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2010年10月09日 (19:31)

三次元空間の発現?:根源的双極子宇宙(知/感性的宇宙):-1⇔凸i*凹i⇒+1

以下のKaisetsu氏の図(手書き)は実に直感を刺激する。
 第一象限と第二象限のモードの衝突が、ガウス平面と直交する軸Z軸において、発現する様子を示している。
 私は先に、MP平面(仮の命名)から、時間によって、現象化が生起して、第三次元、立体が形成されることを示唆した。
 とまれ、以下のGreenの回転する垂直面がとても意義深い。Vector Modeとも関連すると推測される。つまり、宇宙、自然、森羅万象の渦巻きや螺旋はこれで説明されるのではないだろうか。そして、物質的距離というものも、これによって形成されているのではないだろうか。本来、Media Pointにおける差異共立共振は、Z軸へと展開するのであり、それが、物質力となるのではないだろうか。
 また、虹の七色も、このZ軸における位階スペクトルで説明できないのか、思いつきであるが。
 後で、もう少し述べてみたい。

追記:言うのを忘れたが、虚軸における「距離」の問題、ないしは、虚軸における「空間」の問題である。例えば、凸iと凹iとの「距離」とは何なのだろうか。これは、当然、実軸、実数の観点では測れない。
 虚距離というものがあるのだろうか。双極子としての量子を考えると、二つの「粒子」には、距離があるのだろうか。思うに、距離はないのである。ただ、 MPの空虚点によって共立交叉しているのである。つまり、即非様態である。ということは、森羅万象のエッセンスはそこの凝縮されているということだろう。ただ、根源の双極子、元双極子のMP変換によって、多様な現象を産出するということではないだろうか。
 思うに、回転モードの差異によって、現象形態が異なるということではないだろうか。しかしながら、根源の双極子の凸iには知的モーメントを、凹iには感性モーメントを認めるべきではないだろうか。つまり、精神的身体の原型である。
 そうならば、物質とはどのように発生するのか。思うに、それは、根源的双極子=原精神的身体の現象化において、つまり、生命体化における差異共振体として物質、物質的身体が形成されるのではないだろうか。
 いわば、生命体的物質とは、原精神的身体=根源的双極子の外面、外界であるということになる。
 ならば、生命体としての宇宙、コスモスという見方は正しいのである。太陽も、月も、土星も、太陽系も、銀河系も、その他の星雲、等々も、根源的精神的身体の発現ということになる。
 では、問題は、原双極子と-1との関係である。-1の自己分割としての原双極子が考えられる(Kaisetsu氏)。
 思うに、

-1=-1+0凸i=-1+0凹i

である。
つまり、元々、-1には、ゼロとしての双極子が存するということではないのか。すなわち、

-1=-1+0(凸i*凹i)

である。つまり、ゼロ度の双極子である。これが、潜在態として、-1に存するのではないだろうか。
 あるいは、もっと簡単に言えば、-1が時計回りと反時計回りに1/4回転すれば、双極子になるのである。
 ここで思考実験であるが、-1において、垂直のモーメントと水平のモーメントがはたらいているとしよう。正確に言えば、虚軸的な垂直方向の上下に働いているとする。そして、水平方向には、求心力がはたらくのではないだろうか。なぜなら、-1は傾斜であり、当然、+1への求心力があると想定できるからである。
 すると、垂直上下モーメントに求心力が作用したとき、-1は、時計回りの回転と反時計回りの回転を産み出すだろう。それが、根源の双極子を創造するのではないだろうか。
 言い換えると、三つの力が作用して、双極子を形成するということになる。そして、それは、さらに、+1へと向かうと考えれる。即ち、凹i*凹i⇒+1である。
 だから、まとめると、

-1⇒凸i*凹i⇒+1

となる。問題は、-1⇒凸i*凹iの箇所である。
 ゼロ度の双極子のことを言ったので、これは、双方向的に、

-1⇔凸i*凹i

となるのではないだろうか。すると、

-1⇔凸i*凹i⇒+1

となる。
 今はここで留める。当然、後で、再検討したい。

参照:以下の生成門氏の「心的エネルギーの流れ」図


心的エネルギーの流れ図

Japonesian Trans-Apocalypse:Trans-Modern New Platonic Trans-Creation
http://www.c-player.com/ad00178/thread/1100097917517

シムダンス「四次元能」

*************************

人間認識図のモードMode計算

この green のエリアは何処だろうか。

 次の図を参照。

Green図

DSC01586 DSC01586 posted by (C)天花一海

 greenのエリアは、YとCの鬩ぎあい、共振の部分であるから、上図の、凸iでYとCが接する面の部分である。

 第1象限の土地に立つビルと第2象限の土地に立つビルの間にある狭小な空間のように、両者の即非部分である、接している部分である。

http://blog.kaisetsu.org/?eid=811869
『海舌』 the Sea Tongue @ Kaisetsu with Archaic smile
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2010年08月30日 (20:11)

思考実験:凸i=ロゴス=遅延波(=西洋文明)⇒+1(物質)と凹i=内的宇宙=先進波(=東洋文明)⇒-1(暗黒物質)

思考実験:凸i=ロゴス=遅延波(=西洋文明)⇒+1(物質)と凹i=内的宇宙=先進波(=東洋文明)⇒-1(暗黒物質)

検討問題1:キリスト教三位一体とD.H.ロレンスの宗教論:「父」とは何か:その他

PS理論から見ると、「父」(以下、父)とは何だろうか。直感で言えば、MP1である。それは、霊界とも言える。しかし、ロレンスは不可知としての父を述べている。しかし、MP1は、可知である。
 しかしながら、どうも、ロレンスの発想には、凹iの主導化が感じられるのである。凸iの原自己にとっては、凹iの他者は不可知である。そのような視点から父が不可知であるというのは考えられることである。

検討問題2:遠距離への志向とは何か

田舎にいると、風景が広がる。都会では、建物が邪魔をする。
 拡大した視野は解放感がある。これは思うに、凹iが解放されるということではないだろうか。矛盾した言い方になるが、他者としての自己があるのではないだろうか。つまり、凹iとしての自己である。それが、拡大した空間を欲するのではないだろうか。
 否、そうではなく、MP1の差異共立の「視覚」が空間の広大さを欲しているのではないだろうか。つまり、MP1とはコスモス、宇宙、内的宇宙、全体である。だから、物質的視覚においても、Media Pointにおける、MP1が作用するので、広大な空間を欲するということではないだろうか。つまり、Media Point的視覚が作用するということである。
 日常生活、物質的生活においては、MP1は抑圧されて、MP2が中心であるから、脱日常的に、MP1を解放する広大、壮大、巨大な光景に出会うと、魅了されるのではないだろうか。そう、Media Pointは存するものの、通常はMP2によって、MP1が抑圧されていると言えるだろう。とまれ、この美学は崇高の美学と言えよう。
 しかし、以上は、差異共立美学である。それに対して、凹iに偏向すると、性的なものが強化されるのではないだろうか。つまり、凸iの傾斜による同一性だけでなく、凹iの傾斜に拠る同一性があるだろう。それが、諸欲望ではないだろうか。

追記:以上のように考えると、凸iとはシュタイナーの説く脳―脊髄神経系であり、凹iとは交感神経系(自律神経系)に相当するのではないだろうか。簡単に言えば、脳と内臓である。もっとも、シュタイナーによれば、松果体が接点である。つまり、Media Pointになることになる。
 また、深層心理から言えば、凸iが意識であり、凹iが無意識である(非意識、潜在意識:私は潜在意識という言い方も有効である。思うに、潜在的内身体的意識という方が正確であるが、長い。)。
 ところで、上述では、凸i*凹iが内的宇宙であると言ったが、問題は単純ではない。シュタイナー的に言えば、あるいは、ロレンス的に言えば、凹iが内的宇宙になるからである。この問題をどう捉えたらいいだろうか。
 凸iとは思うに、原同一性的認識志向性をもつと思われるのである。言い換えると、ロゴス=言語認識的志向性である。それに対して、凹iは、いわば、身体感性的認識志向性をもつと思われるのである。そこには、情感、感情、欲望、情動、衝動等を含めることができよう。一般にそれらは、受動、受身的に考えられるが、凹iはそれ独自の認識性をもつだろう。つまり、直感・直観的認識性だと思われる。
 ということで、そのように考えると、検討問題2の考え方は否定されることになる。コスモスは凹iに存するのであり、差異共立にではないということになる。
 もっとも、今は作業仮説の段階であり、検討問題2の考え方が正しいということもありえるのであるが、今は、そのようには考えないということである。
 ヨハネの福音書の冒頭の「初めにロゴス(言葉)ありき」であるが、それは、凸iを意味すると思われる。自己を重視するならば、それは、的確である。ただし、PS理論から言うと、凸i*凹iの双極性が基本であり、単にロゴス(言葉)では、一面的であると考えられる。
 ここで、先進波と遅延波の問題と関係させると、凸iは「光」であり、過去から未来へと向かう遅延波であり、凹iは「闇」=内的宇宙であり、未来から過去へと向かう先進波ということになるだろう。飛躍的であるが、占いとは凹iの「闇」=内的宇宙に関係するのではないだろうか。そう、端的に占星術(西洋占星術)である。それは、ホロスコープによって占うのであり、その宇宙像は、本来は凹iの「闇」=内的宇宙に拠るもの想定することはできよう。
 そうならば、それは、先進波、未来から過去へと向かうベクトルなので、当然、占うことができるということになる。また、アカシック・レコード(アカシャ年代記)もそこに存することになるだろう。また、阿頼耶識もそこにあることになるだろう。
 この線に沿って考えると、瞑想の意義が拡大するだろう。それは、予言的になるということである。
 さらにこの視点から、PS理論における難問のマイナス1の意義も新たに想定される。即ち、時計回りに1/4回転するとき、凸iは+1となり、凹iは-1となるが、凹iが先進波ならば、先進波は-1になるということになる。つまり、先進波はダーク・マターになるということではないだろうか。
 そうならば、Media Point変換において、凸i=遅延波は物質となり、凹i=先進波はダーク・マターになるということになる。そして、ダーク・エネルギーとは、凹i=先進波のエネルギーということになるのではないだろうか。そして、宇宙において、ダーク・エネルギーやダーク・マターが、光や物質よりも多いということは、宇宙、現宇宙は凹iに傾斜しているということではないだろうか。しかしながら、Media Pointの双極子は陰陽のように常時変動していると思われる。だから、凸iと凹iの平衡のときがあり、また、凸iの傾斜のときもあるだろう。凸iの傾斜の場合は宇宙は収縮するということだろう。
 そのように考えると、宇宙は生成消滅を反復するように思える。マヤ神話では、これまで、世界は四回(三回?)、既に滅んでいるのである。
 
追記2:キリスト教やロレンスの「父」の問題であるが、結局、根源は凸i*凹iの双極子ではあるが、凸iに傾斜した場合がヤハウェではないだろこうか。しかしながら、根源は双極性なので、ヤハウェには、凹iが影・シャドウとして存することになるだろう。キリスト教的西洋文明は、凹iの影に付き纏われていると言えよう。つまり、東洋の影である。だから、オリエンタリズムが生まれるのではないだろうか。また、それは、父権主義にもあてはまると言えよう。母権・女性の影が付き纏うのである。母権・女性に対して、攻撃的になるのである。

検討問題3:意識の相反する志向性について:脳的志向性と内身体的志向性:明るい意識と暗い意識

現代の日本人を見ると、意識は大半が脳的志向性をもち、内身体的志向性が欠如している。問題は、意識は二つの志向性をもち、その均衡をとる必要があるということだろう。意識が内身体に向かうときは、いわば、測深的に感性知覚するのである。私が直感と呼んでいるものはほとんどこの内身体的意識に拠ると考えられる。
 近代合理主義・近代的自我は、この内身体的意識を抑圧・隠蔽しているのである。それは、脳的意識にとっては、未知であり、他者であり、異質なものであり、回避する傾向にあるものである。(それに対して、女性は内身体的志向性が顕在している、本来的には。)
 思うに、道教の中丹田に、Media Pointがあり、それが、一方では、脳的意識の志向性をもち、他方では内身体的意識の志向性をもつのである。つまり、Media Point的根源的意識があるということである。
 結局、男性は脳的意識に傾斜し、女性は内身体的意識に傾斜しているが、男性、女性ともに、自己の特性を認識していないので、それぞれ、脳的意識、内身体的意識に規定されていることがわからないと言えよう。
 結局、トランス・モダン意識形成のためには、Media Pointの二重意識を形成する方向で自己教育する必要があるということになる。しかしながら、これは、言うは易しである。というのは、不連続的差異論が明らかにしたように、内身体的意識と脳的意識は不連続であるからである。つまり、通常、意識は両者を連続化させようとするが、それは中途半端なのである。内的身体的意識が脳的意識とは不連続であると認識して、二重意識のバランスが生まれるのである。
 また、いわゆる、魂というものは、内身体的意識のことであろう。そして、それは、霊性と接しているということだろう。霊性は、多様な双極子ということにしておこう。
 

2010年08月04日 (10:24)

感覚的事物は濃縮された思考存在である(シュタイナー)

61L.jpg

さすがシュタイナーの四大著書の一冊とあって、内容が深く、また、充実している。
 きわめて本質的な哲学が述べられている。例えば、「感覚的事物は霊界から生じたものであり、霊的本性の別形式に過ぎない。」 (p. 166)という認識である。
 端的に言えば、霊(精神、イデア)から物質が生まれるということである。
 そこで思ったのは、霊とは体(身体)の一種である。そして、先に霊界とは、Media Pointの虚軸ゼロ点(MP1)にあるだろうと述べたことを考えると、どうも、霊界は、マイナス1(ダーク・マター、暗黒物質)と密接に関係していると思われたのである。
 差異共立を差異反共振とすると、凸i*-凹i⇒-1になるのである。つまり、霊界を左辺とすると、それは、マイナス1のダーク・マターを志向するのである。
 そうすると、霊界はダーク・マターを形成すると言えるし、また、マイナス1を根源とすると、やはり、ダーク・マターから霊界が生まれて、また、そこへ回帰するということではないだろうか。
 今は問題提起に留める。


追記:差異共立は和であり、ゼロであるので、マイナス1とするのは、修正しないといけない。
 思うに、差異共立とは、差異反共振と差異共振の平衡状態ではないだろうか。
 大雑把に言えば、マイナス1とプラス1との中間である。
 とまれ、脱連続性力学について考える必要がある。差異共立と差異反共振は異なるものである。
 思うに、エネルギー保存則から言えば、プラス1の物質に傾斜した場合、当然、マイナス1の「反物質」へと反作用するはずである。
 そのとき、思うに、マイナス1と和のゼロとが生起するのではないだろうか。つまり、マイナス1への反転とは、当然、和のゼロを意味すると思えるからである。ならば、ゼロとマイナス1とは一致することになるだろう。
 結局、私のイメージ、ないし、直観では、連続的同一性に対して、脱連続的同一性が作用するということである。結局、ポイントはそこをどう解明するかである。
 私の直観では、差異共立様態が生起するのは確かである。それと差異共振的同一性とが齟齬を来すのである。シュタイナー的に言えば、霊界と魂界との相違である。
 私見では、脱連続性=差異共立(「脱構築」)とは、Media Point の原点への回帰を意味するのである。
 今、閃いたが、根本は、凸iと凹iの二元性である。究極的な二元論である。
 だから、同一性志向によって、物質を形成させた後、その原二元論は残ると思われるのである。
 つまり、凸i*凹i⇒+1を基盤にしたとき、帰結として、+1を形成した場合、それは、差異共振作用に拠ると思われるのである。
 結局、私が考えていることは先に述べたことにあるだろう。結局、MP1(Media Pointの虚軸ゼロ点)とMP2(Media Pointの実軸ゼロ点)とは不連続であり、MP1⇒MP2へと転化したときは、物質が形成される。
 しかし、差異共振作用が終わると、つまり、差異共振エネルギーが消尽すると、元々の差異共立が「出現」するようになると思われるのである。
 だから、差異共立と差異共振を明確に区別した方がいいと思われる。即ち、凸i#凹iと凸i*凹iである。
 連続性力学の場合、差異共立が差異共振へと転換して、本来の差異共立が喪失される。つまり、不連続的差異の共立が共振化して、同一性へと転換されるのである。
 この事態・事象をどう捉えるべきか。端的に、MP1とMP2とは、本来、不連続であるという認識がなくてはならないということではないだろうか。(思うに、MP1をデュナミス、MP2をエネルゲイアとして、区別することは可能であろう。)
言い換えると、MP1こそが、基盤・基礎・根源・起源・源泉・原基であり、そこから、MP2と同一性が生起するということではないのか。
 あるいは、差異共立の和であるゼロが基底であるということである。
 とまれ、もう一度、直感で考察しよう。連続的同一性とはまったく別に、差異共立が存しているのである。ただし、最初は、認識的ではなく、現実的にである。
 言い換えると、個としての、絶対的差異としての「わたし」ichの存在があるということである。それは、肚の存在が原基にあると言えよう。(もっとも、ここは、正確な言い方ではない。肚は個、「わたし」の原基であり、「わたし」そのものとは異なるだろう。つまり、これは、凹iとしての絶対的差異と言えよう。つまり、「わたし」は、絶対的他者の凹iを原基にしているということになろう。この問題は後で検討したい。思うに、認識に対する存在という他者ということかもしれない。)
 今思ったが、差異共立が精神の基底であり、差異共振が物質的身体、又は、自我的身体の土台ではないだろうか。(今、又、思ったが、差異共振がエーテル体であろう。「気」である。そして、⇒+1が物質形成である。だから、⇒がエーテル体であり、+1が物質である。)
 ここで発想を変えて、差異共振において、凸iが主導的であり、その後の反転においては、凹iが主導的になるのということも考えられるだろう。
 つまり、最初に、凸iの傾斜があり、その後、反作用的に、凹iの傾斜が生じるのであり、それで、凸iと凹iとのバランス、差異共立が再構築されるのかもしれない。つまり、陽が先行し、その後、陰が作動するということである。
 この考え方は、実際に即しているだろうし、力学的にも、説得力があるだろう。つまり、法則的に、陽が先行し、その後、陰が主導するということである。そして、交互に継続されるのである。
 先の考えをA案とし、この考えをB案としよう。だから、A案とは、差異共振が発動するが、それが消失して、元の差異共立が発現するということである。
 それに対して、B案は、差異共振において、先に、凸iが主導的になり、凹iが抑圧される。しかし、反作用的に、凹iがその後主導化して、凸iと凹iとの均衡が志向されるというようなことになろう。B案は弁証法的に見えるが、合ではなく、共立が志向される点で異なるのである。
 今の感じでは、B案の方が適切であるように思える。そうすると、凸iとは、認識主体であり、凹iとは被認識客体ではないだろうか。そして、感情・情感であるが、それは、凸iと凹iとの共立や共振における凹iの知覚ではないだろうか。
 簡単にB案をまとめると、原基の差異共立において、最初、エネルギーの賦活は、凸iにおいて作用して、その結果、差異共振エネルギーが発動される。そして、それは、連続的同一性の知覚をもたらす。その後、エネルギーの賦活は、凹iに転換して、最初の連続的同一性を解体する。しかしながら、凸iと凹iとの分裂が生起すると考えられる。言い換えると、連続性と不連続性との分裂である。しかしながら、不連続性とは、差異共立、更新された差異共立であり、それは、差異共振に拠る連続性とは異質なものであることを確認する前提が生じると考えられる。
 換言すると、最初、原差異共立があるが、凸iが優位となり、差異共振化して、連続的同一性が形成される。その後、反作用的に凹iが優位となり、同一性と分裂する。
 結局、凹iの優位とは、凸iとの均衡を志向していると言えよう。うまり、凹iの優位は連続的同一性の「秩序」を解体して、そのため、凸iと凹iとの関係を志向するようになる。それが、更新された差異共立を意味すると考えられる。
 さらに言い換えると、凸iの優位とは初期・前期近代であり、凹iの反転的優位とは、後期・末期近代(ポスト・モダン)であり、両者との共立的均衡形成が脱近代、トランス・モダンと言えよう。

2010年06月30日 (21:41)

マイナス1とコスモス:虚軸ゼロ点の差異共立一如様態とマイナス1の超越性の連結としてのコスモス

これは直感である。
 Kaisetsu氏が、中世や古代においては、超越性ないしは超越的存在が認識されていたというようなことを述べられていたのを、マイナス1のダーク・マターとプラス1の物質(マター)との関係について考えている際に想起して、本題を思いついたのである。
 今は余裕がないのでざっと記す。
 結局、近代、西欧近代とは、文化史的には、それ以前に存していたコスモスを喪失したのである。コペルニクス、ガリレオの近代的宇宙観が古代・中世・ルネサンスのコスモスを破壊したのである。(ルネサンスは中世と近代の転換点で両面的である。)
 すぐれた多くの詩人や作家たちは、その後、コスモスへの郷愁を表出しているのである。日本では、宮沢賢治を考えればわかりやすい。
 しかしながら、これは、単に表象・表現の問題ではなく、リアリティの問題である。
 結局、西欧ないしは欧州においては、中世までは、キリスト教と重なるようにして、コスモス、異教的コスモスを「認識」していたのである。
 直感で言えば、これが、マイナス1である。ダーク・マター・コスモスである。
 ここには、一如差異共立的「感性」があったと思われるのである。(思うに、キリスト教自体も、このコスモス感性によって、維持されてきたということもできよう。言い換えると、異教的コスモスが民衆にキリスト教信仰を保持させたと言ってもいいだろう。)
 これは、単に観念、理念、概念ではなく、感じられるものであったと言えよう。いわば、超越的感性、超越的精神性、超越的情感である。
 この精神的感性とは、当然、media pointを介して、虚軸からマイナス1の超越的存在=霊的宇宙(霊的大地)への超越的感覚であったと考えられるのである。
 つまり、民衆はそれなりに、media pointを開いていたのである。ルネサンスにおいてのmedia pointの開花とは、凸iが主導的になっているだろう。しかるに、近代以前までは、凹iが主導的で、media pointが開いていたと思われるのである。(この点の様態の違いについては後で検討したい。)
 とにかく、近代以前の民衆は、media pointを介して、虚軸ゼロ・ポイントにおいて、マイナス1のコスモスを直感していたと思われるのである。
 そう、ルネサンス・近代から見れば、近代以前の民衆の意識とは、物質と精神が未分化様態にあったのではないだろうか。

 e^iθ⇒cosθ+isinθ

で見ると、θがゼロにならない事態だと思われる。つまり、0<θ≤π ではないだろうか。
 θがゼロになるときが、近代なのである。θがゼロになるとき、思うに、media pointが閉じられるのではないだろうか。端的に、虚数部がゼロになるのだから、虚軸性が消失して、虚軸ゼロ・ポイントの超越的感性が喪失すると当然考えられる。
 ということで、近代以前においては、虚軸ゼロ・ポイントの超越的感性が作用していたと考えられるが、超越性とは、マイナス1に基づくそれと考えられる。つまり、マイナス1と虚軸ゼロ・ポイント(IMP)が連動しているので、虚軸ゼロ・ポイント、虚軸のmedia point(IMP)において、超越性が感受されると考えられるのである。
 この点については後で詳述する予定であるが、仮に、マイナス1のmedia pointへの動きによって、虚数対が生起するとして、そのとき、虚軸media pointは感受点と言えるのではないだろうか。
 つまり、差異共立一如様態が発現すると思われるが、そのとき、media pointは一如様態の感受点であると考えてもおかしくない。即ち、超越的存在であるマイナス1のエネルギーないしは力動を、差異共立一如様態として、感受しているということである。
 そう、虚軸ゼロ・ポイントという感受点にとって、マイナス1とは、異次元であり、超越的であると言えよう。
 だから、虚軸ゼロ・ポイント、虚軸media pointにおいて、超越的コスモスが感じられるというのは、考えられることである。コスモスとは一体的な宇宙、一如的に宇宙のことであり、それは、差異共立一如様態で説明できるが、超越性は、マイナス1で説明できるのである。
 以上、思考実験的であるが、古代、中世、ルネサンスにおけるコスモスとは、虚軸ゼロ・ポイント、虚軸media pointにおけるマイナス1と結びついた超越的宇宙であることを考察した。
 結局、マイナス1、超越的存在、霊的存在、ダーク・マターとはある意味で、本来、身近なものであるが、近代的意識のプラス1が支配しているので、まったく、「幽霊」になってしまっているのである。
 思うに、根井康之氏が唱える、初期マルクスとフッサールを介した根源的自然とは、正に、マイナス1を根底にもつ差異共立一如様態のコスモスであると思われるのである。
 後で、マイナス1に基づくmedia pointの諸様態について考察を行いたい。

2010年06月06日 (21:57)

イスラエルの攻撃、天安艦沈没、原油流失災害、菅政権、等々:ロックフェラー路線のオバマ政権への攻撃

イスラエルの攻撃、天安艦沈没、原油流失災害、菅政権、等々:ロックフェラー路線のオバマ政権への攻撃

テーマ:ゾロアスター教的「光と闇」の戦争闘争時代

(c)AFP/IDF

AFPBB News
イスラエル、再びガザ支援船を拿捕
2010年06月06日 11:03
【6月6 日 AFP】イスラエル海軍は5日、パレスチナ自治区ガザ地区(Gaza Strip)に向かっていた支援船の第2陣「レイチェル・コリー(MV Rachel Corrie)」を拿捕し、約5時間後にイ……
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「天安艦の沈没事件に似た不自然な作為的な事件が多い:ロックフェラー路線のあせりや妨害を感じる」

メキシコ湾原油流失事件もなにか作為的であるし、口蹄疫災害もそうだし、何かある。
 オバマ政権のトランス・モダン路線(差異共振平和共存路線)に、ロックフェラー路線が攻撃をしているのではないだろうか。
 天安艦沈没、原油流失、イスラエルの攻撃も、オバマ政権への打撃となるからである。(口蹄疫はいちおう除く。しかし、これも、根本では同一勢力を感じる)
 そういう文脈から見ると菅政権は実に危険であり、きな臭いと言えよう。何かある。

new
3652.韓国国民、選挙で戦争拒否 2010.06.06F
月曜有料版の0章をお送りします。
   
new
3651.菅新政権の見通し 2010.06.05F
1946年10月10日生まれの菅直人氏が総理大臣になった。この政権を占うことにする。
   
国際戦略コラム

 
ガザ支援船また拿捕 平和賞受賞者も乗船

2010年6月6日 朝刊

 【カイロ=内田康】イスラエル軍は五日、アイルランドからパレスチナ自治区ガザに向け航行していた新たな支援船「レイチェル・コリー号」を、ガザ沖の地中海で拿捕(だほ)した。AFP通信によると、十五人の乗船者は船に乗り込んできたイスラエル兵に抵抗せず、負傷者はいなかった。コリー号は軍の監視下で、イスラエル南部アシュドッド港に到着した。

 五月末に起きた国際支援船団拿捕事件で乗船者九人が死亡したことから、アイルランド政府はイスラエルに対し、安全にガザに入港させるよう要請していた。ガザの経済封鎖を続け、自由な航行を認めないイスラエルの方針に、再び批判の声が高まるとみられる。

 イスラエル軍の艦船は五日朝にコリー号に接近し、アシュドッドに入港するよう要請。支援物資はイスラエル政府が検査した上でガザに運ぶと提案したが、コリー号側が拒否したため、拿捕に踏み切った。AP通信によると、現場は公海上だった。

 コリー号は国際支援団体「自由ガザ運動」が運航。アイルランドから車いすや薬品などを運ぶ途中だった。一九七六年にノーベル平和賞を受賞した英国・北アイルランドの活動家マイレッド・マグワイア氏や、アイルランドやマレーシアなどの活動家が乗船。五月末に拿捕された船団に加わる予定だったが航海が遅れ、単独でガザを目指していた。

 「レイチェル・コリー」は二〇〇三年にガザで、イスラエル軍のブルドーザーにひかれて死亡した米国人活動家の名前。

http://www.tokyo-np.co.jp/article/world/news/CK2010060602000064.html


(06/06)ガザ援助船拿捕とイスラエルが恐れる核開発

田中龍作ジャーナル



★ 2010年06月06日日曜日 9時更新

■ ゴールドマンサックス、原油流出事故の一ヶ月も前にBPの株を売り抜けていた!

 http://www.nikaidou.com/archives/2486

■ メキシコ湾原油流出:BP、爆発事故6週間前に制御困難と当局に報告 このインサイダー情報がゴールドマンに漏れた可能性
 
 【5月30日(ブルームバーグ):英BPのメキシコ湾の油井で起きた爆発事故の6週間前に、同社が制御が困難になっていると電子メールで米政府当局に伝えていたことが分かった。原油流出事故について調査している米下院エネルギー・商業委員会が30日、この電子メールを公表した。
  BP幹部のシェリー・ダグラス氏から内務省のミネラルズ・マネジメント・サービス(MMS)ニューオーリンズ地区担当掘削技術官、フランク・パットン氏にあてた3月10日付電子メールによると、BPは油井とリグ(掘削設備)をつなぐパイプを切断し穴をふさぐことを計画していた。   ダグラス氏は電子メールで「MC252#001に関して油井を制御しようとしており、パイプをふさいだ。掘削パイプを切断し、油井をふさぎ原油を迂回(うかい)させるため機器を入れて作業を開始する」と報告している。「MC252#001」とは制御が困難となっていた深海油井ミシシッピ・キャニオン 252鉱区を指す。
  エネルギー・商業委員会のワクスマン委員長(民主、カリフォルニア州)と、監視小委員会のステュパック委員長(同、ミシガン州)は油井の設計に関する文書や、今年2月と3月、昨年11月の関連電子メールを公表した。両委員長は、これらの文書について「問題を提起しているが、爆発事故関連では追加調査が必要だ」との見解を示した。
  今回の電子メールで、BPが3月第2週には、原油流出への対処法についてJ・コナー・コンサルティング(ヒューストン)に支援を求めていたことが明らかになった。同社は世界の大手エネルギー企業数社に原油流出対策について助言している。電子メールによると、掘削機器に穴が開いた後、政府当局はBPが基準よりも浅い深さで油井をセメントでふさぐことを許可していた。】

■ BP原油汚染処理に伴って北米南部大気に処理剤ベンゼン汚染が発生、国連保安軍と FEMAが大規模に移動開始! 何でも板情報より

 50万人をFEMA収容所にと信頼性の高い情報 http://translate.google.com/translate?hl=ja&ie=UTF-8&sl=en&tl=ja&u=http://motherjones.com/politics/2010/06/bp-oil-spill-fema-camps&prev=_t&rurl=translate.google.co.jp&twu=1

 http://blogs.yahoo.co.jp/jennifer1215b/31549221.html

 【フロリダから内陸へ4000万人とそれ以上の人の退避を命じます。アーユーレディ?政府はおよそあなたに湾の石油流出のすべてを知らせていません。
現地では信じ難い量のベンゼンが空中に放たれています。人々が病気になっています。何千という国連のバン(車)がジャクソンビルのすぐ下のフロリダの AF 基地の公衆サイトから人里離れたエリアで駐車されています。それらは同じく多くの他のエリアにもいます。あなた自身の為にも見て下さい。
このグリッドをグーグル地図に入力してください。29.97213、 - 81.660047
そうすればあなたはそれを見ることができます。あるいはフロリダの AF 基地のジャクソンビルFの下にグーグル地図を見いだしてください。軍用車隊は、FEMAキャンプに人々をエスコートするため、西の砂漠地帯から来る予定です。あなたは多くの人々が一点に集められるのは、何が内陸で我々に起こるのかと言う考えを持っていますか?
これはただタンパエリアからの人々に過ぎません。彼らがまた、東海岸からも人々を避難させると、1億の人々が内陸に来るでしょう。ベンゼンと油は、海の上で雲の中に気化し、それが雨にかかって内陸を漂流しています。我々は同じく危険に面するでしょう。我々の新鮮な水は汚染されるでしょう。
http://soundwaves2000.com:80/shatterthedarkness/
http://www.examiner.com/x-33986-Political-Spin-Examiner%7Ey2010m5d9-Gulf-oil-spill-Suggestions-of-BP-
↑ビックリ!あっと言う間に消された!】

■ メキシコ湾原油漏出大事故で崩壊したリグは韓国ヒュンダイ社製造、耐用年数30年なのに、製造後10年しか経ていない アメリカ政府はヒュンダイ社にも数千億円の損害賠償請求訴訟

 【4月20日に米南部ルイジアナ州沖のメキシコ湾で発生した原油流出事故で、石油掘削施設を建設した韓国の現代重工業に責任が生じるか否かについて関心が集まっている。現代重工業は事故との関係性を否定しているが、油田の掘削権を持つ英石油大手BP以外の企業にも責任が飛び火した場合には、大きな影響が生じるものとみられている。
韓国メディアによると、オバマ大統領は12日、事故を起こしたBPに対して全ての関連費用を全額負担する責任があると発言した。今後、BPには除去作業にかかった費用をはじめ、各種訴訟などの費用や罰金など、天文学的な負担金が請求される見通しだ。
事故が起きた石油掘削施設は現代重工業が2001年に建設し、油田掘削会社R&Bファルコンに3億6500万ドル(約337億円)で売却されものであることが明らかになっている。R&Bファルコンは世界最大の掘削請負会社 トランスオーシャンに買収されたことにより、同施設はトランスオーシャンの所有となっている。
これについて、現代重工業の関係者は「施設が作られてから10年以上が過ぎた。アフターサービスも終わり、10年間の運用をみると施工上の問題ではなく運用上の問題だと思われる」と事故との関係性を否定した。 しかし、一部の韓国メディアは、石油掘削施設の寿命は通常25~30年程度であり、建設してアフターサービス期間が過ぎたからといって責任が消滅したとはいえないと指摘。BPが事故の責任をほかの企業に転嫁した場合 には、現代重工業にも何らかの影響が及ぶ可能性があるとしている。(編集担当:新川悠) 】

東海アマチュア無線  地震予知研究会




エドマンド・バーク 崇高と美の観念の起原 Edmund Burke : A Philosophi

テーマ:Media P./Vector Mode

私はカントの『判断力判断』で崇高と美に関する議論を知ったが、バークの論考はそれの原点であるが、類似したものと思っていたが、実は異なるのである。
 カントの区別だと、両者の差異がやや曖昧になるが、バークは明確に、両者を区別しているのである。
 分かりやすく言えば、崇高とは悲劇的なものであり、美とは喜劇的なものである。あるいは、恐怖と愛らしさの違いである。
 ある文学理論では、悲劇は喜劇的構造に入るということが言われるが、バークの観念では、両者は独立したものである。つまり、絶対的差異である。
 哲学的には、これは、スピノザ哲学の歓喜主義を批判していることになる。恐怖や苦が肯定されるからである。
 まだ、よく理解していないが、バークの区別は、現代でも有効である。例えば、以前指摘したが、日本の似非ジャーナリズムは、悲劇的認識が欠落していると述べた。言い換えると、バークの用語から言えば、崇高性が欠けているのである。
 私がよく転載する英国のテレグラフ紙は、崇高的認識があるのである。
 邦訳であるが、生硬で、読みにくいのは確かである。もっとも原文の叙述にも問題があるだろう。

エドマンド・バーク
崇高と美の観念の起原
Edmund Burke : A Philosophical Inquiry into the Origin of
Our Ideas of the Sublime and Beautiful 1757 中野好之訳
みすず書房 1973・1999


Amazon で購入する



 いまはなぜだかすっかり看過されてしまっているようだが、哲学芸術思想のなかには、「美学」という領域がある。エステテイックス(英 aesthetics、仏 esthe´tique)だ。そう言っては実も蓋もないけれど、つまりはエステだ。エステではあるけれど、メルロ=ポンティ(123夜) も、ロラン・バルト(714夜) も、九鬼周造(689夜) も中井正一(1068夜) も、それからウンベルト・エーコ(241夜) も、みんな本格的な美学者だった。こういうエステにこそ通院したほうがいい。
 美学は、1735年にドイツのアレクサンダー・バウムガルデンがその必要に気づいたときは、まだ「感性学」という意味だった。認識の能力には上位に“悟性の学”としての論理の学があるとしたら、下位には“感性の学”としての美についての認識の学があるはずだという判断から生まれた。バウムガルデンはライプニッツ(994夜) とヴォルフの思索の系統を引いていた。
 その後、美学はカントによってその最初の体系の確立を見たというのが通り相場になっている。1790年の『判断力批判』がその結晶的成果である。それでまちがってはいないのだが、そのカントに多大な影響を与えた一人の青年の大論文があったことを忘れてはいけない。それがエドマンド・バークなのである。ぼくは「遊」の第1期をつくっているころに出会って、うーん、と唸った。


http://www.isis.ne.jp/mnn/senya/senya1250.html

* A PHILOSOPHICAL INQUIRY INTO THE ORIGIN OF OUR IDEAS OF THE SUBLIME AND BEAUTIFUL; WITH AN INTRODUCTORY DISCOURSE CONCERNING TASTE 67
*
o PREFACE
o CONTENTS
o INTRODUCTION
o PART I
o PART II
o PART III
o PART IV
o PART V
o APPENDIX

http://www.gutenberg.org/files/15043/15043-h/15043-h.htm

2010年05月25日 (01:16)

哲学者とは何か:哲学ルネサンスへ向けて:哲学(哲学的数学)は科学を包摂する

哲学者とは何か:哲学ルネサンスへ向けて:哲学(哲学的数学)は科学を包摂する

テーマ:日本哲学の創造

PS理論は根本的に哲学であり、また、科学理論である。これを提唱する私(ここでは私見を述べるので、Kaisetsu氏を除かせていただく)は、何であろうか。私は自分自身を哲学者と思ったことはない。
 これは、正に禅問答的である。とまれ、私は私であり、私はただ理論家であるとは言える。でも哲学的理論を提唱しているから、哲学者ではないのか、という問いは可能である。哲学的理論を提唱しながら、哲学者ではないというのはどういうことなのか。それは、端的に、後世の人間が判断することであろう。
 結局、哲学的理論家とは言えると思う。そして、哲学とは、根本学ということである。
 そして、PS理論は哲学的科学理論であることを述べなくはならない。哲学と科学の結合とは何を意味するのか。
 これは、エネルギーの問題である。精神はエネルギーであり、これが、科学的現象を生むと考えられるのである。哲学は、精神のエネルギーを秩序化する知性であり、これは、当然、物質界の秩序の法則、即ち、科学となるのである。 


Mon, May 24, 2010 23:28:37
米国ポップスは新クラシック音楽を形成している
テーマ:歌謡/ポップス/シャンソン/カンツォーネ
先にも少し述べたが、AFNの午後9時代から11時代は、ノンストップでポップス(On Gravityという番組である)を流しているが、これが、重厚なのである。ほとんど交響曲の厚みがあるのである。
 先にの述べたが、今、米国ポップスは進化過程にあるのである。音楽ルネサンスである。ポップスは70年代で死んだと思ったが、今や、クラシック音楽的モードで復活しているのである。つまり、ポリフォニー音楽としてである。
 日本の音楽はどうするのか。経済的にも、創造的音楽をプロデュースするのは、ポジティブであるが。


鳩山政権はロックフェラー路線に騙されて、日本を破壊しているのではないのか:カモネギ政権
テーマ:傀儡ペテン売亡国独裁主義国家癌民主党政権
私は以前、ロックフェラー路線が自民党から民主党へ乗り換えたことを示唆した。ロックフェラー路線は、鳩山首相や民主党の政治家にいいカモを見たはずである。こんな単純な人間はころりと騙せるおもったのはずである。例外は小沢一郎である。もっとも彼も、騙されそうになってはいるが。
 単純馬鹿の鳩山と民主党にロックフェラー路線は、売国・亡国路線を吹き込んだはずである。それは、端的に、普天間基地移設問題に表出していると言えよう。
 そして、この口蹄疫問題も、関知しないように言われているのではないだろうか。つまり、政治主導というイデオロギーにマインドコントロールされているのである。
 以前、オバマ政権はロックフェラー路線(戦争産業覇権路線)と「ロックフェラー路線」(差異共振路線)の「絶対矛盾的路線」であることを言った。しかしながら、民主党は、これがまったく識別されていないのである。オバマ政権の後者のトランス・モダン路線を見極めるべきであるのに、前者に従っていると考えられるのである。


参照:
ギョロ目がうつろにギラつく
テーマ:経済

ここに到りて、器でなかったことが、はっきりとした。

これをこっそり笑っているのは、欧米のエスタブリッシュたちでしょう。

もう日本も終わりだと。この程度の人物しか、人がいないのだからと!

あとは自由になるわい、と!

オバマたちは次の手をうち、この国をさらに酷い目に合わせる。

言い換えれば、彼らだけがボロ儲けする手を打ってくるのでしょう。

ただ今、仕込み中です、か?

そのために、今後、もう少し、日本人に自信が戻るような状況が生み出させるかもしれません。

その先に待っているのが、彼らの狙いなのですが…。

http://ameblo.jp/adco/entry-10543661122.html
スロー人ロハス-自由と資本主義と礼節


口蹄疫:種牛49頭延命認めず 国「猶予許されぬ」
毎日新聞 - ‎59 分前‎
宮崎県で多発している家畜伝染病の口蹄疫(こうていえき)を巡り、山田正彦副農相は24日、県側が高級牛ブランド「宮崎牛」保護のため、殺処分をせずに経過観察とする特例を要望していた県家畜改良事業団(高鍋町)の種牛49頭について、要望を認めない方針を正式に表明 ...

【口蹄疫】種牛49頭殺処分、例外認めず えびの市で調査開始
MSN産経ニュース - ‎1 時間前‎
宮崎県で拡大している家畜伝染病・口蹄(こうてい)疫問題で、政府の対策本部は24日、県に殺処分回避を求める動きがある種牛49頭について、正式に殺処分することを決めた。また、14日以降、新たな感染が確認されていない同県えびの市で、血液検査など牛や豚の安全性 ...

種牛49頭、処分方針確認=優良5頭は経過観察続ける-政府
時事通信 - ‎48 分前‎
宮崎県の口蹄(こうてい)疫問題で、政府は24日、県から救済要望があった種牛49頭の扱いについて従来の方針通り殺処分することを確認した。一方、これらの種牛とは別に特例措置として避難させた6頭の優良種牛のうち、感染の疑いで処分された1頭を除く5頭に関しては ...

種牛49頭の殺処分明言 口蹄疫問題で農水副大臣
日本経済新聞 - ‎1 時間前‎
宮崎県で広がる家畜伝染病の口蹄疫(こうていえき)問題で、同県が経過観察にするよう要望していた49頭の種牛について、山田正彦農林水産副大臣は24日の記者会見で、家畜伝染病予防法に沿って殺処分する方針を明言した。処分されれば種牛は主力級の5頭だけになること ...

種牛49頭の殺処分発表 宮崎エース級5頭だけに
47NEWS - ‎2 時間前‎
宮崎県の口蹄疫問題で、現地対策本部長の山田正彦農林水産副大臣は24日午後、現地から経過観察にするよう要望が出ていた49頭の種牛について、家畜伝染病予防法に従って殺処分する方針で鳩山由紀夫首相の了承を得たことを明らかにした。農水省での記者会見で発表した。 ...

口蹄(こうてい)疫 山田副大臣、種牛49頭殺処分の方向性を鳩山首相や赤松農水相らと確認
FNN - ‎2 時間前‎
宮崎県で広がっている口蹄(こうてい)疫の問題で、政府の現地対策本部長を務める山田農水副大臣が記者会見し、焦点となっている種牛49頭の処分について、早急に殺処分するとの方向性を鳩山首相や赤松農水相らと確認したと発表した。 会見で、山田農水副大臣は「これは、 ...

口蹄(こうてい)疫問題 山田農水副大臣、あらためて宮崎県の種牛49頭の殺処分方針表明
FNN - ‎2 時間前‎
宮崎県が殺処分していなかった49頭の種牛について、山田農水副大臣は、あらためて殺処分する方針を明らかにした。 宮崎県の東国原知事は22日、「49頭についても県の願いですよ。願いとしては、検査をやりますから。経過観察とさせていただけないかという願いはある」と ...

種牛49頭 処分の方針を確認
NHK - ‎2 時間前‎
家畜の伝染病、口てい疫の問題で現地対策本部の本部長を務める山田農林水産副大臣は24日、鳩山総理大臣や赤松農林水産大臣と相次いで協議し、宮崎県の家畜改良事業団が飼育していた宮崎牛の種牛49頭について、特例を認めず宮崎県に処分を求めていく方針を確認しました ...

口蹄(こうてい)疫 49頭の種牛の殺処分の方針が固まる
FNN - ‎4 時間前‎
宮崎県内の口蹄(こうてい)疫対策で、49頭の種牛の殺処分の方針が固まった。 宮崎県ではワクチン接種が始まり、懸命の封じ込め作戦が行われている。 こうした中、避難していた宮崎牛エース級の種牛6頭のうち、ナンバーワンの「忠富士」の感染疑いが発覚し、殺処分された。 ...

エース種牛5頭は経過観察
47NEWS - ‎2 時間前‎
山田正彦農林水産副大臣は24日、口蹄疫問題で、宮崎県が殺処分をしないよう求めていた種牛49頭について、殺処分すると発表。一方、宮崎県西都市に避難しているエース級の種牛5頭について「殺処分の対象と考えているわけではない。経過観察している状況」と話した。

2010年05月22日 (01:02)

新国富論:豊かに貧しくなるではなく、貧しく豊かになる時代

テーマ:トランス・モダン社会/世界の創造・構築

私の実家の田舎の周辺は、農村地帯であるが、道路は交通の少ないところまで鋪装されているし、また、新しい鋪装道路もいつの間にか造られている。
 また、市役所は高級ホテルのような立派な建物であるが、駅周辺にはシャッター通りがある。市議会議員の削減案は市議会で潰されたそうである。
 結局、公共投資、行政的資本主義が、役人を肥やし、民を貧しくしたのである。
 資本主義は本来、個が単位であるが、日本においては、行政主導となってしまっているのである。端的に、国家資本主義、社会主義的資本主義である。結局、これが、超大な財政赤字を生んだのである。
 そこで、発想を逆転させて、貧しくなることの勧めを説きたいのである。貧しくなることで、国富が豊かになることを説きたいのである。
 これまでは、豊かになるために、国富を貧しくしてきたのである。これは亡国路線である。
 道路建設、ダム建設、原発建設等を無くすことで、民の貧しさはほぼ同じであり、国富が豊かになるのである。

2010年05月17日 (20:17)

トランス・モダン社会的進化:ポスト・ユダヤ/キリスト教西洋文明:トランス・モダン文明期への相転移

テーマ:ポスト・ユダヤ/キリスト教西洋文明

2010/05/15 14:46
【RPE】★ギリシャ危機と欧州の今後(続08年と10年は全然違う時代)
http://archive.mag2.com/0000012950/20100515144652000.html


つまり、ポスト・ユダヤ/キリスト教文明のトランス・モダン文明期に入ったということである。占星術史観でいうと、宝瓶宮(水瓶座)の時代である。
 これは、差異即非共振原理(差異共振原理)の時代である。Media Pointに根ざした民族国家精神的身体を秩序化する国が勝利することになると考えられる。
 日本国家身体は、東洋的日本身体精神をOSとして、それへ科学・技術を包摂すべきである。民主主義もそれに包摂されるのである。
 近代的同一性主義と父権的同一性主義は一切合切捨て去らねばならない。明治維新の勤王開国派(横井小楠、勝海舟、坂本龍馬、他)は東洋的身体精神に基づく西洋派(言わば、和魂洋才)であった。
 根源、即ち、魂の東洋的身体精神を復活すべきである。それが、日本ルネサンスを形成するようになるだろう。
 一番の問題は、増す塵と売国奴と愚民によって、Media Point精神が混濁させられてしまっていることである。精神を浄化する必要がある。
 日本国民がPS理論を受容するようになれば、開眼し、日本伝統的トランス・モダン政治が生まれるだろう。


Rebuilding Britain: a new beginning?

Rebuilding Britain: twilight days or a new beginning?
All this week, Telegraph writers and contributors will be examining ways in which the new government can restore Britain’s prosperity and confidence. Today, Jeremy Warner considers our prospects for avoiding terminal economic decline.
http://www.telegraph.co.uk/finance/economics/7731232/Rebuilding-Britain-twilight-days-or-a-new-beginning.html

2010年05月11日 (10:42)

視覚の解放へ向けて:光のルネサンス:トランス・モダン維新は視覚ルネサンスである

テーマ:日本ルネサンス:西洋を包摂した新東洋文明

Kaisetsu氏による視覚空間と内界の結びつきの言及は、先に思ったイタリア・ルネサンス=光の誕生に関することを想起させる。つまり、内的光と外的光との一致のことである。また、今さらに考えれば、内的光が外的光を包摂する「精神」に思い至る。
 イタリア・ルネサンスは内的光(ほぼ東洋・アジアの光と言えよう)の解放とその充溢の表現であると考えられる。その後、近代社会は近代合理主義=近代同一性主義によって、それを抑圧するように作用したのである。
 この抑圧が自己精神を歪曲するのであり、異常な病理的自我意識を生むと考えられる。
 戦後日本は被植民地的な近代合理主義を受容して、この内的光を抑圧してきたと考えられるのである。それは、サラリーマンのスーツを見れば一目瞭然である。
 今日の日本社会の「狂気」の原因はここにあると見ていいだろう。トランス・モダン化するには、内的光を復活させる必要がある。そして、これと外的光との即非共振的精神モードを形成する必要があるのである。
 思うに、内的光がアフラ・マズダーである。これが、日=火=緋=妃=霊であると考えられる。また、それは、Media Pointの光である。それはまた当然、超越的光であるし、プラトンの洞窟の比喩における洞窟の外部の太陽と言えよう。
 後で、さらに詳述したい。


参照:
The Light of Asia
From Wikipedia, the free encyclopedia
Jump to: navigation , search

The Light of Asia, subtitled The Great Renunciation, is a book by Edwin Arnold . The first edition of the book was published in London in July 1879.

In the form of poem, the book endeavors to describe the life and time of Prince Gautama Buddha , who after attaining enlightenment became The Buddha, The Awakened One. The book presents his life, character, and philosophy, in a series of verses . It is a free adaptation of the Lalitavistara .

A few decades before the book's publication, very little was known outside Asia about the Buddha and Buddhism , the religion which he founded, and which had existed for about twenty-five centuries.

The book has been highly acclaimed from the time it was first published, and has been the subject of several reviews. It has been translated into several languages like Hindi (by Acharya Ram Chandra Shukla ).
[edit ] Adaptions

A film adaptation of the poem directed by Franz Osten and Himansu Rai was made in 1928, titled, Prem Sanyas (The Light of Asia in English) [1] .
[edit ] References

1. ^ Prem Sanyas at the Internet Movie Database

[edit ] External links

* The Light of Asia at Project Guntenburg


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2010年04月18日 (14:37)

ゴールドマン・サックスの訴追は米国トランス・モダン路線が実権をもっていることの証左と言えよう

今や、「ロックフェラー」トランス・モダン路線がロックフェラーモダン同一性主義路線を超克する作業に踏み切ったと考えられる。オバマ・トランス・モダン路線の前進。
 日本も反動的な鳩山・小沢民主党政権を倒して、トランス・モダン政権を創らないと滅びる。日本トランス・モダンへのチェンジ。

SECがゴールドマンを提訴、CDO組成で詐欺的行為(Update2)

  4月16日(ブルームバーグ):米証券取引委員会(SEC)は、米投資銀行のゴールドマン・サックス・グループを提訴した。債務担保証券(CDO)の組成と販売で詐欺的な行為があったと主張している。CDOは、大恐慌以来最悪となった金融危機の一因とされている。

  SECの16日の発表によると、ゴールドマンは2007年初め、米住宅市場が悪化するなか、サブプライム(信用力の低い個人向け)住宅ローンの価格動向に左右されるCDO「アバカス」を組成し販売した。この際にゴールドマンは、ヘッジファンド会社ポールソンがポートフォリオ内の証券の選択を手助けすると同時に、これらCDOの下落を見込む取引をしていた事実を開示しなかった。

  資産家ジョン・ポールソン氏が経営するポールソンは、この取引で10億ドルを稼いだが不正行為に問われていない。SECはCDOの組成にかかわったゴールドマンのバイスプレジデント、ファブリス・トゥール氏も提訴した。

SEC法規執行局のロバート・クザミ局長は声明で「商品は新しく複雑だったが、欺瞞(ぎまん)と利益相反は昔ながらで単純だ」とし、「ゴールドマンは住宅ローン市場の下落に大きく賭けていた顧客の1人が、投資ポートフォリオに含める住宅ローン証券の選択に強い影響を及ぼすことを許した。一方で、他の投資家に対して、投資対象証券は独立した客観的な第三者によって選定されていると説明していた」と論じた。

  ゴールドマンの株価は前日比23.57ドル(13%)安の160.70ドルで終了。SECの発表後は一時16%安となった。

           「根拠のない」主張

  ゴールドマンは、「SECの主張には法的根拠が全くなく、事実無根だ。強く異議を唱え、当社とその信望を守る考えだ」との声明を発表した。

  SECの主張によれば、現在31歳のトゥール氏は07年1月に友人に電子メールを送り、サブプライム住宅ローンに関連したCDOを指し「建物全体が崩壊寸前だ」と指摘した。SECはメールの送付相手については確認していない。ブルームバーグ・ニュースはトゥール氏に電話でコメントを求めたが、同氏は忙しいとの理由から断った。同氏の代理人、パメラ・チェピガ氏からは今のところ返答がない。

  SECは、ゴールドマンとトゥール氏について、ポールソンが証券の選択において重要な役割を果たし、同時に下落を見込む取引をしていたことを開示すれば、CDOの販売は不可能とまでは言わないまでも、難しいものになると分かっていたと指摘した。
http://www.bloomberg.co.jp/apps/news?pid=90920000&sid=aM1YAIYrY.nA

Goldman Sachs accused of subprime fraud Goldman Sachs was accused on Friday of defrauding investors by misleading them about subprime mortgage products as the US housing market collapsed.

The US Securities and Exchange Commission charged Goldman along with one of its vice presidents for failing to disclose crucial information about a synthetic collateralised debt obligation (CDO) product that it structured, which was closely linked to the performance of the residential mortgage-backed securities market. The regulator said that Goldman allowed Paulson & Co, a hedge fund, to influence the portfolio selection process while betting against the CDO.

http://link.ft.com/r/2SRI11/0GV220/XGJ8J/JI3MT9/NSR56H/T3/h


ac/dc, beatles, david bowie, led zeppelin,
テーマ:歌謡/ポップス/シャンソン/カンツォーネ
Lady Gagaがあげた歴代トップ5のシンガーないしはグループであるが、意外にも、以下が入っていた。

追記:もっとも、私見では、バッハがいちばん影響を与えていると思われる。つまり、バッハが本質を形成していると考えられるのである。

追記2:やはり、センスはいい。思うに、ドライ・リリシズムを目指していると思う。矛盾した言い方だが、乾いた叙情である。私もこれは好きである。硬質なリリシズムとも言えよう。言い換えると、知的リリシズムである。

追記3:wilson philipsはいい。透明感、清澄感がある。

Wilson Phillips - Hold on (Live on MTV)


Wilson Phillips "Release Me" (Live 1991)


Wilson Phillips "You're in Love" 1990 - Video


AC/DC - For Those About To Rock


David Bowie - Lets Dance




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  • 以下が、宇宙母船です。
    http://ameblo.jp/neomanichaeism
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