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2008年12月14日 (00:54)

同一性主義金融資本崩壊の哲学的意義:差異合理性を否定した同一性主義狂気:トランス・モダン共鳴圏

この問題の検討は以前に行ったが、今、同一性主義金融資本主義が崩壊した時点で、再確認するのは意味がある。
 私は近代合理主義/近代的自我は狂気であると述べてきたが、これは、当然、同一性主義のことでもある。
 何故、狂気になるかと言えば、差異(差異共鳴性)にこそ、理性・合理性があるのであり、それを否定・排除・隠蔽した同一性主義は当然、狂気を意味するからである。例えば、サブプライム・ローンは、正に、これが当てはまる。まったく差異(下層の人間)=合理性のないローンであり、同一性主義の狂気=不合理主義によるのである。
 思えば、近代初期(プロト・モダン)においては、差異がまだ駆動していたが、近代主義が進展すると、近代的合理性=物質主義という同一性主義が主導化して、差異を否定するようになったのである。これは、精神性・霊性、そして、倫理性の否定である。
 このハイパーな近代性が、狂気=不合理主義を生むのである。そして、これが、経済的に、リーマン・ショックとなったのである。ポスト・リーマンということで、今や、トランス・モダン=差異共鳴主義=自然合理主義へと転換し出したと考えられるのである。
 どうして、そうなるのかと言えば、近代合理主義/近代的自我という同一性主義の帰結としてのリーマン・ショックなのであり、もう同一性主義の命運は尽きたからである。つまり、近代合理主義/近代的自我という近代の知/同一性自己が崩壊したからであり、そして、ポスト・モダンにおいて芽生えていた差異の精神性がここで、賦活されるからである。即ち、同一性主義の作っていた連続性が切断されて、ポスト・モダンがトランス・モダンへと転換する必然性が生起したからである。
 米国は、オバマ次期大統領の下で、トランス・モダンの政治・経済へと歩みだしたと考えられる。トランス・モダン・エヴォリューションである。
 日本人は、これまでの、モダンの手法がまったく時代に逆行することを知らないのといけない。自己の差異合理性=自然合理性に目覚めて、行動する時代となったのである。超維新の時代である。
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