる脊柱内にある」としており、ヨガナンダと同様である。

6-7世紀以降、タントラ教典が編纂された後の近代のヨーガ では、神経叢のチャクラについて言及するようになった。近代のヨーガの指導者として著名なスワミ・ヨーゲシヴァラナンダの著書『魂の科学』(たま出版 )にはアナーハタ・チャクラの位置について、「このチャクラは、別名、心臓のチャクラとも呼ばれていますが、胸部の両肺に挟まれた心臓内にある微細な空間の中に位置しています。」という記述があり、ヨーゲシヴァラナンダの言うチャクラが神経叢のチャクラであることが分かる。

また、サマエル・アウン・ベオールの著書『完全なる結婚』(ノーシス書院)には、神経叢のチャクラと脊髄のチャクラの存在について、「原始ヒンズーヨギたちは、脊髄のチャクラとクンダリニー にすべての注意を払い、神経叢のエーテルチャクラには、ほとんど無関心であった。このことはにせ秘教家を驚かせた。」という記述がある。

以上からも、各々のヨーガ行者あるいは神秘家がチャクラの性質及びその位置について言及する場合、神経叢のチャクラあるいは脊髄のチャクラのいずれか一方についてのみ言及しており、各々のチャクラが、これら2つのチャクラと対をなして存在していること、及び、それらの位置と機能の違いについて、明確に区別し、自覚されていたとは考えにくい。

体表のチャクラは、先に述べたように本質的にチャクラではなく、チャクラからのプラーナ (気 )の出入り口である。しかし、そのルートが浄化されていることが心身の健康とチャクラの覚醒の上で重要であるため、ヒーリングの分野において重視されている。一方、本来のチャクラは神経叢と脊髄のチャクラであり、神経叢のチャクラは、身体の交感神経系を支配するナディーと関連し、身体の運動的な活動を司っている。一方、脊髄のチャクラは、身体の副交感神経系を支配するナディーと関連し、精神的な活動を司っている。神経叢のチャクラと脊髄のチャクラは対になっており、意識の拡大の過程を通じて、下位のチャクラから順に覚醒していく。
フィクションでのチャクラ [編集 ]

以下は、夢枕獏 の小説「キマイラ・吼 」シリーズに登場するチャクラ。

アグニ
仙骨 にあり鬼骨などとも呼ばれ、この1つのチャクラで、7つのチャクラを合わせたよりも更に大きな力を持つとされ、生命進化の根元を司るとも言われる。あまりに強大な力を持つゆえに、このチャクラを開眼させたまま放っておくと人は獣や鬼に変じてしまうなどという話もあるが、現代のヨーガ実践者でそれを開眼させた者はおらず、眉唾的なものではある。ただ、古代中国に赤須子(せきしゅし)がそのチャクラを開眼させてしまい、獣(的なもの)に変じた赤須子が村人を数十人喰い殺し、見かねた老子 が赤須子を封じたという記録が唯一残っている。
ソーマ
月のチャクラなどとも呼ばれ、アグニチャクラの開眼により暴走を始めた肉体(生命力)を統べ得る唯一のチャクラと言われるが、アグニチャクラの存在自体が定かでないため、更にその存在は疑問視されることがある。ソーマの身体上の位置を、頭頂の更に上(要するに虚空)と主張している。これは人間の身体を肉体だけでなく、エーテル体なども含めた上での見解である。

ヴァレリー・ハントによるチャクラの部位の電位変動測定 [編集 ]

カリフォルニア大学ロサンゼルス校 の生理学名誉教授ヴァレリー・ハント (Valerie V. Hunt) は、人体のオーラ の電気的研究において、チャクラと人体の電位変動の相関を調べた。ハントは被験者の体表でチャクラに相当する部位に筋電図 用の電極をあてて、人体の微弱な電位変動の波形を記録した。

この研究においてハントは、それまでに記録も報告もされたことのない、サインカーブを描いて変化する規則的な高周波信号を発見したと主張した。その報告によれば、チャクラの部位で測定された波形はつねに100-1600Hzの範囲であり、正常な脳波 、筋電図、心電図 での電位変動が示す電気信号をはるかに超える高周波であったという[7] 。
脚注 [編集 ]

1. ^ a b c ミルチャ・エリアーデ 『エリアーデ著作集 第10巻 ヨーガ 2』 立川武蔵 、訳、せりか書房、1975年。ISBN 4-7967-0087-0 。
2. ^ a b c d e f 立川武蔵 『ヨーガと浄土 ブッディスト・セオロジーV』 講談社〈選書メチエ〉、2008年。
3. ^ F・J・ヴァレーラ 、J・W.・ヘイワード 『徹底討議 心と生命』 山口泰司・訳、山口菜生子・訳、青土社、1995年、109頁。ISBN 4-7917-5382-8 。
4. ^ 平岡宏一 『ゲルク派版 チベット死者の書』 学習研究社〈学研M文庫〉、2001年。ISBN 4-05-901032-4 。
5. ^ ナムカイ・ノルブ 『虹と水晶』 永沢哲訳、法蔵館、1992年。
6. ^ 道教と仙学 第4章 各派の丹法の要訣
7. ^ リチャード・ガーバー 『バイブレーショナル・メディスン』 日本教文社、2000年。

参考文献 [編集 ]

* 竹下雅敏 神経叢のチャクラと脊髄のチャクラ ユニティ・デザイン
* C・W・リードビーター 『チャクラ』 本山博 、湯浅泰雄 (共訳)、平河出版社、1978年。ISBN 4-89203-023-6 。 - チャクラ、リードビーターの理論が概観できる。 PDF
* スワミ・ヨーゲシヴァラナンダ『魂の科学』たま出版。ISBN 978-4884811105
o ラージャ・ヨーガ のサマディー(三昧 )で霊視したチャクラについて、一覧表とともに各チャクラの解説が書かれている。
* 比較文化研究室( 島岩 )訳『十六ニティヤー女神の海』、『ジュニャーネーシュヴァリー』等

関連項目 [編集 ]

* マルマ - インドの伝統武術医学に伝わる人体の急所(伊藤武 『図説 ヨーガ大全』 ISBN 4333024714 参照)。
* 経絡
* 如意輪観音 (手にチンタマニ(Cintamani cakra チンタ=如意、マニ=宝珠)とチャクラ(法輪 、チャクラム が変化したものという)を持つため中国仏教 では如意輪と訳した。)
* オーラ

外部リンク [編集 ]

* 七つのチャクラの意味
* 無料チャクラの壁紙
* チャクラ (チャクラとは、「気」とチャクラ、チャクラの活性化の方法など)
* チャクラについて (各チャクラの位置とそれが司る体の領域、意味、色)
* Evolutio Rodurago - チャクラ テスト (英語)
* クラ派の南の伝承におけるシュリー・チャクラの構造 (PDF )
* シャークタ派の密教 シュリー・チャクラの構造を中心として (PDF )
* 人生の中でのチャクラの活動レベル (チャクラのバランシング方法、活性法、過去生の情報など)

執筆の途中です


この項目は、インド に関連した書きかけ項目 です。この記事を加筆・訂正 などしてくださる協力者を求めています 。(プロジェクト:南アジア )




「http://ja.wikipedia.org/w/index.php?title=%E3%83%81%E3%83%A3%E3%82%AF%E3%83%A9&oldid=39369482 」より作成
カテゴリ :




参考:
調和振動子 - Wikipedia
EMANの物理学・量子力学・調和振動子
スポンサーサイト

2010年07月14日 (01:37)

虚軸界が霊界ではないのか

凸i*凹i⇒+1【i*-(-i)⇒+1】の自己認識方程式に拠ると、近代は、自我凸iは、+1と合一する錯誤に陥っている。
 いわゆる、感覚知覚(正確には、物質的感覚知覚)の世界は、凸i=+1の錯誤の世界である。そう、対象凹iも+1である。つまり、凸i=凹i=+1の錯誤の世界である。
 感覚は差異共振の「光」によって生起されよう。感覚はMP2(実軸のゼロ点)の面となるだろう。これは、表記しにくいが、MP2の、いわば、プラスの面である。あるいは、表面と言おうか。
 しかしながら、実体、本体は、差異の双対的様態である。つまり、虚軸、ないし、虚軸のゼロ点(MP1)における差異極性の様態である。虚軸においては、差異共振もあり、差異共立もある。とまれ、これを差異即非様態と呼ぶ。
 これが、霊的様態ではないだろうか。「わたし」は、思うに、原自己凸iと原他者凹iの極性に還元されるのではないのか。
 思うに、「わたし」とは、凸iと+1との結合ではないのか。それは、自我と言ってもいいのではないか。
 しかるに、自己とは、差異即非様態と自我との共立ないし共振ではないだろうか。
 とまれ、「わたし」は、差異即非様態に還元されよう。
 そして、それは、霊的様態であると考えられる。自我の土台の個と言えるのではないだろうか。そう、霊的個である。霊個である。
 そして、差異共立点MP1において、和、ゼロとなり、マイナス1が霊的直感されるのではないだろうか。
 そう、マイナス1の物自体は、超霊的な存在ではないだろうか。
 とまれ、虚軸界が霊界であるように思われるのである。後で更に検討したい。

2010年06月13日 (01:48)

睡眠と学習:睡眠中の超越的世界で学習するのだろう

先に以下のようにエジプト神話に言及した。
 しかしながら、実は、昨夜の夢(昨日の朝の夢)で、オリオン座が実に拡大されて、明快に色分けされていたのである。
 エジプト神話では、イシスはシリウスである。そして、オシリスは、オリオンである。この符号をどう見るのか。
 私は睡眠中にどうも超越的世界へ行って、学んでいるようである。
 超越的世界とは、いわば、学校である。寺子屋である。現世に生きている人間に指導していると思う。
 これは、PS理論的には、当然、Media Point Learningである。Media Point Sophiaを学ぶのである。
 
検討問題:古代オリエントの女神の神話の力学:宇宙処女と処女懐胎:-1とダーク・マターと黒い聖母
http://ameblo.jp/renshi/entry-10561251660.html

2009年09月02日 (15:07)

トランス・モダン一性(いつせい、いっせい)感性について

余裕がないので、詳述できないが、今夏はある意味で不思議な経験をした夏だった。
 世阿弥の有名な『風姿花伝』にあるように、年それぞれの「花」があるということかもしれないが、非常に心が平静になり、海や川と和していたのである。一体というか、静かな一体性を感じた。
 「わたし」と海は一(いつ)である。「わたし」と河岸の景色は一である、という静かな心性である。
 即非感覚であるが、それが、平静に一の感覚を形成しているのである。一如と言ってもいいだろう。空というのとは少し違うようだ。もっとも、一如が空と言えないことはないが。
 私が言いたいことは、この一性は、「気」と関係する。「気」を介して、「わたし」と風物が一となるのである。
 この一性の感覚が田舎育ちの私にはあるので、近代的都市とはソリがあわないのだろう。近代的都市人は、同一性の自我をもっている。それは、一性の感性を抑圧しているのである。それに対して、私は一性を保持するので、齟齬が生じるのである。
 しかしながら、今や、この東洋・日本的な伝統的な意識は復活すると言えよう。
 因みに、先にイスラム教のタウヒード(一性)とは、このようなものであると述べた。イスラム教の一神教とユダヤ・キリスト教のそれとの違いも述べた。
 そう、この東洋・日本的一性は、垂直且つ水平的一性であり、父権主義ではないのである。そうかと言え、単純な母権主義でもないだろう。
 思うに、いわば、両権主義であろう。この点では、ゾロアスター教を参照。
 
補記:「気」とは当然、超越エネルギーである。Media Pointで発生する根源エネルギーである。後で、「気」について考察を行いたいが、思うに、「気」を介して、人間は自然と宇宙と結びついていると考えられる。
 相対性理論の形成時に「エーテル」の存在有無が問題となり、結局、「エーテル」はないことになったが、果たしてどうだろうか。「エーテル」の代わりに「気」があると思うのである。
 例えば、光子は「気」が本体ではないだろうか。つまり、Media Pointにおいて、超越的な身体エネルギー(「物質」エネルギー)が生起するが、その表出が光子ではないだろうか。思うに、「気」⇒光子ではないだろうか。
 量子力学は、「気」を的確に捉えていないと考えられる。つまり、量子の超越性である。

2009年04月06日 (16:16)

日本の封建制:母権神道精神(ディオニュソス)の土台から封建制精神(アポロ)が生まれたのではないか

西欧の封建制と日本の封建制との違いは、昔、世界史で習ったが、前者は契約的で、一ヶ所の土地に束縛されず、後者は領主(主君)に、一所懸命に、忠誠を誓うものとされた。
 前者の精華は騎士道であり、後者の精華は武士道であろう。派手さと渋さが好対照ではある。
 とまれ、封建制で問題になるのは、その隷属性である。とりわけ、村落共同体における集団的な束縛である。しかしながら、他方、忠君という徳もあったのである。私が思いついたのは、忠君・忠誠・忠義という「徳」は、母権神道精神が基盤・源泉にあるのではないかということである。因みに、騎士道の源泉も西欧の基層の母権文化にあることは理解しやすい(例えば、宮廷風恋愛とは、貴婦人崇拝であり、これは、母権文化から発していると言えよう。古ヨーロッパは、前アーリア民族の母権文化である。)
 神道の神観念が主君と重なっているのではないだろうか。そして、これが、近代天皇制まで連綿としていたのではないだろうか。
 そう、基盤は母権神道精神であるが、それが、父権的統合されたものが日本封建制の精神ではないのか。
 だから、国家神道を全否定したとき、母権神道精神を日本人は喪失したのではないか。
 とまれ、ここでは、問題提起に留めよう。

参考:
封建制
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動: ナビゲーション , 検索

封建制(ほうけんせい)とは、中国 など漢字文化圏 における政治思想において主張された、周 王朝を規範とする政治制度。転じて近現代になると西欧中世 社会を特徴づける社会経済制度であるフューダリズム(Feudalism)の訳語にも援用された。両者は本質的に異なる概念であるため、詳細はそれぞれの節に記す。
中世封建制度(フューダリズム) [編集 ]

フューダリズム(Feudalism)とは歴史学 において中世 ヨーロッパ社会特有の支配形態を指した用語であり、「封建制」と訳出される。土地を媒介とした国王・領主・家臣の間の緩い主従関係により形成され、近世以降の絶対王政 の中で消失した。

マルクス主義 歴史学(唯物史観 )においては、生産力と生産関係の矛盾 を基盤として普遍的な歴史法則を見いだそうとするため、この理論的枠組みを非ヨーロッパ地域にも適用して説明が試みた。この場合、おおよそ古代の奴隷制 が生産力の進歩によって覆され、領主が生産者である農民を農奴 として支配するようになったと解釈される社会経済制度のことを示す。

ヨーロッパ [編集 ]
騎士と聖職者

古ゲルマン人 社会の従士制度 (軍事的奉仕)と、ローマ帝国 末期の恩貸地制度 (土地の保護)に起源を見いだし、これらが結びつき成立したと説明されることが多い。国王 が諸侯 に領地の保護(防衛)をする代償に忠誠を誓わせ、諸侯も同様の事を臣下たる騎士 に約束し、忠誠を誓わせるという制度である。この主従関係は騎士道物語 などのイメージから誠実で奉仕的な物と考えられがちだが、実際にはお互いの契約 を前提とした現実的なもので、また両者の関係が双務的であった事もあり、主君が臣下の保護を怠ったりした場合は短期間で両者の関係が解消されるケースも珍しくなかった。

更に「臣下の臣下は臣下でない」という語に示されるように、直接に主従関係を結んでいなければ「臣下の臣下」は「主君の主君」に対して主従関係を形成しなかった為、複雑な権力構造が形成された。これは中世社会が(今日的な視点で見れば)極めて非中央集権 的な社会となる要因となった。

西欧中世においては、特にその初期においてノルマン人 、イスラーム教徒 、マジャール人 などの外民族のあいつぐ侵入に苦しめられた。そのため、本来なら一代限りの契約であった主従関係が、次第に世襲化 ・固定化されていくようになった。こうして、農奴制 とフューダリズムを土台とした西欧封建社会 が成熟していった(ただし、実際には各農村ごとにかなり相違があったと考えられている上、多くの農村では農奴 だけでなく自由農民も相当数存在していた)。

日本 [編集 ]

ヨーロッパでのフューダリズム(封建制)が、外民族の移動・侵入などと強く結び付いて形成されたのに比し、日本の封建制はむしろ武士 による統治などの国内的要因が主となって形成された(天皇 を始めとする貴族は武士の権威を根拠付ける存在である)。西欧のフューダリズムで複数の契約関係や、短期間での契約破棄・変更がみられたのと同様、日本でも実際のところ戦国時代 まで主従関係は流動的なものであり、「二君にまみえず」という語に示されるような主君への強い忠誠が求められたのは、江戸時代 に入ってからである。

日本の封建制の成立をめぐっては、いくつかの説がある。鎌倉幕府 の成立によって御恩と奉公 からなる封建制が成立したとする説で、戦前以来、ほとんどの概説書で採用されていた。この考え方では、古代律令社会の解体から各地に形成された在地領主 の発展を原動力として、領主層の独自の国家権力として鎌倉幕府 が形成されたとみなす。従って承平天慶の乱 (承平5年、935年 )がその初期の現われとみなされる。

日本中世史と日本近世史の間で、1953年 から1960年代 にかけて日本封建制成立論争 が展開した(太閤検地論争とも呼ばれる)。その口火を切った安良城盛昭 は、太閤検地 実施前後の時期の分析から荘園制社会を家父長的奴隷制社会(=古代 )とし、太閤検地 を画期として成立する幕藩体制 を日本の封建制と規定した。しかし、激しい反論を生み、院政期 以降を成立期とする説(戸田芳実 など)、南北朝 内乱期を成立期とする説(永原慶二 など)が提起された。歴史学の関心が拡散する中でこの論争は明確な解答を得ぬまま終息した。

日本の領主の封建制は「税の徴収権」に過ぎず(参照→職の体系 )、つまり西欧に見られるような領地の私有と領民への農奴としての隷属的支配権は存在しなかったので、本当の意味の封建制は存在しなかったとする説もある。

中国における発展段階論 [編集 ]

周の封建制(後述)とは別に、中国史 において唯物史観的発展段階論を適用した場合の封建制について述べる。

近代以降、中国史 を専攻する学者たちは、マルクス により押された、「アジア的停滞」の烙印を何とかして剥がそうと試みた。

そのさきがけとなったのが郭沫若 である。郭沫若はその著書『中国古代社会史研究』の中に於いて中国史に発展段階論を適用し、西周 を奴隷制 の時代とし、春秋時代 以降を封建制とした。これに対して呂振羽 は殷 を奴隷制、周 代を封建制の社会だとして反論し、この論争は結論を見ないままに終わることになる。

これに対して日本 では内藤湖南 により魏晋南北朝時代 ・隋 唐 時代を封建制の時代とすべきと言う論が出された(唐宋変革論)。これに対して唐 末期から五代十国時代 を奴隷制から封建制へ切り替わりと捉える前田直典 の論が出され、戦前から1970年代に渡って激しい論争が繰り広げられた。

これらの論の基準となる所は封建制の特徴とされる農奴 の存在である。魏晋南北朝時代を封建制と捉える立場からは後漢 の豪族 たちによって使われていた小作農たちを奴隷とみなし、後漢の滅亡によりそれが変化したと見る。宋以後を封建制と見る立場からは均田制 の下におかれた農民たちを奴隷とみなし、宋に入って登場した佃戸制 を農奴とみなす。

長い論争が繰り広げられたが、結局明確な結論は出ないまま論争は下火になり、現在ではほとんど行われていない。理由はいろいろ考えられるが、最も大きな理由はマルクス主義 の魅力が薄れ、中国史に発展段階論を当てはめることの意義を疑い始めたからであろう。また、マルクス主義の立場をとる研究者からも、在地の地主 に裁判権などの権力が備わっておらず、それらが国家権力の手に集中されており、封建制の重要な内容である領主 権力が存在しないため、中国史における封建制概念を否定する見解が出された。封建制に代わる、中国史上の経済制度を特徴づける概念や歴史像はいまだ構築されていないが、最近では階級構造を描き出そうとする従来の方法に代わって、地域社会の中における地主 の役割に注目した研究がなされている。

中国史における「封建制」 [編集 ]

中国王朝でおこなわれた封建制は君主 が貴族 に領域支配を名目的に認める制度。同時に封建された貴族は君主の名目的な支配下に入る。西洋の法的な封建制度であるレーエン制 とは異なり、軍事 奉仕 を期待するものではなく、一定の領地と観念的に結びついた爵位 が授与されるが、それが土地支配権を伴うとは限らない。したがって血縁的な関係の延長上に形成されたとする見方もある。

殷・周 [編集 ]

殷 代からすでに封建がおこなわれてたという指摘がされているが、殷代封建制については詳しいことはわからない。殷代には封建された国とは別に方国という国が存在しており、これらを外様あるいは異民族の国とする説がある。殷を方国の連盟の盟主と見る場合、封建された国はより殷の支配の強い国々であったと考えられ、したがって殷代には同族や直接支配下にあった部族の有力者が封建されたと考えられる。殷代の封建された土地について地名を特定しようという研究が続いており、さまざまな説が唱えられているがはっきりしたことはわからない。

周 の時代には中国的な封建制度は活期を迎えたと考えられており、各地に邑 を基盤とした血族共同体が広汎に現れ、周はこれらと実際に血縁関係をむすんだり、封建的な関係をむすぶことによって擬制的に血縁関係をつくりだし、支配下に置いたと考えられている。長子相続を根幹とした血族共同体を基礎としたこの関係を宗族 制度といい、宗族制度と封建制度が密接に関係していたであろうことは概ね認められている。しかし、邑制国家の実態および宗族制度がいつごろ一般的となったかについては定説がない。

このような周の封建制度を西洋的なフューダリズムと比較することはよくおこなわれる。たとえばマルクス主義 的な発展段階論 においては周代中国を奴隷社会であるか古代荘園社会であるかが論争となったが、これは周代におこなわれたという井田制 の解釈と密接に関連しており、実在を疑う向きさえある井田制の性格があまりはっきりしない以上決着をつけることは容易でない。

春秋・戦国時代 [編集 ]

宗族組織の解体とともに中国的な封建制度が崩壊していったことは、おおむね認められている。宗族制度がいつごろ活期を迎えたかについては定説がないが、春秋あるいは戦国初期のころには原始共同体が完全に解体され、邑を中心として貴族支配が確立されていたとする見方が一般的である。戦国中期頃から核家族の存在が確認されはじめ、客や遊侠といった誠実関係を中心とした支配-被支配の関係が見出されるようになった。宗族的関係も儀礼を中心としたものに変質したとする説もある。

また春秋時代には会盟政治 と呼ばれる政治形態が出現した。これは覇者 とよばれる盟主的国家によってほかの封建国家に誠実関係を築くものであるが、従来の封建関係以上に強力な支配-被支配を生み出すものと考えられている。会盟の誓約は神の権威を借りて会盟参加者に命令をできる関係を築くものと考えられている。しかし覇者の性格については定説がなく、あらたに台頭した後進地域の指導者あるいは異民族支配者であるとする見方もある。五覇 については五行思想 との関連から戦国時代になってから形成されたものであるという見方もある。

秦以後 [編集 ]

戦国末期には宗族組織はほとんど崩壊あるいは変質していたため、諸侯は支配地の住民を宗族に基づいて支配するのではなく、個別人身的な支配関係を構築していったとされる。封建制度は意味をなさなくなり、郡県制 に置き換えられた。秦 の始皇帝 は中国を統一すると全国全てを郡と県に分け、中国全土を完全な中央集権 的郡県制で支配した。その秦を滅ぼした前漢 では郡県を布く地方と新たに諸侯王を封建する地方とに分ける郡国制 を行った。当初郡国制では諸侯に貨幣鋳造権や軍事権が認められていたが、徐々にこのような権力は回収された。後漢時代にはすでに恩給と変わらないものとなっており、それも形骸化して、爵位だけを授ける封爵制 として存続した。

周の礼制 を規範とする儒教 では周の封建制を重視するが、官僚となり中央集権政治を担うようになった儒者たちにとって大きな矛盾をはらみ、たびたび封建論 あるいは郡県論として論議された(ここでいう封建制・郡県制は歴史学上の実際のものではなく儒教思想上の理念として語られたものである)。特に明 の東林党 や遺老の学が有名であり、そこでは官僚が責任者として自発的に地方統治を行うための制度として封建制が議論された。顧炎武 は「封建の意を郡県に寓す」という郡県制のなかに封建制を組み込ませ、地方分権型の政治体制を主張している。

関連項目 [編集 ]

* 農奴制
* 封建領主
* 領主
* 荘園制
* レーエン
* 宗族
* 宗法
* 冊封
* 自治都市
* 都市の空気は自由にする
* 封建主義
* サーク島 (2008年 現在においても封建制が存続している島)





"http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B0%81%E5%BB%BA%E5%88%B6 " より作成

騎士道
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動: ナビゲーション , 検索
岐路に立つ騎士(ヴィクトル・ヴァスネツォフ 画,1878)

騎士道(きしどう、英:Chivalry)とは、中世 ヨーロッパで成立した行動規範 。

騎士 たる者が従うべきとされたもので、決して現実の騎士の行動が常に騎士道に適っていたわけではない。むしろ(ブルフィンチ などが指摘するように)剣 等の武器 、鎧 を独占する荘園 領主などの支配層は、しばしば逆の行動、つまり裏切り、貪欲、略奪、強姦 、残虐行為などを行う事を常としていた。だからこそ彼等の暴力を抑止するため、倫理 規範、無私の勇気、優しさ、慈悲の心といったものを「騎士道」という形で生み出したとも言える。通常の騎士であれば遵守する事は難しく、騎士道に従って行動する騎士は周囲から賞賛され、騎士もそれを栄誉 と考えた。

騎士に似た階級としては日本 の武士 が挙げられ、彼らが持っていた武士道 と良く対比される。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%A8%8E%E5%A3%AB%E9%81%93


武士道
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動: ナビゲーション , 検索
この記事の内容に関する文献や情報源 を探しています。ご存じの方はご提示ください。出典を明記する ためにご協力をお願いします。

武士道(ぶしどう)とは、封建社会の日本における武士 階級の倫理及び価値基準の根本をなす体系化された思想一般をさす。

教育者で思想家の新渡戸稲造 など文学・思想に大きな足跡を残したキリスト者達(新渡戸、内村鑑三 、植村正久 など)による異文化接合の形として顕われたのが、もう一つの「武士道」である(詳細は武田清子 の「人間観の相克」を参照)。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%AD%A6%E5%A3%AB%E9%81%93

2008年06月28日 (17:06)

新万教帰一とイデア・エネルギー(コズミック・エネルギー)のMedia Point位相

今日は余裕がないので、論考できないが、結局、宗教とは、イデア・エネルギーのMedia Pointにおける位相を表現しているのではないかと思えるのである。神とは還元すれば、イデア・エネルギー(コズミック・エネルギー)である。それが、 Media Pointの諸位相によって、多様な表現(mode)になると考えられる。この多様な表現modeが諸宗教ないしは諸神話と考えられるのである。
 結局、プラトニック・シナジー理論から、新たな万教帰一が考えられるのである。Media Pointの位相の違いによって、人類は言わば、流血惨事を起していると言えよう。Media Pointのmodeの諸相に気づけば、イデア・エネルギーで統一できると考えられるのである。一神教も多神教も一である。

2008年01月23日 (18:46)

エーテル体とアストラル体:差異共振エネルギーと原身体エネルギー:「キリスト」は天照大神だ

ここでも直感で言おう。自己認識方程式(+i)*(-i)⇒+1の左辺が差異共振性であり、それが、根源である。それは、イデアであり、原心と原身体とが一如である。+iが原心=原知であり、-iが原身体である。知が生じるとき、既に、身体も生じている。そして、そこには、感覚も感情もある。おそらく、感覚・感情と一体化していいだろう。
 思うに、知エネルギーがあり、また、身体エネルギーがある。それぞれ、+iと-iである。そして、それらが共振して感覚・感情エネルギーが発生している。美の感情とは、そこに存していると考えられる。そう、真善美の感情がそこに存しているだろう。倫理・道徳の感情でもある。
 人智学のシュタイナーは、人間を1.自己(ichが自我と訳されているが、自己が正しいと思う)/2.アストラル体/3.エーテル体/4.物質身体の四層に分けている。プラトニック・シナジー理論から見ると、自己認識方程式(+i)*(-i)⇒+1の左辺に自己/アストラル体/エーテル体が存しているように思えるのである。すなわち、上に述べた、原知エネルギーが自己、感覚・感情エネルギーがアストラル体、原身体エネルギーがエーテル体ではないだろうか。
 だから、アストラル体とは、本来、原知エネルギーと原身体エネルギーとの差異共振エネルギーであるように考えられる。そして、Media Pointから同一性へと展開するときに、差異共振エネルギーが束縛されて、自我感情・利己主義的感情が生起すると考えられる。【だから、感情とは、脱同一性主義化すれば、差異共振エネルギーへと還元されるのである。それは、共感(造語すれば、共情、共心:p.s. 仁という字は、人偏に二人である。明敏である。)である。】
 以上で、ざっとであるが、人智学のシュタイナーの唱えるアストラル体とエーテル体を解明したことにする。
 最後に、先の問題である「エーテル界におけるキリストが見える」とは何を意味するのかという問を再度検討しよう。
 エーテル体は原身体エネルギーであることがわかった。-iのエネルギーである。だから、エーテル界とは、原身体エネルギーの宇宙である。言い換えると、原生命エネルギーの宇宙、正に、「気」の宇宙である。だから、「気」の宇宙においてキリストが見えるということになる。そして、キリストとは、超越光のことである。太陽系では、超越太陽のことである。だから、「気」の宇宙において、超越太陽が見えるということになる。
 私見では、超越太陽ないしは超越光を見るのは簡単だと思う。澄んだ青空を満たす陽光にそれが存しているのを感じればいいのである。光に神々しさを感じればいいのである。それが超越光だと思う。また、若い頃、夏の海岸で見る紺碧の空の太陽の輝きに、眩みを感じたが、その眩みが超越光の存在を示唆していると思う。
 考えてみれば、超越光とは、(+i)*(-i)であり、そこには、「気」のエネルギーを含んでいるのである。だから、「気」の宇宙において見えるというのは当然であると思う。
 しかしながら、以上の考察からわかるのは、超越光が見えるのは、「気」の宇宙に限定されるということではなくて、Media Pointを開いたときに、見えるものであり、Media Pointを開くとは、身体に存する心を開くことである。同一性の知は一つの支点であり、そこから不連続に、身体の心を開くことである。この身体の心を開くということが、シュタイナーのいうエーテル体と関係するのかもしれない。思うに、身体の心とは、-iであろう。原身体である。確かに、そこにおいて、 Media Pointは開けると言えよう。だから、言い直すと、「エーテル界において、キリストが見える」というシュタイナーの予言は、原身体-iを、同一性の知である不連続化させ、かつ、原知+iと共振させたときに発現・顕現・現前するMedia Pointを媒介にした差異共振エネルギーである超越光が視覚されるということになるだろう。
 これで解明は済んだが、後、問題なのは、Media Pointと超越光(超越エネルギー)の関係である。原身体-iを同一性から不連続化させて、+iの原知と共振化させるときに、 Media Pointが発現・顕現・現前すると言ったが、このとき、Media Pointと超越光(超越エネルギー)との関係はどうなのか、ということである。
 これは、実に微妙、霊妙な問題である。+iと-iを共振させたとき、超越エネルギーが流入すると言っていいだろう。それは、超越性の現前である。では、 Media Pointはどこに存しているのか。それは、超越性が現前する内的身体でいいのではないだろうか。身体の内部にMedia Pointは存するのである。
 (付録的に、考察しよう。私は道教を考えている。丹田を考えている。三つの丹田がある。上丹田、中丹田、下丹田がある。どうも、中丹田が、Media Pointのように思える。そして、上丹田が+iであり、下丹田が-iである。これは、思いつきである。)
 最後に、簡単にまとめると、シュタイナーの予言内容とは、きわめて、東洋文化的であるということになる。「気」の宇宙において、キリストが見えるとは、結局、東洋身体論的な精神エネルギーの活性化であると考えられるのである。プラトニック・シナジー理論で言えば、Media Pointの形成とそれによる超越エネルギーの流入である。
 端的に、シュタイナーのキリストとは、超越光、超越太陽、天照大御神である。

2007年08月23日 (17:30)

精神電磁波の時代the Spiritual Electromagnetic Wave Age

Spirit(精神)とは何だろうか。今日、ふと、70年代初期のことを思った。思うに、70年代前半と後半では、精神において、まったく違うのではないかと思ったりする。【どういうわけか、今日は、ダイアナ・ロスの「タッチ・ミー・イン・ザ・モーニング」(1973年)の冒頭のスローな叙情的な歌唱が頭の中で聞こえるのである。頭が暑さでおかしくなったのか。寝不足状態で朝早く起きたことが一因かもしれない。】
 70年代前半は、ロマン主義的精神が、世界に漂っていたのではないだろうか。そして、後半になって、即物的合理主義精神へと大転換したのではないだろうか。先に、歌謡曲に関連させて、日本社会の分水嶺を見たのではあるが。
 私が言いたいのは、精神とは、「気」のようなもので、個体を超越して、空間に広がるものではないだろうかということである。しかし、これは、精神を量子ないしは電磁波と考えれば、簡単に証明できることである。もっとも、電磁波は、虚次元(イデア界)をもっているのであるが。(p.s. 相対性理論発見以前、物理学では、「エーテル」を発見しようとしていたが、「エーテル」は存在しなかった。結局、Media Pointがいわば、媒介空間と言えようか。)
 そうならば、70年代初期において、ロマン主義的精神電磁波が世界を満たしていたということになるだろう。つまり、イデア界に精神が触れていたことになる。これは、日本だけでなく、世界的に、グローバルにそうだったのではないだろうか。というのは、当時の洋楽のポップスには、精神性が感じられるからである。
 今日、堕落した音楽は、精神電磁波(the Spiritual Electromagnetic Wave)を失っているということになるだろう。単なる物質的音波になっているということだろう。
 思うに、人類史において、精神電磁波が強く作用するときが、繰り返されてきたと思えるのである。そのときは、人類の創造期であろう。文化史的に、ロマン主義の時代とは、そのような世界時代であったろう。単に、西欧だけでなく、グローバルにそうだったのではないか。ヤスパースのいう枢軸時代というのも、突出したそのような時代だったのではないだろうか。(参考:枢軸時代
http://www7a.biglobe.ne.jp/~yasui_yutaka/crisis/k2.htm )だから、ロマン主義というよりは、精神電磁波の時代と言うべきではないだろうか。それは、また、聖霊の時代と言ってもいいのだろう。
 唯物論ないしは近代合理主義は霊性=精神電磁波を否定して、物質中心主義を説いたが、そのような時代が「ロマン主義」の後、形成されたといえよう。日本では、上記したように、70年代後半以降である。ここで、現代日本の迷妄が起ったのである。バブル、バブル崩壊、失われた世代、等々。
 思うに、新たな精神電磁波の時代が来るのだろうが、それは、いったい、原因は何なのだろうか。社会・世界の動きによって生起するのだろうか。それとも、宇宙的原因によって起るのだろうか。
 Media Pointが本来、森羅万象に存在しているのだから、もともと、宇宙は、精神電磁波に満たされている。【前ソクラテス期の哲学者(タレスだと思うが)は、大気は神々に満たされていると言った。神々とは、精神電磁波であろう。】感受性の鋭敏な人は、物質的合理主義が支配する世界でも、神々を感知することができて、苦しむと言えよう。
 だから、もともと宇宙に満ちている精神電磁波と世界が、特別に共鳴・共振するときがあるのだろう。そのときが、精神的創造の時代なのだろう。しかしながら、宇宙(コスモス)にもサイクルがあって、精神電磁波が強く作用するときとそうでないときがあるようにも思えるのである。イデア界のサイクルがあると思うのである。
 とまれ、精神電磁波という概念を用いると、多くの謎めいたことが解明されるように思う。中国の「気」やインドのプラーナ等が説明できるだろう。アニミズム、シャーマニズム、汎神論、多神教が説明できるだろう。また、占星術や占いも説明できるだろう。オカルティズムも合理化されるだろう。当然、宗教も説明できる。一神教は、精神電磁波を同一性中心主義(唯一神)的に捉えたものだろう。換言すると、Media Pointを同一性として捉えているのである。つまり、同一性=自我的に捉えているのである。(だから、一神教の矛盾があると言えよう。なぜなら、Media Pointは、差異であり、特異性であり、固有時間であるから、本来、多元・多神教的だからである。)
 さらに、精神電磁波には、極性があるだろう。そう、既述したように、四元的である。連続性と不連続性、そして、プラスとマイナスの極性である。四元的精神電磁波である。思うに、聖書に出てくる四つの動物とは、これに関係するのではないか。あるいは、占星術の四つの基本的星座。牡牛、獅子、鷲(蠍座を指す)、人(水瓶座を指す)。そして、これが、多くの詩人や作家が捉えたコスモスを形成しているのではないだろうか。つまり、精神電磁波=コスモスである。ユング心理学や神話が捉える始原の様態のウロボロスとは、精神電磁波を連続的統一化して表象しているのではないか。本当は、差異即非様相である。
 時間の不可逆性を考えると、精神電磁波=コスモスは螺旋形状を考えていいように思えるのである。つまり、ガウス平面に直交する時間軸を考えていいのではないだろうか。そう、それは、また、太極でもあるだろう。易経に通じるだろう。
 とまれ、鈴木俊輔氏の考えを借りれば、森羅万象、量子の振動の相違によって形成されるということになる。
(参照:

http://www7a.biglobe.ne.jp/%7Etechnoqt/ikiiki.htm )

つまり、精神電磁波の振動数の違いによって、森羅万象という様態が発生することになる。

 結局、Media Pointを開いて、メディア共鳴をすることで、宇宙・コスモスと共振するようになり、創造的活動に入ると言えよう。天才とは、先天的に、Media Pointが開化していて、精神電磁波から、創造するのだろう。

 思うに、現代は、21世紀は、グローバルに、Media Pointを開口して、精神電磁波=コスモスと交信する時代になるのだろう。繰り返すが、占星術では、水瓶座(宝瓶宮)の時代である。PS理論では、メディア共鳴の時代である。
 ポスト・モダンとは、本来、この精神電磁波という差異から発していたのだが、近代主義・近代的自我の連続性を切断できずに、中途半端に留まったといえよう。ポスト・モダンを超えて、トランス・モダンへと地球世界は進展していくだろう。
 グローバリゼーション経済は、トランス・モダン経済へと進展しなくてはならない。それは、簡単に言えば、自由主義経済において、差異共振的様態をもたらすことである。自由主義経済が差異共振性をもつことで、マイナスの部分がプラスへと転化するのである。一言で呼べば、自由差異共振主義経済である。脱資本主義・ポスト資本主義である。これについては、後で検討したい。
プロフィール

sophio・scorpio

  • Author:sophio・scorpio
  • 以下が、宇宙母船です。
    http://ameblo.jp/neomanichaeism
最近の記事
最近のコメント
最近のトラックバック
月別アーカイブ
カテゴリー
ブロとも申請フォーム

Appendix


ブログ内検索
RSSフィード
リンク
このブログをリンクに追加する
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。