2005年12月29日 (03:50)
黄金比とメディア界
黄金比とメディア界:五芒星形と聖数5
思うに、黄金比は、メディア界の比率=理性と考えるべきではないだろうか。五芒星形、正五角形が、ピタゴラス派のシンボルとされたのは、メディア界のエネルギーと関係するだろう。即ち、メディア界は、4つの力の不可分一体の第5のエネルギー(ダークエネルギー)を帯びると考えられるからだ。ここで、アナロジー的に考えると、人間の手であるが、親指が他の指に対して、特殊である。英語には、親指は指ではなくて、thumbである。親指に当たるのが、第5のエネルギーではないだろうか。
とまれ、差異・ゼロ度のメディア界は、相対性理論・量子力学の世界であり、ダークエネルギーの世界であり、そして、幾何学的には、五芒星形や正五角形と関連する領域と言えるのはないだろうか。(現象界は4の世界であろう。ならば、世界全体は5+4+1=10の世界ではないか。イデア界に1という数を当てるのは、それは、多元的であるが、一つの即の世界ということから考えられる。)ピタゴラス派にとって五芒星形ないし正五角形がシンボルとなったのは、それが、メディア界の幾何学であるからではないだろうか。4つの力ではなくて、5つの力があるのである。ダークエネルギーがあるのである。あるいは、ダークマターがあるのである。これは、五芒星形に関するラセンを形成するのだろう。そして、これが、現象界の基本の形状・原形なのだろう。(参照:「 フィボナッチ数列(Fn+1=Fn+Fn-1)と,黄金分割(χ2−χ−1=0)と,等角らせん(指数関数y=eχ)が同じことの証明」
http://www.rd.mmtr.or.jp/~bunryu/fibonatti.shtml
)
思うに、この5とは、根源的には、イデア界の不連続的差異の「力」に発するのではないだろうか。即ち、不連続的差異の総合力である虚力と、垂直・水平の2つの極性の四元力があり、1+4=5ということではないだろうか。つまり、イデア界の元5が、メディア界の5となるのではないか。イデア5→メディア5である。ならば、イデア界も5に関わる幾何学があるのではないだろうか。正多面体・プラトン立体とは、メディア5であろう。イデア5とは、ピラミッド体・三角錐かもしれない。黄金分割ピラミッドという考えもある。(参照:
http://www.google.co.jp/search?hs=q76&hl=ja&client=firefox-a&rls=org.mozilla%3Aja-JP%3Aofficial&q=%E9%BB%84%E9%87%91%E5%88%86%E5%89%B2%E3%83%94%E3%83%A9%E3%83%9F%E3%83%83%E3%83%89&btnG=Google+%E6%A4%9C%E7%B4%A2&lr=
)
とまれ、黄金比が、宇宙・世界の構造の原理・基本的比率・理性かもしれない。それは、聖数・秘数5の世界である。中世のキリスト教宇宙観では、占星術の4つの星座(ペテロ、パウロ、マタイ、ヨハネ)とキリストないし聖母のセットとなっているから、これも、5である。
さて、ここで、宗教・神秘的に考えると、根源は、イデア界とメディア界の二種類・二元性・二重性があるのである。これは、いわば、光と影であろう。D.H.ロレンスが、キリスト教の神に換わる暗黒の神dark godを唱えたり、あるいは、暗黒の太陽dark sunと言ったりしたが、暗黒とは、このイデア/メディアの二重性に関係するだろう。否、正確に言えば、三重性である。イデア/メディア/現象の三重性である。この三重性を、プラトンは、『国家』の有名な洞窟の比喩で指摘していると考えられる。善の太陽が、イデア界であり、洞窟内の人形がメディアで、影絵が現象である。だから、暗黒と言ったときは、二重である。
問題は、やはり、イデア/メディアの関係である。ロレンスのcosmosは、基本的には、メディア界であろう。しかし、『死んだ男』では、明らかに、不連続的差異の共立(イデア界)が表現されているのである。だから、イデア・メディア境界、IM境界が問題となっているのである。この両義性が問題となるのである。暗黒と言ったとき、この境界が問題となっているのだろう。連続と不連続とが、混淆しているのである。ここで、また、宗教や神話が生まれるのである。連続・同一性的にイデア界を解釈するのである。複雑なのは、光が、メディアであることである。そして、それは、メディア界の一部に過ぎないのである。光は暗いと言っていいのである。暗黒の太陽があるのである。陰陽二重相補性である。しかし、本当は、それを突き抜けないといけない。そこは、超光=超闇の世界であろう。無量光であろう。仏陀の光はこれを意味するだろう。後光、後背、白毫の光。ゾロアスター教も、原神道もここから発しているだろう。聖書も本来、ここから発してるだろう。「光あれ」。
すると、この原光とダークエネルギーの問題があるだろう。直観では、ダークエネルギーは、根源光の背中である。ここで、根源の太陽は背中を見せているというロレンスの言が意味をもつだろう。そう、暗黒の太陽とは、実は、根源の太陽を指していると考えられるだろう。だから、やはり、cosmosは、イデア界をも指すと考えられる。
結局、イデア・メディア境界が大きな意味をもつと言えよう。不連続的cosmosと連続的cosmosの混淆があるのである。そして、この混淆哲学がドゥルーズ哲学である。まとめると、光と影の問題は、三重である。イデア界の光の影がメディア界で、メディア界の影が現象界である。だから、現象界は影の影である。夢のまた夢である。ウパニシャッド哲学では、ビシュヌの見る夢が、ブラフマンであり、ブラフマンの夢がインドラである。これを借りると、ビシュヌ=イデア界、ブラフマン=メディア界、インドラ=現象界だろう。(参照:
http://www.benedict.co.jp/Smalltalk/talk-7.htm
)
とまれ、5という数が、イデア界とメディア界に共通するのだろう。聖数5である。3という数は、5の単純化であると言えよう。また、思うに、占星術や占いとは、メディア界宇宙の智であろう。
pentagram
http://en.wikipedia.org/wiki/Pentagram
p.s. イデア界の根源的太陽=太陰のイメージとしては、原点(0,0)を中心に、プラスのx座標とマイナスのx座標が均衡を取っているもので、そして、x−y座標で、円を描くのである。プラトンは、円が、理性の形と考えていた。(楕円の問題もあるが、これは新たに考えよう。ケプラーとも関係する。)思うに、イデア界=ガウス平面の円が、イデア界の根源的太陽=太陰ではないだろうか。そして、この太陽・太陰の影が、メディア界のダークエネルギー、いわば、ダークコスモス(暗黒宇宙)と考えられるだろう。イデア・メディア境界のスリット、孔、亀裂から、イデア界の太陽・太陰の超光が漏れると言えるのではないだろうか。そして、この漏れた光が、ダークエネルギーであり、現宇宙を構成しているのではないだろうか。つまり、暗いエネルギーから、銀河や諸星雲や太陽系等々が浮かび上がっているのである。D.H.ロレンスの『死んだ男』の暗黒の薔薇の宇宙とは、この暗いエネルギー、ダークエネルギーを表現・表象していると考えられる。
暗いエネルギー、ダークエネルギーのもつ五芒星形のラセンが、現宇宙の基盤にあるのだろう。この暗い薔薇宇宙を、今、物理学は明らかにしつつあると言えよう。しかし、これは、まだ、根源の太陽・太陰の背中に過ぎないのである。暗い薔薇宇宙、暗黒薔薇宇宙を越えて、イデア界の太陽・太陰に達しないといけないのである。仏教や神秘思想での「無」とは、ここを指しているのではないだろうか。「空」は、メディア界であろう。だから、無/空/色というような三層構造があるのではないだろうか。仏陀は、空を説き、空の彼岸の無を説いたのであろう。
とまれ、イデア界において、多元的無数の不連続的差異の「即非」的共立が、超光=超闇の状態なのだろう。根源的ヴィジョンは、ここから発しているのだろう。プラトンは、ここを視たのであろう。プラスx座標を光、マイナスx座標を闇とすれば、光と闇が均衡している世界であろう。根源的陰陽、超陰陽の世界であろう。根源的二元論であろう。根源的対極性の世界であろう。
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先にあげた『黄金比はすべてを美しくするか:最も謎めいた「比率」をめぐる数学物語』
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4152086912/qid=1135595885/sr=1-1/ref=sr_1_0_1/250-8960880-5103431
(マリオ・リヴィオ著 早川書房:これだけの知見が含まれていて、本体2000円は、安い。コストパフォーマンスが高いと言えよう。)の大半を読んだが、これは読んでためになった本である。しかし、訳が、少し練れていない、ぎこちない日本語で、少し読みにくいのが残念である。とまれ、たいへん、よく調べてある、博学の著であり、素人には少し難しいところがあるが、中味が詰まっている。本書で、国際ピタゴラス賞、ペアノ賞をとったと書いてあるが、それは、賞にとっても名誉であろう。とにかく、黄金比が身近になったと言える。一番、面白かったのは、ペンローズ・タイルが黄金比に関係していること、また、フラクタルにも通じることを述べている個所である。
やはり、黄金比は、メディア界の核心にある比率=「理性」と見ていいのではと感じた。差異・φ(ゼロ度)・差異=差異・φ(ファイ)・差異とやはりなるように思われるのだが。φ(ファイ)は、プランク定数等の自然定数に近いのではないだろうか。
問題は、その意味合いである。イデア界からメディア界への変換において、φがはたらくことになるのだが、この意味は何か、である。おそらく、本来、プラトン立体、正多面体の問題を含めて、検討しなくてはならないのであろうが、ここでは、ざっと述べると、1/4回転したときに、垂直方向に捩れるが、この捩れに黄金比が発生するということではないだろうか。問題は、何故、これが、黄金比になるのかということである。直観で言えば、ここで、プラトンとペンローズの考えがポイントになると思う。1/4回転で、垂直に捩れるときに、平面や立体が発生するだろう。それらは、連続的差異の平面、立体であろう。この連続化を可能にするのが、黄金比ではないかと思うのである。本来、不連続な差異が境界を隔てて共存しているのであるが、それらが、ゼロ度で連続化するのであり、その連続構造の形相が黄金比ではないかと思われるのである。(ひょっとしたら、メディア・現象境界の構造かもしれないが、これは置いておく。)思うに、yーz軸で、メディア界平面を形成すると考えてもいいのではないだろうか。そうならば、メディア平面が、例えば、ペンローズ・タイルのようになるのではないだろうか。あるいは、エッシャーの連続パターンになるのではないだろうか。
直観では、黄金比は、1/4回転、不連続性を隠蔽しているのである。この調和は、不連続の調和を隠しているのである。そう、ゼロ度になったことで、比率が可能になるのである。通約不可能性(共約不可能性)があるが、しかし、比率は比率で、連続性である。通約不可能性が、不連続性、虚数/複素数、イデア界の名残ではないだろか。そう、不連続性/黄金比/連続性ではないだろうか。
さて、問題は、五芒星形ないし正五角形、あるいは、聖数5である。これが謎である。不連続的差異論から、メディア界の力は、4+1の力であることがわかる。ダークエネルギーが入るのである。もし、第5がダークネルぎーならば、どうして、それが、五芒星形、正五角形と関係するのだろううか。ここでも、想像であるが、イデア界自体が、五芒星形、正五角形、5と関係しているのではないだろうか。以前、半分冗談で、太陽系は差異5として、想像したことがあるが。思うに、イデア界は絶対均等ないし均衡の原空間である。差異1、差異2、差異3、・・・差異nが、不連続に、共立しているのであるが、±水平、±垂直、全体の計5つの力がはたらいていると考えられないか。この5つは、バランスで、五等分割されるのではないのか。つまり、イデア界に原五芒星計ないし原正五角形を想定するのである。そして、これが、1/4回転で、メディア界平面を形成して、五芒星形、正五角形を形成するのではないだろうか。ダークエネルギーの五芒星形・正五角形である。
また、後で、再検討したい。
思うに、黄金比は、メディア界の比率=理性と考えるべきではないだろうか。五芒星形、正五角形が、ピタゴラス派のシンボルとされたのは、メディア界のエネルギーと関係するだろう。即ち、メディア界は、4つの力の不可分一体の第5のエネルギー(ダークエネルギー)を帯びると考えられるからだ。ここで、アナロジー的に考えると、人間の手であるが、親指が他の指に対して、特殊である。英語には、親指は指ではなくて、thumbである。親指に当たるのが、第5のエネルギーではないだろうか。
とまれ、差異・ゼロ度のメディア界は、相対性理論・量子力学の世界であり、ダークエネルギーの世界であり、そして、幾何学的には、五芒星形や正五角形と関連する領域と言えるのはないだろうか。(現象界は4の世界であろう。ならば、世界全体は5+4+1=10の世界ではないか。イデア界に1という数を当てるのは、それは、多元的であるが、一つの即の世界ということから考えられる。)ピタゴラス派にとって五芒星形ないし正五角形がシンボルとなったのは、それが、メディア界の幾何学であるからではないだろうか。4つの力ではなくて、5つの力があるのである。ダークエネルギーがあるのである。あるいは、ダークマターがあるのである。これは、五芒星形に関するラセンを形成するのだろう。そして、これが、現象界の基本の形状・原形なのだろう。(参照:「 フィボナッチ数列(Fn+1=Fn+Fn-1)と,黄金分割(χ2−χ−1=0)と,等角らせん(指数関数y=eχ)が同じことの証明」
http://www.rd.mmtr.or.jp/~bunryu/fibonatti.shtml
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思うに、この5とは、根源的には、イデア界の不連続的差異の「力」に発するのではないだろうか。即ち、不連続的差異の総合力である虚力と、垂直・水平の2つの極性の四元力があり、1+4=5ということではないだろうか。つまり、イデア界の元5が、メディア界の5となるのではないか。イデア5→メディア5である。ならば、イデア界も5に関わる幾何学があるのではないだろうか。正多面体・プラトン立体とは、メディア5であろう。イデア5とは、ピラミッド体・三角錐かもしれない。黄金分割ピラミッドという考えもある。(参照:
http://www.google.co.jp/search?hs=q76&hl=ja&client=firefox-a&rls=org.mozilla%3Aja-JP%3Aofficial&q=%E9%BB%84%E9%87%91%E5%88%86%E5%89%B2%E3%83%94%E3%83%A9%E3%83%9F%E3%83%83%E3%83%89&btnG=Google+%E6%A4%9C%E7%B4%A2&lr=
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とまれ、黄金比が、宇宙・世界の構造の原理・基本的比率・理性かもしれない。それは、聖数・秘数5の世界である。中世のキリスト教宇宙観では、占星術の4つの星座(ペテロ、パウロ、マタイ、ヨハネ)とキリストないし聖母のセットとなっているから、これも、5である。
さて、ここで、宗教・神秘的に考えると、根源は、イデア界とメディア界の二種類・二元性・二重性があるのである。これは、いわば、光と影であろう。D.H.ロレンスが、キリスト教の神に換わる暗黒の神dark godを唱えたり、あるいは、暗黒の太陽dark sunと言ったりしたが、暗黒とは、このイデア/メディアの二重性に関係するだろう。否、正確に言えば、三重性である。イデア/メディア/現象の三重性である。この三重性を、プラトンは、『国家』の有名な洞窟の比喩で指摘していると考えられる。善の太陽が、イデア界であり、洞窟内の人形がメディアで、影絵が現象である。だから、暗黒と言ったときは、二重である。
問題は、やはり、イデア/メディアの関係である。ロレンスのcosmosは、基本的には、メディア界であろう。しかし、『死んだ男』では、明らかに、不連続的差異の共立(イデア界)が表現されているのである。だから、イデア・メディア境界、IM境界が問題となっているのである。この両義性が問題となるのである。暗黒と言ったとき、この境界が問題となっているのだろう。連続と不連続とが、混淆しているのである。ここで、また、宗教や神話が生まれるのである。連続・同一性的にイデア界を解釈するのである。複雑なのは、光が、メディアであることである。そして、それは、メディア界の一部に過ぎないのである。光は暗いと言っていいのである。暗黒の太陽があるのである。陰陽二重相補性である。しかし、本当は、それを突き抜けないといけない。そこは、超光=超闇の世界であろう。無量光であろう。仏陀の光はこれを意味するだろう。後光、後背、白毫の光。ゾロアスター教も、原神道もここから発しているだろう。聖書も本来、ここから発してるだろう。「光あれ」。
すると、この原光とダークエネルギーの問題があるだろう。直観では、ダークエネルギーは、根源光の背中である。ここで、根源の太陽は背中を見せているというロレンスの言が意味をもつだろう。そう、暗黒の太陽とは、実は、根源の太陽を指していると考えられるだろう。だから、やはり、cosmosは、イデア界をも指すと考えられる。
結局、イデア・メディア境界が大きな意味をもつと言えよう。不連続的cosmosと連続的cosmosの混淆があるのである。そして、この混淆哲学がドゥルーズ哲学である。まとめると、光と影の問題は、三重である。イデア界の光の影がメディア界で、メディア界の影が現象界である。だから、現象界は影の影である。夢のまた夢である。ウパニシャッド哲学では、ビシュヌの見る夢が、ブラフマンであり、ブラフマンの夢がインドラである。これを借りると、ビシュヌ=イデア界、ブラフマン=メディア界、インドラ=現象界だろう。(参照:
http://www.benedict.co.jp/Smalltalk/talk-7.htm
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とまれ、5という数が、イデア界とメディア界に共通するのだろう。聖数5である。3という数は、5の単純化であると言えよう。また、思うに、占星術や占いとは、メディア界宇宙の智であろう。
pentagram
http://en.wikipedia.org/wiki/Pentagram
p.s. イデア界の根源的太陽=太陰のイメージとしては、原点(0,0)を中心に、プラスのx座標とマイナスのx座標が均衡を取っているもので、そして、x−y座標で、円を描くのである。プラトンは、円が、理性の形と考えていた。(楕円の問題もあるが、これは新たに考えよう。ケプラーとも関係する。)思うに、イデア界=ガウス平面の円が、イデア界の根源的太陽=太陰ではないだろうか。そして、この太陽・太陰の影が、メディア界のダークエネルギー、いわば、ダークコスモス(暗黒宇宙)と考えられるだろう。イデア・メディア境界のスリット、孔、亀裂から、イデア界の太陽・太陰の超光が漏れると言えるのではないだろうか。そして、この漏れた光が、ダークエネルギーであり、現宇宙を構成しているのではないだろうか。つまり、暗いエネルギーから、銀河や諸星雲や太陽系等々が浮かび上がっているのである。D.H.ロレンスの『死んだ男』の暗黒の薔薇の宇宙とは、この暗いエネルギー、ダークエネルギーを表現・表象していると考えられる。
暗いエネルギー、ダークエネルギーのもつ五芒星形のラセンが、現宇宙の基盤にあるのだろう。この暗い薔薇宇宙を、今、物理学は明らかにしつつあると言えよう。しかし、これは、まだ、根源の太陽・太陰の背中に過ぎないのである。暗い薔薇宇宙、暗黒薔薇宇宙を越えて、イデア界の太陽・太陰に達しないといけないのである。仏教や神秘思想での「無」とは、ここを指しているのではないだろうか。「空」は、メディア界であろう。だから、無/空/色というような三層構造があるのではないだろうか。仏陀は、空を説き、空の彼岸の無を説いたのであろう。
とまれ、イデア界において、多元的無数の不連続的差異の「即非」的共立が、超光=超闇の状態なのだろう。根源的ヴィジョンは、ここから発しているのだろう。プラトンは、ここを視たのであろう。プラスx座標を光、マイナスx座標を闇とすれば、光と闇が均衡している世界であろう。根源的陰陽、超陰陽の世界であろう。根源的二元論であろう。根源的対極性の世界であろう。
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先にあげた『黄金比はすべてを美しくするか:最も謎めいた「比率」をめぐる数学物語』
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4152086912/qid=1135595885/sr=1-1/ref=sr_1_0_1/250-8960880-5103431
(マリオ・リヴィオ著 早川書房:これだけの知見が含まれていて、本体2000円は、安い。コストパフォーマンスが高いと言えよう。)の大半を読んだが、これは読んでためになった本である。しかし、訳が、少し練れていない、ぎこちない日本語で、少し読みにくいのが残念である。とまれ、たいへん、よく調べてある、博学の著であり、素人には少し難しいところがあるが、中味が詰まっている。本書で、国際ピタゴラス賞、ペアノ賞をとったと書いてあるが、それは、賞にとっても名誉であろう。とにかく、黄金比が身近になったと言える。一番、面白かったのは、ペンローズ・タイルが黄金比に関係していること、また、フラクタルにも通じることを述べている個所である。
やはり、黄金比は、メディア界の核心にある比率=「理性」と見ていいのではと感じた。差異・φ(ゼロ度)・差異=差異・φ(ファイ)・差異とやはりなるように思われるのだが。φ(ファイ)は、プランク定数等の自然定数に近いのではないだろうか。
問題は、その意味合いである。イデア界からメディア界への変換において、φがはたらくことになるのだが、この意味は何か、である。おそらく、本来、プラトン立体、正多面体の問題を含めて、検討しなくてはならないのであろうが、ここでは、ざっと述べると、1/4回転したときに、垂直方向に捩れるが、この捩れに黄金比が発生するということではないだろうか。問題は、何故、これが、黄金比になるのかということである。直観で言えば、ここで、プラトンとペンローズの考えがポイントになると思う。1/4回転で、垂直に捩れるときに、平面や立体が発生するだろう。それらは、連続的差異の平面、立体であろう。この連続化を可能にするのが、黄金比ではないかと思うのである。本来、不連続な差異が境界を隔てて共存しているのであるが、それらが、ゼロ度で連続化するのであり、その連続構造の形相が黄金比ではないかと思われるのである。(ひょっとしたら、メディア・現象境界の構造かもしれないが、これは置いておく。)思うに、yーz軸で、メディア界平面を形成すると考えてもいいのではないだろうか。そうならば、メディア平面が、例えば、ペンローズ・タイルのようになるのではないだろうか。あるいは、エッシャーの連続パターンになるのではないだろうか。
直観では、黄金比は、1/4回転、不連続性を隠蔽しているのである。この調和は、不連続の調和を隠しているのである。そう、ゼロ度になったことで、比率が可能になるのである。通約不可能性(共約不可能性)があるが、しかし、比率は比率で、連続性である。通約不可能性が、不連続性、虚数/複素数、イデア界の名残ではないだろか。そう、不連続性/黄金比/連続性ではないだろうか。
さて、問題は、五芒星形ないし正五角形、あるいは、聖数5である。これが謎である。不連続的差異論から、メディア界の力は、4+1の力であることがわかる。ダークエネルギーが入るのである。もし、第5がダークネルぎーならば、どうして、それが、五芒星形、正五角形と関係するのだろううか。ここでも、想像であるが、イデア界自体が、五芒星形、正五角形、5と関係しているのではないだろうか。以前、半分冗談で、太陽系は差異5として、想像したことがあるが。思うに、イデア界は絶対均等ないし均衡の原空間である。差異1、差異2、差異3、・・・差異nが、不連続に、共立しているのであるが、±水平、±垂直、全体の計5つの力がはたらいていると考えられないか。この5つは、バランスで、五等分割されるのではないのか。つまり、イデア界に原五芒星計ないし原正五角形を想定するのである。そして、これが、1/4回転で、メディア界平面を形成して、五芒星形、正五角形を形成するのではないだろうか。ダークエネルギーの五芒星形・正五角形である。
また、後で、再検討したい。

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