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2009年03月12日 (14:32)

検討問題:時間あるいは生長・成長とは何か:エネルギー⇒と同一性自己認識-1と物質+1:Ver2:追記を加える

先に、同一性主義-1(同一性自己主義と物質)と差異共振的同一性+1(差異共振知覚ともの)との相違の説明を試みたが、そうすると、結局、自然現象の生長・成長とはどういう「力学」なのだろうか、疑問に思った。言い換えると、PS理論的発生力学をどう考えるのか、ということである。
 今日は余裕がないので十分論じられないが、簡単に考察してみたい。結局、本件は、⇒+1をどう見るか、ということに懸かっている。
 いったい、時間とは何だろうか。生まれ、育ち、成長し、子孫を残し(残さないものもいるが)、そして死ぬ、この生成消滅過程を形成するエネルギー、時間は何なのか。
 Media Pointの差異共振性(+i)*(-i)は超越情報振動である。この多重複合体(多重複合子と造語しようか)の現象化が⇒+1と考えられる。
 問題は現象化と物質化との違いである。+1は差異共振的同一性化であり、物質化ではないと先に述べた。しかしながら、また、疑問に思えてきた。
 先の言い方にもどれば、現象としての水は「もの」+1であるが、H20 は、物質-1としての水である。しかしながら、「もの」+1としての水に物質-1としての水が含まれるのではないだろうか。あるいは、「もの」に物質が包摂されるのではないだろうか。
 つまり、+1⊃-1ではないだろうか。そう、-1は+1の部分集合ではないだろうか。そうならば、物質-1は「もの」+1にも存しているのである。ただし、差異共振態における物質ということになろう。しかしながら、差異共振態にある物質とは、物質-1ではないのである。つまり、それは、端的に、+1だからである。「もの」である。
 錯綜しているので、区別する必要がある。同一性主義自己認識は、-1でいい。問題は、⇒+1と+1である。前者はいわば、差異共振性の文脈を明示した物質と考えられないだろうか。つまり、現象内の物質ということであり、現象という条件があるのである。
 後者は現象という条件をなくした物質ということになる。そして、それは、-1の同一性主義自己認識性と対(つい)になっているということになろう。
 つまり、-1の同一性主義自己認識が⇒+1の⇒を奪い取ってしまうということになる。それは考えられることであり、直近以前はそう考えてきたのである。
 ということで、先に戻ることになる。そして、本題に戻れば、成長とは、やはり、端的に、⇒+1であり、物質身体が+1で示されるのである。
 では、時間はどうなるのだろうか。アインシュタインの公式で考えると、E=mc^2であり、光速cに時間が存している。つまり、エネルギーは質量(物質)だけでなく、時空間を生むのである。これをMedia Pointに適用すれば、⇒が時空間や物質を形成しているとなる。だから、成長もやはり、同様である。【PS 理論から言えば、Trans-Energy(超越エネルギー:超越光エネルギー)=m(+ic)*(-ic)⇒mc^2である。だから、高次元界=超越界(イデア界)が、四次元時空間現象を形成しているのである。そう、+icと-icの対極の意味するものが驚異的である。原光と原闇、ないしは、超光と超闇が、高次元時空間・超時空間を形成しているのである。そう、そこにも、なんらかの時空間があると思われる。現象界からは永遠と見られているが、超越的時空間があると考えられよう。思うに、そこには、過去、現在、未来のヴィジョンがあるのではないだろうか。つまり、オカルティストの言うアカシック・レコード(アカシャ年代記)がそこにはあるのではないだろうか。この問題はここでおいておく。
 個々の生命体の違いは、Media Pointにおける多重複合振動子の「差異」に拠ると考えればいいだろう。今はここで留める。

追記1:用語が混乱するので、+iを超光、-iを超闇とする呼び方はやめにして、これまで通り、それぞれ、原光、原闇とし、両者の共鳴によって超越光(超光)が生まれるとする。後で、超越光から光の発生の力学を明確にしたい。

追記2:本件の問題はこれからさらに検討されなくてはならないが、一言付け加えると、⇒+1は精神身体(気的身体)であり、+1は物質身体であり、東洋医学は前者を扱い、西洋医学は後者を対象としていると言えよう。
 そして、両者は似て非なるものである。というのは、前者には、Media Pointの精神エネルギーが物質身体を満たしている、ないしは、浸透しているのであり、それが、物質身体を主導していると考えられるのである。いわば、霊主体従である。【このように考えると、ルドルフ・シュタイナーの人体論を想起する。エーテル体が気的身体(精神身体はそれ以上である)、物質体が物質身体となろう。】
 問題は、精神エネルギーと物質身体との関係ないしは境界である。当然、境界はMedia Pointであり、精神身体である。ヨガのチャクラや道教の丹田や気功のツボや経絡がそれに相当しよう。
 思うに、人体に垂直にあると考えられる精神身体であるが、それは、Media PointないしはMedia Point軸と言えるのではないだろうか。(頭脳が±1であり、内臓が⇒+1ではないだろうか。この点は検討課題である。)
 とまれ、より理論的に境界の様相を考えたい。結局、精神身体とは、精神は物質であり、且つ、物質ではないという身体ではないだろうか。だから、即非身体である。より正確に言えば、精神エネルギーの同一性化があるが、この同一性身体に背後に精神エネルギーがあるのである。しかし、物質主義は、この同一性身体を単に物質身体と見るのである。同一性身体とは、この場合、⇒+1の身体である。そして、物質身体とは、当然、+1の身体である。
 だから、明晰にするために、前者を精神同一性身体、後者を物質同一性身体と呼び、峻別することができるだろう。(当然、東洋的身体とは前者であり、西洋的身体とは後者である。)言い換えると、前者は差異共振身体であり、後者は同一性自己主義身体(心身二元論的身体)である(後者においては、本文で述べたように、+1の物質身体と-1の同一性自己主義が対応・呼応しているのである。)。
 両者の違いをさらに言い換えると、前者はMedia Point Body(MP身体)、後者はMaterial/Identity Body(物質・同一性身体)と呼べよう。あるいは、東洋的身体は虚軸即非実軸身体であり、西洋的身体は実軸身体である。
 端的に言えば、西洋近代文化はメインストリームにおいて、物質・同一性身体(心身二元論)を対象としてきたのであり、Media Pointを抑圧・排除・隠蔽してきたと言えよう。
 しかしながら、それとは別に、Media Point身体を追求してきたのであり、これは、トランス・モダンの先駆である。そう、西洋文化における東洋的身体文化はすぐれたものである。たとえば、バッハ音楽は、東洋的身体文化であると考えられるのである。つまり、近代西洋文化は二重なのである。モダンと先駆トランス・モダンの二重性が存しているのである。この点は看過されてはならない。西洋における東洋である


参考:アカシャとは、虚空、空(くう)である。これは、PS理論から言えば、Media Pointの虚軸ゼロ点ではないだろうか。ここで、虚軸=超越界=イデア界が参入できるだろう。「秘儀参入」である。


アカシックレコード
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動: ナビゲーション, 検索

アカシックレコード (Akashic Records) は、宇宙や人類の過去から未来までの歴史全てが、データバンク的に記されているという一種の記録をさす概念。多くの場合、宇宙空間それ自体にその(一種の)記録がなされると考えられており、アカシャ (Akasha) とはサンスクリットで「虚空」、「空間」を意味する。

神智学(あるいは人智学)やリーディングの伝統(チャネリング)などでは精神的に目覚めた人は、この記録から、意のままに過去や未来の情報を引き出すことができるようになり、そして自己の人生の意義や存在の理由がわかるとされる。多くの預言者や神秘家がこれにアクセスし、予言として世に伝えてきたとされている。

この概念の類似概念は極めて古くから見られるが、直接にこの語が使われるのはインドに本拠地をおいた神智学協会の創始者ブラヴァツキーの主張に始まると見られる。ドイツの神秘思想家ルドルフ・シュタイナーは、後の人智学協会の神智学協会からの独立の過程でアカシャ・クロニクル(アカシャ年代記。この英訳語がアカシック・レコード)の概念を高度に体系化し、派生的な様々な影響を与えた。倫理の源泉としての死後の実在の観念が社会的に揺らいだ時期である19世紀末ごろには複数の人物が、同時多発的に類似の概念を提唱している。少し前後してイギリスの心霊科学研究で、場所の記憶をめぐる説明概念である「残留思念」が提唱されている。残留思念はその元にルヴナンやアッパリッションの概念があり、日本でいう幽霊を指す言葉だが、「往来するもの・思い起こさせるもの」の意味があり、キリスト教の死者の霊魂は地上から去るという教理と幽霊の伝承の狭間で展開した民間伝承を継承している。 シュタイナーの初期のアカシャ年代記(AKASHA.CHRONIK)の概念にも、この観念の影響が見られ、シュタイナー初期のアカシャ年代記とは生物や万物の生成の背後にあるとするエーテル体の残滓・痕跡を意味しており、必ずしも未来の記録を含む概念ではない。また、この概念は哲学者ベルグソンの哲学にも類似性がみられる。これらの観念はギリシア哲学に発しアラブで発展した生気論(特にアル=キンディー)の中に多くのアイデアを見出すことが出来る。これらの生気論では、生物のみならず鉱物や世界までもが固有の生気=霊魂=プネウマを持つと考えられた。

後にアカシックレコードの概念はエドガー・ケイシーの名前と共に知られるようになる。現在、人智学、チャネリング、リーディング、あるいはクトゥルー神話に代表されるサブカルチャーのガジェット等、様々な文脈において発展を見せており、必ずしも一様な概念ではない。

虚空蔵菩薩はアカシックレコードを擬人化したものではないか、という説がある。

関連項目 [編集]

* 神智学
* ルドルフ・シュタイナー
* エドガー・ケイシー
* ゲリー・ボーネル
* アカシャ年代記より
* 宇宙完全大百科
* ポーソロゴスの図書館

参考文献 [編集]

* ルドルフ・シュタイナー 『神智学概論』(原著1910年、高橋巌訳 筑摩書房)
* ほか

"http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%82%AB%E3%82%B7%E3%83%83%E3%82%AF%E3%83%AC%E3%82%B3%E3%83%BC%E3%83%89" より作成
カテゴリ: 超常現象 | ニューエイジ | 神智学

アーカーシャ
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
(アカシャ から転送)
移動: ナビゲーション, 検索
字引的
この項目の現在の内容は百科事典というよりは辞書に適しています。
百科事典的な記事に加筆、訂正するか、姉妹プロジェクトのウィクショナリーへの移動を検討してください。ウィクショナリーへの移動方法についてはWikipedia:プロジェクト間の移動をご覧ください。

アーカーシャ(Akasha、アカシャ、阿迦奢)はサンスクリットで「虚空」「空間」「空(そら)」を意味する言葉であり、インドの五元素のひとつである。西洋の近代オカルティズムではしばしばエーテルと同一視される。

インド哲学の用語としては「虚空」(きょくう、こくう)と訳される。または仏教用語のシューニャと同じく「空」(くう)と訳される。『ウパニシャッド』においてはアートマンとされたが、ヤージュニャヴァルキヤは「風」・「空」・「ガンダルヴァ」・「太陽」・「月」・「星」・「神」・「インドラ」・「プラジャーパティ」・「ブラフマン」を包摂するもの、すなわち存在の一切を統括する法則とした。

関連項目 [編集]

* アカシックレコード
* タットワ
* 虚空蔵菩薩


カテゴリ: 字引記事 | 宇宙
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