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2010年09月12日 (10:21)

二つの否定について:同一性に拠る否定と差異に基づく否定:排除的否定と包摂的否定

同一性に拠る否定と差異に拠る否定の違いを理論化したい。
 これは、MP2とMP1のそれぞれの否定で説明できそうである。差異共振と差異共立である。差異共振は、同一性が発生して、自己差異、他者差異が同時に否定される。つまり、同一性価値が基準となり、差異を否定するのである。
 それに対して、差異共立の場合、他者を受容しつつ、否定するのである。つまり、肯定と否定が併存していると考えられる。
 しかし、否定であるから力点は否定にあると言えよう。だから、即非とは異なるのである。とまれ、包摂的否定ということは言えるかも知れない。それに対して、同一性否定は排除的否定である。
 双極性の観点から見ると、同一性的否定とは、他者凹iを排除してしまい、凸i=+1しかないのである。包摂的否定とは、他者凹iを排除せずに、否定するのである。
 とまれ、排除しない否定とは端的に何なのか。正確に言えば、それなりに排除はするが、抹殺はしないのである。つまり、無にはしないのである。だから、無化する否定と無化しない否定があるのである。
 無化とは端的に、+1化である。物質化である。つまり、物質的認識・意識が他者を否定するということになるのである。
 それに対して、無化しない否定は、非物質的否定である。凹iを認識した否定である。即ち、差異共立において、即非的否定性を強化したものではないだろうか。言い換えると、双極的否定である。それは、引力と斥力の同時生起する共立における斥力の傾斜である。しかし、引力はあるのである。
 結局、無化しない否定、包摂的否定とは、双極的力学のもつ、同時生起する求心力と遠心力の共立力学における遠心力的傾斜ということになるのではないだろうか。
 思うに、二つの否定は異なる名称をもつべきであろう。今は、例えば、外的否定と内的否定とでもしておこうか。
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