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2009年08月09日 (00:18)

予備考察:カントの直観と物自体について:純粋理性の二元論:同一性と差異

今は予見だけを一言述べる。カント哲学は知られているように、二元論である。経験に即した純粋理性と超経験的な純粋理性の二元論である。それは、同一性と差異の二元論と言えると思う。
 カント哲学の制約は、前者・同一性にあると思う。カントは経験を同一性に限定しているのである。そして、それを基準にするために、物自体は不可知となるのである。そう、物自体とは差異ないしは超越性と考えられるのであるから、カントは、同一性の制約の下に、差異と同一性の関係(二律背反、アンチノミー)の明確にしようとして、批判哲学を立てたと考えられる。
 そう見ると、ポスト・モダンとは、既にカント哲学において、生起していたことになる。構造主義も同様である。カント的構造主義/ポスト・モダンを正規に打破したのは、やはり、フッサールであり、乗り越えたのは、鈴木大拙であろう。あるいは、ウスペンスキーである。
 思うに、ドゥルーズ&ガタリの「離接」という概念は、「接」ということで、連続性を保っていると考えられる。差異同士は「接」しないからである。即非とは、「即」(一体・一如)且つ「非」(不同)ということで、連続性はないのである。
 
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