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2009年07月06日 (21:32)

『〈一次意思〉には善悪はない』:差異共振的絶対善と同一性的絶対悪

以下は思考実験である。後で再考したい。

『〈一次意思〉に善悪はない』という、いわば、驚天動地の見出しである。これは、正に、「革命」的な発言ではないだろうか。これは、完全にプラトンを乗り越えている。プラトンにおいて、イデアは善であった。そうすると、悪の問題が鋭く生まれるのである。
 これは、『イデアには善悪はない』ということである。そう、超越性をイデアとするならば、その通りである。Media Pointにおける差異共振様相において、絶対的善が生まれると言えよう。
 そうならば、プラトンの善のイデアとは、差異共振的絶対善である。超越性と善のイデアは区別される。そして、それは正しい。差異共振エネルギーが根源的光であるからである。
 ならば、超越性とイデアは区別されるべきではないだろうか。これはきわめて重要な問題である。超越性とは端的に、虚数であり、+i であり、-iである。これは、プラトンのイデア以前ではないのか。超越的差異共振をイデアと呼ぶべきではないのか。
 そうすると、超越性⇒イデア(Media Point)⇒現象⇒同一性(物質)という図式になるだろう。
 愚樵氏の「 2.〈概念〉を確立して善悪の判定基準を設け、外形的な力(暴力、権威など)によってコントロールする。 」における〈概念〉とは、イデアではなく、同一性(物質)の概念によるコントロール=支配のことと思われる。これは、正に、近代西欧的な発想である。ホッブズやルソー的発想である。そして、近代民主主義の発想である。
 しかし、愚樵氏の「 1.個々人の〈一次意思〉の超越性を互いに諒解し、超越性の絶対差異を差異共振することで内面的にコントロールする。」とは、Media Pointのコントロール、イデアのコントロールと言えるだろう。これこそ、トランス・モダン民主主義である。
 今は残念ながら、余裕がないのでここで留める。 
**************************

非常に明快な論理で社会システムの矛盾を指摘⇒〈一次意思〉に善悪はない
2009.07.06 Monday
愚樵氏が直接的で明瞭な社会システムの矛盾、不合理性を指摘された。古今東西、未だ嘗て、このような簡潔で十分な社会システム批判を見たことが無い。
 私たちは、この重要な哲学的進歩の上に立って、社会システムに対する根源的批判を敢行することが可能になった。

参照: 〈一次意思〉に善悪はない
2009-07-06
http://blog.kaisetsu.org/?eid=769146
『海舌』 the Sea Tongue by Kaisetsu
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Evil(道徳・倫理・法上の悪) or Malice (legal term)(事実の既知か不知か。認識上の善・悪)

Renshi氏の次の明敏なメモから、日本語、少なくとも現代の日本語では、伝えられない差異が存在するように思います。 Mon, July 06, 2009 20:23:17 『〈一次意思〉には善悪はない』:差異共振的絶対善と同一性的絶対悪 テーマ:プラトニック・シナジー理論 (以下

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〈零次意志〉あるいは〈霊次意思〉

ここに貧しくお腹を空かせた人と、裕福で満ち足りた人がいるとします。 お腹を空かせた人は、食物を欲します。この欲求は〈一次意思〉で...
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