2005年11月26日 (15:48)

検討課題:何故、イデア・メディア境界において、何らかの「核」が発生するのか

この問題は、根本的なものの一つだろう。簡単に言えば、原構造がどうして発生するのかということだろう。脱構造であるイデア界がim境界で、構造化する。この変換システムは何か。ゼロ化で、連結するのは、わかるが、どうして、あるまとまりを形成するのか。ここで、単純な場合を考えよう。
差異1/差異2⇔差異1φ差異2
この差異1と差異2が連結して、差異1φ差異2という構造を形成する。そして、差異1ー差異2という連続・同一体を発生させる。例えば、水素と酸素が連結して、水が発生する。水素/酸素→水素φ酸素→水である。このとき、エネルギーが放出されるだろう。境界がエネルギーになったのだろう。そして、ゼロ化して、連続・同一体となる。このような化学反応が、差異論に適用できるならば、本テーマは、解決できる。つまり、im境界で、多様な連結化が生起するのである。無数の順列化が生起するのである。ただし、4元性が構造力学として支配的であろう(4つの力)。量子論では、二つの量子を基礎にしているが、不連続的差異論では、一種類の差異を基礎単位とするだろう。(この点は後で、検討。)
 ここで、ついでに思ったことを述べると、差異は、垂直・水平性の対極性があると考えているが、さらに、高低・深浅性があってはいけないのか。つまり、立体性があってはいけないのかということである。この点も後で検討。

p.s. ここで、化学反応の図式を、差異論に適用できるとして仮定した上でだが、境界がエネルギーになるならば、境界には、原エネルギーがあるということになる。これが、デュナミス、一種ポテンシャル・エネルギーである。境界エネルギーとは、イデア界の虚力である。そう、もし、差異と差異の間にゼロしか見なければ、この境界エネルギー・虚力を説明できないはずである。今日、物理学の標準理論が破綻しているということであるが、また、ダークマターやダークエネルギーの存在が仮定されているが、思うに、境界エネルギーを想定すれば、解決できるのではないだろうか。つまり、境界エネルギー・イデア界の虚力が、ダークマター、ダークエネルギーではないだろうか。ここで、想起するのは、D.H.ロレンスが、暗い神dark godと呼んだものである。これは、彼の黒い太陽dark sunと並んで、神秘的な趣があるが、しかし、ロレンスの思考が、科学的ないし哲学的志向性をもっていることを考えると、これも単に、神秘性だけで、扱うべきものではないだろう。そう、これもエネルギー、根源的エネルギーと見るべきである。つまり、暗い神とは、やはり、境界エネルギー、虚力を指しているのではないだろうかということである。ロレンスがコスモスと呼んだものは、ほぼイデア界であり、また、im境界であろう。神々が発生するのは、im境界である。しかし、ロレンスは、『エトルリアの地』で、神々を発生する根源的エネルギーをコスモスに見ていたのである。だから、ロレンスのコスモスとは、イデア界のことと見るべきだろう。ロレンスは、やはり、プラトンに勝利したと考えていたが、プラトンに出会っていたのである。そして、キリスト教に対しては、絶対的に勝利したのである。

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  • Author:sophio・scorpio
  • 2004年(平成16年)9月23日、ブログ上で、ODAウォッチャーズ氏(ブログ『海舌』)と遭遇して、新しい理論、不連続的差異論が誕生しました。まったく思いもよらぬ出来事でしたが、この結果、独創的な理論が生まれたと自負しています。とても簡潔な理論ですが、文系、理系の分化を乗り越えた統一的理論で、多くの分野・領域に適用可能だと考えられます。
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