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2009年03月07日 (23:58)

『タオ・コード』とPS理論:性的陰陽論と差異共振主義:プラトンの「コーラ」はMPである

『タオ・コード』をいちおう読了した。これは、「精神世界」の本であるが、以前流行したものとは異なり、実に、感覚的である。以前はやたらに、神秘性・オカルト性を強調していた。 
 今日の精神崩壊の時代にあっては、この本は精神の指針を与えるだろう。もっとも、性的精神エネルギーとしての精神であるが。
 とまれ、言うべきことは多いが、解説するより、読んでもらうのがいいだろう。とても易しい文章である。
 先に疑問を呈したが、その陰陽論とPS理論は異なると感じた。後者は、+iに能動性、-iに受動性を認めるだけでなく、反対に、+iに受動性、-iに能動性を認めると考えられる。つまり、単に、「陽」に能動性、「陰」に受動性があるのだけでなく、「陰」にも能動性、「陽」にも受動性があるということである。
 有り体に言えば、(今日では常識的であろうが、)男性に能動性と受動性を認めると同時に、女性にも能動性と受動性を認めるということである。つまり、いわば、両性具有を両性に認めるということである(ユング的であるが。もっとも、ユングは東洋文化に影響されているのである。)。これが、アジア・東洋的精神身体だと考えられるのである。西洋的身体は、2項対立的身体である。つまり、能動的身体(男性)と受動的身体(女性)に分離しているのである。そして、先に述べたように、『タオ・コード』の陰陽論にも、残念ながら、残っているのである。

追記1:ここで、プラトンの『ティマイオス』の「コーラ」について考察すると興味深いだろう。「コーラ」については、PS理論の見地から、何回か考察して、結局、Media Pointであろうということになっている。
 『タオ・コード』的視点では、「コーラ」は「陰」の原理となろう。それは『ティマイオス』においても、そう考えられないことはない。何故なら、そこでは、「イデア」的能動原理が先に述べられていて、それを補完する原理として、受容・「母」的原理である「コーラ」が説かれているからである。
 だから、「コーラ」を「陰」と見るのは、容易なのである。しかし、プラトンの二重性(母権原理と父権原理)を見ると、「コーラ」にも二重性を想定できるのである。
 プラトンの父権原理から見ると、「コーラ」は母権原理となる。それは、父権主義から見た母権主義であり、結局、父権主義が優位であり、母権主義が劣位である。
 しかし、PS理論から見ると、「コーラ」の多様な生成原理とは、Media Pointの差異共振形成原理を想起させるのである。だから、「コーラ」はMedia Pointであると見るのが第一義的であろう。それを「陰」と見るのは、父権主義的である。


追記2:『タオ・コード』には、中国雲南省の少数民族における「もう一つ」の『老子』が説かれているが、そこで、ドラヴィダ族やシュメール文明との関連を示唆されていた。実に興味深い。
 さらにスリリングなのは、ドラヴィダ語族の外部リンクに、ドラヴィダ語とエトルリア語(古代イタリアの先住民族のエトルリア人の言葉)の関係を述べる文献があることである。先に引用した、『タオ・コード』の思想と酷似している思想をもっていると述べたD. H. ロレンスは、実は、エトルリアについての西洋文明批判的な紀行文『エトルリアの地』を書いているのである。これで、『タオ・コード』、D.H.ロレンス、そして、PS理論は、前アーリア文明的母権文化という点で、つながったと言えよう。ただし、PS理論は絶対的にトランス・モダンである。


ドラヴィダ人
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
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ドラヴィダ人(Dravidian)は、アーリア人の侵入以前にインド北部を支配していたと考えられる民族群。インダス文明はドラヴィダ人によるものだとされているが、これは同文明の遺跡から発見された未解読のインダス文字により記された言語がドラヴィダ語族の言語である可能性が高いためである。

ドラヴィダ人はアーリア人とは外見的条件が大きく異なり、オーストラロイドまたはヴェダロイドに分類されている。

現在では主に、南インド四州すなわちタミル・ナードゥ州、ケーララ州、アーンドラ・プラデーシュ州、カルナータカ州を中心として居住し、マレーシア、シンガポール、セーシェル、マダガスカルなどにも居住している。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%89%E3%83%A9%E3%83%B4%E3%82%A3%E3%83%80%E4%BA%BA

ドラヴィダ語族
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
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ドラヴィダ語族の分布

ドラヴィダ語族(ドラヴィダごぞく、Dravida)は、主にドラヴィダ族の人々が使用する言語の語族 (ごぞく) であり、およそ26の言語が含まれる。ドラヴィダ語は、主として南インドとスリランカで話されているが、また、パキスタン、ネパール、そして東部及び中央インドの特定の地域でも話されている。 ドラヴィダ語族の話者人口は 2億人を越える。

・・・・・

外部リンク [編集]

* ドラヴィダ語源辞典 オンライン形式で検索可能な「ドラヴィダ語源辞典」完全版 [英文]
* SIL Ethnologue のドラヴィダ語頁 [英文]
* ドラヴィダ語とフィンランド語 ドラヴィダ語とフィン・ウゴル語(Finno-Ugric languages)の関係を主張する小論文 [英文]
* 印欧語の源泉としてのドラヴィダ語の発見 原ドラヴィダ語は、印欧語の共通祖語であることを主張する論文 [英文]
* エトルリア語からのドラヴィダ語 ドラヴィダ語とエトルリア語(Etruscan)の関係を主張する論文 [英文]
* グァンシュのドラヴィダ起源 グァンシュ(Guanches)の言語がドラヴィダ語起源であると主張する論文 [英文]
* タミル語と日本語 大野晋『日本語とタミル語』1988年の英訳 [英文]
* ドラヴィダ語 [日本語]

"http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%89%E3%83%A9%E3%83%B4%E3%82%A3%E3%83%80%E8%AA%9E%E6%97%8F" より作成
カテゴリ: 出典を必要とする記事 | ドラヴィダ語族 | 語族

雲南省
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
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曖昧さ回避 雲南はこの項目へ転送 されています。日本国島根県の都市については雲南市 をご覧ください。
雲南省
云南省
簡称: 滇 / 雲 (拼音 : Diān / Yún )
雲南省の位置
簡体字 云南
繁体字 雲南 
拼音 Yúnnán
カタカナ転記 ユンナン
省都 昆明市
最大都市 昆明市
省委書記 白恩培(前青海省委書記)
省長 秦光栄(前雲南省副省長、元長沙市委書記)
面積 394,100 km² (8位 )
人口 (2004年 )
- 人口密度 4,415 万人 人 (12位 )
112 人/km² (24位 )
GDP (2007年 )
- 一人あたり 4,722 億 元 (23位 )
10,496 元 (29位 )
HDI (2005年 ) 0.657 (中) (29位 )
主要民族 漢族 - 67%
イ族 - 11%
ペー族 - 3.6%
ハニ族 - 3.4%
チワン族 - 2.7%
タイ族 - 2.7%
ミャオ族 - 2.5%
回族 - 1.5%
地級行政区 16 個
県級行政区 129 個
郷級行政区 1565 個
ISO 3166-2 CN-53
公式サイト
http://www.yn.gov.cn/

雲南省(うんなんしょう)は、中華人民共和国 西南部に位置する省 。略称は滇 (てん)。省都は昆明市 。省名は雲嶺(四川省との境の山地)の南にあることに由来する。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%9B%B2%E5%8D%97%E7%9C%81

シュメール
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
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シュメール(Sumer, Shumer, Sumeria, Shinar)は、メソポタミア (現在のイラク )南部を占めるバビロニア の南半分の地域 、またはそこに興った最古である都市 文明 。初期のメソポタミア文明 とされ、チグリス川 とユーフラテス川 の間に栄えた。シュメールの名は、シュメール人が文明 を築いてから、アッカド やバビロニアの支配を受けてシュメール人が姿を消し、さらにバビロニアがペルシャ帝国 に併合されるまで続いた。シュメールの楔形文字 が使われ始めたのは紀元前3500年頃とされており、書かれた物としては最も初期のものだと思われる。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B7%E3%83%A5%E3%83%A1%E3%83%BC%E3%83%AB

エトルリア
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
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エトルリアの領域 紀元前750年(濃いくさいろ)、紀元前750年から同500年にかけての拡張(薄いくさいろ)。12の都市国家は二重丸で示した

エトルリア(Etruria)は、紀元前8世紀 - 紀元前1世紀 ごろにイタリア半島 中部にあった都市国家群。各都市国家は宗教・言語などの面で共通点があり、統一国家を形成することはなかったものの、12都市連盟とよばれるゆるやかな連合を形成し祭司・軍事で協力することもあった。

古代ギリシア や古代ローマ とは異なる独自の文化を持っていた。当時としては高い建築技術を持ち、その技術は都市国家ローマの建設にも活かされた。王政ローマの7人の王の最後の3人は、エトルリア人である。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A8%E3%83%88%E3%83%AB%E3%83%AA%E3%82%A2

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