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2009年11月19日 (23:07)

検討問題:ルシファーについて

直感では、ルシファーとは、超越性や超越光である。
 しかし、問題は、他者性である。これは、小乗仏教と大乗仏教とも関係しよう。つまり、ルシファーは前者的だと思う。独覚である。それは、個人で閉じている。自己満足的である。
 思うに、単に、-iだけだと、ルシファー的になるのではないだろうか。神秘主義、ロマン主義、オカルティズム等になるのではないだろうか。
 重要なのは、+iを強く保持することである。つまり、+iと-iを衝突・共振させることで、現実的道徳・倫理のエネルギーが生起すると思われる。
 つまり、強い認識性+iと他者性-iとの即非的共振において、現実的社会的倫理道徳が生まれると考えられる。
 おそらく、問題は、-iが+1の同一性と結びつくときである。これが、ルシファー⇒アンラ・マンユ(アーリマン)-i⇒+1で途方ない悪・凶悪性を生むのではないだろうか。この-iはまた、反動的な様態になっているだろう。つまり、隠蔽されていて、闇になっているのである。
 先に、自己愛のことに言及したが、どうやら、自己愛はここに関係するだろう。
 後で精緻に検討したい。

************************
ルシファー
提供: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

ルシファー(Lucifer)とは、キリスト教 の伝統で、サタン の別名とされる。(イスラム教 ではイブリース に相当)「ルシファー」は英語からの音訳で、その他日本では、ルキフェル(羅)、ルシフェル(西 Lucifer, 葡 Lúcifer)、ルチーフェロ(伊 Lucifero)などとも表記される。
語源 [編集 ]

Lucifer はもともと、ラテン語 で「光を帯びたもの」(lux 光 + -fer 帯びている、生ずる)を意味し、キリスト教 以前から「明けの明星 」を指すものとして用いられ、オウィディウス やウェルギリウス などの詩歌にも見られる語である。無論、ヘブライ語 の旧約聖書 にも、ギリシャ語 の新約聖書 にも使われてはおらず、元来は、サタンや堕天使 といった伝説と一切無縁のものだった。
概要 [編集 ]

キリスト教において、この語を、サタンと結びつけたのは、オリゲネス が最初であると考えられている(ただし彼の著作はギリシャ語なので、おそらくオリゲネスのラテン語訳がサタンとしてのルシファーの初出)。彼は、「エゼキエル書 」、「イザヤ書 」、「ヨブ記 」(1章-)、「ルカによる福音書」(10章18節)に、隠された堕天使の存在を見出した。その後、テルトゥリアヌス を始めとする初期の教父 たちも、これについて論じた。さらに4世紀、ヒエロニムス は、聖書のラテン語訳(ヴルガータ )において、ヘブライ語の「明けの明星」を意味する言葉 הֵילֵל(イザヤ書 14章12節)を、(古ラテン語訳 を踏襲して?)Lucifer の語を当てて訳した(なお、この箇所の「明けの明星」は、本来バビロン の王・ネブカドネツァルを指すものである)。

その後のキリスト教の伝統的解釈によれば、ルシファーは元々全天使の長であったが、土から作られたアダムとイブ に仕えろという命令に不満を感じて反発したのがきっかけで神と対立し、天を追放されて神の敵対者となった。「ヨハネの黙示録 」の12章7節をその追放劇と同定する場合もある。また、アダムの最初の妻・リリス が夫の元から離れた後ルシファーと結婚したという説話もある。

上記の他に、被造物の中で最高の能力と地位と寵愛を神から受けていたために自分が神に成り代われると傲慢になり、神に反逆し、堕天したという説がよく挙げられる。この説は天使から悪魔に堕ちた経緯としてよく挙げられる説である。

こうした反逆神話のイメージ元としてはバビロニア神話 の雷鳥アンズー やカナン 神話の戦神アッタル が考えられている。アンズーは至高神エンリルの元から権威を司る「天命の書板」を奪うが奪回されている。また金星神にして灌漑を司るアッタルは主神バアル が神々の山・サフォンからその姿を消した時、自分こそが神々の王にふさわしいとサフォンの山に登った。だが、結局彼は玉座に座るには値せず、冥府(または地上)に降り、そこで王になったという。[要出典 ]
文学 [編集 ]

西欧文学において、ルシファーが登場する名高い文学作品としては、ダンテ の『神曲 』とジョン・ミルトン の『失楽園 』が挙げられる。特に後者は、神に叛逆するルシファーを中心に据えて歌い上げたため、その後のルシファーにまつわる逸話に多く寄与することになる。
俗説 [編集 ]

* ルシフェルが堕天した際、『エル』の称号を失って名前が「ルシファー」になったとされる。

ウェブサイト や学問的ではない神話・伝説の書籍で説の大元の典拠が示されることなく記述されている。
通常はラテン語としてのルキフェルが英語読みされてルシファーになったと考えられる。
単純にアルファベットで記述すると、『エル』の称号は『el』、『ルシフェル』の『ェル』は『er』である。
そのため、ルシフェルが『エル』を奪われたという説は、やはり日本人的な誤解であると言える。

関連項目 [編集 ]

* 天使の一覧
* 悪魔の一覧
* 『失楽園 』ジョン・ミルトン
* シャヘル
* 明けの明星
* ルシフェラーゼ - 生物の発光にかかわる酵素。
* トリックスター

参考文献 [編集 ]

* ゲティングズ, フレッド 『悪魔の事典』 大瀧啓裕訳、青土社、1992年(原著1988年)。

「http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%AB%E3%82%B7%E3%83%95%E3%82%A1%E3%83%BC 」より作成
カテゴリ : 出典を必要とする記事 | 堕天使 | 聖書の語句

阿修羅
提供: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』


阿修羅(あしゅら、あすら、Skt :asuraの音写、意訳:非天)は八部衆 に属する仏教 の守護神。修羅(しゅら)とも言う。大乗仏教 時代に、その闘争的な性格から五趣 の人と畜生の間に追加され、六道 の一つである阿修羅道(修羅道 )の主となった。

概要 [編集 ]

古代ペルシャの聖典『アヴェスター 』に出る最高神アフラ・マズダー に対応するといわれる(以下、歴史的背景の項を参照)。それが古代インドの魔神アスラ となり、のちに仏教に取り入れられた。古くインドでは生命生気の善神であった。天の隣国だが天ではなく、男の顔立ちは端正ではない。醸酒にも失敗し、果報が尽きて忉利天 にも住めないといわれる。

本来サンスクリット で「asu」が「命」、「ra」が「与える」という意味で善神だったとされるが、「a」が否定の接頭語となり、「sura」が「天」を意味することから、非天、非類などと訳され、帝釈天 の台頭に伴いヒンドゥー教 で悪者としてのイメージが定着し、地位を格下げされたと考えられている。帝釈天とよく戦闘した神である。リグ・ヴェーダ では最勝なる性愛の義に使用されたが、中古以来、恐るべき鬼神として認められるようになった。

仏教に取り込まれた際には仏法の守護者として八部衆 に入れられた。なお五趣説では認めないが、六道説では、常に闘う心を持ち、その精神的な境涯・状態の者が住む世界、あるいはその精神境涯とされる。

興福寺宝物殿の解説では、「阿修羅」はインドヒンドゥーの『太陽神』もしくは『火の神』と表記している。 帝釈天 と戦争をするが、常に負ける存在。この戦いの場を修羅場(しゅらば)と呼ぶ。

姿は、三面六臂(三つの顔に六つの腕)で描かれることが多い。

奈良県 ・興福寺 の八部衆像・阿修羅像(国宝 )や、京都府 ・三十三間堂 の二十八部衆像・阿修羅像(国宝)が有名。

日本語では、争いの耐えない状況を修羅道 に例えて修羅場 (しゅらば)と呼ぶ場合もある。激しい闘争の行われている場所、あるいはそのような場所を連想させる状況を指す。
歴史的背景 [編集 ]

一般的には、サンスクリットのアスラ(asura)は歴史言語学的に正確にアヴェスター語 のアフラ(ahura)に対応し、おそらくインド-イラン時代にまでさかのぼる古い神格であると考えられている。宗教学的にも、ヴェーダ 文献においてアスラの長であるとされたヴァルナ とミトラ は諸側面においてゾロアスター教 のアフラ・マズダー とミスラ に対応し、インド・ヨーロッパ比較神話学的な観点では第一機能(司法的・宗教的主権)に対応すると考えられている。アスラは今でこそ悪魔や魔神であるという位置づけだが、より古いヴェーダ時代においては、インドラらと対立する悪魔であるとされるよりは最高神的な位置づけであることのほうが多かったことに注意する必要がある。

ただし、阿修羅の起源は古代メソポタミア文明のシュメール、アッシリア、ペルシア文明とする説がある。 シュメールやアッカドのパンテオンに祀られていた神アンシャル 。アッシリアの最高神アッシュル。ペルシアのゾロアスター教の最高神アフラ・マズダー。それらの神がインドに伝来してアスラとなり、中国で阿修羅の音訳を当てた。阿素羅、阿蘇羅、阿須羅、阿素洛、阿須倫、阿須輪などとも音写する。

シュメール、アッシリアの古代史と仏教の阿修羅にまつわる伝承との類似性も高く、信憑性のある事実として指摘される。

仏教伝承では、阿修羅は須弥山 の北に住み、帝釈天と戦い続けた。阿修羅は帝釈天に斃されて滅ぶが、何度でも蘇り永遠に帝釈天と戦い続ける、との記述がある。これらの伝承を古代史になぞらえると、以下のようになる。

アッシュルを最高神と崇めたアッシリア帝国は、シュメール(現在のイラク周辺)の北部に一大帝国を築き、シュメール・アッカドの後に勃興したバビロニアに侵略戦争を繰り返した。

バビロニア人はメディア人と手を結びアッシリアを滅ぼしたが、国を再興したアッシリア人達にバビロニアは滅ぼされた。後にてバビロニアの地にカルデアが勃興して、再びアッシリアを滅ぼした。その後、アフラ・マズダーを崇めるペルシアが勃興して、カルデアを占領下におさめた。その後、古代マケドニアがペルシアを滅ぼした。

また、シュメールと須弥山(サンスクリットでは「スメール」と発音する)の類似性。シュメールの最高神マルドゥークと帝釈天インドラの類似性を指摘する説もあり、阿修羅と帝釈天の構図はアッシュルとマルドゥークの構図と全く同じであり、これらの古代史を仏教の伝承として取り込んだ可能性が高いと主張する神学者もいる。
戦闘神になった背景 [編集 ]

阿修羅は帝釈天に歯向かった悪鬼神と一般的に認識されている。しかし事実は少し違うといわれる。阿修羅はもともと天部の神であった。阿修羅が天部から追われて修羅界を形成したのには次のような逸話がある。

阿修羅は正義を司る神といわれ、帝釈天は力を司る神といわれる。

阿修羅の一族は、帝釈天が主である忉利天 (とうりてん、三十三天ともいう)に住んでいた。また阿修羅には舎脂 という娘がおり、いずれ帝釈天に嫁がせたいと思っていた。しかし、その帝釈天は舎脂を力ずくで奪った(誘拐して凌辱したともいわれる)。それを怒った阿修羅が帝釈天に戦いを挑むことになった。帝釈天は配下の四天王 などや三十三天の軍勢も遣わせて応戦した。戦いは常に帝釈天側が優勢であったが、ある時、阿修羅の軍が優勢となり、帝釈天が後退していたところへ蟻 の行列にさしかかり、蟻を踏み殺してしまわないようにという帝釈天の慈悲心から軍を止めた。それを見た阿修羅は驚いて、帝釈天の計略があるかもしれないという疑念を抱き、撤退したという。

一説では、この話が天部で広まって阿修羅が追われることになったといわれる。また一説では、阿修羅は正義ではあるが、舎脂が帝釈天の正式な夫人となっていたのに、戦いを挑むうちに赦す心を失ってしまった。つまり、たとえ正義であっても、それに固執し続けると善心を見失い妄執の悪となる。このことから仏教では天界を追われ人間界と餓鬼界の間に修羅界が加えられたともいわれる。

阿修羅を意訳すると「非天」というが、これは阿修羅の果報が優れて天部の神にも似ているが天には非ざるという意義から名づけられた。
阿修羅王と住処 [編集 ]

阿修羅王の名前や住処、業因などは経論によって差異がある。パーリ語(Pl)では、阿修羅王にRāhu、Vepacitti、Sambara、 Pahārāda、Verocana、Baliの5つの名が見られる。ただし大乗仏典では、一般的に阿修羅王は4人の王とされることが多い。『法華経』序品には、4人の王の名を挙げ、各百千の眷属を有しているとある。また『十地経』や『正法念処経』巻18~21には、これら4人の住処・業因・寿命などを説明しており、其の住処は妙高山(須弥山 )の北側の海底地下8万4千由旬 の間に4層地に分けて住していると説く。以下説明は主に正法念処経による。

* 羅喉阿修羅王(らご)
o Skt及びPl:Rāhu、ラーフ、Pl :訳:障月、執月、月食など、 
o その手でよく日月を執て、その光を遮るので、この名がある。

(住処) - 第1層、海底地下21000由旬を住処とする。身量広大にして須弥山のようで、光明城に住み、縦横8000由旬。
(業因) - 前世 にバラモン であった時、1つの仏塔が焼き払われるのを防ぎ、その福徳により後身に大身相を願った。不殺生の実践したが、諸善業を行わなかったので、その身が破壊(はえ)し、命終して阿修羅道へ堕ちてその身を受けた。
(寿命) - 人の500歳を1日1夜として、その寿命は5000歳

* 婆稚阿修羅王(ばち、婆稚とも)
o Skt及びPl:Bali、バリ、訳:被縛
o 帝釈天と戦って破れ、縛せられたためにこの名がある。正法念処経では勇犍(ゆうごん)阿修羅王。ラーフの兄弟で、彼の子らはみなVerocaと名づく。

(住処) - 第1層の下の第2層、さらに21000由旬の月鬘(げつまん)という地で、双遊城に住み、縦横8000由旬。
(業因) - 前世に他人の所有物を盗み、不正の思いをなして離欲の外道 に施して、飲食(読み:おんじき)を充足させたので、命終して阿修羅道へ堕ちてその身を受けた。
(寿命) - 人の600歳を1日1夜として、その寿命は6000歳

* 佉羅騫駄阿修羅王(きゃらけんだ)
o Skt:Śambara、Pl:Sambara、サンバラ、訳:勝楽、詐譌、木綿など
o 正法念処経では華鬘(けまん)阿修羅王と訳される。

(住処) - 第2層の下の第3層、さらに21000由旬の修那婆(しゅなば)という地で、頷(正字は金+含)毘羅城(かんびら)に住み、縦横8000由旬。
(業因) - 前世に食を破戒の病人に施して、余の衆は節会の日により相撲や射的など種々の遊戯をなし、また不浄施を行じたので、命終して阿修羅道へ堕ちてその身を受けた。
(寿命) - 人の700歳を1日1夜として、その寿命は7000歳

* 毘摩質多羅阿修羅王(びましったら)
o Skt:Vemacitra、Vimalacitra、Pl:Vepacitti、訳:浄心、絲種種、綺書、宝飾、紋身など
o 乾闥婆 の娘を娶り、娘の舎脂を産んだ。前出のように舎脂は帝釈天に嫁いだため、帝釈天の舅にあたる。

(住処) - 第3層の下の第4層、さらに21000由旬の不動という地で、頷(正字は金+含)毘羅城(かんびら)に住み、縦横13000由旬。
(業因) - 前世に邪見の心を以って持戒する者に施して、余の衆は自身のために万樹を護ったので、命終して阿修羅道へ堕ちてその身を受けた。

その他『起世経』では、須弥山の東西の面を去ること1000由旬の外に毘摩質多羅王の宮があり、縦横8万由旬であるといい、また修羅の中に極めて弱き者は人間山地の中に在りて住す、すなわち今、西方の山中に大きくて深い窟があり、多く非天=阿修羅の宮があるという。
外部リンク [編集 ]

* 仏様の世界 阿修羅王
* 興福寺 文化財データベース
* 阿修羅と仏像ブーム(西山厚・奈良国立博物館学芸部長)
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