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2011年04月02日 (22:10)

光と物質:ならば、心(精神)が光である:肉体は闇である

後で検討したいが、簡単に所見に触れたい。
 物質界が闇ならば、物質界の光とは何かが大問題である。
 これは、「哲科学」的な最重要な問題の一つであろう。
 「光」とは物質なのか精神なのか?
 思うに、凸i*凹i⇒凸において、凸は物質である。そして、「光」は⇒である。
 故に、「光」は物質ではなく、前物質である。精神である。
 ならば、光子は何か。それは、media pointとしての「光」ではないか。media pointは点となるので、この点が光子という素粒子ではないか。
 以上のようであれば、「光」とは、第三象限の根本光に属するのである。
 ならば、この世は闇であり、光である。

追記:では、「気」と光との関係はどうなるだろうか。直観で言えば、「気」が光となって出現するのである。だから、「気」=光と考えていいのだろう。光の根源が「気」ということになる。

追記2:結局、物質界・現象界の「心」とは、media point(凸i*凹i⇒)と連続的同一性(⇒凸)が混淆・混濁・連続化しているのである。そう、ポスト・モダンないしポスト構造主義とはほぼこれに注目したと言えよう。
 しかしながら、media pointの超越性を排除してしまったのである。そう、やはり、近代主義=唯物論なのである。
 

Japonesian Apocalypse:日本黙示録
《ガウス平面で表した人間認識の図》http://photozou.jp/photo/show/240326/40644208  
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