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2009年10月28日 (15:13)

一般意味論とPS理論:構造微分と精神フィルター:小乗的個的理論から大乗的社会理論・実践へ: Ver2

以下、先の論考の一部を修正し、また、追記2を補足したものである。

参照:

PS理論に於ける「カラー( colour)」の定義
『海舌』 the Sea Tongue by Kaisetsu 
http://blog.kaisetsu.org/?eid=810196

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一般意味論とPS理論:構造微分と精神フィルター:小乗的個的理論から大乗的社会理論・実践へ: Ver2

この問題はきわめて意義深く興味深いので、さらに考察を行いたい。
 昨日は記述は、まだ述べたいことを十分に述べてはいなかった。つまり、Kaisetsu氏が創造した用語の『精神的フィルターsemantic filter』の概念が、知的喚起力があり、その喚起されたものを述べたい。
 「フィルター」という概念が明敏なのである。つまり、Media Pointにおいて、垂直軸と水平軸が「交差」するが、前者から後者へと次元転換(縮退次元変換?)するときに、この精神的フィルターが発生するのである。
 このフィルターの虚軸部では、超越的共振エネルギーがいわば沸々としている。しかし、実軸部では、同一性の形態・形象・図式が生まれるのである。
 以前、海岸の打ち寄せる波の風景・情景のことを言語化し、それでも、私の「思い」は表現されていないことを述べたが、それは、まったく一般意味論的な事象・心象である。
 この「思い」が精神フィルターの虚軸部ではないかと思う。そして、言語表現がフィルターの実軸部の同一性の図式・フレームである。(言語と感覚は相関性がある。)
 「思い」が差異共振性であり、言葉が同一性であり、一般意味論の構造微分に当たる。この「微分」という発想はまったく的確である。
 不連続的差異は微分不可能であり、差異共振性も当然そうである。しかし、精神的フィルターを介すとき、微分可能となるのである。だから、フィルターは同一性変換器とも言える。
 結局、心(身体的精神)には、Media Pointがあり、虚軸と実軸が交差しているのであり、虚軸ゼロ点における「思い」が実軸ゼロ点の「言語」ないしは構造微分に変換されるのであるが、これは、当然、等号ではなく、等号且つ不等号であり、端的に、即非である。あるいは、⇒である。
 結局、既述したことの繰り返しとなるが、虚軸部と実軸部とは、絶対的に不連続であり、シャープに切断されているのである。つまり、虚軸部≠実軸部である。ここには、等号は成立しないと言えよう。
 虚軸部をY、実軸部Xをとすると、Y⇒X、Y≠X と記述できる。
 精神フィルターで隔離された二つの領域が存するので、意識は錯誤に陥りやすいと言える。つまり、何とか、両者を連続させて、辻褄を合わそうとするのである。しかし、本来、絶対的不連続性があるので、辻褄は合わないのである。
 ここでやや飛躍的だが、言語について簡単に触れると、それは、知的「物質」性と言えるかもしれない。あるいは、認識的「物質」性である。端的には、認識的同一性である。思うに、これが精神的フィルターである。Media Pointにおいて、実軸部には、精神的フィルター=認識的同一性=言語的フィルターが存するのである。
 そして、これは、主に、+iが関わっているだろう。つまり、Media Pointにおいて、虚軸的共振「現象」に対して、+iが能動的にはたらいて、+1と同一化すると思われる。
 これは、思うに、差異共振エネルギー⇒が消費されたときに+1に終結するが、それと、主体の+1が一致することから生起するのではないだろうか。つまり、認識は、+iに傾斜しているのである。そして、それが、+1と同一化するということであり、このときに、+iは言語認識作用をもつということではないだろうか。
 そして、成長過程において、この言語認識を増殖させることになるのであり、現象世界は、同一性世界へと縮退・抽象化されていくのである。それは、また、数量の支配する世界である。原近代世界である。
 ということから、精神的フィルター問題に返ると、そのフィルターは、+i傾斜によって形成されると言えるのではないだろうか。
 Media Pointの虚軸部Yは、差異共振エネルギーであり、そこでは、「私」は「川」であり、且つ、「私」は「川」ではないという即非態にある。しかし、実軸部 Xでは、「私」は「私」であり、「川」は「川」であり、両者は一致しないということになる。「物質」の世界である。アリストテレス論理の世界である。「私」=「私」、「川」=「川」、「私」≠「川」である。
 そして、言語はXの世界のものである。上記したように、差異共振エネルギーが消失して、+iと+1が一致するのである。+i=+1、これが、言語形式ではないだろうか。
 否、+i⇒+1、これが、言語方程式ではないだろうか。
 そして、精神的フィルターもこれで記述できるのではないだろうか。
 とまれ、精神的フィルター(=言語形式)には、他者-iが消えていることに注意すべきである。人間が利己主義になるのは、このような本性に拠ると考えられる。また、近代合理主義を形成するのも、この帰結と考えられる。
 ここで、他者-iの力学について考えると、何か、人間の本性・本質には、+i傾斜から-iの活性へと反転する仕組みがあるように考えられるのである。
 つまり、+iの傾斜とは、端的に、-iの潜在を意味するのである。だから、発生的には、プラスが先行し、その後、反転して、マイナスへと点ずると考えられるのである。
 マイナスへの反転によって、精神的フィルター中心主義(ロゴス中心主義)が解体するのであり、その始まりが、ポスト・モダンであり、その完全な乗り越えがトランス・モダンである。いわば、同一性への差異の復讐が起こるのである。これが、《黙示録》(アポカリプス)(追記:ゾロアスター教的黙示録・アポカリプス)である。虚軸界へのらせん的回帰である。
 今はここで留める。

追記:哲学とは、Media Pointにおける+iの知的行為ではないだろうか。だから、男性的であるが、女性的な-iを取り込んでいるのである。
 プラトンは、完全に、虚軸部で思考していたと言えよう。また、古代ギリシア文化社会の秘密もこれで理解できよう。つまり、虚軸部のエネルギーが沸々としていた文化社会であり、しかも、男性的な+iが盛んに作用していたのである。
 結局、大文化社会が生まれるには、女性的な虚軸エネルギーと同時に、男性的な+iの活力が必要であると言うことである。そうすると、現代日本は危うい、実に危うい。アジア諸国に、能動・創造的ダイナミクスがあると言えよう。

追記2:虚軸部の差異共振エネルギーとは、言い換えれば、ニーチェのディオニュソスであり、+iの男性的活力は、アポロである。
 そして、両者の和解にギリシア文化の本質があると述べていた。確かに、ディオニュソスとアポロの調和を古代ギリシア人は求めていたと言えよう。
 その調和とは、傲慢となった+iが差異共振の神々の世界の秩序を認識することにあるのではないだろうか。即ち、+iが(+i)*(-i)を認識することにあるだろう。正に、アポロン神殿の信託「汝自身を知れ」の実現である。
 これは、また、ゾロアスター教的認識に一致すると考えられる。
 

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 トランス・モダン社会の分析で今後、重要になると思われるのは、


哲学的には一般意味論は応用概念論とも言うべきもので、人間の感覚器 や神経系 や言語が人間の経験にフィルターをかける度合いを強調するものである。
一般意味論の最重要の前提は次のように簡潔に表現される。「地図は現地ではない。単語はそれが表す事象そのものではない。」アリストテレス は真の定義が事象の本質 を表すとしたが、一般意味論はそのような本質を見つける可能性を否定する。



の部分であろう。

 これは、物質(実数、現実)と精神(虚数、電磁関連作用)との「Media Point」の存在を推測している部分であり、正確には、「Media Point line, Film」と呼ぶべき部分を分析対象としているのである。

 端的に、「精神的フィルター(semantic filter )」と呼んで良いと思う。

 精神世界(意味世界、価値世界、不連続世界)と物質世界(没価値世界、連続世界)との境界には、「精神的フィルター(semantic filter )」と呼ぶべき「媒体」が存在しているのである。
http://blog.kaisetsu.org/?eid=810177
『海舌』 the Sea Tongue by Kaisetsu 

*************

一般意味論
提供: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
・・・・・

一般意味論では抽象の段階に関する考え方を「構造微分 structural differential」 と呼び、1)無限に変化する「世界」から、2)感覚器官によって把握された外界の似姿、3)「外界」として体験された事柄についての言語的記述、4)そうした言語的記述についての記述、というように当初の情報が段階的に縮退されていくことを指摘した。現在では認知心理学 ・認知科学 的研究によりそうした縮退の様子が把握されているが、「元の世界についての認識」が、言語的に表現された「世界」についての認識へと縮退的にすり替えられていかざるという人間の認識能力の限界、そのことを明確に指摘した点に一般意味論の決定的な重要性がある。
http://ja.wikipedia.org/wiki
/%E4%B8%80%E8%88%AC%E6%84%8
F%E5%91%B3%E8%AB%96

**************

General Semantics

In the 1930s a Polish Count, Alfred Korzybski, wrote a book called "Science and Sanity" which has had a tremendous influence on the Self Development movement ever since. It has been said that if Korzybski had had the communication skills of some of the great names of this century, such as Hubbard of Scientology, or Bandler and Grinder of NLP, then he would have been the great guru. Rather sad, in one way, is that few would pick up Science and Sanity to read, but would pick up many copies of his ideas.


http://www.trans4mind.com
/personal_development
/GeneralSemantics/index.html
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