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2009年11月14日 (00:48)

検討問題:差異共振的身体とは何か:差異共振エネルギーと三極配分

差異共振的身体とは、端的に、我々の実体としての身体と考えられる。しかしながら、西洋医学においては、同一性(物質)的身体が身体自体と考えられている。
 とまれ、前者の意味で端的に身体とは何かを解明したい。
 だいぶ前であるが、Media Pointを身体、ないしは、心身と捉えたことがあるが、それでは、曖昧である。
 ここでも、精神的フィルターの視点で考察するのが実り豊かであるように思える。
 精神的フィルター(精神⇒物質)の変換器を介して、精神的情報は身体化されると考えられる。そのとき、精神的情報から身体的情報に変換する。この身体的情報が遺伝子に当たると思われる。
 つまり、精神的フィルターの右端に遺伝子があると思われる。
 精神的情報を(+i)*(-i)とすると、遺伝子は、(+i)*(-i)⇒+1の⇒の右端にあることになる。(精神的遺伝子と物質的遺伝子とを区別することは可能であるが、そうすると、混同されやすいので、そのような言い方はしないことにする。)
 結局、⇒+1において、⇒の先端と+1が物質的身体ということになる。
 では、差異共振的身体はどう数式化されるか。それは、(+i)*(-i)⇒+1において、当然、左辺に関係することはわかるが、+1には関わらないものである。
 おそらく、(+i)*(-i)⇒が差異共振身体ではないだろうか。ここには、同一性、物質は存しないのである。しかし、エネルギーは⇒として存するのである。
 これを作業仮説とすると、先に触れた差異共振価値身体としての貨幣であるが、それは、端的に、(+i)*(-i)⇒のような貨幣でなくてはならない。
 つまり、言い換えると、差異共振エネルギーとしての貨幣である。あるいは、エネルゲイアとしての貨幣である。
 これは、同一性的交換価値としての通貨がエンテレケイア(終局態)であるのに対して、対照的である。
 すると、差異共振エネルギー資本という概念も生まれる。あるいは、エネルゲイアとしての資本であり、エンテレケイア(同一性価値)としての資本ではない。
 そして、差異共振とは、自然と社会共同体(労働)と貨幣の三次元共振となるのではないだろうか。
 同一性資本主義(近代資本主義)は、貨幣の同一性価値の次元のみに注目して、自然次元と社会共同体次元を無視してきたのである。その結果、自然は破壊され、社会共同体が解体し、労働者は抑圧されてきたと考えられるのである。
 このことは後でさらに考察するとして、再度、差異共振価値身体としての貨幣を考えると、それは、三次元的エネルギー貨幣(資本)であり、自然次元、社会共同体次元、産業次元の三極次元へと振り向けられるべきものと考えられる。
 これは、いわば、三極配分と言えるだろう。自然配分、社会共同体配分、産業配分である。
 では、これは、どのように可能になるのだろうか。それは、貨幣に三極価値をもたせばいいのではないだろうか。例えば、企業が利益をあげたとき、利益を三極配分するのである。自然配分、社会共同体配分、産業配分である。
 これを法制化するのである。自然配分とは、自然の保護や創造へと使用され、社会共同体配分とは、社会共同体の維持と創造のために使用され、資本配分とは、産業の維持と創造のために使用されるのである。
 今はここで留める。 
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