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2009年02月05日 (02:40)

「知的フレーム」と同一性主義:同一性主義狂気の発生について

先に、愚樵(ぐしょう)氏から、「知的フレーム」と「破れ」のコンセプトを提示され、とりわけ、前者は的確な用語であると感じたので、少し検討したい。http://ameblo.jp/renshi/entry-10203177980.html
 「知的フレーム」とは、正に、私がこれまで述べてきた同一性主義にぴったり当てはまる用語であると直観される。そして、それこそ、「近代的自我は狂気である」という持論をよく説明できる視点であると考えられる。
 今は余裕がないので、簡単に述べるが、「知的フレーム」とは、正に、二項対立を形成する同一性主義の枠組みである。いわば、同一性的フレームがあり、それが差異を排除して、同一性主義フレームとなるのである。この差異排除が正に、「狂気」であると考えられるのである。とても、病的であると感じるのである。そう、直感では、精神身体において、歪み(ルサンチマン)を形成する。(この歪みは、ルシファーかアーリマンか、後で検討したい。)
 本来、Media Pointから発する同一性志向性であるから、同一性の「根っこ」に差異ないしは差異共振性があるのであるが、同一性主義的フレームは、その根源の差異を排除するから、病的、狂気的なのである。
 ここで、悪魔論を考えると、やはり、同一性志向性はルシファーである。そして、同一性がアーリマンである。そして、トランス・ルシファー=「聖霊」を否定するのは、同一性=アーリマンではないだろうか。同一性にとり、トランス・ルシファー=「聖霊」=差異共鳴エネルギーは、破壊的なものである。だから、同一性はそれを抑圧・排除するのである。すると、「歪み」=ルサンチマンを生むのは、同一性=アーリマンということになる。換言すると、近代合理主義・唯物論である。この同一性=アーリマンに拠る否定が暴力(父権的暴力)なのである。これは、狂暴である。何故なら、回帰する差異共鳴エネルギーを否定・排除する暴力であり、他者否定の暴力であるからである。
 また、狂気となるのは、それは、他者を否定する力学をもつので、不合理・非合理・没合理性となるからである。つまり、他者の説く真理でさえ、それが他者であるために、同一性(自己同一性、同一性主義)はいわば自動・機械的に否定するからである。そう、この同一性主義の自動・機械的否定主義、これが同一性主義の狂気を形成すると考えられる。結局、アーリマン暴力狂気である。
 さらに、単にアーリマンだけではなく、そこには、トランス・ルシファー=差異共鳴エネルギーの否定があるので、反動が強化されるのである。つまり、積極的な差異共鳴エネルギーをアーリマンが否定するので、その否定は反動エネルギーをもつのである。つまり、単に暴力狂気だけでなく、反動エネルギーを帯びるのである。この反動的な暴力狂気を端的にどう理論化できるだろうか。
 そう、それは突き上げるものとなるのである。衝動である。暴力狂気衝動となるのである。端的に精神病化である。
 さらにこのメカニズムを分析してみたい。おさらいして言うと、同一性志向性(ルシファー)が発動して、同一性(アーリマン)が形成される(「知的フレーム」)。それに対して、回帰として、差異共鳴エネルギー(トランス・ルシファー=聖霊)が発動する。
 この差異共鳴エネルギーは同一性のフレームを否定するように作用する。しかし、同一性主義はそれを抑圧する。これが、アーリマン暴力である。しかし、通常は、差異共鳴エネルギーを受容する経験的ないしは教養的な「精神」を形成するものであるが、近代的自我・近代合理主義は、それを形成せずに、徹底して、差異共鳴エネルギーは否定・抑圧・排除する。
 このアーリマン暴力は自動・機械化して、狂気・狂信的になると考えられる。(思うに、アーリマン暴力は、ルシファーの同一性志向性と一体化していると考えられる。)
 とまれ、ここには、抑圧・排除の暴力・攻撃力学がある。しかしながら、回帰エネルギーはルシファー/アーリマンの同一性フレームを解体する力学をもつのであり、このエネルギーの抑圧が反動であり、衝動化・病理化すると考えられるのである(同一性暴力狂気衝動・心病化)。
 結局、問題の根源は当然、Media Pointである。ここが精神身体の震源である。だから、差異共鳴エネルギーはMedia Pointから発動するのであり、これを同一性主義はなんとか抑圧しようとするのであるが、しかしながら、同一性主義には、それは、まったく認識できないものである。まったき他者である。いわば、異世界のものである。そう、影と言ってもいいだろう(しかし、真の光=超光=イデア光である)。
 差異共鳴エネルギーに対して、同一性主義はまったく理不尽に抑圧するが、その反動として、差異共鳴エネルギーは衝動化して、同一性主義自己を襲うのである。これが、端的に狂気である。つまり、差異共鳴エネルギーの逆襲としての狂気なのである。
 そう、差異共鳴エネルギーこそ、生命・生産・創造的エネルギーであるが、それを同一性主義は取りこめないので、全体的に衰退・枯渇するのである。端的に、うつ病化するのである。
 結局、差異共鳴エネルギーを取りこめる回路を形成することが、この反動暴力狂気衝動を解消する方法なのである。
 結局、超越エネルギーを取り込む必要があるのであり、それは、結局、トランス・モダンへのパラダイム・チェンジを意味するのである。それは、精神身体の新構築を意味するのである。

追記:超越エネルギーを取り込む方法として、禅がひらめいた。日本人・東アジア人にとっては、これが伝統文化的でいちばん馴染みやすいであろう。
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