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2009年04月16日 (19:09)

オリュンポス山と高天原はMedia Pointに存するのではないのか:参考:須弥山、磐座いわくら

検討問題であるが、ギリシア神話のオリュンポス山、そして、日本神話の高天原は、Media Pointに位置するのではないだろうか。また、天孫降臨の「天」であるが、これは、+iの「天」なのか、それとも、+iと-iの共鳴態としての「天」なのだろうか。文字面から見ると、天孫の「天」は、+iの父権的なものに見える。しかしながら、日本神話と東明建国神話と共通すると見ると、「天」は母権的な「天」となるだろう。
 先にも触れたが、Media Pointにおいて、天地一如、天地共鳴、天地即非となる。天は地であり、地は天であり、また、確かに、天は天であり、地は地である。そう、コスモスがここにはあるのである。これは、大元母の様態である。
 もし、天孫が大元母界からやってきたとすると、下界とは、当然、現象界である。それで、辻褄があうことになる。
 ならば、「天皇」とは何かということになる。この「天」をやはり、大元母の「天」とすると、大元母的皇帝となるだろう。これは、エジプト神話で言えば、イシスに対するオシリスである。つまり、オシリスとしての「天皇」ということになる。「日御子ひのみこ」である。とまれ、検討課題である。
 では、ギリシア神話の場合はどうなのだろうか。ゼウスを主宰神とする多神教であるが、どうみるのか。基本は、大元母としてのオリュンポス山ではないだろうか。そこへ、父権民族が入り、ゼウスが支配しているのではないだろうか。
 しかし、先に、東明建国神話関連で触れたように、ゼウスは金の雨となってダナエと交わるのであるが、それは、ゼウスを+i、ダナエを-iとすれば、それは、Media Pointの創造を意味しているのではないだろうか。
 つまり、それは、大元母のエネルゲイアを表現しているのではないだろうか。そう見ると、ギリシア神話は一見、父権的(ゼウス中心)であるが、そうではなく、母権的な原基、即ち、Media Pointの生成を表現しているのではないのか。
 とまれ、以上、問題提起である。

参照:
オリンポス山
『ウィキペディア(Wikipedia)』

オリンポス山
リトホロから眺めたオリンポス山
標高 2,917m
位置 北緯40度05分東経22度21分
所在地 ギリシャ
表 ・話 ・編 ・歴

オリンポス山(現代ギリシア語 : Όρος Όλυμπος, Óros Ólimbos, 英語 :Mount Olympus あるいは Mount Ólympos)は、ギリシャ のテッサリア 地方にある山 。現代ギリシア語による日本語 表記ではオリンボス山とも。古典ギリシア語ではオリュンポス山という。

標高は2,917m[1] で、ギリシャの最高峰 である。山麓が海面近くのため、山麓からの比高がヨーロッパで最も高い山の1つである。ギリシャ第二の都市テッサロニキ からセルマイコス湾をはさんで南西80kmのところにある。

オリンポス山は植物相がとても豊かであり、固有種 も23 種ある。固有種を含め、約1700種が生息する。最も高いピークはミティカス(MitikasまたはMytikas)と呼ばれ、ギリシア語で「鼻」を意味する。次に高いピークはスコリオ(Skolio, 標高2912m)。オリンポス山に登るには東側の山麓の町リトホロ(Λιτόχωρο、標高293m)から登る。リトホロはこの山のに登るルート上にあることから、「神の街」と呼ばれている。

神話 [編集 ]

オリンポス山は、ギリシア神話 ではオリュンポス十二神 の居所とされる山である。
この節は執筆の途中です この節は執筆中 です。加筆、訂正 して下さる協力者を求めています 。

注釈 [編集 ]

1. ^ 理科年表 平成19年、国立天文台編、丸善 ISBN 4621077635 p.567

関連項目 [編集 ]
ウィキメディア・コモンズ
ウィキメディア・コモンズ には、オリンポス山に関連するマルチメディア およびカテゴリ があります。

* オリンポス山 (曖昧さ回避) - 同名の山
* オリンポス山 (火星) - 太陽系 の最高峰
* オリュンポス十二神
* 聖火

"http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AA%E3%83%AA%E3%83%B3%E3%83%9D%E3%82%B9%E5%B1%B1 " より作成
高天原
『ウィキペディア(Wikipedia)』

高天原(たかあまはら、たかのあまはら、たかまのはら、たかまがはら)は『古事記 』の日本神話 と祝詞 に於ける天津神 の住まう場所である。

地上の人間が住む世界である葦原中国 や、地中にあるとされる根の国 ・黄泉 に対し、天上界にあったとされるが、古くから神話を現実的に解釈しようという要求から、大和、九州、北陸、富士山等実在の場所であったとの説もとなえられた。

原文は漢文であるため、どの訓が正しいかは或る程度推測にとどまる。ただし、古事記冒頭には「訓高下天云阿麻下效此」とあり、天はアマと読むように指定がある。通常は、「たかまがはら」という格助詞 【が】を用いた読み方が一般的であるが、この読み方が広まったのは歴史的には新しいとされている。
古事記における記述 [編集 ]

古事記においては、その冒頭に「天地(あめつち)のはじめ」に神々の生まれ出る場所としてその名が登場する。次々に神々が生まれ、国生みの二柱の神が矛を下ろして島を作るくだりがあるから、海の上の雲の中に存在したことが想定されていたのであろう。天照大神 が生まれたときに、高天原を治めるよう命じられた。須佐男命 にまつわる部分では、高天原には多くの神々(天津神)が住み、機織の場などもあったことが記述されており、人間世界に近い生活があったとの印象がある。葦原中国が天津神によって平定され、天照大神の孫のニニギ が天降り(天孫降臨 )、以降、天孫の子孫である天皇 が葦原中国を治めることになったとしている。

古事記以外 [編集 ]

『日本書紀 』においては本文にはほとんどみえず、わずかに第4の一書と養老4年(720年)に代々の天皇とともに持統天皇 につけられた和風諡号 「高天原廣野姫天皇」にあり、 また、『古語拾遺 』本文では1箇所天孫降臨の神勅と、他に祝詞説明の注に、現存の風土記では『常陸風土記』冒頭2語あるのみである。

所在地についての諸説 [編集 ]

高天原の所在地については古来より諸説あり、古事記における神話をどうとらえるかによりその立場が大きく異なる。

作為説 [編集 ]

神話は作られたものであるから、そこに出てくる高天原がどこにあったかなどと考えること自体が無意味であるとする説。山片蟠桃 の説が代表的なもので、古事記における神代のことは後世の作為であるとする。戦後主流となっている津田左右吉 の史観はこの考え方に基づく。現在でもほとんどの学者は、高天原神話は支配階級を天上界に由来するが故に尊いとする信仰を語ったものであるという説に与しており、思想的には別として次の天上説と実質的には同じである。

天上説 [編集 ]

高天原は神の住まう場所であるから天上に決まっており、それ以外の場所を考えるのは不遜であるとする説。本居宣長 の説が代表的なもので、戦前は皇国史観 と結びついてこの考え方が主流であった。

地上説 [編集 ]

神話は何がしかの史実を含んでおり、高天原も実在したものを反映しているとする説。現在の歴史学では、このような説は神話のつまみ食いになるだけで説得力のあるものではないとして、一般には避けられるが、前近代にはしばしば行われ、現在も愛好家の説によく見られる。新井白石 の説が代表的なもので「神とは人である」とする。地上説にはさらに国内説と海外説がある。国内説の中には、邪馬台国と高天原を関連付けて考える説もある。海外説の代表的なものは朝鮮半島説と中国南部説で、これは日本人 の起源説と共通の要素が多い。江上波夫 の騎馬民族征服王朝説 も海外説の一つである。 ちなみに、新井白石が説を唱えるまで、京都朝廷では高天原は大和国葛城 だとされていた。

日本各地の高天原 [編集 ]

* 葛城地域・金剛山高天台地区(奈良県御所市 高天 )

奈良県南部の御所市高天。金剛山麓 に広がる台地上に位置する。古くは葛城といわれた地域で、そこにそびえ立つ金剛山 は、古くは高天原山といわれていた。付近は天上の神々が住んだ高天原の伝承地で、ここに所在する高天彦神社 は、延喜式では最高の社格とされた名神[みょうじん]大社で、祭神は葛城氏の祖神高皇産霊[たかみむすび]神。社殿後方の白雲峯(694m)を御神体とする。参道の両側には杉の古木が立ち並び、神さびた雰囲気を漂わせている。江戸時代初頭までは、この地が高天原史跡 だというふうに考えられていた。高天原の史跡

* 高千穂地区(宮崎県高千穂町 )

宮崎県北部。天岩戸 や天香具山、高天原、四皇子峰等がある。高千穂神社では、天鈿女命 が舞ったことから始まったとされる高千穂の夜神楽 が伝承されている。

* 阿蘇・蘇陽地区(熊本県山都町 )

高天原神話の発祥の神宮 である「日の宮・弊立神宮 」がある。御神体は豊国文字と阿比留文字が彫られた石板であり、「アソヒノオオカミ」と「日文」が表裏に刻まれている。
なみに「弊立」とはヒモロギを意味し、太古 天の神が御降臨になった聖なる地とされている。

* 蒜山高原(ひるぜんこうげん)(岡山県真庭市 )

茅部神社の山を登ったところ。天岩戸、真名井の滝、天の浮橋等がある。

* 生犬穴(おいぬあな)(群馬県上野村)

小さな穴として従来から知られていたが、昭和4年に奥へと長く続いていることが発見された。狼の骨が多数発見されたことから命名、内部に高天原や天の安河原 などと名づけられた場所がある。

* 茨城県 多賀郡

新井白石 による説。古史通 にて高天原を常陸国多賀郡と比定。

関連文献 [編集 ]

* 鎌田東二 「高天原とは何か-聖なる他界の形成」 歴史読本臨時増刊『よみがえる神道の謎』 新人物往来社 1989年

関連項目 [編集 ]

* 高天彦神社
* 高天原山
* 高天原に神留坐す

外部リンク [編集 ]

* 高天彦神社
* 古事記・日本神話の伝承地~高天原史跡ガイド


須弥山
『ウィキペディア(Wikipedia)』

須弥山(しゅみせん、本来の名称は須彌山、サンスクリット Sumeru、スメール山)とは古代インド(バラモン教 、仏教 、ジャイナ教 等)の世界観の中で中心にそびえる山 である。仏教の世界観では、須弥山をとりまいて七つの金 の山と鉄囲山 (てっちさん、Cakravāda)があり、その間に八つの海 がある。これを九山八海という。

「須弥」とは漢字 による音訳で意訳は「妙高」という。
仏教における須弥山世界観 [編集 ]
須弥山の概念図

『倶舎論 』によれば、風輪の上に水輪、その上に金輪がある。また、その最上層をなす金輪の最上面が大地の底に接する際となっており、これを金輪際(こんりんざい)という。なお、このことが俗に転じて物事の最後の最後までを表して金輪際と言うようになった。

我々が住むのは海水をたたえた金輪に浮かぶ贍部洲(閻浮提 、Jambūdvīpa)であり、須弥山中腹には日天と月天がまわっている。須弥山の高さは八万由旬 (yojana)といわれ、中腹に四大王天がおり四洲を守る。さらにその上の山頂の忉利(とうり)天には帝釈天 が住むという。須弥山の頂上に善見城がありインドラ (帝釈天)が住んでいる。

須弥山には甘露の雨 という雨が降っておりそれによって須弥山に住む天たちは空腹を免れる。

なお、シュメールと須弥山(Sumeru)とアンシャル にはそれぞれ類似性が指摘されている(詳しくは阿修羅 の項目を参照)

須弥山に例えられる物 [編集 ]

* カイラス山 はチベット仏教で須弥山と同一視され、周囲の山々を菩薩に見立てた天然の曼荼羅とみなし、聖地とする。
* 日本庭園 の須弥山形式 - 中央に突出する岩を須弥山に例える石組。

・・・・・

磐座
『ウィキペディア(Wikipedia)』

磐座(いわくら)とは、日本に古くからある自然崇拝(精霊崇拝・アニミズム)である古神道 のなかの一つの信仰をさす。

巨岩に対する基層信仰 の一種である。自然への信仰の例は岩 以外にも、禁足地 としての鎮守の森 (モリ自体が神社をさし、杜は鎮守の森自身である)や山に対する信仰、火(火山 )に対する信仰である三輪山 や富士山 などの神名火 (カムナビ)、滝などから、風雨 ・雷 という気象 現象までの多岐に渡るものである。

岩にまつわるものとして他にも磐境(いわさか)があるとされるが、こちらは磐座に対してその実例がないに等しい。そのため同一のものと目されることもある。日本書紀では磐座と区別してあるので、磐座とは異なるなにか、「さか」とは神域との境であり、神籬の「籬」も垣という意味で境であり、禁足地の根拠は「神域 」や「常世 と現世 」との端境を示している。

神事において神を神体である磐座から降臨させ、その依り代 (神籬 という)と神威をもって祭りの中心とした。時代とともに、常に神がいるとされる神殿 が常設されるに従って信仰の対象は神体から遠のき、神社そのものに移っていったが、元々は古神道からの信仰の場所に、社 (やしろ)を建立している場合がほとんどなので、境内 に依り代として注連縄 が飾られた神木や霊石が、そのまま存在する場合が多い。

現在ではご神木 などの樹木や森林または、儀式の依り代 として用いられる榊 などの広葉常緑樹を、神籬信仰や神籬 と言い、山や石・岩などを依り代として信仰することを磐座という傾向にある。


・・・・・

* 磐座・巨石、磐座、磐境、石神、巨石 - 磐座や磐境の写真を集めてあるサイト
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