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2010年09月07日 (12:38)

保守主義問題:反自民党・反近代主義とPS理論

テーマ:トランス・モダン社会/世界の創造・構築

Kaisetsu氏が保守主義を明快に類別している。それに拠ると私はある保守主義には妥当し、他のそれには妥当しない。
 私は保守という言葉を積極的に使用したのは、思うに、1回くらいしかないと思う。
 私は今でも自民党基盤の田舎で育ち、反自民であった。田舎の人間の、一種自民信仰のようなものに反発はしていた。そう、田園を破壊していく自民党の近代化政策にも反発していた。また、米国に追従する自民党を嫌悪した。(追記:思うに、田中角栄をどう見るかが保守主義問題の核心にあるだろう。これについては、後で考察してみたい。)
 そもそも、近代主義への反発が強かった。これは、一種ロマン主義的反発である。美的反発である。物質主義への反発である。資本主義への美的な反発である。
 一番の問題は、近代文化史に典型的な、精神・感性と近代科学・技術との折り合いをつけることのほとんど不可能さであった。その最大の原因は戦後の物質主義教育を植え付けられていたこと(唯物論的洗脳)である。結局、PS理論は、徹底的にこの問題を解決して、合理的な現実主義と超越主義の両極を見つめる形になったのである。

追記:開明的保守主義という発想があり得る。ところで、後で、述べてみたいが、小沢一郎の発想は実に、差異的である。差異共立的であり、また、差異共振的である。結局、現実創造的に考えると自然、必然的にそうなるのである。差異こそ、現実の根拠であるからである。それに対して、干首相は典型的な同一性主義、空っぽ主義、空虚である。個のまったき欠如である。常に、他者を否定することで、自己同一性を維持するだけで、自己差異=個がないのである。
 民主党代表選はだから、近代とトランス・モダンのゾロアスター教的争闘の哲学的意義をもっているのである。

追記2:考えてみれば、私は反自民・反近代ということで、典型的な二項対立になっていたのである。それは、単純な発想である。そして、それを乗り越えるために、私は両極性(陰陽論)という発想に、また、「気」の超越的思想には行き着いてはいたが、それから、不連続的差異論、PS理論に行き着くまでは永い永い道のりであった。

追記3:ポスト・モダンは結局、近代文化史の矛盾を乗り越えることができなかったのである。

追記4:個の問題は、感性、美、芸術、精神、倫理の問題が入るのである。このテーマについては後で検討したい。重要な問題である。

【再掲示】 7つの保守主義(海舌の分類)
http://blog.kaisetsu.org/?eid=811636
『海舌』 the Sea Tongue by Kaisetsu 
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