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2010年06月23日 (13:27)

⇒の空間位置について:media point spaceと現象物質空間

便宜的に、ガウス平面に直交するZ軸を想定する。虚数の共振によって、エネルギーが発生する。それをZ軸にとる。
 それが、ガウス平面に衝突すると想定する。それが、回転運動ないしは螺旋運動をすると考える。
 問題は、この回転運動、螺旋運動の意味である。これは、現象である。太陽系や銀河系を考えれればいい。
 問題は物質である。⇒+1の+1が地球や恒星とすればいい。しかし、「現実」は、やはり、⇒+1である。エネルギーの発現としての現象であるからである。
 そして、エネルギーはmedia pointの虚軸ゼロ点にあると言えよう。それは、本来、不可視であるが、⇒と+1との間において、可視化するのだろう。言い換えると、実軸のゼロ点で可視化すると言えよう。
 少し論点が不明瞭になっているが、結局、エネルギーと物質の関係を考えているのである。
 思うに、media pointの虚軸ゼロ点とは、共振ではなく、共立ではないのか、実軸ゼロ点で共振となり、同一性=物質化が発生するのではないのか。
 共立はマイナス1と関係しよう。だから、実軸ゼロ点で光が発生し、それが、プラス1の物質を発生させると思われる。
 これも便宜的に、下降のイメージをもとう。即ち、虚軸ゼロ点から実軸ゼロ点へとエネルギーが下降するのである。実軸ゼロ点で発光が生起する。それ以前は、いわば、ダーク・エネルギーではないのか。(私はマイナス1との関連も想定している。)
 この下降エネルギーがVector Modeを形成すると言える。そして、+1がVector Mode Material である。それは、あくまで、下降エネルギーとは別のものである。言うならば、虚エネルギーが物質形成するということであり、物質においては、虚エネルギーは消失しているということである。
 では、先の問題のイデア形態についてである。現象物質形態は+1に存するが、イデア形態、イデア原型(エイドス)は、いったい、何処に存するのか、それとも、存しないのか。
 虚軸のゼロ点、media pointにおいて、共立があり、そこにおいて、イデア形態、イデア原型があるのではないのか。
 そうならば、下降エネルギーとは、イデア形態エネルギー、イデア原型エネルギー、エイドス・エネルギーである。
 例えば、「馬」ならば、既に、「馬」のイデア形態エネルギーが虚軸のmedia pointに存するということである。
 イデア原型自体は、ひょっとしたら、マイナス1に存するのかもしれない。ともあれ、虚軸のmedia pointにおいて、賦活される以前において、イデア形態、イデア原型、エイドスは考えられよう。賦活されて、イデア形態エネルギーになると考えられる。
 もし以上のようならば、下降エネルギーは、イデア形態エネルギーであり、それが、実軸のゼロ点において、物質形態エネルギーとなり、それが、プラス1の Vector Modeを物質現象化するということになろう。
 整理すると、マイナス1が言わば卵であり、虚軸ゼロ点とイデア形態を形成し、虚軸ゼロ点での賦活化によって、イデア形態エネルギーが発生して、下降して、実軸ゼロ点で物質形態エネルギーに転移し、その結果、プラス1のVector Modeの物質形態現象を形成するということではないだろうか。
 後で再考したい。

追記:最後の仮説では、media pointは、イデア形態、イデア原型を物質化する働きをもっているということになるのではないだろうか。つまり、既に形態・原型はあるが、それを現実化するのが、media pointであり、そのエネルギーであるということではないのか。
 イデア形態、イデア原型の物質化という発想は面白い。


追記2:

オイラーの公式

e^±iθ⇒cosθ±isinθ

を利用すると、明快になるだろう。
 作業仮説的に言うが、オイラーの公式の意味する円運動であるが、右辺は物質的な現象形態であり、左辺は、精神・概念・イデア的な円イデアではないだろうか。つまり、イデア形態、イデア原型である。
 この両者の差異が最高度のポイントである。ここには、生成門氏の言う次元の違いがあるのである。絶対的間隙、絶対的次元差異があるのである。
 あるいは、生成門氏の変形

e^iθ-isinθ⇒cosθ

から、左辺に原型、右辺に物質形態を見た方が的確なのかもしれない。
 それとも、円運動は、精神界と物質界との両方の領域に渡っていると見るのか。オイラーの公式からはそのように読めるだろう。
 しかし、ポイントは⇒である。オイラーの公式の右辺の円は、物質化としての円であり、例えば、太陽、地球であり、ボール等である。しかし、左辺は、理念的な円である。イデア形態の円であると思えるのである。
 確かに、右辺には、虚数が入っているので、問題は単純ではない。だから、右辺も基本的には理念的なものではないかと思う。だから、


e^±iθ⇒cosθ±isinθ⇒(cosθ, ±sinθ)

となるのではないだろうか。(cosθ, ±sinθ)が端的に物質化された「円」であろう。
 そして、cosθ±isinθは、media pointにおける理念と物質の両方を含んでいるのではないのか。当然、虚軸と実軸の成分からそう言えるのである。
 そうならば、現象としての円ないしは円運動は、虚軸と実軸の両面に関わり、物質的であると同時に、理念的であるということなのだろうか。
 そう、オイラー公式の右辺は、どうも物質現象とは、理念的、且つ、物質的であることを示唆しているのではないだろうか。
 そして、θ=0となったとき、虚軸成分が消滅して、実数の+1となる。これが、純粋の物質なのではないだろうか。シュタイナーの言う砕け散った霊ではないだろうか。
 現象界における螺旋や円は、だから、単に物質現象ではなく、そこに精神性、霊性、イデア性、理念性を内包しているということになる。ただし、超越的に内包しているということになる。

 
参照:
2010年06月16日

シュタイナーの人智学的医術その329
[ 神秘体験空間 ]
 人体組織において、外界-自然のものが、いかに変化させられるか、例えば熱エーテルにまで変化する鉱物の場合、非常に激しい変化だが、この変容がわかると、自然的な人間、有機的に組織された人間のなかに生きるものが、霊的(精神的)な存在と、結びついていることが認められる。
http://plaza.rakuten.co.jp/5dolphin/diary/201006160000/

シュタイナーから読み解く神秘学入門
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