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2010年06月14日 (20:03)

マイナス1と大地/身体の関連の試論:マイナス1の超越的存在が「母」・玄牝・ダーク・マターである

以下、Kaisetsu氏/生成門氏に拠るPS理論的ガウス平面世界解釈図である。実に簡潔、明快、明晰であり、トランス・モダン的フィロソフィーの概念図とも言えよう。
 さて、私は、先に簡単に提起したマイナス1と大地/身体との関係を追究したいと考えている。
http://ameblo.jp/renshi/entry-10562297019.html
 Kaisetsu氏のガウス平面世界概念図では、マイナス1は超越的存在となっている。それは、先には、ダーク・マターであると述べた。
 しかるに、私の直感では、マイナス1の超越的存在と大地ないしは身体はなんらか通じているのである。
 一般的には、大地や身体は物質ということで、プラス1に関係すると考えられよう。
 しかしながら、私は大地や身体は単に物質ではないと直感しているのである。
 ある意味で、マイナス1の超越的存在は、宗教・神話的な意味で混沌と呼んでもいいのかもしれない。
 有り体に言えば、+iと-iとの未分化混沌のような様態である。あるいは、融合、+iと-iとの融合体と言ってもいいかもしれない。(思うに、不連続的差異以前であるが、魂質という概念を考えたことがある。精神であり、且つ、同時に、質料であるという様態である。)
 とまれ、それは、+iと-iがいわば、共立している様態である。これは、積ではなく、商である。即ち、(+i)商(-i)→-1である。そして、これをひっくり返すと、-1→(+i)商(-i)である。〔推察するに、この商がMedia Pointで積に変化すると、共振が起こり、現象が生起(発光)するのではないだろうか。〕この起源の力学はおいておこう。
 さて、これまで、身体を私は⇒+1と考えてきた。これは、光エネルギー⇒と物質+1との有機体である。そして、物質とは、光エネルギーの帰結(エンテレケイア)と考えてきた。つまり、光エネルギーの残骸である。
 しかしながら、そうすると、身体の実質は光エネルギーになる。しかし、それは、精神的なものとなってしまい、身体本来ではありえないだろう。
 私の直感はマイナス1がもつ霊性なのである。それは、これは、いわゆる、精神とは異なるのである。つまり、光の精神性とは異なるのである。
 商の共立空間、あるいは、精密に言うと、未分化の空間である。これは一見、即非に似ているが、そうではなく、AとBは対であるが、AとBは分離していずに、AとBが融合しているのである。しかしながら、融合した中にありながら、AとBは対を形成しているのである。おそらく、Kaisetsu氏が提起した東アジアの神話の卵のイメージに近いと言えば、いいように思われる。黄身と白身が一如である卵殻をもつ空間である。
 この未分化混沌のエネルギーがマイナス1の霊性ではないだろうか。これは、いわば、media pointのプラスのエネルギーとはまったく異質である。思うに、これをダーク・エネルギーと呼んでいいのではないだろうか。ならば、ダーク・エネルギーがマイナス1の霊性ということになる。
 思うに、未分化混沌を、仮に、proto +iとproto -iの未分化様態として考えるならば、(proto +i) ∞ (proto -i)と表記できよう。∞は未分化混沌様態を意味するが、商である。だから、(proto +i) ∞ (proto -i)→-1となるのである。(そうすると、マイナス1に原虚軸のようなものを考えなくてはならないかもしれない。新ガウス平面である)
 とまれ、この仮説された未分化混沌のエネルギー(ダーク・エネルギー)=マイナス1の霊性であるが、これが、media pointで、+iと-iとに明確に分化するのではないだろか。そして、極性を形成するのであり、そこでは、即非・共振的様態を形成すると考えられる。
 そう考えると、太極の陰陽はmedia pointではなく、未分化混沌のマイナス1に見た方が的確かもしれないが、これは保留にしておく。
 とまれ、media pointの即非共振によって光エネルギーが生まれて(「光あれ」)、現象界が誕生するのである。虚軸界の不可視光があり、それが、現象光(太陽光)になるのである。そして、不可視光とは、アフラ・マズダー、大日如来、天照大御神、キリスト等である。
 しかしながら、その不可視光(⇒現象光)はすべてではないのである。
 なぜなら、その根源・起源として、マイナス1のエネルギーがあるからである。言い換えると、「ダーク・エネルギー」がmedia pointの即非共振エネルギーを創造しているのであり、前者が後者の母胎なのである。思うに、media pointは即非共振は「父」であり、マイナス1はプラトンのコーラが示唆するように「母」と呼べよう。
 思うに、これまでの宗教・神話的哲学は、「母」、あるいは、「母」と「父」、そして、「母」と「父」と「子」の関係を捉え損なってきたと言えよう。
 父権的神話、例えば、バビロニアの神話(英雄マルドゥクが母なる怪物ティアマトを殺害する)では、「母」なる未分化混沌を否定し、破壊するのである。つまり、マイナス1をmedia pointの即非共振的同一性志向性(光エネルギー)によって否定、破壊、排除、隠蔽するのである。
 これまで、「母」なるものは、物質materiaと捉えられてきたが、そうではなく、マイナス1の超越的存在=未分化混沌体と捉えられなくてはならないと考えられるのである。
 物質とは、「父」が同一性のフレーム(言語同一性メディア)によってマイナス1の超越的存在を切り分けたときに生じるものである。つまり、物質的身体、同一性的身体である。
 さて、ここで、当初の大地と身体について考察するのによい時機である。
 結局のところ、大地と身体とは本来、マイナス1の超越的存在=未分化混沌体なのである。そこには、未だ、精神も物質もないし、また、虚数的極性や media pointもないのである。ただ、「黄身」と「白身」の未分化的卵、あるいは、ダーク・マターがあるだけであり、そこには、ダーク・エネルギー=霊性が充溢しているのである(参照:プレロマ)。
 結局、大地や身体とはマイナス1=超越的存在であり、未分化混沌体であり、「母」、母胎・母体である。
 これこそ、東洋的アジア的非西洋的文化・文明の原点であると考えられる。
 思うに、D. H. ロレンスが説くdark sunやdark Godとは、根本的にはマイナス1=超越的存在=未分化混沌体を指している考えれるのである。
 現代宇宙論がダーク・マター、ダーク・エネルギーを仮説しているのは、まったく正鵠を射ていると考えられる。そして、ダーク・マターやダーク・エネルギーこそ、いわば、ホワイト・マターやホワイト・エネルギーの究極の根源と考えられるのである。
 
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[415] ガウス平面と世界解釈の仕方
From: 生成門


Japonesian Trans-Apocalypse:Trans-Modern New Platonic Trans-Creation

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