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2011年01月31日 (14:48)

北魏と馮太后の母権文化:ソグド人とツングース民族:母権天皇文化:マニ教とシャーマニズム

テーマ:日本伝統文化:神話・宗教祭礼・民俗・芸能

先に、飯山一郎氏の卓抜な北魏の馮太后論に対して、馮太后は母権天皇文化を体現するのではないのかと直観を述べた。2のKaisetsu氏による北魏とソグド人の関係の指摘が実に意義深いと言えよう。何故なら、ソグド人が北魏に一つの母権文化をもたらしたと考えられるからである。すなわち、先に、孝文帝の「帝国」は父権と母権の折衷であると仮説したが、その母権文化の一面はソグド人的なものと考えられるのである。
 そうすると、ソグド人の母権とツングース系馮太后の母権の複合と仮説できる北魏の母権文化が、やはり、天皇母権文化の起源とみることができるだろう。
 しかしながら、北魏の父権と母権との折衷における父権的要素が、ユダヤ的要素と結びついて、父権的「天皇制」を形成したということかもしれない。
 また、ソグド人がマニ教と関係することも興味深い。思うに、日本に入ってきたアジア母権複合文化とは、基礎がマニ教的なのかもしれない。しかし、イデオロギー的にはツングース的な母権天皇文化ではないだろうか。
 後で整理したい。

追記:本日、飯山氏の新しい記事が掲載されたので、最後に転載する。
 

1)

*

馮太后とは何か:私の直感では、母権天皇文化を体現する:卑弥呼に似る

コメント(0)

Sun, January 30, 2011 new

http://ameblo.jp/renshi/entry-10784652738.html

*

天皇制の問題:北魏の母権と父権の折衷主義と日本の父権的「天皇制」と母権天皇文化

コメント(0)

Sat, January 29, 2011

http://ameblo.jp/renshi/entry-10783394450.html
Japonesian Trans-Apocalypse:Trans-Modern New Platonic Trans-Creation

2)

北魏政権とソグド人
http://blog.kaisetsu.org/?eid=812501
涼州安氏と李将軍の死
1 user このエントリーをはてなブックマークに追加
kaisetsu kaisetsu
『海舌』 the Sea Tongue @ Kaisetsu with Archaic smile

3)以下、強調はrenshiによる。

◆ 2011/01/30(日) 金王朝の “深い深い謎” -64-

『 馮太后いでずんば今日の中国・日本は、なし! 』
北魏の馮太后。
彼女は、出自こそ『北燕国』の王族だが、『北魏』では政治犯の娘だった。
この最悪・最低の身分であった彼女が、宮中に下女として入り、やがて…、
『北魏』の皇后にまで登りつめることができた、その秘密を一言で表現すれば…、
シャーマニズム!
ツングースのシャーマニズムである。
この凄まじさを、彼女は、遼寧省のどこかで身につけていたのであろう。
http://grnba.com/iiyama/

◆ 2011/01/31(月) 金王朝の “深い深い謎” -65-
めぐみさん 金正恩
目もと、鼻のつくり、小さな口…、たしかに…、
めぐみさんの写真はココから
馮太后1 馮太后2
馮太后は天性のシャーマンだった! ( “漢流ドラマ”『北魏馮太后』から )
『 28年で滅亡した流れ星のような国家「北燕」が、カギ! 』
皆さん、こんにちは! 飯山一郎です。今週もよろしくお願いします。
先週は『北魏』の話が長々と続きました。ほとんど1週間、『北魏』の話をしました。
『北魏』という国は、それほど重要なのです。
中国も、日本も、『北魏』から歴史が始まった!! こういっても過言ではない。
ただし歴史を語る際、人間=人物を抜きに語ってはいけない。
歴史は、人間=人物=権力者=支配者によってつくられるのですから。
マルクス史観の「下部構造論」は経済学としては有効だろうが、上部構造に属する
権力者・支配者が、下部構造を激変(革命)させる場合が多い。これが歴史の魅力
なのだが、マルクス主義の歴史学者は人物を描こうとしない。
マルクス主義経済学が面白くないのは、魅力ある歴史上の人物が不在だからだ。

『北魏』の歴史も幾多の評者によって語られてきたが、馮太后という人物抜きの話
だった。馮太后いでずんば今日の中国・日本は、なし! という視点は皆無だった。
さらに『北魏』と『馮太后』と『北燕』の重要な関係に気づいた評者もいなかった。
『北燕』は、わずか28年で滅亡した流れ星のような国家だったから仕方ないが…。

それにしても、『北燕』という“流星国家”の輝きは、日本にとっては “国生みの灯”
とも言うべき、神の後光がさしたように煌(きらめ)く 灯(あかり)だった。

『北燕』の歴史は、『北燕帝紀』に詳説されているが、驚愕の表現がある。
 409年後燕の将軍馮跋〔漢人〕 は、燕王慕容雲が近臣に殺されると、自ら天王の位
につき、国を同じく燕と号し、また竜城 を都とした。初めは綱紀の粛正につとめ、契丹族
を宣撫し、また租税を軽くし、農業を奨励したが、のちには邪教を信じ 、諫臣をしりぞけ、
国勢はふるわなかった。
この「邪教を信じ…」の部分を読んで、私は度肝を抜かれ、腰も抜けた!
『北燕帝紀』は漢人によって書かれた。
それで「邪教を信じ…」の部分は、「後燕の将軍馮跋〔漢人 〕」を非難した」ものだ。
つまり漢人が、鮮卑の地、竜城=柳城で、鮮卑の邪教を信じたことを非難した…、
というワケなのだ。
これは、「卑弥呼の鬼道」と同じ感覚だ。つまり、漢人からみると…、
烏丸も鮮卑も匈奴も扶余も、異郷の異教は、「邪教」であり「鬼道」なのだ。

しかし…、
この「邪教」や「鬼道」。これこそが、シャーマン・ツングースの証(あかし)、秘儀…、
すなわち『ツランの秘儀』に連なるシャーマン(霊媒)の秘密の扉(とびら)なのだ。

そして…、
『北燕』の王家の娘 『北魏の馮太后 』は シャーマン(霊媒)の秘密の扉(とびら)
その奥の奥で展開された『ツランの秘儀』。それを確実に見ていた!
卑弥呼 のように。
そして…、
1600年後の横田めぐみ のように。

色棒1
たたかう老人! 飯山一郎の ハッタリなしの 口演会場 _
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