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2009年07月11日 (15:38)

ニーチェ礼讃:近代主義の弱者性:同一性主義は弱者=賎民の「精神」である

ある意味で、不連続的差異論が生まれた5年前(2004年)に戻ることになる。つまり、私は差異を高貴なものと劣弱なものに分けた。前者は少数であり、後者が多数である。
 これは、一般的に真理であろう。ならば、その観点からすると、民主主義は、必然的に衆愚政治になるだろう。何故なら、優れた人間は少数であるからである。
 言い換えると、愚民はいくら言っても、トランス・モダン化しないということである。根源的に弱い人間であるから、同一性主義の鎧をつけるのである。
 古代ギリシアの民主主義は貴族制であった。つまり、貴族主主義である。
 民主主義を機能させるには、結局、精神的価値が必要である。この精神的価値によって、劣弱的差異も、精神的価値を感ずるようになるからである。
 米国がキリスト教を維持しているのは、その点で強みなのである。
 結局、超越性なき民主主義は、衆愚政治となるのである。日本においては、ゾロアスター教的民主主義が必要であると言いたい。後で整理したい。
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