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2010年06月08日 (21:37)

普天間基地移設問題:世界はナショナリズムとナショナリズムの闘争である

普天間基地移設問題:世界はナショナリズムとナショナリズムの闘争である

テーマ:沖縄/米軍基地/日米関係/日米安保問題

いったい何故、米軍基地が日本、とりわけ、沖縄に多いのか。
 明らかに、敗戦によって日本が占領されたからである。負けた国は、勝った国の支配下にあるのである。大敗北を「近代」日本は被ったのである。
 ここで飛躍して、民主主義について考えよう。God created us equal. これが、米国民主主義の公理である。
 これは、封建主義的なものを否定する原理である。しかしながら、資本主義、近代資本主義は、自我(近代的自我)を中心化することにより、平等原理を否定しているのである。何故なら、自我とは、自我の他者に対する優位であり、平等ではありえないからである。
 つまり、民主主義原理は、資本主義/近代資本主義のイデオロギーになったのである。
 この「目眩し」に注意しないといけない。西洋文明が唱導する「民主主義」とは近代資本主義の支配主義を糊塗するイデオロギーであるということである。
 問題は、当然、近代資本主義にあるのである。これは、同一性金融資本主義である。
 問題は同一性主義である。これはどこから発しているのか。これは、既述したように、父権主義、西洋父権主義、ユダヤ・キリスト教からである。
 西洋的父権的文明は同一性文明であり、民主主義をイデオロギーとして、非西洋諸国を支配するのである。
 沖縄の問題に返ると、これは、父権的覇権主義の問題である。
 私見では、日本は、憲法九条を護持しつつ、自衛隊を国防軍として、精練すべきであり、その自立・独立性をもって、米国や中国との外交を構築すべきである。
 つまり、米軍基地の削減を志向して、国防軍を構築してていくということである。
 思うに、軍事力をもつということは、国家として、必須のことである。それが日本国憲法では、触れられていないのである。
 私は改憲は反対である。憲法九条を護持しつつ、国防軍を構築することは、可能であると考えている。
 新文武両道へと転換すべきである。「文弱」では生き延びられないのである。


日米共同声明撤回を 那覇市議会、県内初の意見書可決

6月8日10時0分配信 琉球新報
 那覇市議会(金城徹議長)は7日午前、6月定例会で、普天間飛行場の移設先を名護市辺野古と明記した「日米共同声明」の撤回を日米両政府に求める意見書を全会一致で可決した。そうぞう会派の3氏は「普天間飛行場が固定化されることがあってはならない」として退場した。日米共同声明撤回を求める意見書可決は県内で初めて。
 同意見書では、「『県内移設』反対という県民の総意よりも米国政府の意向を最優先するもので、民主主義を踏みにじる暴挙であり、断じて許せない」と強い反発の意思を示し、「県民の『県内移設』に絶対反対との総意は、4・25県民大会や全市町村長の反対表明、マスコミの世論調査などでも明確だ。怒りを込めて日米合意の撤回を強く求める」としている。
 そうぞう会派代表の宮國恵徳氏は「共同声明には、負担軽減策などで評価すべき点もある。(声明撤回で)普天間飛行場が固定化されることがあってはならない」と述べ、同会派の新屋清喜氏、坂井浩二氏と退場した。
 市議会は同日、口蹄疫対策の充実、強化を求める意見書も全会一致で可決した。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20100608-00000004-ryu-oki




普天間基地移設問題:世界はナショナリズムとナショナリズムの闘争である

テーマ:沖縄/米軍基地/日米関係/日米安保問題

いったい何故、米軍基地が日本、とりわけ、沖縄に多いのか。
 明らかに、敗戦によって日本が占領されたからである。負けた国は、勝った国の支配下にあるのである。大敗北を「近代」日本は被ったのである。
 ここで飛躍して、民主主義について考えよう。God created us equal. これが、米国民主主義の公理である。
 これは、封建主義的なものを否定する原理である。しかしながら、資本主義、近代資本主義は、自我(近代的自我)を中心化することにより、平等原理を否定しているのである。何故なら、自我とは、自我の他者に対する優位であり、平等ではありえないからである。
 つまり、民主主義原理は、資本主義/近代資本主義のイデオロギーになったのである。
 この「目眩し」に注意しないといけない。西洋文明が唱導する「民主主義」とは近代資本主義の支配主義を糊塗するイデオロギーであるということである。
 問題は、当然、近代資本主義にあるのである。これは、同一性金融資本主義である。
 問題は同一性主義である。これはどこから発しているのか。これは、既述したように、父権主義、西洋父権主義、ユダヤ・キリスト教からである。
 西洋的父権的文明は同一性文明であり、民主主義をイデオロギーとして、非西洋諸国を支配するのである。
 沖縄の問題に返ると、これは、父権的覇権主義の問題である。
 私見では、日本は、憲法九条を護持しつつ、自衛隊を国防軍として、精練すべきであり、その自立・独立性をもって、米国や中国との外交を構築すべきである。
 つまり、米軍基地の削減を志向して、国防軍を構築してていくということである。
 思うに、軍事力をもつということは、国家として、必須のことである。それが日本国憲法では、触れられていないのである。
 私は改憲は反対である。憲法九条を護持しつつ、国防軍を構築することは、可能であると考えている。
 新文武両道へと転換すべきである。「文弱」では生き延びられないのである。


日米共同声明撤回を 那覇市議会、県内初の意見書可決

6月8日10時0分配信 琉球新報
 那覇市議会(金城徹議長)は7日午前、6月定例会で、普天間飛行場の移設先を名護市辺野古と明記した「日米共同声明」の撤回を日米両政府に求める意見書を全会一致で可決した。そうぞう会派の3氏は「普天間飛行場が固定化されることがあってはならない」として退場した。日米共同声明撤回を求める意見書可決は県内で初めて。
 同意見書では、「『県内移設』反対という県民の総意よりも米国政府の意向を最優先するもので、民主主義を踏みにじる暴挙であり、断じて許せない」と強い反発の意思を示し、「県民の『県内移設』に絶対反対との総意は、4・25県民大会や全市町村長の反対表明、マスコミの世論調査などでも明確だ。怒りを込めて日米合意の撤回を強く求める」としている。
 そうぞう会派代表の宮國恵徳氏は「共同声明には、負担軽減策などで評価すべき点もある。(声明撤回で)普天間飛行場が固定化されることがあってはならない」と述べ、同会派の新屋清喜氏、坂井浩二氏と退場した。
 市議会は同日、口蹄疫対策の充実、強化を求める意見書も全会一致で可決した。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20100608-00000004-ryu-oki



+1が物質仮象、-1がダーク・マター(物自体)、Media Pointが「ダーク・エネルギー」

テーマ:検討問題:思考実験・(作業)仮説・備忘録

後で検討したい。




崇高と美:ディオニュソスとアポロ:同一性=物質という凡庸的日常

テーマ:検討問題:思考実験・(作業)仮説・備忘録

先に、エドマンド・バークの「崇高と美」の「美学論」について、言及したが、かなり、便宜的だったので、ここで整理したい。
 端的に言えば、Media Point の感覚的認識=直感・直観が、崇高知覚である。
  それに対して、⇒+1は美的認識である。
 前者をディオニュソス、後者をアポロと考えれば、両者は一如であるし、ニーチェが『悲劇の誕生』で言わんとしたことの意味であろう。
 音楽で言うと、ベートーヴェンとモーツァルトである。両者には、アポロとディオニュソスが存立しているのであるが。
 ここから、バークの美学論について言うならば、バークの美とは、アポロではなく、+1の凡庸な美である。
 何故なら、アポロの「美」はディオニュソスの「崇高」と一体のものと考えられるからである。
 ならば、今日の凡庸な「美」とはなにか。それは、端的に同一性の「美」である。それは、権力の「美」である。
 飛躍するが、今日、芸術が非力なのは、権力の「美」に隷従し、個のMedia Pointの美=崇高を見捨てているからである。+1が美ならば、-1は崇高であろう。
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