--年--月--日 (--:--)

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

2009年11月04日 (11:21)

検討問題:精神的フィルター:心身的フィルター

精神的フィルターSemantic Filterという概念は、実に多くの難問を解決する指導的・創造的概念と考えられる。
 古代において、霊spiritと魂soulを区別するが、これも、この概念で説明できよう。また、「気」の問題も説明できるし、エロスの問題も説明できる。
 つまり、霊が主であり、魂が従であるということで、霊主魂従が成り立つと考えられる。
 「気」の場合、霊的「気」と魂的「気」があるのであり、前者は、精神的であり、後者は身体(「物質」)的と考えられる。
 また、近代性もこれで説明できる。近代合理主義は、+1と-1が結合したものと考えられる。つまり、+iと-iを即非ではなく、二項対立化させて、+1に-1の枠組み(フレーム)を与えたものではないだろうか。
 言い換えると、絶対的差異(絶対的他者)の「論理」(即非的論理)を、同一性の論理に、錯誤的に変容させているということである。つまり、近代的主観(主体、自己)は、根底から錯誤的様態にあるということなのである。(持論は、近代的自我は狂気であるということである。)
 現実である絶対的差異(絶対的他者)を知覚せずに、同一性という「妄想」で着色しているのである。現象的同一性と抽象的同一性の両面で、そうしているのである。これは、実数論理、線形論理である。
 思うに、近代の論理的源泉であるが、それは、ヤハウェ一神教とアリストテレス論理にあるだろう。構造主義もここに源泉があるだろう。
 では、この同一性論理を解体する「仏教」はどうして成立したのだろうか。色即是空、空即是色というテーゼには、明らかに、同一性論理の切断があるのである。また、禅仏教にもある。
 同一性に執着する論理を断ち切っているのである。これは、思うに、ヨーガ等の瞑想に源泉があるのではないだろうか。内的自己を探索して、そこに、外的自己の世界(物質的世界)とは別の世界(精神的世界)があるのを発見したということだろう。そして、内的自己と外的自己の著しい「差異」を捉えて、同一性論理を破砕したということではないだろうか。
 不連続性の論理は、端的には、仏教から発していると言えよう。
 今はここで留める。

追記:ゾロアスター教は、同一性論理をアンラ・マンユ(悪霊)として、捉えていると言えよう。思うに、東洋の思想が、一神教の思想に対面したときに、脱同一性ないしは反同一性の論理が生まれたのではないだろうか。
スポンサーサイト

コメント

コメントの投稿

サイト管理者にのみ通知する

トラックバックURL

http://sophio.blog19.fc2.com/tb.php/1342-10888faa
プロフィール

sophio・scorpio

  • Author:sophio・scorpio
  • 以下が、宇宙母船です。
    http://ameblo.jp/neomanichaeism
最近の記事
最近のコメント
最近のトラックバック
月別アーカイブ
カテゴリー
ブロとも申請フォーム

Appendix


ブログ内検索
RSSフィード
リンク
このブログをリンクに追加する
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。