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2011年07月10日 (10:35)

「気」とは何か:東京の空気と田舎・郊外の空気:同一性体と多元差異共振体

後で考察を展開するが、一言言うと、経験・体験から、明らかに、田舎・郊外の空気と東京の空気は質的に異なる。
 私は1979年から2009年まで東京の区内に住んでいたし、その他、農業地帯の田舎には16年間、また、ここ十数年に頻繁に田舎に帰っているし、今2年間であるが、郊外(国道が近くにあるが、その向こうには、かなり大きな森や畑がある)に住んでいる。
 だから、長い経験・体験を経た実感、肌・皮膚の感覚で言うのである。一時の印象ではない。
 直観では、田舎・郊外の空気(以下、自然的空気)は有機体的、差異共振的であるのに対して、東京の空気(以下、都市的空気)は無機的、物質的である。
 思うに、自然的空気(以下、自然気)は、植物から排出される酸素や二酸化炭素や水蒸気が有機的、差異共振的である。多元的差異共振様態をもっていると思われるのである。つまり、単独で孤立しているのではなく、media pointで「つながりあって」いるのである。そう、media resonanceを形成しているのである。
 ということは、自然気とは、media pointによるmedia resonanceによって産出されるということではないだろうか。
 それに対して、都市的空気(以下、都市気)は、media resonanceがなく、単に、物質体としての酸素、二酸化炭素、水蒸気等が併存、混合しているように思える。
 差異共振様態が欠落しているのである。故に、感触は不快なのである(都市気は「痛く」感じる)。
 生命体、精神的生命体を考えると、それは、差異共振体であるから、当然、自然気と調和するのであり、都市気とは相反すると考えられる。
 健康から言うと、前者が肯定的であり、後者は否定的である。
 都市、大都市に住むと明らかに健康に悪い。
 後、問題点は物質的文化である。建築物や乗り物等である。そして、物質主義的な人間の集合である。
 これは、明らかに、差異共振波動がないので、精神を物質化するように思えるのである。この点は検討課題である。
 今、差異共振「波動」という言葉を単純に使用したが、これは、量子論的である。そう、何度も既述したが、量子は差異共振子と見るといいのである。差異双極子である。当然、PS理論的に見るのである。
 虚軸の領域は差異共振波動でいいように思えるのである。しかし、それは、端的に、気波動である。エーテル体である。それが、media pointを介して、粒子、物質を発現・形成すると考えられるのである。
 以前述べたように、長距離相関問題であるが、それは、虚軸の双極子を考えれば、疑似問題である。そう、量子力学は気(精神的双極子)と物質をまだ混同しているのである。
 量子力学は精神波動力学となるべきである。
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