--年--月--日 (--:--)

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

2009年08月21日 (08:46)

思考実験:Media Point における光量子a light quantum⇒+1と闇量子a dark quantum⇒-1の対発生

光の実在に対して、闇の実在を仮説することができる。現代宇宙論では、ダーク・マターやダーク・エネルギーを仮説していることからも、それは妥当である。そうすると、光量子とは別に闇量子が想定できるのではないのか。ならば、電磁波は光の電磁波と闇の電磁波があるということになるだろう。思うに、前者は差異の引力で、後者は差異の斥力をもつのではないだろうか。前者は同一性志向性(仮象志向性)で、後者は差異志向性(脱仮象志向性)と言えるのではないだろうか。現象創造性と現象解体性ということになる。言い換えると、「物質」形成作用と非「物質」作用である。(また、身体化作用と精神化作用と言えないのか。)
 とまれ、Media Point から考えると、イデア対差異(イデア極性差異)が共振して、光量子と闇量子を対発生させるという作業仮説であるが、そして、前者は「物質」(正しくは身体)作用・形成、後者は「精神」作用・形成ということになる。唯物論的科学は、前者のみを見て、後者を見ていないということになる。つまり、「物質」から「精神」を説明しようとするが、うまく説明できないと言えよう。
 結局、Media Point において、「物質」と「精神」が対形成されるということであり、両者、いわば、一如(いちにょ)と考えられる。私がこれまで、精神身体と呼ぶものはこれで明快になる。結局、+iと-iとのMedia Point における即非・共振によって、ある「力」ないしはエネルギーが生まれるが、そのエネルギーのプラス作用で「物質」(身体)を、マイナス作用で「精神」(知性)を形成するということである。一つの「力」(エネルギー)のもつ極性的な作用で、「物質」(身体)と「精神」が生まれるのであり、両者はいわば陰陽・表裏・対極関係にあると言えよう。
 そうすると、Media Point に発生する「力」(エネルギー)とは、正に、「生命」力、「生命」エネルギーであるということになろう。そして、「物質」とは、その「力」(エネルギー)の終止点ではないだろうか。⇒+1の+1である。ならば、反対に、⇒-1の終止点-1が考えられるが、それは何だろうか。「幽霊」ではないだろうか。つまり、「精神」の形骸である。
 とまれ、「わたし」(自己)は、⇒-1において存すると言えよう。ただし、身体⇒+1と一如である。
 しかしながら、この「わたし」は、実数の「わたし」であり、虚数の「わたし」を知らないのである。「心」や「魂」があるが、それが本来、垂直次元(虚軸)が本源であることを知らない。つまり、Media Point がまだ連続化・混淆化しているのである。⇒±1と「心」、「魂」であるMedia Point が連続化・混淆化しているのである。
 そして、これを不連続化することが智慧(般若)であり、叡知(ソフィア)であったと考えられる。また、プラトンのイデア論もそのようなものである。
 とまれ、不連続化したとき、連続性から切断したとき、「わたし」(自己)はどうなるのか。端的に、「わたし」(自己)は、虚数化されるというか、本源に回帰するということではないのか。⇒±1から不連続化して、Media Point において、虚数である「わたし」(自己)を知るということではないか。即ち、「わたし」は+iであり、且つ、-iであり、自己と他者との即非であるという認識をもつということと考えられる。
 さて、付録的に、「気」について考えると、それは、Media Point における「力」(エネルギー)、正に、陰陽力と考えられる。即ち、「気」とは、「精神」であり、且つ、「物質」(身体)である「力」(エネルギー)、陰陽エネルギー、即非エネルギーであると考えられる。ここで簡単に理気論について触れると、「理」とは、虚軸・虚数の理(イデア)であり、それが、Media Point において「気」になるということではないだろうか。
 次に、渦巻形状をもつ宇宙の発生について考えると、それは、1/4回転による捩れで説明できる。ラセンが発生するのである。これは、光と闇の二重ラセンではないだろうか。しかしながら、闇のラセン(「ダーク・マター」、「ダーク・エネルギー」)は、当然、不可視なのである。そう、光の渦巻宇宙と闇の渦巻宇宙があるということになる。
 ところで、時間についてであるが、時間軸は虚軸であろう。だから、時間は本来、虚数なのである。虚時間である。そして、空間であるが、三次元を形成しているのは、虚軸ではないだろうか。つまり、自己+iと他者-iとの空間関係は当然、虚軸関係と考えられるからである。この点は検討課題としておこう。
スポンサーサイト

コメント

コメントの投稿

サイト管理者にのみ通知する

トラックバックURL

http://sophio.blog19.fc2.com/tb.php/1262-00e50377
プロフィール

sophio・scorpio

  • Author:sophio・scorpio
  • 以下が、宇宙母船です。
    http://ameblo.jp/neomanichaeism
最近の記事
最近のコメント
最近のトラックバック
月別アーカイブ
カテゴリー
ブロとも申請フォーム

Appendix


ブログ内検索
RSSフィード
リンク
このブログをリンクに追加する
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。