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2010年09月03日 (11:08)

随想:凸iの知性について:直観と言語:同一性・類の発生力学について

先に、凸iの知性とは直観的知性であると述べ、それと同一性である言語と結びつくといようなことを述べた。直観的知性は自己知的差異であるが、それが言語同一性とどう結びつくのか検討したい。

 凸iの超越的主観知性が、凹iの超越敵他者を認識しようとするとき、そこには、同一性が形成されるのである。これは、精神的フィルターに拠ると言える。Media Pointにおいて、虚軸から実軸へと変換するとき、同一性が発生するのである。

 思うに、このMedia Point変換(MP変換)における精神的フィルターの機能には、言語形成もあると考えられる。なぜなら、同一性とは言語であると言っていいからである。(ここで、音声言語と文字言語の問題があるが、同一性は前者に関わると考えられる。これについては、先に文字言語について論じたときに説明した。)

 例えば、主観凸iが対象凹iを認識するとき、いわば、言語同一性変換が発生するのであり、凹iは言語同一性化されるのである。もっとも、丁寧に言えば、言語同一性形成の前には、鏡像形成があると考えられる。つまり、端的に、同一性像である。MP変換において、同一性像が形成され、それが言語同一性へと進展すると考えられる。

 鏡面はどこに存するだろうか。おそらく、Media Pointの実軸側に形成されると思われる。即ち、MP2である。⇒で言うと、その先端であろう。その鏡面に主体は差異自己を投影するが、そのとき、差異自己から同一性自己へと転換すると思われる。

 そして、このいわば、同一性鏡面に次々に外的差異対象が反照して、主体は対象を言語同一性化すると思われる。

 では、本題の類概念であるが、それは、どのように発生するのか。言い換えると、(言語)同一性の発生力学とは何かである。これは、イデア論の問題である。馬のイデア、花のイデア、等々である。これは、エイドスの問題だと思う。以前にも述べたが、あるとき、深山に行ったとき、窓外の山が山のイデアに見えたのである。

 思うに、イデアとは映像、イメージ、ヴィジョンに関係すると考えられる。鏡面を考えよう。鏡面には外的対象が入るが、それは、同一性形象である。しかしながら、Media Pointとは、虚軸性=超越性があるので、その鏡面の同一性イメージは超越性を帯びると考えられる。また、Kaisetsu氏のVector Mode論からわかるように、超越力学からイメージが生まれるのである。つまり、鏡面の同一性イメージであるが、それは、本来、内的イメージのはずである。つまり、内的イメージを鏡面に投影して、外的イメージを確認するのではないだろうか。結局、内的イメージ、超越的イメージ(ヴィジョン)が、類概念の原型ではないだろうか。それが、プロト言語であり、それが、MP変換によって、言語同一性化されると思われる。内的イメージを残しているのは、文字言語、象形文字、表意文字であり、音声言語は、同一性と結びつくと思われる。
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