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2012年02月01日 (14:27)

純光と現象光:凸i(純光)*凹i(純闇)⇒凸(+1)の⇒起点が純光で終点が純闇である:仮説

ガウス平面上の認識位置特定システム(GPS:Gaussian plane Positioning
http://ameblo.jp/neomanichaeism/entry-11150288276.html

先に以上のように生成門氏の独創のGPS(ガウス平面位置数式)を提示したが、これは、凸iの純光と実MPが起点の現象光との連関を提示できるものではないかと思う。
 つまり、実MPにおいて、現象光が発出するが、それと純光凸iとの関係が明確ではなかったからである。
オイラーの公式

 e^iθ=cosθ±sin θ

を生成門氏は

e^iθ=a+bi

に変化させている。
 これを利用すると、純光はi、ないし凸iであり、現象光は、a又はbiではないかと考えられる。
 最初、現象光はaではないかと思ったが、思うに、aは物質成分ではなかろうか。
 つまり、

e^iθ=a+bi=物質成分+光成分(精神成分)   ・・・ A

ではないだろうか。
 もし、そうなら、問題は、光成分biの意味合いである。これは、現象光としての光成分ではないかと思われるのである。
 純光は凸iであり、biではないのである。このbの係数が、いわば、不純成分であると思われるのである。(つまり、実数は-1から、+1の間である。ただし、ゼロは除外する。)
 だから、A式は、

e^iθ=a+bi=物質成分+現象光成分(精神成分) ・・・ B

となるのではないだろうか。 
 言い換えると、現象界においては、光は現象光へと変容していて、精神の光である純光はほぼ不可視であることになろう。
 思うに、夜明けや日没が純光に近いのではないだろうか。つまり、曙光は、闇から光への転換時であり、凸i、純光に近く、また、夕日は光から闇への転換時であり、凹i、純闇に近く、そのため、逆に、純光を示唆するのではないのか。
 少し整理すると、凸i*凹i⇒凸(+1)において、⇒の起点は純光であるが、終点・尖端は現象光であると言えるのではないだろうか。
 今はここで留める。
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