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2010年07月18日 (02:21)

エッセイ:差異共立身体:不可視身体とダーク・マター:spiritual body/matter

直観で、差異共立とは身体ではないかと思った。
 即ち、凸i#凹iは、いわば、「肉」である。この「肉」は、不可視の「肉」である。だから、ダーク・マターないしダーク・ボディではないのか。
 これはどういうことなのか。つまり、差異共立とはある身体性である。そう、不可視の身体である。
 そうすると、気の身体、あるいは、クンダリニーの身体に通じるのではないだろうか。これはいったい何なのか。
 思うに、虚軸とは不可視的身体(以下、不可視身体)の領域ではないのか。つまり、dark body, unseen bodyではないのか。虚数とは不可視、darknessを意味しているのではないのか。
 つまり、不可視身体の極性(陰陽)を意味しているのではないのか。
 思うに、不可視身体とはマイナス1であり、その極性化が差異共立であるように思えるのである。
 ただし、差異共立は、原極性であり、卵の様態である。そして、これが賦活されると、差異共振(即非)化し、可視化、物質化へと進展するのではないのか。
 とまれ、差異共振(即非)化によって、不可視身体から可視身体へと転換するのではないだろうか。
 そう、光の誕生である。差異が連続化して、同一性(物質)の光となるのである。
 そうならば、ヘーゲル弁証法こそ、差異共振原理を説いた初出であろう。それは、光、同一性の原理である。差異共振原理である。即非の論理も、ドゥルーズの理論も、その延長と考えられる。
 しかし、PS理論は、トランス・ヘーゲル弁証法である。絶対的差異の共立を説いているからである。
 ここで、陰陽論について言うと、それは、やはり、差異共振(即非)の論理である。ヘーゲル弁証法である。
 結局、陰と陽とが絶対的差異、不一致であることがPS理論の要である。凸i≠凹iである。
 極性原理に変えて、共立原理を導入する必要がある。そして、共立原理こそ、不可視身体dark body, unseen bodyの原理であると考えられる。
 思うに、これは、一(いつ)の共立的分化ではないのか。一の不可視身体の共立分化的様態ではないのか。言うならば、一元論的二元論、二元論的一元論である。
 あくまで、二元論である。二元は不一致であるが、両者は一なのである。
 思うに、鈴木大拙が即非の論理で考えていたのは、このような共立的一元論ではなかったか。つまり、大乗仏教に拠りながらも、それを超える論理を考えていたのではなかったか。しかしながら、仏教の用語を借りたために、差異共振原理と混淆してしまったのではなかった。おそらく、それが正しいだろう。(西田幾多郎にしてもそうだろう。)
 本題に戻ると、思うに、マイナス1のダーク・マターが不可視身体=差異共立身体を産むのである。これは、-1⇒MP1である。この⇒が意味深長である。つまり、これが、不可視身体を意味しているからである。そして、これが、ダーク・エネルギーであろう。つまり、ダーク・マターからダーク・エネルギーが生まれるのである。そして、ダーク・エネルギーとはdark sun、霊的太陽であろう。
 ということは、森羅万象は、暗黒物質から生まれたということになる。つまり、神、神々は必要ないのである。というか、神や神々、神仏は暗黒物質から生まれたのである。
 思うに、D. H. ロレンスが『逃げた雄鶏(死んだ男)』で述べた宇宙の薔薇とは、不可視身体のことではないだろうか。そして、darknessとは、ダーク・マターのことだろう。
 しかしながら、darkとは、spiritually lightであろう。だから、ダーク・マターはspiritual matterである。
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