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2009年08月28日 (01:00)

物質とは何か:2:差異共振様態の表層の実数としての物質、即ち、仮象・虚構としての物質

もっともシンプルな例で考えよう。水素と酸素を結合させて水を作る反応を考えよう。

2H2+02⇒2H20

これはいったい何なのか。PS理論で考えると、水素+iと酸素-iが反応して、水 ⇒+1が生起する。この⇒が重要なのである。水を+1としたとき、それは、表層としての水であり、深層が欠けているのである。深層とは思うに、水素イオンと酸素イオンではないだろうか。つまり、水素イオンが+iであり、酸素イオンが-iと考えられる。これが、差異共振(融合)して、表層の水が生まれるのであるが、深層は水素イオンと酸素イオンとの差異共振様態であると考えられる。
 表層だけの水が端的に物質であり、深層から表層までの総体の水が身体であると考えられる。表層とは深層から発現するものなのであるが、深層を無視した表層である物質とは、実は、仮象であることがこれでわかるだろう。
 現象という表層だけをとり出して、物質という虚構を作り出しているのである。また、⇒-1も考えられる。水素イオンと酸素イオンの共立様態である。思うに、これが、深層の深層である。つまり、水とは、Media Point において、⇒+1と⇒-1との二面性をもっているのであるが、物質としての水+1は、これを無視して虚構されたものと言えよう。
 では、物質と呼ばれる表層のみの身体とは何か。それは、表層における近似値的な身体(正しくは、精神身体)であり、本来の真実ではないのである。その力学は、あくまで、実数である近似値であり、本体の虚数は無視されているのである。
 そう、水の例で言えば、本体は、虚数の水素イオンと虚数の酸素イオンの差異共振様態であるが、それが表層の実数が実体と考えられているのである。実数は、あくまで、仮象に過ぎないのである。
 ということで、物質とは、虚数の差異共振様態を、表層の実数として錯誤したものと言えよう。当然、マーヤーである。
 結局、量子力学は、虚構である物質を超えて、虚数としての超越という実体をほぼ捉えたものと言える。言うならば、超越的身体である虚数の差異共振様態の科学が量子力学と言えよう。端的に、イデア科学であるが、物質主義に留まっているので、非局所的長距離相関のような実数的発想に囚われているのである。虚数ないしは虚軸の領域を考えれば、非局所的長距離相関という発想は必要ないのである。

 
参照:
2007-02-23 非局所的長距離相関をどう見るのか:自己認識方程式と量子:原波即非CommentsAdd Star

非局所的長距離相関をどう見るのか:自己認識 方程式と量子:原波即非 粒としてのイデア と連続 的同一性

テーマ :相対性理論 /量子論

夕飯時だというのに、人の少ないドトゥールで、ミラノサンドAとブレンドを注文して、夕飯代わりにしたが、引き込まれている『量子力学 入門』を取り出して、最後の方を読んで、素粒子 の波動 と粒子性の排他的 二重性を確認して、先の私の考察 (思いつき)では、波動 が説明できていないことがわかったので、また、考え直すため、シャーペン を取り出して、本の余白に書き込んだ。メモ はそのままにして、内容を簡潔に記そう。

 すなわち、自己認識 方程式i*(-i)⇒+1において、iを原波動 、-iを原粒子と考えてみた。すると、方程式は、

原波動 -即非 -原粒子⇒光

となるだろう。簡単にするため、原波動 を原波、原粒子を原粒としよう。即ち、

原波-即非 -原粒⇒光

となる。光は光子 であり、電磁波 であるから、粒子であり、波動 である。しかし、これは、排他的 二重性である。



 電子 の場合でも、当然、かまわない。電子 波動 と電子 粒子である。

 さて、問題は、観測である。波動関数 が収縮するという問題である。つまり、波動 が粒子に変換する問題である。(この収縮であるが、なにか、クザーヌスの無限 の縮限としての有限・現象の考えを想起した。おそらく、通じるだろう。)

 ここで、原点(メディア ・ポイント )を考えたのである。素粒子 (この場合、光子 )は、原波・即非 ・原粒⇒光である。つまり、原点(メディア 界ないしメディア ・フィールド ないしメディア 場)において、素粒子 (正しくは、原素粒子 )は、原波・即非 ・原粒様相である。つまり、簡単に言えば、波動 と粒子との二重矛盾様態にあるということである。しかし、正確に言えば、前波動 と前粒子の二重矛盾様態である。ここは微妙 である。

 とまれ、私が想像 したのは、この原点の素粒子 を観測するとき、i*i⇒-1、(-i)*(-i)⇒-1となると考えたのである。即ち、前者 が、波動 であり、後者 が粒子である。粒子として観測すれば、粒子となり、波動 と観測すれば、波動 となるということである。



 もう少し正確に述べよう。原点の素粒子 とは何か。それは、イデア /現象境界の素粒子 ということである。メディア 場の素粒子 ということである。ここは、イデア 界と現象界の境界である。即ち、原波動 /原粒子が作用しているのである。原二重性が作用しているのである。これが、観測によって、現象・物質化して、波動 なり、粒子なりと実測されると考えられよう。

 素粒子 は、これまで述べてきたように、イデア /現象境界、すなわち、メディア 界(メディア 場、メディア ・フィールド )の「存在」であり、中間・両義的である。



 だから、原波動 ・即非 ・原粒子というイデア と、波動 と粒子という物質の両面を帯びていると考えられるのである。そして、観測によって、素粒子 は、物質化されて、波動 か粒子のどちらかに分化すると考えられるだろう。

 ここから、本件の非局所的長距離相関という仮説を考えると、量子力学 は根本 的に書き換えられなくてはならないように考えられるのである。



 すなわち、素粒子 は、粒子と波動 との相補性というよりは、原粒子と原波動 との即非 様相(事相)にあると見るべきなのである。つまり、非局所性は成立しないのである。なぜなら、粒子でも波動 でもなく、ただ、原粒子・即非 ・原波動 の二重矛盾様態(「絶対矛盾的自己同一」)にあるのであるから。イデア 空間は、即非 空間であり、純粋 な粒子性はないからである。

 ならば、量子力学 は書き換えられて、PS 素粒子 論(PS 量子論)ないしイデア 素粒子 論(イデア 量子論)ないし即非 素粒子 論(即非 量子論)にならなくてはならないだろう。

http://d.hatena.ne.jp/sophiologist/20070223

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Fri, November 30, 2007 17:20:07
四次元量子論から、PS理論的高次元量子論へ:実軸現象界からガウス平面五次元界へ
テーマ:相対性理論/量子論 以下の量子論の解釈は、量子とは、粒子と波動とが相互変換するものということである。
 しかし、この解釈も奇妙ではないだろうか。そうならば、相互転換する仕組みはどうなのだろうか。やはり、同時二重性を認めるのが、整合的であると思えるのである。
 この問題は解明済みであるが、ミクロの世界に、Media Pointを見ることで解明されるのである。波動=振動とは、Media Pointにおける波動=振動であり、そこでは、いわば、超越波動(虚波動)と物質波動(実波動)とが即非的に併存しているのである。(おそらく、共振していると言うべきであろう。)
 粒子とは、物質波動における生成する同一性物質のことであろう。だから、量子とは、粒子であり、物質波動であり、且つ、超越波動(虚波動)なのである。一種三相共振態である。つまり、超越波動が根源にあり、Media Pointを介して、粒子と物質波動が同時生起するのではないだろうか。
 言い換えると、粒子は同一性であり、波動は二重なのである。思うに、Media Point波動ないしはMedia Point振動と呼べるだろう。すなわち、Media Point Wave(MP Wave)である。略して、MP波動(振動)と言おう。
 このMP波動が水平性と垂直性を共振させているのである。二重スリットの実験では、光子は一個であると同時に、MP波動が作用していると考えられるのである。
 以前にも述べたが、このMP波動(MP波動/粒子)が、いわゆる非局所的長距離相関を合理的に解明すると考えられるのである。すなわち、Media Pointの虚軸の方向に量子が作動しているということである。端的に、量子とは高次元体なのである。量子を単に実軸的四次元世界で考えると、非局所的長距離相関というパラドックスが生まれてしまうのである。
 リサ・ランドールによって、量子論は五次元・高次元へと今や進展したのである。それは、実軸原点という壁をブレークスルーしたと言えよう。トランス・モダン量子力学である。
 とまれ、後で、超越波動と物質波動との共振様相の実相について考察したい。

######以下引用・転載#######

 結論。
 以上のすべてをまとめて言えば、次のようになる。


 従来の学説は、量子を「粒子と波の双方の性質をもつもの」というふうに描写する。その際、基本としては、「量子は粒子である」と立場を取る。
 その結果、「一つの粒子が複数の状態をもつ」(一つの粒子の可能性が広く分布する)(重ね合わせ状態にある)という奇妙な表現を取るようになった。その奇妙さが、さまざまなパラドックスとして現れた。次のように。
  ・ シュレーディンガーの猫は、「生と死」という双方の状態にある。
  ・ 二重スリット実験では、一つの電子が二つのスリットを同時に通る。
 こういう奇妙な結論が出る。その理由は? 話の最初に、「波の性質をもつ粒子」というものを考えたからだ。
 だから、そういう根源的に矛盾した発想を、捨てればよい。かわりに、「粒子と波の相互転換」という発想を取ればよい。そうすれば、すべては整合的に理解される。
http://hp.vector.co.jp/authors/VA011700/physics/quantum.htm

 量子論/量子力学 
 
        …… その最前線

*******************************

参考:

いま、この力学系には、A(の力学量)が値aを取ればB(の力学量)が値bを取り、A(の力学量)が値bを取ればB(の力学量)が値aを取という相関関係が与えられていたとする。例としては、第五章の「スピンと波動関数」 の項のスピン状態χ+(s, s')またはχ-(s, s')などがある。(簡単のために、これからは断りなしに「の力学量」および「値」という言葉を省略することもある。)この相関関係があるとき「Aがa、Bがb」および「Aがb、Bがa」という運動状態が同時に存在する。したがって、そのおのおのの波動関数を、それぞれ、Ψ1(Aがa、Bがb)とΨ2(Aがb、Bがa)と書くことにすれば、重ね合わせの原理により、この力学系の状態は

Ψ=Ψ1(Aがa、Bがb)+Ψ2(Aがb、Bがa)

でなければならない(Ψはプサイと読む)。この相関関係が成立した後、AとBを十分遠く(たとえば、宇宙の中で星間距離ほど遠く)引き離して、Aがいる場所でAの力学量の測定を行う。その結果、第一の場合として、A(の力学量)が(値)aを取ったことがわかれば、「波動関数の収縮」Ψ→Ψ1(Aがa、Bがb)が起きるはずだ。したがって、ただちにB(の力学量)が(値)bを持っていることを知る。第二の場合として、測定結果がA(の力学量)の値としてbを与えたとすれば、「波動関数の収縮」は、Ψ→Ψ2(Aがb、Bがa)であり、ただちにB(の力学量)が(値)aを取ることを知るわけだ。
 いずれの場合も、宇宙的距離ほど離れたBに情報が瞬時に(光の速度を超える速さで)伝わった! なんとも不思議である。これを非局所的長距離相関という。
http://homepage2.nifty.com/einstein/contents/relativity/contents/relativity316.html

●EPRパラドックス --- アインシュタインの嫌う非局所的長距離相関

近未来最先端軍事テクノロジーhttp://www.f5.dion.ne.jp/~mirage/hypams04/quantum_1.html
EPRパラドックスの検証
http://nucl.phys.s.u-tokyo.ac.jp/sakai_g/epr/

コペンハーゲン解釈
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動: ナビゲーション , 検索

コペンハーゲン解釈(コペンハーゲンかいしゃく)は、量子力学 の解釈 の一つである。量子力学の状態は、いくつかの異なる状態の重ねあわせで表現される。このことを、どちらの状態であるとも言及できないと解釈 し、観測すると観測値に対応する状態に変化する(波束 の収束 )と解釈する。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B3%E3%83%9A%E3%83%B3%E3%83%8F%E3%83%BC%E3%82%B2%E3%83%B3%E8%A7%A3%E9%87%88


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参照:


+1は何も生まない。-1は豊穣である。

http://blog.kaisetsu.org/?eid=610782

A-T,C-Gが対となった二重螺旋の意味

http://blog.kaisetsu.org/?eid=610784
『海舌』 the Sea Tongue by Kaisetsu
http://ameblo.jp/renshi/entry-10057880977.html

差異共振シナジー性の理論的構成:二つの差異共振空間:超越的波動空間(MP空間)と物質的波動空間(量子空間)
2007.05.06 Sunday | category:プラトニック・シナジー理論
差異共振シナジー性の理論的構成:二つの差異共振空間:超越的波動空間(MP空間)と物質的波動空間(量子空間):

差異的同一性を差一性(ないし差同性)と呼ぶ。すなわち、差一性Aと差一性Bとにおける差異共振性(差異共振シナジー性)の実質はどういうものなのか。 A≠Bであり、同時に、A=Bであるという即非の論理がここで成立する。通常の論理では、不等号の論理であるか、A=Aの同一性等価の論理が作用する。即非における等価の論理では、差一性が共振している。ここで、図式化してみよう。

差一性1・差異共振性1・差一性2・差異共振性2・差一性3・差異共振性3・・・

差一性をDifference Identity(DI)として、差異共振性をDifference Resonance(DR)とすると、

DI1-DR1-DI2-DR2-DI3-DR3-・・・・・

となる。簡略化して、差一性を同一性Iとして、差異共振性を共振性Resonanceとすると、

I1―R1-I2-R2-I3-R3-・・・・

となるだろう。そして、MEDIA POINT(以下、MP)の理論を挿入すると、

I1-MP-I2-MP-I3-MP-I4-・・・・

となるだろう。MPは、普遍共通だから、序数をつける必要はないと考えられる。Iを元に戻して、差一性にすると、

差一性1-MP-差一性2-MP-差一性3-MP-差一性4-・・・

結局、差一性Aと差一性Bとは、メディア・ポイントを介して、共振するのである。ここで、即非の論理が成立するのである。だから、即非論理をメディア・ポイント論理(MP論理)と呼ぶこともできよう。
 とまれ、これで差異共振性の意味が明快になったと言えよう。個と個とは、メディア・ポイントを介して、超越的に共振するのであり、このときには、新たな超越的エネルギーが放出されるのである。しかし、これは、エネルギー保存則から、消滅するエネルギーである。生成消滅的エネルギーである。だから、思うに、イデア界・超越界においては、イデア・超越的差異共振性のデュナミス、即ち、ポテンシャル・エネルギーがあり、それが、メディア・ポイントを介して、エネルゲイア化・エネルギー化すると考えられる。つまり、m(ic)*(-ic)⇒E=mc^2というエネルギー公式で考えると、⇒の左辺は超越界・イデア界のデュナミス(ポテンシャル・エネルギー)を意味して、⇒の右辺がエネルゲイアではないだろうか。
 そう考えると、これまで、超越的エネルギーと呼んでいたものをどう考えるのかという問題が生じる。思うに、⇒が超越的エネルギーを意味するのではないだろうか。そう、⇒がメディア・ポイントであり、ここにおいて、超越的デュナミスが超越的エネルギーになり、また、物質的エネルギーになると考えられるのではないか。この物質的エネルギーが、いわゆる、電磁波である。例えば、「気」は、超越的エネルギーであるが、観測装置では、電磁波や磁気として検証されるということのように考えられるのである。あるいは、端的に、精神ないし霊の場合を考えよう。それも、「気」とまったく同様に考えられよう。精神ないし霊は超越的エネルギーであるが、それは、科学的には、電磁波ないし磁気として観測されるのである。
 思うに、なんらかの原因で、共振化がメディア・ポイントにおいて発動すると、それは、超越的エネルギー、そして、物質的エネルギーとなるが、それは、超越的波動であり、物質的波動(電磁波)であろう。問題は、この波動空間である。超越的波動空間とは何なのか。物質的波動(電磁波)は、現象空間を伝播する。物質的波動(電磁波)は、メディア・ポイントを介して、現象軸(ガウス平面の実数軸を現象軸と呼ぶ)を伝播すると考えられよう。
 では、超越的波動空間は何処なのか。これは、推察されるのは、端的に、メディア・ポイントである。そして、多数・無数のメディア・ポイントが存すると考えられるので、いわば、メディア・ポイント空間が超越的波動空間と言えるだろう。これは、個体と個体、個物と個物、個と個、差一性と差一性、同一性と同一性の間に存する不連続的空間である。だから、物質的波動空間(電磁波空間)とは微妙に異なると言えよう。物質的波動空間とは、メディア・ポイントを介する現象軸空間であるが、超越的波動空間とは、メディア・ポイント空間である。それは、超越的空間(イデア界)と現象的空間(現象界)との中間である。メディア空間とも言えよう。
 考えると、物質的波動空間と超越的波動空間とは、微妙な関係にある。前者は、量子空間と言ってもいいものであるし、それは、超越的波動空間と交差していよう。ここで区別するならば、物質的波動空間=量子空間とは、メディア・ポイント連続空間であり、超越的波動空間=メディア・ポイント空間とは、メディア・ポイント不連続空間であると言えるのではないだろうか。
 しかしながら、前者の問題は、実は、メディア・ポイントに接しているので、本来、不連続なのである。しかし、物質的連続主義から、その不連続性を否定しようとしているのである。非局所的長距離相関の概念や粒子と波動の相補性という概念がそのようなものと考えられるのである。言い換えると、端的に、物質的波動空間=量子空間とは、物質論理的には、矛盾を抱えた空間、即ち、不整合な空間であると言えるだろう。本質は不連続でありながら、連続性によって糊塗しようとするのである。当然、これが、量子力学が壁にぶつかっている根因である。標準理論の破綻、ダークエネルギー問題等々も、ここに原因があると言えよう。量子力学、ひいては、自然科学が今日、超越的飛躍(いわば、キルケゴール的飛躍)の実行が切迫していると言えよう。物質からイデアへと超越飛翔する必要があるのである。
 とまれ、ここで、ここで整理するならば、物質的波動空間=量子空間は、メディア・ポイントにおける現象軸空間であり、超越的波動空間=メディア・ポイント空間は、メディア・ポイントにおける超越軸空間(超越軸は虚数軸)であると言えよう。補足するならば、量子論は、超越的波動空間―超越軸空間を導入することで、トランス・量子論へと進展するだろう。PS理論的量子論である。イデア論的量子論である。
http://sophiology.jugem.jp/?eid=84

2007.02.21 Wednesday
二重スリット実験のPS理論的解法


二重スリット実験
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
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二重スリット実験(にじゅうスリットじっけん)は、量子の波動性と粒子性の問題を典型的に示す実験。リチャード・P・ファインマンはこれを「量子力学の精髄」と呼んだ。ヤングの実験で使われた光の代わりに一粒の電子を使ったもので、1989年に外村彰によって行われた。この実験はPhysicsWeb誌で最も美しい実験に選ばれた



(解法 by Kaisetsu)

◆ 細い穴の『部分』が、メデイア・ポイントとなっている。
◆ このため、空間の不連続部分、虚数軸への「割れ目」に多くの電子が吸い込まれる。
◆ つまり、水の入ったバケツの底に小さな穴を開けた状態になる。一つの穴を中央に開けた場合、二つの穴を近接して開けた場合と同じ。水を小さな砂粒と考えても同じ結果である。
◆これによって、確率論的場の世界観から解放された。神はサイコロを振らない。(アインシュタイン)
◆PS理論による解法は、光が粒であるとか、波であるとかの区別を必要としない。メデイア・ポイントを通過可能であるかの問題である。

参考⇒
2007.02.21 Wednesday
カシミール効果のPS理論的解法


JAPONESIAN APOCALYPSE
Tue, February 20, 2007 19:50:48
非局所的長距離相関をどう見るのか:自己認識方程式と量子:原波即非粒としてのイデアと連続的同一性
テーマ:相対性理論/量子論

すなわち、素粒子は、粒子と波動との相補性というよりは、原粒子と原波動との即非様相(事相)にあると見るべきなのである。つまり、非局所性は成立しないのである。なぜなら、粒子でも波動でもなく、ただ、原粒子・即非・原波動の二重矛盾様態(「絶対矛盾的自己同一」)にあるのであるから。イデア空間は、即非空間であり、純粋な粒子性はないからである。

 ならば、量子力学は書き換えられて、PS素粒子論(PS量子論)ないしイデア素粒子論(イデア量子論)ないし即非素粒子論(即非量子論)にならなくてはならないだろう。
http://theory.platonicsynergy.org/?eid=478834

Theories for the Platonic Synergy Concept.

TIGBlog uncertainty relation and reality

第3章.不確定性関係と実在


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 量子力学は、現実を完全に記述する理論ではない。物理的《実在》が所有している情報のある部分を縮約することによって、系の状態を直接に表すのではなく、分岐していく世界という(確率付きの)選択肢を提示するにとどまると考えられる。それでは、量子力学という理論形式で見落とされているのは、どのような現象なのだろうか。
 素朴な発想に従えば、いわゆる不確定性関係の中に、縮約された情報の名残が見いだせるように思われる。すなわち、粒子の位置と運動量が同時に決定できないのは、ランダムな揺動力が働いて粒子の軌道が〈揺らいでいる〉結果とする見方である。実際、1粒子系のシュレディンガー方程式は、時間tを虚数時間iτ に置き換えるだけで、形式的には一種の拡散方程式になる。ところが、よく知られているように、拡散方程式は、ランダムな力が作用するときの運動を記述するランジュバン方程式を(確率過程として)粗視化することによって導かれる。従って、「量子力学の根底には何らかの《揺らぎ》が存在しており、この《揺らぎ》の性質についての無知が、量子力学における不完全性の起源になっていると」と主張することは、それほど突飛な論法とも思えないかもしれない。
 しかし、既に多くの学者が示しているように、不確定性関係を《揺らぎ》に還元することは、ほとんど不可能である。本章では、その理由を明らかにしながら、《揺らぎ》に代わるべき不確定性関係の起源について考察していきたい。

不確定性関係の表現
 不確定性関係は、量子力学の初期においては、位置と運動量を同時に測定するときの精度に原理的に加わる制限として解釈されてきた。 … しかし、第2章で述べたように、量子力学が完結した理論であるためには、その記述から測定という用語を排除できなければならない。従って、不確定性関係も、測定をする以前の、より根本的な状況を示す表現様式によって定義される必要がある。実は、…不確定性関係のさまざまなヴァリエーションが、基本的には、位置・運動量に対応する演算子の正準交換関係:
   [q,p]=ih
から導出されることが知られている。これより、正準交換関係が不確定性関係の最も基礎的な表現であると想定される。

量子論的分離不能性--現状
 物理的実在に関する量子力学的記述の不完全性と不確定性関係との関わり合いが最も如実に示されるのが、有名なアインシュタイン-ポドルスキー-ローゼンによる分離可能な系における完全性の議論である。…
ここで実験的に示された量子力学における長距離相関の存在は、量子力学的な不確定性が統計的な《揺動力》によって生じるという主張を(ほぼ)完全に否定する。…

量子論的分離不能性--解釈
…なぜ、《分離不能性》が物理的実在の性質を反映していると考えないのか。その理由として、(相対論との矛盾の他に)次の点を指摘しておきたい。こんにちでは、超伝導やレーザー発振など、量子効果が巨視的な拡がりを持つ現象が数多く知られている。ところが、これらはいずれも(電子とフォノンの相互作用やエネルギー準位間のポンピングなど)局所的な相互作用を媒介として実現されるものであり、物理学者たちの努力は、局所的な性質をもとにいかにして長距離相関を派生されるかに向けられてきたと言っても良い。それだけに、もし量子力学の法則が空間的に拡がった非局所的相互賞に依拠しているとすれば、なぜその性質が物性として表に現れないのか、真摯な物理学者は理解に苦しむことだろう。実際、材料科学やエレクトロニクス、原子核・素粒子理論など、量子力学が実用のための道具として利用されている領域では、非局所的な長距離相関は全く観察されていない。これに対して、スピン系に見られた相関は、あくまで「スピンがどの方向を向いているか」という実験者側の認識の問題であったことを想起されたい。 …

《不確定性関係》と実在の問題
 前節の議論は、量子力学を越えて《実在》の完全な記述を行う理論の可能性を示唆するものであった。しかし、そうした理論を通じて明らかにされる《実在》は、常識的な世界観とは根本的に相反すると予想される。

November 28, 2006 | 9:05 AM
http://aristocrazy.tigblog.org/post/72191
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