2007年04月30日 (18:52)

超越的経験性について:試論1:超越性と物質性との交差的多元創造:超越的理性哲学としてのPS理論

先に、メディア・ポイントにおける超越性と現象性との並存的二重構造性について述べたが、まだ、言い足りていないので、ここでもう少し検討しよう。

超越性と現象性との二重構造と言ったが、正しく言えば、超越性と物質性との二重性である。あるいは、超越性と同一性との二重性である。

というのは、現象は、超越性を帯びるからである。

先に、私は、超越性の宗教性ないし精神性について述べた。つまり、超光に関する宗教的表現についてである。

では、宗教以外にどのように超越性と物質性は交差するのか、考えたい。実は、これが、超越的多元変換性に関する問題である。

しかし、これは、ある意味で愚問である。何故なら、量子力学が技術的に応用されている今日、正に、現象界において、超越性=「量子」性と物質性とは交差しているからである。

だから、量子論的知識が、超越性と物質性との交差の《メディア》となっていると言えよう。今日、知識・情報が《メディア》となり、超越性と物質性の交差を進展させていると言えよう。

これが端的に、超越的多元変換の事態・事象である。

高度な知識・情報が超越的多元変換を創造する《メディア》なのである。

そして、《アイデア》も超越的多元変換を創造する《メディア》と言えるだろう。

創造的《アイデア》とは、《差異》を創造的に共振させるものであると言えよう。近代主義的な物質的同一性に囚われた頭脳では、現代においては、生き延びることはできない。

今や、超越的差異共振創造のエイジになっているのである。

現代、超越性と物質性との交差が多元変換創造をなる、空前の時代と言えよう。

何故なら、近代以前は、超越性の時代であった。そして、近代は物質性の時代であった。

そして、ポスト・モダンは、両者の混淆の時代であった。

今や、ポスト・モダンを超えて、トランス・モダン世界時代となり、超越性と物質性との創造的交差的多元変換がキーポイントになっていると言えよう。

「神」と人との新しい創造的交流の時代である。

ここでメディア・ポイントが核心となる。

精神性と感覚性とが交差する場がメディア・ポイントである。

つまり、精神と身体との交差点がメディア・ポイントである。

換言すると、天と地との交差点としてのメディア・ポイントである。

ここで、精神性と知性との関係が重要なポイントである。

両者の共振性がキーポイントである。

もっとも、《差異》と《同一性》を明確にしないといけない。

精神性は、《差異》である。物質性が《同一性》である。

知性は、《差異》と《同一性》の両面をもつ。

近代主義は、同一性知性であった。そして、トランス・モダン知性は、差異的知性である。

しかし、後者は前者を包摂しているのである。

同一性と同一性との間の差異を認識するのであるから、当然、同一性を包摂しているのである。

だから、精神と知性との結合があるのであり、それは、超越的知性ないし超越的差異知性と呼べよう。

そして、この超越的知性に関しては、超越的理性(超越理性)という言い方をしてもいいように思える。勿論、同一性理性や精神的理性という言い方は可能であるが、やはり、混乱を避けるため、理性は、超越的理性(超越理性)に留めたいように思えるのである。

そう、カントの純粋理性は、この超越的理性(超越理性)を示唆していたと言えよう。

カントは、即非論理を知らなかったので、アンチノミーという同一性論理による批判に留まったと言えるだろう。

2007年04月30日 (14:55)

PS理論の超越的経験性について:メディア・ポイントの二つの即非性と超越的理性

不連続的差異論の感動、そして、プラトニック・シナジー理論のもつ深化、ここには、新しい経験性があるのである。新現象学(新現象論)と言ってもいい。

この新しい経験の様態について、これまでおおまかには示唆したが、ここで、より精緻に述べてみたい。

端的に言えば、ここには、超越的エネルギーの不連続化による切断(不連続的差異論)とそこから発生する差異共振化がある。不連続的共振化と言ってもいいだろう。

では、超越的エネルギーの不連続的共振化は、経験的にどういうものなのだろうか。

それ以前は、超越的エネルギーは、連続化しているのであり、連続的同一性自我と結びつき、混濁しているのである。不純な様態にあるのである。

つまり、超越的差異的エネルギーが、連続化の影響を被っているのであり、それは、反動・暴力化していると言えよう。

だから、精神世界的な思想が暴力化するのは、十分に考えられることなのである。極めて危険である。

この超越的経験性の問題は、メディア・ポイントmepoの問題である。

そして、これは、経験的には、内的身体論ないし心的身体論の問題であると考えられる。

そう、連続性ないし内在的超越論のままでだと、mepoが連続性のままである。(これが実数軸上の問題であるとは言えない。Kaisetsu氏が述べたように、無理数の問題があるからである。)

とまれ、連続的メディア・ポイントは、超越性を内在化したままと言えよう。ここで、デリダの脱構築論について言うと、その現前批判とは、連続論ないし内在論の批判と言っていいだろう。現前とは、連続的内在性のことだろう。

さて、この連続性が切断されて、超越的エネルギーが本来的な不連続的共振性を帯びるとは、経験的にどういうことなのか。

これは、メディア・ポイントがいわば清浄・純粋化されることだろう。

つまり、超越性と現象性との即非性が発現することを意味すると考えられる。

つまり、現象性と超越性との分化と同時に交流を意味するだろう。

分化は、現象に対する知性、物質的知性の純化を意味するだろうし、交流は物質的現象に対して、精神性(倫理を含む)を付与する意味合いをもつだろう。

つまり、前者において、近代科学・技術を肯定するのであり、後者において、トランス・モダン的創造性を発揮すると言えるだろう。

簡単に言えば、近代科学・技術を包摂したトランス・モダン的創造的志向性が発現するということだろう。

つまり、経験・物質的理性と超越的理性との即非的結合があるだろう。

カントは後者を実践理性としか捉えられなかったと言えよう。

ここで、注意すべき点を述べれば、即非性とは少なくとも二つの様態を見ないといけないだろう。

即ち、虚数の即非性である。i*(-i)である。

それに対して、虚数と実数との即非性である。

両者、メディア・ポイントの即非性と言えよう。

だから、メディア・ポイントの二つの即非性と言える。

以上で本件の考察を終えたこととしよう。

さて、ついでに、この超越的エネルギーの即非的共振性による変換について再考しよう。(p.s. 多元変換については、別稿で再考したい。)

現象界をいちおう物質界と見よう。

それは、同一性の連続化した世界である。これを唯物的知性は捉える。近代科学がそういうものである。

しかし、超越的理性は、現象的理性が同一性ないし連続的同一性の理性であることを知っている差異的理性である。(今は、理性と知性を区別しないで使用している。後で、区別を提起してみたい。)

つまり、超越的理性とは、同一性と同一性との間に差異があることを知っている理性である。さらに、この差異が、連続的差異ではなくて、不連続的差異であること、またさらには、それが超越的差異であること、いっそうさらには、それが、共振的即非差異であることを認識しているのである。

人間で言うと、近代的自我的同一性は、「私」が「あなた」とは異なることをを認識している。これは差異ではなくて、同一性である。

同一性が並存しているのである。

そして、この同一性(差異的同一性)が共振することを知らない。「私」が「あなた」でありうることを知らないのである。

超越的理性は、この同一性の共振が知っているのである。

ここには、超越的エネルギーがあるのである。メディア・ポイントを介した超越的エネルギーが作用して、「私」と「あなた」を共振化させるのである。

東アジア文化的には、「気」が作用していると言うだろう。

キリスト教的には、「愛」が作用していると言うのではないだろうか。私見では、これは、聖霊と呼べるのである。

この超越的エネルギーは、人間においては、不可視でありながらも、感じられるものであろう。絵画では、気韻と呼ぶものがそうである。参照:横山大観の画。
http://www.tctv.ne.jp/members/taikan/

問題は、物質においてである。

これは、これまで述べてきたように、量子力学に関わる問題である。超微細な領域の問題である。

端的に、量子論で扱う対象は、超越的差異=イデアないし超越的エネルギーであると考えられる。

しかしながら、唯物論の枠組みで考える限り、それは、粒子と波動の相補性や非局所的長距離相関等の認識が発生させると言えよう。

つまり、量子論は、物質的同一性と物質的同一性の間にある超越的差異を探求しているのであるが、唯物科学の枠組みで、それを量子、素粒子という物質として把捉しているに過ぎないと考えられる。

ということで、問題は、超越的差異と物質的同一性の関係である。

現象界が成立するには、マクロにおける物質的同一性の支配ないし優位性がなければならないだろう。

つまり、近代科学が検証を要求する反復性がなければならないということである。

例えば、酸素と水素を点火して爆発的に結合させたら、常に、水が発生しなくてはならないという規則性がなくてはならないのである。

これは、正に、物質的同一性として説明できるだろう。2H2+ O2→2H20である。

問題は、この物質的同一性の間にある超微細・超ミクロな「差異」をいかに科学化するかである。(p.s. 超越的科学、イデア論的科学)

量子論は、当然ながら、量子ないし素粒子として扱ってきたのであるが、壁にぶつかっているのである。

PS理論は、これまで述べてきたように、それを超越的差異・イデアないし超越的エネルギーと考えているのである。

そう、超越的差異は、物質的には、量子・素粒子として観測されるのである。しかしながら、経験的には、「気」としても認識されると言える。

有り体に言えば、電磁波として観測されるのである。

しかしながら、PS理論では、電磁波は、超越的エネルギーの発現であると考えるのである。

つまり、電磁波は超越的エネルギーの発現であり、実体的には、いわば、超電磁波が存していると考えられるだろう。

つまり、メディア・ポイントで、超越的エネルギー=超電磁波が電磁波へと変換されていると考えられるのである。

だから、メディア・ポイントは、いわば、質的トランス(変圧器)である。

このメディア・ポイントの様相は実に微妙であろう。

つまり、メディア・ポイントと現象界との様相の微妙・霊妙性である。

これは、物質科学では把握できないだろう。

なぜなら、物質的現象とは、メディア・ポイントを介しての物質的同一性の発現様態であるからであり、物質科学は、その先験的事象を扱えないからである。

問題は、メディア・ポイントの様相性である。

そう、メディア・ポイントは、物質的には、電磁波を発出していると考えられる。

しかしながら、ここには、微妙な様相性があるだろう。

端的に言えば、二重構造である。超越性と現象性との二重構造である。

つまり、電磁波は、メディア・ポイントの現象様相であり、それとは別に、メディア・ポイントの超越様相があると考えられる。

この超越様相が超越的差異性=イデアないし超越的エネルギーであろう。

言わば、超電磁波である。光で言えば、超光である。

そう、これは実に興味深い領域であり、様相である。

現象は実は、二重性をもっているということになるからである。

光は超光を帯びていると言えるのである。

古代人が霊と呼んだものは、これを指していると考えられるのである。例えば、太陽霊と古代人が呼んだものは、超太陽ないし超光のことであろう。超越的太陽、イデア的太陽である。プラトンの善のイデアや諸宗教の光はこれを指していると考えられる。

留意すべき点は、この超越性と現象性とは混じらず、しかも、並存していることである。超越性と現象性との共立である。(p.s 交差するが、混合しない。)

だから、唯物論に立つ限り、超越性の確認は不可能なのである。

しかしながら、ある特異点において、超越性の強度が増大するときがあるのではないだろうか。

そのときは、いわば、奇跡が起きるのではないだろうか。新約聖書や仏典等に書かれた奇跡とは、そのような事象の記録ではないだろうか。

メディア・ポイントの通常では、規則的な物質的同一性が発現する。

しかしながら、メディア・ポイントの特異性が活性化するときが考えられるだろう。そのとき、奇跡が起こるのだろう。

端的に、強大な超越的エネルギーが発動するとき、メディア・ポイントは賦活されて、特異な現象が発現すると考えられるのである。

私見では、夜明けや日没の時は、小さな特異点ではないかと思う。

満月や新月の時もそうではないだろうか。

推測であるが、なんらかの超越的差異の共振シナジー化の発動が、強大な超越的エネルギーの発動に通じているのではないだろうか。

この問題は難しいので、別稿で検討することにしよう。

さて、簡単に整理すると、メディア・ポイントを介して、現象界は実は、超越界と並存していることになった。

だから、極言すれば、現象界は超越界に浸透されているということになる。しかし、それは、不連続的な超微細な浸透であり、マクロ的な視覚や知覚では認識できないと言えよう。

近代的物質科学は、これを否定しているのである。

つまり、現象界を物質的同一性の側面でしか理解せず、超越的差異を看過しているのである。

これは、現象界のまったく半面的な理解でしかない。つまり、現象界の不正確な理解なのである。

排他・排外的に、超越界を締め出しているのである。

そして、この結果が現代世界の狂気・暴力・破壊的な様相である。

超越的精神、超越的理性を取り戻すことで、世界は正常化するだろう。

超越的エネルギーの排他的締め出しが、反動的に狂気・暴力・破壊を生んでいるのである。

地球人類は、進化か滅亡の分岐点に達したと言えよう。

そう、聖書で書かれている聖霊降臨とは、超越的エネルギーの降臨のことだろう。

また、イスラム教の預言であるが、それも、預言者ムハンマドに参入した超越的エネルギーのしからしめる業と考えられよう。宗教は、内容よりも、その超越的参入に意味があるだろう。

2007年04月29日 (21:24)

日本女性は、従軍慰安婦か:母権主義と父権主義:トランス・モダン・ジェンダー共振主義へ向けて

従軍慰安婦問題が、注目されている。そこで、ずっと昔に(約30年前頃か)思ったことであるが、日本女性は、従軍慰安婦かという問題等を考えたい。

つまり、従軍慰安婦問題は、外交問題だけでなく、日本国内、日本社会の問題であると私は考えるのである。日本におけるジェンダーの問題である。

私は、日本社会はジェンダー的にひどく捩れた、また、歪んだ社会だと思っている。

中心は、父権主義であるが、裏には、母権主義があると思っている。

今は作業仮説的に言うだけだが、どうも、日本社会は、似非父権主義であり、母権主義の堕落した形態にあるのではないだろうか。

問題は、個の独立の問題でもある。

父権主義とは、実は、母権からの自我ないし自己の独立を意味すると考えられる。

この点は実に難しい点である。

これまでの、検討では、自我とは、差異を否定・排除・隠蔽したものであり、連続的同一性自我である。そして、二項対立によって、男尊女卑のヒエラルキーが形成される。(p.s. 後で、別稿で整理したい。)

私の考えでは、日本における男尊女卑は、日本古来のものではなく、封建主義や近代になってから生じたものである。

それまでは、女性は尊重されていたはずである。なにせ、平安時代は、世界的に珍しい女性作家が生まれたのであるし、また、もともと、卑弥呼や天照女神の国であるからである。

つまり、母権主義の国である。

おそらく、古代エジプトに近い国である。

基盤が母権主義である。しかし、ここに、父権主義的発想が大陸から入ってくる。儒教が中心である。儒教的父権主義が日本に入ったのである。

おそらく、ここに日本社会・文化の混乱が生じたのである。(p.s. 江戸時代や武士の問題である。社会科学的問題である。)

つまり、自己本来の母権主義を見つめずに、父権主義イデオロギーを日本男性は取り入れたのである。

そう、ここで、日本男性における意識の欺瞞性が生じたように思えるのである。

基盤は母権主義であるのに、意識は父権主義であろうとしたのである。

ここで整理するため、母権主義的意識とは何かと言っておこう。

当然ながら、母権主義とは、女性中心主義である。女性は女神的であり、崇拝の対象である。(この代表的表現は、谷崎文学にあるだろう。)

理論的に言うならば、母権主義とは、感情的共振主義である。

共感主義と言ってもいいだろう。ここには、知的分離はなく、森羅万象はつながり合っていたのである。D.H.ロレンスが説くコスモスは、そのようなものだろう。感情共振主義は、差異共振主義ではない。後者には、個と個との分離が前提であるからである。

とまれ、母権主義とは、感情的共振主義、感情的共感主義であり、コスモス的共振主義であるとしよう。

そう、これが、神道文化の基幹にあると思われるのである。ここに大乗仏教が入り、宇宙的感情的共振主義が完成した言えるだろう。神仏融合文化である。換言すれば、日本母権主義文化の完成である。

このような母権主義は、当然、衰退するのである。つまり、社会や文化の進展のためには、新しい発想が必要となるのである。思うに、日本的コスモス主義には、西洋的個人主義が欠落していた。これは、現象界的個人主義と言うべきである。確かに、日本の個人主義はあった。しかし、それは、超越的個人主義であり、現象主義的ではなかった。

とまれ、日本母権主義が衰退する中で、儒教的父権主義が導入されて、日本人の意識は分裂するのである。自己を内省せずに、舶来の思想を崇拝したのである。

ここには、虚栄心、利己主義があるだろう。内在的な母権主義への内省を欠いた、父権主義が、日本の男尊女卑の特徴であろう。

これが、私が思う、日本文化・社会のジェンダーの捩れや歪みの本質だと考えられる。

つまり、本体・基盤は、母権主義なのに、自我意識は父権主義志向なのである。

即ち、感情的共振主義がベースにあるが、それを認めず、意識は父権主義的自我なのである。

この分裂が、日本男性の意識の本質であろう。

きわめて、虚栄心に満ちた自我である。幼児的な甘えのある自我である。

当然、精神は未熟であり、傲岸不遜なのである。無教養・野蛮なのである。

これが、日本父権主義の正体であろう。

周囲を見れば、これらの精神的幼児の傲慢な男性が棲息・跋扈しているのがわかるだろう。

そして、この日本的父権主義は、とりわけ、政治家や役人等に存しているのである。

だから、従軍慰安婦問題に正対せずに、誠実に認めようとしないのである。

とまれ、本稿の問題は、日本女性は従軍慰安婦かということである。

幼児的精神の父権主義は、極めてたちが悪く、女性に依存して、女性を利用すると言えよう。

幼児であるから、女性に甘えるのであり、また、利己主義なので、女性を利用するのである。

当然、男性権力社会において、女性は、男性のための慰安婦になるのである。

正に、企業社会従軍慰安婦である。

【思うに、D.H.ロレンスは、問題的作品(『恋する女たち』や『チャタレイ夫人の恋人』等)において、イギリス社会における父権主義の問題をえぐり出しているのである。】

そう、母権的父権主義という捩れた、歪んだジェンダー社会・文化の問題の根は深い。

日本が生まれ変わるために、この問題を直視する必要があるのである。

先に、日本の希望は、女性にあるのではないかと示唆したが、思うに、日本人の精神を測深すると、根源的母権主義に突き当たるだろう。そして、それは、感情的共振主義である。そして、それが、日本的特異性である。しかし、他方において、知的意識がある。感情的共振主義と知的意識とを結合させる必要がるのである。

そして、この「錬金術」をプラトニック・シナジー理論が為すことができるのである。感情的共振主義を不連続化することで、それは、超越性となるのである。そして、その超越的エネルギーが知的意識を精練し強化するのである。

超越的エネルギーをもった知的意識は多元変換能動性をもち、同一性の壁を超えて、差異共振シナジー化へと創造的に進展するのである。

おそらく、プラトニック・シナジー理論は、女性の方が男性よりも、よく理解できるのではないだろうか。

従軍慰安婦としての日本女性からトランス・モダン的ヤポネシア女性へと転換しうるのである。

p.s. 大事なことを書くのを忘れていた。日本男性を批判したが、返す刀で、日本女性を批判しないといけない。つまり、幼児精神の日本男性を批判せずに、溺愛の母親のように、そのような悪しき日本男性を認めている点である。きちんと、個として、日本男性の野蛮さを批判する必要があるのである。それをしないということは、日本女性の意識において、なにかが欠落していると考えられるのである。日本男性の没精神性を批判しないということは、日本女性において、精神性の自覚が欠落しているということになるだろう。

確かに、人権意識は重要であるが、その基本となる精神の意識がなくてはならないのである。日本的イシスの意識が必要だと考えられるのである。新イシスとして、生まれ変わる必要があると考えられるのである。


参考:
日本の知識層はマクドゥーガル報告の意味を理解していない。
2007.04.29 Sunday
マクドゥーガル報告

マクドゥーガル報告は、これより以前に報告されたクマラスワミ報告 を受けて、九八年八月、国連人権小委員会(差別防止少数者保護小委員会)が採択した報告「武力紛争時における組織的強姦(ごうかん)、性奴隷及び奴隷類似慣行」のことをいう(報告者は、米国のゲイ・J・マクドゥーガルさん=女性)のことである。

ここには、次のような趣旨の報告がなされている。

⇒〇第二次世界大戦中、日本政府・軍隊は、二十万人を超える女性を「慰安所」で強制的に性的奴隷とした。この犯罪は、人道にたいする罪としてのみ適切に表現できる。

〇日本政府は、賠償問題は平和条約や賠償協定で解決ずみとの議論をしているが、日本政府は、軍の関与を認めることを最近まで怠り、アジア各国と平和、賠償の交渉時、この点で沈黙していた。日本が責任消滅のため、平和条約に依拠することは許されない。

http://blog.kaisetsu.org/?eid=544376
『海舌』 the Sea Tongue by Kaisetsu 『New Platonic Synergy Theory』

2007年04月29日 (01:31)

超越的エネルギーの差異共振的多元変換の図式:Mediaとしての差異と差異共振シナジー創造

先に、宗教に関連させて、超越的エネルギーの多元変換について述べたが、ここで、その様相を図式的に解明したい。

同一性1ー差異1ー同一性2ー差異2ー同一性3ー差異3ー・・・

これを、現象界における、同一性=物質と差異=超越性との関係図式としよう。

例えば、同一性1は化学であり、同一性2は生物学である。

物質科学では、分子的に、あるいは、遺伝子的に両者を関連させるだろう。つまり、差異1は、ここでは、物質的同一性に否定されて、消滅している。

即ち、同一性1(化学)=物質=同一性2(生物学)である。

しかし、例えば、ここで、「気」を考えてみよう。

即ち、同一性1(化学)ー差異1(「気」)ー同一性2(生物学)

となるだろう。ある気功師が、ある植物Aに「気」を放射し、同種の植物Bには「気」を放射しないとしよう。

すると、AはBよりよく成長したという結果が出たとしよう。

すると、同一性1と同一性2による物質科学では、差異1(「気」)をなんとか説明しようとするだろう。

観測した結果、差異1(「気」)に電磁波が観測されたとしよう。

この「気」の電磁波が、植物によい影響を与えたというように考えられよう。

そうすると、「気」は物質の一種として考えられるかもしれない。

しかしながら、「気」は気功師の精神や身体と深く関係しているものであり、ここで、物質科学は、少なくとも、精神に遭遇することになるのである。

物質と精神との関係をどう説明するのか。精神を電磁波だけで説明していいのか。

もし、精神=電磁波とするなら、気功師の主体性をどう考えるのかという問題が発現するだろう。

結局、精神と物質の二つの領域を、伝統哲学におけるように、置くのが妥当なのである。

物質=同一性であるから、精神=差異と置くのが正当である。

これで、物質ー精神ー物質ー精神ー物質ー・・・

という精神-物質現象図式が生まれる。

結局、本テーマに入ると、この精神を介して、物質が多元的に共振して、創造的なシナジーが発現すると考えられよう。

精神を介して、物質と物質とが共振シナジー化するのである。

そして、この場合の精神は、《メディア》である。メディア・ポイントであり、メディア領域であり、「メディア界」であり、「メディア中間子」である。

重要な点は、これが、超越的エネルギーを内包していることではないだろうか。

あるいは、確率性をもっていると言えるだろう。そう、メディア確率空間と言ってもいいのかもしれない。

とまれ、「気」メディアの場合は、明確に超越的エネルギーを内包しているということである。

(ここで、普通のメディアという言葉から区別するために、暫定的に、Mediaと呼ぼう。)

そう、超越的メディアと言ってもいいだろう。Transcendental Mediaである。簡略化して、Trans-Mediaトランス・メディアである。超メディアである。

これまでの物質科学、唯物科学は、超越的メディア、トランス・メディアを明確にしてこなかったと言えよう。しかしながら、相対性理論や量子力学は、実は、超メディア、トランス・メディアを対象にしてきたと言うべきであろう。

とりわけ、量子力学は、トランス・メディアを物質主義的に、量子として扱ってきたと考えられるのである。

非局所的長距離相関という「現象」は、正に、トランス・メディアとしての「量子」の振る舞いと言えよう。つまり、トランス・メディアとしての「量子」は、超越領域において、本来存しているのであり、それが、現象的観測によって、非局所的長距離相関として理解されるのである。

そう、「量子」とは、本来は、もはや、物質ではなく、超越的メディア、超越的エネルギーをもつMediaなのである。有り体に言えば、イデア的メディアなのである。イメディアImediaと呼んでもいいかもしれない。

ということで、一例を挙げたに過ぎず、その点では、不十分ではあるが、基本的論点は提示できたと信ずる。

後で、検討を続けたい。

2007年04月28日 (15:16)

温首相が池田名誉会長に聞きたかったこと:政治と宗教:超越的エネルギーとトランス・モダン多元変換

思うに、新しい社会秩序と宗教・倫理/道徳とは、深く関係している。もちろん、教育問題とも関係している。

この点でも、現代的理論を、PS理論は、提供する。

とまれ、近代主義のパラダイムを構築したエネルギーが、「ポスト・モダン」エポックということで、新たに、剥き出しに、放出されていると言えよう。

この放出されたエネルギーを、トランス・モダン・パラダイムの構築へと変容させるべきなのである。

確かに、放出されたエネルギーは、超越的エネルギーであり、宗教性を帯びよう。しかし、今日、科学、哲学・思想の発展と整合化する超越的エネルギーの変容・変換が必要とされているのである。

PS理論では、超越的エネルギーは、多様な様態で変容されうるのである。理事無碍から事々無碍へである。

日々の生活も超越的エネルギーの変容の一つであると言える。

ただし、近代主義的パラダイムに囚われている限り、超越的エネルギーは反動化し、傲慢、暴力、狂気等に変容するだけである。

このような意味では、スピノザの能動的観念の思想は、超越的エネルギーの積極・肯定的変容を意味するだろう。おそらく、差異共振性を含むのである。(スピノザ哲学の問題点は、以前述べたように、連続性と不連続性が曖昧な点である。)

結局、現代・今日、放出された超越的エネルギーは、多様な知・科学・叡知・精神へと変容されると見るべきであり、宗教へと特化するのは、一面的であり、危険でもある。(因みに、中沢新一の「宗教」が危険なのは、グノーシス主義的で、現象破壊を意図するルサンチマンをもっていることだと推察されるからである。彼がオウム真理教を評価したのは、この破壊的ルサンチマンで、共感したからと考えられるのである。中沢は、自分がオウム真理教と関係したことをどう考えているのか。彼は、狡猾に逃走・逃亡して、社会的・公的に処分を受けていない。)

とまれ、少し、超越的エネルギーのトランス・モダン的変容を整理すると、先ず、超越的エネルギーは、本来、不連続的である。ここでは、デリダ的に言えば、超越的エネルギーの現前は批判・否定されて、脱構築されなくてはならない。

この超越的エネルギーは、個においては、i*(-i)の様相であり、これは、実体化できない。量子力学は、物質的範囲ではあるが、この不確定な様相を捉えているだろう。不確定性の原理である。これは、即非の論理・ロゴスでしか知的には捉えられない。

この不連続な超越的エネルギーであるが、それは、現象性においては、差異共振シナジー・エネルギーへと変容するだろう。

考えるに、これは、知性や共感性(倫理性)を発展させるのである。

つまり、理事無碍である。

そして、この事的知性や事的共感性は、他の事物や精神と共振シナジー化して、創造的になるのである。つまり、事々無碍である。

即ち、超越的エネルギーは、現象界において、差異共振シナジー的知性・倫理となるということである。共創造的になるのである。(思うに、スピノザ哲学の核である能動的観念は、PS理論の差異共振シナジー創造性へ発展吸収されるだろう。)

そう、ここでは、超越的エネルギーは、観念化しているのである。この観念化が必要なのである。唯物論だと、当然ながら、観念は物質に従属しているのであるが、ここでは、観念の主体・優越性があるのである。

だから、超越的エネルギーは諸観念へと変容すると言えよう。

これが、トランス・モダン的パラダイム変換の意味であろう。

近代主義において、反動化した悪の力を解体・脱構築して、肯定的な共創造的観念へと変換するのである。

これこそ、プラトニック・シナジー理論のトランス・モダニズムの積極的意義である。

そう、宗教に関して言えば、トランス宗教trans-religionになるだろう。宗教の核は同質ではあるが、それが、トランス・モダン的に多元変換しているのである。

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温首相が池田名誉会長に聞きたかったこと

もうひとつ知りたかったのは、なぜ中国の首相が日本の創価学会の名誉会長に会うのかということだ。実はこの会見は隠密にやろうとしたが、途中でマスコミに露呈して創価学会側は非常に怒った。にもかかわらず中国側の強い要望で会談が実現したと聞いている。

温首相は、何を池田名誉会長に聞きたかったのか。

日本の外務省側は、今の国会運営において自民党は公明党頼みなので、平和主義者の池田さんに、安倍さんが靖国に行かないよう、クギをさしてもらうために会ったのではないかと言っている。いくつかの新聞もそういうニュアンスのことを書いている。

それもあると思うが、僕は違う理由もあると思う。

安倍さんに靖国に行かないで欲しいと公明党に頼むことは、政教分離に反するということを、中国側も分かっているはずだ。温首相は宗教について、もっと本質的なことを聞きたかったのではないか。

http://www.nikkeibp.co.jp/style/biz/column/tahara/070419_8th/index4.html


駐日大使出演交渉で分かった温家宝首相「来日の意図」

中国はマルクス主義なので無神論である。何事においても計画経済、統制経済で細かく規制されていた。ところが今、経済が自由主義になって、マルクシズムで押さえ込んできた規律や秩序が弾け飛んでしまった。
日本が中国に求めるもの、中国が日本に求めるもの

今、中国は“腐敗天国”である。官僚たちの腐敗が日本の比ではない。腐敗は官僚に限らず、国民や政府にも広がっている。そんな状況の中で、中国の国民は新たな秩序を求めていて、宗教に深い関心を持っている。

http://www.nikkeibp.co.jp/style/biz/column/tahara/070419_8th/index5.html


田原総一朗の政財界「ここだけの話」

2007年04月28日 (01:02)

近代的自我=男性的自我という悪:東洋・日本的精神の復活のために

今日の悪は、近代的自我すなわち男性的自我から生じていると見ていいだろう。

現代日本の閉塞を造っているのは、男性である。男性の自我、自我天狗である。

そう、明らかに、日本は、父権制の国である。

それも、自立していない幼児的精神の男性の国である。

そう、幼児的父権制なのである。きわめて、質が悪い。

原因の一つは、甘やかす女性にもあるだろう。

とまれ、精神が未熟な男性自我天狗の国である。

ここでは、連続的同一性自我が支配して、差異は否定されるのである。

前者の価値観は、とりわけ、アメリカ崇拝や欧米崇拝であり、奴隷的なのである。

やはり、明治維新の脱亜入欧イデオロギーが利いている。

日本的自己は、神道的精神と大乗仏教精神との融合の基盤として形成されたと考えられる。

これが、明治維新で、否定されて、舶来ものが崇拝されたのである。日本人の精神の根無し草化が始まったのである。

西欧の科学・技術を取り入れた、そして、戦後は、アメリカの物質文明を模倣した。しかし、アメリカのプロテスタンティズムは取り入れていない。

とまれ、日本の近代主義化が、日本の伝統的精神、自己精神を否定して形成されたと言えよう。「魂」なき知性の形成である。

傲慢な天狗たちの、不自由な監獄社会が作られたのである。

そう、日本の精神の復活のためには、やはり、神道/大乗仏教の融合的魂を取り戻す必要がある。

私は、宮崎駿の作品には、この魂があるように思えている。

東洋/日本的精神・魂を喪失した近代的自我天狗たちの檻社会日本。

東洋的精神、日本的精神を復活が必要である。しかし、復活するのだろうか。

なにか、絶望的になる。

そう、希望は、女性であるあろうか。女性の精神に、東洋的精神、日本的精神が宿る可能性はあるだろう。

野郎は、石化している。

2007年04月26日 (23:09)

プラトニック・シナジー理論は環境と経済の調和的社会を創造する:エロース*エシックスの差異共振主義

プラトニック・シナジー理論(以下、PS理論)は、哲学・数学に基づく、高度に抽象的な理論であると同時に、実践的な理論であると考えられる。

一般の人には、実践の側面が重要であろう。

私見では、PS理論の説く差異共振主義を実践することは、自分も納得しつつ、人(他者)も引きつけることになるのである。

企業関係の人は、おそらく、企業を成長させることができるだろう。

なぜなら、人が納得できる企業経営を行うことができるからである。

例えば、環境問題に配慮しつつ、収益を拡大することができるようになるだろう。何故ならば、差異共振主義とは、調和合理的であり、かつ、人を引きつけてやまない魅力があるからである。プラトンで言えば、エロースなのである。天上の快楽なのである。

この差異共振主義のエロースによって、環境も経済も共立させることができるようになると考えられるのである。

そう、このエロースは同時に、エシックス(倫理)である。

なぜ、エロースがエシックスになるのかは、正に、PS理論の奥義の為せるわざである。

カントは、実践的理性=倫理を説いたが、しかし、これが、プラトンのエロースになるところまでは達しなかった。

そう、トランス・モダン経済とは、この差異共振主義経済となるのである。

環境も経済も、調和した創造的発展が見込めるのである。

未だに、唯物論的思考に囚われた日本人は、世界のトランス・モダン的動向から落ちこぼれ、落第生の憂き目を見るのである。

後で、さらに詳しく述べたい。

2007年04月24日 (21:58)

光と空間の関係:超越光の垂直的下降(⇒地極点)と平面・球面形成:超越光による現象時空四次元の構築

今は、簡単に触れるが、暗闇の中では、意識・「脳」において、空間知覚が実に不明確・不明瞭である。

光を視覚して、空間が明確になる。

話が逸れるが、夢の中の空間意識はどうなっているのだろうか。確かに、ヴィジョンを見ているのであり、それなりに、覚醒時の空間性は保持しているように思える。

思うに、夢の中でも、ヴィジョンは、光のヴィジョンであるので、その光を介して、空間意識を保持するのではないだろうか。これは保留しておく。

さて、本題に戻ると、光が空間意識を構築するとはどういうことなのか。

これは、きわめて、超越論的問題である。プラトン、カント、フッサール哲学的問題であり、また、仏教的問題であるし、当然、相対性理論、量子力学等の現代物理学に関わる問題である。

ここでは、直観を述べるに留めたい。

暗闇において、私は、空間知覚がなく、不安の様態にある。

しかし、光が現れるや否や、明瞭に空間が出現して、私は、明晰に現象界を確認する。

即ち、垂直性、広がりをもった空間が明確になる。

ここで、ついでに垂直経験について触れよう。私が小児の頃、ブランコに乗って、立ち上がったとき、私は世界が力にみなぎるようにして生まれたような感じをもったことを憶えている。そのときは、なにか、光がほとばしるような感じもあったと思う。

垂直性とは、質的な意味があると思うのである。それは、力やエネルギーの発出と関係しているように思えるのである。

これは、木や植物の垂直的伸びと関係するのではないだろうか。

作業仮説として、超越的共振エネルギーの発動として考えたい。

つまり、現象化が、下降のエネルギーによると考えられるのに対して、垂直的伸びは、上昇のエネルギーによるものであると言えるだろう。それとも、単純に上昇の力に拠るものと言うべきかもしれない。

そして、エネルギーとは、m(ic)*(-ic)⇒mc^2と考えられるから、超越光⇒現象光が関係していると言えよう。

とまれ、左辺が垂直次元と関係しよう。(ここでは、位相(?)的に、虚数次元と垂直次元を一致させて考えている。)

結局、光、現象光とは、超越光の発現であるから、光は、基本的には、垂直次元を構築するものと言えないだろうか。そう作業仮説しよう。

では、他の次元、いわば、平面次元はどう構築されるのだろうか。

ここで思考実験、空想遊戯してみると、垂直の超越光が降下して、現象化が生起して、そのとき、平面が形成されるとしよう。この平面は、降下した超越光の極点(以下、地極点)の地の引力(重力)に引かれて、球面となるとしよう。これは、球体の発生となる。

そして、地極点に対峙して、天極点があるだろう。ここに天の引力があるとするのである。

とまれ、超越光による垂直降下があり、その結果、平面が生起して、地極点によって、平面が球面になり、地(地球)が形成されるとしよう。

問題は、平面の発生である。

垂直の超越光・超越エネルギーに対して、どうして、平面が発生するのか。

これは、意外に簡単に説明できるのではないか。

フレミング左手の法則を見よう。

フレミングの左手の法則
 上図のように電流を流すと、導体は青い矢印の方に動く。この力を電磁力という。
 電磁力の働く方向を知るには、左手の親指、人差し指、中指をそれぞれ直角に開き、人差し指を磁界の方向(N→S)、中指を電流の流れる方向に合わせる。そのときの親指の向きが電磁力の働く方向(導体の動く方向)である。


http://www.ipc.shizuoka.ac.jp/~eiymoti1/gijutu/shiryo/electricity/freming.html

電磁力の方向を超越光、超越エネルギーの方向とすれば、平面は、磁界の方向と電流の方向によって形成されると言えるだろう。

これで、三次元空間が構築が説明できるだろう。

そして、球面や球体であるが、それは、磁界と電流とが、地極点の引力(重力)によって、曲げられることによって発生するということになる。

問題は、地極点とは何かである。それは、超越エネルギー、下降エネルギーの極点である。エンテレイケイア(終局態)である。⇒+1ないし+1ではないだろうか。

メディア・ポイントを介して、現象的帰結としての+1ではないだろうか。

ここには、確かに、E=mc^2の質量mにおける重力があるだろう。

言い換えると、超越光の帰結としての地極点であり、重力である。(思うに、これで、光が重力によって曲がることが説明できるのではないか。)

とまれ、超越光/現象光の垂直次元に対して、磁界と電流の平面が形成され、そして、地極点重力によって球面・球体が形成されるということになる(すべては、思考実験、空想遊戯である)。

そう、これで、超越光/現象光による三次元空間の構築の説明になるのではないだろうか。

とりあえず、そういうこととしよう。

では、時間はどう発生するのだろうか。

これは、簡単ではないだろうか。即ち、超越エネルギーの現象化によって、時間が発生するのではないだろうか。つまり、超越エネルギーの現象エネルギー化は、いわば、虚数次元から実数次元への変換であり、無限から有限への変換であり、当然、有限化されたエネルギーが時間であると考えられるのである。

端的に、E=mc^2における光速が、有限の時間を形成していると言えるだろう。

以上から、超越光/現象光による三次元空間と時間の形成の説明が作業仮説的にできたとしよう。そして、空間と時間を合わせて、超越光/現象光による時空四次元の構築の説明ともなる。

後で、再検討する。

p.s. 天極点については、述べていないが、ここで簡単に言うと、天極点とは、端的に、イデア界であろう。

思うに、不連続的差異論形成期において、つまり、2004年だと思うが、コの字型で、イデア界とメディア界と現象界を図化した。即ち、コの字の上部の水平部がイデア界であり、垂直部がメディア界であり、下部の水平部が現象界であると考えたのである。そこから考えると、地極点は、垂直部と下部の水平部との交点であり、天極点は、垂直部と上部の水平部の交点であろう。思うに、両者、メディア・ポイントを形成していると言えよう。だから、両者、メディア・ポイントの天地極性を形成していると言えるように考えられる。

2007年04月23日 (00:48)

ドゥルーズとデリダ:差異と差延;脱構築主義と不連続性:現前批判と超越性の暗示

ここでは、簡単に述べたい。

ドゥルーズについて述べたので、デリダについて述べたい。

以下の引用のブルーの文字の部分に注意されたい。

結局、デリダの脱構築主義の基礎・原点は、存在の現前批判に存するのである。

現前という用語はわかりにくい。これを、PS理論から見ると、超越界ないし超越性の現象化ないし観念である。

端的に言えば、超越性の連続的観念ないし概念である。

例えば、神と言ったとき、神という言葉・観念は、それを想念する主体と連続化されているということである。

これは、また、イデアでも同じである。イデアを想念する主体において、イデアとの連続化が主体観念において生起しているのである。

ということで(今は、概略を言うに過ぎない)、デリダの脱構築主義とは、連続論の批判であり、不連続論であると言えよう。

だから、その点で、不連続的差異論に近いものであるし、PS理論にも関係するものをもっているだろう。

そう、簡単に言えば、デリダは、哲学に不連続性の切断を脱構築理論でもたらした言えるのではないだろうか。

即ち、おそらく、不連続な差異をもたらしたと言っていいように思える。

しかしである。デリダの理論の問題点は、脱構築という不連続化によって生起するものは、ロゴス中心主義を解体するから、それを言語=ロゴスでは記述できないとしたことである。

私は、ここにはデリダの勘違いがあると考えている。

端的に、脱構築=不連続化によって、連続的な現前が解体されて、超越性が解放される。

そして、超越性は超越的論理(超越的ロゴス)をもつのである。即非論理、即非ロゴスである。

デリダはロゴスはすべて現前=連続的なものとして捉えてしまい、袋小路に陥ったと考えられる。

とまれ、ドゥルーズとデリダとを比較すると、前者は連続性に留まり、後者は不連続性を志向したと言えるだろう。

デリダの勘違いの一つは、フッサールの超越性が不連続性とつながることを無視したことである。フッサールを現前論で批判しただけであるように思える。

フッサールの超越論とデリダの脱構築=不連続論が結合すれば、PS理論に近づいたはずである。

しかしながら、デリダは、単に脱構築=不連続性のみを説いて、超越性、超越的論理、即非論理を暗示したに留まったと考えられる。


Jacques Derrida
From Wikipedia, the free encyclopedia


Work

[edit ] Introduction

Derrida began speaking and writing publicly at a time when the French intellectual scene was experiencing an increasing rift between what could broadly speaking be called "phenomenological" and "structural" approaches to understanding individual and collective life. For those with a more phenomenological bent, the goal was to understand experience by comprehending and describing its genesis, the process of its emergence from an origin or event. For the structuralists, this was precisely the false problem, and the "depth" of experience could in fact only be an effect of structures which are not themselves experiential. It is in this context that in 1959 Derrida asks the question: must not structure have a genesis, and must not the origin, the point of genesis, be already structured, in order to be the genesis of something?[1]

In other words, every structural or "synchronic" phenomenon has a history, and the structure cannot be understood without understanding its genesis.[2] At the same time, in order that there be movement, or potential, the origin cannot be some pure unity or simplicity, but must already be articulated―complex―such that from it a "diachronic" process can emerge. This originary complexity must not be understood as an original positing, but more like a default of origin, which Derrida refers to as iterability, inscription, or textuality.[3] It is this thought of originary complexity, rather than original purity, which destabilises the thought of both genesis and structure, that sets Derrida's work in motion, and from which derive all of its terms, including deconstruction.[4]

Derrida's method consisted in demonstrating all the forms and varieties of this originary complexity, and their multiple consequences in many fields. His way of achieving this was by conducting an exceedingly thorough, careful, sensitive, and yet transformational reading of philosophical and literary texts, with an ear to what in those texts runs counter to their apparent systematicity (structural unity) or intended sense (authorial genesis). By demonstrating the aporias and ellipses of thought, Derrida hoped to show the infinitely subtle ways that this originary complexity, which by definition cannot ever be completely known, works its structuring and destructuring effects.[5]

[edit ] Early works

Derrida's earliest work was a critique of the limits of phenomenology . His earliest academic manuscript for a degree was a work on Edmund Husserl , submitted in 1954, and published much later as The Problem of Genesis in Husserl's Phenomenology. In 1962 he published Edmund Husserl's Origin of Geometry: An Introduction, which contained his own translation of Husserl's essay.

Derrida first received major attention outside France with his lecture, "Structure, Sign, and Play in the Discourse of the Human Sciences," delivered at Johns Hopkins University in 1966 (and subsequently included in Writing and Difference). The conference at which this paper was delivered was concerned with structuralism , then at the peak of its influence in France, but only beginning to gain attention in the United States . Derrida differed from other participants by his lack of explicit commitment to structuralism, having already been critical of the movement. He praised the accomplishments of structuralism but also maintained reservations about its internal limitations, thus leading to the notion that his thought was a form of post-structuralism . Near the beginning of the essay, Derrida argued:

(...) the entire history of the concept of structure, before the rupture of which we are speaking, must be thought of as a series of substitutions of centre for centre, as a linked chain of determinations of the centre. Successively, and in a regulated fashion, the centre receives different forms or names. The history of metaphysics, like the history of the West, is the history of these metaphors and metonymies. Its matrix (...) is the determination of Being as presence in all senses of this word. It could be shown that all the names related to fundamentals, to principles, or to the centre have always designated an invariable presence – eidos, archē, telos, energeia, ousia (essence, existence, substance, subject) alētheia, transcendentality, consciousness, God, man, and so forth.

– "Structure, Sign and Play" in Writing and Difference, p. 353

The effect of Derrida's paper was such that by the time the conference proceedings were published in 1970, the title of the collection had become The Structuralist Controversy. The conference was also where he met Paul de Man , who would be a close friend and source of great controversy, as well as where he first met the French psychoanalyst Jacques Lacan , with whose work Derrida enjoyed a mixed relationship.

[edit ] 1967-1972

Derrida's work demonstrated an interest in all the disciplines under discussion at the Baltimore conference, as was evinced by the subject of the three collections of work published in 1967: Of Grammatology , Writing and Difference , and Speech and Phenomena . These three books contained readings of the work of many philosophers and authors, including Husserl , linguist de Saussure , Heidegger , Rousseau , Levinas , Hegel , Foucault , Bataille , Descartes , anthropologist Lévi-Strauss , paleontologist Leroi-Gourhan , psychoanalyst Freud , and writers such as Edmond Jabès and Antonin Artaud . It was in this trinity of works that the "principles" of deconstruction were set out, not through theoretical explication but, rather, by demonstration, where he showed that the arguments promulgated by their subject-matter exceeded and contradicted the oppositional parameters in which they were situated. The next five years of lectures and essay-length work were gathered into two 1972 collections, Dissemination and Margins of Philosophy, at which time a collection of interviews (published as Positions in 1981) was also released.

During this period, Derrida was often interpreted as a "post-structuralist", and the basis of his intellectual influence was broadly seen as Husserlian, Saussurean, Heideggerian, and Nietzschean. This "basis" would later shift somewhat.

[edit ] 1972-1980

Starting in 1972, Derrida produced on average more than a book per year. He was said to have released more work in 2003 than in any other year. He was so prolific that there is no bibliography of his work that is complete. A good start is the bibliography included in Jack Reynolds' and Jonathan Roffe's (eds.) Understanding Derrida (London and New York: Continuum, 2004).

During the 1970s, his work was arguably at its most playful and most radical: his crucial works Glas, and The Post-Card: from Socrates to Freud and Beyond set the tone for his deconstructive project, particularly by emphasizing his form of close reading, his playful treatment of words, and his effort to demonstrate the potential of deconstruction.

A further crucial set of texts from this period is collected in Limited, Inc. Derrida had written Signature, Event, Context, an essay on J. L. Austin in the early 1970s; following an aggressive critique of this text by John Searle , Derrida wrote a long (and no less aggressive) defense of his earlier argument, which remains crucial to any understanding of deconstruction's involvement with language and its commonly perceived limitations.

[edit ] Of Spirit

On March 14 , 1987 , Derrida presented at the CIPH conference titled "Heidegger: Open Questions" a lecture which was published in October 1987 as Of Spirit: Heidegger and the Question. It follows the shifting role of Geist (spirit) through Heidegger's work, noting that in 1927, Spirit was one of the philosophical terms that Heidegger set his sights on dismantling. But with his Nazi political engagement in 1933, Heidegger came out as a champion of the "German Spirit," and only withdrew from an exalting interpretation of the term in 1952. Derrida's book reconnects in a number of respects with his long engagement of Heidegger (such as "The Ends of Man" in Margins of Philosophy and the essays marked under the heading Geschlecht). Derrida reconsiders three other fundamental and recurring elements of Heideggerian philosophy: the distinction between human and animal, technology, and the privilege of questioning as the essence of philosophy.

Of Spirit is a crucial contribution to the long debate on Heidegger 's Nazism and appeared at the same time as the French publication of a book by an unknown Chilean writer, Victor Farias , who charged that Heidegger's philosophy amounted to a wholehearted endorsement of the Nazi Sturmabteilung (SA) faction. Derrida responded to Farias in an interview, "Heidegger, the Philosopher's Hell" and a subsequent article, "Comment donner raison? How to Concede, with Reasons?" He noted that Farias was a weak reader of Heidegger's thought, adding that much of the evidence Farias and his supporters touted as new had long been known within the philosophical community.

But Of Spirit was also one of Derrida's first publications on the relationship between philosophy and nationalism, on which he had been teaching in the mid-1980s. This strand of questions would become increasingly important in his later work.

[edit ] Political and ethical "turns"

Two further points deserve mention: Derrida's "political turn," heralded by Specters of Marx and Politics of Friendship in 1994, saw him divert his attention to politics. Derrida and many of his supporters have argued that much of the philosophical work done in his "political turn" can be dated to earlier essays, though the change of tone and the effort granted to political issues rose.

His "ethical turn," in works such as The Gift of Death, saw Derrida applying deconstruction to the relationship between ethics and religion. In this work, Derrida reads Søren Kierkegaard 's Fear and Trembling and claims a leap of faith is required in many aspects of life, not just religion. But much more massive in importance and influence were Derrida's contemporary readings of Emmanuel Levinas , Walter Benjamin , Carl Schmitt , Jan Patočka , which came to provide a broad corpus on questions of law, responsibility, friendship, etc.

This is not to say that Derrida moved altogether away from his readings of literature; indeed, he continued to write extensively on Maurice Blanchot , Paul Celan , and others.

[edit ] Deconstruction

Main article: Deconstruction

The 1966 paper, in addition to establishing Derrida's international reputation, marked the start of Derrida's use of the concept of deconstruction. Although Derrida did not completely object to the characterization of his entire project with this one term, it was a development about which he remained ambivalent.

At its core, if it can be said to have one, deconstruction is an attempt to open a text (literary, philosophical, or otherwise) to several meanings and interpretations. Its method is usually based on binary oppositions within a text ― for example inside and outside or subject and object, or male and female. 'Deconstruction' then argues that such oppositions are culturally and historically defined, even reliant upon one another, and seeks to demonstrate that they are not as clear-cut or as stable as it would at first seem. On the basis that the two opposed concepts are fluid, this ambiguity is used to show that the text's meaning is fluid as well.

This fluidity stands against a legacy of traditional metaphysics (that is, Platonist thought) founded on oppositions, that seeks to establish a stability of meaning through conceptual absolutes where one term, for example "good," is elevated to a status that designates its opposite, in this case "evil," as its perversion, lack or inferior. These "violent hierarchies," as Derrida termed them, are taken as structurally unstable within the texts themselves, where the meaning strictly depends on this contradiction or antinomy.

Derrida insisted that deconstruction was never performed or executed but "took place" through "memory work": in this way, the task of the "deconstructor" was to show where this oppositional or dialectical stability was ultimately subverted by the text's internal logic. Meticulous readings find philosophy anew. The result of this renewal is often to find striking interpretations of texts. No "meaning" is stable: Derrida called the "metaphysics of presence " the thing that keeps the sense of unity within a text; where presence was granted the privilege of truth.

To understand this argument, one may need to explore Derrida's deconstruction of the speech/writing opposition, of which Of Grammatology is perhaps the clearest study. Derrida's critique of oppositions may be partly inspired by Nietzsche's genealogical reconsideration of "good" and "evil" (see, in particular, Beyond Good and Evil and On the Genealogy of Morals).

Derrida's practice of reading raises the question of the relationship between deconstruction and literary theory. Within literary studies, deconstruction is often treated as a particular method of reading ― in contrast to Derrida's claims that deconstruction is an "event" within a text, not a method of reading it. Despite this apparent contradiction, the literary sensibilities of Derrida cannot be ignored, as many of his deconstructions were of poems and literary texts.

Further, deconstruction's sensitivities to philosophical efforts at defining limits have been taken by some to imply a deconstructive agenda for the ultimate reversal of order. This agenda would cover: philosophy's claim to be the first of all academic disciplines; holding out hopes of uniting all; delineating what is proper to each as they remain apart; and expelling from itself non-philosophy (via judgements which irreducibly take part in violence and hinge on matters of interpretation made through language). This has been seen as the privilege of the non-serious and the literary over a humbled philosophy.

Although its influence on literary studies is probably the most well-known and well-reported effect of deconstruction, its roots are more philosophical than literary, although it is also tied to distinct but abutting academic disciplines such as linguistics , women's studies, and anthropology (called the "human sciences" in France). Derrida's examination of the latter's philosophical foundations, both conceptual and historical, and their continued reliance on philosophical argument (whether consciously or not), was an important aspect of his thought. Among his foremost influences are Edmund Husserl , Sigmund Freud , and Martin Heidegger . Heidegger in particular was a major influence on Derrida ― he claims in his "Letter to a Japanese Friend" (Derrida and différance , eds. Robert Bernasconi and David Wood ) that the word "déconstruction" was his attempt both to translate and re-appropriate for his own ends the Heideggerian terms Destruktion and Abbau via a word from the French language, the varied senses of which seemed consistent with his requirements.

This relationship with the Heideggerean term was chosen over the Nietzschean term "demolition", as Derrida shared with Heidegger an interest in renovating philosophy to allow it to treat increasingly fundamental matters. In this regard, he moves beyond Heidegger in a significant way. While Heidegger passes through Nietzsche , Kierkegaard , Hegel , Kant , Descartes , Aquinas , Aristotle , Plato , and Parmenides , and finds their work wanting where the question of Being is concerned, Derrida prefers to mine the heterogeneous nature of their works ― indeed, his reading of Plato in Dissemination is among his best-known and most important readings, in which Plato's khôra is treated.

[edit ] Aporia

Derrida received the 2001 Adorno Prize, named after Theodor Adorno . In accepting this award, Derrida noted both differences and affinities with Adorno. Their treatment of aporia was noted as an affinity. Aporia comes from the Greek απορια (from α-πορος) meaning "the impassable"( see 'Sea of Suf' ). The aporetic was a recurring structure for Derrida: Derrida strived to render as determinate as possible an interpretation, finding a series of "undecidable" decisions between a series of determinate constructions of interpretations. These passages through impossible decisions are unavoidable, according to Derrida, and potentially lead to a model of responsibility. Derrida views this as the point to which philosophy should aspire. In Derrida's view, philosophy would like to deliver its complete system, here and now: its absolute work made manifest to its reader, the end of philosophy being the end of philosophy. Derrida also shares with Adorno criticism of doctrines of immediate (unmediated) (self-)presence grounding Western philosophies: both wrote theses on Husserl critical of his philosophy for this reason.

The idea of aporia is carried over in other deconstructive readings ― particularly those of Paul de Man, whose readings of poems were known for concluding that the poems ended in an aporia.
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2007年04月22日 (16:27)

ドゥルーズ&ガタリの「ポスト構造主義」と構造主義について:実数軸のメディア・ポイントの動的構造性

先に、本件について触れたが、ここで、簡単に説明しておきたい。

彼らの思想は、構造主義の静態性を超えることを目指していた。即ち、構造のさらに深層の動態性を提示して、構造主義の乗り越えを提起したのである。例えば、化学で言えば、「モル」に対して、「分子状」という深層を提起したのである。あるいは、「量子状」という深層である。

問題は、この構造のさらに奥にある、これらの動態的深層である。

それは、構造を形成すると考えられた根源的層である。

この根源的層については、以前に説明したが、ここでもう一度述べよう。

構造は、PS理論から見ると、実数軸のメディア・ポイントmepoにあると言える。ここでは、虚数軸のメディア・ポイントmepoは、いわば、知られていない。

とまれ、エネルギーは、超越界から現象界へと伝わるのであり、メディア・ポイントmepoが正に、メディアとして機能している。

だから、エネルギー(エネルゲイア)は、メディア・ポイントに顕現していると言える。

ここで、ドゥルーズ&ガタリ(以下、DG)の思想を考えると、構造主義を超えようと意図されたその深層理論は、明らかに、メディア・ポイントのエネルギー態から発している。

メディア・ポイントは実数軸においては、構造でありつつ、同時に、エネルギー態なのである。

ここで整理すると、実数軸のメディア・ポイント(以下、実メディア点)の様相を明快にすると、それは、連続性における構造と構造を発生させるエネルギー態(動態)の両面をもっていることがわかる。

だから、まとめると、実メディア点は、構造エネルギー態であるということになるだろう。ソシュールの構造主義とは、言語における二項対立の構造の静態性を説くものであるが、その二項対立構造を発生させる動態性については、説明していない。

例えば、pとbとの音声対立があるとしよう。それは、互いに排除する。bigとpigである。

しかし、ソシュールは、pとbの対立構造・差異構造が発生する深層については述べない。

当然ながら、対立・差異構造を発生させる動態根源があるのであり、それを、DGは動的な構造として説いたのである。だから、彼らの思想は、動的構造主義と呼ぶのが適切であり、ポスト構造主義という用語は、誤りである。

そして、この動的構造が、実メディア点に過ぎないのである。

ここは、連続的構造であるから、差異は、連続的差異=微分にしかならないのである。

結局、DGは何を見出したのか。それは、数学では、数百年も前に発見されていた微分の思想を、時代遅れに哲学に取り入れたのであり、発見は何もない、陳腐・凡庸な思想というしかない。

ただし、ドゥルーズの場合、キルケゴールやニーチェの特異性singularityの思想を差異の思想に取り入れたことは、評価できるだろう。

しかし、そのドゥルーズの特異性は、実メディア点に留まったのであり、真の特異性を理解できなかったのである。

ということで、本稿をまとめると、構造主義とDGの動的構造主義とは、実メディア点が基盤であり、実メディア点における原因が動的構造主義であり、結果が構造主義であり、両者は、実メディア点の因果関係にあるということである。

ここで想起するのは、カント批判哲学である。

純粋理性批判とは、正に、メディア・ポイントの即非性を、従来の論理学から理論化しようとしたものであろう。

アンチノミーがそこでは出現するのである。カントは、大乗仏教の矛盾的論理(即非論理)を知らなかったから、従来の論理学から飛翔できなかったのである。

換言すると、現象的理性・知性の規定(先験論)に囚われていたので、メディア・ポイントないし超越界のもつ超越的論理を理論構築できずに、実践理性に留まったと言えよう。

ここでフッサールについて言及すると、フッサールは、カントの限界を超えて、超越的意識を捉えたが、しかしながら、それが、他者を志向して、即非の論理をもつ事態までは進めなかったと言えよう。

i*?に留まったのがフッサールであると言えよう。そして、間主観性・相互主観性であるが、それは、思うに、i*i⇒-1ではないだろうか。

超越的自己が、連続的自我に陥っているのではないか。

思うに、他者の欠落が、ハイデガーの現存在における志向性(企投)等の考えを生み出す隙を作ったと言えるのかもしれない。

そして、他者問題は、ナチズムを経て、レヴィナスの他者倫理哲学において扱われることになったと言えよう。

最後に、他者倫理であるが、これは、今問題の「従軍慰安婦」という国家的暴力的売春に直結しているのである。

結局、日本人が、他者を認めるか否かである。

言い換えると、日本人が、自己認識を確立できるかの問題でもある。

この問題は、「民主主義」の問題と関係して、きわめて重要である。

この問題は別稿で検討したい。
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2007年04月21日 (13:50)

感情、エネルギー、知的創造:超越的感情・エネルギー様態の知的精練方法

アメリカのチョの殺人事件や長崎市長銃殺事件等であるが、暴力に対して、私はとても関心をかき立てられる。

作家は、作品の中に、殺人事件を多く扱っている。ドストエフスキーやシェイクスピアが代表的であろう。

私は、これは、作家の創造エネルギーと関係すると思っている。

そう、ここで、私は本題のテーマを考えたいのである。

これは、また、私自身の精神・身体の問題でもある。

私に関して言えば、今の時点から言えば、感情過多であった。理性と感情との乖離が強くあった。そして、私がいう特異性は実は後者に潜んでいるのである。

理性的一般性と感情的特異性の乖離、分裂、齟齬、ここに、哲学・心理学的問題がある。

おそらく、一般の人は、感情的特異性は弱いであろうから、理性的一般性である言語意識を形成し、集団で生きるのだろう。

とまれ、一般の人においても、多かれ少なかれ、この乖離の問題は存していると言えよう。

さて、私が提示したいことは、感情はエネルギー様態の一つであり、それは、メディア・ポイントとつながり、超越界と関係しているのであり、感情をなんらかの形で精練することが、人間の精神の発達には必要であるということである。

この感情・エネルギー様態のいちばん素朴な発露は、反発・反動として、現われるだろう。これが暴力である。

そして、次には、音楽を受容を介して、感情・エネルギー様態は変形されるようになるだろう。しかし、野蛮な音楽では、感情・エネルギーは攻撃・暴力的なものとなるだろう。私は、ある種の大衆音楽は、この点で問題があるように思う。

次には、美術や文学を介して、感情・エネルギー様態を精練することがあるだろう。(教養とは、本来、感情・エネルギー様態の知的涵養の意味があるだろう。)

そして、次には、哲学や数学や諸科学を介して、感情・エネルギー様態の高度な知的精練の方法があるだろう。ただし、ここに達するには、音楽、美術、文学を経ているべきである。

このような「教養」の知的精練を経ることで、感情・エネルギーは、メディア共鳴態・差異共振態へと変容していくと考えられるのである。

このような感情・エネルギーの変容の叡知は、近代主義において排除された、いわば、オカルト的な知に存していたと言えよう。もっとも、オカルト主義へと戻れと、勿論、私は主唱するのではなく、現代・今日的な精神・身体の精練の方法が考えているのである。

《力》の問題と言ってもいい。権力・支配・政治の問題と言ってもいいのである。

人の上に立つ人は、普通の人よりも、通俗に言えば、パワーを強くもっているのである。オーラがあるのである。

これは、ここでの視点で言えば、感情・エネルギー様態が強大であるということである。

そして、一般的には、それが、自我、連続的同一性自我を形成して、他者を排除することになるのである。

つまり、強大な感情・エネルギー様態をもつ、ある種の人間は、連続的自我を形成して、他者を強力に排除するのである。これが、権力闘争を生むのであるし、また、帰結的に戦争を生むと言えよう。

そして、大衆・国民は、通常は、思考停止状態にあるので、政治家や知識人等の言葉、宣伝を鵜呑みにしている群衆に過ぎない。

しかしながら、強大な感情・エネルギー様態をもつ別の種類の人間は、支配層に属さずに、ある者は、暴力的人間になり、犯罪者となり、ある者は、上に述べたように、教養を身につけ、知的精練を受けて、創造的な活動を行うと考えられる。

つまり、私が言いたいのは、感情・エネルギー様態における差異が人間にはあるのであり、それを無視して、すべての人間を同質に見るのは誤りであるということである。そう、ここに民主主義の問題がある。それは端的に、質的な大誤謬である。人間は平等ではありえないのである。すべては、差異である。特異性である。

とまれ、邪悪な政治家や役人が生まれるのは、感情・エネルギー様態の精練方法に問題があることが一因であると考えられる。即ち、近代主義教育である。近代的合理主義教育を受けると、感情・エネルギー様態の質的精練がなされず、反動性が形成されて、暴力を潜在させる二重人格になるのである。

また、凶悪な犯罪者もある意味で同様である。感情・エネルギー様態の知的精練方法の教育を経ないのでいるのである。チョの場合を見ると、創作という知的精練の方法は確かにもっていたが、しかしながら、超越的な精練方法がなかったのではないかと思う。現代文化は、超越性を喪失しているので、超越的感情・エネルギーの知的精練方法をもっていないのである。

そうである。これが、私が言わんとしていることである。単に、感情・エネルギー様態の知的精練の問題ではなく、超越的感情・エネルギー様態の知的精練の問題なのである。(簡略化して、超越感情エネルギー態としよう。)

例えば、ユングが復興させた錬金術という技法・叡知であるが、それは、この超越感情エネルギー態の変容方法であると考えられる。これを超越的精練と呼ぼう。

この錬金術の超越的精練方法は、視覚的像をともなっていた。つまり、美術的方法をもっていたのである。つまり、超越的精練と美術との連関性があるということである。ひとことで言えば、ヴィジョン、精神的ヴィジョンの方法と言えると思う。

さて、現代の危機は、超越感情エネルギー態の超越的知的精練の方法の欠落にあり、それを公的に提示する切迫な必要がある。

プラトニック・シナジー理論は、正に、超越的知的精練の意味を説き、また、その方法も示唆すると言えよう。

これは、有り体に言えば、私自身の問題であった。私は、自分の感情・エネルギーを理性・知性に取り込むがことができずに、コスモスを私的に構築していたのであるし、また、コスモスという観念は、物質科学では稀であるが、多くの芸術や哲学等に見いだされる思想である。

現代の狂気や暴力・犯罪の知的要因は、この超越的精練のための知的科学的理論の欠落にあるだろう。確かに、ユングは、創造的心理学によって、超越的精練方法を説いていることは否定できない。しかしながら、ユングの方法は、古いままなのだえる。復古なのである。そうではなくて、現代科学や哲学の進展にも耐え得るような方法・理論が必要なのである。

これは、まったく、プラトニック・シナジー理論の独擅場というしかない。哲学、科学、数学的方法をもった超越的理論であり、現代科学、哲学等にも、根拠を提示できる理論なのである。

とりわけ、宗教、神話学、心理学、芸術を包摂している点が、強力であり、超越感情エネルギー態を充分に知的超越的に包摂しているのである。

結局、現代は、近代主義の終焉に当たり、ポスト・モダンもすたれて、大昏迷状態にあり、トランス・モダン社会へと転換すべき時代となっているのであり、このとき、近代的理性・知性から解き放たれた超越感情エネルギー態を知的精練する必要が生じているのである。カオスの様態にあるのである。これを超越的精練によって、コスモスへと転化する必要があるのである。いわば、トランス・モダン・コスモスへの変換である。

ここで、想起するのは、ドゥルーズ&ガタリの『アンチ・オイディプス』や『千のプラトー』等である。そこでは、脱構造主義(ポスト構造主義という用語はミスリーディングである)における放出されたエネルギーの創造的変容のあり方が、奔放に説かれていた考えられるのである。

しかしながら、彼らは、唯物論や近代的連続論に囚われていたので、超越性、超越界に達することができずに、放出されたエネルギーが超越感情エネルギーであることが認識できずに、現象エネルギーの変容だけを模索しただけであったのである。

それは、構造主義的エネルギーと言ってもいいだろう。それは、現象内在連続的エネルギーに過ぎないのである。

実数軸のゼロ度のメディア・ポイントに留まったのである。

最後に、ドゥルーズ&ガタリの脱構造主義と構造主義とにおけるエネルギー様態を整合化して本稿を終えたい。(簡単にするために、ドゥルーズ&ガタリの脱構造主義を、DG脱構造論と呼びたい。)

DG脱構造論であるが、それは、連続的同一性2項対立構造において、生起する連続態における動態論である。つまり、構造内の生起する動態・エネルギー態を脱構造と考える思想である。

しかし、これは、連続論に留まっているのである。

だから、DG脱構造論は、必然的に構造主義に留まると言えよう。

ここで、構造主義について簡単に言うと、よくソシュールの機能的差異を提起されるが、その機能的差異ないし構造的差異とは、連続的同一性によって、形成される2項対立が生みだすものである。だから、連続的同一性と構造とは一致すると言えよう。

つまり、構造主義とは、近代主義の連続的超越的構造を提示したものと考えられる。

言い換えると、カントの超越論的形式と等価である。

カントの超越論が、構造主義の先駆と言えよう。

ついでに言うと、ポスト・モダン理論とは、構造主義の動態理論であったと言えるだろう。これは、連続論であり、差異=微分理論であったのである。ここでは、シェリング、キルケゴール、ニーチェ、ウスペンスキー、フッサール、そして、鈴木大拙、西田幾多郎、九鬼周造等の行った超越性へのフレークスルーが看過・無視・否定されているのである。

プラトニック・シナジー理論は、これらの理論を哲学・数学的に統一化したのである。

2007年04月21日 (00:13)

なぜ、木や植物は、一般に、垂直に上昇するのか:地の引力と天の引力:連続的同一性と特異性共振回帰

この問題は、ある意味で簡単であり、また、別の意味で難しい。

ここでも、直観で言おう。

垂直に上昇するということは、根源へと回帰することである。とりわけ、螺旋的に回帰することだと思う。

これは、原点への回帰であり、死への回帰である。

では、なぜ、原点へと回帰するのか。

動物で言えば、帰巣本能であろう。

そう、アルベール・カミュが、郷愁と言っていた。いい言葉だ。(思うに、アルベール・カミュの説いた不条理とは、差異である。)

直観では、そこには、引力があるのである。

重力は確かに、鉛直方向に向かうが、重力と反対の引力である。

単純に言えば、地の引力に対する、天の引力である。

そう、天の引力である。

直観では、これは、脱現象化の志向性である。

つまり、地の引力が現象化の志向性であるのに対して、これは、対称的な志向性である。

ここで、思考実験であるが、

i*-(-i)⇒-1、即ち、連続的同一性化を現象化とすれば、

i*(-i)⇒+1、即ち、差異的同一性が脱現象化ではないだろうか。

そうならば、植物は、木や蔓植物は、差異的同一性を形成しているということになるだろう。

この問題は置いておくが、ひとこと言うと、動物は一般に連続的同一性で、植物は差異的同一性のように思える。水平志向と垂直志向ということである。

⇒+1であるが、これは、メディア・ポイントmepoにおけるメディア共鳴を意味するだろう。つまり、超越的メディア・ポイントと現象的メディア・ポイントとの共鳴である。

つまり、差異であり、且つ、同一性であるということである。即非共振性である。

このメディア共鳴力・共振力・共感力が、天の引力、垂直への上昇力ではないのか。

つまり、このメディア共鳴において、現象界と超越界とが共振する。つまり、引き合うということではないのか。この引き付けが、天の引力ではないのか。

逆に言うと、現象化とは、メディア・ポイントの共鳴が否定されて、連続的同一性化が発生する結果、生起するということだろう。ガウス平面で言えば、実数軸の左辺傾斜である。

だから、ここで言えることは、超越界における原差異共振・原即非性があり、それから、連続的同一性の現象化が発生する。そして、その後、メディア・ポイントにおける共鳴・共振・共感が発生する差異的同一性が形成される(天の引力)ということではないか。

この三段階は、思えば、ヘーゲル弁証法に似ている。しかしながら、根本的に異なる。なぜなら、ここでの精神は、原差異共振性・原即非性であるからである。言い換えると、太極(対極)性が根源にあるのであり、ヘーゲルのように同一性の一元があるのではないのであるからである。

初めに、即非ありきである。

そして、この原即非へと現象界から個体は、回帰・帰還するのであるが、単純に回帰するのではなく、現象同一性を経て、原差異共振性・原即非性へと回帰するのである。

この現象同一性、言い換えると、物質的同一性の「経験」によって、差異は、特異化されるのではないだろうか。つまり、身体化である。身体的特異性化である。ここで、現象界の経験を得て、超越界へと回帰すると思われるのである。

これは、反復ではありえないし、想起でもない。とりあえず言えば、特異化である。

特異化の刻印が形成されると思うのである。この特異性の刻印が、種を変容・「進化」させると思うのである。

整理すると、超越界が可能態であり、現象化が現実態(エネルゲイア)であり、現象界が特異態ではないだろうか。

エンテレケイア(終局態)とは、エネルゲイアと等しいだろう。アリストテレス哲学に欠けているのは、特異態であろう。造語して、シンギュレイアと呼ぼう。

2007年04月18日 (23:11)

ヴァージニア工科大学で起きた大量殺人事件であるが、ニューヨークタイムズの以下の記事の最後の箇所に、当事件の原因があるのではないかと思った。

ヴァージニア工科大学で起きた大量殺人事件であるが、ニューヨークタイムズの以下の記事の最後の箇所に、当事件の原因があるのではないかと思った。

次の赤色の箇所を見ていただきたい。「心理的問題の治療に関係する処方された薬物(薬物治療、薬物処理)prescription medicationsが、Cho氏の作用(効果)effectsの中に見つかったと職員は言った。」となっている。

なにか、あいまいな書き方である。

つまり、精神・神経に関する、処方された薬をCho氏は服用していて、その薬とCho氏の症状は相関性があるということか、それとも、薬の副作用とCho氏の行動とが関係があるということなのか、等である。

Cho's effectsという表現があいまいである。Cho氏のeffectsとは何か。普通は、効果、作用、結果、作用、等である。薬物の効果、作用の意味にもなる。

印象、実行という意味もある。

単純に読めば、精神治療の薬による効果が、Cho氏に見いだされた、ということだろう。

これでは、意味がないだろう。(p.s. しかし、これが、いちばん穏当な読みである。)

やはり、副作用ではないのか。

後で再考したい。


p.s. どうも、私の未熟さであった。effectsは、身の回りの品、所有物の意味がある。これで、明快である。

副作用は考えられるだろう。


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Mr. Cho awoke before 5 a.m., then sat down to work on his computer and awakened Mr. Aust in the process. Mr. Grewal, who shares a room in the same suite, saw Mr. Cho in the bathroom shortly after 5 a.m.

As usual, Mr. Cho did not say anything to Mr. Grewal. No good morning, no hello, Mr. Grewal said. Mr. Cho stood in the bathroom, brushing his teeth, wetting his contact lenses and applying a moisturizer.

He also took a prescription medicine. Neither Mr. Aust nor Mr. Grewal knew what the medicine was for, but officials said prescription medications related to the treatment of psychological problems had been found among Mr. Cho’s effects.
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Gunman Showed Signs of Anger

By MANNY FERNANDEZ and MARC SANTORA
Published: April 18, 2007
BLACKSBURG, Va., April 17 ― Cho Seung-Hui rarely spoke to his own dormitory roommate. His teachers were so disturbed by some of his writing that they referred him to counseling. And when Mr. Cho finally and horrifyingly came to the world’s attention on Monday, he did so after writing a note that bitterly lashed out at his fellow students for what he deemed their moral decay.

Mr. Cho’s eruption of violence, in which 32 victims and himself were killed on the Virginia Tech campus here in a rampage of gunfire, was never directly signaled by his actions or words, several of his acquaintances said Tuesday. But those acquaintances were frequently disturbed by his isolation from the world and his barely concealed anger.

Joe Aust, who shared Room 2121 at Harper Hall with him, said he had spoken to Mr. Cho often but had received only one-word replies. Later, Mr. Aust said, Mr. Cho stopped talking to him entirely. Mr. Aust would sometimes enter the room and find Mr. Cho sitting at his desk, staring into nothingness.

“He was always really, really quiet and kind of weird, keeping to himself all the time,” said Mr. Aust, a 19-year-old sophomore, who, though finding Mr. Cho strange, had not thought him menacing.

Yet there were signs that his behavior was more than just bizarre.

Lucinda Roy said that in October of 2005 she was contacted as head of the English Department by a professor who was disturbed by a piece of his writing. Ms. Roy, rebuffed by Mr. Cho, contacted the campus police, counseling services, student affairs and officials in her department. Ms. Roy described the writing as a “veiled threat rather than something explicit.”

University officials told her that she could drop Mr. Cho from the class. Or, they said, she could tutor him individually, and she agreed to do so three times from October to December 2005. During those sessions, she said in an interview, he always wore sunglasses and a baseball cap pulled low.

“He seemed to be crying behind his sunglasses,” she said.

Ms. Roy said she had been so nervous about taking him on as an individual student that she worked out a code with her assistant: if she mentioned the name of a dead professor, her assistant would know it was time to call security.

In another writing class, Mr. Cho submitted two profoundly violent and profane plays. Ian MacFarlane, a classmate who now works for America Online, posted the plays on the company’s Web site Tuesday, saying they had horrified the rest of the students.

“When we read Cho’s plays, it was like something out of a nightmare,” Mr. MacFarlane wrote. “The plays had really twisted, macabre violence that used weapons I wouldn’t have even thought of.”

As a result of them, Mr. MacFarlane added, “we students were talking to each other with serious worry about whether he could be a school shooter.”

In one play, called “Richard McBeef,” Mr. Cho wrote of a teenage boy who accuses his stepfather of murdering the boy’s father and of trying to molest the boy himself.

“I hate him,” the boy says of the stepfather in a copy of the play on the Web site. “Must kill Dick. Must kill Dick. Dick must die.”

Though the level of anger was clear to those who knew Mr. Cho, there is little that points to a precise motive for Monday’s events. Or, as a federal law enforcement official who spoke on condition of anonymity put it: “What was this kid thinking about? There are no indications.”

There are just the snippets of a lonely young life: prescription medicines, ominous words and two newly bought handguns.

Mr. Cho was a 23-year-old senior, skinny and boyish-looking, his hair cut in a short, military-style fashion. He was a native of South Korea who grew up in Centreville, Va., a suburb of Washington, where his family owns a dry-cleaning business. He moved with his family to the United States at age 8, in 1992, according to federal immigration authorities, and was a legal permanent resident, not a citizen.

In the suite in Harper Hall where he lived with five other students, he was known as a loner, almost a stranger, amid a student body of 26,000. He ate his meals alone in a dining hall. Karan Grewal, 21, another student in the suite, recalled that when a candidate for student council visited there this year to pass out candy and ask for votes, Mr. Cho refused even to make eye contact.

On Tuesday, investigators were examining a note Mr. Cho had left behind in his dorm room, a rambling and bitter list of the moral laxity he found among what he considered the more privileged students on campus.

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Though the level of anger was clear to those who knew Mr. Cho, there is little that points to a precise motive for Monday’s events. Or, as a federal law enforcement official who spoke on condition of anonymity put it: “What was this kid thinking about? There are no indications.”

There are just the snippets of a lonely young life: prescription medicines, ominous words and two newly bought handguns.

Mr. Cho was a 23-year-old senior, skinny and boyish-looking, his hair cut in a short, military-style fashion. He was a native of South Korea who grew up in Centreville, Va., a suburb of Washington, where his family owns a dry-cleaning business. He moved with his family to the United States at age 8, in 1992, according to federal immigration authorities, and was a legal permanent resident, not a citizen.

In the suite in Harper Hall where he lived with five other students, he was known as a loner, almost a stranger, amid a student body of 26,000. He ate his meals alone in a dining hall. Karan Grewal, 21, another student in the suite, recalled that when a candidate for student council visited there this year to pass out candy and ask for votes, Mr. Cho refused even to make eye contact.

On Tuesday, investigators were examining a note Mr. Cho had left behind in his dorm room, a rambling and bitter list of the moral laxity he found among what he considered the more privileged students on campus.

Centreville is an unincorporated community of 48,000 about 20 miles from Washington in Fairfax County. Mr. Cho graduated in 2003 from Westfield High School in nearby Chantilly, a large school that sends dozens of its students to Virginia Tech. At least two of Mr. Cho’s victims had also attended Westfield.

The Cho residence in Centreville is on Truitt Farm Drive in a subdivision of attached townhouses called Sully Station II. The family was not at home on Tuesday. But neighbors said three unmarked police cruisers arrived at the house about 10:30 p.m. Monday, and came and went throughout the rest of the evening. The neighbors had only nice things to say about the Cho family; the father sometimes cleaned the snow off his neighbor’s car across the street.

Every 10 years, lawful permanent residents are required to renew their green cards. Mr. Cho did so, and was issued a new card on Oct. 27, 2003. Applicants seeking a green-card renewal undergo a criminal background check through various law enforcement databases, said Chris Bentley, a spokesman for United States Citizenship and Immigration Services. “Nothing showed up in those checks that told us he couldn’t have his green-card renewal,” Mr. Bentley said.

Mr. Cho went to bed early by college standards, about 9 p.m. He often rose early, but in recent weeks he had been doing so even earlier, frequently before dawn, said Mr. Aust, his roommate. Such was the case Monday.

Mr. Cho awoke before 5 a.m., then sat down to work on his computer and awakened Mr. Aust in the process. Mr. Grewal, who shares a room in the same suite, saw Mr. Cho in the bathroom shortly after 5 a.m.

As usual, Mr. Cho did not say anything to Mr. Grewal. No good morning, no hello, Mr. Grewal said. Mr. Cho stood in the bathroom, brushing his teeth, wetting his contact lenses and applying a moisturizer.

He also took a prescription medicine. Neither Mr. Aust nor Mr. Grewal knew what the medicine was for, but officials said prescription medications related to the treatment of psychological problems had been found among Mr. Cho’s effects.

Christine Hauser contributed reporting from New York.

http://www.nytimes.com/2007/04/18/us/18gunman.html?th&emc=th

2007年04月18日 (17:06)

トランス・モダン社会の創造へ向けて:序言

これから、具体的に、本件についての方策を、微力ながら、考えていきたい。プラトニック・シナジー理論(以下、PS理論)に基づいて、モダン社会の具体的な乗り越えのための方策を考えたい。

私見では、現代社会・世界は、イエスが生誕して、活動した頃、あるいは、大乗仏教が、インドやその他での拡大した頃、即ち、西暦紀元数百年、ないし、西暦紀元ゼロ年前後数百年の時代に共通するような、世界規模での変革の時代になっていると考えられる。

原始キリスト教や大乗仏教の勃興した時代は、支配階層と貧民階層との乖離が拡大して、後者が貧窮に陥り、救済が必要となった時代である。富裕層は、それまでの教義によって、自尊し、貧者を支配していた。

そのとき、貧者の救済のための教え、精神的教えが生まれたのである。キリスト教と大乗仏教はほぼ同時代の精神的思想である。(私は、両者は、超越界という共通普遍的次元から発生したものであると考えている。PS理論は、そのように考えるのである。)

今日、現代、貧富の差が著しく拡大し、富裕層は、権力を利己的に動かして、貧困層を増大させている。

今日・現代のこれらの問題に対して、富裕層は精神的には邪悪であるので、無反省のまま、放置したままであるし、貧困層も無知蒙昧なため、富裕層の欺瞞的政治に騙されて、貧窮の地獄から抜け出せずにいるのである。

狡猾者と愚者の格差が生じているのである。

結局、両者、根源的普遍性を認識していないのである。

それは、超越性・超越界・イデア界である。

ここにこそ、現象世界の大本があるのである。

とまれ、問題は、今や具体的な方策の形成である。

私は、ブログを前線基地として活用して、トランス・モダン社会の創造・構築のための、共振情報Webを形成していく考えである。

超越性・超越界・イデア界からの新社会創造・構築である。

2007年04月18日 (00:44)

グリーン・パワーとは何ぞ哉

経済成長とグリーン・パワーは、矛盾する。

私は、温暖化防止の問題は、違う問題によって取って代わられるのではないかと感じる。

熱は、身体や精神を変容させるのではないだろうか。

どのようにかは、わからないが。

第二の大洪水の時代にはなったとは言えよう。

第二のノアの方舟である。

地球の人口が激減する。

トランス・ヒューマンの時代?

どうも、現在の人類は、賢くないので(ホモ・サピエンスは冗談だろう)、このまま、水没するのではないだろうか。

人類の安楽死である。

人類の終焉である。

では、「霊魂」は何処へ行くのだろうか。

他の宇宙へ移動するというのは、考えられるかもしれない。

地球人類からポスト地球人類へ。