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2009年03月25日 (18:06)

『「知識」と「自我」の関連性:同一性知識と差異知性:近代的「知識」の解体とトランス・モダン知性形成へ向けて:同一性ファシズムをぶっ壊せ!:トランス封建主義的トランス・モダン・ヤポネシア・ルネサンス』

『「知識」と「自我」の関連性:同一性知識と差異知性:近代的「知識」の解体とトランス・モダン知性形成へ向けて:
同一性ファシズムをぶっ壊せ!!!!!・・・:トランス封建主義的トランス・モダン・ヤポネシア・ルネサンスの払暁へ』


【引用開始】
「 そのためには、まずすべての人が年齢や性別あるいは社会的な肩書きに関係なく、同じ人間としてお互いを尊敬し合いながら、フラットにつきあえる、ビジネスができる、そんな社会に変えていく必要があるはずです。


 女性にかぎらず、子どもたちや青年たちも夢が持てるようにする。そのためには、自我を捨て、お互いに助け合う思いを大切にしながら、生きていくようにしましょう。


 ギスギスと自分さえ好ければ、それでいいんだなどという生き方をみんながすれば、今の日本のように住みにくい、暮らしにくい社会になっていくのは当たり前だと思います。


 まず一人ひとりがそばにいる人を、自分と同じぐらい大切で価値ある人だと心から思って、ともに歩いていくことができる社会を再興していくために努力したいと思うのです。」
【引用終了】
http://ameblo.jp/adco/entry-10230400182.html
スロー人ロハス-Kritik der Politischen Ekonomie

以上のように、スロー人氏は述べられているが、共感できるものである。私が問題としたいのは、今日、日本人、とりわけ、知識人の「自我」の問題である。これは、一言で、近代的自我と言っていいのだが、「知識」と「自我」との関係を検討したい。(国民一般のレベルでは、封建的集合的自我となっている。)
 どうして、「知識」の形成は、硬直した、他者排撃的な「自我」を形成してしまうのか。これはまた、身体の問題である。「知識」は硬直した身体を形成すると考えられる。
 「知識」は一般には、言語を介して形成される。しかし、この言語は、同一性言語である。(今日、衰退した文学であるが、文学言語とは、本来、差異共振言語であり、文学の衰退とは、差異共振言語の衰退と言えよう。同一性言語に文学言語が蚕食・侵食されてしまったと言えよう。しかしながら、より的確に言えば、文学が超越性を失ったこと、衰退の根因であると考えられる。)
 言語とは、先に指摘した通り、本来、差異共振言語であるが、どうして、同一性言語になるのか。ここがポイントである。(因みに、私見では、日本において差異共振言語が衰退して、同一性言語が支配的になったのは、70年代後半からである。79年の大江健三郎の『同時代ゲーム』を象徴的であろう。そこでは、言語が同一性観念化しているのである。それまでの大江文学の差異共振言語性が喪失したと言えよう。)
 やはり、これまで繰り返し検討したように、+i傾斜、父権的な主体傾斜に拠ると言えよう。これが、他者=絶対的差異-iを否定・排除してしまうのである。そして、この+i傾斜が同一性自己と同一性言語と同一性知識(同一性観念)を生み出す元である。思うに、社会的に+i傾斜が支配的なので、個人は、受動的に適応するために、内的他者=絶対的差異を否定して、+i傾斜を強化すると考えられるのである。つまり、父権社会的+i傾斜と個人的+i傾斜が結合して、同一性原理が主導的になると言えよう。
 この父権社会的+i傾斜とは、当然、同一性資本主義の+i傾斜と重なるものである。結局、同一性資本/父権社会的同一性傾斜が内的な父権傾斜を結びついて、同一性自己・同一性言語・同一性知識を形成させていると言えよう。
 問題は、今日の教養には、内的他者=絶対的差異の知性教育がほぼ完全に欠落していることである。(これは先に述べたように、特異性/超越性「教育」である。)言い換えると、《個》の教育の欠落である。これは、自己自身の教育である。内的教育である。省察・内省・瞑想の教育であり、本来、哲学や仏教が育む教育である。また、文学もそのようなものであった。
 いったい、この、いわば、同一性ファシズム(同一性全体主義)は何を意味するのか。日本人を同一性ロボットにすることを意味しよう。そして、同一性原理に外れる特異性人間(他者)を排除する暴力体制を意味しよう。そう、現代日本社会は、オーウェルの『1984年』的な超管理社会、「ビッグブラザー」の支配する同一性ファシズム社会なのである。
 では、この「ビッグブラザー」とは何か。これは、スクリーンに映されるだろうか。否、これは、目に見えない「ビッグブラザー」である。北朝鮮ならば、はっきりと目に見えるが、現代日本では、不可視の「ビッグブラザー」である。そう、不可視の恐怖の「ビッグブラザー」=独裁者がいるのである。(優れたブログはこの同一性ファシズムに挑戦していると言えよう。)
 いわば、現代日本人は、本来の日本に脅えて、恐怖的に排除するのである。そう、これは、やはり、戦後日本属国化政策と官僚的統制主義の支配に拠ると見るべきであろう。
 でも、端的に、直截に言って、何を恐れているのだろうか。現代日本人の怯えとは何か。真正な自己認識を怯えているとは言えよう。内的他者=特異性=絶対的差異を怯えていると言えよう。一種の「闇」である。
 でも、この同一性ファシズムはとにかくあまりに異常というか、奇怪である。いったい、何を恐れているか。怯えは何か。端的に、差異共振の超越光に怯えているのである。「神」に怯えているのである。それを同一性自己像で覆っているのである。同一性自己(自我)にとり、差異共振超越光=「神仏」は見たくないのである。「恐れとおののき」である。その力学は何か。
 それは、封建主義である。封建的共同体主義が、日本人の精神に残っているのである。そのために、自己の特異性を排除して、父権的同一性共同体へと同化するのである。わかった。エウレカ! 封建的共同体的没個主義が、この奇怪な同一性ファシズムを生んでいるのである。
 だから、日本人には、ルネサンスが必要なのである。トランス封建主義的トランス・モダン・ヤポネシア・ルネサンスである。思うに、これは、日本だけでなく、東アジア全体でも必要である。トランス封建主義的トランス・モダン・東アジア・ルネサンスである。

追記:また、今日蔓延しているうつ病等の心病の原因もこの《個》の排除にあると言えよう。

追記2:封建・近代的同一性マインドコントロールとも言えよう。
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