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2011年09月26日 (23:54)

D. H. ロレンスの初期哲学とPS理論は陰陽極性論が共通:『王冠』、『トマス・ハーディ研究』他

評論『トマス・ハーディ研究』において、ロレンスは独自の哲学を展開している(正確に言うと、『王冠』と類似の理論を展開している。『王冠』より早いか、ほぼ同時である)。とりわけ、キリスト教の三位一体論を活用した極性論は東洋の陰陽論に似るが、世界文学(西洋文学)から例をあげて、具体的に論じている。
 簡単に言うと、

「父」(旧約)=「法」=身体(肉体)=闇

VS

「子」(新約)=「愛」=精神=光

という根源的な絶対的対立・矛盾があり、それを調和させるものは「聖霊」である。これは、『王冠』と同じであるが、『王冠』よりは具体的に論じられている。
  これをPS理論的に解読すれば、「父」は凹(-1)と凸(+1)ではないだろうか。そして、「子」は凹i(-i)と凸i(+i)のように思える。言い換えると、実軸と虚軸の対立である。そして、「聖霊」はmedia pointということになるだろう。
また、興味深いのはFleshである。これは、身体、肉体、感覚となるが、物質的身体というよりは、根源的身体のように思える。つまり、dark matterに基づく身体のように思えるのである。
 今はここで留める。

追記:リーダーシップ探求期(所謂、リーダーシップ小説期)において、初期の哲学がおそらく破綻したのである。つまり、極性の均衡が否定されて、つまり、「子」を否定して、「父」のみを肯定するようになるのである。内在していた二項対立が支配的になり、極性を否定することになった。もっとも、正確に言うと、極性は残っているのであるが、二項対立が強化され、優越的なのである。

追記2:『トマス・ハーディ研究』(ケンブリッジ版)のp. 95に、「法」は女性原理であると述べている。だから、「父」とすると、混乱を招く恐れがある。
 とまれ、ロレンスは独創的な初期哲学から中期において、逸脱するようになると考えられる。つまり、父権主義化したのである。それは、ロレンスの心の弱さの証明ではないだろうか。「父」=「法」のもつ女性原理(私なら母権原理)を中期ロレンスは恐れた節がある。それを抑圧しようとしたのである。反動である。ここで、ロレンスの前エディプス的病理がはたらいているのかもしれない。しかし、それを呼び戻した起因があるはずである。
 今の作業仮説では、第一世界大戦やその他の窮境によって、ロレンスは欧州社会・文化に絶望して、破壊的に、否定的になったのである。欧州へのそれまでの希望が消失したのである。具体的に言えば、世界大戦は機械文明がもたらしたものであり、その機械文明はロレンスに拠れば、キリスト教的なものであり、絶望をもたらした世界大戦を生んだ欧州文化、即ち、キリスト教文化は否定されなくてはならいとロレンスはドラスティックに極論したのではないだろうか。
 この否定は弁証法的であり、反動的であり、初期哲学の極性論とは不連続なものである。ロレンスの精神の危機と言えよう。自己否定となったのである。

Study of Thomas Hardy - Modernism Lab Essays
http://modernism.research.yale.edu/wiki/index.php/Study_of_Thomas_Hardy

Amazon.com: Study of Thomas Hardy and Other Essays (The ...
http://www.amazon.com/Study-Thomas-Essays-Cambridge-Lawrence/dp/0521272483
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