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2011年02月19日 (02:18)

MANICHAEIST or Manichaeist World:超越界/MP/差異即非共振

テーマ:ゾロアスター教とマニ教:「光」VS「闇」

《光は闇であり、闇は光である。
Light is darkness, and darkness is light.》


悪魔ルシファーに関して、帰宅途中考えていたが、結局、不連続的差異論の基本的概念に戻れば、簡単に説明できることが判明した。
 即ち、悪魔アーリマンは凸iの変異体であり、悪魔ルシファーは凹iの変異体である。そして、両者がMedia Pointで、共振して、⇒+1の同一性体を形成するのである。この同一性体は、自我であるし、物質でもある。
 とまれ、Media Point の精神的フィルターによって、差異即非双極体は連続的同一性化されるのであり、悪魔アーリマンと悪魔ルシファーが連続的同一性化されて、自我を形成するのである。近代ならば、悪魔アーリマンが支配的であり、唯物論、近代合理主義を形成すると考えられる。
 では、一般には、この連続的同一性体(二重悪魔の連続的同一性体)の自我をもっているのであり、自我は他の自我と常に争うである。これが娑婆である。俗世間である。そう、万人の万人に対する闘争である。
 しかしながら、差異共振性が潜在するのであり、それが、賦活されるとき、人は神秘を感じるのである。そう、√凹⇒凸i*凹iの神秘が生起するのである。霊感、直観である。
 しかし、自我、連続的同一性体である自我はその神秘を怪しむであろう。何故なら、その世界、物質世界では、説明がつかないからである。せいぜい、心の表現と言うに留まるだろう。
 しかし、この差異共振の霊感、直観を独立さえさせればいいのである。これが不連続化である。(脱構築主義の失敗は、単に、差異と同一性の連続性を説くに留まったことである。)
 そして、精神世界が独立するのである。そして、ここに、マニ教的世界が生まれると言っていいだろう。マニ教的人間、 Manichaeist(Kaisetu氏に拠る)、マニキイスト(又は、マニキスト)は、精神世界の光に帰属する人間であり、物質現象世界においては二重世界に生きていると言える。しかし、物質現象世界がマーヤー(幻像)であることを知っているのである。
 優れた芸術家、アーティストは、マニキストである。そう、私はバッハの対位法に魅了されているが、結局、対位法とは、言うならば、差異共振法、差異共振術である。ここに秘密、エッセンスがあるのである。そう、マニキスト(マニキアン)・アーティスト(マニキアーティスト、マニキアンアーティスト)たちがいるだろう。
 美術では、ルネ・マグリットがそうであるし、文学では、ウィリアム・シェイクスピア、ルイス・キャロル、D. H. ロレンスがそうである(思うに、美術、文学でマニエリスムと呼ばれたものは、マニキスト的、マニキアンであろう。)。   
 ポップスでは、ビートルズ、初期のジョージ・ハリスン、レディー・ガガである。
 そして、数学では、ガウスやオイラーがそうであろう。数学のマニキスト。
 哲学では、当然、プラトンである。禅では、鈴木大拙がマニキストである。当然、易、老子がマニキアンである。
 物理学では、アインシュタイン、量子力学の科学者たちがそうであろう。
 そう、マニキスト(マニキアン)・ワールドがあるのである。
 とまれ、これで、シュタイナーの悪魔論をPS理論から解明することができた。
 さて、後の問題は、第二象限と第三象限の関係である。
 超越性凹を凸iで捉えると、同一性化するのである。宗教で言えば、超越的存在を神として、名づけるのである。ヤハウェとかアッラーとか。しかし、これは、超越性を同一性に引き下ろす力学をもっているのであり、権力化すると言えよう。そう、宗教は教祖の後、権力化するのが常である。つまり、外的権威となってしまい、本来の内的志向を喪失するのである。
 だから、第二象限とは、一種虚構的構築であると言えよう。
 そう、禅を例にとれば、禅も当然、本来、第三象限を志向するものであり、言語のもつ同一性から脱却するために、言語的表現を否定する言語的表現、パラドクシカルな言語的表現となったのである。しかし、私見は、禅はその点で、過剰になり過ぎて、本来の第三象限を分かりにくくしたと思う。
 さて、最後に光の問題であるが、いったい、凹が超越光、大光なのか。それとも、第三象限がそれなのか。
 凹をダーク・マターとすると、第三象限がダーク・エネルギーであり、それが、超越光、大光ではないのだろうか。
 これは課題としておき、ここで留めたい。

参照1:人間認識図(by Mr Kaisetsu)
人間認識図


参考:
日本は日本国成立(律令制期)以降20世紀後期まで一貫して「陰陽の専門家」が中央官庁内部に設置されてきた。
http://blog.kaisetsu.org/?eid=812585
『海舌』 the Sea Tongue @ Kaisetsu with Archaic smile

参照2:以下のマグリットの「光」とは超越光、大光のことではないだろうか。第三象限の光。

光の帝国

【 光の帝国  - ルネ・マグリット作(1954年) - 】


 1954年に描かれたマグリットの代表作、「光の帝国」。
 この作品に、マグリットはこんな言葉を残しています。


 「 白昼の空の下に夜の風景が広がる。
   最初は判らないが、もう一度よく見て初めて、実写的に描かれた
  この舞台装置の超現実性が意識される。
   「光の帝国」の中に、私は相違するイメージを再現した。つまり、
  夜の風景と、白昼の空だ。風景は夜を想起させ、空は昼を想起させる。
   昼と夜のこの共存が、私達を驚かせ魅惑する力を持つのだと思われる。

   この力を、私は詩と呼ぶのだ。」
http://blog.goo.ne.jp/kibora-hiro/e/47f7c0b9b86769cd14867a9642fb7055

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