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2011年04月08日 (00:57)

正に我が意を得たりだが:国学の一神教性:本居宣長と平田篤胤

テーマ:歴史と文化:古代日本とアジア母権複合文化

以下、Gun2氏の説明はきわめて興味深い。明治国家体制のイデオロギー基盤は国学にあるというのが持論であるからだ(国学以外には、封建的体質も当然考えるべきであるが、「近代日本」の優越妄想・狂信性の起源は国学的一神教性と見る方が的確である)。横井小楠、勝海舟、坂本龍馬、西郷隆盛らの開国派は母権主義であり、尊王攘夷の父権主義と対立していたのであり、その父権主義の基盤が国学であるのは見やすいことである。
 ただ、本居宣長に一神教性があったということは管見の為、初耳であった。
 私は作業仮説として、日ユ同祖論をとり、失われたイスラエルの十支族(あるいは、そのいくらか)が到来したと見ているが、その一神教性が潜在して、国学に顕在したという可能性もあるのである。
 勿論、母権文化の衰退、頽廃もそこに同時にあることを見るべきと考える。
 しかしながら、正確に言えば、江戸時代後期において、新しい母権主義の目覚めもあったと見なくてはならないだろう。
 つまり、旧い母権主義の衰退と同時に、一神教的父権主義の台頭と新母権主義の目覚めの両面が起ったと見るのが、史実に忠実なのではないだろうか。
 そう、単に父権主義の台頭だけではなく、今、私が唱える新母権主義もそこで始まっていたと見ると、日本史が変わるだろう。
 つまり、明治維新とは、新父権主義と新母権主義の絶対矛盾の衝突があり、前者が後者を駆逐していったのが、日本の「近代化」ということになる。
 そう、二つの「文化」、「民族」が平行しているのであり、父権主義の日本が母権主義の日本を支配しているのである。
 後で、整理したい。

追記:私は先に、母権制のベースに、父権制が「侵入」して、古代ギリシア的な二つの民族・文化の統合が古代日本にも生じたのではないかと述べた。これを仮に、両権制と呼んでおこう。
 その視点から言うと、両権制は、江戸時代中期以降、衰退して、いわば、解体分離し始めて、新たな父権主義、新たな母権主義が別々に勃興したのが、後期江戸時代と見ることができる。
 思うに、本来、両権制が基本であるから、明治維新は、新両権制になるべきであったが、国学且つ封建的父権主義勢力は、西欧近代の影響も受けて、原基の母権主義を駆逐していったのが、近代日本ということになる。
 正に、失われた母権制と両権制があるということになる。
 
***********************

本居宣長の国学

「そこで、遅ればせながら、ぼくは目下、この年になってこれまで遠ざけてきた江戸の国学について初歩のところから学び直している。


 そして、とても驚いたことが一つある。


 本居宣長こそ、江戸の国学の泰斗であると言えると思うが、彼が古事記などを通して解釈し直した天皇は、まさに一神教の神様としての天皇だったという事実である。


 日本は八百万の神々の国であるとこれまで当然のように思っていたが、そうではなく、近現代の日本を作り上げた精神的バックボーンは彼とともに一神教的解釈からスタートしたようなのである。」

http://ameblo.jp/adco/entry-10854337167.html


Gun2



国学(こくがく)は、日本 の江戸時代 中期に勃興した学問 で、蘭学 と並び江戸時代を代表する学問の一つである。和学・皇朝学・古学(古道 学)などの別名がある。


概要 [編集 ]

それまでの「四書五経 」をはじめとする儒教 の古典 や仏典 の研究 を中心とする学問傾向を批判し、日本独自の文化 ・思想 、精神世界を日本の古典や古代 史のなかに見出していこうとする学問である。

国学の方法論 は、国学者が批判の対象とした伊藤仁斎 の古義学 や荻生徂徠 の古文辞学 の方法から大きな影響を受けている。儒教道徳、仏教道徳などが人間らしい感情 を押し殺すことを否定し、人間 のありのままの感情の自然な表現を評価する。

江戸時代に形骸化した中世 歌学 を批判するかたちで現れた。木下勝俊 ・戸田茂睡 らに始まるこうした批判は、下河辺長流 ・契沖 の『万葉集 』研究に引き継がれた。特に後者の実証主義 的な姿勢は古典研究を高い学問水準に高めた事で高く評価されている。続いて伏見稲荷 の神官 であった荷田春満 が神道 や古典から古き日本の姿を追求しようとする「古道論」を唱えた。一部において矛盾 すら含んだ契沖と荷田春満の国学を体系化して学問として完成させたのが賀茂真淵 である。真淵は儒教的な考えを否定して『万葉集』に古い時代の日本人 の精神が含まれていると考えてその研究に生涯を捧げた。

真淵の門人 である本居宣長 は『古事記 』を研究して、古い時代の日本人 は神 と繋がっていたと主張して「もののあはれ 」の文学論を唱える一方で『古事記伝 』を完成させた。この時点で国学は既に大成の域にあった。また、盲目 の学者である塙保己一 は和学講談所 を設立し、国史の講義と史料編纂に従事。「群書類従」は日本の古書を編集・刊行したものである。宣長の古典の考証的研究を継承して、近世考証学派の大家 となった伴信友 も「比古婆衣」を著した。

その後宣長門人の平田篤胤 に至って宣長の持つ「古道論」を新たな神道 である「復古神道 」に発展させた。彼の思想は江戸時代後期の尊皇攘夷 思想 にも影響し、日本固有の文化を求めるため、日本の優越性を主張する国粋主義 や皇国史観 にも影響を与えた。平田篤胤の弟子 である経世家 の佐藤信淵 の著作『垂統秘録 』や『混同秘策 』等にはその傾向がよく現れている。

だが、真淵の門人であった村田春海 らのように契沖以来の実証主義的な古典研究を重視する立場から平田国学に否定的な学派もあり、その内情は複雑であった。実証主義的な国学は明治期 の小中村清矩 らの手によって近代 以降の国文学 の研究や国語学 、民俗学 の基礎 となった。
主な国学者 [編集 ]

* 国学の四大人(うし)
o 荷田春満 - 賀茂真淵 - 本居宣長 - 平田篤胤
* 契沖
o 今井似閑
o 安藤為章
o 海北若沖
* 本居春庭
* 本居大平
* 鈴木朖
* 権田直助
* 敷田年治
* 萩原広道
* 矢野玄道
* 平田鐵胤
* 常世長胤
* 塙保己一
* 富士谷成章
o 富士谷御杖
* 五十嵐篤好
* 拝郷蓮茵
* 千家俊信
* 谷川士清
* 東条義門
* 増田宗太郎
* 石塚龍麿

関連項目 [編集 ]

* 神仏分離
* 復古神道
* 古道
* 和方医学
* 蘭学
* 漢学
* 中国学
* 国語学者
* 国文学者
* 万葉学者

外部リンク [編集 ]

* 国学関連人物データベース[1] (國學院大學デジタルミュージアム)
* (百科事典)「The Kokugaku (Native Studies) School」 - スタンフォード哲学百科事典 にある「国学」についての項目。(英語)

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%9B%BD%E5%AD%A6


日本人こそは“失われたイスラエル10支族だ”
と主張するユダヤ人言語学者
ヨセフ・アイデルバーグ

http://hexagon.inri.client.jp/floorA3F_hb/a3fhb412.html


天皇家と失われたイスラエル十支族  秦氏・日本とユダヤ文化
クリックすると元のサイズで表示します
失われたイスラエル10支族


日本の天皇家は、現存する皇室としては世界最古の歴史を持ち、日本建国から同じ血統をひく一族で、まさに天皇家は日本の歴史そのものといっても過言ではありません。 

日本書紀によれば、神武天皇が帝国を創建したのが紀元前660年ですが、この時代は古代イスラエル王国がソロモン王の死(BC928年)後、北イスラエル王国(10支族)と南ユダ王国(2支族)に分裂し、北イスラエル王国はBC722年にアッシリア帝国に滅ぼされ、10支族はイスラエルの地から連れさられ、以後行方不明(失われたイスラエル10支族)になります。 南ユダ王国はバビロニアに滅ぼされ、2支族はバビロニアに連れさられますが(バビロン捕囚)、ペルシャ帝国がバビロニアを滅ぼし、ユダ王国の2支族は故郷に戻る事が許されました。


イスラエル12支族 
http://wave.ap.teacup.com/renaissancejapan/260.html

http://wave.ap.teacup.com/renaissancejapan/1041.html
Renaissancejapan

本居宣長 - Wikipedia
本居 宣長(もとおり のりなが、1730年6月21日(享保15年5月7日) - 1801年11月5日(
享和 ...
生涯 - 思想 - 人物 - 作品
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hierarchy

日本は、天皇を中心とする神の国です。

日本人には日本語があり、日本語には階称 (言葉づかい) がある。
「上とみるか、下とみるか」の判断により序列関係 (義理) を作る。
義理が廃ればこの世は闇と考えられている。

日本人は、礼儀正しい。
日本人の礼儀は、序列作法である。
序列なきところには、礼儀なし。

日本人の社会は、序列社会である。
社会の構成員は、神々と下々に分かれている。
天皇は、序列最高位の人である。

天皇の御前では、全ての国民は「わし」でもなく、「わたし」でもなく、「わたくし」である。
価値観を揃えることで、日本人は一体感を得ている。安心感を得ている。
日本語の無い社会では日本人は価値観に迷いを生じ、心身ともに疲れ果てる。

序列社会では、序列判断とその作法により、人を遇する。
礼儀作法により、人々は向上心を掻き立てられている。
学校でも生徒に「身を立て、名をあげ、やよ励め」と歌わせている。

日本人の社会は、向上心により活気を得ている。
その原動力は、序列競争である。そのための試験地獄もある。
序列人間を作るのが、日本人教育の目的である。

教科の内容は、雑学ていどのものでよい。
日本人の学校は、格差を検出するための道具立てである。
だから、日本人は、序列人間となるために日本の学校で修業しなくてはならない。
四年間、大学で遊ぶことも、また序列作りに必要なことである。
生涯の協力も序列協力でなされるからである。

意思薄弱と他力本願を伴う幼児症に罹っていて、序列の外には出られない。
英国も日本も島国であるが、島国根性になるのは日本人だけである。

移民をすれば、序列社会を出なければならない。
外国では、序列判断も序列協力も成り立たず、日本人は本来の力を発揮できない。
それで、さまよえる日系人となり、精神的な不安定さにさいなまれる。

日系人は、移民先で勢力を拡大することもなく、祖国に帰って国の柱となることもない。
我が国の天皇制は、日本人に心の安らぎを与え、仕事に励ましを与える世俗の上下観である。
我々の過去を語ることもなく、行き着く先を示すこともない。

http://www11.ocn.ne.jp/~noga1213/
http://page.cafe.ocn.ne.jp/profile/terasima/diary/200812


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