2005年12月11日 (14:21)

メディア・現象境界の力学について再考

本件であるが、音声言語、シニフィアン以外の契機も考えられそうである。つまり、言語ではなくて、より根本的にこの力学を考えたいのである。メディア界を現象界に変換する力学は何かである。
 これは、以前に述べたことだが、錯視、同一性錯視に関係するのではないか。ここで、図式的に見ると、

メディア界:差異1・ゼロ・差異2

現象界:差異1・無・差異2

であるが、現象界において、差異と差異が融合して、差異が消滅しているのである。この融合化が、メディア・現象境界の変換構造に機能としてあるはずである。ゼロ→無のプロセスがそこにあるだろう。フッサール現象学から見ると、差異1→差異2という差異の志向性が、イコールになってしまうということである。差異1=差異2である。つまり、志向性の極限、極限値として、連続・同一性があるだろう。これは、正に、微分であろう。差異1が、差異2となるのは、微分である。0.9999999・・・=1である。つまり、メディア・現象境界は、微分・積分構造があると言えるのではないだろうか。メディア界自体は、微分構造ではない。それは、連続化ではあるが、脱連続化もするのである。脱構築性がメディア界であろう。それに対して、メディア・現象境界は、微分・積分構造のように思える。差異を同一性と錯視する力とは何か。この無化の力とは何か。この極限化の力とは何か。差異を連続・同一性と見なす力である。現象力である。それは、何か。
 それは、メディア界自体の想像力、心像力から発しているのではないか。つまり、メディア界は、差異・ゼロ度であり、連結体、多様体、位相空間である。つまり、ここには、想像力という連結力、連続力が発生しているのである。しかし、これは、ゼロ度であるから、融通無碍に変容する。揺らいでいるのである。ちょうど、水面の波のようだろう。そして、この造形力が、全面化するのが、メディア・現象境界の事象ではないだろうか。つまり、揺らぎ、ゼロ度が裏面化して、造形力、包括的造形力が表面化するのである。この造形性が、差異・無化を意味するだろう。図式化すれば、

メディア界:差異1・ゼロ・差異2・ゼロ・・・ゼロ・差異n

メディア・現象境界:差異1・ゼロ→無・差異2・ゼロ→無・・・・ゼロ→無・差異n

となるだろう。このゼロ→無という裏面化とは何か。これは、メディア界自体の極性化自体ではないか。即ち、メディア界は、差異・ゼロ度であるから、差異的側面(連続的差異)とゼロ度的連結・連続的側面がある。この両者の相補性があり、これが、揺らいでいるのである。即ち、差異的様態となったり、ゼロ度的様態となったりするのである。これは、正に、量子力学の世界である。粒子と波動の相補性である。そして、ゼロ度的様態化が、メディア・現象境界であろう。ここでは、想像力的形象、形相、造形力、連続的造形力が作用しているのである。思うに、プラトンのイデアの一つは、ここを指しているのだろう。また、カントの超越論的形式もここを指しているのだろう。
 しかし、問題は、メディア界は、ゆらぎの世界であり、差異的側面とゼロ度的造形的側面が交替・振動することである。つまり、前者が裏面化するには、固定化が必要である。この固定化の手段ないし契機として、先に、音声言語を述べたのであるが、どうだろうか。何が、ゆらぎを無くすのか。とまれ、ゼロ度的造形的側面が表面化して、多様平面ができるだろう。これが、現象界となるだろう。その裏面が、差異的側面である。もっとも、連続的差異であるが(ドゥルーズは、これと、イデア界の不連続的差異を混同したのである)。
 この固定化はどうして生じるのかが、枢要な問題である。イデア界からメディア界への展開は、不連続的差異の1/4回転、90度回転によるものである。では、メディア界から現象界への転化には、何が生起しているのか。どんな力学があるのか。それは、思うに、捩れではないだろうか。メディア界から現象界への転化は、捩れが発生するのではないか。1/4回転は、メディア界を形成するが、メディア界自体は、捩れていないだろう。
 ここで、発想を変えよう。イデア界は、無時空間である。それに対して、メディア界は、有時空間である。そして、現象界では、これが、時空四次元に転化する。このメディア界の有時空間が、重要であろう。つまり、有時空間ということは、遅れが生まれるということだろう。メディア界の遅れが発生するのである。この遅れの連鎖が連続・同一性化となるのではないだろうか。つまり、残像や残響である。この遅れの「構造」が、メディア・現象境界ではないだろうか。つまり、有時空間において、ある差異・ゼロ度と他の差異・ゼロ度が重なり、連続・同一性化するのでゃないか。それは、メディア界の重層化とも言えよう。これで、厚みも生まれるだろう。また、質量も発生するだろう。つまり、ここで、時空四次元が発生するだろう。だから、有時空間軸が、メディア・現象境界と言えるだろう。これは、z軸である。ここから、時間軸をともなって時空四次元が発現するのだろう。時間軸をt軸としよう。x−y−z−tの時空四次元である。t軸とは、第4次元である。
 さて、すると、有時空間の重層化が、メディア・現象境界の力学構造ということになった。これが、連続・同一性を発現するのである。つまり、メディア界が映像化されるのである。これが、現象界である。つまり、簡単に言えば、メディア界の重層が現象界である。この重層化によって、4つの力が発生するのだろう。しかし、これは、シミュラクルである。ほんとうは、メディア界の差異・ゼロ度の不可分の力が実体である。これは、エネルゲイアであり、想像力・信力であり、「ダークエネルギー」である。つまり、4つの力とは、見かけの力、虚構の力なのである。これをいくら計算しても、宇宙構造を説明できないだろう。標準理論の破綻。不可分一如の4つの力の根源であるメディア界エネルギーを計算する必要があるだろう。
 とまれ、メディア・現象境界の力学とは、音声言語によるのではなくて、有時空間の重層化によるものであるということとなった。音声言語は、メディア界の重層化の分節化に過ぎないだろう。だから、ラカン・デリダの考えは、間違いである。

p.s. ベルクソン哲学は、メディア・現象境界の哲学と見ることができるのではないだろうか。持続とは、正に、メディア界の重層化であろう。ハイデガー哲学も、ここを対象としているだろう。ハイデガーの存在とは、メディア界のことだろう。ニーチェやフッサールは、それを超えて、イデア界の不連続的差異を説いていた。ドゥルーズ(&ガタリ)は、イデア界とメディア界を混同していた。
 ところで、ホワイトヘッド哲学であるが、推測では、メディア界的ではないかと思う。有機体という発想は、メディア界的であるからだ。

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sophio・scorpio

  • Author:sophio・scorpio
  • 2004年(平成16年)9月23日、ブログ上で、ODAウォッチャーズ氏(ブログ『海舌』)と遭遇して、新しい理論、不連続的差異論が誕生しました。まったく思いもよらぬ出来事でしたが、この結果、独創的な理論が生まれたと自負しています。とても簡潔な理論ですが、文系、理系の分化を乗り越えた統一的理論で、多くの分野・領域に適用可能だと考えられます。
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