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2010年07月10日 (23:48)

即非とは何か:差異共立と差異共振:差異共立一如態が即非の様態である

動物-人物相関象徴主義と生成変化論:差異共立一如態(MP1)と差異共振連続態(MP2)

http://ameblo.jp/renshi/entry-10586674702.html


先に、上記のように、即非と差異共振を同じものと見たが、再検討したい。

 私の即非概念の理解は個人的経験に傾いているので、検証する必要がある。

 以下の説明からわかるのは、即非とは本来、Aは非Aであり、且つ、やはり、Aであるという論理である。

 私はAを「わたし」として、非Aを「川」にして、「わたし」は「川」であり、且つ、「川」ではないと述べてきた。そして、先には、「わたし」が「川」であるというのは、連続性であると述べたのである。

 私の考えが飛躍しているならば、非Aを「川」等のように具体的対象にしていることでであろう。

 非Aを「川」にするのは、理論的には確かに飛躍である。「Aにあらず」を「川」と限定するのは確かに飛躍である。

 つまり、「Aではない」は必ずしも「川である」にはならないからである。当然、 非Aの方が、川であるや、~であるというよりも内包が広いのである。

 再度言うと、非Aを例えば、Xであると肯定するのは、行き過ぎである。

 だから、即非の論理は肯定と否定との一致として理解すべきであり、ある対象論理として把握すべきではないということになる。

 では、私が述べた「わたし」は「川」であるはどういうことなのだろうか。それは、やはり、MP2の差異共振論理ではないだろうか。つまり、MP2 において、凸i(「わたし」)と凹i(川)が共振する。そのとき、思うに、相互浸透、ないし、相互作用が生起するのである。

 凸iは凹iに転移し、逆に、凹iは凸iに転移するのである。いわば、同調作用である。そして、結局、同一性化が生起して、「わたし」と「川」が分離するのである。

 ということで、私が考えていた即非とは即非ではなく、差異共振作用である。

 では、即非はどう見るべきか。これも、先に触れたように、差異共立を即非と見るのが的確であると思う。

 では、MP1(差異共立)とMP2(差異共振)との関係はどう見るべきなのか。それも先には即非と考えたが。

 しかし、非MP1をMP2と見るのは、先に犯した誤りと同じである。非MP1は必ずしもMP2ではないからである。

 ということで、簡単ではあるが、即非の論理をMP1の差異共立一如態に限定することにした。


追記:以上の視点から再度、ドゥルーズ&ガタリの生成変化論を検討してみよう。

 例えば、動物への生成変化を考えよう。動物を梟(ふくろう)としよう。だから、私は梟に生成変化するということになる。これは、端的に、即非ではないことはあきらかのである。何故なら、即非は、私にもどってくるからである。

 また、素朴に考えて、私が梟になるとは、どういうことなのか。本物の梟になるのだろうか。それは、ファンタジーである。

 私の似非即非の差異共振から見ると「わたし」は「梟」であり、且つ、「梟」でない。生成変化に関係する「わたし」は「梟」であるを考えると、それは、基本的には、連続性の論理であろう。「わたし」が「梟」へと、言わば、生成するのであるから。そう、「梟」に接しているのである。だから、正に、ドゥルーズ&ガタリの離接の論理と重なると言えよう。

 だから、生成変化論とは、差異共振的連続性の一面であると考えられる。ただし、他の一面、即ち、「わたし」へと回帰することがないので、異様なものである。

 思うに、そこには、倒錯があるのである。というか、やはり、微分の論理である。「わたし」が「梟」に接近するとしよう。「わたし」→「梟」である。そして、→がだんだんゼロに近づき、最後はゼロになると「わたし」=「梟」となるのである。「わたし」の極限値としての「梟」である。これこそ、連続的差異=同一性の論理である。これは、恐ろしい論理である。差異が無くなるからである。「わたし」の差異がなくなるというのは、結局、「梟」の差異もなくなることである。

 では、生成変化したなった「梟」とは何か。それは、物質としての「梟」である。物体としての「梟」である。死体の「梟」である。

 私は以前、ドゥルーズの「哲学」はヘーゲル哲学に帰結すると言ったが、確かに、その通りだと思う。


************************


 【即非の論理】

  鈴木大拙は大乗仏教の基本である
  般若系思想の論理として、
  金剛経の「仏説般若波羅蜜多、即非般若波羅蜜多、
  是名般若波羅蜜多」という表現に着目し、
  これを「仏説-A即非A是名A」(Aは非Aである、
  故にそれはAである)と公式化し、
  「“AがAである”のは“A”が即“非A”で
  あるからである」、すなわち、
  「A」と「非A」と「肯定」(即)と「否定」(非)とが
  そのまま自己同一であるという「即非的自己同一」
  なる独自の同一律を創提した。
  これが西田哲学のいわゆる「絶対矛盾的自己同一」の
  宗教論的基盤となった。

  西田は言う、「我々の自己(個)は、どこまでも
  自己の底に自己を超えたもの(超個)において自己をもつ。
  自己否定において自己自身を肯定するのである。
  かかる矛盾的自己同一(即非)の根底に徹することを
  “見性”(心眼を開いて自己の仏性を徹見する「悟り」
  のこと)という。禅宗にて“公案”というものは、
  これを会得せしめる手段にほかならぬ」と。

  鈴木のいう「即非」は論理である前に、
  人間存在の根源的な事実の自覚であった。
  すなわち、真実の自己の実現即体認である。

   洞山が弟子の曹山に問うた、「君の名は?」。
   曹山、「本寂といいます」。
   洞山、「その上にもっと言うてみよ」。
   曹山、「言いません」。
   洞山、「なぜ言わぬ」。
   曹山、「本寂と言いません」。

  
  我々はこれまで「本寂」だと思っていた自我
  すなわち「適来(さきほど)の本寂」(個)のその上に
  「本寂と言わぬもの」(超個)のあることを知らねばならぬ。
  その「向上(そのうえ)の本寂」が体験されてはじめて、
  真実の自己(無相の自己・無位の真人)が自覚される。
  「本寂の脱落」(自己の否定)を媒介にしてはじめて
  「真箇(ほんとう)の本寂」(自己肯定)が可能になる。
  “A”(適来の本寂)は“非A”(向上の不名本寂)である。
  だから“A”(真箇の本寂)である。
  絶対的否定即絶対肯定、死んで生きるのが禅の道である。

   青原惟信は言った、
   老僧(わし)は三十年前にまだ禅に参じなかったときに、
   山を見たら山は山であり、水を見ると水は水であった。
   そののち親しく禅匠に相見して一つの入処(見性)があって、
   そのとき山を見ると山は山でなく、水を見ると水は水でなかった。
   そして今日一つの休歇の処(無事の境地)を得てみると、
   依然として山はただ山であり、水はただ水であった、と。

 
  未だ参禅しないときが、“A”(個)であり、
  入処を得た時が“非A”(超個)であり、
  休歇の処“真のA”(超個の個-真如-如)である。

  より端的に言えば、「“一息に”<超個の個>」
  すなわち「如」を見るところに“真人が真如を見る”
  さとりの禅経験があるのである。
  「即非」は「如」を見る自覚の論理である同時に、
  「如」の実現する存在の論理である。
  
  
   ◇引用◇
   秋月龍著「絶対無と場所」211ページ 
   青土社 1947年

http://www15.ocn.ne.jp/~satori/yogojiten/yogo_047.html
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