2005年11月22日 (03:55)
『エトルリアの故地』Etruscan Places 1932 D.H.ロレンス著 奥井潔訳 南雲堂
これは、小説家(長編、中編、短編)、評論・批評家、紀行作家、詩人、劇作家他であったD.H.ロレンスの紀行文である。紀行文として、他に、『イタリアの黄昏』Twilight in Italy、『海とサルジニア』The Sea and Sardinia、『メキシコの朝』Mornings in Mexicoが、代表的である。『メキシコの朝』を除けば、イタリア紀行文の三部作と言えるだろう。
D.H.ロレンス(1885〜1930)は、日本では、一般には、『チャタレイ夫人の恋人』でのみ知られたほぼ忘れられた作家であるが、アカデミズムにおいては盛んに研究されている作家である。ここで一つ問題をあげておけば、現代文学のカノン(「聖典」)の問題がある。20世紀現代文学の代表的古典として、ジェイムズ・ジョイスの『ユリシーズ』(並びに、T.S.エリオットの『荒地』)とマルセル・プルーストの『失われた時を求めて』をあり、これらが、規範となって、現代文学が形成されてきたことは確かであるが、しかし、現代文学が行き詰まる新世紀において、アカデミズムの規範が排除してきた文学を見直すことは意味がある。詩人T.S.エリオットは、批評家でもあり、文学のモダニズム革命に当たり、文学の規範を、古典主義に求めて、ロマン主義を排除した。しかし、このモダニズム革命は、矛盾していたのである。自身の内部にロマン主義ないしサンボリスム(象徴主義)の要素をもっていたのであり、それを否定するように、反動的に、古典主義を主唱したのである。だから、モダニズムは早晩限界に突き当たるのである。結局、ロマン主義や象徴主義の問題に正対しなくてはならなかったのであり、今日、D.H.ロレンス研究が盛んであるというのは、この意味があると言えよう。つまり、ポスト・モダニズム(ポスト近代主義)の問題が、現代的であると言えるのである。そういう現代の知的文脈において、D.H.ロレンスの再評価があると考えるべきである。そういう意味合いにおいて、ロレンスの本作品と自身の絵画集の序論を見ていきたい。
エトルリアとは、簡単に言えば、先史時代、イタリア半島に住んでいたイタリアの先住民である。紀元前8世紀〜紀元後2,3世紀まで、存在して、ローマ帝国によって滅びた。今日、イタリア半島の西側にある海洋をティレニア海と呼ぶが、ティレニアとは、エトルリアの語から発している。
本作は4つのエトルリアの地を選んで、そこの遺跡の紀行文となっている。
1. チェルベテリ
2. タルクィニア
3. ヴルチ
4. ヴォルテラ
本紀行文の中核となるタルクィニアに関する章を簡単にまとめる。
「タルクィニア」
http://www.ou.edu/class/ahi4163/files/tomb01.html
「古代の原始時代の地中海民族、それもアジアもしくはエーゲ海系の民族の系譜に属していたと考えなければならない。私たちの歴史の始まりを告げる夜明けの薄明かりは、それに先立って存在した歴史の日没を告げる薄明かりに外ならなかった。」p.54
「エトルリア文明は、先史時代の地中海世界から芽吹いた一本の小枝、おそらくは最後の一枝のように思われる。そして、エトルリア人というのは、新たに来た人々も原住民たちも、互いに種族の異にし、文化の水準を異にしてはいたけれども、共にあの有史以前の古代世界に属する民族であった点では同じだった。勿論、後になるとギリシア人が大きな影響を及ぼすことになった。しかしそれはまた別問題だ。」p.54
「・・・ちょうどエトルリアの宗教が十中八九まで基本的には土着の宗教であり、有史以前の古代世界を包んでいたある広大無辺な古代の宗教に属するものであるように。有史以前の世界という暗がりの中から滅び行く様々な宗教の瀕死の姿が浮かび出て見える。それらの宗教は未だ男の神々、あるいは女の神々という人格神を作り出してはいず、ただ大宇宙に存する根源的な諸力の神秘によって、私たちが今日弱々しい声で自然と呼んでいるものが持つ、あの様々な複合的な生命力によって生きている宗教である。神々も女神たちも、何ら明確な形では未だ出現してはいなかったように見えるのだ。」p.56
「エトルリア人の本能のなかには、生命(いのち)から生まれる自ずからなる気分を守りたいちう真率な願望があったように思われる。」p.68
「タルクィニアの壁画のある墓(1)」
「狩りと漁り(すなどり)の墓」p.86
「みんな小さくて、浮き浮きとしていて、生き生きとした動きがあり、若い生命だけが持つあののびやかな自然さがある。ただ、こんなにも破損がひどくさえなければ嬉しいのだが・・・だってここにこそ本当のエトルリア的な快活さと自然さがあるからだ。それは強い感銘を押しつけてくるものではないし、また偉大でもない。ただ生き生きと寄せてくる生命の小波、と言った感じなのだが、もしそれで満足されるならば、まさにそれがここにあるのだ。」p.88
http://www.ou.edu/class/ahi4163/files/tomb07.html
(突き当たり壁の死者が宴会を開いている光景)
「これは死の、葬送の宴なのだ,そして同時に、これは死者が、下界で、黄泉の国で開いている宴でもあるのだ。なぜなら、エトルリア人たちが往く黄泉の国で開いている宴でもあるのだ。なぜなら、エトルリア人たちが往く黄泉の国は、楽しいところであったからだ。生者が戸外で楽しい祝宴を開いている時、同時に、死者の墓でも、死者自身が、同じように祝宴を開いていたのである、傍らに貴婦人が侍して彼に花輪を捧げ、奴隷たちは彼に紫の酒を運んでいたのである、はるかなる黄泉のくにで・・・。なぜなら地上の生活が、かくも楽しく良きものであったが故に、下界の生活もそれの楽しい続きとなるより外はなかったからだ。
・・・
すべての立居振舞いの中に、何か舞踏のようなもの、生き生きと心を魅する輝きがある。裸の奴隷の男たちの立居振舞いの中にすらそれはあるのだ。」p.89〜p.90
http://www.ou.edu/class/ahi4163/slides3/t-hunt06.jpg
「豹の墓」p.92
http://www.ou.edu/class/ahi4163/files/tomb10.html
http://www.ou.edu/class/ahi4163/slides3/t-leop10.jpg
http://www.ou.edu/class/ahi4163/slides3/t-leop05.jpg
「饗宴の墓」p.98
http://www.ou.edu/class/ahi4163/files/tomb11.html
http://www.ou.edu/class/ahi4163/slides/208.jpg
http://www.ou.edu/class/ahi4163/slides/210.jpg
「バッカスの巫女の墓」p.104
http://www.mysteriousetruscans.com/art/bacchantes.jpg
「死者の墓」p.105
「雌獅子の墓」p.106
http://www.ou.edu/class/ahi4163/files/tomb04.html
http://www.ou.edu/class/ahi4163/slides/182.jpg
http://www.ou.edu/class/ahi4163/slides/183.jpg
「乙女の墓」p.107
「彩色壺の墓」p.107
「老人の墓」p.109
「記銘の墓」p.111
★p.113〜p.134で、ロレンスが考える、エトルリア人の世界観・宇宙観が爆発的に述べられる。
「まるである力強い別種な生命の流れが、・・・彼等の中を滔々と流れているよう、まるで我々には掬むことを許されていない別の深淵から、彼等は生命の水を掬み上げているかのよう。」p.114
「生命の自然なる開花!」p.114
「エトルリア人にとっては、すべてのものが生きているものだった、全宇宙も生きていた、そして、人間の務めは、その全体の唯中で自分も生きることであった。人間は、様々な生命力が巨大な潮のようにうねり流れているこの世界という海から、生命という水をみずからの内部に掬み入れなければならなかった。全宇宙は生きていた、まるで巨大な一個の生きもののように。その全体が呼吸し、動いていた。
・・・
世界全体が生きものであった、そして、偉大な魂を、即ち霊魂(アニマ)を持っていた。そして偉大な一つの魂であるにもかかわらず、同時にもっとも小さな無数の漂泊して止まることのない魂に分かれているものでもあった。すべての人間が、すべての動物、樹木、湖、山、川がみな生きものであり、それぞれが自分固有の意識を、心を持っていた。そして、今日だってそれに変わりはないのである。
宇宙は一つであった、そして、宇宙の霊魂(アニマ)も一つであった。しかし、それは無数の生きものから出来ている一つなのであった。」p.115
「宇宙というものは、ただ一つの魂を持つただ一つの生きものであったが、そう私たちが考える暇もなく、それはたちまち変化して二つのものから成る一つの生きものとなり、内なる魂も、火のような魂と水のような魂と二つになり、二つは小休みなく混じり合い、またたちまちに相離れつつ、究極的には大宇宙の生命力によって一つの均衡調和が保たれているのであった。しかし、この二つは常に烈しい勢いで合体し、また烈しい勢いで分裂し、そして瞬時にして無数の生きものに変ずるのだった、無数の火山に、海に、それから河川に、山々に、森や林に、生きものたちに、そして人間に。だからすべてのものは二元的であった、即ち内に二元性を蔵していた、そして常時小休みなく混じり合い、瞬時にしてまた分裂していたのである。
宇宙は一つの生きものであるという古代の思想が徐々に形成されて行ったのは、有史時代が始まるよりもはるかに古い昔のことであって、この思想が精緻に集大成されて既に巨大な一つの宗教となった後に有史時代がきて、我々はこの宗教を垣間見ることになるのである。有史時代のまさに夜明けの頃の、支那にも、印度にも、エジプト、バビロニアにも、いや太平洋諸島や原始時代のアメリカにも、既に一つの宗教思想が、それぞれの土台に存在していたという明らかな証拠が見られる。即ち宇宙は一つの生きものであり、宇宙を形成している無数の生命は、烈しく入り混じって混沌なる状態にあるが、しかしこの混沌には、依然としてある秩序が保たれているという宗教思想が・・・そして人間は、この真赤に燃え上がる混沌のただ中に立って、あえて危険をものともせず、力戦苦闘してただ一つのものを、生命を、活力を、さらに多くの活力を求めるのだ、彼方にきらめく大宇宙の生命力を、さらに多く己れの内部に、いやが上にも掬み入れようとするのである。その活力こそ求むべき宝なのだから。この能動的な力に満ちた宗教観によれば、人間は、鋭敏な注意力と繊細な感受性と全力をあげての努力によって、いよいよ多くの生命(いのち)をいやが上にも多くの、きらめく生命力を己れの内部に掬み入れることが出来、かくして遂にはみずからも朝の如く光り、神の如く燦爛として輝くことになるのであった。生命に満ち、完全に己れ自身を成就すると、彼は自分の全身を朱に塗った、曙の赤い初光のような朱に、そして神の体になった、まざまざと目に見える神の、赤々と、全身に生命が満ち輝く神の身体が具現したのである。」p.116〜p.117
「いろいろな墓を見て私たちの目に付くのは、ライオンと鹿とが対比されている図が、次から次に繰り返し出てくることである。この世界が創造されたそもそもの初めから、この世界は二元的な存在形式を取っていたと言うのが古代人の考え方だった。あらゆるものが、二元性を持つものとなった。・・・
豹と鹿、ライオンと牡牛、猫と鳩もしくは鷓鴣(しゃこ)、これらの組み合わせは、この根元的な偉大な二元性、即ち動物の王国にある両極性と切り離せぬ一部をなしている。・・・この組み合わせは、聖なる大宇宙は、動物を創造する場合にも、動物には二つの対極があるような創り方をしたということをあらわしているのである。
大切な宝の中でも大切な宝は魂であって、それはあらゆる生きもの、あらゆる生きもの、あらゆる木にも池にも内在するもの、そして火的性質と水的性質というこの二元性を形成する二つの部分、二つの要素の間の釣合い、もしくは均衡を知覚するあの神秘的な意識の切点を意味している。この神秘的な切点は、右手から次々に押し寄せる生き生きとした生命にも、それから左手からも次々に押し寄せるくる生命にも包まれるのである。そして個体は死んでも魂は決して消え失せることはなく、あの卵の中に、あるいはあおの壺の中に、あるいはあの木の中にすら保存されていて、そこから再び芽吹き生まれてくるのである。」p.131〜p.132
【この切点である魂とは、不連続的差異の境界のことではないだろうか。後で検討したい。】
「タルクィニアの壁画のある墓(2)」
「牡牛の墓」p.148
http://www.ou.edu/class/ahi4163/files/tomb02.html
この箇所においても、ロレンスのエトルリアの宗教観・世界・宇宙観が述べられている。
「エトルリアの宗教は、けっして神を擬人化し神と人間を同一化する性質のものでなかったことは確かである。即ちこの宗教の中に現れている神々は、すべて存在しているものではなくて、根源的な様々な力(エネルギー)の象徴だった、まさに象徴に外ならなかった。そして、これはさらに昔のエジプトにおいても同じだった。分割されていない究極の神の本質は、もしそういう呼び方で言ってよければであるが、あのマンダム、即ちその中に核を持つ原形質的な細胞によって象徴化された。そしてこれがそもそもの始源、はじまりなのであって、我々の場合のように、究極の神の本質が、擬人化された神、人格神によって象徴されるではなく、また人間がすべての創造もしくは進化の目指す終点、究極の目的ではないのである。これがエトルリアのすべてに一貫して見られる原理だ。エトルリアの宗教は、霊魂の形成のもとでもあり、また霊魂の破壊のもとにもなるあの物質的な、そして創造的なあらゆる力、あらゆるエネルギーに対する信仰なのである。そしてあの霊魂、個性なるものは、混沌の中から、まるで花のように徐々に産み出されてくるもの、そして再び混沌の中に、即ち下界へと消え去って行くものに過ぎないのだ。これとは反対に、私たちは言う、太初(はじめ)に言葉ありき、とーーそして宇宙という大自然が真に実在することを否認するのである。私たちはただこの言葉の中にのみ存在するのであり、この言葉は打ち延ばされ薄く広げられて、すべてのものを覆い、メッキをかけ、すべてのものを隠してしまうのである。
エトルリア人にとって、人間とは、その人間の持つ他と異なる様々な性質や力に応じて、牡牛であり、あるいは牡羊であり、ライオンであり、あるいは鹿でもあるものであった。人間はその血管の中に、翼ある鳥たちの血を持ち、また蛇の毒を持つものであった。すべてのものはそういう血の流れから出現したのであり、従ってこの血縁関係は、それがどんなに複雑で両立出来ない関係になったとしても、けっして断ち切れれることはなく、また忘れられることもなかった。この血の川の中にはいろいろな流れがあって、その中にはいつもぶつかり合っている流れも少なくなかった、鳥と蛇、ライオンと鹿、豹と仔羊というように。しかしそのぶつかり合いそのものが和合調和の一形式に外ならなかった、ライオンが同時に山羊の頭を持っている姿に見るように・・・。」p.153〜p.154
「占い師の墓」p.161
http://www.ou.edu/class/ahi4163/files/tomb03.html
「男爵の墓」p.165
http://www.ou.edu/class/ahi4163/files/tomb08.html
http://www.ou.edu/class/ahi4163/slides/194.jpg
http://www.ou.edu/class/ahi4163/slides/197.jpg
「オルクス、即ち地獄の墓」p.168
http://www.ou.edu/class/ahi4163/files/tomb12.html
http://www.ou.edu/class/ahi4163/files/tomb13.html
「楯の墓」p.171
http://www.ou.edu/class/ahi4163/files/tomb14.html
リンク
http://www.basarchive.org/sample/bswbBrowse.
asp?PubID=BSAO&Volume=1&Issue=1&ArticleID=10
http://www.victorianweb.org/courses/nonfiction
/lawrence/
エトルリア美術
http://www.mysteriousetruscans.com/art/art.html
http://www.ou.edu/class/ahi4163/files/main.html
http://www.artlex.com/ArtLex/e/etruscan.html
http://www.huntfor.com/arthistory/ancient/etruscan
.htm
http://www.google.co.jp/search?q=etruscan+art&btnG
=Google+%E6%A4%9C%E7%B4%A2&num=30&hl=ja
http://www.insecula.com/us/salle/theme_40013_M0001
.html
http://witcombe.sbc.edu/ARTHrome.html#Etruscan
イタリアの地図
http://www3.zero.ad.jp/cipolla/map.htm
http://rome-navi.net/miritalymap.htm
http://www.geocities.co.jp/Technopolis/9716/italia0.
html
日本語
http://www.jalcityguide.com/world/italy/citymap01.jpg
イタリア(ウィキペディア)
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A4%E3
%82%BF%E3%83%AA%E3%82%A2
イタリア・リンク
http://www.geocities.co.jp/SilkRoad/5769/links.html
D.H.ロレンス(1885〜1930)は、日本では、一般には、『チャタレイ夫人の恋人』でのみ知られたほぼ忘れられた作家であるが、アカデミズムにおいては盛んに研究されている作家である。ここで一つ問題をあげておけば、現代文学のカノン(「聖典」)の問題がある。20世紀現代文学の代表的古典として、ジェイムズ・ジョイスの『ユリシーズ』(並びに、T.S.エリオットの『荒地』)とマルセル・プルーストの『失われた時を求めて』をあり、これらが、規範となって、現代文学が形成されてきたことは確かであるが、しかし、現代文学が行き詰まる新世紀において、アカデミズムの規範が排除してきた文学を見直すことは意味がある。詩人T.S.エリオットは、批評家でもあり、文学のモダニズム革命に当たり、文学の規範を、古典主義に求めて、ロマン主義を排除した。しかし、このモダニズム革命は、矛盾していたのである。自身の内部にロマン主義ないしサンボリスム(象徴主義)の要素をもっていたのであり、それを否定するように、反動的に、古典主義を主唱したのである。だから、モダニズムは早晩限界に突き当たるのである。結局、ロマン主義や象徴主義の問題に正対しなくてはならなかったのであり、今日、D.H.ロレンス研究が盛んであるというのは、この意味があると言えよう。つまり、ポスト・モダニズム(ポスト近代主義)の問題が、現代的であると言えるのである。そういう現代の知的文脈において、D.H.ロレンスの再評価があると考えるべきである。そういう意味合いにおいて、ロレンスの本作品と自身の絵画集の序論を見ていきたい。
エトルリアとは、簡単に言えば、先史時代、イタリア半島に住んでいたイタリアの先住民である。紀元前8世紀〜紀元後2,3世紀まで、存在して、ローマ帝国によって滅びた。今日、イタリア半島の西側にある海洋をティレニア海と呼ぶが、ティレニアとは、エトルリアの語から発している。
本作は4つのエトルリアの地を選んで、そこの遺跡の紀行文となっている。
1. チェルベテリ
2. タルクィニア
3. ヴルチ
4. ヴォルテラ
本紀行文の中核となるタルクィニアに関する章を簡単にまとめる。
「タルクィニア」
http://www.ou.edu/class/ahi4163/files/tomb01.html
「古代の原始時代の地中海民族、それもアジアもしくはエーゲ海系の民族の系譜に属していたと考えなければならない。私たちの歴史の始まりを告げる夜明けの薄明かりは、それに先立って存在した歴史の日没を告げる薄明かりに外ならなかった。」p.54
「エトルリア文明は、先史時代の地中海世界から芽吹いた一本の小枝、おそらくは最後の一枝のように思われる。そして、エトルリア人というのは、新たに来た人々も原住民たちも、互いに種族の異にし、文化の水準を異にしてはいたけれども、共にあの有史以前の古代世界に属する民族であった点では同じだった。勿論、後になるとギリシア人が大きな影響を及ぼすことになった。しかしそれはまた別問題だ。」p.54
「・・・ちょうどエトルリアの宗教が十中八九まで基本的には土着の宗教であり、有史以前の古代世界を包んでいたある広大無辺な古代の宗教に属するものであるように。有史以前の世界という暗がりの中から滅び行く様々な宗教の瀕死の姿が浮かび出て見える。それらの宗教は未だ男の神々、あるいは女の神々という人格神を作り出してはいず、ただ大宇宙に存する根源的な諸力の神秘によって、私たちが今日弱々しい声で自然と呼んでいるものが持つ、あの様々な複合的な生命力によって生きている宗教である。神々も女神たちも、何ら明確な形では未だ出現してはいなかったように見えるのだ。」p.56
「エトルリア人の本能のなかには、生命(いのち)から生まれる自ずからなる気分を守りたいちう真率な願望があったように思われる。」p.68
「タルクィニアの壁画のある墓(1)」
「狩りと漁り(すなどり)の墓」p.86
「みんな小さくて、浮き浮きとしていて、生き生きとした動きがあり、若い生命だけが持つあののびやかな自然さがある。ただ、こんなにも破損がひどくさえなければ嬉しいのだが・・・だってここにこそ本当のエトルリア的な快活さと自然さがあるからだ。それは強い感銘を押しつけてくるものではないし、また偉大でもない。ただ生き生きと寄せてくる生命の小波、と言った感じなのだが、もしそれで満足されるならば、まさにそれがここにあるのだ。」p.88
http://www.ou.edu/class/ahi4163/files/tomb07.html
(突き当たり壁の死者が宴会を開いている光景)
「これは死の、葬送の宴なのだ,そして同時に、これは死者が、下界で、黄泉の国で開いている宴でもあるのだ。なぜなら、エトルリア人たちが往く黄泉の国で開いている宴でもあるのだ。なぜなら、エトルリア人たちが往く黄泉の国は、楽しいところであったからだ。生者が戸外で楽しい祝宴を開いている時、同時に、死者の墓でも、死者自身が、同じように祝宴を開いていたのである、傍らに貴婦人が侍して彼に花輪を捧げ、奴隷たちは彼に紫の酒を運んでいたのである、はるかなる黄泉のくにで・・・。なぜなら地上の生活が、かくも楽しく良きものであったが故に、下界の生活もそれの楽しい続きとなるより外はなかったからだ。
・・・
すべての立居振舞いの中に、何か舞踏のようなもの、生き生きと心を魅する輝きがある。裸の奴隷の男たちの立居振舞いの中にすらそれはあるのだ。」p.89〜p.90
http://www.ou.edu/class/ahi4163/slides3/t-hunt06.jpg
「豹の墓」p.92
http://www.ou.edu/class/ahi4163/files/tomb10.html
http://www.ou.edu/class/ahi4163/slides3/t-leop10.jpg
http://www.ou.edu/class/ahi4163/slides3/t-leop05.jpg
「饗宴の墓」p.98
http://www.ou.edu/class/ahi4163/files/tomb11.html
http://www.ou.edu/class/ahi4163/slides/208.jpg
http://www.ou.edu/class/ahi4163/slides/210.jpg
「バッカスの巫女の墓」p.104
http://www.mysteriousetruscans.com/art/bacchantes.jpg
「死者の墓」p.105
「雌獅子の墓」p.106
http://www.ou.edu/class/ahi4163/files/tomb04.html
http://www.ou.edu/class/ahi4163/slides/182.jpg
http://www.ou.edu/class/ahi4163/slides/183.jpg
「乙女の墓」p.107
「彩色壺の墓」p.107
「老人の墓」p.109
「記銘の墓」p.111
★p.113〜p.134で、ロレンスが考える、エトルリア人の世界観・宇宙観が爆発的に述べられる。
「まるである力強い別種な生命の流れが、・・・彼等の中を滔々と流れているよう、まるで我々には掬むことを許されていない別の深淵から、彼等は生命の水を掬み上げているかのよう。」p.114
「生命の自然なる開花!」p.114
「エトルリア人にとっては、すべてのものが生きているものだった、全宇宙も生きていた、そして、人間の務めは、その全体の唯中で自分も生きることであった。人間は、様々な生命力が巨大な潮のようにうねり流れているこの世界という海から、生命という水をみずからの内部に掬み入れなければならなかった。全宇宙は生きていた、まるで巨大な一個の生きもののように。その全体が呼吸し、動いていた。
・・・
世界全体が生きものであった、そして、偉大な魂を、即ち霊魂(アニマ)を持っていた。そして偉大な一つの魂であるにもかかわらず、同時にもっとも小さな無数の漂泊して止まることのない魂に分かれているものでもあった。すべての人間が、すべての動物、樹木、湖、山、川がみな生きものであり、それぞれが自分固有の意識を、心を持っていた。そして、今日だってそれに変わりはないのである。
宇宙は一つであった、そして、宇宙の霊魂(アニマ)も一つであった。しかし、それは無数の生きものから出来ている一つなのであった。」p.115
「宇宙というものは、ただ一つの魂を持つただ一つの生きものであったが、そう私たちが考える暇もなく、それはたちまち変化して二つのものから成る一つの生きものとなり、内なる魂も、火のような魂と水のような魂と二つになり、二つは小休みなく混じり合い、またたちまちに相離れつつ、究極的には大宇宙の生命力によって一つの均衡調和が保たれているのであった。しかし、この二つは常に烈しい勢いで合体し、また烈しい勢いで分裂し、そして瞬時にして無数の生きものに変ずるのだった、無数の火山に、海に、それから河川に、山々に、森や林に、生きものたちに、そして人間に。だからすべてのものは二元的であった、即ち内に二元性を蔵していた、そして常時小休みなく混じり合い、瞬時にしてまた分裂していたのである。
宇宙は一つの生きものであるという古代の思想が徐々に形成されて行ったのは、有史時代が始まるよりもはるかに古い昔のことであって、この思想が精緻に集大成されて既に巨大な一つの宗教となった後に有史時代がきて、我々はこの宗教を垣間見ることになるのである。有史時代のまさに夜明けの頃の、支那にも、印度にも、エジプト、バビロニアにも、いや太平洋諸島や原始時代のアメリカにも、既に一つの宗教思想が、それぞれの土台に存在していたという明らかな証拠が見られる。即ち宇宙は一つの生きものであり、宇宙を形成している無数の生命は、烈しく入り混じって混沌なる状態にあるが、しかしこの混沌には、依然としてある秩序が保たれているという宗教思想が・・・そして人間は、この真赤に燃え上がる混沌のただ中に立って、あえて危険をものともせず、力戦苦闘してただ一つのものを、生命を、活力を、さらに多くの活力を求めるのだ、彼方にきらめく大宇宙の生命力を、さらに多く己れの内部に、いやが上にも掬み入れようとするのである。その活力こそ求むべき宝なのだから。この能動的な力に満ちた宗教観によれば、人間は、鋭敏な注意力と繊細な感受性と全力をあげての努力によって、いよいよ多くの生命(いのち)をいやが上にも多くの、きらめく生命力を己れの内部に掬み入れることが出来、かくして遂にはみずからも朝の如く光り、神の如く燦爛として輝くことになるのであった。生命に満ち、完全に己れ自身を成就すると、彼は自分の全身を朱に塗った、曙の赤い初光のような朱に、そして神の体になった、まざまざと目に見える神の、赤々と、全身に生命が満ち輝く神の身体が具現したのである。」p.116〜p.117
「いろいろな墓を見て私たちの目に付くのは、ライオンと鹿とが対比されている図が、次から次に繰り返し出てくることである。この世界が創造されたそもそもの初めから、この世界は二元的な存在形式を取っていたと言うのが古代人の考え方だった。あらゆるものが、二元性を持つものとなった。・・・
豹と鹿、ライオンと牡牛、猫と鳩もしくは鷓鴣(しゃこ)、これらの組み合わせは、この根元的な偉大な二元性、即ち動物の王国にある両極性と切り離せぬ一部をなしている。・・・この組み合わせは、聖なる大宇宙は、動物を創造する場合にも、動物には二つの対極があるような創り方をしたということをあらわしているのである。
大切な宝の中でも大切な宝は魂であって、それはあらゆる生きもの、あらゆる生きもの、あらゆる木にも池にも内在するもの、そして火的性質と水的性質というこの二元性を形成する二つの部分、二つの要素の間の釣合い、もしくは均衡を知覚するあの神秘的な意識の切点を意味している。この神秘的な切点は、右手から次々に押し寄せる生き生きとした生命にも、それから左手からも次々に押し寄せるくる生命にも包まれるのである。そして個体は死んでも魂は決して消え失せることはなく、あの卵の中に、あるいはあおの壺の中に、あるいはあの木の中にすら保存されていて、そこから再び芽吹き生まれてくるのである。」p.131〜p.132
【この切点である魂とは、不連続的差異の境界のことではないだろうか。後で検討したい。】
「タルクィニアの壁画のある墓(2)」
「牡牛の墓」p.148
http://www.ou.edu/class/ahi4163/files/tomb02.html
この箇所においても、ロレンスのエトルリアの宗教観・世界・宇宙観が述べられている。
「エトルリアの宗教は、けっして神を擬人化し神と人間を同一化する性質のものでなかったことは確かである。即ちこの宗教の中に現れている神々は、すべて存在しているものではなくて、根源的な様々な力(エネルギー)の象徴だった、まさに象徴に外ならなかった。そして、これはさらに昔のエジプトにおいても同じだった。分割されていない究極の神の本質は、もしそういう呼び方で言ってよければであるが、あのマンダム、即ちその中に核を持つ原形質的な細胞によって象徴化された。そしてこれがそもそもの始源、はじまりなのであって、我々の場合のように、究極の神の本質が、擬人化された神、人格神によって象徴されるではなく、また人間がすべての創造もしくは進化の目指す終点、究極の目的ではないのである。これがエトルリアのすべてに一貫して見られる原理だ。エトルリアの宗教は、霊魂の形成のもとでもあり、また霊魂の破壊のもとにもなるあの物質的な、そして創造的なあらゆる力、あらゆるエネルギーに対する信仰なのである。そしてあの霊魂、個性なるものは、混沌の中から、まるで花のように徐々に産み出されてくるもの、そして再び混沌の中に、即ち下界へと消え去って行くものに過ぎないのだ。これとは反対に、私たちは言う、太初(はじめ)に言葉ありき、とーーそして宇宙という大自然が真に実在することを否認するのである。私たちはただこの言葉の中にのみ存在するのであり、この言葉は打ち延ばされ薄く広げられて、すべてのものを覆い、メッキをかけ、すべてのものを隠してしまうのである。
エトルリア人にとって、人間とは、その人間の持つ他と異なる様々な性質や力に応じて、牡牛であり、あるいは牡羊であり、ライオンであり、あるいは鹿でもあるものであった。人間はその血管の中に、翼ある鳥たちの血を持ち、また蛇の毒を持つものであった。すべてのものはそういう血の流れから出現したのであり、従ってこの血縁関係は、それがどんなに複雑で両立出来ない関係になったとしても、けっして断ち切れれることはなく、また忘れられることもなかった。この血の川の中にはいろいろな流れがあって、その中にはいつもぶつかり合っている流れも少なくなかった、鳥と蛇、ライオンと鹿、豹と仔羊というように。しかしそのぶつかり合いそのものが和合調和の一形式に外ならなかった、ライオンが同時に山羊の頭を持っている姿に見るように・・・。」p.153〜p.154
「占い師の墓」p.161
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「男爵の墓」p.165
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「オルクス、即ち地獄の墓」p.168
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「楯の墓」p.171
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リンク
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エトルリア美術
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イタリア(ウィキペディア)
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イタリア・リンク
http://www.geocities.co.jp/SilkRoad/5769/links.html

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