--年--月--日 (--:--)

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

2010年05月28日 (18:18)

現在のユーロ危機についての私見

私の知り合いで、以前、マーストリヒト条約の締結に対して、反対していた人がいたが、今や、それは、正鵠を射ていたと言えよう。
 EU/ユーロの失敗はドルの二番煎じを求めたことにあろう。ドルとは異なる通貨システムを作るべきであったのに、それを模してしまったのである。また、米国以上に金融派生商品に依存する体制をつくったことにも、失敗の原因がある。(追記:また、欧州の社会民主主義という左派的体制の非生産性も原因である。)
 とは言え、今の状況は、国際金融資本のあざとさに思いが行くのである。国際金融資本は、いわば、EUを利用したのである。国際金融資本という同一性資本にEUのトップは、盲目であったのである。米国以上の国際金融資本の猟場となったのである。
 結局、今では、遅きに失したのである。あまりに狡猾な国際金融資本(国際同一性資本)に早く気づくべきであったのである。そう、それは世界の癌・悪性腫瘍である。
 結局のところ、国際金融資本・国際同一性資本に依存しない方策を構築する必要があると言えよう。そう、それは、ある意味で金融的な鎖国を意味しよう。しかしながら、絶対的な鎖国は当然不可能である。
 とまれ、今日の黙示録的危機(というか、大破局である)には、途轍も無い苦悩・苦痛を経る必要があるということであろう。甘やかされた今日の若者にとってはあまりにも苛酷であろうが、それが天命である。

参照:

■ ユーロ大崩壊へ 朝倉慶 http://www.funaiyukio.com/money2/

 【抜粋: そもそもユーロ創設は歴史的に壮大な実験だったのです。国家が違った国々が通貨を統一するというかつてなかった試みでした。様々な動機があったと思いますが、戦火を繰り返してきたヨーロッパ地域の統一の夢や、米国に対抗して強い経済圏を構築すること、また東西統合したドイツの肥大化を恐れた周辺諸国の意識など、多くの理想や思惑の元に創設されたのです。通貨を統一すれば、そのすべての国々は通貨発行権を放棄するわけですし、自国の中央銀行、日本でいえば日本銀行の権利を放棄して統一した中央銀行を作るわけですから、まさに思い切った試みだったのです。
 そしてその試みは上手く成功して、ユーロ圏のゆるぎない発展を感じさせることもあったのです。しかし、リーマン・ショック後の経済の混乱とマイナスに陥った各国の経済状況の中で、いよいよその大いなる矛盾が頭をもたげてきた、今はついにその矛盾の大きさからユーロは内部崩壊に向かってきているのです。
 これは日本のケースで考えると、たとえば日本と韓国を中核としてアジア地域、べトナムやインドネシア、フィリピン、マレーシアあたりのASEAN諸国を一まとめにして統一通貨を作ったと想像すればわかりやすいと思います。ユーロ圏に当てはめると、日本はドイツ、韓国をフランス、その他の国々をギリシアやスペイン、イタリアなどと考えてみるとどうでしょうか? 日本と韓国は強いですが、フィリピンやインドネシアはまだ、日本や韓国の経済には追いつきません。
 しかしながらこのようなアジアの通貨統合が起こったとすると、まず、日本などの輸出型の経済の国にとっては為替の変動の問題がなくなります。すると好きなようにアジア地域に輸出が増えるというメリットが起こります。
 現実にユーロ圏の創出においてドイツは、ユーロ域内の輸出が大幅に増えたのです。ドイツマルクを使っている時に比べて、為替変動がないということは圧倒的に有利だったわけです。また通貨統合をすると、その統合された比較的国力の弱い国、アジアのケースで考えるとフィリピンやベトナムですが、これらの国は通貨が日本や韓国と一緒になると、その強い通貨圏に入ったということで、信用が上がるのです。強い国と一緒の通貨を持てたからです。これが現実にユーロ圏では起こりました。ギリシアやスペイン、イタリアなどがユーロを導入したということで、一気にそれらの国の信用が上がったのです。信用が上がるということは、いわゆる資金、お金が借りやすくなるわけです。また外からの投資が増えるわけです。自分のこととして考えるとわかりやすいですが、強力な保証人がついたと思えばいいでしょう。銀行はあなたに強力な保証人がついたことを確認して、今までの数倍も資金を融通してくれるようになったのです。
 これがギリシア、スペイン、ポルトガル、イタリアで起こったことです。要するに、実態以上に信用力がつき、その結果として身の丈に合わない借金ができるようになり、現実に多額の借金をしたと思えばいいでしょう。ギリシアなどはユーロ圏の傘に入ったことで、独仏や英米などからも多くの借入が簡単にできるようになり、また、これら独仏や英米の銀行はこぞってギリシアなどに資金を貸し込みました。また様々な投資をしたのです。
 この借入金で消費して、ドイツなどから輸入しまくり、好況を謳歌、これはドイツなどにとっても好都合だったわけです。輸出好調、物が売れるからです。この資金の循環と経済の拡大でユーロ圏の諸国はすべて恩恵を受けたのでした。ユーロ導入のメリットだけをお互いに享受したのです。 】

東海アマチュア無線  地震予知研究会
スポンサーサイト

2010年01月27日 (00:08)

民主主義的理想主義の愚劣さ:先ず軍事的現実を踏まえるべきである

テーマ:ニッポン亡国の凶相:売国奴と愚民による

保坂氏がこんなに馬鹿とは思わなかった。左翼主義がやはり、愚劣なのである。
 私はトランス・モダン民主主義を唱えるが、それは、現実主義である。軍事的現実に対して、民主主義的理想主義は愚劣である。
 まず、軍事的現実に対処する必要があるのである。その後で、民主主義的理念が問題になるのである。
 そう、民主主義は一種イデオロギーに過ぎない。

追記:やや短絡的なので、少し補足説明がいるだろう。つまり、民主主義とは言え、それは、国家権力が代表するのである。そして、国家は国家間の外交に責任をもつ。この場合、軍事力学も当然関わる。つまり、民主主義国家において、国際関係力学の視点が重要なのであり、単に、地域の民意が国家権力の重要な国際関係力学を支配するようなことがあってはならないのである。
 つまり、地域レベルと国家レベルでは、後者の方が優位にあるということであり、劣位である前者の意向を絶対的に肯定することは誤りである。

************************

激戦の名護市長選挙で、稲嶺進候補(社民・民主・共産・社大、・そうぞう推薦)が、島袋吉和候補(現)を 1600票差でうち破った。SACO最終合意(96年12月)から13年、名護市民を二分して引き裂いた「新基地問題」の決着はついたと言っていい。鳩山総理も、「ブッシュ追随米国提灯持ち」や、外務省に色濃い米国絶対主義や防衛省の主張する「辺野古以外にない」という圧力に屈しなくてよかった。12月半ばに踏みとどまって考えるという政治決断は正しかった。

 安保・防衛問題を「名護市長選挙」に委ねていいのかという安全保障のプロを自称する人たちに教えてあげたい。「基地を受け入れるかどうか」の住民の意志はすでに12年前に表示されている。それが、「海上ヘリ基地建設」の是非を問う「名護市民投票」(1997年12月)だった。ここで、反対多数であることをもって民意の結論とせずに、市長選挙で当選(1998年2月)した容認派の岸本建男市長が「受け入れ」へのハンドルを切り、迷走が始まった。さらに「受け入れ拒否」の姿勢を決めた大田昌秀知事が、容認派の稲嶺恵一氏に知事選挙で破れ(98年11月)、辺野古新基地は「海上ヘリ基地」から「埋め立て飛行場案」に変わる。

 あれから12年が巡ってきた。そう、沖縄県知事選挙は11月にある。寝ても覚めてもアメリカを見ながら、「日米同盟」「安全保障」で飯を食ってきた安保屋の皆さんに欠如しているのは「沖縄県民の意志」である。名護市長選挙に続いて、沖縄県知事選挙も「新基地建設反対」の与党連合を中心とした候補が勝てば、辺野古は100%消える。地元自治体の市長が「受け入れ反対」を掲げ、県知事も同調すれば「強権着工」するわけにはいかない。
http://blog.goo.ne.jp/hosakanobuto/e/2b427ec0f2d18d97854c2a996ff095cb

普天間移設、法的決着も=地元拒否時の対応に言及-平野官房長官
 平野博文官房長官は26日午後の記者会見で、米軍普天間飛行場(沖縄県宜野湾市)移設問題について「(地元が)合意しなかったら物事が進まないということか。そこは十分検証したい。法律的にやれる場合もあるだろう」と述べ、新たな移設先の自治体が受け入れに応じない場合は、法的に決着させることも可能との見解を明らかにした。(時事通信)
[記事全文]

・ 普天間、地元合意なしも 官房長官が法的決着に言及 - 47NEWS(1月26日)

安保50周年 共同声明 米が格下げ要請 「普天間」の影響避ける
 【ワシントン=佐々木類】日米安保条約改定署名50周年で両国が発表した共同声明をめぐり、米政府が事前に、首脳同士ではなく外務・防衛両閣僚の連名に「格下げ」するよう日本側に打診していたことが分かった。米軍普天間飛行場(沖縄県宜野湾市)移設問題で、県外への移設を模索する鳩山由紀夫首相が代替施設をキャンプ・シュワブ沿岸部(同県名護市)に建設するという現行案を破棄した場合、オバマ大統領の政権運営に影響が出ると判断したためだ。鳩山政権に対する米政府の不信感が重要文書の作成に影響を与えた形だ。(産経新聞)
[記事全文]

2010年01月27日 (00:00)

カルマ論と自然的霊性(自然美術)

カルマ論と自然的霊性(自然美術)

テーマ:新霊性new spirituality

以下、東海アマ氏の霊学である。これは、カルマ論であり、基本的には仏教思想である。シュタイナーもカルマ論を説いていた。
 私もカルマ論に近い考えをもつが、でも、と思う。果たして、地球は単に地獄の星なのか。私にとっては、自然はとても美しい。もっとも、人間は度し難いところがあるが。
 このギャップは何なんだろうか。今、地元で、箒状に広がる落葉した森の木々を見るが、私には、美術である。自然アートである。
 そして、それらは、スピリチュアルである。そう、自然はスピリチュアルである。これは、通俗的なそれではなく、感覚・身体的な霊性である。気的霊性である。
 思うに、西洋文明、ユダヤ・キリスト教西洋文明はこの自然的霊性を徹底して破壊してきたのである。
 その結果がマネー・ゲームや唯物論である。(ヤハウェは、貨幣神、物質神である。)
 今日の黙示録的危機は、大局的には、自然的霊性を復活させて、この西洋文明を超克することで脱することができるだろう。
 日本人、戦後日本人は、まったく西洋文明に染まりきって、日本・東洋的な自然的霊性を喪失してしまったのである。アンラ・マンユ(悪霊)に支配されているのである。

***********************

★ 2010年01月26日火曜日 7時半更新

■ 中津川五名殺害事件、無期判決 報復制裁によって国民の恐怖支配を狙う検察がつまずいた

 【岐阜・中津川の家族6人殺傷、2審も無期判決 1月26日10時13分配信 読売新聞
 岐阜県中津川市で2005年2月、家族6人を殺傷したとして、殺人罪などに問われた、市老人保健施設の元事務長、原平被告(62)の控訴審判決が26日、名古屋高裁であった。片山俊雄裁判長は、「主観的だが精神的に追い込まれた末の一家心中事件で、極刑には躊躇(ちゅうちょ)が残る」と述べ、無期懲役とした1審・岐阜地裁判決を支持し、死刑を求刑した検察側と、有期懲役を求めていた弁護側双方の控訴を棄却した。 検察側は「一家心中ではなく、世間体を気にして家族を皆殺しにしようとした短絡的な犯行」として、改めて死刑を求刑していた。 片山裁判長は1審同様、一家心中の側面がある事件と判断。「母が妻に嫌がらせを続けたため、精神的に追いつめられた面は否定できない」とも指摘し、無期懲役が不当ではないとした。
 控訴審から死刑を求めた娘婿の藤井孝之さん(44)の処罰感情については、「原被告の今後の対応で緩和の余地があり、重くとらえるべきではない」とした。
 判決によると、原被告は05年2月27日、かねてから、嫌がらせを受けて憎んでいた母・チヨコさん(当時85歳)を自宅で絞殺。長男・正さん(同33歳)や、長女・藤井こずえさん(同30歳)、その長男・孝平ちゃん(同2歳)、長女・彩菜ちゃん(同生後21日)の5人を殺害し、孝之さんを刃物で刺して、2週間のけがを負わせた。犯行後、原被告は自分の首を包丁で刺し、自殺を図った】

● 5年前、普段は静かな中津川市街にとどろき渡ったヘリの爆音に「いったい何事が起きたのか?」と筆者も驚いたが、戦後、この地域での殺人事件など聞いたこともなかった地元の人間にとって、続いた殺人事件は大きなショックだった。(もう一つは2006年4月地元中学生女子殺人事件)
 翌年、かのハラタイラが死亡したのも、この事件にショックを受けてではなかったか? と余計な推量をしたほどだ。
 筆者は、常々、「人間は元々アホである!」と主張してきた。完全無欠のマトモな人物など、この世に存在しないのだ。この地球に誕生する人々は、みんな救いのないアホばかりであり、その愚かさを肉体によって思い知ることこそ、この世に産まれる本当の理由と筆者は考えてきた。

 「地球は苦悩の惑星である」
 これは、ある霊的存在からのメッセージであり、地球に産まれる人間は、よほど物好きで、深刻なカルマの持ち主ばかりということらしい。箸にも棒にもかからないアホだけが人間となり、人を傷つけ、己を痛めつけ、バカを繰り返し、泣き騒いで死んでゆく。いわば、宇宙における一種の地獄星なのであり、「囚獄星」ともいわれている。筆者も、その一員であることに恥じ入るばかりだ。キリストや釈迦だって、ホントは相当に欠陥人間だったらしい。孔子やムハンマドに至っては、現代にまで強烈な影響を及ぼしている人類史上の極悪人であって、ルシファーの分身というしかない。

 すべての人は、生きているうちに、必ず何度も同じ過ちを繰り返す。人の罪を憎む人は、必ず同じ罪を人に対して行うことになっている。人をバカにした人は、必ず自分がバカにされることになり、今死刑を執行される人は、実は前世で死刑を要求した人である。これが宇宙を貫く「因果応報」の原理である。
 ハラタイラ氏は本当に愚かな男だ。自分の苦悩の腹いせに何の罪もない家族まで殺害してしまった。しかし、これは心の病気であった。我々は、病気によって罪を犯した人までも制裁してはいけないのである。もし彼を制裁し処刑する者がいるなら、彼は来世、ハラ氏の運命を味わうことになるだろう。

 犯罪というものは、すべて心の病の結果であって、本当は病気なのだ。また、死刑制度容認者たちの「罪を憎み、復讐し、制裁する」という考え方自体も実は心の病気なのである。本当に正しい、カルマから解放された司法というものが存在するとするなら、それは「罪」という言葉を「過ち」という概念に置き換えなければいけない。
 この世には罪は存在しない。過ち、病気しかないのだ。それは制裁されるのではなく「治療」されねばならないのである。
 人類が、この境地に達したとき、はじめて地球は地獄・囚獄を脱し、楽園に生まれ変わるだろう。

東海アマチュア無線  地震予知研究会

2008年02月06日 (19:52)

サブプライムローン問題を哲学する:同一性価値と差異関係体:資本主義の超崩壊と差異共振経済の創造

サブプライムローン問題であるが、素人の考えでは、そして、私の住宅ローンの経験から言えば、資本主義的金融は、仮定・想定・見込みの数字が、基礎・土台となって、借り手という他者(差異)を考慮していない、同一性中心主義・同一性機械主義である。簡単に言えば、同一性量の増加を見込む金融ということであり、この増加の獲得のために、競争をする。しかしながら、物件の値上がりの見込み(speculation:思弁、投機)から、ローンを組み込むというのは、実に根拠が薄いものである。これは、科学ではなくて、予想ないしは希望的観測である。つまり、願望が入っているのである。英語で言えば、仮定法である。これは、反現実的事象の表現である。そう、非科学的な金融ということになるだろう。具体的に言えば、競争があるのだから、販売も壁にぶつかり、当然、物件の値上がりという仮定が根拠薄というか、反現実的なのである。だから、反科学的な、反合理的な金融ということになるのである。
 また、さらに言うと、上記したように、借り手という他者=差異を資本主義的金融は認識していない点に大きな問題があると思う。借り手を数値化して、同一性価値にしているのである。ここでは、同一性としての個体としての借り手が存するだけである。方程式の、xやyである。数値化(数量化)=同一性によって、他者=差異を否定するのであるが、その時、何が問題になるか考えよう。
 結局、端的に、言えば、差異価値と差異共振性が否定されるということになるだろう。量による質の否定と言ってもいい。つまり、信用度の低い借り手の社会層(下層)があるだろう。これらは、単に、個体として独立して存在しているのではなく、それなりに差異価値、差異共振性として存在しているのである。ここで、有機体という概念が思い浮かぶが、有機体というよりも、もっと複雑な関係体として存在していると考えられる。とりあえず、他者=差異の関係体を差異関係体と呼んでおこう。
 これらは、単に、下層だけでなく、中層や上層と経済的に結びついているのである。だから、差異関係体とは、単に、下層関係体だけではなく、社会全体にあてはまるのである。
 結局、差異関係体において、サブプライムローンが作用するということになるのである。ここで、個体1,個体2,個体3,・・・個体nという個体を考えると、個体は、数値化されると同一性となる。すると、個体同士の相互関係(ある意味で、差異共振価値と言えよう)が見えなくなる。単に、個体1の数値、個体2の数値等が、個々独立して、見えるだけであり、ここでは、加減乗除が行なわれるのである。連続的計算である。
 そこでは、個体同士の相互関係、すなわち、差異関係体(差異共振性)が無視されているのである。相互関係の無視があるのであり、そこにおいて、サブプライムローンによって競争すれば、当然、個体の相互関係に響いてくるのである。例えば、個体1が得すれば、個体2が損するということになると考えられるのである。つまり、±ゼロである。作用・反作用の法則である。これを無視して、全体が利益を得るというのは、正に、ユートピア思想である。資本主義的金融ユートピア主義である。金融ユートピア主義である。これを、サブプライムローンは犯してしまったのである。
 また、金融工学によって、細分化して、リスクを小さくした証券であるが、これは、確かに、個々に見れば、独立した個物である。しかしながら、これが、差異関係体に投入されれば、個々の独立性が完全に失われて、関係体に属するようになるのである。つまり、証券は、関係体(「差異共振価値」)となるのである。つまり、サブプライムローン証券は、いわば、差異関係体証券(「差異共振価値」証券)になるのである。即ち、個々のリスクは小さくなったが、実質、リスクは差異関係体全体に及んだと言えるだろう。言い換えると、社会全体にリスクが及んでいると言えよう。サブプライムローンをガン細胞とすると、全身に転移しているということになるのである。これは、明らかに、社会体は御陀仏である。
 「資本主義」の超崩壊であろう。私はこれまで、ポスト・ユダヤ・キリスト教西洋文明を唱えてきたが、どうやら、サブプライム問題が引き金になったようだ。これは、当然、日本にも打撃が及ぶ。アメリカ経済の崩壊が起れば、日本崩壊である。そう、新世界大恐慌である。もう、ケインズの手法は使えない。というか、既に使っているのである。結局、同一性(市場経済)を包摂した差異共振経済、トランス・モダン経済、トランス・キャピタリズム、Kaisetsu氏の市場化された場における共同体主義へと試行錯誤していくしかないだろう。
 近代の悪夢からエクソダスするときである。

p.s. 以上は素描なので、後で整理したい。

p.p.s. 結局、社会主義路線(国家社会主義)が戻ってくるだろう。金融機関の国有化が考えられるだろう。これは、全体主義の危険が伴うのである。そう、一気に戦前回帰である。

3p.s. 結局、超過剰資本(マネー)とは、何を意味するのだろうか。差異共振価値(差異)から超過剰資本(同一性)が生まれるのである。つまり、高度情報資本主義において、差異共振価値が質的に進展した結果、超過剰資本が生じているのであるが、その超過剰資本という同一性のエネルギー(力・暴力)が、差異(差異共振価値)のエネルギーを否定するという自己矛盾が発生しているということではないだろうか。換言すると、物質エネルギーが超越エネルギー(精神エネルギー)を抑圧していると考えられるのである。同一性構造(近代主義/ポスト・モダン)が壁になっているのである。
 結局、超越差異共振エネルギーの再生・新生へと超過剰資本をフィードバック・還流させるべきだと考えられる。

4p.s. 本文に関してだが、差異と差異との関係を差異関係体としたが、どうして、同一性関係体と言わないのか、という疑問が起こるだろう。つまり、借り手を差異としても、同一性としても、関係体においては、同じではないのか、という疑問が浮かぶだろう。
 問題は、同一性となった借り手の場合である。例えば、個体1は年収が300万円であり、借金が残っていて、返済が終わっていないとしよう。金融機関は、個体1にローンを提供するとしよう。リスクの小さいローンである。同様に、似たような経済状態の個体2に、ローンを提供するとしよう。これが、いわば、足し算されると考えられる。
 これが、借り手が同一性になった場合である。しかしながら、借り手と貸し手の相互関係があり、それが、多数の場合、複合化するのである。つまり、複合的関係がそこにはあるのである。しかし、この複合的関係が、同一性の視点からは見えないのである。盲点である。
 しかしながら、借り手を差異と捉えれば、貸し手である差異(ないしは同一性)との関係が生じる。つまり、借り手を同一性としたとき、そこには、同一性の和が発生するだけであるのに対して、借り手を差異とした場合、差異的関係が発生すると考えられるのである。つまり、相互関係が発生するのである。これが、上述した差異関係体になると考えられるのである。言い換えると、もし、他者が同一性ならば、そこには、同一性の連続性・反復があるだけであり、関係はない。他者が差異であれば、そこには、差異(同一性)と差異との関係、対話・交流が発生するということである。換言すると、差異と差異との関係とは、差異共振性ではないだろうか。貸し手と借り手との差異共振性ではないだろうか。
 とまれ、差異関係体(差異共振体)が生じると、リスクは関係体にあることがわかるようになるだろう。同一性の集合では、リスクは個別化して、分離しているが、関係体では、リスクは連動するのである。和と積との違いと言えるのかもしれない。


参照:

渡辺喜美金融・行政改革担当相:(サブプライム問題の)本質的な構造は・・・流動性危機の背景にソルベンシーの問題があり、個々の金融機関の問題というより金融システム全体の問題である可能性がある
2008.02.05 Tuesday
◆ウェブ世界からの現実世界への影響力を推し量る具体的な手法が見つからないことが、「恐怖」を生んでいるのである。一番、必要なことは、ウェブ世界、つまり、「精神世界⇒電磁作用世界」に「身体」(哲学用語)を与えることであり、金・銀本位制を復活することである。
参考:市場化された場に於ける共同体主義 (Commune principle in the dimension of perfectly privatized market)

(『市場化された場に於ける共同体主義』に関する海舌の例示:
不動産の公有化、公的統制、不動産の動産化、不動産の徹底的流動化、動産価値の飛躍的高騰化、動産流通コスト(運賃、運送費)の徹底的低廉化・無料化、ソフトウェアーの動産化、精神的価値の直接的動産化(芸術価値の飛躍的高騰化)、金・銀本位制、中間的職種の解体・廃止など)
 by 海舌
http://blog.kaisetsu.org/?eid=628017
『海舌』 the Sea Tongue by Kaisetsu

******************************
サブプライムローン問題で分かりにくいところ

 国内外の株価が急落した。米国のサブプライムローンの焦げ付き問題が原因と報じられているが、何割くらいの人が、どのような形で、原因と結果の結びつきを理解しているかが気になるところだ。「アメリカの住宅ローンの問題で、なぜ日本の株価まで下がるのか」と、ふに落ちない方もいらっしゃるだろう。

 金融関係者には常識でも、こうした問題に直接的な関心を持っていない人にとって、分かりにくい点がいくつかあるような気がする。筆者自身、いくつかのメディアの取材を受けて説明を試みたが、「ああ、ここが伝わりにくいのか」と後から気付く点が、少なくとも二つあった。

http://www.yomiuri.co.jp/atmoney/yamazaki/at_ya_07082401.htm

山崎流マネーここに注目

**************************

中には借り手を欺くような、丁寧に言えば説明義務を果たしていないものも報道されている。例えば、65歳のおばあさんには3万6000ドルを貸し付け、返済期間は15年というローンを組ませた。おばあさんには「毎月300ドル強支払えばいいです」と融資担当者は言う。当然、おばあさんは15年後の 80歳には完済になると思う。ところがこのローンは、80歳になっても実は元本分の返済が済まないという代物だった。


65歳のおばあさんに貸し付けたローンは80歳でも完済せず

 このおばあさんは返済途中で、そのことに気づき、ローンの支払いを拒否すると、家を取り上げられた。さすがにこの件は裁判所に持ち込まれ、元々おばあさんが80歳になった時点で、返済できるわけがないことを知りながら貸し付けた「貸し手責任」を問われ、おばあさんには損害賠償として1万4000ドルが支払われたという。

 これらのローンが組まれる前提は「買った家(貸し付けた家)が値上がり続ければ、すべての問題は問題ではなくなる」というものだった。サブプライムが伸び始めた当初、住宅価格が値上がりを続けたので、前提通りに物事が進んだ。ところが世の中、そんなに甘くない。住宅価格の騰勢は止まり、多くの地域で値下がりし始めた。

http://business.nikkeibp.co.jp/article/manage/20070326/121720/
サブプライム問題に見る米国の病魔

* 2007年3月30日 金曜日
* 神谷 秀樹

*******************************

★ 2008年02月05日火曜日、9時更新

余談
 緊迫するアメリカ情勢だが、信頼筋から、サブプライム・モノライン破綻問題がアメリカを本当に支える実体経済に影響を及ぼし始めたとレポートがあった。現在のモノライン救済策は茶番もいいとこで、株価操作情報レベルに過ぎない。すでに昨日、アメリカ大手の自動車部品生産会社が破綻し、クライスラーの生産ラインが停止しはじめているらしい。
 現在、不可解な乱高下を繰り返す株価も、実体経済に影響が及べば暴落の再開となるが、現在の買い戻しの理由は、石油先物取引の暴落が避けられない情勢で、世界的ファンドグループが、投資先を石油・穀物から再び株に戻しているためらしい。もちろん資金の中核はオイルマネーで、ドバイの中東系資金によるものらしい。
 すでに繰り返し指摘してきたように、ゴールドマンなど投機資金集団は、三月の石油暴落段階で破綻が確実なため、現在、世界株市場で最後の賭に出ているらしい。それはアメリカをイランに参戦させる謀略によるものと指摘されてきた。

 アメリカ大統領選は、ほぼオバマ勝利の流れが確実になっている。これは昨年10月段階で、副島隆彦が次期大統領はオバマと断定していた。ところが、オバマに対してはアメリカ、白人優越集団が敵対意識を剥き出しにして暗殺を狙っているとの情報がある。勝利が確実になった段階で、射殺される可能性が小さくない。クリントンもまた女性という立場で嫌悪蔑視する保守層からねらい撃ちされる可能性が強く、結局、再び共和党の有力者が、どんでん返しで登場制覇する可能性が強いように思われる。

 いずれにせよ、アメリカという国家は、こうした危機になると必ず世紀の謀略を仕組んで戦争を仕掛けてきた実績がある。トンキン湾・キューバ危機、パナマ侵攻など、いずれも、その本質は経済問題のすり替えであった。こうした体質は、アメリカを支配している真の勢力が、フリーメーソン・イルミナティという上流階級秘密結社だからだ。したがって、彼らの利益を守るためにイラン戦争は不可避と何度も指摘してきた。 今後、数ヶ月のうちに、イラン・北朝鮮を軸に恐るべき謀略が仕組まれることだろう。

 【とても大切な余談】
 筆者らの育った時代は、大家族制度から小家族への過渡期だった。日本では合掌集落で有名な白川郷などでは一家族50名を超えるものもあったが、それも戦後、大都市圏での求人が増えてからはプライバシーを求めて崩壊していった。
 筆者宅は少ない方だったが、それでも家族は六名いた。当時、平均的家族数は8名くらいだっただろうか、10名以上も珍しくなかった。大家族は営農生活の必需であった。農業は人手を必要するし、集落共同体の公益行事も一家族一人を出す決まりだったから、少人数では田舎の生活ができないのだ。
 ところが、大都市で企業に就業して生計を営む新しい文化が成立し、雇用される企業の都合で動く場合、小家族の方が身軽で便利なので、仕事の都合で大家族制度が邪魔になり崩壊に向かうことになった。

 だが、このことで人間社会は本当に大切なものを失ってしまったのだ。
 そもそも人類は、アフリカのイブ以来、社会生活の99.99%を大家族、というより数十名以上を単位とする部族的共同体のなかで過ごしてきた。人間の思考能力も、潤滑な生活も、子育ても、生産労働も、あらゆる社会生活が共同体のなかで育まれ進化したものであって、「たくさんの人に包まれて生まれ、育ち、老い、死ぬ」という生活の本質的属性こそ、実は人生の基底に必要な要素だったのだ。

 いいかえれば、人が人らしくいて人生をうまく過ごすために、大家族、大人数生活に適応するためのプログラムを我々は本能的に刷り込まれているといっていい。つまり、大家族でなければ、子育ても、教育も、生産労働も、死も決してうまくいかない。
 我々の時代でさえ、最低単位の三名家族に育った人は、だいたい、何をやらせても、うまくいかない人が多かった。自分勝手で思いやりがないのだ。だから回りから疎まれることになる。
 人の知恵は、多人数で日常的に交流する共同体生活のなかでしか育たないからで、一人っ子は人間関係の基本的知恵を教えてもらうことができず、結局、人間社会から遠ざけられることになる。そこでコンプレックスを抱いて、一芸に秀でる人も少なくなかったが、基本的には組織の管理者にはなれない。結局のところ悲惨な運命に至ることが多いように思う。

 現代の本質的欠陥は、人を孤独にすることであり、その結果、社会に対し、人に対し、愛情も理性も見失わせることになっている。この解決策は、再び、多人数で一緒に生活すること、つまり共同体生活を復活させるしかないと繰り返し主張してきた。
 そして、共同体の核心は、誰にも支配されない自給自足、自律の生活スタイルが基本であって、農業を中核に据える共同体こそ真の救世主だと言っている。

 死刑制度の支持者が9割に達するという異常な事態は、昔の大人数生活で人間関係を学び薫陶されてきた世代には考えられないことだ。大人数生活は、民主主義などと屁理屈を持ち出さなくとも、人間として大切な基本を、みんなからたたき込まれ、否応なしに人間性が成熟するのである。だから、人が本来、愚かで弱いものであることも思い知らされ、他人に対して苛酷にならず、優しくすることで家族も社会もよくすることができると、みんな誰もが理解していた。いいかえれば、人に理性を育てることができた。

 今、上の死刑掲示板を見ていても、人間に対する姿勢が苛酷な人が多い。これは、たぶん、みんな少人数家族で育った人にちがいないと思う。大人数で育った人なら、もっと他人への包容力、思いやりがあって、間違ったことを考えている人でも正しく導こうとするだろう。だが、孤独な生活しか経験していない人は、他人を変える知恵が育たないから、どうしていいか分からず、切り捨てるしかなくなるのだ。

 こうして他人に対する優しさを見失うことから、人を絶対に許さない死刑制度の支持者が増えてゆくわけだが、日本人の9割がそうなった、ということは、9割が他人への接し方を学ぶ機会のない小家族に育ったことを示している。
 筆者は、この問題の本質的解決策として大家族復活しかないと指摘していて、このため、個人雇用形態から集団自営形態へと生計スタイルを変える必要があるのだ。農業共同体こそ、人間の本質にかかわる問題を一挙に解決できるものだ。

 世界的に、資本主義勃興とともに大家族が破壊され、中国においては人口対策から、極端な小家族主義を国家的に強要されている事情があり、子供たちの大部分が、一人っ子で、「小皇帝」と形容され、甘やかされた自分勝手で思いやりのない人間に育っている。
 その小皇帝世代も始まりが30歳を超え、国家の中核となってきていて、彼らが国家の運営に携わるなら、思いやりのない独善的、身勝手な社会ができあがることになる。もはや歯止めがきかない。中国は人間疎外者を育て、人間を見失った国になった。だから、今後、彼らが日本に対する姿勢も、ある程度分かるだろう。それに対する日本の若者たちも、負けず劣らず自分勝手な小天皇であって、行く末は絶望の一語だ。

 我々は、真の問題が人間の心の問題であることに気づく必要がある。心は育てるもの。大人数で暖かく育つのである。
http://www1.odn.ne.jp/~cam22440/yoti01.htm

東海アマ地震予知情報 

*******************************
1.金融危機特集
今、世界は金融メルトダウンに恐れ慄き始めており、誰もが予想していなかった金融崩壊が目の前に迫ってきていることにようやく気付きはじめています。
http://www.collectors-japan.com/nevada/main/m_080115_1.html
world report

********************************
「米国崩落」「「基軸通貨ドルの終焉が始まった」という議論が醸す
終末論的な雰囲気は、非米諸国の私たちには魅惑的ですらある。

2008年2月6日 水曜日

◆「米国凋落論」の甘っちょろさ 2月6日 竹中正治 NBオンライン

「米国崩落」「ドルの凋落」などの見出しが経済誌や新聞に踊っている。まことに懐かしい議論だ。「基軸通貨ドルの終焉が始まった」という議論が醸す終末論的な雰囲気は、非米諸国の私たちには魅惑的ですらある。

 しかし「危機」の度に再構築される米国の覇権、そのしたたかさを過少評価していないだろうか。

http://blog.goo.ne.jp/2005tora/d/20080206

株式日記と経済展望


**************************
Stocks: Deepening Street Fears

A dismal report on the services sector sparked big losses in major indexes Tuesday. Investors may be in for more pain in the days ahead


Fears of an imminent U.S. recession were palpable on Wall Street on Tuesday, as investors reacted with dismay to a report indicating the first contraction in the services sector in nearly five years. Major U.S. indexes plummeted, in some cases recording the biggest one-day declines in a year.


http://www.businessweek.com/bwdaily/dnflash/content/feb2008/db2008025_448578.htm?chan=top+news_top+news+index_top+story

*******************************
Grim service sector puts pressure on Fed

By James Quinn in New York and Yvette Essen in London
Last Updated: 2:14am GMT 06/02/2008

The US Federal Reserve is under pressure to cut interest rates even further after shocking service sector data spooked stock markets on both sides of the Atlantic, prompting predictions that the downturn in the American economy could be worse than that seen in 2001.
# More economics news

Investment bank Merrill Lynch said it sees a "strong chance" of an inter-meeting rate by the Fed as a result of poor service sector numbers.

http://www.telegraph.co.uk/money/main.jhtml?xml=/money/2008/02/06/cnfed106.xml


*******************************
渡辺内閣府特命担当大臣
テーマ:経済

渡辺内閣府特命担当大臣の発言(2月1日(金))

 閣議後、記者の「サブプライ問題」に関して、コメントを求められ渡辺大臣は、日本での不良債権処理について、具体的な数字を引用して、当時の状況、処理などに触れていました。政府の認識として参考になると思うので、ここで転載します。

http://ameblo.jp/adco/day-20080206.html
スロー人 ロハス

2007年11月01日 (11:48)

このまま、世界は動くと破局が来る:恐怖の大王が襲来する

日本だけを見ても、今の状況は破局へと向かっている。破局という言葉が弱ければ、恐慌である。大パニックである。
 何故、こうなるのか。それは、政治が経済の後追いになってしまっていて、というか、政治が経済に支配されてしまっていて、超巨大資本中心的自由民主主義になっているからである。超巨大資本とは、ユダヤ/キリスト教的一神教と一体であろう。ユダヤ/キリスト教的唯一神が超巨大資本である。
 最後の審判とは超世界恐慌であろう。プラトニック・シナジー理論は、ポスト・最後の審判の世界の理論となるだろう。結局、人類が生まれ変わるには、暴力的に、大破局がやってきて、痛い目に合わすこと、荒療治が必要なのである。世界大外科手術/新大洪水の時代である。
プロフィール

sophio・scorpio

  • Author:sophio・scorpio
  • 以下が、宇宙母船です。
    http://ameblo.jp/neomanichaeism
最近の記事
最近のコメント
最近のトラックバック
月別アーカイブ
カテゴリー
ブロとも申請フォーム

Appendix


ブログ内検索
RSSフィード
リンク
このブログをリンクに追加する
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。