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2010年03月05日 (23:06)

日本における一神教主義と多神教主義:父権主義と母権主義

テーマ:ニッポン亡国の凶相:売国奴と愚民と狂信者

スロー人氏の大(だい)正論である。
 ルドルフ・シュタイナーは人類は、ヤハウェ型(一神教タイプ)とエローヒーム型(多神教タイプ)に分けられると述べていたと思う。
 西洋文明は両者混淆しているものの、当然、前者が中心である。そして、この断末魔を今日迎え、今や、後者が新たに進展する時代であるとわたしは考えている。日本人を抑圧してきた国学的一神教の発想(民族主義)を廃棄する必要があり、新たに、多神教的発想を進展させる必要があると言えよう。
 思うに、今日の日本人は一神教的酷い発想をもつ人が多数である。これを乗り越えて、日本本来の多神教へと回帰すべきである。

追記:スロー人氏の判断に即せば、武市半平太が一神教的であり、龍馬が多神教的である。

追記2:正確に言うと、国学的民族主義と封建的父権主義と近代合理主義の結合したものが、現代日本の「一神教」である。

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人の命を粗末に扱う武市半平太は現代日本にも大勢いる

毎週、NHKの「龍馬伝」を楽しみしているが、先週のストーリーにも感じさせられるものがあった。


 本物はどうだったのか、それは分からないが、今回のドラマでは、後に土佐勤王党を結成する武市半平太に焦点が当てられていた。


 武市は、問題を起こした山本琢磨に切腹を命じる。しかし、龍馬は生きて、自分の人生を見つけろと逃がしてやる。


 武市は大義のために「死ね!」という。


 日本では、こうした事態に追い詰められて、死を迎えることを潔いとする。こんな文化がある。


 ぼくは大切な命をこのように粗末に扱う人間たちが嫌いだ。


 だいたいこういう思想があるから、アメリカとの戦争において大敗を喫したと考えている。


 民主主義のアメリカは逆だ。一人ひとりの命を大切にする。「生き延びよ!」と温かい。


 昨夜、同じNHKで「ゼロ戦」のドキュメンタリーが放送された。


 そのなかでも、第一回の出撃後、すでに現場からの改善点として防備の充実を求める意見が出されているにもかかわらず、結局、日本は貴重なパイロットの命を守ることに努力しなかった。


 ぼくの叔父たちも終戦直後、命からがら大陸から帰国したが、叔父たちは現地でつかっていた人々に優しくしていたおかげで、ずいぶん、助けもらったそうだ。


 反対にあこぎに儲けていたような人は酷い目を見たのだろう。


 ところで、この引揚げにおいても、日本軍は皇軍だからということで、日本人を守るために護衛の任務にはつかなかった。


以上冒頭を転載させていただきました。

スロー人ロハス-自由と資本主義と礼節
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