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2010年02月27日 (14:25)

生命的有機体と物質:即非的物質と純粋物質:超越的物質と純粋物質

先に、身体と物質というテーマで検討したが、まだ、不明瞭な点があるので、検討を続けたい。
http://ameblo.jp/renshi/entry-10468952279.html

 端的に言えば、生命的有機体(精神生命的有機体)においては、有機体の物質+1に相当するものは、⇒+1における、つまり、⇒と+1との不可分一体における、+1ということなのである。単独の+1と⇒+1における+1とは似て非なるものであることはいくら強調しても強調しすぎることはない。
 では、⇒+1において、⇒と+1との不可分性はどのような力学をもつのだろうか。これは、「気」と物質的様態との関係と言ってもいい。
 結局、生命体とは、⇒の結果としての+1の物質的様態ないしは物質的表層をもつと考えられる。深層は⇒である。問題は、先に述べたように、⇒と+1の次元の質的相違である。即ち、高次元の⇒から、低次元の+1へと帰結するという点が問題である。
 だから、両者不可分であると言っても、不連続な不可分性があるということになるのである。つまり、位階的な即非関係がそこにあるということである。わかりやすく表記すると、A(高次元⇒)(即非)B(低次元+1)ということである。Aを精神的(生命)エネルギーとすると、Bは物質である。そして、生命的有機体においては、この即非の力学が作用しているのであり、物質とは、この力学からB(低次元+1)が分離したものと考えられるのである。
 そして、生命的有機体におけるB(低次元+1)とは、当然、単に物質ではなく、即非的物質ということになるのである。この即非的物質と純粋な物質との相違はいくら強調しても強調し過ぎることはない。前者は、精神エネルギー的物質、高次元の物質と言うことも可能である。
 そして、唯物論的生命科学は、この二つの物質を識別していないと言えよう。例えば、ビタミンと言った時、それは、即非的物質ではなく、単に物質、有機体的物質に過ぎない。しかし、生命体におけるビタミンとは、即非的物質、精神エネルギー的物質、高次元的物質、あるいは、「気」的物質と考えられる。
 この区別はまた、医学・医療において決定的な意味をもっていると考えられる。例えば、うつ病の場合、精神的エネルギーが枯渇していると考えられるが、単に薬だけでは、物質的器官に作用するだけで、精神的「器官」にはたらきかけないので、一般的にはうつ病は治らないと考えられる。精神的「器官」にはたらきかける医療が必要なのである。それは、哲学・認識的な身体的医療である。そう、うつ病とは、身体的認識・意識の病気なのである。
 また、簡単に遺伝子について触れると、それは、即非的物質の基礎的形態と言えるのではないだろうか。作業仮説であるが、Media Pointと即非的物質との境界に生じる基礎的即非的物質が遺伝子ではないだろうか。これは、検討課題である。
 今はここで留める。
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