2008年10月30日 (18:31)

今、植草氏のブログへのアクセスが禁止されている状態である。以下、キャッシュの転載である。

今、植草氏のブログへのアクセスが禁止されている状態である。以下、キャッシュの転載である。


植草一秀の『知られざる真実』
2008年10月29日 (水)
警察の実態を映し出す証拠映像

10月26日に渋谷から麻生首相の私邸までのウォーキングツアーを実施した若者グループの3人が警察に突然逮捕された。このことは、昨日付記事「麻生首相非正規雇用労働者蔑視発言ほか」で伝えた。

TBSがニュース報道した内容は以下の通り

10月26日20:00のTBSニュース

「麻生首相宅を見学」と称し無届けデモ

26日午後、東京・渋谷で、麻生総理の自宅を見学するツアーと称して無届のデモ行進が行われ、参加者の男3人が警視庁公安部に逮捕されました。

26日午後4時頃、「渋谷区にある麻生総理の自宅を見よう」という、ネットなどでの呼びかけに集まった市民グループおよそ50人がハチ公前から行進を始めました。

しかし、事前に集会やデモ行進の申請をしていなかったため、警視庁公安部は市民活動家の男1人を逮捕、さらに、それを妨害しようと警察官に暴行するなどした男2人を公務執行妨害の現行犯で逮捕しました。

公安部は、再三警告を行ったにもかかわらず、行進などを行ったとしています。

(26日20:00)

このニュース報道の末尾に、以下の表現がある。

「公安部は、再三警告を行ったにもかかわらず、行進などを行ったとしています。」

 警察発表では、無届けのデモであるので、中止するように再三警告したが、市民グループは警告を無視してデモを実施したため逮捕したということになる。

 ところが、若者の市民グループはウォーキングツアーを始める前に、警察と話をし、警察も了解を与えていたことが明らかになった。

 「低気温のエクスタシーbyはなゆー」様 、「カナダde日本語」様 、「雑談日記(徒然なるままに、。)」様 をはじめ、多くの方が動画を提供してくださっている。

 若者たちが警官グループにウォーキングの内容を説明して、了解を得ている場面がビデオに撮影されていた。

 「低気温のエクスタシーbyはなゆー」様 が提供してくださった動画から、若者グループが警察の了解を得ている場面 をご高覧いただきたい。

 ところが、この後、ウォーキングツアーを開始しようとした若者グループが突然逮捕された。

 若者グループは警察と協議し、車道を歩かないことなどの了解を取り、警察もウォーキングを認めている。

 同じく「低気温のエクスタシーbyはなゆー」様 が提供してくださった逮捕場面 である。

 先頭を歩く若者に手前横から帽子をかぶった男性が近づき、そのままぶつかった途端に逮捕されている。その後「こうぼうだ!こうぼうだ!」と叫び、「逮捕しろ!」と叫んでいる男性が公安の私服警官であると見られている。「こうぼう」とは「公妨」=「公務執行妨害」のことである。

 若者が警官に暴力を振るった形跡はまったくない。公安職員と思われる帽子をかぶった男性が、一方的に男性に接近し、接触した直後に「逮捕」の怒声が飛び交っている。

 若者が警察に拘束されようとするところ、同僚メンバーが必死に助け出そうとした。ところが、左からライトブルーのYシャツにグレーのベスト、肩からカメラらしきものを提げた男性が走って体当たりして、拘束した男性を助けようとする同僚から切り離した。この男性も公安職員なのだろう。

 若者が警官と話をしている動画を見たとき、私はすぐに逮捕の動画に登場する公安職員と見られる男が画面右奥に映っていることに気付いた。警官の了解を得てウォーキングを始める場面から、公安職員は把握していたのである。若者が警官と協議している動画 を改めて確認していただきたい。

 このことを「雑談日記(徒然なるままに、。)」様 が詳しくブログで解説してくださっている。

 (追記)「KNのブログ」様がウォーキングツアー先頭の若者に接触した防止をかぶった男性、「公妨」と叫び逮捕を指示した男性、仲間を救出しようとした同僚に体当たりしたライトブルーのYシャツとグレーのベストの男性が相談しながら歩く動画を掲示くださいましたので、その動画にリンク を張らせていただきます。これで、全体の流れが非常によく分かります。(追記ここまで)

 これらの一連の経過をたどると、TBSほかマスメディアが報道している内容 と、真実には「天地の開き」が存在していることがよく分かる。

 TBS報道は「再三警告を行ったにもかかわらず、行進などを行った」と報道している。この報道が、ぎりぎりのところで救われるのは、「公安部は・・・としています」と表現していることだ。

 メディア報道の大きな問題は、警察当局の発表をそのまま垂れ流すことだ。何も知らない一般国民は、垂れ流された情報をそのまま鵜呑みにしてしまう。

 しかし、警察は一般に想定されているような善良な存在ではない。私は深くその真実を知っている。私が巻き込まれた冤罪(謀略?)事件では、私の無実潔白を証明する決定的証拠であった防犯カメラ映像が警察によって消去されてしまったが、今回の渋谷事件では、決定的証拠を市民が撮影していたため、真実を広く国民に知らせることができる。

 渋谷のウォーキングツアーの事例でも、若者は警察と協議し、警察の了解を得たうえでウォーキングツアーを開始しているのだ。「再三警告を行ったにもかかわらず、行進をした」との公安部の説明は、現在得られている動画情報などから得られる状況とは、明らかに食い違っている。

 若者はこうした経緯を経て「逮捕」されている。「逮捕」は基本的人権である「身体の自由」を奪う、極めて重大な国家権力の行使である。渋谷の事例が不当逮捕であるなら、国民の生活の安全を守るはずの警察権力が、極めて重大な人権侵害を犯していることになる。

 この動画を広く流布する必要がある。警察の行動の一端を国民が知ることが可能になる。警察は権力に迎合し、不当に権力を行使する存在であるとの仮説を、これらの動画は説得力をもってわれわれに迫る。

 「雑談日記(徒然なるままに、。)」様 が主張されるように、野党はこの問題を重大な問題として国会で取り上げるべきである。渋谷警察署の警官と公安警察が事前に連絡し、ウォーキングツアーを実施させるように仕向けたうえで逮捕した可能性もある。

 マスメディアは続報をまったく伝えないが、日本の民主主義、警察の実態を知るうえで、この問題は極めて重要である。特別公務員暴行凌虐罪の適用も含めて、事件の徹底的な検証が求められる。

http://72.14.235.104/search?q=cache:ZqSOuuFoZ9kJ:uekusak.cocolog-nifty.com/blog/+%E7%9F%A5%E3%82%89%E3%82%8C%E3%81%96%E3%82%8B%E7%9C%9F%E5%AE%9F&hl=ja&ct=clnk&cd=3&gl=jp&lr=lang_ja&client=firefox-a

2008年10月27日 (18:22)

ポエニ戦争:ローマVSカルタゴ:西洋VS東洋:同一性主義と差異共振主義の混淆としてのキリスト教

ポエニ戦争とは、ローマがカルタゴを滅ぼして、地中海の覇権を勝ち取った戦争であるが、カルタゴとは、フェニキア人(東洋人)の建てた国である。だから、この戦争は西洋VS東洋を意味すると考えられるのである。
 古代ローマの勝利とは、直感では、同一性主義の勝利である。古代ギリシアにも同一性主義の要素はあったが、古代ギリシアには、それ以前にMedia Pointの震源があった。これをおそらく古代ローマは破壊したのである。
 そして、その後、古代ローマは「イエス」教を国教化する。これは、「イエス」教の同一性主義化である(P.S. つまり、キリスト教の誕生である)。ヤハウェ化である。イエスの教えの差異共振性がここで、抑圧阻害されるのである。そう、カトリックは、東洋的女神教と父権的ヤハウェ教との妥協であり、前者を利用しているのである。

追記:三位一体説であるが、これは、Media Pointで解明できるだろう。思うに、イエスは、Media Pointを正に超天才的に体現していた人物であったと考えられる。Media Pointの権化、そう、宇宙的なMedia Pointの権化であったと言えるのではないだろうか。だから、この点では、「神」である。しかし、同時に、人間である。だから、「神」即人間である。また、Media Pointは、超越エネルギーを放出するのであるが、これが聖霊として表現されたと考えられるのである。これがPS理論による三位一体説の解明の試みである。
 問題は、ヤハウェである。三位一体の「神」とは、イデア界ないしイデアそのものであろう。それは、ヤハウェではありえない。というか、ヤハウェとは、「神」の同一性主義という様態、アスペクトである。「神」の一面であるヤハウェを「神」そのものとするのは、錯誤である。

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ポエニ戦争
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
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カルタゴ(赤丸)とイタリア半島、シチリア島(中央の三角形の島)の位置関係。ローマはイタリア半島中、写真中央上部にある2つの湖のすぐ南に位置する。
カルタゴ(赤丸)とイタリア半島、シチリア島(中央の三角形の島)の位置関係。ローマはイタリア半島中、写真中央上部にある2つの湖のすぐ南に位置する。

ポエニ戦争(ポエニせんそう, Punic Wars)は、共和政ローマ とカルタゴ との間で、地中海世界の覇権を賭けて争われた一連の戦争である。ポエニとは、ラテン語 でフェニキア人 (カルタゴはフェニキア人の建てた国)を意味する言葉。紀元前264年 のローマ軍によるシチリア島 上陸から、紀元前146年 のカルタゴ滅亡まで3度にわたる戦争が繰り広げられた。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9D%E3%82%A8%E3%83%8B%E6%88%A6%E4%BA%89


参考:
フェニキア
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
(フェニキア人 から転送)
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フェニキア(英語 : Phoenicia)は、古代 の地中海 東岸に位置した歴史的地域名。シリア の一角であり、北は現シリア のタルトゥース のあたりから、南はパレスチナ (現イスラエル )のカルメル山に至る海岸沿いの南北に細長い地域であって、およそ現在のレバノン の領域にあたる。

フェニキアという名前は、フェニキア人 の居住地がギリシャ語 で Φοινίκη (Phoiníkē) と呼ばれたことに由来しており、そのもともとの語源は不明である。一説によると、フェニキアが貝から取れる紫色の染料を特産としていたことから、「紫色」という意味のギリシア語を語源とする。

住民はフェニキア人と呼ばれる人々で、紀元前15世紀 頃から紀元前8世紀 頃にティルス 、シドン 、ビュブロス 、アラドゥス などの都市国家 を形成して海上交易に活躍し、のちにはカルタゴ などの海外植民地 を建設して地中海沿岸の広い地域に広がった。

フェニキア人は系統的には様々な民族と混交していたが、アフロ・アジア語族 セム語派 に属するフェニキア語 を話し、言語的に見ればヘブライ人 同様カナン 人の系統にある民族である。彼らがフェニキア語を書き表すために発明したフェニキア文字 は、ギリシャ文字 ・アラム文字 ・アラビア文字 ・ヘブライ文字 など、ヨーロッパ ・西アジア の多くの言語で用いられる文字 の起源となった。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%95%E3%82%A7%E3%83%8B%E3%82%AD%E3%82%A2%E4%BA%BA

2008年10月24日 (02:33)

イラク戦争とは何か:父権的同一性主義帝国暴力とトランス・モダン・エヴォリューション

イラク戦争とは何か:父権的同一性主義帝国暴力とトランス・モダン・エヴォリューション

イラク戦争、アフガン戦争とは何か。私は戦争は本当にくだらないと思っているが、哲学的に簡単に戦争を考察しよう。
 端的に言って、父権文明が国家対国家の戦争をもたらしたのである。そう、父権文明が国家を形成したのである。それは、ヘーゲル哲学に結晶している。
 そう、文明civilizationという言葉は問題がある。それは、本来は、ローマ市民化することを意味したのであり、ギリシア市民化することではないのである。つまり、帝国市民化することなのであり、都市国家(ポリス)市民化することではないのである。
 ローマ帝国は当然ながら、中央集権的であり、ギリシア都市国家は多元的であった。父権文明、そして、キリスト教が大きな意味をもつ。
 確かに、古代ギリシアにおいても、戦争はあった。古代ギリシアも父権的な要素が強かったのであるが、ローマ帝国ほどの中央集権制はもたなかった。
 とまれ、簡単にいうと、父権主義とは、暴力・略奪主義なのである。端的に、野蛮である。それを国家が理屈で正当化するのである。(因みに、ホッブズの万人の万人に対する戦争観は、ハイパー父権主義と言えよう。)
 文明とは、そのように父権暴力を含むものなのであり、戦争がつきものなのである。哲学的には、同一性主義である。狂気である。宗教的にはヤハウェ的一神教である。(ここで要注意なのは、ヤハウェ的一神教とアッラー的一神教は異質なものであることである。この点は、既述したが、簡単に言うと、前者は差異を否定する同一性主義そのものであり、後者は差異を肯定する一元論である。)
 イラク戦争について言えば、ネオコン的同一性主義金融資本主義に拠るものであったと言えよう。
 そして、今日、ヤハウェ的同一性主義金融資本主義が、世界史的に、瓦解したので、イラク戦争の意味が問われるのである。それは、端的に、ヤハウェ的同一性主義金融資本主義暴力・略奪・狂気なのである。
 そして、トランス・モダン的進化的転換期にあって、イラク戦争が悪魔の戦争であったことがわかるだろう。同一性主義すべてのものが崩壊し、批判・糾弾・弾劾の対象となるのである。
 これから、アメリカは反ブッシュ/反ネオコン主義となるだろう。そして、同一性主義的金融資本は、徹底的に解体して、差異共振資本が形成されるだろう。
 トランス・イラク戦争の時代である。
 

IVAW事務局長ケリー・ドーアティーは、イラクにおける米兵の行いの責任は米
国政府の政策にあると言う。「占領下のイラクとアフガニスタンでおかされる
数々の悪行は、軍の『一部の腐敗分子』のせいなどではなく、米国政権の最上
層部で綿密に練り上げられた政府の中東政策の結果なのです」と、彼女は語る。

そのことを理解したからといって、証言で明らかになった情緒的倫理的な荒廃
のひどさが薄らぐものではない。

「白旗を掲げたやつが、ただゆっくりと近づいてきて命令に従ったら、それは
トリックだと思え、殺すんだ」とは、ファルージャに侵攻する前に所属大隊の
法務士官から受けた命令だと、マイケル・ルダックは証言した。ルダックは海
兵隊伍長であり、2004年の米軍によるファルージャ侵攻に参戦した。

この本は、特に合州国の一般の人々にとって価値がある。なぜなら、この「冬
の兵士」証言は、ワシントンポストが首都圏ニュース欄に埋め込んだ小さな記
事を除けば大手メディアが一切報道しなかったからだ。
http://groups.yahoo.co.jp/group/TUP-Bulletin/message/816

10月16日 速報785号 「冬の兵士」証言集、米国で出版 - tup_bulletin
ダール・ジャマイルが解説する『冬の兵士証言集──イラク・アフガニスタン帰

2008年10月21日 (06:52)

リーマンのCDS清算、地域金融機関に数千億円の損失発生も

リーマンのCDS清算、地域金融機関に数千億円の損失発生も

10月16日19時31分配信 ロイター

リーマンのCDS清算、地域金融機関に数千億円の損失発生も

拡大写真

 10月16日、リーマンのCDS清算で地域金融機関に数千億円の損失発生も。写真は先月撮影された都内のリーマン日本法人(2008年 ロイター/Toru Hanai )
 [東京 16日 ロイター] 経営破たんしたリーマン・ブラザーズのクレジット・デフォルト・スワップ(CDS)の清算が世界規模で金融機関に予想以上の損失を与える可能性が出てきた。
 信用リスクを取る売り手が、多額の損失を被るとみられている。日本ではリーマンの破たんリスクに関するCDS自体の影響は限定的とみられているが、そのCDSを再組成したCDO(債務担保証券)が元本割れとなっており、これを買った地域金融機関に合計数千億円規模の損失が出る、との見方がある。リーマンの社債デフォルト(債務不履行)と合わせて金融機関には大きな負担となっている。
 <リーマンCDSの損失、世界規模で7000億─8000億円>
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20081016-00000553-reu-bus_all

2008年10月21日 (06:07)

The Guys From ‘Government Sachs’

The Guys From ‘Government Sachs’
Photo illustration by The New York Times

Treasury faces, from left: Steve Shafran (formerly of Goldman), Kendrick Wilson III (ditto), Henry Paulson Jr. (you guessed it), Edward Forst (yep) and Neel Kashkari (see a trend?).


THIS summer, when the Treasury secretary, Henry M. Paulson Jr., sought help navigating the Wall Street meltdown, he turned to his old firm, Goldman Sachs, snagging a handful of former bankers and other experts in corporate restructurings.
http://www.nytimes.com/2008/10/19/business/19gold.html?em

2008年10月17日 (17:19)

対称性と非対称性:雌雄分離の力学:新母権世界又は父権包摂的新母権世界の構築へ向けて

対称性と非対称性:雌雄分離の力学:新母権世界又は父権包摂的新母権世界の構築へ向けて

テーマ:自己認識方程式(i)*(-i)⇒+1関係

ノーベル物理学賞をとった南部氏の「対称性の自発的破れ」理論であるが、これは、Media Pointの様相と見ることができることは先に述べた。自己認識方程式自体がそれを表現していると言えよう。(+i)*(-i)⇒+1において、左辺が正に、対称性であり、⇒が自発性であり、+1が破れである。これは端的に物質や自己の形成を意味するのである。
 私が問題にしたいのは、能動性と受動性の関係である。あるいは、雌雄性別形成の発生因である。単性生殖(処女生殖)もあるので、注意が必要である。
 雄だから、能動的であるとは、当然必ずしも言えないことは自明である。精神と身体との区別が必要であると考えられる。
 ここで作業仮説であるが、+iを能動性、-iを受動性としよう。そうならば、+1とは、能動性と受動性が調和合一したものと言えよう。ユング心理学の個体化に相当する。
 父権主義とは、一見、能動性に傾斜しているが、根本的にそうなのだろうか。逆ではないだろうか。雄・男性の根本は受動性ではないだろうか。そして、雌・女性の根本は能動性ではないだろうか。
 私は父権主義を批判し、母権主義(母系主義)を肯定評価しているが、後者にはバランスを見ているのであるが、今の考えでは、さらに母権主義とは、原理は能動性+iではないかということである。即ち、これまで、母権主義には、+1の調和バランスを見ていたが、今は、能動性+iではないだろうかということである。だから、父権主義の根本は受動性-iとなる。
 私が今思っているのは、父権主義の根因は-iであるが、-iが反動したものが父権主義として現われたのではないだろうかということである。
 本体の-iを否定するので、+iとなるだろう。そして、これが、根源の+iと積となり、-1となるのではないだろうか。
 では、母権主義は、本体が+iであるが、それが、父権主義によって否定されて、-iとなっているのである。そして、-iの自乗で、-1となるのである。
 以上は思考実験に過ぎない。
 ここで、これまでの発想から言うと、母権主義は本来、+1の調和主義である。これまで示唆したように、この調和の智慧が、太古から伝承されてきたと考えられる。それが、仏教の般若であり、グノーシス等におけるsophia(叡知)、等々ではないだろうか。
 聖書にしろ、神話にしろ、この母権的叡知を下敷きにして、いわば、父権主義的に反転させているとみることができる(参照:ジョゼフ・キャンベルの神話学)。有名なD. H. ロレンスの『黙示録論(アポカリプス)』も、ヨハネ黙示録の「考古学」であり、基層・古層の母権的叡知ないしは東洋的叡知を発掘しているのである。
 さて、本件であるが、女性の対称性の破れとは、調和的であるが、男性の対称性の破れは、-iの傾斜があり、不調和的ではないだろうか。-iという受動性へ傾斜しているので、反動的な能動性(虚栄心等)を形成するのではないだろうか。平明に言えば、強がりである。虚勢である(石原都知事を見ればいいだろう)。コンプレックスの裏返しの優越感志向と言えよう。
 思うに、女性の調和叡知に劣等感を感じた男性が反動的能動性を形成して、父権主義を生んだのではないだろうか。
 典型がヤハウェである。しかしながら、この反動的能動性があったからこそ、文明が生じたのである。これは、父権的知性の形成であり、物質科学・技術を生んだのである。
 何度も言うが、母権主義だけでは、「進歩」はなかったと言えよう。しかし、今は、このヤハウェ的父権文明=同一性主義金融資本主義が崩壊して、新たな母権的世界が生まれようとしていると言えよう。しかし、自発的な破れであるから、行為しないものは、没落・零落する運命である。
 PS理論は、この新母権的世界を指導する理論となろう。

p.s. この新母権世界であるが、最高に注意すべきは、同一性科学(物質科学・技術)を包摂した差異科学・技術的世界となるのであり、これは、父権主義を包摂した新母権主義ということである。包摂ないしは超越的包摂ということがキーポイントである。

2008年10月16日 (14:51)

差異通貨論:新ブレトン・ウッズ体制に関連させて

差異通貨論:新ブレトン・ウッズ体制に関連させて

テーマ:差異通貨・貨幣論

再掲である。

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Sat, September 22, 2007 20:19:05
同一性資本から差異資本へ:量的経済から質的経済へ:トランス・モダン差異共生経済へ
テーマ:差異通貨・貨幣論 サブプライムローンという現代の金融工学を駆使して造られたローンであるが、実質は、貨幣の古典的形態の問題から出ていないと考えられるのである。つまり、リスクを分散させて証券を多発したのであるが、結局、目指しているのは、交換価値=量的価値の増加・肥大化に過ぎないのである。古典的な貨幣の仕組みから脱皮していないのである。小手先の技術が発達しただけなのである。
 さて、そこで、サブプライムローン問題に関係させて貨幣について、新たに、プラトニック・シナジー理論から考察してみよう。
 私は、サブプライムローンは、シェイクスピアの『マクベス』の魔女の予言とマクベスの関係と類似していると直感した。これは何を意味するのかと言えば、構造として貨幣が喚起する、期待の地平(投機の地平)があるのであり、この期待の地平(魔女の予言の地平)において、同一性(連続的同一性)である貨幣(資本)が拡大・成長・肥大化するのである。
 この拡大・成長・肥大化は、当然、量的増加であり、同一性構造における増大である。なぜ、この期待の地平において、増大化するのかと言えば、それは、同一性構造が自我の構造であり、端的に、自我欲望の構造であるからということになる。
 貨幣(資本)は、同一性構造=期待の地平において、自我欲望と結合・融合しているのである。ここでは、投機と妄想は区別がつかないだろう。だから、「魔女の予言」なのである。
 近代合理主義においては、合理的な投機と妄想的投機の区別がつかないのであり、バブルが必然的なのである。ここでは、合理性と妄想が同次元なのである。
 なぜ、合理性と妄想が同次元になるのかと言えば、端的に、同一性構造=期待の地平が基盤にあるからである。同一性構造とは、抽象・一般的構造、抽象的量的構造であり、同一性(=貨幣)は無限に拡大しうるのである。つまり、抽象・一般・量的価値=近代合理性が無限に増加しうるという妄想を生むのである。
 このような近代合理主義的貨幣論に留まっているので、金融工学を駆使しても、サブプライムローン問題という古典的なバブルが発生するのである。
 この問題は、結局、貨幣における交換価値という同一性価値の増大に留まっていることから発しているのである。差異的価値へと転換しないために、同一性の量的価値の無限の拡大を志向して、バブル化して、崩壊するのである。
 金融資本の投資家が、量的価値しかもっていないから、このようなことが起きるのである。差異的価値へ盲目なのである。ここで、現代哲学を考えてみると、ポスト・モダンは、脱同一性=差異を志向した。これは、単純に言えば、貨幣の同一性(近代合理主義)からの脱却を意味している。
 しかしながら、これまで述べたように、ポスト・モダン哲学は、同一性を生み出す連続性から真に脱却できなかったのである。思うに、リスクを細分化して、拡散させる金融工学は、ポスト・モダン哲学と同じではないかと思えるのである。リスクの細分・拡散化とは、同一性的差異(連続的差異)の形成を意味するのではないだろうか。連続的差異をたくさん作っても、結局は、微分に過ぎず、同一性自体は変わらないのである。元の木阿弥である。
 結局、純粋な、絶対的差異(超越的差異)へと転換できないことから、現代の資本主義の混沌が生まれていると考えられるのである。トランス・モダンへと転回できないでいるのである。
 絶対的差異への転換、これは、量的価値(交換価値)から質的価値への転換を意味する。そして、プラトニック・シナジー理論からは、差異は即非・共振性をもつので、差異共生主義へと転回することが考えられるのである。これは、新共同体(新共生体)を意味するのである。
 貨幣・資本は今や、新たな共同体・共生体形成へと振り向けられる必然性があるのである。成長という用語を使うならば、量的成長から質的成長へとパラダイム・シフトすべき時に至っているということである。比喩的に言えば、蛹から蝶へと成虫化すべき時に至っているのである。
 貨幣・資本は、同一性価値に基づく量的成長から差異的価値に基づく質的成長へ変換するために、投資される必要があるのである。この差異的価値への転換のために、差異的経済価値の法律が必要となると考えられるのである。差異共振性・差異共生性のために使用される投資は優遇されるように法律化すべきなのである。
 私は、単なる寄付ではいけないと考えられる。寄付=贈与は、実は一種の負債である。というか、根源的な負債であろう。寄付される方は、負い目があり、寄付する方は寄付される方に対して、権力をもつのである。あるいは、逆の関係となろう。どちらにしろ、主従関係である。
 ということで、近代合理主義/ポスト・モダン=魔女の予言(サブプライムローン)からのエクソダスとして、トランス・モダン=差異共振主義へとパラダイム・シフトする必然性があるということである。
http://ameblo.jp/renshi/entry-10048167048.html

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金儲けと「同一性=自我」欲望:Kaisetsu氏の銀本位制と有限化
テーマ:差異通貨・貨幣論
私の今の直感では、金儲けに奔走する人間は、「同一性=自我」主義に陥るということである。金は同一性=交換価値であり、すべてをそれに還元する。極端な例が守銭奴である。
 ここで政治について言うと、自民党は金のこの魔力に長い間浸かってきたので、国民の痛みという差異が認識できなくなっていると思える。
 金はこの世でいちばん危険なものである。悪魔である。しかし、この悪魔は天使にもなる。デリダがプラトンのファルマコン(パルマコン)の両義性について述べたが、ファルマコンの典型は金であろう。毒薬であり、良薬でもある。
 金は、だから、麻薬・ドラッグに近い。また、ギャンブルにも近い。この金の魔力を極力減らすことを考えないといけないだろう。アメリカの軍需産業は、戦争経済という悪魔経済を形成しているが、それも、金の魔力である。イエスがカエサルのものはカエサルへと貨幣について述べたのはある意味で正しい。
 結局、「同一性=自我」欲望と金が密接に結びついていて、差異が押さえられてしまうのである。これが、ハイデガー的に言えば、世人の様態である。 Kaisetsu氏は、銀本位制を提唱されているが、それは、明敏である。つまり、「同一性=自我」欲望が、抽象的な金=交換価値と融合して、無限欲望幻想へと駆り立てるからである。銀本位制ならば、本来伝統的な通貨制度であり、「同一性=自我」欲望を銀という金属に有限化できるので、無限欲望幻想を押さえることができるのである。
 また、環境問題も銀本位制によって解決できる可能性が生まれるだろう。何故なら、環境は有限であるからであり、「同一性=自我」欲望を限定することで、環境の有限性へと目覚めることが可能になるのである。
 環境問題は、今日、とりわけ温暖化として問題化しているが、結局、社会全体において、どうやって差異化をもたらすかにかかっているだろう。PS理論がこのための指針をもたらすと考えられるのである。結局、実践的問題として、「同一性=自我」欲望の「世人」をどう矯めるのかである。これが難しい。
 自民党は「同一性=自我」欲望に麻痺しているから、これを矯めるのはほぼ不可能であろう。イエスが言ったように、「死者は死者によって埋葬させよ」であろう。差異をもった新しい力をより進展するようにもって行く方が建設的である。
 Let Identity=Ego Desire bury itself.
 Let Difference create new future!
http://ameblo.jp/renshi/entry-10042725611.html


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Thu, March 01, 2007 11:15:16
ウイリアムズ・ジェニングズ・ブライアンで、金本位制に苦しむ農民の利益を代表して銀本位制を唱えた
テーマ:差異通貨・貨幣論
 「オズの魔法使い」の主人公の少女ドロシーは自分の愛犬トトとともに竜巻により家ごと吹き飛ばされます。砂漠に囲まれた美しく不思議なオズの国に住む邪悪な「東部の魔女」の家の上に落ちて、魔女は死にます。そして少女はオズの国にあるエメラルド・シティを目指します。その途中頭脳を必要とする「かかし」や、心を欲しがる「ブリキの木こり」、そして弱気な「ライオン」に会い、頼りにされますが、少女は自分の故郷カンザスに帰りたがります。「北の妖精」に助けられもしますが、「東部の魔女」のためにドロシーに復讐を誓う同じく邪悪な「西部の魔女」に邪魔されます。ドロシーは「東部の魔女」が残した「銀の靴」に強い力があることを、優しい「南部の魔女」から教えられ、その靴を履き砂漠を越えてカンザスの故郷に帰ります。

 私はつい最近までこれは完全に童話の世界の物語と思っていましたが、そうではなくて当時の世相をもじった寓話であるとの評論家ヘンリー・リトルフィールドの論評を読んで驚いたことがあります。その一部を紹介します。

 『19世紀後半は南北戦争後の共和党政権時代で政治家と資本家が幅を利かしておりました。「トムソーヤの冒険」の作者マーク・トウェインはこれを「金ぴかの時代」と呼んでおります。特に中西部一帯では1885年から87年までの間熱波と寒波が襲い、多くの牛が死んだため牧場主が破産、カウボーイは失業した他、1890年から94年にかけては、鉄道や企業の倒産が続いたため、失業、ストライキ、暴動が起こり、デフレが続くと言った時代背景がありました。登場人物は当時アメリカを構成した人物やグループを擬人化したもので、例えば、死んだ「東部の魔女」は破産した銀行家か大牧場主、「西部の魔女」は裕福な農場主または鉄道会社、「かかし」はカンザスの農民、「ブリキの木こり」は単純な労働の結果非人間化した東部の金属労働者、弱気な「ライオン」は 1896年の大統領選挙でポピュリスト党の大統領候補となったウイリアムズ・ジェニングズ・ブライアンで、金本位制に苦しむ農民の利益を代表して銀本位制を唱えたが、黒人グループを追い出そうとする党内勢力を押さえきれなかった弱気が災いして支持を集められず敗退して、党勢が衰えて行ったことをもじったもの等々。エメラルド・シティの緑はアイルランドの象徴であり、当時東部で差別されて西部に移住したアイルランド系市民を示している。』
http://www.mofa.go.jp/mofaj/press/staff/hokubei/h_45.html
http://ameblo.jp/renshi/entry-10026852429.html

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マルクスの価値形態論とスピノザ&ドゥルーズの身体・差異の哲学の比較:
テーマ:差異通貨・貨幣論
以下は、2003年8月21日の日付がある。
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マルクスの価値形態論とスピノザ&ドゥルーズの身体・差異の哲学の比較:

前者は、資本主義力学における形式論理、様態であろう。そして、これは、
象徴界=二項対立と結びついているだろう。今村仁司の第3項排除論はこれを説明するものだが、これは、いわゆるポスト構造主義的な考えだろう。つまり、根源の差異を排除して、二項対立、二元論が形成されるということだ。デリダなら差延であるが。このように考えると、マルクスの価値形態論とは、資本主義の構造主義分析である。貨幣という商品が排除される。では、貨幣とは、となる。これは、ドゥルーズ的に言えば、差異を隠蔽している代用物であろう。
人間と人間、人間と自然との関係における力の源泉を隠蔽するような代用物であろう。(「乖離の現象学」からすれば、情動や欲望の言い換え、メタファーやメトニミーに相当するのだろう。)とまれ、差異を同一性に変換する「イデア」=抽象作用である。そう、悟性作用と言っていいだろう。数的な作用である。計算作用である。合理化作用である。言語作用である。差異、単独性の排除がある。この排除を隠蔽する作用の一つの要として貨幣があると言えよう。つまり、貨幣とは、差異排除的同一化作用の経済的手段である。これは、抑圧力=暴力・支配力・権力=死の欲動と一体である。(ゲゼル会の森野氏によると、価値形態論もプルードンからの剽窃ということになるようだが、ここでの問題は価値形態という資本主義経済力学における構造性であるので、発見者がマルクスであろうが、プルードンによるのであろうが、かまわない。)
以上のように考えると、資本主義を脱するには、ドゥルーズ的な差異哲学に立たないといけないだろう。また、脱資本主義貨幣論が必要だろう。同一性の貨幣でなく、差異としての貨幣が必要である。(この点は、ゲゼル的な発想が役に立つだろう。しかし、問題は、差異のための新しい貨幣・通貨が必要ということである。だから、そのための差異経済連合が必要であろう。
とまれ、差異が先立たないといけない。シュティルナーのエゴイスト、唯一者である。このように見ると、柄谷氏は、問題の核心に近づいていたのだが、マルクスとスピノザ/ドゥルーズを連結することができなかったと言えよう。マルクス的な経済的唯物論に囚われているかぎり、この連結ができないだろう。柄谷氏は、ここで行き詰まってしまったと思う。【価値形態論の構造主義は、カントの超越論性・先験性と、柄谷氏が説いたように、通じるのであり、彼は、必然的に、マルクスとカントを結びつけた。だから、この点で、柄谷氏は、マルクスの後継者である。(ドゥルーズの「構造主義とは何か」を読まないといけないだろう。)しかし、彼の直感が捉えていたスピノザやシュティルナー性は切り捨てられてしまった。ドゥルーズ研究を継続すれば、問題を解決できたかもしれない。やはり、なにかあせって、もっていたものを合理洗浄化して、整合性のあるマルクス構造主義=カント超越論と価値形態論―地域通貨―アソシエーションへと帰結したと言えよう。思うに、柄谷氏のあせりとは、冷戦後のグローバルな展開によるのではないだろうか。】つまり、力の源泉は、差異にあるのであり、価値形態論から差異論へと発展しなくてはならなかったのである。そして、今フーリエを読んでいて思うのだが、内在平面の力、差異の力とは、連合へと向うということだろう。フーリエの情念引力と差異力(スピノザ化した能動的差異力としよう)は通底すると思う。もともと内在平面において、個体と個体は連結しているのだが、現象界においては、反発しあう。二項対立・同一性的な反動である。しかし、差異を発芽させるとは、内在平面の力を喚起することであり、現象界における連結を目指すと言えよう。それは、ガタリ的に言えば、カオスモーズを活性化することであり、ここが現象界に近い連結の源泉となるだろう。とまれ、内在・潜在的に連結力は喚起されるわけである。これは、思うに、経験的に言うと、確かにフーリエの言うような協同社会(ないし連合社会)的な情念引力と通底するように思える。(cf. ロレンスにもこの力があったと思うが、父権化、象徴界化に囚われていただろう。)
つまり、ドゥルーズ&ガタリ的な内在的差異力・カオスモーズの連結指向とは、
現象的には、強度的な共感引力すなわち情念引力になるのではないだろうか。つまり、内在平面という一体の力が差異に発動しているわけであるから、差異は連結・結合へと向うのだ。(cf.ゲーテの親和力)
ということで、整理すると、ドゥルーズ&ガタリの内在平面・差異・カオスモーズの力とは、フーリエの情念引力とほぼ一致するのではないだろうか。彼らの変様態=情動(affect)(被知覚態percept含めてもいいだろう)は、情念引力とほぼ等しいだろう。ただし、フーリエの方が商人だったので世故、世俗に長けていて、欲望をよく知っている。つまり、ドゥルーズ&ガタリだと、いかにも、フランスのエリート、知識人という感じで、世間を知らないのだ。つまり、情動性や欲動を取りだすが、欲望は軽くみているのだ。ブルジョワ的ということで。でも、そうではないのだ。欲望も認めないといけない。この点で、フーリエの情念引力の方が網羅・包括性があると言えよう。そこで、さらに整理すると、ドゥルーズ&ガタリの内在諸力とは、顕現態としては、欲望を含んだ、連結指向的な欲動・情動として発現するのであり、それは、情念引力と等値であろう。だから、ドゥルーズ&ガタリとフーリエの「結婚」が生起するのだ。それは、フーリエの有神論を差異的に解体して、差異化するだろうし、ドゥルーズ&ガタリ(略して、D/G)の差異哲学は、逆に情念引力化して、欲望化し、また、はっきりとその連結指向が協同社会・連合へと発展するだろう。(思うに、ロレンスも晩年、この差異的協同社会へと指向したのではないだろうか。)当然、ここにはシュティルナーのエゴイストの連合も入るし、また、プルードンの多元連合論も、差異・情念引力化されて、入ってこよう。
http://ameblo.jp/renshi/entry-10018398906.html


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検討課題:貨幣と差異
テーマ:差異通貨・貨幣論
Kaisetsu氏が説くように、貨幣の起源を、王権的なもの、つまり、王権の観念・概念像として、考察を始めよう。思うに、ここには、普遍性、一般性、特異性が現れている。普遍性は、王権的観念・概念である。それは、ある意味で、イデア的と言えるのである。換言すると、メディア・シナジー・エネルギーをもつものである。
 一般性は、これと関係するが、数的価値である。そして、特異性は、その貨幣自体の希少価値性である。貴金属性である。普遍性と特異性は差異と、一般性は同一性と関係するだろう。しかし、ここでは、正確に検討しないといけない。
 王権的普遍性とは、差異且つ同一性である。ここには、矛盾両立があるのである。貨幣自体の特異性は、この王権的差異と関係するだろう。つまり、金貨や銀貨は、王権的差異と一如である。そして、貨幣の数的価値=一般性は、当然、同一性であり、これも王権的普遍性と関係する。図式化しよう。
     
      差異・特異性・・・貨幣自体
      ↗
王権的普遍性→メディア・エネルゲイア
      ↘
      一般性・同一性・・・貨幣の数的価値


 では、王権的普遍性とは、プラトニック・シナジー理論から見ると何だろうか。これは、先にも述べたが、父権的一神教的エネルゲイアと等価であろう。ヤハウェに等価である。ここで、想起するのは、イエスが、「カエサルのものは、カエサルへ」と言ったことであるが、しかし、貨幣は、神的なのであるから、単にカエサルのものではないのであるから、イエスの言葉は誤謬である。さらに、想起するのは、貨幣とキリストが等価であると、以前述べたことである。ロゴスの受肉としてのイエス・キリストを考えると、貨幣としてのキリストということがよくわかるだろう。ロゴスが神的普遍性であり、それが、物質化されたものが、キリストになるのだから。
 ここで、解答すると、貨幣=王権的普遍性とは、メディア・シナジー・エネルゲイアの同一性構造である、ということである。不連続的差異論的に言えば、メディア界のエネルゲイアをもつメディア/現象境界同一性構造性である。しかも、貴金属として、特異性化されているので、個体的なものである。だから、やや極論的になるが、メディア界=メディア平面そのもの、差異共振シナジー様相そのものと言えそうである。そう、正に、メディアである。貨幣は、理想的な媒体と言えるのである。
 問題は、連続・同一性構造である。メディア・エネルゲイアは、この場合は、王権・権力であるが、それが、貨幣の連続・同一性の数的構造を実効的に保障しているのである。(信用とは、王権・権力であろう。)そして、この連続・同一性構造への傾斜が、差異や特異性の否定・排除・隠蔽へとつながるのであり、金融・拝金資本主義においては、まさに、そうなっているのである。
 ここで、ルネサンス(イギリス・ルネサンスのエリザベス朝時代も含む)を想起するのである。それは、差異の発現・顕現の時代である。差異共振シナジーの発現・発動・作用の時代と考えられるのである。だから、貨幣・資本は、そのようなものとして、存したと考えられるのである。つまり、王権的普遍性をもつ貨幣・資本が、差異共振シナジー化したと考えられるのである。貨幣のメディア・エネルゲイアが、差異共振シナジー・エネルゲイアになったということである。しかし、近代合理主義、唯物科学が発展すると、メディア・エネルゲイアが失せてくるのである。それは、連続・同一性中心主義に取って代わられるのである。これは、エンテレケイア化と言ってもいいかもしれない。貨幣が本来のメディアから、エンテレケイア・終極態=目的になったのである。これは、貨幣の堕落である。つまり、貨幣の連続・同一性化である。ここでは、メディア・エネルゲイアが排除されているのである。思うに、ここには、不兌換制度が原因としてあるように思えるのである。貨幣の特異性としての貴金属性を喪失したとき、それは、同一性の傾斜へと流動すると考えられるからである。(ここで、直観を言うと、貨幣の貴金属性、兌換制とは、貨幣の身体性である。貨幣の「精神」・「魂」・「霊魂」とは、貨幣の心身であり、身体且つ思惟である。不兌換通貨制とは、いわば、身体のない思惟、つまり、幽霊状態である。身体(延長)と思惟(意識)がそろって、「精神」・「魂」・「霊魂」が顕現するのである。)
 後で、再検討したい。

参考:
「貨幣の起源を考えるテキスト」
http://theory.platonicsynergy.org/?eid=375802
「『交換』概念の研究」
http://theory.platonicsynergy.org/?eid=376712
「等価概念の否定⇒連続性の否定」
http://theory.platonicsynergy.org/?eid=379678

Theories for the Platonic Synergy Concept.
http://ameblo.jp/renshi/entry-10018211593.html



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差異共振シナジー通貨論のための過去のブログ・リスト
テーマ:差異通貨・貨幣論
ポスト近代西欧と共生主義:メディア界的理性・調和・均衡http://ameblo.jp/renshi/entry-10000620997.html

民主主義通貨と資本主義通貨:世界共生通貨ガイア?http://ameblo.jp/renshi/entry-10000608030.html


差異潜在・内在需要と差異共与経済http://ameblo.jp/renshi/entry-10000523575.html

近代的自我と民主主義:欲望と倫理http://ameblo.jp/renshi/entry-10000518262.html

未来の生活の保障:差異共創存歓喜経済http://ameblo.jp/renshi/entry-10000506587.html

いかに奈落から脱出するか:日本/日本人の盲点http://ameblo.jp/renshi/entry-10000501813.html

差異共創存主義経済へ向けて
http://ameblo.jp/renshi/entry-10000429590.html

特異性と共創共生主義:脱/ポスト資本主義http://ameblo.jp/renshi/entry-10000460403.html

プラトンの善とイデア界:プラトニズムと不連続的差異論http://ameblo.jp/renshi/entry-10000715083.html

経済成長から共生経済へのコペルニクス的転回http://ameblo.jp/renshi/entry-10000685548.html

差異資本主義とは何か:差異と資本:差異という妖怪が遊牧するhttp://ameblo.jp/renshi/entry-10000575345.html

聖霊資本主義、差異共立資本主義、メディア界的資本主義とは何かhttp://www.doblog.com/weblog/myblog/53913/2613381#2613381

経済とはメディア界に属しているのではないか
http://www.doblog.com/weblog/myblog/53913/1745392#1745392


検討課題:差異共存共創経済と脱・ポスト資本主義
http://www.doblog.com/weblog/myblog/53913/1802566#1802566


差異共存共創資本的政治経済社会論:差異共存益・共創益的相補性・相互補完的資本経済
http://www.doblog.com/weblog/myblog/53913/1792291#1792291

資本主義の哲学:新自由主義的資本主義から差異主義的資本主義へ
http://www.doblog.com/weblog/myblog/53913/1930819#1930819

差異資本論(ジャンル/テーマ)
http://ameblo.jp/renshi/theme-10000234863.html

http://ameblo.jp/renshi/theme7-10002569320.html


2008年10月16日 (13:13)

ブラウン首相の新ブレトン・ウッズ体制提唱:Kaisetsu氏の金銀本位制提言と差異共振資本主義

英国のゴードン・ブラウン首相は、以下の記事で述べられているように、明確に新ブレトン・ウッズ体制を目指している。

「Calling for "very large and very radical changes," Mr Brown said he was seeking nothing less than "a new Bretton Woods."」(強調はrenshi)
http://www.telegraph.co.uk/news/newstopics/politics/economy/3204286/Gordon-Brown-wants-to-rewrite-the-rules-of-capitalism.html

これは、Kaisetsu氏が鋭く提言するように、固定相場制の復帰、即ち、兌換通貨体制への復帰が考えられるのである。
 Kaisetsu氏は持説として金本位・銀本位体制への復帰を提唱されている。この問題は、以前に考察したことがあるが、Kaisetsu氏の説明を踏まえて簡潔に言うと、今日、グローバル経済の進展、技術革新等によって差異共振エネルギー(これは、超越的エネルギー、精神的エネルギー、量子的エネルギー等である)が「成長」したのであるが、それが、同一性主義金融資本をグロテスクに肥大化(モンスター化)させてしまったのである。換言すると、資本主義システムにおける末端の同一性価値が中心化されて、それが、デリバティブ等になり、そのグローバルな怪物が創造された差異共振エネルギーの母体システムを侵食してしまった(新世界恐慌)のである。
 何故なら、差異共振エネルギーという「魂」が身体としての貨幣をもたないで、バーチャルな通貨に転換されたからである。イエスの言葉で言えば、「新しい酒は新しい皮袋に入れよ」なのである。(思うに、マルクスの生産力と生産様式の質と量の「弁証法」でも考えられよう。今日では、非線形システムと呼べよう。)
 この問題に関して、私は以前、特異性である差異共振エネルギーを物質化させる方法として、Kaisetsu氏の金銀本位制の復帰を支持したのである。この場合の物質化とは、物質的特異化である。差異共振エネルギーとはいわば不可視のもの、量子的エネルギー、精神的エネルギーなので、それは、「霊」のままなのである。そう、イエス教的に言えば、聖霊である。聖霊としての差異共振エネルギーなのである。この現実化=身体化が今日要請されているのである。
 簡単に何故、身体化が必要とされるか再考してみよう。これは、Kaisetsu氏の説明でわかりやすいが、結局、放出されるエネルギー(エネルゲイア)は、現実化(エンテレケイア)することを求めるということである。新しい秩序(コスモス)を要求しているのである。正に、つまり、カオスとしての差異共振エネルギーが今日のグローバル経済において、90年代以降、放出されているのであるが、それが、同一性主義金融資本へと流出して、新世界恐慌をむかえた結果になったのである。
 このカオスを新秩序(ニューコスモス)へと転換する主要な方法が、新兌換通貨体制と考えられるのであり、新秩序が新ブレトン・ウッズ体制ということになるのである。
 私見では、この新通貨体制は、差異共振エネルギーを差異共振価値として放出する貨幣システムとなるということである。そう、これは手段であり、コンテンツは、差異共振価値創造であるということになるのである。即ち、差異共振資本主義へと転換する必然性が生まれているということになる。
 上述したヴァーチャル通貨ではなく、兌換通貨・身体化の必要という点については、あらためて考察しようと思っているが、今、ポイントを言うと、兌換通貨にすると、差異共振エネルギーは兌換通貨という物質身体に収斂すると考えられるのである。これは、実は、新しい同一性、同一性価値である。即ち、差異共振的同一性なのである。これは、同一性主義とは似て非なるものである。差異から生まれた同一性=物質であり、端的に、特異性の個体なのである。同一性主義とは言い換えると、超越論的形式主義ないしは構造主義なのであり、特異性を看過、無視しているのである。
 差異共振エネルギーを、構造主義的に捉えると、同一性主義金融資本=デリバティブ等になるのである。しかし、兌換制度によって、同一性価値を物質的に特異性化することは、差異共振エネルギーの特異性的な同一性価値化なのである。
 構造主義的な同一性価値化は、同一性主義金融資本となるが、兌換通貨による、身体的同一性価値化は、差異共振金融資本となるだろう。
 ここには実に哲学、PS理論の核心の一つがあると言っていいだろう。繰り返すが、差異共振エネルギーとは特異性のエネルギー、ないしは、Media Pointにおける創造的エネルギーであり、それは、特異性をもつ様式によってのみ、秩序化するということである。その特異性をもつ金融様式が新ブレトン・ウッズ体制における新兌換制度ということになると考えられるのである。
 
 
参考:(見出し強調renshi)

即座にブレトンウッズ体制に回帰するべきである。
2008.10.16 Thursday

◆貨幣が身体を持っていないために、暴れまわっているのである。貨幣の亡霊である。身体を見つけるまで、過激な変動を世界経済に齎すであろう。速やかに、 金銀本位制によるブレトンウッズ体制に回帰するべきである。サブプライム問題は、CDSを通じて、デリバテイブとスワップ(レバレッジ)の二つの根本的な問題点を内包し、その問題点が、一瞬に、同時に、9月29日に弾けたのである。海舌は、同時に十字に裂けたと表現している。
by 海舌
http://blog.kaisetsu.org/?eid=688103
『海舌』 the Sea Tongue by Kaisetsu
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参照:
ブレトン・ウッズ協定
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
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ブレトン・ウッズ協定(ブレトンウッズきょうてい)(Bretton Woods Agreements)とは、 第二次大戦末期の1944年 7月、アメリカ、ニューハンプシャー州 北部の行楽地のブレトン・ウッズ で開かれた連合国通貨金融会議(45ヵ国参加)で締結され1945年 に発効した国際金融機構についての協定である。

概要

[編集 ] 展開

国際通貨基金 (IMF)、国際復興開発銀行 (IBRD)の設立を決定したこれらの組織を中心とする体制をブレトン・ウッズ体制という。 この協定は1929年 の世界大恐慌 により、1930年代 に各国がブロック経済 圏をつくって世界大戦をまねいた反省によっているだけでなく、第二次世界大戦 で疲弊・混乱した世界経済を安定化させる目的があった。そのため具体的には、国際的協力による通貨 価値の安定、貿易 振興、開発途上国 の開発を行い、自由で多角的な世界貿易体制をつくるため為替 相場の安定が計られた。

そのため、金1オンス を35USドル とさだめ、そのドルに対し各国通貨の交換比率をさだめた。(金本位制 ) この固定相場制のもとで、日本円は1ドル=360円に固定された。

この体制下で西側諸国は、史上類を見ない高度成長を実現。特に、日本は1950年代から1970年代初めにかけて高度経済成長 を実現し「東洋 の奇跡 」とよばれた。 安定した自由貿易 の利益が先進工業国全体の経済を改善した。

[編集 ] 結末

その後、アメリカ経済の拡張的な姿勢によりドルのインフレが進行。一段の景気拡張と完全雇用 を志向したニクソン政権により通貨価値の保持が放棄された。

1971年 にニクソン・ショック によりアメリカはドルと金の交換を停止した。

1973年 には、変動相場制 に移行し、ブレトン・ウッズ体制は崩壊した。以後、1970年代はドルの凋落とオイルショックによる政策の迷走に見舞われた。(緑色大文字強調renshi)

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%96%E3%83%AC%E3%83%88%E3%83%B3%E3%83%BB%E3%82%A6%E3%83%83%E3%82%BA%E5%8D%94%E5%AE%9A

2008年10月13日 (00:19)

検討問題:差異と同一性の問題&重力、ダークマター、ダークエネルギー他の問題

1)⇒+1の+1は本当に同一性なのか。差異ではないのか。

2)例えば、つる巻き植物が、軸をらせん状に、上昇するが、これは明らかに、重力とは正反対の方向である。この上昇力は何か。また+1を重力の方向と見ていいのか。
 しかしながら、+1はいわば生長力であるから、それは、天の方向であり、重力は逆に、-1の方向ではないだろうか。というか、→+1が天への上昇力であり、←+1が下降力、すなわち、重力ではないだろうか。
 とまれ、以前述べたように、作業仮説として、+1を天の方向、-1を地の方向(重力)としよう。
 その線で考えると、ブラックホールとは、-1の地の方向が過剰になった場合と考えられよう。いわば、宇宙の同一性主義ではないだろうか。闇である。【P.S.  また、ダークマターやダークエネルギーであるが、以前は超越エネルギーの方向で考えたが、この-1←+1で考えられないだろうか。もしそうならば、宇宙は、⇒+1の光の宇宙よりも、-1←+1の闇の宇宙の方が巨大であるということになる。もっとも、そうだとしても、虚軸の超越エネルギー=超光があるのであり、この超越次元を考察する必要がある。P.P.S. ダークエネルギーは重力とは反対方向と考えられているので、以上の説は不適切である。改めて考察を行いたい。P.P.S.  これも思考実験であるが、⇒+1を膨張する宇宙の方向とすると、←+1が重力の方向と考えられないか。Media Pointからエネルギーが放出されて⇒+1ということではないのか。しかし、+1は光である。すると、やはり、Media Pointにおける超越エネルギーをダークエネルギーと見ることが今の段階では適切ではないだろうか。つまり、+1が光で、-1が物質で、(+i)*(- i)⇒が超越エネルギー=ダークエネルギーという作業仮説である。では、ダークマターはどうなるのか。変更して、⇒+1を光として、+1を物質として、- 1をダークマターとしたらどうだろうか。そして、重力はやはり、←+1の方向である。そして、思うに、銀河とは、Media Pointを核とした宇宙(典型的なのは、渦巻銀河である)ではないだろうか。⇒+1が渦巻を作り、また、宇宙を膨張させているのではないだろうか。そして、重力は←+1であり、-1がダークマターであり(おそらく、ブラックホールと関係するのではないだろうか)、Media Pointにおいて、ダークエネルギー(超越エネルギー)が高次元超越界から、自発的な対称性の破れによって、放出されるということではないだろうか。妄説はここで留める。】
 とは言え、本当の天は、+iの方向であり、本当の地は-iの方向であるということになるのではないだろうか。今はここでとどめる。

3)身体とMedia Point:カントの物自体は、意外に、+1なのかもしれない。あるいは、⇒+1である。自我の目は-1であり、+1を捉えそこなっているのではないだろうか。+1ないしは⇒+1は、即非的同一性ではないのか。
 とまれ、身体とは何だろうか。物質的身体は-1ではないだろうか。そして、「魂」のある身体とは、+1ではないだろうか。
 ならば、身体とMedia Pointはどう関係するのか。Media Pointは「魂」であり、且つ、身体であるという即非態ではないだろうか。今はここで留めたい。


2)の参考:
見えない物質の存在

 実は宇宙にある物質の85%が、私たちが未だ観測できていない物質「ダークマター」だという。宇宙には見えない物質がたくさんあるはず。その事実を最初に証明したのは1970年代初頭、アンドロメダ銀河を観測していたアメリカの天文学者ヴェラ・ルービンだった。

 アンドロメダ銀河は、渦巻銀河の一つで、星が集まり平たい円盤のような形をしている。星は銀河の中心を軸に回転し、星の数は円盤の内側ほど多い。そのため、見えている星が銀河にある全ての物質だとすれば、星が多く集まる銀河の内側ほど星を内側に引っ張る引力が強くなる。強い引力と釣り合うためには強い遠心力が必要で、内側の星ほど回転運動における移動速度(以下、回転速度)は速くなるはずだ。

http://www.nikon.co.jp/main/jpn/feelnikon/discovery/light/chap01/sec02.htm

「生涯最大の過ち」から最先端へ
 デカルトらが用いた「エーテル」の存在は、アルバート・アインシュタインによって完全に否定された。光はエーテルではなく真空中を伝播することが示されたのだ。しかし物理学者たちはエーテルとは別に宇宙を満たす存在について思いを馳せていった。

 宇宙の大きさは不変のはず。アインシュタインは直感からそう仮説を立てた。そして宇宙が自らの重力によってつぶれることなく形を保つためには、宇宙が重力にさからって外側に向かう力が必要だと考えた。こうして、アインシュタインは重力場方程式の最後に「宇宙項」と呼ばれるエネルギーを足したのだ。

 しかしその後、エドウィン・ハッブルの観測結果*1によって宇宙は膨張していることを知ったアインシュタインは、宇宙の大きさを不変と考えて宇宙項を足したことを「生涯最大の過ち」だと認めたという。当時、反証されたアインシュタインの仮説は皮肉なことに、今また注目を集めている。この宇宙項というエネルギーが実は、宇宙が生まれた間もないころに宇宙が大膨張するのに必要だった「真空のエネルギー」に相当し、さらには、現代の物理学者たちを興奮の渦に巻き込んでいる未知なるエネルギー(=ダークエネルギー)である可能性もでてきたのだ。
http://www.nikon.co.jp/main/jpn/feelnikon/discovery/light/chap01/sec03.htm

横山広美
博士(理学)。東京大学大学院理学系研究科准教授。
素粒子ニュートリノの研究で学位を得た後、研究者が科学をどのように社会に伝えていくのかといった科学コミュニケーションの研究に携わる。
同時に、サイエンスライターとして活動し、様々な雑誌で執筆を行っている。
「光と人の物語」での執筆活動が評価され、2007年の科学ジャーナリスト賞を受賞。

* 横山広美,Ph.D:(hiromiyokoyama.com)


株式会社ニコン

2008年10月11日 (00:49)

同一性主義文明の大崩壊:現在の金融大崩壊は世界大恐慌を遥かに超えている!!!

以下、田中宇氏の叙述に関連して、同一性主義金融資本主義がどうして、錯乱していったのか、簡単に述べたい。もっとも、同一性主義批判(近代的自我=狂気説)を、印象では、数百回は行っているが、現在の世界金融崩壊が起っている時点で、また、述べるのは意味があると考えられる。
 端的に、同一性主義とは、差異を否定しているので、同一性自己(自我)に盲信慢心し、さらに狂信するのである。だから、同一性主義金融資本、例えば、サブプライムローンやCDSに何の疑問もなく盲信慢心し、狂信してしまうのである。つまり、盲点が生じるのである。だから、とことんまで進んで、バブル崩壊、それも新世界恐慌的レベルの崩壊になってしまったと考えられるのである。
 この大崩壊は、哲学的には、近代的合理主義=近代的自我という同一性主義の崩壊である。宗教的には試練、修行、苦行である。人間は愚かなので、言葉で言ってもわからないので、身体への打撃や苦痛を受けて、反省するのである。もっとも、度し難い人間、縁無き衆生も多いが。
 文化史的には、父権主義の崩壊ということになろう。宗教的には父権的一神教の崩壊である。必然的に、Media Pointへと「現象学的に還元」されるのである。
 プラトニック・シナジー理論は、今日の文明史的崩壊を乗り越える未来への指針を提起していると考えられるのである。
 
☆☆☆☆☆以下、引用☆☆☆☆☆

『米国の有名な投資家ウォーレン・バフェットは、すでに2002年の時点で、CDSが持つ連鎖拡大的な危険性を指摘し「金融の大量破壊兵器」と呼んだ。当時はまだ、優良金融機関が破綻して債券のCDS保険金支払いが必要になるなどということは「あり得ないこと」と考えられていた。(関連記事)

 しかし今回、金融危機が悪化して前代未聞の事態となり、これまでの10数年間のCDS史上初めて、巨額のCDS保険金支払いが発生することになった。10月10日のリーマンのCDS清算会は、金融大量破壊兵器の爆発の発火点となるかもしれない。関係者はリーマンCDS清算会の成り行きを緊張して待っている。清算会は22社の金融機関が参加し、米東部時間の10日午前9時45分から午後2時までの予定で開かれる。(関連記事) 』

CDSで加速する金融崩壊
2008年10月10日  田中 宇
http://tanakanews.com/081010CDS.htm

2008年10月10日 (22:37)

自己認識的資本主義(螺旋的サイクル)と自我認識的資本主義(鏡像的ゼロ回帰)

これまで述べてきたように、同一性主義金融資本体制が、世界同時的に、大崩壊を起こして、世界を震撼させているわけであるが、これは、いわば入れ子状態になっている同一性主義金融資本を解体しないではおかない。
 結局、差異がむき出しになるまで、解体することになるだろう。同一性主義の虚構・擬制経済が崩壊するのである。これは、必然である。
 ここで、プラトニック・シナジー理論の自己認識方程式から考察すると、健全な資本主義、すなわち、差異資本主義は、(+i)*(-i)⇒+1の右辺の同一性価値=交換価値を左辺へと転化するものである。すなわち、(+i)*(-i)⇒+1⇒(+i')*(-i')となる。
 しかし、同一性主義金融資本主義は、(+i)*(-i)⇒+1の左辺の+iが-iという他者を否定して、(+i)*〔-(-i)〕⇒-1のことだと考えられるのである。自己利益の自乗とも言えよう。(+i)^2⇒-1である。
 思うに、-1の同一性主義利益は差異共振価値に基づく同一性価値+1を打ち消すと考えられる。すなわち、(+1)+(-1)⇒0である。今やこのゼロ化の連鎖過程にあるということではないだろうか。今はここで留める。

P.S. 結局、資本経済のMedia Pointを基礎とする差異(共振)資本経済の経済秩序の構築が必要と考えられる。自由主義であり、且つ、共同体主義であるということ、自由主義と共同体主義の即非経済でなくてはならないということである。
 

NY株 9000ドル割れ 5年5カ月ぶり安値

10月10日13時4分配信 毎日新聞

NY株 9000ドル割れ 5年5カ月ぶり安値

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日経平均株価とダウ工業株30種平均の推移
 9日のニューヨーク株式市場のダウ工業株30種平均は、前日終値比678.91ドル安の8579.19ドルと9000ドルを大幅に割り込み、03年5月以来、約5年5カ月ぶりの安値で取引を終えた。ダウ平均は10月に入ってから下落を続けており、これで7営業日続落。この間の下落幅は約21%に達した。昨年10月9日につけた過去最高値(1万4164.53ドル)から1年間で約39%の下落となった。

 ポールソン米財務長官が前日、金融機関への公的資金注入を示唆したが、金融危機への不安は収まらず、金融関連株を中心に引き続き大幅に売り込まれた。

 金融関連株に加えて、市場では自動車ローンの焦げ付き急増や販売減少で経営難に陥っている米自動車大手の株も大幅に下落。自動車最大手ゼネラル・モーターズ(GM)は約31%安の4.76ドルで取引を終えた。米メディアによると少なくとも1950年以来の安値水準という。【ワシントン斉藤信宏】
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20081010-00000012-maip-brf

日経平均、終値は881円安の8276円

10月10日15時9分配信 読売新聞

 10日の東京株式市場は、前日のニューヨーク株式相場の大幅続落や、外国為替市場で急速に円高が進行したことを受けて暴落し、日経平均株価(225種)の前日終値からの下げ幅は、一時、1000円を超えた。

 午後には一部の銘柄で買い戻しが入り、日経平均株価の終値は前日比881円06銭安の8276円43銭だった。

 東証1部全体の値動きを示す東証株価指数(TOPIX)は同64・25ポイント低い840・86。東証1部の出来高は約32億7400万株だった。

 前日の不動産投資信託(Jリート)、ニューシティ・レジデンス投資法人に続き、10日に大和生命保険が経営破綻(はたん)に追い込まれたことで、保険株や不動産株を中心に、幅広い銘柄が売り込まれた。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20081010-00000036-yom-bus_all

2008年10月09日 (23:23)

ポールソン財務長官の銀行国有化案と「多極化」路線、即ち、深層差異共振経済路線

ポールソン財務長官の銀行国有化案は暫定的であり、その後のことを念頭を置いていよう。田中宇氏的に言えば、多極化路線である。これは、トランス同一性主義金融資本主義(トランス・「ヤハウェ」的資本主義)であり、深層は、差異共振経済と考えられる。恐るべきアメリカ政権である。
In return, the law gives the Treasury the right to take ownership positions in banks, including healthy ones.
と言っているから、正に銀行国有化案である。
 日本の記事では、「金融機関への資本注入」と述べられているが、それより、はるかに踏み込んでいるのである。日本の新聞は死んでいる。
 またアフガニスタンの危機はイラン戦争の布石か? というより、「多極化」路線=深層差異共鳴経済路線であると考えられる。

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 【ワシントン=西崎香】ポールソン米財務長官は8日の記者会見で、3日に創設した最大7千億ドル(約70兆円)の不良資産買い取り制度について「金融機関への資本注入や住宅ローン資産の購入などに使うことができる」と強調し、実質的に資本注入は可能との見解を示した。

 米財務省は、数週間後には本格的な買い取りを始める見通し。金融危機の沈静化には損失を抱えた銀行などの資本増強が不可欠なため、ある程度は同制度で対応できるとの姿勢を打ち出した。英国が大手銀行への巨額の資本注入に踏み切っており、米政府の対策が焦点となっていた。

 同省が銀行などから買い取ることができる資産は、住宅ローンや関連証券のほか「財務長官が連邦準備制度理事会(FRB)議長と相談し、金融市場の安定を促進するために必要だと判断した金融手段」と定義されており、幅広い金融商品が対象。資本注入に使える優先株など株式も視野に入っている。

 実施には議会への書面による報告が必要で、強い監視を受けるが、同長官は「議会からは幅広く、柔軟な権限を得た」と説明した。買い取り制度について、「(創設の)主な動機は(金融機関の)資本を再構成し、強めること」とも話し、「資本注入」の言葉を繰り返し強調。市場を混乱させかねない経営危機に直面した金融機関に対し、機動的に資本を強化できる枠組みも整った、との認識だ。

 不良資産の買い取り制度については、市場関係者から「対象の金融機関や時期、規模などがわかりにくい」との声も目立つ。大手の金融機関の救済には対応しきれない側面もあり、緊急時には個別の金融機関の株式を買い上げる資本注入を実施する構えと見られる。

http://www.asahi.com/business/update/1009/TKY200810090085.html

米財務長官:資本注入示唆…追い詰められた末の転換

 【ワシントン斉藤信宏】ポールソン米財務長官が8日、公的資金による金融機関への資本注入を示唆した背景には、米欧の6中央銀行による協調緊急利下げにもかかわらず、金融危機収束への見通しが立たないことに対する強い懸念がある。

 ニューヨーク株式市場ではこの日も株価の下落が続き、ダウ平均の終値は5年2カ月ぶりの安値をつけた。このまま株安に歯止めがかからなければ、企業や家計の資産目減りが続き、企業業績や個人消費に重大な悪影響を及ぼす恐れがあった。金融危機の事態打開に向けて英国やスペインなど欧州各国は、相次いで公的資金による資本注入を決めている。市場では米政府への政策を催促する動きが強まっており、追い詰められた末の資本注入示唆とも言えそうだ。

 資本注入については、国際通貨基金(IMF)も世界金融安定報告の中で、低所得者向け高金利住宅ローン(サブプライムローン)問題に伴う世界の金融機関の損失が計1兆4500億ドル(約145兆円)に達するとの見通しを公表。公的資金の注入を検討するよう各国政府に求めるなど、国際社会からの圧力も強まりつつあった。10日には先進7カ国財務相・中央銀行総裁会議(G7)も控えており、何らかの形で公的資金に触れざるを得ない状況となっていた。

 ただ、大統領選まで4週間を切った米国では、国民の税金を金融機関の救済に使う政策を即座に実施することは不可能に近い。ポールソン長官が資本注入の詳細に関する説明を避けて「数週間で準備が整う」と述べるにとどめたのも、大統領選と両院議員選が終わる11月上旬まで身動きが取れないという事情があるためとみられる。政治空白という特殊事情を抱えて金融危機の深刻化をいかに避けるか。米金融当局には重い課題が課せられている。

http://mainichi.jp/life/money/news/20081009k0000e020045000c.html

2008年10月05日 (13:39)

検討問題:米国金融崩壊の深層を探る:グローバリスト(世界派)VSネイティビスト(民族派)?

以下のブルームバーグによる記事は、リーマン崩壊の原因はJPモルガンが資金を提供しなかったことにあると述べている。
 そこで、先に想定したロスチャイルドの覇権を想起したのであるが、検索して、新たに想定できることは、逆であり、JPモルガンはロックフェラー側であり、リーマンはロスチャイルド側であるのではないかということである。
 だから、ゴールドマンとJPモルガンの確執があることになるだろう。先に否定した田中宇氏の多極化論であるが、ロックフェラー=多極化路線(本当はグローバリスト路線であり、PS理論から言うと、深層は差異共振路線である。)で、ロスチャイルド=民族的帝国路線となる。
 そのように見ると、田中氏の多極化論は生きていることになる。先の私の考えは、同一性主義金融資本の自壊過程が、多極化現象に見えるのであり、多極化は幻影であると言った。
 そのときは、ロックフェラー=グローバリスト路線については、知らなかったので、そのように判断したのである。
 しかし、グローバリスト路線を考えると、一種多極化のように見える。しかし、やはり、グローバリスト路線の深層は多極化というよりは、差異共鳴資本主義である。
 とまれ、「ロックフェラー」=グローバリスト路線を変数に入れることで、米国金融崩壊の意味がクリアになるだろう。マケイン候補は「ロスチャイルド」側であり、オバマ氏は「ロックフェラー」側となろう。
 そう、やはり、米国は今日、
同一性主義金融資本主義(「ロスチャイルド」=ネイティビスト(民族派)=「帝国資本主義」)
VS
差異共鳴主義資本主義(「ロックフェラー」=グローバリスト(世界派)=トランス・キャピタリズム)
の超激突争闘が生じているということになりそうである。

追記:穿って言えば、サブプライムやCDSは、ネイティビストに対するグローバリストの戦術だったのかもしれない。劇薬を飲ませる作戦に出たのかもしれない。

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「ロックフェラー 対 ロスチャイルド」説の研究


〜 アメリカとイギリスの対決の歴史 〜





■■■第1章:「ロックフェラー対ロスチャイルド」説の登場

http://hexagon.inri.client.jp/floorA6F_he/a6fhe600.html

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Lehman Cash Crunch Caused by Lender JPMorgan, Creditors Say

By Linda Sandler and Jeff St.Onge

http://www.bloomberg.com/apps/news?pid=20601109&sid=aOBEg1wAitck&refer=exclusive

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経済破局は来るのか?
185928 リーマン破綻・メリル身売りはロックフェラーの仕掛け?

新里勝一郎  ( 25 沖縄 社会人 ) 08/09/17 PM10 【印刷用へ 】
今回のリーマン・ブラザーズ破綻とメリル・リンチのバンカメ身売りは、ロックフェラー側のロスチャイルドへの仕掛けだと思った方が良さそうだ。
http://blog.trend-review.net/blog/2008/10/000842.html
日本を守るのに右も左もない

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ロスチャイルドとロックフェラー〜第一章〜


 ロスチャイルドとは泣く子も黙る大財閥であり、ロックフェラーもアメリカを代表する大財閥であるが、両者が争っていた(ように見える)のは今は昔、第二次世界大戦(アメリカのロックフェラーがナチスに金を貸し、戦争が可能な状況を作り出しそれを叩いた出来レース)までである。さて、今回は代表的なロスチャイルド銘柄をご紹介しよう。
http://maimaikaburi.blogspot.com/2006/02/blog-post_20.html
Maimaikaburi
プロフィール

sophio・scorpio

  • Author:sophio・scorpio
  • 2004年(平成16年)9月23日、ブログ上で、ODAウォッチャーズ氏(ブログ『海舌』)と遭遇して、新しい理論、不連続的差異論が誕生しました。まったく思いもよらぬ出来事でしたが、この結果、独創的な理論が生まれたと自負しています。とても簡潔な理論ですが、文系、理系の分化を乗り越えた統一的理論で、多くの分野・領域に適用可能だと考えられます。
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